東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~ 作:ねっぷう
「今度は…私たちがマガノ国へ乗り込むですって!?」
華扇が声を荒げた。マガノ国へ行って戻ってきた者は、たった一人、あの鬼人正邪を除いて存在しない。
「そうです。そうしないで、どうやって連れ去られた者たちを救おうというの?」
「そんな簡単に言うけど…」
「マガノ国へ連行された妖怪を幻想郷へ連れ戻し、幻想郷を妖怪で満たさなければ、博麗大結界が破られ、再び禍王が再臨してしまうのですよ」
「でもねぇ…」
「…実は、マガノ国へ乗り込み、彼らを救えるという道具があります。まずは本居新子さんの所へ案内していただけますか?」
新子の首元に、妖怪の爪の先が触れた。ほっそりとした指が新子の首筋をすうっと撫でる。そして、腕を掴み、ぐいっと引き上げた。
「ほっほっほ。ちと血の気が多すぎるのう。何も取って喰おうという訳ではないわい」
妖怪は新子に話しかけた。見る間に起き上がらせられた新子は困惑しながら目を開けた。既に妖気の煙はほとんど消えており、視界もはっきりとしている。
目の前に居たのは、確かに妖怪だったが、思っていたのと大分違った。獣の耳に、キリッとした顔だち、丸い眼鏡。頭の上に木の葉を乗せ、黄緑色の上等な着物を纏っている。背後には身丈よりも大きな縞模様の茶色い尻尾が生えている。
「あ、アンタは…?」
「儂は二ッ岩マミゾウ、というてな。昔は狸の頭領をやっていたわい」
狸…言われてみれば、尻尾とか耳とか、それっぽく見えて来る。新子が驚いた様子を見せると、マミゾウと名乗ったこの妖怪狸は不敵に微笑みながら眼鏡を上にあげた。
「狸だって?じゃあ本に化けてたって言うのか?」
「化けてた、とな。それは違うの。話すと長くなるのじゃが、直入に言えば、禍王の手下によって、本に封印されていた…といったところかの?」
何と、このマミゾウは本に封印されていたらしい。そういえば、妖魔本には妖怪そのものが封印されている類いのものもあるらしい。妖怪が存在そのものを忘れられた時に消滅してしまうものであることから、ここに封印された妖怪等は本の中で力を蓄え、目覚めることのできる時を待っているのである。彼女もそう言ったような妖怪なのだろうか。
「禍王の手下?」
「そうじゃ。150年ほども前かの、とても悪い心を持った魔法使いと戦う事になっての…そこで封印されてしまい、今に至るという訳よ」
「新子ー?何かあったの?」
カウンターの机の奥のドアからガチャリと音が聞こえた。自宅の方に居た新子の母親が騒ぎの音を聞いてこちらをのぞこうとしている。その時、マミゾウがぴょんとジャンプした。身体が煙に包まれる。
「あら?」
しかし、母親がドアを開けると、そこには、新子と一人の女性が立っているだけだった。
「ちょっと…騒がせてしまったかの?」
「…お客さんでしたか!失礼しました、ごゆっくりどうぞ~」
そう言うと、すぐに向こう側へ行ってしまった。
「人に変身したのか?」
「そうじゃて」
マミゾウは着物の袖に両手を入れて腕を組むと、ぐるりと鈴奈庵の店内を改めて見渡す。一度店の出入り口の外に出て、「鈴奈庵」と書かれた看板を確認し、今度は新子の元へ近寄り、まじまじと顔を眺める。
「何だよ?」
「ほっほっほ、お前さんがあの本居の血筋を引いてるのかい?」
「アンタ、妖怪の癖に鈴奈庵を知ってるのか?」
「知ってるとも。ここはずっと昔から知っておる、300年前のお主の祖先も知っておるぞ。だが、ソイツと比べて、随分荒っぽい気をしておるの」
その時、入り口のドアが音を立てて開いた。なじみ深い顔が慌てたように入ってきた。
「新子!」
「華扇じゃないか、帰って来たのか?どうだった今回の旅は…」
「それは後!それよりも…」
華扇が後ろを向いて指さした先に、稗田阿富が立っていた。火傷のある顔でじっと新子を見ている。
「あ?その人がどうかしたのか?」
それから、新子は阿富から全てを聞いた。歌姫の秘密を知った後、彼女が殺されかけた事、21年間も地下通路で生き延びていたこと、そして地下で暮らしていた時にある道具について調べていたこと。
「まさか、あの稗田が生きていたとはな~。父さんは転生も途絶えたって言ってたけど、まだ生きてるんだからそりゃ転生なんてできるわけないよな…」
「ええ、ですが、稗田家は幻想郷縁起に生きていた間の出来事を書き記し、次の転生先へそれを託すのが役目…なので代々短命なのですが、私はもうずっと長く生きています。いつ死んでもおかしくありません。なので、これから先、まだ貴方にはやるべきことが有るということを伝えに来たのです」
「やるべきこと?」
「今、幻想郷の人々は、今だマガノ国から帰らぬ家族や友人の事を思い、嘆き悲しんでいます。そして、幻想郷が妖怪で満たされない限り、いずれまた禍王はやってきます。そこで、新子さんには、もう一度…冒険に出ていただきたい」
「…何だと?」
「マガノ国から人間を救い出し、この地を捨て去った妖怪を連れ戻してくれるのは…新子さん、貴方しか居ません」
「いや、でもよ…そんな事できる保証はあるのか?これと言った切り札とか…。例えば三年前、歌姫を倒す旅に出た時は、幻想郷の神獣たちが協力してくれた。でも、今回は何を当てにすればいい?アタシだけの力じゃ、とてもじゃないが無理だぜ」
「実は、あるんですよね。名前くらいは聞いたことあるんじゃないでしょうか…その名も、『打ち出の小槌』!!」
「打ち出の小槌!?」
華扇が声を漏らした。
「知ってるのか?」
「打ち出の小槌…何でも願いを叶えることができるという、鬼の秘宝よ…。それがあれば、マガノ国へ突入しても願いを叶えれば好き放題できるって訳ね。でも確か…」
「そう、打ち出の小槌は鬼の魔力が込められた道具…乱用すれば、それだけ使用者の身を滅ぼしてしまう。しかし、今回打ち出の小槌を使用する場所はマガノ国!マガノ国は禍王が支配する場所…そこでなら、打ち出の小槌の制約を受けることなく、何度でもどんな願いも叶えることができる!」
マガノ国に存在する物の全ての権利は禍王に委ねられている。しかし、マガノ国へ侵入した物体…例えば、打ち出の小槌を持ち込み、マガノ国の所有するものと成れば、打ち出の小槌本来の鬼の制約は無効となり、それを気にすることなくマガノ国の魔力を利用して無尽蔵に小槌を使う事が出来る、という訳だ。
「なるほどな…。それでも、どうやってマガノ国へ行くんだ?国境の山脈を越えていくのか?」
「それは危険だわ。今頃、禍王は国境を越えて幻想郷へ行ける方法を血眼で捜している頃でしょうから、国境付近には近づかないほうがいいと思うわ」
「だったら、どうやって…」
「それなら、儂が良い情報を提供してやろう」
本棚の影からマミゾウが姿を現した。その姿を見た華扇が驚いた声を上げる。
「アナタ、確か…」
「おお、久しいのう、山の仙人殿。お主がここにおるとは驚きじゃ…」
「知り合いなのか?」
「まあ、ね…」
「ゴホン、どうやってマガノ国へ侵入するかという問題じゃが…地底世界を通るというのはどうじゃろう?」
「地底世界を通る…ですって?」
「その通り。地底の世界というのは、幻想郷よりもずっと広い。だから、マガノ国の地底にまでつながっている…という訳じゃ」
「でも、地底とマガノ国がつながっているとは限らないでしょう?」
華扇も負けじと反論する。何だか、切羽詰まったような、まるでその地底世界とやらに行きたくないような感じだ。
「そうでもないかもしれません。いずれにせよ、打ち出の小槌を使えば地底からマガノ国へ突入することができるはずです」
「うぐぐ…」
「まぁ仕方ねぇよ、華扇、そうやって行こうじゃねぇか。でもよ、その打ち出の小槌は何処にあるんだ?」
「打ち出の小槌は…地底にある!一寸法師が奪った宝は、鬼に返還されたと聞いておる」
「なるほど~。偶然にしちゃ出来過ぎてる気がするな、私たちは地底を通ってマガノ国へ行く、地底にはマガノ国へ行くのに必要な道具がある…」
「そうと決まれば、私も行くわ。新子、貴方とはそういう付き合いじゃない?」
「確かにな。今回も骨が折れそうだ。だけどよ、三年前の旅立ちの時と比べて、恐怖は無ぇ。むしろ、あるのはやる気と闘志だけだ」
「私も同じよ。マガノ国へ連れ去られた人間と妖怪を幻想郷へ連れ戻す。それが今回の旅の目的よ」
阿富は新子と華扇をじっと見ていた。これが、この方たちが、幻想郷を禍王の手から救った者たち。この方たちならば、この最後の大仕事…最後の反逆も、無事成し遂げてしまうかもしれない。
そう、この者たちならば…。
二日後、新子たちは次なる旅に出発することになった。打ち出の小槌を手に入れ、それを駆使し、マガノ国から人間と妖怪を連れて幻想郷まで戻る。それが今回の旅。
長らく動かしていなかった体を動かし、押し入れに眠っていたかつての武器を引っ張り出す。華扇は出発のときまで家を空け、情報集めに出た。この旅は、他の誰にも知られてはいけない。知っているのは、母親、昔からの友と、マミゾウ、そして稗田阿富とその助手だという迪郎だけだ。
今ではほとんどそう言ったことはないが、新子は一時、幻想郷を救った英雄として称えられた。今回、新子が旅に出るという事が他の人間に知られれば、皆不安がるだろう。また何か起こるのではないかと。それは避けなくてはならない。
いよいよ、出発の日が来た。鈴奈庵には、二日前の時の面々とツムグが居た。
「新子ー?まだかしらー?」
向こうの方から自分をせかす華扇の声が聞こえた。新子は急いで引き出しからハサミを取り出すと、背中のあたりまで伸ばしていた髪の毛をばっさりと切った。これですっきりしたぞ。
新子が食料や武器の入ったバッグを背中に背負い、鈴奈庵の出入り口の方へ向かうと、皆が居た。新たな旅に出る新子を、期待を込めた、または不安そうな表情で見つめている。
「新子、あの能力はまだ使える?」
「ああー…どうだろうな、使えるは使えるんだが、前よりは弱くなってる気がするな」
”魔に対して力を発揮する能力”、敵の放つ邪悪な力に応じて自信を強化する能力。敵が邪悪であればあるほど効果を発揮し、3年前の歌姫退治では大いに役立った。実際には敵の邪気を測り、それに比例させて自分の霊力を増幅させるというもの。
この能力の正体は、歌姫の番人としての能力だった。本来ならば東の歌姫の死と共に消えるはずの能力なのだが、新子はこの力を自分の力として取り込んでしまった。
応用として、この力で自分の傷の治癒を早めたり、それを他人に対して使い、力を分け与えることもできる。
「なあ、新子…」
ツムグが小さい声で新子に囁いた。
「これが終わって、お前が帰ってきたら…」
「…ん?」
「…いや、何でもねぇ。無事に帰って来いよ」
「当たり前だ、アタシを誰だと思ってやがる?鈴奈庵の本居新子だぜ」
新子はニヤッと笑いかけた。ツムグも、それ以上は何も言わなかった。華扇はその様子を見て、一度目を閉じた後、切り出した。
「それじゃあ、行きましょうか。これが、最後の反逆に…なればいいけどね」
「いや、してみせるさ。連れ去られた奴らを救う…それに加えて、敵の親玉を倒せたら…それ以上にいいことはねぇ」
2人は荷物を背負いなおすと、皆が見守る中、鈴奈庵を出て旅へと出発した。まだ朝方の人間の里を、誰にも見つからないように慎重に歩いていく。
今回の旅は、敵に絶対に知られてはいけない。何せ、今まではこちら側に乗り込んできた敵と戦うのみだったが、今度は直接敵地へ殴りこむのだ。それに、華扇の話によれば、現在張られている博麗大結界はマガノ国の憲兵団や怪物、魔獣たちの幻想郷入りを封じることはできても、禍王の手下となった人間を封じることはできないのだ。そのために、華扇は残党狩りの旅にも何回か出ていたが、まだまだ手下は幻想郷中にはびこっているらしい。
実際に、そう言った者を里で何回も見たことが有る。まず最初に目立った者は、シンスケという若者だった。彼は3年前まで工場で無理やり働かされていて、過酷な労働によって足を悪くしていた。解放されてからは家族と幸せに暮らしていたはずのシンスケがある日、夜中の鈴奈庵に忍び寄った。新子の枕元にサソリを放ち、殺害しようとした。しかし、寸でのところで新子に見つかり、その行動について問いただされた時、持っていたナイフで自分の首を斬って自殺した。
そして一年ほど前、口のきけないマイエという少女が、商店街を歩いていた新子を背後から剣で狙って来た。これも新子に止められると、その剣で自殺してしまった。
結局、この二名は何だったのか、マガノ国からのスパイという事で事件は終わったが、まだ同じような残党がそこら中に居るのだろう。
いよいよ、里の外門辺りへとたどり着いた。
「…お前は!」
その時、後ろから何者かの気配を感じた。2人が振り向くと、そこには二ッ岩マミゾウが立っていた。
「あら、何しに来たの?」
「ふむ、儂も少々マガノ国へは恨みがあってな。儂も同行させてはくれないか」
マミゾウからのまさかの申し出だった。マミゾウは”化けさせる程度の能力”を持ち、これからの目的を達成するのに重要な役割と成るだろう。華扇は何か腑に落ちないようなところが有ったようだが、マミゾウを加え、3人は人間の里を出た。
まず目指すは、地底へと通じる道があるという妖怪の山だ。そして、この三人は、行く手にどんな運命が待ち構えているかなど、この時は知る由もなかった。