東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第20話 「哀しみに唾をかけろ」

鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。

南、西、北の歌姫を倒し、里へと帰還した新子は、父親が連れ去られたという工場へ殴りこんでいったのだった。

 

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第20話 「哀しみに唾をかけろ」

 

犬の顔が薄気味悪くにやりと笑った。次の瞬間、新子の心臓は飛び出そうになった。目の前の群青色の身体が2倍に膨れ上がり、さざ波立つスライムのようになったのだ。気が付けば、新子はスライムの下敷きになっていた。

ブルブルと震えるねとねとの巨体に包まれて、息もできない。何も見えない。触手にしめつけられ、手足を絡めとられる。新子の身体に激痛が走った。死神の手に握りつぶされるようだ。

しかし、もっとおそろしいのは、音だった。ゼリーのように冷たい体の奥へ奥へと引き込まれるたびに、ピチャピチャ、ズズッっと身の毛もよだつ音が響く。あまりの不気味さに吐きそうになるが、悲鳴を上げようにもスライムの身体で口がふさがれている。

ゴウゴウと耳鳴りがする。胸が空気を求めてキリキリと痛む。閉じた瞼の裏で思い出が走馬灯のように浮かんでは赤い空に消える。

 

その時、まるで夢の中の出来事かのように、真紅の竜のささやきが新子の頭にこだました。

 

─諦めるのはまだ早い、本居新子に茨木華扇、私が居るぞ─

 

その瞬間、新子の体が大きく揺さぶられた。スライムがびくっと震えたようだ。続いて聞こえる、遠い雷鳴のような咆哮。あの声は!

スライムがまた震えた。ジュージュー、パチパチと脂身が燃えるような音がしたかと思うと、新子はかたい階段に放り出された。冷たいゼリー状の肉が身体からスルスルと離れていく。鼻と口が解放され、手足が自由になった。

肺にどっと空気が流れ込み、新子は激しくせき込んだ。空気が熱く、焦げ臭い。吸うと胸が痛いが、やっと息ができる。

 

新子はわき腹を下にして倒れたまま、眼を開けた。辺りに黒煙が立ち込め、吹き付ける強風に体が地面に押し付けられる。その時真っ赤な炎が上がり、雷鳴のような咆哮と共に熱波が吹きつけた。

 

「な、何事だ!?」

 

熱風という男の声が響いた。そうか、この階段は玄関ホールから二階へと続く、この双頭の犬が塞いでいた階段だ。ということは、このすぐ近くに熱風が居る!

だが、憎き敵が近くにいるというのに、新子はただ横たわっているだけだ。身体に付着していた細かいスライムが黒い筋となって階段の下に居る犬と合体していく。新子はやっとのことで仰向けになり、天井を見た。煙の向こうに、赤く光るものが見える。この玄関ホールの丸い天井に穴が空き、そこから竜が首を突っ込んで炎を吐いていた。炎は膨れている犬のスライムの体を焦がし、蒸発させていく。犬はスライムから飛び出した2つの首を振り回し、必死に吠えている。

新子の頭に、再び竜の声が響いた。

 

─この醜い二面の犬は何だ?長く生きてきたが、こんなのは見たことが無い─

 

竜は絶えず炎を吐いているが、真紅の目だけは新子を見つめていた。

新子は応えようとしたが、声が出ない。心で竜に話しかける。

 

─アイツは、すぐそこに居る男が作った魔獣だ─

 

竜の目が、今度は新子の後ろの方へと向いた。熱風を見たのだ。

 

「竜、だと…大昔にガルルガが滅ぼしたはず…!」

 

「浅はかな、邪悪の男よ。私は友の言葉でここに来た。さもなければ、わざわざ里に降り立つことはない。ここは嫌いだ、空気は不味いし、私を見た群衆の声がやかましい。だが、それが友の呼びかけに答えない理由になろうか!?」

 

「黙れ!」

 

熱風は左手を天井から飛び出す竜の顔へかざし、紫色の魔力の波動を放った。波動が竜の額に直撃し、うめき声をあげる。一瞬、炎が弱まり、その隙をついて犬はその場から離れ、炎から脱した。

だが、その時、急に外が騒がしくなった。突然竜が目を見開き、首を天井の穴から抜いた。真紅の体と壁の隙間に見えるのは、紫色の甲殻、鋭いクチバシ、大きな足の指。ガルルガだ。

ガルルガが人間の手のように開いた足で、竜の首を掴んで工場の壁から引き剥がそうとしている。竜が細い炎をガルルガに向かって吐き、ガルルガが壊れた金管楽器のような金切り声を上げる。やがて竜は天井から飛び立ち、空の彼方へと消えていく。ガルルガもそれを追いかけるように空から消えた。

 

「竜が生きていただと…禍王様に報告しなければ…。最悪だ、これ以上失態をすれば、何といわれるか…」

 

その場で頭を抱える熱風。だが後ろにふと誰かの気配を感じ、ゆっくりと振り向いた。

 

「よォ…ここまで…来てやったぜ…」

 

「…貴様」

 

双頭の犬と戦い続けている華扇が、チラリと新子たちを見る。新子が夢見の泉の水で見たという夢の事は既に聞いていた。そこに出てきた背の高い男、ついに父親を痛めつけたその男の近くまでやってきた。

内に秘められたエネルギーは2人ともどっこいどっこい、ならば勝敗を分けるのは各々の戦いの技量だ。

だが新子は右半身を犬に噛みつかれ、その傷が深く残り、血が滴っている。

 

「テメェを、蹴りてぇなぁ」

 

「蹴るがいい。瞬時にお前の足を叩き割ってやる」

 

熱風の両手に紫色のオーラが纏われる。新子、貴女はどうするつもりなの…?

そして、新子の足が勢いよく熱風に向けて振り上げられた。宣言した通り、熱風は両腕を前にかざし足をへし折るつもりだ。

 

「馬鹿め!…!?」

 

だが、熱風が攻撃しようとしたその時、新子の蹴りが寸前で止まった。熱風の動きがほんの一瞬停止する。そして、新子はこの一瞬を逃さなかった。

刹那、一撃。熱風の顔面に新子のパンチが命中したのだ。何が起こったのか分からない、とでも言うように熱風はよろよろと後ろへ後ずさる。

 

「そうか…!」

 

華扇は思った。先に蹴ると言って、下半身に注意を集めてからパンチか!

更に繰り出されるパンチも当たる寸でのところで止まり、次は熱風の顎が蹴り上げられる。今度も熱風は対応しきれずにもろに喰らってしまったようだ。マガノ国には、あそこまで喧嘩慣れしてるやつは居なかったか…。

 

さらにダメ押しと言わんばかりに新子のパンチが熱風の腹にめり込んだ。

 

「小癪な小娘が…!俺がしてやった恩を忘れたのか?」

 

「…何だと?」

 

熱風の腕が素早く伸び、新子の喉元を掴んだ。

と、その時だった。2階の奥の通路からドカドカと何者かが走る足音が聞こえる。そして飛び込んできたのは、大きな影と細い影。2つの影は熱風の体に覆いかぶさり、両手足を掴んだ。熱風の腕が新子の首から離れ、新子は後ろへ倒れ込んだ。

 

「父さん!それに、ツムグ…!?なんでお前が…」

 

「新子!お前に言うことがある!私は気付いてしまったのだ…」

 

熱風は2人を振りほどこうともがいている。

 

「『四人の歌姫』…─魔法使い…新子─…いますぐ止めろ…」

 

必死に新子に何かを叫びかけるが、その時、何かが階段に当たり、階段が崩れ落ちた。双頭の犬が華扇に噛みついたまま階段に体当たりをしたのだ。崩れる音にかき消され、声が良く聞こえない。

 

「え、何だって…!?」

 

「線…地図…!邪悪…中心─」

 

ツムグは熱風の顔面を大きな拳で殴りつけた。熱風の目の下が切れ、血が流れる。

 

「こざかしい!」

 

熱風は大柄なツムグをいとも簡単にはね飛ばし、壁へと激突させた。そしてすぐに起き上がると、新子の父親の首を掴み、物凄い力で締め上げる。そして胸元に魔力を纏わせた手を近づけ、斬りつけた。鮮血が飛び、床が赤く塗れる。

 

「な…あ…!」

 

新子がうめき声をあげる。そして、ツムグと同じように、熱風は新子の父親を吹っ飛ばし、壁へと激突させた。

一瞬の出来事だった。華扇と戦っていた双頭の犬はスライムに変化してくしゃっと潰れ、床や壁の隙間にスルスルと入り込み、消えてしまった。それと同時に、熱風も影のようにその場から消えた。

 

「…あ」

 

新子はおぼつかない足取りで父親の元へとかけより、そっと上体を膝の上に置いて肩を掴んだ。なんて軽いんだろう…。

父親は目を開けなかった。脈もない。即死だったのだ。熱風に掴まれた首は氷のように冷たく、真っ赤な痣になっていた。衣服ごと斬られた胸は骨まで傷つけられ、血が絶えず流れ続けている。

 

 

 

新子は泣きたくても泣けない、胸が張り裂けそうな思いをしながら、父親の亡骸を抱きかかえて自宅まで運んだ。父の部屋の布団の上に寝かせてやり、そっと毛布をかける。母親が亡骸の前にひざまづき、手を握って泣いている。新子はこの場に居る事が耐えられなくなり、わざと上を向きながら外へ出た。

 

「お父さんが死んでしまうなんて…その、何と声を掛ければいいのか…」

 

「なぁに、イバラ…気にしないでいいさ」

 

新子は地面にぺっと唾を吐いた。

 

「すぐに博麗神社へ行こう。絶対に、何としてでも歌姫は私が潰す」

 

横目で自分を見ながらそう言う新子の姿は、華扇には何か…別の存在のように感じた。恐ろしく熱い、怒りと哀しみに満ちた灼熱の気。それを纏う姿はまるで…鬼?

 

 

それから、2人は里の東へと向かった。途中で襲い掛かってくる憲兵団も、敵では無かった。先頭を行く新子は向かってくる憲兵を片っ端から殴り、振り回しては地面に叩きつけ、簡単にねじ伏せていく。その光景も、後ろからついていく華扇には、やはり今までの新子とは何かが違う、別人のように見えた。

いよいよ里の最東端まで来たようだ。目前にそびえる高い丘の上に、深い霧と木々に囲まれた博麗神社が見える。華扇にとっては、思い出深い場所だ。丘に出来た獣道を、2人はずんずんと登っていく。

 

新子はふと思った。そう言えば、東の領域に眠っているという神獣の一匹、天狐はどこだろう?もうとっくに東の領域には入っているのに、一向に現れる気配が無い。試しに呼んでみるか。

 

─天狐、お前はどこに居るんだ?

 

─私はここに居ります

 

綺麗で透き通るような声が聞こえた。新子は驚いて思わず飛び上がりそうになった。心の中でどこに居るかもわからない天狐に話しかけたら、即答で返事が返ってきたのだ。まるで、新子たちが来るのを今か今かと待っていたかのように。

正直、今すぐにでも東の歌姫の在り処を探し出してやりたいが、天狐は自分が来るのを待っている、少し捜してやろう。

新子は獣道から外れ、声がした方へ走り出した。暗い林の中をくぐるように駆けていく。

 

「新子?」

 

華扇も走り出した新子の後をついていった。頭上の木から枯れた蔦がぶら下がり、2人の侵攻の邪魔してくる。新子は乱暴に蔦を千切り、どんどんと道を作っていく。不意に華扇が足を止めた。一か所だけ、蔦が密集しているところがある。

新子も蔦が酷く絡まっている場所の前で止まる。蔦の中に、何かが横たわっている。2人は絡まってドーム状になっている蔦を退けようと斬り払っていく。華扇が変幻自在の腕で突風を吹かすと、斬った蔦が吹き飛び、隠れていたものが姿を現した。

 

枯れ葉と土に土にうずもれるように横たわっているのは、巨大な動物のミイラ。大きな頭部に鋭い牙。桁はずれに巨大な肋骨は高い柵のようだ。伸ばした前足の長い骨に、夢でも見るかのごとく頭をもたせ掛け、毛の薄くなった4本の長い尾で身体を優しく包み込んでいる。身体には無数の抉られたような傷跡が有り、所々骨がむき出しになっていた。

抵抗することもできず、眠りについたこの場所で死んでしまったんだ…。

新子の喉はうずいた。そばに膝まずくと、肉が干からびてむき出しになった肋骨にそっと触れる。見つけた、東の神獣、天狐。

 

「眠っている間に、ガルルガに殺されたんだわ…」

 

200年前、禍王に東の歌姫の配置を命じられたガルルガは、無事に博麗神社へと歌姫を隠す事が出来た。任務を全うし、いよいよ帰ろうと飛び立った時、目ざとく眼下に何かがあるのを見つけたんだ。そこには、魔法で眠る天狐の姿が。歌姫設置と共に神獣の絶滅も命じられていたガルルガは、ためらうことなくその嘴を天狐へ突き刺したのだろう。

新子は救い難い悲しみに襲われた。二度と目覚めることはないとも知らず、”神の友”の願いに応じて深い眠りへとついたこの天狐の事を思うと、胸が痛む。

きっと、さっき新子の呼びかけに答えてくれたのも、はやく自分を見つけてほしかったんだ。その一心で、返事をくれたに違いない。

でも、今は悲しみに暮れている場合ではない。最悪な事が続いても、決して負ける訳にはいかない。

 

華扇はまず、新子への心配で頭がいっぱいだった。今まで、新子は人前では泣きもしない強い女の子だった。小さいころの遊び相手は同じ年頃の男の子で、学校に入ってからはずっと一人だった。そして丁度2か月ほど前、ようやくの18歳の誕生日の日にその新子が突然、両親と別れ、旅に出た。旅の間は私が親の代わりになる覚悟で接してきたが、一度里に帰ってきて親の顔を見た後では、新子の緊張の糸がプツンと切れてしまっても不思議ではない。

私は怖い、この度重なる出来事の影響で心を壊し、何か別のモノへ変貌してしまうのではないかと。

 

新子と華扇は、いたましい天狐の以外を迂回すると、ゆっくりと元来た道を戻り始めた。やがてさっきの獣道へと戻り、ひたすらに丘の上を目指して足を進める。進むにつれ、何かの声が聞こえてくる。新子は後ろを振り向いて華扇の方を見るが、彼女には何も聞こえていないらしい。この声は歌姫の声ではない、何か別の女の人の声だ。

 

目の前に、長い階段が現れた。階段の日陰になっている部分には緑色の苔が生えている。2人は黒い階段をダッシュで登っていく。気が付いたら、階段を昇りきっていたらしい。赤い鳥居が少し先にそびえており、その鳥居の周囲には真っ白い霧がかかっていた。これがいつも見ていた、博麗神社を取り囲う深い霧だ。

鳥居の向こうは、何故か光を発しているようで、良く見えない。そして、邪悪もだ。東の歌姫の魔力が鳥居の向こうから風のように吹きつけて来る。

2人は鳥居へ向けて、足を踏み出した。

 

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