東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~ 作:ねっぷう
本居新子は走っていた。
「母さん、行って来るよ!」
自宅の鈴奈庵の玄関から、学校の制服を着た新子が元気よく飛び出す。今日は夏休み明けの新学期初日で、天気もすこぶる良い。しかも午前の始業式が終わったらすぐに帰れるから気分も良い。
「よう、新子」
道を歩く新子の前に現れたのは、赤いモヒカンの男、ツムグだった。
「ツムグか、おはよう」
「お前、夏休み中どこか行ったか?」
「いんや、別にィ。どこ行っても暑いし、人は多そうだからよ、しかも本屋の手伝いもあるし…」
「そうだったのか」
他愛もない会話をしながら、学校を目指して田んぼのあぜ道を二人で歩く。
「ああ~、始業式終わったぁ…」
「ねぇ新子、今日のお祭り行くでしょ?」
教室で帰り支度をする新子の所へ、クラスメイトが話しかけてきた。
「え、ああ…行くが…」
「だったら一緒に行こうよ」
「あ…ワリィ、アタシ他の人と行くから…」
「分かった、ツムグ君でしょ~?」
「当たり、何で分かった?」
「だって、ねぇ?」
「二人とも昔から仲良いじゃない」
「~~、まぁともかくそういう訳だから、じゃあな!!」
新子は慌ててカバンを手に取り、教室を飛び出した。
* * * *
「体を動かさずに、気を練って…そうそう、ただそれだけに没頭して…それにより自分が真に求めるものを思い浮かべるのです。仙道を学べば、人生が楽になる。それによって生まれた余裕で、さらに人生を楽しく送ってゆくのです」
山に構えた道場に静かな声が響き渡る。大広間に弟子たちが座禅を組み、一心に己の師の言葉を聞いている。彼らの前で同じく座禅を組んでいるのは、茨木華扇であった。
「はい、師匠」
「うふふ、その心意気です」
* * * *
いよいよ日が落ち始め、里中に太鼓の音が響いてくる。通学時にも通った田んぼのあぜ道で、ツムグが新子と待ち合わせをしながら、水面に浮かぶアメンボを眺めていた。
「お、お待たせ…」
「ああ、やっと来た…のか…」
後ろから聞こえた新子の声に振り向くツムグ。目に飛び込んだのは、華やかな浴衣姿の新子であった。いつものガサツで乱暴な雰囲気とは打って変わった可愛らしい姿に、思わず見惚れてしまう。
「何ジロジロ見てんだよ!!」
「お…す、スマン…じゃあ、行こうぜ」
新子は手を引かれ、明かりの灯された祭りの場所へと向かう。
─────────────────────
「これは…?どういうことだ?」
ダイヤサカ艦橋内の正邪は、同じ部屋に居た華扇やマミゾウ、勇刃や妹紅たちの全員が、虚ろな顔で座り尽くしているのを見て不思議に思った。更に皆、まるで霧の中にでもいるのかのように、その姿がぼやけてしまっている。
「一体何が起こっているというのだ?…まさか」
「その通りだよ、鬼人正邪」
何もなかったはずの部屋の一角から、真っ黒い影がスタスタと歩いてくる。
「君の思った通りだ。ここに居る者は全員、私の考えた”転換計画”の餌食になったんだ。私の意志で動く目玉の蟲は、対象者の頭の中に入り込み、その者にとって都合のよい幻覚を魅せる。彼女らはそれに囚われている」
「貴様、禍王か…」
「ああ、そうだ。この姿で君と会うのは、何十年ぶりかな?」
全身が真っ黒い影のようだが、頭部には三角帽子のような形に巻き上がった金髪、顔には目しかない。目は大きく、中には無数の目玉が並んでいるようだ。その姿を見て、正邪は真っ先に、カグヤと名乗った月の民を連想した。この光すら通さない影のような体こそ似ているが、明らかにその本質は異なっていた。
まず、月の民は仕方が無く肉体を捨て、その思念体が集まった姿であったが、この禍王は自らが進んで闇の力に身をゆだね、変貌を遂げたかのような姿であったのだ。
「かつて妖怪軍の戦士として戦い、闘技場でも最も人気の高い闘技王の地位に輝き、北の歌姫の番人にも成り上がった天邪鬼が、今やただの霊体とはな。そしてこの連中も、手段を択ばないのだな」
「そう、私はお前の元へ下った…間違った方法で幻想郷を守るためにな。だがこの仲間たちが居なければ、こうして再び貴様と相まみえることも叶わなかった」
「ほう、止めを刺されるために、わざわざここまで来たのか」
禍王は腕を上げ、その手の平に刻まれた八卦の模様に赤い光を迸らせ、正邪へと向けた。
「しかし随分ご丁寧な事だな。むしろ丁寧過ぎではないか?」
「…ん?」
「何故ここまで回りくどいやり方をする?貴様が本気でかかれば、我々を消滅させることも造作もないだろう」
確かに、かつてのように、ダイヤサカよりも何倍も大きな姿を使い、このダイヤサカを滅ぼすこともできたはずだ。
「正体不明の霊力放出源を感じてね。計画に穴があっては台無しだ」
その時だった。物陰に隠れていたメンドーサが飛び出し、防御壁を作り禍王が手の平から放った光線をはじき返した。
「おお?お前がイレギュラーの正体か…メンドーサ」
「禍王…様…。私はこの者…そして正邪のおかげで、このマガノ国はおかしいという事に気付きました」
「私の…おかげ?」
「ああ、正邪の”ひっくり返す”能力が…無意識の内に私の根底をも変えてしまったのよ」
「く、くくくく…」
その様子を見た禍王が、肩をすくめて笑った。
「だから禍王様、お覚悟を!!」
刃状に変化させた髪の毛を振るい、禍王に攻撃をする。その攻撃は影のような禍王の体を引き裂き、宙へ散らした。
「よし…!」
「なかなか面白いな、メンドーサ。本来、私に造られ私に絶対の恐怖と忠誠を誓うはずのお前が、敵の一撃により機能を狂わされたのか」
しかし、禍王はさっきの部屋の何もない一角から、何もなかったかのように姿を現した。もう一度メンドーサの前へと歩き、腕を組んで壁に寄りかかる。
「残念ながら、お前には既に蟲が埋め込まれているため転換計画は意味がないようだ。だから…」
禍王は目にもとまらず速さでメンドーサと距離を詰め、メンドーサが回避をする間もなく、一撃で気絶させた。
「直接眠ってもらう」
禍王がふと、正邪の方を振り向くと、既に正邪でさえも虚ろな目で霧に包まれており、転換計画に捕らわれてしまっていた。
その様子をゆっくりと見つめた後、禍王は動かないメンドーサを肩に抱き、そのまま姿を消した。
「これですべての穴は塞がった。お前たちも、もう終わりだ」
転換計画始動から、12時間後。空に浮かぶ惑星がほとんどなくなり、さっぱりとしたマガノ国の空に、太陽の光がさんさんと降り注ぐ。王都は壊滅し、もうマガノ国南方に存在する闘技場には、マガノ国に居る妖怪と人間を全て集めるため、彼らの列が長く続いていた。
「列を乱さず、きびきび歩け!!」
そう指示され、彼らは歩くスピードを速めた。その列に紛れ込んでいるのは、他の囚人と同じく白いダボダボの囚人服に身を包んだ易者だった。
「はぁ~、何で俺はいっつも面倒ごとに巻き込まれてしまうんだろうなぁ」
「そこ!無駄口を叩くな!」
「は、はいぃ!!」
時は、禍王の転換計画が発動した直後に遡る。新子や正邪らと同じく、転換計画の術中にハマってしまっていた易者。
「ぎゃはははは!!もっと持ってくるがいい~!!」
豪勢な屋敷の一角で、召使たちの運んでくる料理を手あたり次第食い散らかす易者。その両脇には、数名の花魁姿の女性が彼に酒を注いでいる。
「ここは天国だな!」
「伽藍様、伽藍様!!」
男性の召使の一人が、慌てた様子で「伽藍」という易者の本名を呼ぶ。
「何事かな?」
「この屋敷に侵入者がおります!」
「ほう、ではこの俺に任せるが良い!!」
易者は意気揚々と部屋を出て、報告を受けた侵入者とやらの元へと向かった。部屋の障子を開けた途端、如何にもな雰囲気の凶悪な顔をした集団が、ナイフや斧を手に押し入っていた。
しかし、易者は彼らを見渡すと、両手を合わせ、妖力の波動を放った。侵入者たちに波動は直撃し、彼らはいとも簡単に地面に倒れ伏してしまった。
「伽藍様かっこいい~~!!」
「がはははは!!もう少し骨のあるやつは居ないのかね?」
その時、障子の先の真っ暗な空間に、一つの人影を発見した。
「次は君かな?」
その影はゆっくりと、ゆらゆら揺れながらこちらへ近づいてくる。ふと気づけば、周りを囲っていた召使や、先ほど倒した侵入者たちの姿が一人残らず消えていた。それに不安を持ちながら、もう一度人影に目を向ける。
少し目を離した隙に、人影はかなり近くまで寄っていた。
「な…お、お前は…」
紅い巫女服に、頭の大きなリボン、大幣を高く振り上げるその姿は、顔こそ凶悪に歪んでこそいるが、あの博麗霊夢そのものであった。
「なんでお前が…!そうか、これは俺に課せられた試練…過去のトラウマを克服せよと…!それならば、消えろ、俺の心の弱さよ~!!」
次の瞬間、霊夢の振り下ろした大幣の一撃により、易者は数多から真っ二つに両断されていた。そして、割れた頭の中から、目玉のような形をした蟲が何匹も這い出て来るのを感じ取った。
「うわああああ~~~!!」
そこで我に返った易者。汗をぐっしょりとかきながら、慌てて辺りを見渡した。正邪や華扇、妹紅や神子に至るまでが、生気の抜けたような顔でじっと座り尽くしており、その身体は霧のような物に覆われていた。
「お、おいお前たち…どうしたというのだ?」
すると、何かの気配を感じた易者は部屋の隅をじっと見つめた。何か強大などす黒い悪意の塊が、この場を侵食してくる。波のようにじわじわと押し寄せる悪意の水は、易者の足元まで迫っていた。
恐怖に駆られた易者はダイヤサカから強引に飛び出し、地面に転がるように飛び降り、そのまま全速力で走った。
「はぁ…はぁ…何がどうなっている?」
易者は半壊した家屋の中に入り込み、そこへ身を隠した。
「俺は夢を見ていたのか?夢に巫女が現れたと思ったら目が覚め、仲間は皆死んだように動かなかった…!」
「動くな。動けば撃つ」
その時だった。背後から、女の声が聞こえた。
「!?」
後頭部に、何か硬い物が当たる感触がする。
「対妖怪用のライフル銃よ、貴方程度、一発で死ぬわ。貴方には聞きたいことが山ほどあるけど、おかしな素振りを見せれば殺す」
─誰だ?もちろん敵か…!聞きたい事…仲間の数、能力、目的…どんな手を使ってでも聞き出そうとするか?
「聞きたい事…とは?」
そう言うと易者は意を決し、即座に振り返った。そこに居たのは、頭にターバンのような布を巻き、軍服を着崩した女だった。顔に紫色のペイントを施してあり、その顔は銃を突きつけたのに反抗の意思を見せた易者への驚きに歪んでいる。
「な…」
「せーの!」
ライフルの銃身を掴み、下へ向けた。そのまま銃を引っ張って無理やり奪い取り、腕を背中で組み絞めた。
「いたたたた!!」
「さぁ~お嬢さん…これで逆に何もできないねぇ…」
「分かった、分かったから許してちょうだい!」
だが易者は、背中へ回した腕の力を緩めない。
「くそぉ…いつかこうなると思ってたのよ…いくら工場長っていう大役についていても、私自身の戦闘力はちょっと強い人間と同じくらいなんだもの…でも、こんなに自分が弱いなんて…」
易者は、俯きながらそう呟く女に、いつか何処かで見かけた人物と同じ面影を見た。そう考えているうちに、無意識に力が緩んでしまった。女はスルリと抜け出し壁際に寄った。
「お前は誰だ?」
銃を向けながら、易者がそう問う。
「私は…アナト。このマガノ国の工場長をやってるわ」
─嘘は言っていない…
易者は占術の特殊な能力により、嘘をつくことで乱れる感情の僅かな起伏を読み取る”眼”を持っていた。その能力によると、このアナトの今の言葉は嘘ではなかった。
「もう一つ聞く。アナトよ、お前は…昔は何だった?」
「昔は何だった…?いや、何でもないと思うけど…」
易者から見えるアナトの周りのオーラが赤くなった。
「嘘だな。正直に話さないと撃つ」
アナトは俯きながら易者を睨みつけ、やがて口を開いた。
「最初に思った事は…”まだ覚えていたのね”だった…。たまたま迷い込んでしまったマガノ国で禍王に捕らわれて、あの蟲を入れられて心も体も新しく生まれ変わったはずなのに…一番忘れたかった事は、しっかり覚えてた…。私を罵倒する声と、吹雪のように自分へ向けられる並ならぬ嫌悪心…」
─嘘ではない…
「…今、思い出した…!お姉ちゃんだ!!」
「お姉ちゃん?」
「バーカ、”覚”よ…。それをどうしても忘れたくて、周りから嫌われるのが怖くて心を閉ざした私とも、唯一以前と変わらず接してくれたのは…。覚同士、何も隠さずいられるのはお姉ちゃんだけだった…誰からも認識されない私を見ていてくれたものよ…」
─やっぱりこいつ、古明地さとりの…!
「お姉ちゃん、何してるんだろ…。もう一度、会いたいなァ…」
その表情を見た易者は、ゆっくりと銃を降ろし、床へ捨てた。
「お前に似た奴を知ってるよ。それに、俺は元人間だ、元妖怪のお前の気持ちもよく理解できる」
「うふふ…元妖怪、ね…。確かにそうね…ゲムルルもメンドーサも、皆最初は妖怪と人間だったのよね…。私も同じだったって、今気付いた…」
「それで、さっき言ってたお前が俺に聞きたい事とは何なんだ?」
「ああ、肝心なこと忘れてたわね…。貴方、騒ぎを起こした侵入者の一味でしょ?」
「そうだが…」
「だったら、私のお願い、聞いてもらえないかしら?」