東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~ 作:ねっぷう
『幻想郷荒廃の話』
ようやく、最後の章へたどり着いた。この話を入れないほうが良かったと思う読者も多い事だろう。幻想郷の民が結集し、禍王を破り、勝利したところで歴史を終えてほしかったと望まれるかもしれない。
もちろん、それは私も理解できる。たいていの人は、幸せな結末を好むものだ。そして、この章の話は決して愉快な、あるいは心地よい内容ではない。
だが、私はどうしても語らなければならない。幸せな結末が永遠の安全を約束するわけではないという教訓として、私が取り組んだ大仕事の締めくくりになるからだ。
禍王は直接の攻撃に失敗した。しかし、奴は敗北を認めなかった。幻想郷制圧という目的を達成するために新たな手段を考え付いた。何百年もかけてゆっくりと実を結ぶ方法だ。だが、禍王は過去の過ちを経て、辛抱強くなり、よろこんで待つつもりだった。
さて、めでたくマガノ国軍に勝利し、敵を幻想郷から追い払うことに成功した妖怪たち。妖怪は人間と共に酒と御馳走で勝利を祝った。毎日のように祭が催され、幻想郷は正に有頂天だった。なので、幻想郷の民は、少しずつじわりじわりと新たな危機が幻想郷を蝕んでいることに気付かなかった。
まず最初に何かに感づいたのは、神獣たちである。彼らの領域に再びガルルガがうろつき始めた。しかもガルルガは七羽でまとまってかかり、本気で神獣を殺しつくしていた。こうして神獣が見る見るうちに数を減らしていった。
幻想郷の民がようやく異変に気付いたのは、祝勝ムードから覚め始めた頃である。まだ春が終わったばかりだというのに、木々が枯れた。川の水も減り、汚れてしまった。森は所々枯れ、毎年夏になれば緑に埋め尽くされるはずの妖怪の山の斜面は、醜く禿げてきた。
異変は人間の里でも起こった。今まで豊かに育っていた米や野菜、果物などの作物の育ちが悪くなった。しわの入ったリンゴが多く、米は不味い。猟師が里を離れて肉を獲りに行っても、手ぶらで帰ることが多くなった。
自然に依存する妖精は徐々にその姿を消した。それに合わせて、妖怪が一人、また一人と、幻想郷を去っていく。中には我々が愛するこの幻想郷を捨てる訳がない、と豪語していた者もいたが、結局彼らも幻想郷を離れ、どこかへ行ってしまった。やがて、幻想郷で妖怪を目にすること自体が珍しくなってしまった。かつては妖怪が自分たちの理想郷を目指して造り上げた幻想郷から、今度は妖怪が消えてしまった。もう、昔の面影はほぼない。
だが、一部の知性すらもない低級妖怪や、他の妖怪と関わりすら持たない妖怪は幻想郷に取り残された。神獣もめっきり姿を見せなくなった。この時を待っていたかのように、またマガノ国軍が幻想郷に踏み込んだ。
あれほど醜く、頭も悪かったマガノ兵は、今や均整の取れた体に、集団で行動し、戦闘以外での知性を得ていた。彼らは人間たちからマガノ憲兵団と呼ばれ、恐れられた。
やがて人間の里もマガノ国の手に落ちた。そしてついに、幻想郷はマガノ国に支配され、昔の面影は全く無い、暗黒の世界と成り果ててしまったのである。
では、幻想郷から去った妖怪たちは何処に行ったのだろう?それは、多分私たちが知っているところ。かつて鬼も逃げ込んだ、ずっと地の底の世界。
『地底の妖怪の話』
幻想郷を去った妖怪は、地底へと逃げていた。何故幻想郷はあそこまで荒廃してしまったのだろう?その原因すらつかめぬまま、妖怪は地底に向かったのだ。
昔起こった「結界決壊大異変」での幻想郷の規模拡大に伴って、地底もより広くなっていたので、幻想郷の妖怪が一気に流入してもまだ余裕が有った。
そして、私たちが地底で暮らし始めて、50年の時が経った。
「皆の衆や、見ておくれ」
そう呼びかけているのは、八坂神奈子だ。背中の巨大なしめ縄が威圧感を醸し出している。地上では、妖怪の山の守矢神社に居たのだが、彼女らも神社ごと地底へとやってきていた。
地上を捨てたのは妖怪だけではない。神様や、命蓮寺や霊廟に住んでいた仙人や魔法使いも地底へとやってきていた。皆、地上の荒廃に耐えかねていたのだ。
神奈子の後ろには、巨大な物体が鎮座していた。
「30年前、この地底に君臨していた鬼たちは、マガノ国へ殴り込みを仕掛けた。地底へやって来た私たちの話を聞いたら、嬉々として敵地へ向かって行ったよ。だけど、帰って来た者は居なかった」
そう、地底の鬼たちは、自分たちだけで軍隊を作ってマガノ国へと乗り込んだ。地上の妖怪でも完全に倒しきることができなかったマガノ国軍を、自分たちならば倒せると踏んでいたのだ。さらに、敵が思っても居ないだろう、と直接敵地を襲撃した。しかし、神奈子の言う通り、帰って来た鬼は居なかった。敵地で全員滅んだのか、それともまだ戦っているのか。今はそれを確かめるすべはない。
「たが、じきにやって来る第二次敵地攻略戦に備えて、我々は兵器を作ることにした。我々では、どうしても鬼程の戦力を出すことはできない。だから兵器で実力を補うのだ。見よ…この戦艦の数を!」
何千隻もの戦艦が3列にまとめて格納されている。空中を航行する空中戦艦だ。
「そしてこれが、我が地底妖怪軍の旗艦となる。その全長2000メートル級!『特大超弩級戦艦”ダイヤサカ”』!!これが皆の衆を勝利へと導くであろう!」
目の前にそびえるのは、超巨大な戦艦だった。赤と青を基調とした鋼鉄のボディに、艦の前部には鬼のような荒々しい妖怪を現す顔が形造られている。さらに、ボディの両サイドから飛び出た主砲門が巨大なしめ縄で結ばれている。
「さて、この”ダイヤサカ”だが…動かすにはかなりの膨大なエネルギーが必要なんだ。機関部にコアと成る者がはまり、その者のエネルギーを動力源とするのだが、これは私でも十分なエネルギーを提供することができない。そこでだ!まずコアの動力源と成る者が、この”ヒソウテンソク”に乗り込む」
ダイヤサカの艦首の上に、銀色のボディをしたロボットが立っている。
「そしてこのヒソウテンソクが、かつての大戦で活躍した”輝針城”機関部に搭乗する」
ヒソウテンソクの後ろには、人型に変形した輝針城が悠然と聳えていた。だが、ダイヤサカに比べるとやはり小さく見える。
「更にこの輝針城が、”ダイヤサカ”の動力部に乗り込む!コアはエネルギーをヒソウテンソクへと流し、ヒソウテンソクはそのエネルギーを輝針城へと流し、輝針城はダイヤサカにエネルギーを送り込む。こうしてコアと成る者のエネルギーをギア伝達し、増幅させることで初めてダイヤサカを起動させることができる。ちなみに、このコアはある程度の妖力を備えた者なら誰でもいい」
集っていた妖怪たちは、一斉に歓声を上げた。だが、正邪だけはただ静かに戦の勝利を祈っていたのだった。出撃は1週間後、それまでに、できることは全てやっておこう。
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かつて見た景色。ささやかな平穏、ささやかな希望。それを踏みにじられた時、私は立ち上がる。
その手にある希望、反逆の引き金。
「特大超弩級戦艦ダイヤサカ起動!出撃!!」
正邪のエネルギーをヒソウテンソク、輝針城へと伝達し、ダイヤサカが起動する。ダイヤサカは高く浮かび上がり、そのまま前進を始めた。天井の壁に激突する寸前まで接近した時、ふとダイヤサカと、そして無数の空中艦隊が消えた。
地上へとワープしたダイヤサカ艦隊は、妖怪の山とマガノ国の国境である山脈との間に現れた。さらに前進を続け、国境の山脈を無理やり超えた。
そこに広がるのは、茶色い大地、紫色の森。いくつもの建物や町が点在するが、ひどく邪悪な気配に満ちていた。まさに、死に絶えた大地だった。
「ダイヤサカ全砲門開け!撃てー!!」
ダイヤサカから放たれた無数の砲撃がマガノ国を焼いていく。
その時、遠くに見えるマガノ国の都から、何千人もの兵士が現れた。他にも巨大な魔獣や、自分たちと同じような、大量の兵器も投入された。兵士や魔獣を向かえ撃とうと、ダイヤサカから妖怪たちが降りていき、戦いを繰り広げる。
敵の戦艦は、不思議な形状をしており、質感から近未来的な印象を受けた。魔力による光線を放ち、妖怪軍の戦艦と激しい撃ちあいを始める。
「くくく、ダイヤサカ…主砲発射!」
ダイヤサカの前部にある巨大な顔の口が開き、超極太の波動を撃ちだした。波動は地上に群がるマガノ国軍を焼き尽くし、更に敵艦隊軍も、いとも簡単に破壊し、壊滅寸前にまで追い込んだ。妖怪たちの希望の象徴でもあるダイヤサカは強力だった。敵のどんな戦艦も魔獣も、このダイヤサカの前ではどうすることもできず、どんどんと倒されていく。
「トドメだ…!」
─勝てる…!!
「そこまでだ、愚かな妖怪共よ」
しかし、その時、渦をまく山のように盛り上がっている都から、邪悪な声が轟いた。地上で戦っていた妖怪たちは恐怖に頭を抱え、禍王の手下であるはずの兵士や魔獣たちでさえその場にひれ伏す。禍王は以前幻想郷に現れた時よりも、力を格段に増していた。
「お前たち妖怪は、自分たちの身勝手な都合で動こうとする。それこそが、お前たちの醜い業だ。その業ゆえに、滅びなければならないのだ」
大地が大きく揺れた。茶色い地面が裂け、中から巨大な目玉が飛び出してきた。続いて現れた、影のような体。禍王だ。その姿は、まさにマガノ国そのものを体現していた。底知れぬ悪意を持った渦が巻いたような身体、肩から伸びる大きすぎる翼には巨大な目があり、いくつもの赤い瞳がはめ込まれている。そしてその大きさは、ダイヤサカさえもはるかに凌駕し、妖怪の山でさえも半分に満たないほど、途方もなく巨大だった。
禍王の攻撃により、妖怪軍は瞬く間に壊滅した。戦艦軍は撃ち落され、粉々に爆発される。妖怪たちも禍王の放つ極太のビーム光線により瞬時にして焼き払われた。
結果、惨敗。マガノ国襲撃妖怪軍第二軍は、敗北した。ダイヤサカも陥落、敵に奪われた。ダイヤサカ最深部の動力室に居たこの私、鬼人正邪は偶然にも軽傷で済んだ。5割以上の妖怪が死亡、残りは行方不明か、マガノ国に捕らえられた。私を含めた、妖怪たちのこれからの運命は、想像に難くない。
『脱走』
マガノ国の闘技場。ここでは捕虜として捕らえられた人間や妖怪が、無理やり魔獣や怪物と闘わされる娯楽施設。もちろん戦いはデスマッチ方式で、観客はほとんどがマガノ国の兵士か、敵側に堕ちた人間、怪物たちである。
「さあ、今回も始まった死ぬか勝つかの大試合!皆さんお待ちかね…今日はあの言わずと知れた、この闘技場でいくつもの死闘を勝ち抜いた闘技王、”鬼人正邪”!!」
私はもう60年もこの闘技場で過ごしている。今までの幾多もの戦いで鍛え上げられた肉体と妖力は、もはや大妖怪と呼べるクラスにまでなっているだろう。戦いを勝ち抜けば、それなりの待遇が与えられる。繁華街にある、清潔感ある家に住めるし、美味い食べ物も食い放題。だが、何度も死にかけた事もあった。そのたびに、私の”ひっくり返す能力”のおかげで、さらに強くなって復活できる。
このやかましい歓声と司会の野郎は大嫌いだが、こうして闘っていれば今の暮らしは守ることができる。
…とでも思っているのか?馬鹿どもが…。
かつては同胞だった妖怪の戦士と闘わされたこともあった。私に命乞いをする戦士を、涙を流しながら殺した。その憎しみやくやしさ、やるせなさは、マガノ国の怪物との試合で発散する。
この生活を、誰が守ってやると言うのだ?私はいつでも反逆の機会をうかがっている。少しだ、奴らが少しでも隙を作ってくれれば…。
「対するは…おっと、もうすでに危ない雰囲気が立ち込めています!同じく幾多もの戦いを、その圧倒的な力と凶暴性で制覇してきた、怪物スラッグ!!」
怪物スラッグ。マガノ国で作られた最強の殺戮マシーン。奴らはこの闘技場で戦いを魅せる事だけを目的としてつくられ、その闘争本能は凄まじい。
「おとなしく歩け!」
闘技場の入場口の中から血も凍るような雄叫びと、何かを壁に打ち付ける物凄い音が聞こえてくる。十人近くもの兵士に無理やり連れて来られたその怪物が観衆の前に姿を現した。涎をまき散らして吠えながら、鞭のように長い尾を振り回す。上からどっと歓声が湧き上がった。
その時、尻尾の一振りが兵士の足をかすめた。兵士は前に倒れ込むように転び、慌てて起き上がろうとする。しかし、スラッグはその兵士を見逃さなかった。腕の一振りで兵士の体をバラバラに引き裂いてしまった。血があたりを染め、観衆からはわずかな悲鳴と、大きな笑い声が響いた。
「凄まじい力と凶暴性ですね~。ようやく入場を終えた両者、どんな戦いを魅せてくれるのでしょうか!?」
両手足と両首、尻尾につなげられた鎖を、地面に魔力で固定される。試合開始の合図と当時に、この鎖が解かれ、スラッグの殺戮ショーが始まるのだ。
それにしても、おかしいぞ。私も今まで何度もスラッグと戦ってきたが、あそこまで凶暴なスラッグは見たことが無い。身体の大きさも、今までのスラッグよりも一回りも二回りも大きい。
「それではいよいよ始まります!皆さん、血を見る準備は良いですか~?そう言うのが苦手な方はまさかこんなところにいらっしゃらないですよね?…コホン、それでは…試合開始ィイ!!」
スラッグの鎖が解かれ、正邪もぐっと構える。だが、スラッグはその場で吠え、足踏みをするばかりで正邪に向こうとしない。観客席をぐるりと見渡し、飛び跳ねて観客に襲い掛かろうとしているようだ。
魔獣の調教師が現れ、スラッグに棘の生えた鞭を振るう。しかし、スラッグはその鞭を咥え、思い切り引っ張る。流石の調教師も勢いに引き寄せられ、スラッグの足元に転がった。ためらうことなく片足を上げ、調教師の頭を踏みつけて潰した。観客席からは再び笑い声が溢れる。
だが、司会は笑っていなかった。焦ったように大声で指示を出し、何十人もの兵士がスラッグを取り囲う。観衆の目線もスラッグに釘付けだ。
ならば、今しかない…!
スラッグは鎖を掴む兵士を殺し、鎖を千切って走り出す。他の兵士も止めようと応戦するが、いまいち足止めにもならない。そしてスラッグが塀を飛び越えて観客席に乗り込んだ時、闘技場に正邪の姿は既になかった。
『絶望』
正邪は茶色い荒野と紫色の森をただひたすらに走っていた。後ろからは微かに怒号と振動が響いている。だが、正邪は決して捕まることは無かった。追われる事には、昔から慣れていたからだ。
まさか、こんな所で逃げ出すチャンスができるとは思ってもみなかった。60年待ち続けた甲斐が有ったというものだ。
その時、背後で物凄い音がした。正邪が振り返ると、巨大な赤黒い物体が立ち上がろうとしていた。人間の形をした巨大なロボットのようで、胸部に浮かび上がった巨大な顔には、何個もの瞳が詰まった一対の目が不気味に輝いている。あのボディの形状と、あの大きさには見覚えが有った。
かつての地底妖怪軍の旗艦であり希望の象徴だった、戦艦ダイヤサカ。陥落した希望は敵の手に落ち、改造を加えられていた。ああして巨大な悪魔のように変形する機構を持ち、妖怪の荒々しい顔を現していた顔面は無残に書き換えられた。
ダイヤサカの胸部の顔面から黒い星型の光弾が放たれた。無数に飛び散る光弾はあたりに落ち、爆発を起こす。そのうちの何個かが、まるで正邪の位置をわかっていたかのように墜落してきた。正邪は爆風にあおられながらも、立ち止まることなく逃げ続けた。
やがて、敵の攻撃も沈静化し始めた頃、正邪はようやく国境の山脈までたどり着いていた。国境の山脈はそれほど高いという訳ではないが、マガノ国と幻想郷の境全てにそびえたっており、これを越えれば幻想郷へと戻ることができる。
正邪は宙に浮かび上がると、山脈の斜面を飛び跳ねるようにぐんぐんと登っていった。その時、下から何かの唸り声が聞こえた。ふと下を見ると、例のスラッグも着いてきていた。後ろ足の強靭な筋力と蹄を駆使して物凄いスピードで斜面を登る。正邪は追いつかれないように、登るスピードを速めた。
山脈の中腹ほどに差し掛かった時、目の前に小さなトカゲがちょろちょろとこちらへ歩いてきた。トカゲは正邪の股下を潜り抜け、その場を右往左往し始める。正邪がそれを無視して進もうとすると、トカゲも今度は正邪を追い越して元来た道を戻ろうとする。しかし、トカゲは何かにぶつかったように立ち上がり、そのまま腹を上にして倒れ込んでしまった。
そうか…。正邪は理解した。何故マガノ国から幻想郷へ帰還できた者はいないのか。ここには魔力の特別な結界が張られているんだ。この結界は幻想郷側からやって来るものは拒まないが、逆にマガノ国から幻想郷へ行こうとすると、この結界のせいで行くことができない。きっと、以前にも正邪のように脱出を試みた者は数多くいただろう。だが、この結界のおかげで断念せざるを得なかったのだ。
しかし、正邪はこの結界の秘密を知っても、特に驚くことは無かった。自分には、”ひっくり返す能力”がある。
結界に作用する透過効果をひっくり返す!これで、逆にマガノ国から幻想郷へ行けるようになる。正邪はすぐに結界を越えた。その時、横をスラッグが鬼気迫る勢いで追い抜いた。結界を抜けた正邪が能力を解除しようとしたギリギリのところで、スラッグも通り抜けてしまった。
スラッグの戦意は既にほとんど失われており、正邪に対して威嚇を繰り返すだけで、襲ってくる気配はない。
正邪はようやく幻想郷の大地へと戻ってきたのだ。正邪が歩きだすとスラッグもそれに合わせてゆっくりと後をつけて来る。
幻想郷は酷い荒れようだった。ごつごつの岩肌に、枯れた林。そこに立ち込める空気はどんよりとして、とても臭う。
山脈は妖怪の山の裏側へと繋がっていて、いつの間にか妖怪の山の中に居た。後ろを振り向くと、いつの間にかスラッグは消えていた。奴も、自分を縛るマガノ国から解放され、これから自由に生きていくんだろうな、と正邪は思った。
しばらく歩いていると、妖怪の山の正面の方まで来た。幻想郷の景色が一望できるが…ここから見える幻想郷は、正邪が地底へ行った時よりも、さらに荒れ果てていた。地底へ始めて逃げた時には、誰も深くは考えていなかったが、何故幻想郷は荒廃の道をたどり始めたのだろう。あの戦争の直後からすぐだ、何かがあるはず…。
だんだんと空気が重くなってくる。ねっとりとした空気が身体に絡みつき、汗が出て来る。暑い…。
正邪は水を求めて水の音を辿り、川へと向かった。岩を超えると、そこには大きな滝があった。水は透き通っているが、ここは禍々しい邪気が充満していた。
しかし、水が欲しいのは事実。正邪は重い足を運んで滝まで近づいた。水を飲んだらすぐにここを離れればいい。そう思い、水を飲み始める。
その時、ごうごうと音を立てる滝の裏側で何かが光った。正邪がそれに気づいた時、滝から突き出したワイヤーのような針が自分の肩を貫いていた。思わずうめき、ワイヤーを掴む。
更に次々と突き出してくるワイヤーを避けながら、正邪は滝をくぐった。そこは、洞窟だった。中に、何かいる。辺りに漂っていた禍々しい邪気はここから出ているようだ。さらに奥に進むと、誰かが玉座に座ってこちらを見ていた。
それは人間の男だった。正邪を見るなり攻撃を仕掛け、襲い掛かる。しかし、今の正邪では、この程度の敵に苦戦はしなかった。すぐに懲らしめてやると、その男は自らで命を絶った。
その時だった。土を盛って固めた雑なベッドの上に、黒い影が座り込んでいた。顔も体も真っ黒だが、頭には巻き上がった金髪が見え、眼もあった。だが、それ以外は虚無的な姿だった。赤い目が正邪をじっと見据える。
「そこまでだよ、鬼人正邪」
「貴様…まさか…!」
「そう、私は禍王。”北の歌姫”の番人が死んだのを感じてここまで来たのだ」
「”北の歌姫”…だと?」
正邪がそう尋ねると、禍王は少し間を置いてから喋り出した。
「…私は、以前幻想郷へ攻め込んだとき、いくら本気ではなかったとはいえ、負けた。敗因はお前たちが見立てた通り、私のせっかちさと自信過剰な所…。だから、私はそれを反省し、今度はじっくりと新たな策を練った。待てば必ず成果が得られる…それこそが、”四人の歌姫計画”だ」
その時、正邪の頭の中にどっと悪夢のような光景が流れ込んできた。荒廃し、腐りはてた大地には生き物一匹すら見当たらない。そして、洪水のように広がり続ける灰色の液体が幻想郷を飲み込み、上空ではガルルガが悍ましい金切り声をあげ…
「私は焦っていた。一刻も早く目的を果たそうと、充分に準備をしていなかった。それに加え、己惚れていたのだ。今度は焦らず、じっくりと待って目的を果たそうとした。東西南北に配置した四人の歌姫はいい仕事をするだろう。そして妖怪共は、愛する土地を捨てるまで、何故幻想郷が荒廃したのか気付きもしない」
「…何だと…退け、ならば私がその歌姫を全て滅ぼして…」
「お前に見せてやろう。この幻想郷の真実を、四人の歌姫の真価を…」
一瞬、打倒歌姫の闘志に燃えた正邪だったが、すぐにそれは消え去った。歌姫を倒してしまえば幻想郷がどうなるのか、それを禍王に教えられた。
「幻想郷を守りたくば、選ぶがいい。他の誰かが歌姫を全て倒すのを見ているか、お前が歌姫を守るのか…!時間はたっぷりある。焦るなよ…焦りは禁物だ、じっくりと考えるがいい」
そう言い残すと、禍王はまばたきをする間にその場から消えていた。
正邪は、それからしばらくこの洞窟で暮らし始めた。こういう生活は慣れていたし、ここから離れる気にはなれなかった。この洞窟の壁の奥に、何か邪悪が埋め込まれている。その邪悪こそが、ここら一帯を蝕んでいる魔の根源だという事は、既に気付いていた。しかし、初めてここに来たときは吐き気を催すほどに感じたこの邪気も、今では何も感じなくなっていた。
正邪の頭には、ずっとあの光景が流れていた。幻想郷が滅ぶ光景だ。
どうする…?正邪は何か月も悩み抜いた。気が付けば、自分でも意識しないうちに壁を掘っていた。どんどんと石と土が掻きだされ、穴が広がっていく。そして、ついに掘った穴から白い物体が現れた。生白い表面に、浮き上がった毒々しい黄色の縞模様が走っている。
その物体から発せられる魔力の歌声は、まるで怒っているかのように、力強かった。北の歌姫は正邪に歌いかけていた。正邪は歌姫の誘惑に負け、その表面に手を触れた。
その瞬間、世界が変わった。歌姫の膨大な魔力は正邪にさらなる能力を与えた。さらに、元は天狗のアジトだった城を改造し、正邪だけの巨塔を作り上げた。
─人は問う、何故戦う?何故妖怪は殺す?何故妖怪は世界に誕生した?その答えを知らぬまま、人は死ぬ。それこそが、人と妖怪のサガ。
妖怪は愚かだ。自分たちの勝手な都合で、関わった者の全ての可能性を封じてしまう。だから、この地から去れ。決して4人の歌姫に触れるな。お前たち愚かな種族にはどうすることもできないのだから、無駄だ。おとなしく滅びを受け入れるがいい…。妖怪共、そして人間どもよ…恐怖せよ、愚かなる種よ。この…幻想郷の守護者、鬼人正邪を!─
外伝 幻想郷縁起 完
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『幻想郷年表』
第118季 紅霧異変
第123季 東方紺珠伝
第124季 結界決壊大異変/龍神が幻想郷を捨てる/入れ違いに神獣が幻想郷に出現/妖怪たちと対談し、神獣が幻想郷で繁殖/博麗霊夢、18歳/霧雨魔理沙が誤まった魔術に手を染め始める
第136季 神獣が最も栄えた時期/博麗霊夢30歳、5種族の神獣に予言を告げる
予言の内容
・何十年か後に北の妖怪の山の彼方から邪悪な大王が現れ、幻想郷を襲撃する
・その時には、人間、妖怪、神獣、幻想郷の住民全てが結託しそれを迎え撃つこと
・敵の撃退に成功しても油断はするな。敗北を知った敵は、負けた原因となった妖怪や神獣を消そうとする
・だから、神獣が滅んでしまう前に、一匹でも生き残るためにひたすら隠れて眠りについてほしい
・戦いから200年後、邪悪に立ち向かえる力を持つ女が現れる。その時に目覚め、力を貸してあげてほしい
第139季 博麗霊夢、33歳で死去/霊夢の死を皮切りに、魔理沙の魔術がエスカレート
第140季 霧雨魔理沙、幻想郷から追放される
第165季 月の都陥落/マガノ国誕生
第224季 山の彼方より禍王襲来/幻想郷の全ての民が結託し、撃退成功
第225季 ガルルガによる神獣の大量殺戮開始/霊夢の予言を信じた各種族の神獣の一匹が隠れて眠りにつく
第226季 幻想郷の東西南北に歌姫設置、四人の歌姫計画始動/妖怪たち、幻想郷を捨て地底へ避難開始
第230季 マガノ国の迫害を受け続けた妖怪たちは残ることを決めた少数を除いてほぼ全てが地底へ逃亡/人間の里陥落
第250季 地底の鬼で編成された第一軍マガノ国襲撃部隊出撃
第280季 第二軍マガノ国襲撃部隊出撃/敗北、ダイヤサカ陥落
第340季 鬼人正邪、マガノ国を脱出/そして北の歌姫の番人と成る
第374季 鬼人正邪、妖怪の山に残された天狗のアジトを本拠地とする
第406季 本居新子誕生/茨木華扇、鈴奈庵の玄関前に住み始める
第410季 熱風が東の番人引退/幼い本居新子に目をつけ、新子に自分の力を移して新たな東の番人にする
第424季 本居新子、茨木華扇、旅に出る
※最後の幻想郷年表について。東方はサザエさん時空っぽく、紅霧異変から紺珠伝までは10年以上経っているのですが、それだと色々とつじつまが合わない部分があるので、この間を5年間と変更させていただいてます。