東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~ 作:ねっぷう
「幻想郷はテメェのじゃねぇよ!分かったかゴルァ!!」
禍王の顔面にめり込む拳に力を込め、そのまま後頭部を地面へ叩きつける。禍王は後ろへ倒れ込み、動かなくなる。
「く…くはは…はははは…」
が、しかし、禍王は独りでに笑い声を立て、ゆっくりと起き上がる。
「お前は凄い奴だな、鈴奈庵の本居新子。そんなお前にも、見せる価値はありそうだ…」
「何だって?」
その瞬間、立っていた地面が消え、周囲は真っ暗な闇に包まれた。遠くには小さな光が無数に輝き、上を見れば銀色の大玉、眼下に広がるのは青い大玉。
「うわっ!?」
足元に何もないので落ちると思い、その場でもがくが、どうやら見えない床のような物が足元にあるようだ。
「お前は、宇宙…というものを知っているか?」
同じく自分の前に立つ禍王がそう言った。
「宇宙?本で読んだことはあるが、詳しい事ァ知らねぇな…」
「見るがいい。この下にある青い星が、我々の住む”地球”。そして、あの遠くにあるのが”月”だ。地球を見てみろ…美しいだろう。妖怪の姿や気配など全くない。そもそも、妖怪とはこの地球上の生命の進化の過程に置いて絶対に誕生するはずのない存在なのだ。だが幻想郷はどうだ…妖怪で満たされ、その悪意に汚染された醜い世界…妖怪は進化を嫌い、意地でも新しいモノを拒む。だから、私が妖怪を全て滅ぼし、幻想郷を正しい進化の軌道へと乗せてやるのだ」
パシン
目を輝かせながら、まるで自分の夢を語る子供のように夢中で話す禍王の頬を、新子が引っ叩いた。その音が何もない宇宙空間に響き渡り、やがて静寂が訪れる。
「テメェのやり方は…間違ってる!」
「…なん…だと?」
「アンタは間違ってるんだ…そりゃ、それが正しくて、一番いいやり方で、妖怪は全員死ぬべきかもしれねぇ…だけど、アンタは何の関係もない人間も巻き込んだんだ!」
「人間を…?」
「さっき、アンタは元は人間だったって言ってたよな?だったら思い出してみろよ、自分が人間だった時を。自分より強くて大きい何かに大切な物を奪われる気持ちを…。アンタがやってたのは、結局は幻想郷の支配者だった妖怪と何ら変わらねぇんだよ!」
「私が…妖怪と変わらない…だと…」
「アンタにゃ、殴って道を正しくてくれる友達とか仲間は居なかったのかよ!?」
新子の言葉を聞いて、禍王の顔が見る見るうちに怒りの表情へと変わっていく。
「友達や仲間…だと!?居なかったさ、ずっと前に死んじまったよ!!キサマ、さっきから説教垂れやがって…この私の本当の気も知らないで…私が妖怪共にどんな事をされたか、分かっているのかァ!?」
禍王は新子の首元を掴み、そのまま殴りかかる。
「分からんさ」
禍王の拳が新子の顔面に直撃した。血が垂れ、鈍い音が響く。が、新子は倒れもせず、それでも話を続ける。
「でもそうだな…妖怪がアンタにひどい仕打ちを与えて、妖怪が滅ぶべき害悪な存在ってのも…まぁ分かるぜ」
「ほう、私の教えた”真実”を理解したか!ならば何故私に歯向かう!?人間を妖怪の恐怖から解放し、進んだ衣食住の文化も与えた…それが正しい”真実”だろう!」
「そう考えてぇんだな、禍王!アンタの中じゃそれが真実だもんな!でもなぁ、アンタは今『正しい真実』って言葉を口にしたな!?」
「…!?」
「アタシもアンタとこうして殴り合って、やっと分かったぜ…。教えてやらァ!事実は一個…だが”真実”は受け取る奴によって色々なんでぇ!」
「な…何だと?」
「例えばな、星熊勇刃って奴がいたさ。ソイツは自分の事を鬼の癖に意気地がなくて臆病だって言ってたけど、他人から見れば鬼なのに優しくてイイ奴って思われてたんだ!それと同じように、アンタは正義の名の下に今まで闘ってきたのかもしれねぇが、アタシら人間にとっちゃただのありがた迷惑なんだよ!!」
新子は禍王の顎を思いきり蹴り上げた。が、禍王もやり返そうと蹴りを繰り出してくる。
「だから正しい真実なんて有りはしねぇんだ」
「そう…か…」
その瞬間だった。眼下に広がる青い地球から、何かがこちらへ向かってくる。ギラギラと黒い太陽のように燃え盛る二つの眼に、長大な胴体。遠くに居た時には分からなかったが、その何かは酷く巨大で、恐ろしげだった。
「グゲエエエエエエエ!!」
「な、何だァありゃあ…!」
悪意と破壊をその身で体現したような怪物が新子と禍王の元へと迫る。
「ついに来たか…”龍神”!!」
「りゅう…何だって?」
「龍神だ。これなのだ…私はこれを怖れていたんだ…コイツから幻想郷を守り続けていたんだッ!!」
「な…」
禍王の口から明かされた事実に、新子は開いた口がふさがらなかった。
目の前の巨体は龍で、その大きさは先刻、新子が発現させた『超新子』と同等か、あるいはそれ以上であった。
「300年も昔、幻想郷を”結界決壊大異変”という未曽有の異変が襲った。それは幻想郷の妖怪に愛想を尽かし、怒り狂った龍神が幻想郷を捨て去る際に幻想郷を崩壊させかけた、最大の異変だ…。私は、その原因となった妖怪を歌姫計画で滅ぼし、龍神の代わりに幻想郷へやって来た神獣たちもいずれ幻想郷を破壊するのではと危惧して神獣たちを殺し、私が幻想郷を管理することで龍神の再来を抑えようとしていたのだ」
「その通り…その通りだ…愚昧で矮小な者どもよ」
龍は声を発した。
「もう充分だろう。もう充分幻想郷は存在し続けただろう。だからもういいのだ…己が滅ぼしてやるのだ!」
巨大で真っ赤な口を開き、二人へと襲い掛かる。火山の河口の中に落ちていくような感覚に陥った。
「これで満足だろう、もはや真実がどうたらとのたまっている場合ではない。新子、お前だけでも地上へ戻れ」
しかし、新子はその場で少し考えたから、口を開く。
「…なるほどねぇ、コレが全ての元凶って訳か…。よく分からないが、コイツがムカつくって事だけは分かった」
「…キサマ」
新子と禍王は見つめ合う。そして、新子は手を禍王の肩にそっと置く。今、長年にわたり反発し合い、闘い続け、憎しみ合ってきた幻想郷とマガノ国が…
「やってやろうぜ、アンタとアタシなら、いけるさ」
互いに手を取り、最大の脅威に立ち向かおうとしていた。
龍神は二人を一気に口の中におさめ、丸呑みにしようとする。
「むぐ…!?」
が、異変を感じ取った龍の眼が大きく見開かれた。その身体をよじり、暴れまわる。そして、その目が飛び出してしまいそうなほど大きくなり、金色の毛におおわれた後頭部がメキメキと盛り上がる。
その直後、膨らんだ後頭部が裂け、その部分から目もくらむ恒星の如き極物のレーザーが突き出した。先端が矢印状に尖ったマスタースパークは龍神の頭部を完全に破壊し、なおも残りの胴体を焼き払おうと長時間にわたって放たれていた。
「ゲバァ…この己が…!禍王、貴様如きに…」
断末魔の叫びと共に、竜の身が裂け始める。その裂け目から、拳を前に突き出し、禍王の『マスタースパーク』の威力に乗った新子が姿を現す。
「禍王だけじゃねぇさ」
新子の言葉を聞いた龍神は、この宇宙空間で粉々になり、やがて消滅していった。
「…新子、戻るぞ。時間が無い」
「あ?」
禍王は新子の手を掴み、物凄い勢いで地球へと向かって降下する。
「今は私の魔力により宇宙空間での活動が可能となっていたが、その私も…今ので尽きようとしているのだからな」
よく見ると、禍王の体が、糸のほつれた布のように少し崩れかけているのに気付いた。きっと、先ほどの龍にやられたのだろうか。
二人は共に地球へと向かい、ようやく重力に捕らわれ、落下を始める。大気圏に突入し、断熱圧縮による空力過熱現象による膨大な摩擦熱で、二人の体に灼熱の波が襲う。
「ぐぬぬ…熱すぎる…ぜ…!」
「…新子、お前が居なければ私はあの龍神には決して勝てなかっただろう。そして、幻想郷を守るという私の悲願は達成された」
「まさか…テメ、勝手にまとめようとするんじゃねぇ!!」
「だがな、まだ安息の時は訪れないぞ。幻想郷に妖怪が存在する限り、何百、何千何万の時の果てに私と同じ真理に辿りついた者が誕生するかもしれん。そうなってもお前たちは…それに抗い続ける気か?」
「ああ、そんなヤツ出さねぇさ。妖怪も今回の件で懲りただろうよ…これからは人間と妖怪が対等に折り合ってやっていけるように、幻想郷を変えて見せる」
「ならば、私の愛した幻想郷…必ず守れよ」
「当然だ。アンタも信じてくれ、アタシ達を…」
「ふふふ…人間とは、私が今お前を守っているように、他人の手を借りなければ生きてゆけないのだな。いくら年を経ても赤子のように弱くて儚くて…。ああ、何と愛しいのだろう。人間という生命は…」
「アンタ馬鹿だぜ…今まで自分は人間じゃないような顔して…今になって自分が人間だったって気づくんだ…」
禍王は大気圏の熱から新子を庇い、その身体がボロボロになるまで熱に耐え続けた。そして、ついに腕がボロボロに崩れ、熱が収まる頃には、禍王は炎のような光に包まれながら空へと舞い上がった。新子の背後からも、今まで新子に力を貸していた博麗霊夢の幻影が現れ、禍王と共に新子の体から離れていく。
禍王と霊夢は互いに手を握り、見つめ合いながら、炎に散らされて消滅していく。
「霊夢…」
霊夢は禍王の消滅しゆく身体を抱きしめた。禍王の顔と体はかつての人間であった時の姿へと思っており、禍王は一人の人間である霧雨魔理沙として、最期にこう呟いた。
「…私が、間違っていたぜ」
落ちていく。新子は無事に大気圏に突入し、地球表面へ向けてひたすらに落下していく。雲を突き抜け、落ちる先は日本の内陸部…そして一つの開けた空間。
「新子!」
「…はっ!!」
微かな力強い呼び声を聞き、新子は我に返った。下を見ると、どうやら自分はマガノ国の闘技場へ向けて落ちているようだった。その場でもがいても、もう打ち出の小槌も霊夢の力もなく、飛ぶこともできずに、ただ落下という他に選択肢のない状況に立たされていた。
このままじゃ、激突して…!
「しっかりしろ、新子!!」
しかし、華扇は闘技場の地面を猛スピードで走り、新子を受け止めようと高くジャンプした。上手く新子をキャッチするが、華扇もその勢いにより地面へと向かう。
「新子!」
が、勇刃とマミゾウを初めとする新レジスタンスがその下から飛び跳ね、新子を抱える華扇を受け止めた。他にも神獣たちやにとりやバン、地底の妖怪を初めてとする集団がその下に入り、何とか激突の衝撃を最小限に抑え込んだ。
治まった煙の中で、華扇は新子を抱き上げる。
「おかえり、新子」
「…ただいま」
その場の全員にも安堵の表情が漏れる。その笑顔と共に辺りを照らし始めた太陽の光は、ついにマガノ国との長年にわたる戦いが終結したことを現しているようだった。
「…まずいぞ、お前たち」
前に進み出た椛がそう口にした。
「何だ、どうしたっていうんだ?」
「どうやら、このマガノ国も崩壊して完全に消滅するらしい。現に、私の千里眼が見つめる先で崩壊が始まっている」
「マジかよ、もう少し早く言ってくれ!」
「でも、どうすれば…」
地面が揺れ、空がひび割れ、真っ黒なカーテンのように闇が漏れ出してくる。物凄い爆音とともに、闘技場の地面が割れた。
新子たちは思わずその場に倒れ、頭を抑える。そうしているうちに、新子たちの体は淡い黄色い光に包まれた。
気が付くと、そこに広がるのは一面の茶色い空と、銀色の床と町並み。そこに新子たちは寝転がっていた。
「ここは…何が起こったんだ?」
「新子さぁん!!」
その時、目の前に何かが飛び出してきた。自分に飛びつくように抱き付き、その顔を胸に押し付ける。桃のような甘い香りが鼻を突き、ふわふわとした衣服の感触が分かる。
「無事でいらしたんですね!」
そう言いながら顔を離らかしたのは、華やかな青い衣装に身を包んだ、金髪の女性だった。輝かしい笑顔で、新子の顔を見つめている。その後ろにも、同じような格好をした人々の集団がこちらを見ている。
「だ、誰でェアンタ…?」
「あ、申し遅れました。私は綿月豊姫…月の民で御座います!!」
「月の民…だって?」
新子がふと辺りを見渡すと、銀色の床の上に、仲間たちが座っていた。皆、今起こった出来事が信じられないと言ったような様子で頭に手を当て、新子と同じく困惑している様子だった。更に、マガノ国の囚人服を纏った妖怪たち以外にも、普通の服を着たり普通の格好をした妖怪がひしめき合い、互いに手を握り合っている。
「こりゃどういうことだ?」
「落ち着いて、私の話を聞いてください。貴方達が旅立ってからしばらくして、私達月の民は新都の妖怪と話し合いました。そして、私たちも彼らも間違っていたことに気付いたのです。我々月の民は自らが犯した罪に対して自らで罰を課せていました。ですが、その必要はないのですね!道を間違えてしまったら、誰かに殴って正してもらえばいい。すぐ隣に、私たちを殴ってくれる方々は居たのですよ!」
豊姫と名乗った女性はパッと後ろを指差した。その先には、ゆっくりと歩く古明地さとりの姿があった。
「あ、古明地さとり…サン…」
さとりはぺこりと頭を下げた。
「私たちは、新都の方々に殴られました。いつまで自分自身を縛るつもりだと。そこで、私達月の民は集合思念体を解除し、
「新子さん、よく無事に帰ってきてくれました。どうやら、任務の遂行し、マガノ国も完全に撃ち滅ぼした様子で…」
さとりが新子のそばへ駆け寄り、手を握る。
「いやぁ、アタシだけの力じゃないさ。仲間の力があったから、こそだ」
新子は周りの仲間たちを見渡した。華扇はまだ自分の横で寝ているが、マミゾウはかつて自分の子分だった狸たちに囲まれ、椛とバンキとリグルはかつての仲間たちと泣きながら勝利を喜びあい、神子や聖、妹紅や易者もその場で飛び跳ねている。
その横ではメンドーサが疲れ果てたように座り込み、その横では工場長のアナトが誰かを探しているようにフラフラと歩きながら辺りをキョロキョロしている。
「おいおい、あんな奴らまで連れてきちまったのか…?」
新子は恐る恐る遠くを指差した。その先には、おとなしくその場で立ち尽くす例の個体の怪物スラッグに、鎖から解放された二羽の怪鳥ガルルガ、そして背中を向けているゲムルル…。
「すみません、なるべく妖怪と人間だけに絞ったつもりなのですが、あまりに混雑していたため彼らも連れてきてしまったようです」
豊姫がそう言った。
「ですが、いいではないですか」
さとりがそちらへ目を向けながらそう言った。
「あのガルルガと緑色の生き物は、私が飼ってみます。それに、貴方は私の頼み事もこなしくてくれたので」
さとりは、涙を浮かべる目で、遠くに居るアナトを見つめていた。
「お前は、これからどうするんだ」
勇刃は、新都の方を向いたまま立ち尽くしているゲムルルに話しかけた。ゲムルルは数秒黙り、勇刃の顔を見て少し笑みを浮かべてから、もう一度新都を見渡した。
「我はもう昔の事、思い出せないけど…ここは、何だか懐かしいんだ」
それを聞いた勇刃は、ふふっと微笑んだ。
「あの都、俺達若い妖怪が発展させたんだよ」
勇刃の望みが叶った瞬間であった。
次回で最終回です。