東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~ 作:ねっぷう
その後、その場所へある者たちがやって来た。一人の体格の良い男と、他は二人の憲兵団だった。
「私は
法玄は礼儀正しく易者にそう名乗った。
「俺はバク隊一号」
「同じくバク隊二号」
「三人とも、三年以上私と行動を共にしてきた信頼できる連中よ」
このバク隊の二人は一般の憲兵団であり、本来は使用期限である二か月を過ぎれば廃棄されてしまう。しかし、新子の知り合いのバンが使用期限を過ぎても破棄されなかったことでイレギュラー化したことを聞いたアナトは、最寄りの憲兵を廃棄せずに実験のために自分の直属の隊に任命した。結果、禍王に反感を持つアナトや法玄に忠誠を誓うようになった。
「私の計画に協力してほしい。ずばり、私の計画は…打倒禍王よ」
「何だって?」
「さっき貴方と仲間には、”転換計画”に使われる蟲が体内に入れられたの。”転換計画”っていうのは、その蟲が体内に入ることで対象者にとって都合のよい幻覚を魅せ、それにより意志を奪い、肉体をフリーにさせる。そのフリーになった肉体を蟲が操作することで、禍王の手下を一気に増やすっていう計画よ」
「そんな計画が…。では、俺の仲間は既に…」
「でもね、その蟲は私が造ったの、だから細工が施してあるのよ。禍王の命令じゃなく、私の命令だけを聞くようにね」
「…それでどうするつもりなのだ?」
「今頃、転換計画を施される全ての妖怪と人間が、闘技場に集まってる頃かしらね。禍王は、その闘技場で転換計画を行うつもり…全員に蟲が入れられた段階で、私が命令を出すの。”禍王を倒せ”ってね。そこで貴方には、貴方の仲間にこのことを伝えてほしいの。貴方の仲間は、すぐに蟲を解除してあげるから」
「よし…分かった。引き受けようじゃないか」
「うふふ、ふふふ…あははは…」
「何がおかしいんだ?」
「いやぁ、ね…正直に話すのって、楽だなぁ…って思ってね」
己の過去のせいで他人を信用できなくなり、そして禍王の手下となって自分をも偽り続けてきたアナト。しかし、今の心は、実に清々しいものであった。
「これが終わったら…会いに行けよ、お前のお姉ちゃんに」
「…何ですって?会いに行け…?今更こんな格好で会いに行ける訳ないでしょ!?」
しかし、その後の易者の一言を聞き、先ほどとは打って変わって一気に怒りを露わにするアナト。
「さっきも、理解できるって言ってたけどサァ…人間から妖怪になったアンタと、妖怪から何にも属さない異形になった私…アンタに私の何が分かるって言うのよ!?」
「分かるさ、『古明地こいし』」
「な…!なん、で…私の…前の名前…!まだ、誰にも言ってないのに…まさか、最初から気付いて…その名前を言うタイミングを作って…」
「当然だ。知ってたかい?占い師っていうのは、感情を操る職業なんだよ奴らは敵だろ?俺達、妖怪の…」
「チッ…一人逃げてきた貴方に、組しやすしと思って近づいたらとんだ食わせ物だったとは…トホホ」
そして、現在に至る。易者は囚人の隊列に混じり、闘技場へ並ばされていた。
前方には大きなステージがあり、頭上は赤い雲が渦巻いている。易者は周りの囚人たちの顔を見渡して、胸を引き裂かれるような気分に陥った。どの妖怪も人間も、この世の全てに絶望しきり、疲れ果てたような表情をしていた。しかし、その顔にも、ほんの少しだけの僅かな希望の色が浮かんでいる。この囚人たちは、恐らく今日、自分たちが一斉に処刑されるためにここまで連れてこられたのだと思っている。なのでこの地獄のような日々ももう終わり、これからはもう苦しまなくていいんだ…、と。
占いにより多くの者の内面を察する事に長けていた易者は、それが痛いほどに分かっていた。
少し離れたところには、数日前に工場を襲撃した、例のスラッグが鎖で雁字搦めにされた状態で檻に入れられており、その近くに足と首に重しを付けられた二羽の怪鳥ガルルガがぐったりと佇んでいた。二羽ともまるで目に生気が無く、死にかけていることは名目だった。三年前の決戦で七羽いたうちの五羽が倒され、ガルルガは完全に禍王からの信頼を失っていた。それにより、地下に監禁され、それきり空を飛んだことは無いのだろう。そして、これからも…。
そのさらに向こう側には、模様の付いた鉄板に磔にされた、ボロボロのメンドーサの姿があった。その横には、びしっと指先すら動かずに直立しているアナト、法玄、そしてバク隊の二名が居た。
─頼むぞ、お前たち…
易者はそう念じながら、服の中に隠した打ち出の小槌を握りしめた。
一方、同刻、闘技場室内の王の間。
「何かな?ゲムルル」
王の間に居た禍王の元へ、ゲムルルが訪れていた。背を向ける禍王に対し、膝を曲げて跪いている。
「この短期間で随分変わったな」
「は…不本意ながら、敵の妖怪共との戦闘の中で、我はより高みへと上がってしまったが故…。そこで、我は思ったのです。妖怪とは、そして人間とは…一体、何なのでしょうか?」
「…ほう?」
「禍王様は、妖怪は無知な人間を飼い利用していると申しておりましたが、我にはとてもそうは見えませぬ。先刻の侵入者共は、人間と妖怪が手を取り合い、互いに心のような物で繋がっているような気がしました。利用する、されるのような立場ではなく、対等な存在として…」
禍王は振り向き、そのゲムルルの顔を見た。以前よりも深みの増した顔。両者はしばし見つめ合ったのち、禍王はもう一度後ろを向いた。
「妖怪とは、そして人間とは何かを知ることは…幻想郷を知るという事だ。それを知るには、お前はまだ浅すぎる。知りたければ見続ける事だ、幻想郷の闇をこの身で受け、体験する。そうしなければ…私がたどり着いた真理を知ることはできないのだから」
禍王は思っていた。
どうやら、ゲムルルは敵との戦いで戦闘力や精神面においてもかなりの成長を遂げたようだな。が、通常状態のゲムルルの外見にもあらわれている、角や翼の身体的特徴は明らかに妖怪の物。どうやら、今の質問は妖怪の念に意識を侵された故のものだったのか…。
「まぁ、いい。今日で奴らも生まれ変わる。同時に、幻想郷が私のものと成る日だ」
「集められた人妖共よ、こちらを見よ!」
前のステージで、アナトが声を張り上げた。その横には、転換計画の眼の蟲が詰め込まれたメタルボックスが五台、置かれている。易者の周りの妖怪たちが、のそりと顔を上げる。
「これより、禍王様直々に、お前たちに転換計画を実行していただく!」
隊列に、わずかにざわめきが起こった。
「”転換計画”とは、お前たちの体内に蟲を侵入させ、身も心も生まれ変わる魔法のような物だ。これで、お前たちの地獄のような苦しみが終わるんだ。なぁに、蟲が入る時はちょっとヌルッとして気持ち悪いけど、たった一秒だけの辛抱さ」
その時、ステージにかけられていたカーテンがパッと開かれた。するとそこに居たのは、新子たち、新レジスタンスのメンバーであった。やはり、皆生気の抜けたような顔で、ただ俯いているばかりだ。
ステージ上に晒された彼女らを見て、見知っていた者は気の毒そうな顔になる。
「この者らは愚かにも禍王様に反旗を企てた侵入者だ。見よ、お前たちもこやつらのように、何も考えなくて済むのだ」
「新子…!」
易者は思わず小さな声を漏らした。
「さァ、禍王様…今こそお出ましください!」
アナトの呼び声に応えるかのように、頭上に沸き立っていた赤黒い雲から、小さく何かが分離した。その姿は真っ黒な人影で、巻き上がった金髪、眼の中の無数の瞳が群衆を睨みつける。
空を引き裂くような轟音と共に突風が吹き荒れ、群衆は悲鳴を上げ、頭を押さえてその場にうずくまる。
その直後、風に吹かれたメタルボックスが倒れてひっくり返る。正に蟲の軍隊のようにブワッと湧きだした眼の蟲が群衆目がけてカサカサと走り出す。波のように押し寄せる蟲は、うずくまる群衆の体をよじ登り、その耳や鼻を目指している。
蟲は再び易者の足元を上ろうとするが、どういう訳だか、何かを避けるかのように上るのに大分手こずっているように思えた。
「まさか…」
易者は服の袖の中から打ち出の小槌を取り出した。この突風と闇の中でも、淡い光を放つ打ち出の小槌の聖なる魔力が蟲の侵攻を阻んでいた。
やがて、群衆の悲鳴もなくなった。辺りには、再び静寂が訪れた。
「これでお終いだ」
「そうでございますね、禍王様」
アナトが手を叩きながら、ゆっくりとそう言った。
「お終いですね…」
「…キサマ」
何かに感づき、アナトを睨む禍王。
「さァ、私の蟲を植えられた人妖たちよ!今こそ私の命により、禍王を討つのよ!!」
アナトは高らかにそう叫ぶ。
…が、しかし、アナトの命令しか聞かないハズの蟲を入れられた群衆も、そして新子たちも、一向に動き出す気配が無い。何も変わらずに、ただ虚ろな顔で空を眺めているばかりだ。
「あ…れ…?」
アナトは固まりながら、恐る恐る禍王へ目を向けた。
「フ、フフフ…お馬鹿さんなアナト。私がお前の企みに気付かないと、ちょいとでも思ったのか?よってお前が改造を加えた虫を、さらに私が改造するなど造作もない事」
─何だと…!失敗したのかアナト…!!
易者は心の中で叫んだ。
「くっ…だったら、法玄…そしてバク隊!」
アナトの声に答えた法玄とバク隊の一号と二号がステージ横から飛び出した。剣や槍を手に、禍王へと襲い掛かった。
が、禍王は立ったまま動かず、魔力の波動を体から放った。
ゴパァ
それを喰らった三名は、吹き飛ばされると同時に、圧倒的密度と威力を誇る波動により、その肉体がバラバラに砕け散った。
「ひ…そ、そんなァ…!!」
「私へ向けられる苛立ちと憎悪…それに気づかないとでも?」
アナトは、自分の周りに落ちる部下の骸を見ながら考えていた。
─この場をどう乗り切る!?どうすれば逃げ切れる?コイツから…!チクショウ…知っていたはずなのに、こんな馬鹿げた化け物だって知ってたはずなのに!!魔が刺したんだ、クソォ…だってあの侵入者どもがいとも簡単に軍隊を壊滅させるものだから、禍王を破ったものだから、何か私にもやれるんじゃないかって、思い上がってしまった、イキってしまったんだ!
そうだ、馬鹿だ私は…いろいろいっぺんに起きて、お姉ちゃんの事思い出して…パニックになってセンチになって、ヒロイズムに酔ってしまった!チクショウ、あの占い師の男の所為だ!アイツが私のペースを狂わせた、感情を狂わせやがった…私のレールを変えてしまったんだ!何とかしないと…何が残ってる?私の手ごまに?侵入者、お姉ちゃん、転換計画、これを総動員して一体何をすれば、私が助かるんだ!?
しかし…禍王がアナトへ向けて腕を伸ばした時。
「ひィィ…!!」
アナトは、即座に理解した。
─私は…死ぬより酷い苦痛と絶望を与えられてから…死ぬ!!
着用していた軍服の胸元からコードのような細い管が伸び、その先端が丸く膨れ上がり、閉ざされた”第三の目”が姿を現し、真っすぐだった紫色の髪の毛は銀に近い白髪に変わり、クシャリと癖が入る。
己の未来を知ったアナトは、彼女が妖怪であった時の特徴を著しく蘇らせたような風貌へと変わっていた。
─生きたい
その間、脳裏では、過去の一切が高速で雑然と流れ、その直後に弾け散り、現在と混ざり合った。生への執着と、不可避の死との境界の中、無意識に生きたいと願い、死を回避するための言葉がいくつか浮かんだが、それとは裏腹に口から飛び出た言葉は…
「お前らマガノ国は、私の、妖怪の…敵だ!!私たちの!」
「そうか、死ね」
アナトの死期を速める言葉であった。自分の胸の内の想いを、その対象である禍王へ言い放ったことにより、アナトは先ほどとは打って変わり、自分の運命を甘んじて受け入れようとしていた。
ただし、それを見ていた易者だけは…
─頼む、もう誰でもいい、この際なら博麗の巫女でもいい…助けてくれ!!
密かに打ち出の小槌を降るのだった。
─────────────────────
「ここは…どこだ?おーい、皆…何処に行ったんだ…?」
里の祭りの会場へと向かっていた新子は、いつの間にか薄暗い不気味な場所へと迷い込んでしまっていた。松井の屋台の明かりもなければ、空には月も星も瞬いてはいない。
「お」
と、その時、向こう側に何か動くものを発見した。
「ははは、こんな所で喧嘩してら…」
どうやらもみ合っている様子の二人の元へ、速足で駆け寄ろうとする。
「いや、ありゃあ…!!」
二人とも、見覚えがあった。一人は黒い服を着た背の高い色黒の男で、もう一人は眼鏡をかけており、緑色のエプロンを着用している。
「父さんと…熱風!!」
新子が駆け寄ろうとしたその時、目の前で熱風は右腕に紫色の魔力の剣を生成し、父親の胸に突き刺した。
「父さん!!」
「…何故…」
「え?」
「何故、私を助けなかった…?何故!私が殺されるのを黙って見ていたのだァァアア!!?」
そう言った父親は口を大きく開き、そこからまるで水死体のようにブクブクと膨らんだ姿の父親が現れ、新子の首を掴んだ。そのまま力を込め、ギリギリと締め上げて来る。
「う…うわああああああ!!」
自分を覗き込む目は底なしの深淵のように真っ黒で、吸い込まれてしまうような闇をたたえていた。それに対し、新子が恐怖を感じ、叫び声を上げた瞬間、その父親の姿をした闇は口や耳、鼻から体内へ侵入してくる。
”転換計画”の眼の蟲は、まず対象者の体内に入ると、その者にとって都合のよい夢を魅せる。それにより絶頂の幸福や満足感を感じた瞬間の直後に絶望する、あるいは恐怖するようなトラウマを見せつけ、それにより心の隙が生まれてしまうと、蟲はそこから完全に心を破壊し、肉体を乗っ取れるようになるのだ。
─そうだ…アタシは父さんを助けられなかった…怒られて当然だよなぁ…
「そうなのよねぇ。確かにアナタの所為よねぇ、父親が死んだのは。アナタが間に合わなかった…あるいは弱かったから」
声は続ける。
「だから、アナタがやるのは、自分自身を許してやる事だってね…」
その言葉を聞いたとたん、怪物と化した父親が縮こまったような気がした。
「人間っていうのは弱いモンでね、そう自分を責めて思いつめちゃうモンなのよ。でもそれだけじゃあ心が壊れちゃう。そういう時は…誰かに殴って怒ってもらえばいい。自分を責める必要なんて無いわ」
新子は、首を絞める手を掴み、さらに強い力で引き剥がした。
「アナタは…どうしたいの?鈴奈庵の本居新子」
「アタシは…テメェなんかに負けてられねぇよなぁ…。だってよ、過去に死んだ人ってのは、必ず何かを残すのさ。それが残ってるから、生き返る必要も化けて出る必要もない。もしそんなヤツが居たら、ソイツは何も残せなかった能無しバカヤローって事だ。だからテメェは…クソバカヤローだ!!」
ニセモノの父親の腕を放し、その膨れ上がった顔面に膝蹴りを叩きつけた。ニセモノは金切り声を上げながらスルスルと縮まり、煙となって消えた。
「あ、アンタは…?」
振り返った新子は、声の主に対してそう聞いた。声の主は自分より一回り年下の少女で、赤い巫女服に、頭には大きなリボンをつけていた。
「覚えてない?会うのは初めてじゃないと思うけど」
「もしかして…博麗霊夢か?」
「ええ、何も残せなかったから化けて出た、能無しクソバカヤローのね」
「あ、いや!アレはどういう意味じゃ…」
「いいっていいって。私もね、生前に友人を止められなかったのよ。だから今でもこの世に留まってるわ…。そうして残せなかった物を必死で残そうとしてるの」
「友人…」
「新子…アナタが戦いに行くのなら、私も残したい…だから、手伝わせて」
「…ああ、いいぜ」
その時、辺りを覆っていた闇が晴れた。朝焼けのような空に、頬を撫でる風、揺れる木の葉がこすれる音。
霊夢は宙へ浮かび上がると、その身体を青いオーラに変え、新子の体を覆った。新子はその力を感じると、ゆっくりと空を見上げた。
「行くぜ、霊夢」
そして勢い良く飛び上がり、空を飛んでいく。
「ご、ごめんなさい、私は…」
華扇の目の前には、巨大な鬼が立ちはだかっていた。
「何故、お前は私を助けずにのうのうと生き延びた!?」
「許して…」
が、その時、鬼を何かが貫いた。
「…新子!」
華扇は空を飛んでいく新子の元へ、同じく飛び上がっていった。
空を飛ぶ青い光は、沢山の狸に囲まれていたマミゾウを取り込み、家族に看取られ今にも死にそうだった妹紅を取り込み、かつての仲間と不自由なく過ごす椛、バンキ、リグルを取り込み、自分の理想の世界で生を送る聖と神子を取り込み、山の中で強い妖怪と戦闘を繰り広げていた正邪を取り込んだ。
「行ってらっしゃい、勇刃」
自分に荷物と手作りを弁当を持たせるかつての母親の前に立つ勇刃。後ろを向きながら手を振ろうとした瞬間、空に青く輝く一筋の光が見えた。
「…そうか、俺も、甘い夢を見たものだな…」
荷物を降ろし、手を握ると、その光目がけて飛んでいく。
─────────────────────
「妖怪共の邪気に侵されて、愚かな自意識を持ってしまったようだな」
その場に崩れるアナトへ向けて手を伸ばそうとしていた禍王は、何かを感じ取ったように後ろを向いた。アナトと易者もそれに釣られ、禍王と同じ方向を見る。
「…ん?」
そこには、虚ろな顔で座っていた新子たちが居た。しかし、新子の体の周りに青いオーラが出現した直後、新子たちは目に輝きを取り戻し、パッと起き上がる。
「もう負けねぇぜ、禍王!!」