東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~ 作:ねっぷう
鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。
まず最初に、南の歌姫が隠されている赤い砂丘へと進み始めるのだった…。
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第7話 「南の歌姫」
「立チ去レ」
崩れた建物の前に、背の高い何かが立っていた。3メートルを越えようかというほど大きな、女の人形だった。赤いリボンで後ろにまとめた金髪の髪を陽光にきらめかせ、黒いワンピース服に肩には白いケープをかけている。腕や指に丸い関節があり、目も綺麗な青いガラス玉らしかったので、すぐに人形だと分かったのだ。
そして最も目が行くのが、その人形本体よりも更に長く、巨大な槍だ。刃物が付いているタイプではなく、円錐型で先端がとがっているタイプのようだ。
「アイツァ何だ?」
新子は隣の華扇に耳打ちする。
「分からないわ。ただ、あの建物の中に南の歌姫が隠されていて、あの人形がそれを守る番人といったところかしら…?」
「どちらにせよ、邪悪もろとも消し飛ばしてくれるわ」
後ろにいたグリフォンがそう言った。
直後、突風と共に空中へ舞い上がり、滑空しながら前足の黄金色のカギ爪を振り下ろした。しかし、巨大なカギ爪の一撃は、人形が掲げた槍さばきではじき返されてしまう。
「シテ、オ前達は何者ダ?」
「アタシらは里から来たんだ。テメェこそ何だ?まさか歌姫を守ってるとか言わねぇよな?」
「ソウダ、我ハ…”ゴリアテ”。南ノ歌姫ヲ守ル番人デアル!」
ギチギチと音を立てながら、首の関節が曲がる。
「ココニ近付ク者ハ全テ、敵トミナス…!」
ゴリアテと名乗った巨大人形は、腕を前へ伸ばし、そして自分の方へ引き寄せるように曲げると、グリフォンは何かに引っ張られるように落下していく。
そして、巨大な槍を勢いよく上へ突き上げた。
「け…ッ!」
槍の先端がグリフォンの左肩に深く突き刺さる。槍に血が伝っていく。そのまま槍を振るい、突き刺さったままのグリフォンを砂の上に捨て置いた。
それを見た華扇が、ゴリアテとの距離を素早く詰め、右腕に巻かれた包帯を広げて敵の腕を掴んで見せる。
「離セ!我ガ主人、禍王様ノ命令ハ絶対ダ…!何故ナラ、”アノヒト”ヲ…守ルノダ…」
「…あの人?」
華扇がゴリアテのいう事に違和感を感じ、少し力が緩んでしまったわずかな隙を突いて、ゴリアテは腕を振り回して華扇を地面に叩きつけた。
「次ハ、オ前ダナ」
「…テメェ、ワケ聞かせろや」
新子がそう言った途端、ゴリアテの動きがとまった。
「悪いな、アタシはそういうちょっとした事が気になってよ…禍王の事となりゃなおさらだ。”あの人”って誰だ?」
槍を持った手がだらんと下に下がり、うなだれながら、ゴリアテは表情の変わらない顔を片手で覆った。
「モウ…アマリ覚エテイナイガナ。アノヒトハ、我ノ本来ノ主人ダ。我ハアノヒトニ作ラレタノダカラ。ダガナ、アル日…我トアノヒトノ前ニ、禍王ガ現レタ。禍王ハ我トアノヒトヲ引キ離シ、コウ言ッタ…」
『お前は南の歌姫を守る番人となれ。近づく者は全て敵だ、殺してもよい。さもなければお前の主人を殺す』
「ソレ以来、我ハコウシテココニ立チ、歌姫ヲ守リ続ケテイル」
ゴリアテはうなだれたまま動かない。これはチャンスだ、と互いに目を合わせた。新子はゴリアテの背後にじりじりと迫り、華扇は下を見ているゴリアテの視界から素早く抜け、横から攻撃の構えを取る。
そして、二人は一気に地面を蹴った。
「ウグ…!」
飛び上がった新子のパンチがゴリアテの側頭部を殴り、華扇は包帯をほどいてドリル状に組みなおした腕を回転させながら横っ腹に突き刺した。顔にひびが入り、胴体の一部が砕けて吹き飛んでいく。
「我ハ…ゴリアテ!歌姫ヲ守ル番人ナリ!禍王カラ授カッタ魔力ハ、オ前達デハ打チ砕ケン」
「そんな…」
ゴリアテは胴体と顔が破損しても、まったく弱る気配を見せなかった。それどころか、ひびの入った箇所や壊れた箇所から暗黒の魔力が漏れ出し、歌姫の力と合わさって周囲を汚染していく。
「我ニ敵スル者ニハ、死ヲ!!」
右手に構えた槍をぐっと後ろに引き、そのまま勢いを付けて、華扇を貫かんとばかりに打ち出した。
だがその時、槍は華扇の前に出された何かに突き刺さり、そこで止められた。新子が華扇の前に腕を伸ばし、手の平で遮ったのだ。槍は新子の手の平を貫通し、赤い砂の上に吹き出した血が染み込んでいるが、槍は新子に握られたまま動かなくなっていた。
「ナンダト…動カヌ!?…ア」
さらに、ゴリアテの顔面の右半分が吹っ飛んだ。新子がゴリアテをもう一度殴ったのだ。傷口から漏れる暗黒の魔力が新子の拳に吸い込まれていくように感じる。
怒ったゴリアテは槍を振り回して新子を振り落としてやろうとして槍を持ち上げるが、その瞬間を狙っていたように、新子の踵がゴリアテの顎を蹴り上げた。
「ウゲ…何故ダ、何故我ガ人間如キに…!!我ハゴリアテ、最強ノ人形ノハズ!」
「馬鹿が。禍王なんかの脅しに屈して主人を変えちまうような人形野郎に…アタシが負けるわけねえだろう!!」
「仕方ガ無カッタノダ!禍王ノ強大スギルチカラノ前ニハ、我モ主人ノ人形遣イモ…!」
「だけど、いくらでも手はあったはずだ!逃げることだって、立ち向かうことだって、助けを求めることだってできたはずだろ?テメェは心のどこかで、歌姫の番人となることで授かることができる魔力を欲しいと思っちまったんだろ!?テメェは誘惑に負けたんだ!」
ちょうど、新子と華扇が砂漠に向かう途中、森の中で黄金の桃のような木の実の甘い罠に誘われてしまったように。その先にどんな悲劇が待っているのかも考えず、目先の欲に目がくらんでしまったのだ。
「理不尽なことに怒る心、それがお前には無かったんだ。ま、人形が心を持ってるなんてこと自体がおかしいのかもしれなぇけどな…」
ゴリアテにあった心は、最初の主人であった人形遣いに仕えるという忠誠心と、強大な力への憧れと、それを求める欲求だけだった。
「…!!」
ゴリアテは息を詰まらせた。腹と砕けた頭部から絶えず魔力が逃げている。最後、槍を新子の手の平から引き抜くと、渾身の力で槍を新子に向けて放った。
「…やはり、神の友の予言の通りだ。あの女は…邪悪を討つ力を持っている」
「昔からそうなんですよ。ちょっとでも気に入らない事があると、ああやって暴力を振るっちゃうんです。でも新子は…勝てない喧嘩はしませんから!」
華扇はグリフォンの肩の傷の具合を見ながら、そう言った。
「ヌアァ!」
ゴリアテの渾身の突きも、虚しく空を貫いた。直後、感じたこともない強い衝撃が背中に走り、そこでゴリアテは敗北を悟った。ガクリと膝をつき、壊れた頭部が砂の上に転がり落ちる。続いて脚や腕も関節から崩れ、最後には装甲の一部と、人形の髪の毛や衣服がその場に残った。そして青い綺麗なガラスの目玉が、ころんと砂の上を転がった。
「ふぅ」
新子は風穴の開いた手の甲をもう片方の手で押さえる。もう血はほとんど止まっている。どうやら、新子の能力は戦闘能力を上げるだけでなく、治癒力も底上げしてくれているようだ。
「さて…次は、私の番だ」
グリフォンが四本の脚でのそりと歩いてきた。彼もまた同じく、肩の傷口はふさがっていた。
「お前から漏れ出でる力が私の傷の治りを早くしたのだ。番人はお前が倒したようだ、ならば約束通り、私は歌姫とやらを始末してやろう」
グリフォンはそう言いながら前足で二人を自分の腹の下に押し込むと、翼を広げて思いきり振るった。新子と華扇が簡単に吹き飛んでしまうような豪風が、崩れた建物を容赦なく襲う。建物の中の赤い砂が大量に舞い上がり、どんどん地面の砂が浅くなっていく。
そして、砂の中に隠されていた邪悪が、ひょっこりと頭を出した。赤い砂の中に、ついに姿を現したのは、クリーム色のゼリーのような、卵型の物体だった。表面にはピンク色の筋が血管のように走り、物体そのものがさざなみを立てながら揺れている。それは、何とも形容しがたいものであった。新子はどんな怪物が歌姫と呼ばれ、邪悪な力を流し続けていたのだろうと考えていたが、そこに有ったのは、醜悪な塊だけだった。その卵のような物体から、悪意がとめどなく流れて来る。全ての者を毒すその歌声は、憎しみに溢れ、絶望と破滅を思わせる。
南の歌姫が、全貌を露わにした。
仲間を失った哀しみ、愛していた土地を無残な荒野に変えられた怒り、そして禍王への憎しみ。そのすべての感情を込めて、グリフォンは吠えた。轟音が雷の如く響き渡る。その直後、グリフォンは大きく開いたクチバシから、黄金色の炎を吐き出した。グリフォンの吐く黄金色の炎に包まれて、南の歌姫は身もだえして縮こまった。
グリフォンの前足を片腕で抱きしめながら、必死で自分の中に湧き上がる力を流し続けた。新子の力がグリフォンの身体へと流れ、邪悪の力を打ち消している。熱でもうろうとしながらも、新子にはそれが分かった。
グリフォンがまた息継ぎした後にまた炎を吐いた。これでもかこれでもかと、周りの建物の崩れた壁が黄金色の炎の海と成るまで吐き続ける。物体は邪悪な歌声をしきりに発しながら、炎の中で形を変え、徐々に黒くなり、煙を上げ始めた。血管のような筋が太く脈打ち、くっきりと浮かび上がる。耳の奥に響いていた低い歌声が、哀れな耳をつんざく悲鳴に変わる。
新子はぎゅっと目を閉じて、熱で痛む顔を前足の硬い鱗に押し付けた。その時、唐突に、歌声が止んだ。グリフォンも動きを止める。砂漠全体が急に静まり返った。静寂という名の音がこだましているようで、返って恐ろしい。グリフォンが大きく息をついた。すると、シューシューと音が聞こえてきた。続いて、物凄い熱風が吹き、新子と華扇は膝をついた。
ピシッと何かが割れるような音が響く。シューシューという音が痩せ細り、やがて消えてしまうと、新子は目を開けた。南の歌姫が有った場所には、ただ砂に灰色のシミがこびりついているだけだった。
「これでよし」
グリフォンが、疲れたような荒い息を吐きながら呟いた。
「何か、不思議な感じだわ。今までずっと、いつからか、常に聞こえていた音が消えた。知らず知らずのうちに耳に慣れていた音が無くなって、少し違和感を感じるわね」
「だがよ、これで南の地は救われた」
「その通りだ、予言の女、旅の女の二人よ。邪悪が消え去った今、じきに砂漠には緑が点々と生い茂るようになり、まずは草原と成るだろう。さらに時が経てば、木が生え、林と成り、林は集まって再び森と成る。時間はかかるだろうが、そうなればどんなにいいだろう」
新子は思った。もしもこの砂漠が再び魔法の森に戻るのなら、砂漠に棲んでいたあの怪物どもはどうなってしまうのだろう?
華扇は森の生き物は砂漠へは行けないし、砂漠の生き物は森へは行かないと言っていた。だったら、砂漠の怪物は滅んでしまうのだろうか?いや、もとは砂漠の怪物も森出身だったのかもしれない。とにかく、彼らも禍王の歌姫計画の犠牲者だったのだ。そう…犠牲者…
「あ、ゴリアテ…」
新子は後ろを振り向いて、ゴリアテの残骸の方を見た。歌姫が消えても、その残骸は虚しく砂の上に転がっていた。
「そういえば、ゴリアテと引き離されたという人形遣いは、今どうしているのかしらね」
華扇もそちらに目を向けながら言った。
そうだ、もしかすれば主人の人形遣いとやらも、禍王の手によって殺されているかもしれない。まさか、歌姫が人形遣いの成れの果てだったとか…。いや、それは無いか。
その時、ガラン、とゴリアテの残骸の一つが動いた。華扇と新子、グリフォンまでがそこに目線が釘付けになる。そして残骸の下から現れたのは…ゴリアテをそのまま人間サイズに小さくしたような、一見すると人形に見えてしまうような、金髪の女の人だった。
「私は…一体何を…」
青いワンピースだけを着ていて、足は裸足だ。
「あ、貴女は!」
華扇が驚いて声をあげ、その女の人の元へ駆け寄る。
「何が有ったと聞きたいのはこっちです、何故ゴリアテの骸の中から…アリス・マーガトロイド、貴女が…!」
「確か、仙人とか言ってた…茨歌仙!貴女が、私を禍王の呪縛から?」
ゴリアテの残骸から姿の現した女の人は、アリス・マーガトロイドと言う名前らしい。魔法使いであり人形遣いでもある。
200年前、禍王との戦争が終わった直後、急に巨大な怪鳥の攻撃を受け、怪鳥と一緒にいた禍王の手下に、お前の住んでいる場所を歌姫の配置場所に使うのでここから出ていけ、と言われた。アリスとその使いである人形たちは再び戦ったが、最期にはアリスと人形一人しか残らなかった。その時、禍王自らの手でアリスはその人形の中に封印され、ゴリアテという人形は自分の中に主人が居ることも知らず、禍王の手下に成り下がってしまったようだ。
「ゴリアテはああして壊れてしまったけど、場所と時間さえあればまた作り直せるはずよ。今度は…新子さんの言う通り、禍王の脅しにも屈せず、私たちに抵抗し続けて見せるわ」
アリスは、華扇の勧めで香霖堂に匿われることになった。あそこなら、人形を作りなおす環境も整えられるし、禍王の目からも逃れられるかもしれない。
もっとも、店主の霖之助は迷惑だと嫌がっていたが。
「して、予言の女よ。お前には話しておこうか、神の友と私たちの誓いを」
─神獣。それは、幻想郷で最も気高く、強大で、それと同時に恐ろしくもある、神に等しき最強の妖獣。300年前から200年前にかけてに最も繁栄した。南にはグリフォン、西には
そこで神の友が現れた。神の友はグリフォンの元へ来る前に、他の4つの種族のところにも行っていた。神の友は警告をしに来たのだ、禍王が神獣を絶滅させようとしている、すぐに隠れてやり過ごせと。それも、神の友が予言した、邪悪に打ち克てる力を持つ女が現れるまで。
「私がお前達の味方をできるのは、南の領域だけだ。次は何処の歌姫を倒す?」
「西、かな」
「西か。西と言えば、竜どもの領域か。他の神獣も、私と同じように予言を教えられているはずだ、きっと手を貸してくれるだろう」
「だけど、もし竜が見つからなかったら?見つかったとしても、お前のように手を貸してくれないとしたら?既に息絶えていたら…どうしたらいい?」
「もし息絶えていたら、その時は…その時だ」
「そうか…。教えてくれてサンキューな、私の名前は…」
「それともう一つ、私たち神獣と接するときに絶対にしてはいけないことを教えてやる。それは、本当の名前を教えてしまう事だ、本名を名乗ってはいけない。神獣は、名前を知った相手を支配することができるのだ。神獣側から名乗って来た時だけ、名乗り返すがいい」
これで、まず南の歌姫を倒す事が出来た。これで、南の地は肥え、見る見るうちに以前のような美しさを取り戻すだろう。人間の里の南側も、これからは米のついていない稲を担いでとぼとぼと戻ってくるようなこともなくなるはずだ。
だが、まだ新子たちの旅は始まったばかりに過ぎない。まだ、歌姫は3人も残っているのだから。