東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第24話 「穴底の戦い」

鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。

ついに、東の歌姫を追い詰める新子。まばゆい光と共に現れたものは…?

 

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第24話 「穴底の戦い」

 

その時、頭上でまばゆい金色の光が炸裂し、穴の中まで光で満たされる。犬がぎょっとして頭を逸らした。口の端から竜の血がしたたり落ちる。

 

「新子、あぶねぇ!」

 

ツムグの叫び声に続いて、穴の中の新子の後ろに、何か巨大な物が物凄い音を立てて降りて来た。何がどうなったんだ?身動きもできないうちに新子は、大きな固い手に押しのけられた。穴の斜面の中ほどにまでゆっくり引きずられ、新子は振り向いて穴底を見た。

長い金髪をなびかせ、青い服を着た巨人が双頭の犬と対峙している。腕で触手を切り裂き、もう片手に持った長いスピアーで、ぶよぶよと揺れる犬の胴体に穴をあける。

 

「ゴリアテ!」

 

新子は息を呑んだ。凶暴な顔つきで犬と戦うゴリアテの足跡を追って、小さな人影が穴の斜面を下る姿がぼんやり見える。アリス・マーガトロイドだ!南の歌姫の番人だった巨大人形ゴリアテと、その中に気付かないうちに封印されていた人形遣い。きりっとした顔だち、すらりと綺麗な指からは糸が伸び、ゴリアテの各部位と繋がっている。

東の歌姫の力はゴリアテには効かないのかもしれない。だが、アリスは見るからに苦しそうだ。それでもアリスは暴れるように戦うゴリアテを制御しようと、必死に指を動かしている。

まさか、彼女が戦いに来てくれるなんて。

誰かが頭に触れ、新子は顔を上げた。ツムグがかがみこんでいた。

 

「逃げるぞ、上に行くんだ…登ってこい」

 

そのやつれた顔が大変な思いをしてここまで来たことを物語っている。だが、新子は首を振った。

 

「アタシはあの竜と一緒にいなくちゃならねぇ。アタシの命の持つ限りな」

 

ツムグの手が新子の肩を掴んだ。

 

「アリスとゴリアテはあの犬を倒せねぇよ。ゴリアテがどんなに頑張っても、あの犬はすぐに再生する。そしてゴリアテを破壊し、アリスを殺し、それから竜に取り掛かる。もしアタシがそばに居れば、竜は生き残るかもしれない。東の歌姫を倒せる可能性はまだあるんだ」

 

新子はボソッと言った。ツムグが新子の目をじっと見た。やがて頷くと、新子の腕に手を置く。

 

「テメェの事は嫌いだぜ、新子。だけど今回だけ…やってやらぁ」

 

その言葉で新子は悟った。ツムグは一緒に歌姫と戦うつもりだ。…小さい時の事を思い出す。あの時とは随分状況が違うが、一緒に他のアホ共と喧嘩したことがあったっけ。

新子は何も言わなかった。そして『東の反逆者』でツムグを掴むと、穴底へと滑っていく。竜はまだ横腹を下にして横たわり、眼を閉じていた。真紅だった鱗が、淡いピンク色に色あせている。何とか巨大な竜の頭のそばまで行くと、しゃがんだ。

 

─戻ってきたのか、新子

 

─ああ

 

─隣の男は誰だ?

 

─…昔からの知り合い

 

ツムグが腕に手を置き、握る力を強めた。

 

「恐れずともよい…お前の仲間だろう、悪い奴ではない。ところで、あの怪物と戦っている、金髪の巨人は何なんだ?」

 

「アイツはつい最近まで南の番人だったやつで、後ろに居る魔法使いが作った人形だ」

 

「ああ、なるほど。自我を吹き込まれた人形は時として想像以上の力を発揮すると聞くからな」

 

竜は再び目を閉じた。

想像以上の力…新子は前にゴリアテが自分で話していたことを思い出した。ゴリアテは自我を持ってしまったがゆえに、心を持ってしまったがゆえに主人を裏切り、禍王の手下となった。だから人形が自我を持つという事は、それは制御ができなくなるということでもある。

今のゴリアテは、自我を持っているが、後ろで糸を駆使して操縦するアリスにそれを押し込められている。

 

「新子、見ろ」

 

ツムグの切羽詰まった声がした。新子は驚き、驚いて目を見張った。

ゴリアテはまだ双頭の犬と戦っていた。槍で突き、犬の顔を殴るが、ゴリアテの服と髪は泡と青いスライムの筋に塗れていた。手や足にはいくつもの損傷が見受けられる。足元には、くねくね動く触手の切れ端と、青い肉片が散らばっている。

ゴリアテは双頭による攻撃をかいくぐり、胴体に深く槍を突き刺した。

その時、新子は気付いた。何かが違うぞ。地面に落ちた触手が、とけて犬の身体に合流することなく、その場で干からびていく!

 

「どうなってやがる、体を再生できなくなったみてぇだ。まるで…」

 

「まるで、魔力が弱まってる」

 

新子はゆっくりと言うと、東の歌姫を見た。土埃の下に見える赤い表面は色あせている。それに歌声も確かに力を失っていた。もう、耳をつんざくような鋭さはない。

 

「邪悪の力が弱まった。ふぅ、楽になった、随分楽になったぞ」

 

新子は竜を見た。真紅の目が再び開いている。鱗に光が戻っていく。深い傷からの出血も止まった。新子の下で、まるで蘇る力を味わうかのように喉がごくごくと鳴った。

 

東の歌姫が死にかけてる。でもどうしてだ?アタシの力のせい?ゴリアテとアリスのおかげ?それとも、日の光?熱風が死にかけているから?

新子は戸惑いながら色あせていくニセモノの幻想郷を見つめ、それから怪物に目を戻した。

奇跡だ…。一巻の終わりだと思った瞬間、東の歌姫が急に力を失うなんて…。

双頭の犬も、魔力が引いていくのを感じていた。犬顔の残忍な目に戸惑いの色が浮かぶ。そして、ゴリアテの存在を忘れているかのように口を大きく開き、闇雲にアリスに襲い掛かっている。

犬の牙に手をざっくりと切り裂かれ、アリスがうめいた。よろめいて傷口を押さえ、指から伸びていた糸が切れた。犬が勝利の雄叫びを上げた。涎をまき散らして、歯をカタカタと鳴らす。

その時、大地を震わす叫び声を上げて、ゴリアテが襲い掛かった。胴体に刺さったままのスピアーから手を離し、たくましい両腕で二つの犬の首を掴み、一瞬で引きちぎって見せた。

 

そのまま、時間がとまってしまったようだった。ゴリアテは目を赤く光らせて唸りながら、群青色の双頭を天に捧げるように空に掲げた。その前で、頭をなくした犬の胴体がスライムに戻り、ぶよぶよと震えている。

突然ゴリアテが、おぞましい戦利品を投げ捨てた。これでもかとばかりに踏みつける。青い顔がゼリーのように潰れた。その瞬間、頭をなくした青い肉の塊が、一気に土埃の中に崩れ落ちた。ゴリアテがはっと思い出したように、新子とツムグ、そして竜に向き直った。

赤い目は殺意に満ちていた。目の前の敵は全て殺す、頭はそれっきりのようだ。

 

「よしなさい、その人たちは仲間よ!」

 

アリスが叫んだ。だが、操り糸から解放されたゴリアテの耳には入らない。腰を下げ、飛びかかろうと身構える。竜が低く唸り、新子も『東の反逆者』に攻撃の構えを取らせる。ツムグも身を固くする。

 

「私は怪我をしているの、助けて。もどってきて」

 

アリスは静かにゴリアテに呼びかけた。ゴリアテの無表情な顔が歪む。

もう充分だった。ゴリアテは踵を返し、二跨ぎでアリスの元に戻ると、傷ついた腕を大きな両手でやさしく包んだ。次の瞬間ゴリアテは、目もくらむような黄色い光に包まれた。

まぶしい!新子は思わず目を逸らした。振り向くとそこには巨大人形の姿は無く、小さな人形を持ったアリスが一人立っているだけだった。

 

「…!危ない!」

 

アリスは上に目をやると、そう言った。穴の中に、何かの人影が降ってきた。見開かれた目は充血し、血が流れている頭を押さえてフラフラと立ち上がる。黒い神父のような服に身を包んだ、色黒の男。熱風だ。

 

「よくも、俺の作った犬を。俺は精一杯頑張った…あのお方のために200年も仕えて来たんだ…。この熱風が、貴様らなんぞにィイイイ!!」

 

熱風もさっきの双頭の犬と同じく、魔力を失っているようだった。頭の傷が完全に治っていないし、さっきまでのような禍々しい気迫が感じられない。ただの人間同然だ。

その熱風が、もう尽きかけの魔力で作った剣を手に、新子に飛びかかった。

 

「父さんの仇だ」

 

『東の反逆者』が、向かってくる熱風を手の甲で小突いた。それだけで良かった、もう熱風という男は新子の敵では無かった。熱風の体は砕かれた土塊のように吹き飛び、灰のように散った。そして、もう復活することは無かった。

 

─終わった。仇はとったよ、父さん

 

 

竜が吠え、真っ赤な炎を吐いた。色あせた東の歌姫が炎に包まれてどす黒く光、燃える石炭のような明るいピンク色になった。歌声が、哀れっぽい声に変わる。石炭のようなピンクは真紅に変わり、そして鈍い茶色へと変わっていく。

竜がシューシューと音を立てて、白熱した細い炎を吐いた。東の歌姫がしぼみ始める。あまりの熱さに、新子とツムグは顔を背けた。それでも、『東の反逆者』の腕は竜の手の指を掴んで離さない。

東の歌姫の声が、高く、高くなる。そして、ふいにとまった。目まいのするような沈黙。ゆっくりと、新子は目を開けた。歌姫が有ったところには、風に散らされる白い灰の小さな山があるだけだった。

 

「さあ、すんだぞ。めでたしめでたしだ」

 

竜が満足そうに言った。

沈黙は頭上の大騒ぎに一気に破られた。見上げると、穴の縁に並んだ人々が歓声を上げ、小躍りして喜び合っている。同じくそこにいたはずの大量の憲兵団も、何故だが完全に消滅し、灰色の制服だけが舞っている。

その中で、元女憲兵のバンが両手を上げていた。華扇もバンに掴まって、そこに居た。にとりたち河童も、周りの人間たちと一緒に手を叩き合って喜んでいる。

 

新子が立ち上がると、アリスが弱弱しく微笑んで近づいてきた。

めでたしめでたし。今こそ安心して勝利を祝う時だと、新子は頭ではわかっていた。穴の縁の人々は有頂天になっている。だが、新子は何も感じなかった。

 

「まるで夢みてぇだな。最後は呆気なかった」

 

ツムグが、新子の気持ちを代弁した。

 

「嘘なもんですか、危なかったわよ」

 

アリスが言う。

 

「お前と人形はよくやった。だが、あまりいい気にならないほうがいい。お前が怪物に止めを刺したときは、敵はひどく弱っていたのだからな」

 

「そうなんですか、それなら私は運が良かったのね」

 

新子は話をほとんど聞いていなかった。干からびて袋のようにカサカサと揺れる青い塊も、今はどうでもいい。アリスの肩を支えるツムグを、じっと見つめていた。チッ、と小さく舌打ちすると、今度はもう一度穴の上を見た。視線の先には、華扇が居た。

 

「仲間の元へ戻れ、新子」

 

竜は新子の名前の部分だけ小声にして言った。

 

「人間たちはさっきは私を守るために戦ったようだが、私の役目が終わった今、どう出るか分からない。私はまだ戦えないし、飛ぶこともできないのだからな」

 

新子は何も言い返さなかった。竜の言う通り、アタシの居場所は、上にある。

 

 

実のところ、アリスとゴリアテが双頭の犬と戦う場面を目撃した者はほとんど居なかった。みな、東の歌姫の恐ろしい力にやられていたのだ。竜が歌姫を焼き尽くすのを見た者も、数えるほどしかいない。それでも、皆は分かっていた。ここで大変な戦いが有り、自分たちが勝った事、そして何か不思議な事が起こったという事も。うきうきして、体中によろこびがみなぎっている。

人々は、まるで耳に水でも入ったかのように耳を叩き、頭を振っている。いつも聞こえてきた音が、急に止んだからだ。人間の里にまで及び、何百年も響き続けていた気だるく絶望的な歌声が、今初めて全て止んだ。

 

気づくと、バンと河童たちの姿が見えない。人々を鳥居の先へとうながし始めているのだ。やがて、穴の縁に、華扇だけが残った。空を背に、堂々たるシルエットが浮かび上がる。その上には、竿打が心配そうな目を向けながらグルグルと旋回していた。

新子は迷わずに『東の反逆者』を使って穴から出ると、うなじと同化したままだった両手足を引き抜いた。司令塔が居なくなった青い巨体はがくりと崩れ落ち、蒸発しながら溶け始める。

 

そして新子は華扇に歩み寄り、昔からの友、いつもそばにいてくれた華扇の見えなくなった目を見ると、抱きしめた。華扇も新子をひしと抱きしめた。だが、気恥ずかしくなったのか、すぐに新子を押し返す。

 

「うへぇ、竜の匂いがプンプンするわ。それに、あなた裸なの?服を着なさい服を!やっぱりそういう所が…」

 

そうそう、これこれ。この説教臭い小言。

その時ふと、華扇の顔から笑みが消えた。まだたきをして眉間にしわを寄せ、手を差し出す。

 

「私の手を取って」

 

新子は訳も分からず、差し出された手を取った。華扇がまた瞬きをした。その虚ろな目に少し光が戻ったようだ。

 

「新子の力よ。新子の力が、私の目を癒してくれている、感じるわ!」

 

華扇の手を強く握りしめる。

 

「そう…確かに新子が今まで使ってきた能力は、倒すハズだった歌姫を守るための番人の力かもしれない。でも、それを周りに伝達する…それを利用して他人を治癒したり、増した力を他人に分け与える!これは新子が発展させた、新子自身の能力なのよ!」

 

華扇は強く目を閉じた。十数秒閉じた後、もう一度目を開いた。完全に輝きが戻り、瞳は真っすぐに新子を見つめていた。

 

「これで、4つ全ての歌姫を倒したのね。私たちの旅も終わったのよ」

 

「…そうだな」

 

後ろから声が聞こえた。振り向くと、バンが自分の上着を持って新子に微笑みかけていた。バンはその上着を新子に着させると、拾って来た写真をポケットに入れた。

 

「これがあったから、新子…お前は戻ってこれたんだ」

 

確かに、その通りだ。これで、全部が終わったんだ。父さんも、きっと喜んでる。これでいいんだ。

 

 

その時、周りが暗くなった。何か巨大な物が、すぐ上で止まっている。ガルルガか?だが、違う。羽ばたきの音が聞こえない。穴の中から顔を出した竜が、驚きと警戒の色のある顔で新子たちの上を見ていた。

上を向くと、そこには純白の巨体が浮かんでいた。丸まった後ろ足と、長い指を持つほっそりとした前足、白い毛並みの引き締まった胴体、そして鼻先の尖がった、大きな鋭い目を持つ顔。腰からは4本のもさもさした尻尾が揺れている。

 

天狐だ。死んでいたはずの天狐が今、頭上に居る。

 

 

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