東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第5話 「魔法の森の罠」

鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。

まず最初に、南の歌姫が隠されている赤い砂丘へと進み始めるのだった…。

 

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第5話 「魔法の森の罠」

 

数時間も歩くと、新子の気もいくらか落ち着いてきた。魔法の森の入り口から続いている獣道は曲がりくねり、獣の視線や唸り声が容赦なくこちらへ向けられ、木々は下草に覆われていたが、いま二人が進んでいるのは、フクロウの鳴き声に満ちた涼しげな場所。月の光が葉の隙間を通り、地面にまだら模様を描いており、巨木の足元にはシダときのこが生い茂っている。それでも二人は神経をとがらせ、黙々と夜の魔法の森を歩き続けた。魔法の森は評判通り恐ろしい場所だ。この美しい森の風景にも、危険が手ぐすねひいて待っていることはわかっていた。

 

華扇は懐中時計を見ると、夜を寝て過ごすための大きな木を選んだ。二人は木の横に伸びる太い枝の上に上った。

 

「新子、お腹もすいたでしょう、少し遅めの晩ご飯にしましょうか?」

 

ウエストポーチを腰から外し、中からピンで口をとめられたビニール袋を取り出した。さらにその袋から小さなビスケットのようなかたいおはじきのような物体を取り出し、ハンカチの上に置く。昼間に香霖堂で購入した、アップルブレッドだ。店主の霖之助という男によれば、少し水を吸わせるだけでみるみる膨らんで、リンゴ風味のパンに変わるらしい。果たして、それは本当なのか…。

 

「あら」

 

水筒の水を少しだけ、一粒をアップルブレッドに垂らす。すると小さな小麦色の粒はむくむくと膨らみ始めた。かと思えば、ボン、と音を立てて一気に大きくなった。

 

「すげぇ!一粒でこんなでかいパンになるたぁ思わなかった!」

 

「ふふ、そうですね…」

 

「あの男も、商売人としてはなかなかいいらしいな」

 

どうせ食パン一枚分か、普通のパン一個分くらいかと思ったが、こりゃ切り分ける前の食パンと同じくらいある。しかも、リンゴの果実の良い香りが漂ってくる。

新子と華扇は、出来上がったアップルブレッドにかじりついた。表面はパリパリと硬く、中はふんわりとしていてリンゴの風味が口いっぱいに広がる。二人は、里に居た頃よりもちょっと豪勢な食事を楽しんだ。

 

 

 

「奴ら、何故襲って来ねぇ?」

 

新子は、自分らが座っている大きな木の下を、何かの影が闇に紛れて動き回っているのを指差して、華扇にそう尋ねた。

 

「多分…襲いたくてうずうずしているはずよ。だって滅多に見ない人間がすぐ近くにいるんですもの。でも…きっと新子の持つ能力を感じ取っているのでしょう。どうやら低級な獣や魑魅魍魎の方が、敏感に貴方の能力を察知できるようです」

 

「ふぅん…」

 

「さて、今日はもう疲れたでしょう。私が見張ってますから、新子は安心して寝てください」

 

「お前は寝なくていいのか?」

 

「私くらいになれば一週間は寝ずとも平気ですよ」

 

不思議と、こんな時でもすぐに寝付くことができた。華扇がいる安心感からか、疲れ切った身体には耐えきれず、新子は木の上で死んだように眠った。

 

 

翌朝、華扇と新子は南に向かって歩みを進めた。華扇は慎重に木々に触れながら進む。頭上の枝から枝へと飛び移るように移動する大鷲の竿打が、木々の緑と金色の木漏れ日のなかに映える。

しばらく行くと、突然華扇が早足になった。新子は必死に後を追うが、寝起きのこわばった身体がうまく動いてくれない。

 

「はえぇな…なんかあるのか?」

 

華扇は何も言わずに振り向くと、遠くを指差した。

やがて新子の耳にも、鳥の声に混じって別の音が聞こえてきた。水の流れる音だ…近くに小川がある。そう思うと急に、のどのかわきが気になりはじめた。でも、水筒を開けているひまはない。華扇はほぼ駆け足になっていて、新子はそれを追うしかなかった。

 

二人はようやく立ち止まった。二人の視界に浅い幅広の小川が行く手を横切っているのが見える。川向うには木が一本もないが、かわりに大きなシダと巨大なキノコがその奥を隠す幕のように生い茂っている。

竿打が木の上から颯爽と降り立って、嘴を小川に突っ込んで水を飲み始めた。だがその黄色い鋭い目はしきりに動いて辺りを警戒している。

 

「…誰か後を付いてきてるな」

 

「みたいですね。憲兵かしら?」

 

「憲兵は森に足を踏み入れない。もっと違う、妖怪か魔物か」

 

新子の能力を妖怪や獣が察知できるように、逆に新子も獣や妖怪の存在を感じ取ることができるらしい。

 

「それは今どこら辺まで来ているのです?」

 

「それはわからん」

 

二人は小川の水で顔を洗って口をゆすいだ。そして南に向かって川の浅いところを歩き始めた。

湿った土と、腐食した葉のにおい。動物の声も、鳥の鳴く声さえも聞こえない。二人は息を殺して歩き続けた。新子はふと、足元の石を見つめた。さっきからどうも変な気がしてならない。小川の底石にしては大きすぎるし、綺麗に並び過ぎている。

 

まるで何者かがここに集めてきて、一つずつ並べたようだ。

でも、誰がそんな事を?こんな森の奥で、いったい何の為に?

 

「あ!」

 

華扇の声に、反射的に新子は身構えた。華扇は目の前を指差している。

新子が肩越しに覗き込むと、そこにはまさにおとぎ話のような光景が広がっていた。数え切れないほどの木がピンク色の実を実らせて、川岸の土手に並んでいる。細長い幹、細長い形の葉を綺麗に透き通る水面が映し出す。新子は思わず華扇の後ろから飛び出し、実がなっている真下まで駆け出した。

 

「あ、待って…何があるか…!」

 

そんな華扇の忠告もお構いなしに、新子は桃のような実をひとつもぎ取ってそのままかじりついた。甘い汁が水面にしたたり落ちて、波紋が広がり、実の香りがあたりに漂い始める。

 

「うげ…皮だけめっちゃ不味いぞ!」

 

最初の内は、うっとりするような甘さが口の中に広がったが、皮を噛んだとたん、何とも形容しがたいしぶさと苦さに実の甘さを上書きされてしまった。

 

「ふふ、毒見をありがとう、新子」

 

華扇は少しからかうようにそう言うと、実をもぎとって皮を剥き始めた。そして、ピンク色の細い筋が見える金色の果肉にかじりつく。なるほど、と新子もそれにならって、皮を剥いて食べることにした。

 

「竿打は皮も平気らしいな」

 

「それほど味にうるさくないのかもしれませんね」

 

竿打は実を皮や種ごと突っついて食べていた。

二人と一羽は黙々とふってわいたような幸運を味わった。桃のような実の川と丸い種が山のように積もっていく。

 

かなりの時間が過ぎた。太陽がほぼ真上に上り、遅めの朝食を腹いっぱいに楽しむことができた。疲れた足を休めようと、新子は浅い水面にしゃがみ込む。

飢えに苦しむ皆の顔がぼんやり浮かんでくる。あとで奴らにも教えてやろう…魔法の森のこんなところに美味い食べ物があるんだ。しっかり森に安全な道を切り開いて、年に一度でも収穫すればいい。それか、ここの種を持ち帰ってしっかりした畑を作って種をまけば、この実を育てられるかもしれない。そうなったら…どんなにいいだろう。

 

新子は目を開けた。おかしいな、アタシは水の上に座っていたはずなのに、いつの間にか寝そべっている。

何かおかしいと思いながらも、新子は笑みを浮かべたまま身体を動かそうとはしなかった。水は温かいし、川底に並べられた丸い石が背中に当たって気持ちがいい。きっと、この丸い石は、誰かが置いたのだろう。ここへ来たあらゆる生き物が、この綺麗な景色と美味い実を食べられるように、誰かが気をきかせて並べたんだ。そう、誰かが…。

 

そのとき、ふいに新子の心に暗い影がさした。だが、あまりに眠いせいでそれにとりあうことはなかった。

 

横でパシャン、と音がした。重たい体にむちうってそちらへ顔を向けると、華扇も自分と同じようにあおむけで寝そべっていた。両手を胸の上で組み合わせ、呼吸に合わせて胸が上下に揺らしてぐっすりと眠っている。

 

ふと、新子は目線を上にあげた。向こうの林から何かがやって来る。それは巨大な、木と同じくらい背の高い鳥であった。翼と顔に黒い模様が有り、そこ以外は真っ白な羽毛に覆われている。その鳥は急ぐことなく、オレンジ色の細長い脚を慎重に一歩、また一歩と進み、水面を波立たせることなく静かに近寄って来る。長くなめらかな首に、黄色い嘴は鎌のように湾曲し、先は針のようにとがっている。

新子は思わず声を上げて起き上がろうとするが、体があまりにも重い。鳥は水の上にしゃがみ込み、眼を瞑ったまま動かない竿打をまたぎ、華扇に近寄った。鳥の化け物は動かない華扇を無表情な目で見つめると、剣のようなくちばしを水に浸して洗い始めた。

 

どうにかして腕は動かせる、そうだ…石を投げよう。まだあまり力の入らない指で川底をさぐり、底に有る丸い石の一つを地引っ張った。ボコッと音を立てて、石が底の泥から抜けた。水の上まで引き上げると、石についていた泥が流れ落ちた。

 

それは、人間の頭蓋骨だった。わらったような顎に泥が詰まっている。新子はぞっとして手を引っ込めると、頭蓋骨は再び川の中に落ちた。そこで新子は全てを理解した。この川は、あの鳥の狩場だったのだ。ここへ迷い込んだ者は、あの甘いにおいを放つ桃のような実を食べて眠りに落ちる。すると、あの鳥が忍び足でやってくるのだ。あの鳥が一羽しかいないのか、それとも林の向こうに群れがいるのかは知らないが、とにかく鳥は眠った獲物を食べ、食べ残された骨は川底に沈む。旅の最中にここへ来てしまった旅人、動物、マガノ憲兵団の骨もここに混じっているかもしれない。川底の骨は長い時間をかけて流れに運ばれて綺麗に並べられる。

 

鳥は水面からクチバシを上げた。頭を少しでも下へ動かせば、剣のように鋭いクチバシが華扇の心臓に突き刺さってしまうというところまで近づいている。新子は体にありったけの力を込め、横に起こすと渾身の力で拾い上げた頭蓋骨を鳥の化け物に向けて投げつけた。頭蓋骨は鳥の白い胸に当たり、鳥は動きを止めて首を傾げた。無表情な目が新子を見つめる。普通は動けないハズの獲物が動いたことに驚いているのか、それとも何とも思っていないのか。

 

と、その時、別の大きな茶色い翼が白い鳥の化け物をはたいた。竿打だ、何故か竿打だけが目を覚まし、新子と華扇を守るため果敢に攻撃を仕掛けている。体の大きさも似通った二匹の鳥が水をバシャバシャと跳ねさせながら爪を振り回し、切っ先の鋭いクチバシを向ける。

 

「…そ、そうか…!」

 

竿打もあの実をいくつも食べたはずなのにすぐに目を覚まし、こうして動きまわっている。自分もまだ体に力が入りにくいが、しっかりと意識はある。しかし華扇はこの騒ぎにも気を止めることなく静かに眠り続けている。アタシの見立てでは、恐らく、さっき食べた桃のような実は果肉に眠らせる効果が有り、その実の皮がそれを緩和させる解毒剤なのだ。皮と果肉をいっしょに食べた竿打は睡眠効果が全くと言っていいほど訪れず、少しだけ皮を食べてしまったアタシは、果肉だけを食べ続けた華扇よりはマシな状態になっているだろう。もしも竿打もアタシも果肉だけを食べていたら…。想像したくはない。

 

この果実と地面に埋まっている無数の骨の秘密を理解して気持ち的に余裕ができた今、だんだんと体に活力が湧いてきて力が入るようになってきた。それと、鳥に対して発揮されている新子の能力のおかげでもあるかもしれない。

 

新子は上体を起こすと、華扇のウエストポーチの中身を探った。そして銀色の缶ケースを取り出し、中に赤い粒の入ったビー玉のようなものを一粒、手の上に落とした。よかった、缶の中に水は入り込んでいない。

昨日、香霖堂で買った火炎玉だ。その火炎玉を、ケースの缶の角で潰して割った。その瞬間、パッと炎が燃え上がり、新子は火を放つ赤い粒を白い鳥に向かって投げつけた。

火は鳥の化け物の翼に当たって燃え移った。驚いた鳥はクチバシを大きく開けて、足を水面でバタバタさせながら高い声で鳴きわめいた。そして、水の中に倒れ込むようにして身体を濡らし、ゴロゴロと転がって火を消そうと暴れまわっている。

 

新子はやっとの思いで立ち上がると、金属のバットを汗ばむ手で握りしめ、今にも振り下ろしてしまおうかという勢いで白い鳥に向かって歩み寄っていく。こちらを睨む鳥の目には、先ほどの無感情な目とは違い、明らかな焦りや恐怖が混じっている。鳥は水の上で暴れて自身の身体に燃え移った火を完全に消火し終えたあと、焦げ臭いにおいをその場に残して元来た林の中へ逃げ込んでいった。

 

「ざまーみろ…!」

 

口元をぬぐいながら、立ち去っていく鳥にそう言い捨てる新子。その時、鳥が戻っていった林とは反対側、新子の背後の林から、何かがその場を離れる音がした。あの鳥の仲間がずっと隠れていたのだろうか。

 

 

 

「むぐ…!?」

 

何やら、突然口の中に苦味と渋味がごっちゃになったような、なんとも言えない不味さが広がった。驚いてその味のする平べったい物体をせき込みながら吐き出そうとする。

 

「駄目だ、噛んで飲み込め!」

 

新子が華扇の口をふさいだ。

 

「さっきの実の果肉が毒で、この川が解毒剤なんだと。竿打は皮ごと食べて、アタシは少し齧ったからこうして回復したが…アタシが起こさなきゃ…アンタ永遠に眠ってたぜ?」

 

顔をしかめながら不味い皮を飲み込む。

 

「やはり魔法の森…噂以上に恐ろしいところだな。こんなような、甘い誘惑と死の罠がいたるところにあるんだろうな」

 

「…不覚」

 

新子から全てを聞いた華扇は、まだ力の入らない身体を新子に支えてもらいながら、そう呟いた。

 

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