東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~ 作:ねっぷう
ついにマガノ国の支配から解放された幻想郷。しかし、再び魔の手が忍び寄るのも時間の問題だ。
本居新子、茨木華扇、そして二ッ岩マミゾウの三人は、マガノ国に囚われた人間と妖怪を救い出すため、新たなる旅へと出るのだった。
三人と交戦した破魔師シャムは、悪魔の館・紅魔館へと逃げ込んだ。その紅魔館に導かれるがまま、中に入った新子たちが見たものとは…?
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第4話 「紅魔の呪い」
霧の中からから姿を現した、赤い建物。若干霧が晴れた今ならハッキリと分かるが、窓が少なく、蔦のような植物に覆われてこそいるが、その真っ赤な外観は、青い空と緑色の草むらからひどく浮いて見える。
その館に目を奪われていたが、突然、ギィという音が響いた。音の先を見ると、赤い門がわずかに開き、草の上の足跡が中に入っていった。シャムが中に入ったようだ。
「アイツが入っていったぞ。中に誰か住んでいるのか?」
「ずっと昔は、吸血鬼とか…ヤバそうなのが住んでいたけど…今のこの様子じゃ誰も居ないわよね」
「今ではここが奴の棲み家という訳じゃな。ずっと姿を見られていなかったのは、ここで暮らしていたかららしいの」
「ここには結構旅人や探検家が訪れたりしてね。そういう者たちは、皆ありもしないものが見えたり、説明のつけられないものが見えたりしたらしいわ。ここは何かに呪われてるって言われてるのよ」
新子が鼻で笑った。
「まさか、幽霊とか?馬鹿か、どうせシャムが人間脅かして遊んでるだけだぜ。この不気味さだのでそう感じるだけさ」
「紅魔館は昔から不思議な場所だったのよ。今じゃ誰もこの場所に近づこうとしない」
「どうかな?少なくとも一人は、怖いもの知らずが居るようだぜ。彼女にシャムを倒してもらうか?」
「誰の事じゃ?」
マミゾウがあたりを見渡す。
「門の前で立ってる女の人だ!じっとこっちを見てる…─」
そう言いながら新子は門の方を振り返り、ぽかんと口を開けた。華扇とマミゾウも、訳も分からず新子の視線を追う。だが、そこには誰も居ない。
「確かに…確かに居たんだ、女の人が!長い赤毛で、緑色の服が風に揺れて…この目で見たんだ!あの人は何処だ?」
新子はせわしなく目を走らせた。だが、人影もなければ、地面にはシャム以外の足跡は無い。
「アタシは見たんだ!」
新子が頑固に繰り返す。華扇は頷いた。
「ええ、信じるわ。だって昔、紅魔館には”紅美鈴”っていう門番が居たのよ」
新子が凍り付いた。何か言おうと口を開いた時、門が大きく揺れた。華扇が慎重に門を見つめる。
「…館が入れって言ってる…。この館の壁のレンガ一つ一つに魔力が息づいてる。だから、過去の記憶も失われることが無いわ」
「どっちにしろ、シャムは悪人じゃ。儂は奴を懲らしめんと気が済まん」
華扇はゆっくりと門を開く。門は油を刺したばかりのように簡単に開いた。門をくぐると、そこは雑草で覆い尽くされていた。巨大な蔦が紅魔館を覆い尽くし、近くだと赤よりも緑の方が協調して見える。
「ここで何か悪いことが有ったのよ。感じるわ」
三人は歩き始めた。石のタイルの道を進んでいく。タイルの上には、シャムのものと思われる血が垂れていた。血は紅魔館の入り口に近づくにつれ間隔が広くなり、やがて無くなった。シャムはもう紅魔館に入っている。
華扇が入り口の大きなドアを開けた。外の光に照らされて、館内の様子が見えた。掃除が行き届いてなく、汚れてはいるが、明らかに誰かが住んでいる跡はあった。しかし、とても寒く、死の冷たさをたたえている。
その時、後ろのドアがバタンと閉まった。新子がドアノブを回し、叩いて開けようとするが、扉はビクともしなかった。
「閉じ込められたようね」
「仕方ない、どっちにしろ…シャムを倒さねば出られぬという事か」
「マジか…」
華扇がろうそくに火をともし、二人に渡す。それを手にすると、エントランスホールから二階へ続く階段を見上げた。赤いじゅうたんの床に三人分の影が揺らめく。新子は、一瞬小さな少女を見たような気がした。階段を上った先の二回の手すりから、こちらを見下ろしていた。
「今のは幻じゃな」
後ろからマミゾウが声をかけた。マミゾウにも同じ幻が見えたらしい。
階段を上りきった新子は、ふと、さっきの少女が佇んでいた場所に近づいてみた。その時、どこからかくぐもった声が聞こえてきて、新子は飛び上がった。
「お嬢様」
静かな声があたりにこだまする。
「お客様です。例の商人です」
「そう、通していいわ」
過去の記憶…幻…。
新子は歯を食いしばって足を踏み出すと、歩き出した。後に続く仲間の足音にだけ集中し、他の事は頭から締め出して、通路を進む。
「…危ない!」
マミゾウがそう叫んだ時だった。歩いていた床がひび割れた。三人は別々の方向へ飛びのくと、丁度つい今まで居た場所から、刃物のような触手を振り回す巨大な大木が現れたのだ。横に裂けたウロが不気味に開けられた口のように見える。
大木はどんどんと伸びて広がり、通路を塞いでしまった。マミゾウは向こう側に、新子と華扇はこちら側へと分断されてしまったようだ。
「このッ…」
マミゾウが、どんなに壁のように道を塞ぐ大木に攻撃を加えても、ビクともしない。
その時、破魔師シャムの声が周囲にこだました。
「この館に入ったな!この館は、今や俺の魔法が支配してるんで、一度入ってしまえば決して抜け出せないぞ。俺を探しに来てもいい…だが、特に狸のお前!俺はお前だけは絶対に許さない…この館から決して出させてやるかよ!」
シャムの声はそう言い残すと、それからは何も聞こえなかった。大木が大きくなるギチギチという引き絞ったような音以外、静寂だけが周囲を覆っている。
「…儂は別のルートでシャムを捜そうかの」
マミゾウが切り出した。
「本気か?」
「本気じゃ。どうやら、シャムの奴は儂だけが目当てのようらしい。感じるのじゃ…奴の悪意と復讐心はこの儂だけに向けられている。二手に分かれるだけじゃ、いずれ合流しようぞ」
マミゾウは踵を返し、元来た道を戻っていった。
「さて、ここからは二人になるけど…」
「しょうがないさ。アイツはすぐやられるようなタマじゃないだろう」
二人は少し歩くと、怪しい部屋を見つけた。部屋のドアの隙間からは光が差し込み、誰かの話し声が聞こえる。片方はシャムの声だが、もう一つは違う。若い女の声だ。
華扇がドアの隙間から中をのぞいた。しばらくして、ゆっくりと目を離した。驚いたような表情で新子に手招きする。新子も一緒になって、ドアの隙間から部屋の中をのぞいてみた。
丸い机を挟んで、男女が話している。一人は、背中に黒いコウモリのような翼を生やした女性だった。見た目こそ少女だが、その目には何百年も生きて来た貫禄が見えている。向かいに座っているのは、灰色の服を着たちんちくりんな男だった。猫背で椅子に座りながらお茶を飲んでいる。小さな目が余裕あり気に輝いて、足を組んでいる。
「もう勘弁してくれないかしら…いくら頼まれても無理よ」
「それを言うなら、禍王に言ってほしいな。知ってるんだぜ?この紅魔館に、外の世界とのパイプがあるってこと。それがお気に召さないらしい」
「でも、この館ごとマガノ国へ引越せなんて、承諾できる訳が無いわ」
「これはアンタの所為でもあるんだぜ?”紅美鈴”とか言ったっけ、あの門番の人…。アイツをクビにしたのがいけないんだぜ」
「それはお前が…お前が仕組んだんだろう!」
「知らないなぁ。でも、あまりの役立たずさに、アイツに暇を出したのはお前だ。そして、この外の世界とつながりのある紅魔館をどうにかして潰したいとしているのは禍王。あっしはその間に居る中間人だ」
今までヒソヒソ声だった男が、急に普通の調子で喋り出した。
「可愛そうに。門番がクビになったおかげで簡単に侵入者を許し、今や壊滅状態の紅魔館…そしてあの禍王にマガノ国へ連行されるなんてねぇ。でも、あっしなら…まだ手を回して何とかしてやれるかもしれないね。あっしは人助けのために生きているような男でね。人を困らせる輩有れば行って懲らしめてやり、金が無いという人あれば恵みを与える。アンタはその人助けにあたる人物と見た」
新子の背筋がぞっとした。今の言葉…それにこの声!華扇も隣でハッと息を呑む。華扇も気付いたらしい。どうして今まで気付かなかったんだ?この部屋に居る、過去の記憶のこの男は、破魔師シャムだ!
華扇が新子の肩を掴んで囁く。
「破魔師シャムね!サングラスが無いから、声を聞くまでわからなかった!」
「若いころのシャムだな。きっと、金稼ぎの方法を妖怪退治から自演工作に変更したあたりのな。今見てるのは、150年くらい前、丁度マミゾウが封印されたあたりの出来事だ」
と、ここでドアの向こうの光景は消えてしまった。新子たちは唖然とした。そっとドアを開けて部屋の中を見渡しても、真っ暗で埃っぽく、カサカサと動く虫のようなものがロウソクに照らされるだけだった。
「これで、紅魔館から人が消えた原因が分かったな」
「でも、結局住民が消えただけで、紅魔館そのものはここへ残ってるじゃない」
「…うっ!」
「どうしたの?…まぁ、考えても分からないものはわからないわ。この部屋は出ましょう」
二人は部屋のドアを閉めた。
華扇が自分の前をずんずん歩いていくが、新子はそれを追うので精いっぱいだった。新子だけが見てしまったのだ。さっきの部屋の壁際で、何か棒のような物が立っていた。一瞬、ロウソクの明かりに灯されて見えたのは…腐りかけた死体だった。心臓を一突きにされた、少女たちの亡骸。背中にはボロボロのコウモリのような翼が見え、牙を剥きだしている。他にも、色んな死体が有った。薄い紫色の服をまとっていたり、棒状の尖った翼を持っている者。
恐ろしい光景が目から離れない。ほんの一瞬の幻だったが、やはりこの館で血も凍るような恐ろしい出来事が有ったのは確かなようだ。
赤い廊下を先へと進んでいく。この紅魔館は外から見た時よりも、内部はずっと広く感じた。先を行く華扇が、発見した部屋のドアを一つ一つ開けて確認していく。ふと、華扇は一番奥にあった部屋のドアを開けた。すっぱい空気がふっと漏れ出て、靄に溶け込む。二人は、あっけにとられて立ち尽くした。予想もつかなかった光景が広がっている。後ろでドアが静かに閉まった。
目の前の広い部屋は、まるで今の今まで誰かが居たかのようだった。うっとりするほど暖かい。厚く敷き詰められたじゅうたん、大理石の暖炉ではぜる炎。天井から下がったクリスタルの燭台にはロウソクがあかあかと燃えている。
埃一つない小さなテーブルがあちこちに置かれ、座り心地の良さそうな椅子がそれを取り囲んでいる。テーブルの上にはトランプ、サイコロ、ルーレットなど、様々な運試しと腕試しのゲームが並んでいた。
新子たちの左手に、金が山盛りに入った宝箱があった。蓋の内側に、大きな看板がある。
”この部屋に入ったら最後 賭けるだけ
借りた金は返すもの 返せないなら屋上へ
悪魔の仲間になるが良い”
「幻よ…幻に決まってる!」
新子は嫌な予感を覚えて、おそるおそるドアの方向を見た。やっぱりだ、ドアのこちら側にはノブがない!
華扇は腰からナイフをとると、ドアの隙間に切っ先を刺し込もうとした。だがナイフは隙間に入っても、そこから少しも動かすことができない。驚いて、華扇は腕の包帯を変形させる。巨大な剣となった腕で、ドアを攻撃する。
ガキン!
やはりドアはビクともしない。新子も試したが、同じことだった。二人はドアを破ろうとあの手この手を尽くしたが、手足も剣もはじき返されるだけだった。
「何度やっても無駄ね」
華扇が息を切らしている。
「このドア、東の歌姫が隠されてたコンクリートの壁より頑丈よ」
「不思議ねぇな、きっとこのドアに魔法をかけたのは同じ禍王だ。破魔師シャムへの手柄の報酬だな」
新子が苦い顔で言う。
「ここがダメなら、他のドアを捜すまでよ」
そう言うと、華扇は部屋の壁に目を走らせた。新子も振り向いたが、気乗りはしない。二人は立ち上がり、部屋の捜索に入った。壁に張られた姿鏡に映る二人の姿も一緒に歩く。まるで惨めな旅人が部屋にひしめいているように見えた。
新子は黙って部屋を探った。恐ろしい光景が頭から離れない。棒のような槍で貫かれた、少女たちの骸。忘れようと歩けば歩くほど、暖かい空気に流れ込んでくるすえた匂いが一段と気に成りだす。
いたずらに時が流れた。華扇がため息をつきながら新子の隣に座った。
「あの宝箱…。言葉の出だしは”この部屋に入ったら最後 賭けるだけ”だったわよね。つまり、私たちのどちらかがゲームをしない限り、この部屋から出られないんじゃないかしら」
新子が拳を固める。
「賭けなんてできるか!どのゲームも金を賭けなきゃいけないようだが、アタシらの金はマミゾウが持ってたはずだ」
答える代わりに、華扇は例の宝箱を振り返った。
「やめとけ!やめとけ!あんな罠に飛び込もうなんてどうかしてるぜ。負けたらどうする?金が返せなくなるぞ」
”返せないなら 屋上へ
悪魔の仲間になるがいい”
それがどういう意味かは分からないが、きっと呪いの様な罰の事だ。
「待てないわ。どの道、私たちにはこの道しかない」
「…まぁ、そうだな」
新子はぼそぼそと悪態を付いた。二人はもう一度立ち上がり、勝てそうなゲームを探した。
ほとんどが運が頼りのゲームだ。腕が頼りのゲームは元手が高いわりに賞金はわずかなのに、運だけのゲームはわずかな元手で勝てばがっぽり稼げるようになっている。
「もともと、紅魔館にこういうゲームが有ったのか?」
「さぁ?もしかして、シャムがここで暮らすようになってから作ったのかも」
華扇はゲームを一つ一つ見定めていった。やがて、椅子が一つしかない机のそばへやって来た。お金入れと説明カードと共に、ハンカチ程の小さな布が置かれ、その下に何かが隠れている。
カードには短くこう書かれていた。
『時間内に答えられるかな?なぞかけの妖精と知恵比べ
参加 一名のみ
1ゲーム 500円
勝てば2倍!!』
「これならできそうね」
新子の視線をひしひしと感じながら華扇はずんずんと宝箱に歩み寄った。500円分の硬貨を取って振り返った華扇は、手に妙な感覚を覚えた。みると、もっと高いお札や硬貨が何枚も指にくっついている。
一瞬、そのままお金を持っていきたい衝動にかられた。ゲームが一回で終わらなかった時の為に、とっておこうか?
その時華扇は、自分が誘惑されていることに気付いた。指に付いたお金を払い落とし、500円分だけを取って足早にテーブルに戻る。
「このゲームはやめとけ。制限時間があるぞ」
「でも、二人で考えればきっと答えは見つかるわ」
華扇は椅子に座った。後ろを新子に見守ってもらいながら、お金を投入した。しかし、その瞬間、チンと小さな音が鳴った。カードの文字が点滅を始める。
参加一名のみ…参加一名のみ!?
「新子、離れて。どうやら、一人でやらないといけないみたい」
舌打ちをして、新子が一歩下がった。文字はまだ点滅している。新子がさらに遠くへ下がると、文字の点滅がとまった。
「ここからじゃ何も見えねぇぞ」
新子が小声で呼びかける。
その時、机の向かい側に、誰かが座っていた。無表情な顔で、じっとこちらを見つめている。華扇が驚いて、何か言おうとしたとき、硬く引き結ばれた口元が動いた。
「私はこのゲームの妖精です、ハイ。これより、私の出題するなぞかけに答えていただきます、ハイ」