蒼き鋼、深き蒼のアルペジオ-credenza- (凍結) 作:チキンブロス
そこにいた梅津は偽物である事はメンバーを驚愕させた。そして偽物と判明した間も無く今度はサイバー攻撃を受ける。「ヴィントシュトース」が命懸けの闘いに挑み、勝利する。
一方、捕らえられていた本物の梅津は隣人「アンドレイ・ヴェルナー」から自らの状況を知る。
メンタルモデル、眼帯をした、少し妖艶な雰囲気を纏いつつ、しかし無垢でまっすぐ目をした少女、ウインドが歩く。
小さなそよ風を起こし旋風を巻き起こす。
巨大な船体が横切る。
波をまともに被ったが水には濡れなかった。
俺を置いてどこに行くんだ、ウインド——ヴィルベルヴィント。
「ウインド」
照明の明かりが目を刺した。思わず手をかざす。
現実の感覚、頭が痛む。
しかしここは、どこだ?
安斎は流れる血を避けつつ口を開いた。
「荒唐無稽も甚だしいぜ、ウインド」
そこにいた梅津が偽物だって?バカバカしすぎる。しかしウインドが大真面目に言っている。
「梅津なら有り得る事ですよ」
岡も反論する。
「そう、梅津は筋金入りの軍人だからね」
永田も同調した。
(これが仲間を信じるという事か……私は今、重要な事を学習しているのかもしれないな……)
その思いがウインドの頭によぎった。
「仲間を信じることはとても重要なことだ」
「それは梅津も分かっている」
「でも、車内からの電話では仲間が無事かどうかを言及しなかったんだ?」
「そして」
血まみれの頭を回し、耳を見せた。
「私が渡したヘッドセットを付けていない」
「なるほどね」
「納得している場合じゃないですよ」
岡がたしなめる。
安斎が顔を近づけた。そして、違和感を覚える。
血の匂いがしないのだ。
これだけの血が床を染めていたら辺りはかなり血生臭くなるはずである。
それは血ではない、血であった。
「……まさかな」思わず呟いた。
そして顔色を変えて言い放った。
「確かに、仲間を信じる事は重要だ。この梅津は確かに変だ」
「なあ、血の匂いが全くしないのはおかしいだろ?」
「……そういえば」
ずっと座り込んでいた咲嘩部が言った。
倒れた体から血が出なくなった。
するとその体の形が崩れた。
内部組織が一瞬、あらわになる。
しかしこれらは次の瞬間には無機質な砂へと変化した。
「信じられない……」
「そんなバカな」
その場にとっては無意味な言葉が響いた。
「これが、真実だ。これは間違いなく梅津の偽物だ」
「……まんまと罠にかけられたんですね」
警告音が響く、全員が我に返った。
「みんな済まない。私がもっと早く気付けば……」
「バカ、能書き垂れている場合か」
「それは俺たち同じだ」
「……」
そう、どうであれ今は私が梅津の代わりになるしかないのだ。
咲嘩部も起き上がろうとする、しかし足元がおぼつかない。
「無理もないな……」
「ヴィントシュトース、いやドレッドノートでもいい!早く来てくれ!」
安斎が言う。
すると、無言でドレッドノートが駆け付けた。
相変わらず服はぼやけていた。
「恐らく、奴らは私が狙いだろうな」
「とにかくこれを片付けてくれ。でないとあの二人が卒倒しちまう」
「——分かった」
「頼んだぞ」
急いで司令部へと向かった。
統制軍特殊作戦軍麾下である海軍特殊作戦コマンド、その司令部は小ぢんまりとしていたが電子機器の密度は高い。
メインディスプレイの表示は乱れていた。
「どうなっている」
「突然でした……ファイアウォールが一瞬で突破されました」
「あらゆる情報が流出しています」とオペレーター。
「面倒な事になったわね」
ヴィントシュトースであった。どうやら先に来ているようだ。
「手伝わないのか?」
「アタシの力ではどうにも出来ない」
敵はかなりの強者である。一筋縄ではいかない事を確信した。
「私がやってみよう」
「艦のバックアップもある」
オペレーターに指示を出す。
「防護壁展開」
「駄目です。突破されました」
「再度展開」
「また突破されました」
突破される速度が上昇していた。
「もう一度展開して」
「展開を妨害されました!」
うーむ、と思わず唸った。
「今度の敵はいつもとは違うわね」
「その通りよ」
「どうなっているの」
黒田であった。渡瀬、敬礼する。
「副司令」
「現在ハッキングを受けています。被害は情報の流出のみなりません」
「内部データの書き換えも加えられています。今は被害区域の拡大防止で手一杯です」
「強敵、ね」
黒田が総括するように言った。
「その通りよ」
ヴィントシュトースが言った。
「観戦した初期にこのウイルスの分析を試みたんだけどどうやらこのウイルス、ただのウイルスではないわ」
「というと?」
「ウイルスの基礎構造に私たちメンタルモデルと似たデータが存在しているわ」
「何?」
岡が反応した。
「私が対応したのがまずかった……変に刺激してしまった」
超兵器のメンタルモデルは霧のメンタルモデルとは違い、好奇心の塊でもあった。
「そして、こいつは今データを大量に吸収している。いわば検索、学習しているといった状態ね」
「このまま放っておいたらどうなるんですか」
「それは分からない」
「でも、新たな『魂』が生まれる気がする」
「種を植え付けられた、という事か」
黙っていた安斎が口を開いた。
「知識の量が臨界点に達すると自我が生まれる、今まさに新たな脅威を生み出そうとしているんだよ。君たちは」
声の主は一段高くなっている司令席からであった。全員が振り返った。
「さすがのメンタルモデルもお手上げかね」
初老の男が立っていた。
「寺河大佐」
黒田、敬礼。
「その事実はかなり重大だ。結果的には士気にも関わってくる」
「陸軍の情報筋は感づきはじめているぞ」
寺河は脅かすように言った。
「まあ、いい。今は事態の収束だけを考えてくれ」
「了解しました」
「……あのお偉いさんは誰?」
安斎が尋ねる。
「寺河大佐、情報『軍』の実質的なトップだ」
ウインドが言う。
「どうしますか」
「とにかくシャットダウンだ。電源を落とせ」
寺河が指示する。
「しかし大佐、今電源を落とすとデータが消失する恐れがありますが……やりますか?」
今度は渡瀬が脅かすように言った。スイッチが入りかけた口調であった。
「データは人質か、厄介だな。情報軍ならば消えても構わんデータばかりだからな」
「戦略的に重要なデータはここに集中している、特に最近は」
「いまやここは軍団レベルの力があります。私も実質将官クラスの責任があります」
「逆に我々は軍団レベルの力をしていないともいえるがな」
「失礼しました」
「近く情報局と情報軍は統合されるとの噂が立っている」
「やはりここはそのメンタルモデルに任せるしかないようだな」
「うわっ、責任押し付けやがった」
ヴィントシュトースがぼやく。
「寺河大佐、今の言葉は我々に全権を委譲したと受け取ってよろしいでしょうか」
「私は構わんよ。実際の判断は君が下すんだろう?」
そして次にウインドと相対し、言った。
「君のパートナー、梅津中尉に関する事がわかるかもしれない。彼は海軍、いやこの世界に必要な人間だと私は思っているさ。上層部の頭の硬い連中とは違う」
「健闘を祈る」
「で、どうするよ」
「いろいろと考えてみたが……」
「やはり特効策はウイルスと直接リンクするしかないと思う」
「本気か?それは『コード』では禁止されているし、アタシの演算は危険の一点張りよ」
「新たな脅威を生み出さないためにはこれしかない」
ヴィントシュトースは黙考がうなづいた。
「返す恩はこれで最後よ」
「随分と多くの恩を返したな」
「バックアップは取っておいてよ」
「バックアップ……お前の『魂』は扱えないわ」
「分かっている。せめてそれ以外をって事よ」
「そんなに危険なのか?」
安斎にとってはほとんど異次元のような話にはついていけなかった。
しかし、ヴィントシュトースの生死に関わるというのは理解できた。
「一応説明しておく、これからメンタルモデルがコア単位でダイレクトリンクする」
「リンクしたコアは大戦艦並の能力を得る事ができる。でも不安定な要素も多く、暴走や最悪もう片方の自我が消滅する危険を孕んでいる」
「今回は現在侵入しているウイルスは疑似的なメンタルモデルに成長した。コアはネットワーク内にあるといえる」
「ネットワークに侵入して向こうの自我を消そうと?」
「その通りよ、岡」
「パルプンテみたいだな……」
「何か言ったか」
「いや、なんでもないさ」
「鬼が出るか蛇が出るかか、私の命、預けるわよ」
ウインド、頷く。
「リンクを許可する。キーコードをヴィントシュトースに返還」
「USB持ってきて」
そして、USBコードををオペレーター席のデスクの下の機器へと接続する。
「意外とそんなに簡単に繋げられるんだな」
安斎の言葉に永田、微笑する。
端子ををヴィントシュトースの手の平へ、すると接続部が現れた。
接続、すると力なく倒れた。
その体をウインドが受け止める、苦しそうな表情はしていなかった。
席に座らせる。
「いった……」
その周辺には、電子機器が熱を帯びてくるときの、きなくさい臭いがした。
「無事に帰ってくるのを祈るだけだな」
今、ヴィントシュトースはこのウイルスにどう対抗しているのか、それは安斎をはじめとしたこのフロアにいる人間には分からなかった。
人知を超えたレベルでの戦闘、ヴィントシュトースはあのディスプレイの先で闘っているのだ。
人間には感じられない力を使っての戦いであった。
ただ傍観するだけだ。負けるな、と思いつつ。
梅津史郎は、自分のいる場所にようやく気付いた。
捕らえられているのだ。ミヤコと名乗ったあの計算高そうな男によって。
部屋を徘徊する、窓は小さく、とても人が通れるほどではない。
ベッド、そしてトイレがあるだけの部屋であった。
監視カメラらしきものはなく、コンクリート打ちっぱなしの部屋であった。
空気が淀んでいるのだろうか、思考ははっきりとはしなかった。
梅津はまず、所持品を並べた。
財布、身分証明書はそのままであった。他は腕時計や部屋のカギといった程度であった。
しかし、薄めのジャケットの内ポケットに違和感があった。
通信機能のある、小型のヘッドセットであった。
刑部邸の事件時にウインドが作ったものであると思い出す。妨害を受けない「量子通信」を利用しているらしいが、やはり雑音のみが聞こえた。
かなり強力な妨害電波が飛んでいるのだろう。
「小僧、起きたか」
突然の声、梅津はその主を探す。
スピーカーらしきものは見当たらない、しかしその声は確かに耳に入った。
「小僧、聞こえるか。聞こえたらベッド側の壁をノックしろ」
指示に従い壁をノックする。甲高い音が響く。
「ここにくるという事はただ者ではないな」
声は、部屋の片隅にあった通気口からであった。
「そうですが」
「どういうやつか聞かせてくれ」
「まず、あなたが名乗ってください」
少し声が大きくなった。
するとドアが乱暴に叩かれた。
「ウルサイ!シズカニシロ!」
片言の日本語が響いた。
「ここにいるのは外国の奴らが殆どだ。テログループさ」
「それでお前の所属は」
「だから人に何か聞くときはまずあなたが名乗ってください」
隣の男はため息をしたようであった。
「俺の名前は––––ヴェルナー、アンドレイ・ヴェルナーだロシアのカムチャツカ出身だ」
「自分は梅津史郎、海軍特務中尉です」
「歳は、いくつだ?」
「17」
「若いのはいいもんだ。無茶ができる、それで無茶をしたのか」
「ミヤコという男を知っていますか?」
「ミヤコ……宮戸巽か、奴に目を付けられたのか……奴は狡猾だ」
「奴に目を付けられるという事はお前はかなりの大物というわけだな。ハハハその歳でか」
甲高い笑い声が漏れる。
外の男がまた怒鳴る。
「こんな所にいればお前はダメになってしまうぞ」
「あの男を知っているのですか?」
「当然さ、俺は奴に……何でもない」
「帝国側の人間だったのですか」
「厳密に言うとそうなるが、二重スパイさ」
「なるほど」
「お前はしっかりしているな……全く動じていない」
「根っからの軍人、という事か」
「俺みたいな奴は稀ですよ」
「稀というよりも居るという事は重要だ」
「尚更脱出の方法を考えろ、時間は無いぞ」
梅津は再度通信機を操作する、希望はまだ消えていなかった。
ヴィントシュトースは一粒の涙を流していた。
ウインドが手を握る、手は冷たかったがそれでも姉妹であった。
闘いの状況は誰にも分からなかった。
しかし、メインディスプレイの表示が戻る。
「——来た」ウインドが呟き、素早くコードを引き抜いた。
「駆除成功」
「駆除は成功していないわ。まだ手は離せないのよ」
ヴィントシュトースは突然、起き上がりそう答えた。
「まだ2日はかかるから、よろしくねー」
そう言い終えるとまた力なく椅子に座った。
「呑気なもんだな」
安斎が呆れた。
「でも成果はあるわ」
ウインドは一つの通信データを表示した。
「……まさか」
近く全話にわたって誤字などの修正を加える予定です。