東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第22話 「女はそれを我慢できない」

鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。

新子の前に現れた熱風に乗せられて、新子は怒りを爆発させる。そして、ついに姿を現した東の歌姫に手を伸ばすのだった…。

 

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第22話 「女はそれを我慢できない」

 

「うあーん…うあーん」

 

遠い記憶。思い出した…あの時、アタシは友達と遊んでいるうちに、里の真ん中の工場の方まで来てしまったんだ。帰り道も分からない、見知らぬ荒れ果てた街。アタシは怖くなって、泥で汚れたボールを手にずっと泣きながら歩いていた。

日が落ち、空が深い青色に染まる。人っ子一人居ない通りで、アタシは話しかけられた。暗かったのと、その男の背が異様に高かったから顔は見えなかったが、アタシに手を差し伸べた。

 

「おにいちゃん、だれ?」

 

「私は魔法使いだよ」

 

男はそう言った。

 

「君、名前はなんて言うのかな?」

 

「…にいこ」

 

アタシが名前を言うと、男はアタシの額に手を置いた。気が付くと、空はもうすっかり真っ黒になり、星が輝き始めていた。

 

まるで何十分もの間、意識が無かったかのようだ。アタシは男に手を引かれ、砂利の道を歩いていた。

家へ向かっている。そう思うと、安心感がどっと沸いてきて、もう一度わんわんと泣いた。鈴奈庵の看板が見える所までくる

 

と、男は手を離し、夜の闇へと消えた。

 

「新子!どこに行っていたの?」

 

鈴奈庵の入り口から母さんが出てきた。アタシを抱きかかえ、家へと入っていく。

 

思えば、このころだったかな。この能力を使えるようになったのは。

 

 

 

新子は穴の中にじっと目を凝らし、光る物体を見つめていた。今ならハッキリと見える。それは大きな宝石だった。真っ赤な、キラキラと光る美しい石。今までの歌姫とは違う、本当にきれいな外見だ。

宝石は新子に歌いかけていた。歌声は美しく、生き生きとして、恐ろしい力に満ちていた。あの宝石に触れる事が出来たら…、持ち出して自分のものにすることができたら…。アタシは何だってできる。世界はアタシの思うがままになる。

新子は憑りつかれたように宝石を見つめた。こんなにも美しい偉大な歌姫を退治しようとしていたなんて、アタシはどうかしていた。

 

いや、そうだ…これが有れば、アタシは絶対的な力を得る。これが有れば、アイツだって、簡単にひき肉に出来る。

ならば…

 

新子は迷わず、宝石に手を触れた。その瞬間、宝石がぐにゃりと伸び、そのまま新子を包み込んだ。宝石は新子を取り込み、大きく膨れ上がり、やがて形をとり始める。

薄い青色の体に、竜のような両足。そして巨大で筋肉質な上半身。両腕は直立した状態で地に付くほど長く、腰よりも太く、拳は顔よりも大きい。肩からは太い棘が伸びている。

そして分厚い胸部の真ん中に根を張るようにはめ込まれている東の歌姫は、この新子に力を与えながら、邪悪を絶えず放ち続けていた。

 

「ギイイイ…!」

 

丸っこく厳つい頭部には牙が並び、両目を丸く見開いた顔は怒りと悲しみに歪んでいた。

 

これが、華扇が恐れていたことだ。新子の心の隙間に、歌姫の魔力が入り込んでしまった。

 

「ついに発現させたか…」

 

熱風が立ち上がる。もう潰された体は元通りになっており、服に付いたほこりをはらっている。

 

「お前の能力は、敵が内包する妖気とか魔力とか邪気の度合いを測り、自身の霊力をそれに比例させて上昇させる能力だ。上昇した霊力は敵との戦闘を終えるなどすると元に戻るが、自身と最も相性の良い魔力放出源…つまり新子にとっては東の歌姫だな、それから力を得た場合は、霊力に変換されずに魔力としてそのまま形を持つ。それがお前の能力の真骨頂なのだ!」

 

「ギニニニ…!」

 

熱風は少し中に浮かび上がると、フワフワと後ろへ下がり始める。おぼつかない歩き方でゆっくりとそれを追う。据わらない首が歩くのに合わせてカクカクと揺れ、額から生えた2本の角が不気味に輝く。

そして熱風は拝殿から出ると、もっと高く飛び上がった。

 

「ガァア!!」

 

新子はそれを確認すると、短い雄叫びと共に強靭な脚力で飛び上がった。腰から長い尻尾が生え、先端が熱風へと向けられる。だが熱風は尻尾の攻撃を避ける。続いて人間一人分ほどの大きさもある巨大な拳を振り下ろした。しかしこれも避けられ、新子のパンチは地面に激突した。大きなクレーターが出来上がり、その中心に埋まった拳を乱暴に引き抜く。

 

「ギギギギ…」

 

怒りに目をギョロギョロさせ、熱風を探す。視界の端に捉えた。もう一度、剛腕を振り下ろす。一撃は空振りし、地面にめり込んだ。さらに熱風目がけて何度も腕を振り下ろすが、一向に当たる気配はない。

 

「新子!」

 

大声が頭に突き刺さる。新子はその方に顔を向けた。誰だ、邪魔をする奴は?

赤髪モヒカンの大男が一人、鳥居の奥でこっちを見ている。その顔は、怪物を見たような恐怖で引きつり、わなわなと震えている。あの顔は、たぶん、知ってる。でも思い出せない。

間抜けな奴め、アタシが今お前の戯言に付き合っている暇は無いことぐらい、見て分かるだろう?この力を感じないのか?

太い指で、胸にはまった歌姫を撫でた。

 

「新子、お前…なのか?」

 

大男は喚きたてた。

 

「真紅の竜が、今里の空を飛んでる!吠えて炎を吐いてやがる、新子…」

 

ふいに耳障りな男の声が途切れた。真っ青な顔で戸惑ったように目を見開く。そのままガクッと膝をついて頭を抱え込んだ。

やっと感じたのか…。新子は歌姫から手を離し、再び熱風の方へ顔を向けた。

 

「ダメ、ここから…離れて!」

 

拝殿の中から震えるような力ない声が聞こえた。誰だっけ…思い出せない。確か、アタシにとって大事な人だったような気がする。でも、ぼんやりとしか頭に思い浮かべることができない。

まあ、いい。ただ、自分にとっての敵を叩き潰せばいい。この圧倒的な力で、憎いあの野郎を潰す…。でも…なんで憎いんだっけ?なんでアイツを殺そうとしてるんだ?分からない、何も思い出せない。記憶が濁流で流されてしまったかのようだ。

 

「ギガア…ゲゲ…!」

 

また熱風に飛びかかる。熱風は反撃に出ない。ただ避けて、挑発するようににやにやと笑う。それが、新子の怒りと憎しみとを増幅させた。それを感じれば感じるほど、歌姫の邪悪な魔力が心を満たす。

 

と、その時、背中に何かが刺さった。何だ、うっとおしい。

後ろを振り向くと、眼が少し隠れるほど長い金髪の女が立っていた。手には紫色の血に濡れた短剣を持ち、息を切らしてこちらを睨んでいる。

何だ、コイツもどこかで見た。だが、やはり思い出せない。

 

「ヌガア!!」

 

邪魔だ。邪魔なら、先に叩きつぶせばいい。

その女に向かって、拳を振り下ろす。女は衝撃で吹き飛び、神社の壁に激突した。

 

「新子、目を覚ませ!」

 

そんな言葉は届かない。何度言っても無駄だ…。

 

ヒラリ

 

「ガ…」

 

目の前に、何か紙切れのようなものが待っている。新子は自分でも意識しないうちに、その写真を太い指先でつまんでいた。

 

そして大きく見開いたままの目に近寄せ、紙をまじまじと見つめる。

 

「…?」

 

紙に写っていたのは、恥ずかしそうに目線を逸らしたのが一人に、直立したまま硬い表情のが一人、そして写真の右半分に顔が大きく映っているのが一人。何だ、コイツ等は…?

 

新子の心はぐらついた。何か、暗闇の奥に光が見える。とても見慣れた、懐かしい光だ。その光が何なのかを、確かめたい、光に駆け寄って、手で掴み、その正体を知りたい。

だが、歌姫の力が呼び戻そうとする。もう一度、胸に手を当ててあれに触りたい。あの美しさに見惚れて、不思議な力に身をゆだねたい。そして、ねっとりと柔らかい闇にすうっと滑り込んで、これをアタシのものにしたい。

 

自分の上に現れた熱風を見て、飛び跳ねる。空中で雄叫びを上げながらパンチを繰り出す。しかし、逆に新子の脳天に大きな衝撃が走った。熱風の魔力を纏った腕が振り下ろされたのだ。

そのまま落下し、大きな音と共に神社の屋根を貫通し、瓦礫に埋もれる。鉄材が背中に突き刺さり、ちくちくと痛む。

 

そうだ…そうすればもう苦しまずに済む。何も恐れずに済む。できないことなど何もなくなるし、何でも手に入れられる。

 

しかし、新子は歌姫に手を触れなかった。胸の中の何かが、引き戻してくる。何だろう?答えを探す新子の頭に、ふっと何かが引っ掛かった。左手に握りしめられていたさっきの写真をもう一度見る。

 

…イバラ!!

 

アタシはさっき、イバラの存在を忘れていたのか?馬鹿な!…他にも何か、忘れていることが有るんじゃないか?

その時、雷のような雄叫びが響いた。ズシン、と大地を揺るがす音がした。神社の壁が揺れる。

外でさっきの大男が悲鳴を上げた。

 

『東の歌姫』の歌声に重なって、新子の頭にやさしい声がささやきかけてきた。

 

─私はお前と共にあるぞ、新子。わずかな土くれと岩が我らを隔てているが、なぁに、すぐに片づけてやる─

 

竜のロック!

新子はハッとした。ロックがすぐそこに居る。壁の向こうの、神社の外に。自分が落ちた時に空いた天井の穴から、真っ青な空を仰ぎ見る。新子は旅の出発の時、初めて大鷲の竿打に乗った時の事を思い出した。あのころ、全てが始まったあのころ。アタシは自分自身の事を何でも分かっているつもりだった。喧嘩では誰にも負けない、憲兵だって怖くない。イバラからいろんなことを教えてもらって、いろんなことを手伝ってもらった。2人とも、この先にどんな運命が待っているか見当もついていなかった。南の歌姫の時はグリフォンと一緒に、東の歌姫の時はこの竜のロックと一緒に。そして北の歌姫の時は麒麟が来てくれた。

 

新子はもう一度、胸にはめられた歌姫を握りしめた。だがこれは歌姫の力を得るためではない。

 

”誰にも負けない力をやろう。栄光を手にしたいか?もう何も失わずに済むぞ”

 

思わずくらっとするような約束を並べて、敵はアタシを取り込もうとした。だが、心までは完全に支配することはできなかった。

今アタシは、暗黒の力というものをこの身でしっかりと感じた。今なら、暗黒の力に魅了されて禍王に従った者たちの気持ちも分かるような気がする。魔法人形のゴリアテ。妖怪兎のコト。天邪鬼の鬼人正邪。そして、あの熱風のことも。

 

─新子よ、邪悪の存在を感じるぞ。とても近い。時が来たぞ、ソイツに止めを刺してやろう─

 

…そうだ!

青い巨体ががばっと跳ね起きた。そして手で握っていた赤い宝石のような東の歌姫を力いっぱい引っ張った。体中に張り巡らされた歌姫の根っこがぶちぶちと引き剥がされ、ズキズキと痛む。

 

「死んでも手放さなきゃならねぇんだよ!!そうしないと…そうしないと…アイツらの事を…忘れちまうじゃねぇかァ!!」

 

ブシュッ。歌姫をはぎ取ったとたん、真っ黒な淀んだ魔力が噴き出した。それにも構わず、歌姫を床に叩きつけてやった。そして、胸の内にあった光を、この手で掴んだ。光は大きくなり、やがて胸の中全体を明るく照らし出した。

 

 

「ぶはぁっ!!」

 

新子はようやく目を覚ました。汗が顎の先と髪からポタポタと流れる。ハァハァと息を切らす。

戻ってこれたんだ…。だが自分の下には、あの青い巨体が項垂れるように鎮座している。どうやら自分はこの青い巨体のうなじの部分から出て来たらしい。まだ手首から先と足首から先が巨体のうなじの肉に埋まっている。更によく見れば、自分は服すらも着ていないではないか。

だが竜の雄叫びがそんな考えも吹き飛ばした。神社の壁が透けて、外の草むらにしゃがんでいる竜の姿が見えるようだ。正義と友情を司る竜。

 

「そうだな、時は来た」

 

「新子!」

 

続いて聞こえたのは、イバラ…いや、華扇の声。アタシを呼んでいる。

華扇は奥の壁によろよろと向かって行く。壁にたどり着くと、片手で目を覆ったままグラグラ揺れる壁にもたれかかった。

 

「華扇…」

 

新子は華扇の方へ手を伸ばそうとした。その時、自分の下にある青い巨体の剛腕が突然上がった。

 

「な、何だァ!?」

 

驚いて剛腕を見つめる。もしや…。

新子はさらに右腕を振り上げようとする。すると、右腕は肉に埋まって動かせない代わりに、青い巨体の剛腕がふり上がった。そのまま腕を上下に揺らすと、それに合わせて剛腕も同じ動きをとる。左腕も同じだった。動かそうと頭の中で念じた通りにこの巨体も動いてくれる。

 

「お前…」

 

怒りに見開いていた白い目が黒くなり、中心に赤い瞳が宿る。目は半分閉じ、三角形のような形に吊り上がる。牙だらけの開いていた口は引き結ばれた。その顔つきは新子にそっくりだった。

 

「そうか、今からお前がアタシの化身か。あのニセモノの竜とか、正邪の仮面の化身のような、アレかぁ」

 

青い巨体はゆっくりと立ち上がり、両腕を前へ突き出した。

 

「鬼人正邪の『仮面の反逆者(マスクドトレイラー)』からとって、今からコイツは『東の反逆者(イーストトレイラー)』だ!」

 

剛腕でガッツポーズを取り、高らかに雄叫びを上げる。

とその時、ゴゴッ、ゴゴッと石の擦れ合う音が聞こえた。壁に大きな穴が空いた。そこから外の光が差し込んだかと思うと、巨大なカギ爪が次から次へと石と木片を掻き出していく。

 

そうだ、華扇は…!

新子は思い出したかのように華扇に目を走らせた。華扇は手探りで突き出た木片に掴まると、ゆっくりと振り返った。

なんてことだ…。新子の胸は絞めつけられた。華扇は目が見えないんだ!石碑が砕かれた時に迸った、あの焼けるような光の所為だ。

竜の声が再び聞こえて来た。

 

─外は凄いことになっているぞ。あの男に連れられてここまでやってきた憲兵目がけて、何百もの人間が棍棒と武器を手に丘を上ってくる。ほうら、もうじきぶつかるぞ─

 

新子の心は踊った。いつの間にか神社周辺にやってきていた憲兵団と里の住人たちが戦おうとしている。里の皆が来てくれたんだ!

 

─もっと外の事を教えてやろう。空からは何か平べったいものがいくつも飛んできたぞ。そこから青い服を着た変な妖怪どもが飛び降りて、憲兵を次々に叩きのめしていく─

 

河童だ。にとりたち河童がここまでやって来た。彼女らも戦おうとしているのだ。

新子は立ち上がろうとしたが、できなかった。自分が居るあたりの瓦礫の中のどこかに埋もれている東の歌姫の歌声にやられて、意識が朦朧とする。

だが、新子の化身、『東の反逆者』は動いた。それと同時に、視界の端に、バンが倒れているのを見つけた。自分が落ちた時に空いた天井の穴の縁で、手足をわなわなと震わせ、黒い血にまみれていた。

何だ?

新子がそう思ったとたん、バンが仰向けになった。身体から流れるのは黒い血だ。黒い血がトロトロと流れ出し、神社の内部へ滴る。新子はぞっとした。その場に凍り付いて、黒い血の流れを目で追う。すると、悪夢のような光景が飛び込んできた。

 

群青色の塊が身をくねらせ、のたくっている。塊は生き物のように蠢いていた。

もう一度天井の穴の縁を見ると、ツムグまでもがスライムに捉えられていた。太い腕で首に纏わりつく触手をほどこうとするが、いくら千切っても元通りになってしまう。

 

「何があったの?くっ…目が見えない…」

 

華扇のうめき声が聞こえる。

新子は考えた。スライムの注意をアタシへ向かわせても、きっとあの2人を離しはしないだろう。だが、奴を一か所に引きつける方法がある。やつが無視できないモノがある。

 

「テメェを倒してやる…熱風!」

 

 

 

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