東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~   作:ねっぷう

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第9話 「竜の墓場」

鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。

グリフォンの協力を得て、一人目の歌姫、”南の歌姫”を討伐することに成功した。

一行は次なる歌姫が隠されている”竜の墓場”を目指して、西へと歩みを進めるのだった。

 

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第9話 「竜の墓場」

 

「じゃあな、もう憲兵に捕まるなよ?」

 

「うん…ありがとう」

 

次の日の昼頃。昼食を済ませた3人は林を抜け、背の高い茨だけが点々と生い茂る湿地帯にいた。傷の手当ても終えた妖怪兎のコトを、竹林まで帰るように説得した。

始めは一人で帰ることを怖がっていたが、何とか決心がついたようだ。というのも、正直に言ってしまうとこれからの旅、なるべく荷物は増やしたくない。だが他人を自分らの危ない旅に巻き込みたくないという意思もある。

 

「それじゃあね!」

 

コトはこちらに手を振ると、そのまま地面に手をついて駆け出して行った。

 

「無事に竹林まで帰れるといいけど…」

 

二人は岩と砂利の荒野をひたすら西に向かって歩いた。岩に囲まれた一本道だったのが、だんだんと岩の配置がまばらになり、やがて完全に岩石地帯に変わった。

 

目の前に現れたのは、切り立った崖だ。深い崖の下を見ながら、その崖をなぞるように歩いていく。こんな危ない道を通っていても、何故だか新子に不安感や恐怖は無かった。昨日までの心にひっかかる違和感もない。

 

もう西の領域、竜のなわばりにはとっくに入っているはずだ。グリフォンの言っていた”神の友”の予言を聞いているならば、それに気付いた竜が姿を現しても不思議ではない。

試しに呼んでみるか。

 

─西に住む竜、私が予言の女だ、聞こえてるんならすぐに出てきてくれ─

 

しかし、何も起こらない。右手の岩山にも、左の谷にも、動くものはない。空には、竿打以外に鳥が一羽も居なかった。

だめか…。

 

 

だんだんと谷が狭まり、曲がり角が現れた。一番狭まっている場所に、対岸に向けて粗末な木の橋がかけられている。

そばに標識が立っていた。ペンキのような塗料で雑に書かれている。

 

 

『安全な橋

 

命が大切ならここで渡る

 

注意!

 

無縁塚までに谷を渡れる最後の橋』

 

 

黒い文字同士の隙間に白いペンキで塗りつぶされている箇所がある。二人はだまって標識を見つめ、そして顔を合わせた。

 

「この橋は無縁塚には行かねぇな」

 

「ええ、この橋が証拠ですね」

 

華扇は腰に付けたウエストポーチの中からナイフを取り出した。そして慎重に、だが力を込めて標識の表面を削り始めた。白いペンキが粉となって落ちる。

 

 

『安全な橋

にあらず

命が大切ならここで渡る

べからず!

注意!

次の橋が

無縁塚までに谷を渡れる最後の橋』

 

 

「しかし、こんな幼稚な手段でワタシらの邪魔をしようとするたぁなぁ」

 

新子は顔をしかめて近くにあった大きな石を拾いあげると、橋の上に投げて見せた。橋の床板はギィ…と音を立てて揺れたが、何とか持ちこたえた。

さらにもう一つ、さっきのと同じくらいの大きさの石を拾い、今度はもっと遠くまで投げた。石が橋の中ほどに落ちたその瞬間、いともたやすく床板が抜けた。くさっていたのだ。

橋が上下に大きく揺れて石は真っ逆さまに落ち、はるか下の谷底に砕け散った。

 

「…うわぁ」

 

新子が声を漏らす。

 

「次の橋…を渡ろうとすると目的地の竜の墓場までかなり遠回りをすることになるでしょう。仕方ない、竿打に対岸まで連れて行ってもらいましょうか」

 

 

 

丁度そのころ、新子たちと別れた妖怪兎のコトは、東の竹林を目指して魔法の森沿いの林の中を進んでいた。

と、そこに、突然木の影から数人の人影が現れ、コトの行く手を塞いだ。

 

「あ、貴方たちは…!」

 

「見つけたぜ、兎野郎…お前は何としてでもマガノ国へ連れて行ってやる…そう命令が出ているんだ」

 

出会ったのは昨日の憲兵団だった。角のある仮面をかぶった隊長と、普通の憲兵が7人。どの憲兵も手に電気棒や短剣を握っている。

 

「…え…あ…」

 

「どうやら昨日の二人組とは別れたようだな…」

 

「また怯えてやがるぜ、このチビはよ」

 

震えるコトを見て憲兵が笑った。だがコトの視線は憲兵ではない、その背後に向いていたのだ。それに気づいた憲兵が、おそるおそる後ろを振り返った。

 

 

 

竿打の足に掴まって、谷の反対側まで移動している新子と華扇。下には真っ暗な谷底が待ち構えている。

 

「谷を越えるだけなら、飛んでいても見つからないでしょう…」

 

幻想郷の空はよくガルルガが監視しており、その目を盗んで空を移動することは難しい。だが谷を越えるだけ、谷の間ならばそうそう見つかることはないだろう。

 

その時だった。新子たちのはるか後方から雷鳴のような轟音が響いた。直後に聞こえる、身も凍るような雄叫びと悲鳴。遠くからの恐ろしい悲鳴は数十秒続いて、ぱったりと止んだ。

 

二人は動きを止めた。竿打だけが、はやく谷を渡り終えて安全な場所にたどり着きたいとでも言うように飛ぶ速度を速める。

 

しかし、突如として上から吹いてきた猛烈な風によって谷底に向けて竿打は大きく下に押し込められた。

 

「な…!」

 

頭上を覆い隠す巨体、そしてそれを悠然と持ち上げる巨大すぎる翼のシルエット。そのシルエットは物凄い風圧を放つと同時に、真っ赤な血や灰色の布きれ、そして白いふさふさした毛を落としながら、頭上を越えていった。

西へ飛んでいく、その影はまさに…。

 

─竜!

 

影が過ぎ去ると同時に、上からの風圧も止んだ。新子は竿打の後頭部を毛を掴み、上へと飛んでいかせる。そして下の岩場、竜が向かってきた方向にある林までを見渡せる場所まで来たが、既にどこを見ても竜の姿は無かった。

 

さっき落ちてきた血にまみれた灰色の布切れは、憲兵団の軍服だ。きっと、アタシの呼びかけで竜は目を覚ましていたんだ。

 

目を覚ました竜は、たまたま目に入った例の憲兵団を食べた。そして…コトも。

布と一緒に落ちてきた白い毛の束、あれはコトのものに違いない。おそらく、またコトはあの憲兵団に捕まった。そこに運悪く竜が現れて襲われたんだ。

 

だが、何故竜はアタシらを無視して飛び去っていったんだろう?神の友の予言を聞いているなら、アタシの元へ来るはずだ。

 

いや、真っ先に来てくれたのはグリフォンだけで、竜は目覚めたところでアタシなんか目にもくれないつもりなのかもしれない。

 

─じゃあな、もう憲兵に捕まるなよ?

 

─見つかったとしても、お前のように手を貸してくれないとしたら?

 

自分の言葉が頭に浮かんでは消える。アタシが竜を呼び起こしたから、コトは無残に…。

一時は消えていた不安感が、どっと蘇る。

 

「新子!」

 

耳元で怒鳴った華扇の声にふと我に返った。

 

「な、なんでぇうるさいな…」

 

「竜の協力も駄目、コトも竜に…。気持ちは分かるけど、今は早く下に降りて竜の墓場へ向かいましょう」

 

竿打は谷を渡った地面に降り立ち、二人を降ろした。

暑い日差しの中、雑草しか伸びていない不毛の砂利道をただひたすらに歩いた。だが、星が見える夜になり、また夜が明けても、新子は気分的に調子が良くなかった。目を覚ました竜は、憲兵団と兎を喰い殺した。その正気を失っている竜を呼び覚ましてしまったのは自分だ。自分のせいで、危険な竜が幻想郷の空に放たれたのだ。

やはり華扇の言う通り、永い眠りの間に竜は気がふれてしまったのだろうか?

 

 

新子たちは平原を抜け、小高い丘を登り始めた。遥か北には、マガノ国との国境の山脈が見える。華扇の描いた地図を見た限り、丘の頂上につけば、無縁塚、そして竜の墓場が一望できるようだ。

そしていよいよ丘の上に登りついた。目に入ったのは、岩と寂れたガラクタの山だった。全く手入れの行き届いていない、古の骸が眠る墓、そして外の世界から流れ着きここへたどり着いた今では二度と人の手に触れることはないであろう道具たち。

そしてその無縁塚の中央に見える、巨大な骨と腐った死骸が積み重ねられて構成されている、真ん中がくぼんだすり鉢状の場所。遠くに見えるあそここそが、竜の墓場に違いない。

 

「この石碑は何かしら?」

 

丘の上の岩に隠れている石碑を指差した華扇。上手く岩に溶け込んでいる石碑はふつうにここを通るだけなら絶対に気付けないだろう。

どうやら文字が書いてあるようで、石碑にはこう書いてあった。

 

【ひめやかに流れる川の如き歌声。その危うきは、数多もの竜の骸が礎となった『竜の墓場』の暗きに潜む

 アキラメロ、ドウセシヌ】

 

「気味がワリィな。誰だ、こんなのを作ったのは?」

 

新子はズボンのポケットに手を突っ込みながら思い切り石碑を蹴飛ばした。石碑はゆっくりと倒れ、岩の上に転がった。華扇が目を凝らして掠れかけた石碑の文字を読み上げる。

 

「諦めろ、どうせ死ぬ…ね。これは多分歌姫が隠されたと同時に作られたんだわ。ここを通る旅人や妖怪を、ここから追い払うと同時に石碑から漏れ出る憎しみの力によって生きる気力を根こそぎそぎ落とす。そうやって禍王はこの幻想郷から妖怪を

 

消していったのかもしれないわ」

 

 

 

周囲に生き物の気配はない。全てが冷たく死に絶えていた。しかも歩くたびに、今は初夏のはずなのに気温がどんどん下がっているように感じられ、指がかじかんでくる。

ふと下げていた顔を上げると、目の前に巨大な骨が横たわっていた。竜の骨だ。檻のような肋骨の前で腕を組み、頭蓋骨の顎は大きく開かれたままだ。そこから続く斜面を登れば、いよいよ竜の墓場のすり鉢状の窪みに到達する。

 

「ここが竜の墓場か」

 

新子にはこの場所に西の歌姫が居ることを既に感じ取っていた。邪悪な影がひんやりと霧の如く纏わりつき、全身に鳥肌が立つ。影は新子と華扇の心と肉体にまで染み込んだ。こんなに寒いというのに玉のような汗が額ににじんでいる。

 

だがすぐに新子の鳥肌はおさまった。纏わりつく歌姫の魔力を前に、新子の力はどんどん強まっていく。湧き上がる力は新子の体を温め、熱を発し始める。

凍えてふるえていた華扇も、新子から伝わる熱気によって徐々に温まってきた。

 

「温かい…」

 

「ああ…竜が来ずとも、相手が歌姫だろうとその番人だろうとよ、アタシらでぶっちめようぜ!」

 

「ええ!」

 

二人は一気に竜の墓場の淵を駆け下りようと踏み出した。

中を覗き込んだ新子たちは息を呑んだ。予想もつかなかった光景がそこに有った。竜の頭骨が転がっている中に、弱弱しい白い生き物が一匹、体を丸めて横たわっていた。

新子は目を凝らした。クセのついた黒い髪からのぞく長い耳、細い腕、白い毛におおわれた足。

 

「コト…。きっと竜が林からここまで連れて来たのよ。でもなぜ…?」

 

「わかんねぇよ…やっぱり憲兵よりも美味いから楽しみにとってあるとか?」

 

「静かにした方がいいわ…竜が近くにいるかもしれない、気付かれるかも」

 

だが新子はすぐに斜面を駆け下りて行こうとする。その身体を華扇がつかんで引き戻した。

 

「駄目よ、新子…あのコトの場所まで行ってしまったらもしも竜が襲ってきた時、ひとたまりもない。それにコトが本当に竜によってここまで連れて来られたのか、まだ分からないんだから。私は、コトがおとりのようにしか見えない」

 

「おとりだと?何のためだ?」

 

「コトを狙った他の妖怪をおびき寄せるためか、それとも私たちをおびきよせるためか…。たとえ竜でなくとも、ずっと前から邪魔をしている、標識に手を加えた奴かもしれない」

 

新子は黙り込んだ。

 

「もしも目覚めた竜の最初に目に入ったものが敵だったとしたら?目覚めて初めて聞いた音が敵の声だったとしたら?竜が禍王と…手を組んだとしたら?」

 

ありえるか?

黙ったままそう思った新子。

忘れるはずのない、幻想郷縁起の竜の項目を思い出す。竜は誰とも手を組まない。それがたとえ同族同士でも。

 

「きっと邪魔しているヤツが竜に話を持ち掛けたんだわ。あの谷の時だってそうだわ、きっと邪魔者が標識に手を加えて私たちを罠にはめ、私たちが死んだかどうか竜が確認しに来た…。それでも私たちは生きていたため、コトを使って私たちをおびき寄せようとしている…。まだまだ私たちを始末する策はいくらでもあるんだわ…禍王は手下の失敗を絶対に許さないから」

 

すり鉢状の底で、コトがもぞもぞと動いた。よかった、彼女は生きている。

 

「…分かった分かった、でもごちゃごちゃ言っててもしょうがねぇ。アタシらは西の歌姫を倒しに来たんだ、一刻も早く歌姫を探し出すべきだ」

 

周囲の岩、積み重なった竜の骨の隙間、窪みの中心の土の中、このような場所に歌姫は隠されているはずだ。歌姫に近づけば、自ずと新子には場所が分かるだろう。

 

 

 

「ひっ…!」

 

急に肩を掴まれたコトは悲鳴を上げた。その小さな体が持ち上げられ、誰かにおぶられる。

 

「あなたは…この前の旅の人?」

 

「ああ。悪いな、アタシらは今から大仕事をしなくちゃいけないんでな、お前には退いていてもらう」

 

新子はコトを後ろにいた華扇に引き渡した。華扇はコトをわきに抱えると、窪みの斜面を飛ぶように登っていく。

それを見た新子は、いよいよ歌姫を掘り出すことにした。

 

「私、怖かったよ…。帰る途中でまた同じ憲兵に襲われて…そこに竜がやってきて、血が…炎が!目に焼き付いて忘れられないよ…」

 

「…そうね、もう大丈夫だから…この竜の墓場の外の岩場に隠れていなさい」

 

「もうすぐ竜が戻って来る!はやくして…!」

 

コトは泣きわめきながら華扇の腕の中で暴れまわる。華扇は窪みの縁まで登りきると、コトをその場に降ろす。どっと座り込んだコトは、汗と涙で濡れた顔を、窪みの中心に居る新子に向けた。

 

 

おそろしく厚い土の層だ…。どれぐらいの深さに歌姫は隠されているんだろう。それを考えたとたん、新子の心は一気に暗くなった。ここは邪悪の力が強すぎる。もはや、アタシの能力の範囲をも超えた、異常なほどの魔力。南の歌姫よりもずっと強力だ。ここで息絶えた竜の絶望、後悔、怒り、憎しみを全て吸収しているかのようだ。

土を掘ろうにも、五分と持たないだろう。頼む、せめて…華扇!はやく戻ってきてくれ!

 

「きゃあああああ!!」

 

その瞬間、聞こえたのは聞きなれた声の悲鳴。目だけを動かしてその先を見る。華扇がその場で立ち尽くしている。

直後に響く、雷鳴のような轟音。そして近くに有った竜の頭骨が何かに押しつぶされて砕け散った。

 

 

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