蒼き鋼、深き蒼のアルペジオ-credenza- (凍結) 作:チキンブロス
梅津史郎特務少尉は過去の行動が災いしその階級、能力とは裏腹に不遇な立場であった。配属先の「対策チーム」は軍にとってははぐれ者の集まりでしかなかった。しかし、その日の会議は平行線を辿る事なく超兵器を相手とした実戦へと向かう結果となる。
「モニター越しだと何考えてるのか分からんな……」
モニター越しに上陰龍二郎に直談判をした帰り道だった。
「あれ、梅津君は?」
「もう少し次官補と話すんだってさ」
岡の問いに咲嘩部が答えた。
「梅津君、君なら私が見せたいモノが何であるか見当はつくだろう?」
上陰のいかにも物腰柔らかそうな声がモニター越しから聞こえてきた。勿論上陰の瞳は笑っていない。
梅津は内心うんざりしたが
「ええ、分かっていますしかし……」
「ほう、何か不満かね?」
「率直に言います。『あれ』で倒せると考えているのですか?」
「いや、少なくとも君が思っている程貧弱では無いと私は思うが」
「いずれにせよどんなモノかは私が東京に着いてから明らかになる」
「話は以上ですか?」
梅津が聞くと上陰は口元に少しだけ笑みを浮かべ、
「ところでナガタ君を知っているかね?」「永田元一佐の事ですか?」
梅津は彼の事を頭に浮かべた。
永田元一佐は霧との大海戦を境に退役した元海上自衛官だった。
彼には異色の経歴があり20年程前
今ではかなりの年齢の筈だ。
「それで、永田元一佐がどうかしましたか?」
「いや…彼が『私の知り合いが君達の力になる』と話して来てね」
上陰が短く嘆息した。
「是非会ってくれ、地図のデータは送る」
「東京に着くまで頑張ってくれ」
通信が切れ、部屋は静かになった。
若い男が梅津に永田元一佐の家の住所の書かれた紙を手渡した。
「データは?」
「あっ……いえ……住所だけ私の所に……」
若い男はうろたえて答えた。
梅津は深く嘆息した。このチームに回されてから一体何回吐いたのだろうか。
翌朝、学院の寮で岡が梅津が朝食を取った後、梅津がいない事に気付いた。
「あれ梅津君は……?」
「そう言えば誰かに会うって言ってたけど…誰だったっけな~?」
興味が無いような口調で咲嘩部が言った。
梅津は海軍の軍人であるが、年齢故に学院の寮で寝泊まりしている。
「フルネームは
横須賀港の近くの海岸沿いを歩いていた。
近くは市場らしく活気があった。海を見ても沖は見えなかった。
完成間近の防護壁に遮られている。
「君が梅津君?」
振り返ると男が立っていた。
既に50歳を過ぎているような風貌で頭には白いものが目立っている。元自衛官とあってか眼光は今でも少し鋭い。
「あなたが永田元一佐……ですね?」
「ああ、そうだ」
「とりあえず私の家に来てくれ」
永田は停めてあった車に乗り込み、梅津は後部座席に乗り込んだ。
途中、永田は「大分変わってしまったなあ……」と呟いた。
横須賀港が眼下に見える閑静な住宅街に永田の家はあった。立派な一軒家である。
「家で話するから、上がって」
梅津が家に上がろうとすると不意に後ろから「梅津!」という聞き覚えのある声がした。
振り返るとそこにいたのは梅津とは犬猿の仲である安斎が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「何故尾いてきた」
「興味があってね。その永田サンの経歴を見て」
語気を少し荒げて言うと安斎はいつも通りの口調で言った。
「余計な真似をしやがって「余計な真似をしやがって……」
梅津はまた嘆息した。
「余計な真似なんて失礼な」
二人のやりとりを見て永田は若い時にとあるアメリカ軍人とやりあった自分を思い浮かべて1人笑んだ。
「構わんよ。2人とも上がって」
「そうこなくてはね」
梅津と安斎は書斎に案内された。周りには霧の艦隊に関する本などがところ狭しと並んでいた。
「ここを見せるのはこれで5人目だ」
永田はそう言うと本棚から一冊の本を取り出した。
「この書斎が、ですか?」
そう聞くと永田は
「いいやこの下が、だ」
その本は中身がくりぬいてあり、填まっていたリモコンらしき物のボタンを押すとカチリ、という何か機械的な音がした。
永田はズボンのポケットから鍵を取り出す本棚の真ん前の床のほんの数センチの部分をスライドした。
すると鍵穴が現れた。そしてその鍵を奥に差し込み回すと鍵が外れる音が響いた。
「スゴイな……」
安斎が驚いた様子で言った。
「この下だ。落ちないように気を付けて」
梅津も恐る恐る下に降りた。
そこは数畳ほどの空間でありそこには古びたファイル、本、何かの資料などが机の上に乱雑に積まれているのもあれば、崩れてそのままの物もあった。
棚にも様々な書類がしまわれており、引き出しは階段状に引き出されていて棚の上の資料を取れるようになっていた。
隅には円柱状のガラスの中に何かの金属片が保管されていた。
「これは…」
二人が口を合わせて言うと永田は無視して次々に
「その金属片は触るなよ多分放射性物質だからな」
「机の上のやつもだ。崩れたら面倒臭いからな」
ポカンとした様子の安斎を放っておき梅津は金属片を指差し「アレはナノマテリアル……ですか?」
「察しがいいなそうだ。霧の大戦艦『ヒュウガ』のやつを少しくすめてきたんだ」
梅津が聞くと永田は振り向いてさらりと答えた。
「ここの資料ヤバい物ばかりじゃないスか?」
「ああ、私が辞める時に頂いたものさ」
安斎が書類や資料を次々に手に取り、「『401』の資料と……これは『ヒュウガ』、これは……へぇ『振動弾頭』か」
「それらは新しいデータでね、振動弾頭は上陰さんから聞くだろう」
2人のやりとりをよそに梅津は資料より部屋の奥のドアが気になっていた。
それにこの部屋に居るのは3人では無いと思うのだ。
「それで、永田さん知り合いは誰ですか?」
「ああ、そうだったな。紹介するよ」
永田そう言うと梅津の察した通り部屋の奥のドアを開けた。
耳障りな木の音を立てたドアの先もやはり本や書類で埋め尽くされていていたが、梅津は人の気配を感じ取った。
「ゴチャゴチャしていて済まないが入ってくれ」
永田は2人を部屋に入れた。
その部屋は少し薄暗く横に長かった。さらに奥に1人、モニターに囲まれて座っている人物がいた
「あの人が……そうですか?」
「ああ、そうだ――」と永田が言い終わらないうちに安斎が突然
「あッ!」と声を上げた。
「もしかしてあんた……教室にいた地味なヤツか!?」
安斎の声に気付いたのか、その人物が椅子を回転させて振り向いた。
その人物は岡や安斎と同じ位の年齢の、そして宴会の小物にも出て来そうな瓶底眼鏡を掛けた少女が座っていた。
その少女も安斎を見るや否や「あッ!」と声を上げた。
「おいおいおい、何であんたがまたこんな所に……」
「は?」状況をよく飲み込めていない梅津に安斎はニヤッとして喋り出した。
「今日の朝の話だ――」
話は簡単だった。今朝学院の安斎のクラスにその瓶底眼鏡を掛けた少女が転校して来たというのだ。
やはり外見からして安斎とは一悶着あったようだ。
「コイツはなぁ、
梅津にしか聞こえないような声で言ったつもりだったようだが、彼女には勿論聞こえていた。
「ちょっと聞こえているんですけど」
「外見で判断しないでくれる?」
「ひゃーこりゃおっかないねぇ」
まるでそれは咲嘩部とのやり取りだった。
永田が口を開き
「紹介しよう。彼女の名前は永田雪だ」
「は? ナガタ?」
梅津が「え?」という眼を永田に向けた。
「まあ、私の娘だ。厳密には違うがね」
「知り合いって、あなたの娘の事ですか!」
珍しく梅津が少し大きめの声を上げた。
「ま、養子だ。本名は刑部雪だ」
(刑部……まさか)
「そうだ、君の心の中の通りだ。あの博士とは親戚という関係だがな」
「博士が姿を消した後私が引き取った。ま、上陰さんに頼まれてね」
「それで私達のチームに入れる理由は――」安斎が遮り
「まあ、いいんじゃない?あいつも女子1人じゃ嫌だろうしね」
梅津がムッとした顔になるが、安斎が今度は彼女に聞こえない声で
「まあまあいいじゃん、それよりさ絶対アイツ眼鏡外したら超カワイイってパターンだしさ」
梅津は呆れ果てた。
「という訳でこれからよろしく」彼女は手を差し伸べてそう言った。
梅津は女子とまともに喋った事もないので多少戸惑いつつも彼女の手を握り「ああ、共に頑張ろう」と言った。
「へっ、女のコの前では……」安斎がポツリと呟いた。
その夜、寮のPCで上陰と通信をしていた。
ここ数日は何故か電波の調子が良い。
「今まで苦労して来た甲斐がありましたよ」
「
安斎の言葉に上陰は苦笑を浮かべ「それはそうと、会って来たのかね?」
梅津、「ええ、会って来ましたよ。まさか刑部博士の親戚とは驚きました」
「だから君達に頼んだ」
「私は明日には横須賀に到着する、楽しみにしておいてくれ」
「ま、楽しみにしていますよ」
梅津は深夜まである事を調べていた。
勿論、永田雪の事である。
データに侵入したが、やはり永田雪は刑部博士の親戚という事は確かだったが、梅津には何かがひっかっかったままだった。
そもそも刑部博士に親戚がいたかどうかも怪しい。
(そのうちまた分かる時が来るだろう)と言い訳してベッドに入った。
その日、千早群像率いる
しかし先日打ち上げたSSTOはハワイ上空で撃墜された。そのSSTOには人類側の切り札、振動弾頭のデータがあった。
ウィルキア帝国が差し向けた超兵器は刻一刻と日本に迫っている。
予想到達地点にはSSM(88式対艦誘導弾)を装填したミサイル車の配備の準備が進んでいる。
翌朝、朝早くから召集された。
安斎は眠気目をこすりながら呑気に軍務省の会議室にやって来た。
しかしその眠気も一瞬で吹き飛んだ。
(やば……)
その会議室の中にいたのは上陰だった。
「全員揃ったようだな」
軍務省の前に停めてあったマイクロバスに乗り込むとすぐにアイマスクを掛けろと言われた。
「機密保持の為だ。宜しく頼むよ」
(機密なんてダダ漏れなのにな)梅津が不機嫌に思った。
その上カーテンは遮蔽されて回り道もされている。どこを走っているかも分からない。
やがて梅津達を乗せたバスは例の格納庫前に到着した。
拿捕された霧の潜水艦、イ401があった場所である。
「401はありませんけど」安斎が不機嫌に言った。
「もっと奥だ」
最初は暗くてよくわからなかったが船である事は確かだった。
そこにあったのは401のような美しく、蒼い潜水艦があった訳でもなく――
――1隻のイージス艦であった――