「正十字騎士團」
「海外で最も勢力のある退魔組織だな。ウチと違って、だいぶん公的な存在だが」
そういって、正守は深い深い溜息を吐いた。元は年嵩に見られる顔立ちをしていたが、その分完成されている為か、20代半ばに差し掛かった今でもその面差しに変化が見られない。良守の方はだいぶん大人びたから、その対比が面白いと、利守は内心で思う。烏森学園中等部の制服を着込んだままの彼は、手許に渡された資料を捲る。
利守が小学生であった時分に起きた裏会に纏わる騒動が収まって数年が経つ。利守は小学校を卒業後、兄達と同様烏森学園に入った。そしてそろそろ進路に関して本格的に決めねばならない頃である。烏森学園は所謂エスカレーター式だ。なので世間の中高生より、そういった話題とは縁遠い筈だった。久方ぶりに実家に帰ってきた長兄は、末弟にその縁を持ってきた。眉間を深く刻んだ彼が、申し訳なさそうに利守を見下ろす。
「……もう14、5年前になるか。青い夜という事件を知っているか。丁度、お前が生まれた頃の事件なんだが」
「あぁ、確か世界中の聖職者が悪魔に焼き殺されたっていう」
相槌を打つ、利守はそれでもその事件をきちんと理解している訳ではない。何せ祖父からふとした機会に聞かされた程度の事だ。現在でこそ跡継ぎ問題に関しては宙に浮いているが、利守は正統継承者ではない。ゆえに間流の結界師としてまともに修行もつけて貰っていないし、守るべき土地がなくなった今、その必要もないとされていた。だから、異能者に関わる事件については小耳に挟んだ程度にしか知らなかった。関わる筈もなかったから。正守は続ける。
「幸い、裏会の関係者はあまり被害に遭わなかった。だからそれのせいで一時弱体化した他の団体に較べればマシな方だったんだが……あの裏会の事件で、ウチも大分混乱した。それで、普段管理している土地も手入れが行き届かなくなってな……」
「で」
「そこで、騎士團にだいぶ突け入れられたんだ。『本当に裏会担当の土地を管理しきれるのか。人に犠牲が出ないのか。というか自分達の事もままならない組織に悪魔から土地を守れるのか』と。お前も知っての通り、何とか体勢は立て直したしたが」
利守に促されて、言葉を続けた正守の言葉は奇妙に歯切れが悪い。だから、利守は怪訝に首を傾げる。
幼い頃は純粋に懐いていた。しかし、成長する毎に、この長兄の性格がよろしくない事に気付いた。成る程、跡継ぎに関して揉める必要のなくなった今でも良守と反りが合わぬ訳だと、利守は納得したものだ。それこそ口もうまいから、結論をいわずに相手を焦れさせるなどの話術もこなせる。だが、今回はそれとは違う事とも利守は気付いた。どちらかというと、いいたくないという心情が垣間見えて仕方ない。利守が気付いた事に正守も気付いたらしく、気遣わしげな、且つ気まずそうな視線が送られる。正守はいう。
「ただ、やはり削られた人員というのはどうしようもなくてな。先日、『一時的に、騎士團との業務提携はやむなし』と決定が下った。それで、その旨を騎士團に打診したところ、快諾して貰えた」
その言葉を受け、利守は得心した。得心せざるを得なかった。今度は彼が溜息を吐く番だ。眉を顰める。
「……で、交換条件でも突き付けられたと」
「察しが良くて助かる」
「察さざるを得ないよね、そんな顔されたら。しかも僕に関わる重大事、という訳だ。何、人質でも寄越せっていわれた?」
「交換留学生だ」
いい方は違うがつまりそういう事らしい。正守は酷く深刻な顔をして告げた。利守の目を見ない。
「無論、お互いの不得手の部分な技術を提携し合う、という形だが……向こうには確立した退魔の技術が教授されるのに対し、こちらは各の異能に関わってくる。元々あぶれた者で構成される団体とはいえ、決まった人員養成方法がないというのは悩みの種でな……そこで向こうの支部長に、飽くまで厚意という形で、『我が騎士團の祓魔師の技術をお教えしますから、誰かひとり、若い方を寄越して頂けませんか』といわれてな。こちらとしては願ってもない事だ。ただ、それを学べる人材が、今うちにはいない」
「その人材育成って、どうやるの」
「表向きは騎士團の管理する高校に通いながら、そこにある塾に通うんだ。3年間みっちりな。ただ、いつ騎士團と関係が悪化するかわからないから出来れば今すぐにでも人材を派遣したい。けど、丁度、高校を受験する年の子供が……今のところ、関係者内だとお前くらいしかいなくて」
(それは嘘だな)
ちらりと目を配ってくる正守に、利守の頭は冷めたものだ。
裏会の夜行には、異能ゆえに捨てられたり親を妖に食われるなどして育てられている子供が何人もいる。教育もそれなりにしっかりしており、高校に進学するくらいは誰でも訳がない筈だ。しかし、そんなところに子供を派遣するのは恐らく組織内の反対でも受けたのだろう。加え、裏会に属している異能者の家系は、数年前の事件の影響で裏会に自分達の誰かを派遣する事を恐れる傾向にある。そして幹部の中で、近いうちに高校受験をする子供は、幹部のひとりの弟の利守しかいなかったのだろう。下手に下っ端の子供を派遣しては、「切り捨て」として受け止められても心証が悪いだろうし――そこまで兄の心理を洞察して、嘆息した。
ここで自分が承諾しなくても、正守はそれを止めないだろう。ただ、実のところ良守同様人の好い正守がストレスをまた溜めながら人材捜しをするのも利守には目覚めが悪い。何だかんだで、赤ん坊の頃から面倒を見て貰う事が多かったのだ。それに、正直な話、利守は正守とは最近こそ同族嫌悪を覚えるが、その分彼との方がシンパシーを覚える。だから、これ以上彼の胃を荒廃させない為にも、自分からいう事にした。
「それで、どういう学校かは知らないけど、学費はそっちで持ってくれるの」
***
その時、志摩は勝呂や子猫丸と別れて自身に宛がわれたクラスに向かうところだった。
「1年●組ってどこかわかります?」
呼ばれ、振り向いた時、志摩はさして陽気な顔はしなかった。あからさまに同性の声だったからだ。振り返った彼は、自身が高校1年男子の平均を超えている為に見下ろす事となる黒髪の少年にへらりと笑う。こちらは条件反射である。これから少なくとも1年間は同じ教室で過ごす相手へ敵意をない事を示す為の。
「俺も●組やで。一緒に行こか」
「どうも」
軽く会釈をする、少年の顔に言葉通りの愛想は欠片もない。鞄を片手に並んだ彼は、「関西の方の出身か」と尋ねてくる。志摩はそれを否定する理由もない。
「京都やで。自分は?」
「●●県の烏森」
「へぇ」
いわれ、少しばかり目を瞠るのは、その地名が自分達の業界では有名だからだ。恐らくは偶然だろうけれども。
烏森は悪魔――管理者の家系及びその所属する団体では「妖怪」と呼ばれる――に無制限に力を与え続ける事で知られていた霊地だ。過去形なのは、数年前に当時の土地の番人がそこを封印してしまった為、現在は多少そういった虚無界の存在を引き寄せる事はあっても、以前に比べればずっとまともな状態だという。400年もパワーが続いていた土地をどうやって封じたのかは、1年程前から業務提携をするようになった騎士團側は情報を引き出せていない。現在、その番人だったという少年は一般人になっているそうだから。志摩はそれを聞いた時、酷く羨ましく感じたものだった。
(えぇな。封印してまえば終わりっちゅーんなら、俺もやる気出せんねんけどな。まぁ死にとうはないしめんどいけど)
「何か」
「ちょっとな。確か作家の墨村修史がそこに住んどるーって話を聞いた事があってなぁ。ウチのおとんがよぉ読みはってて」
怪訝そうな少年に適当に思い出した事で誤魔化す。その名前は数年前に大ヒットを飛ばした作家としても知られていたが、烏森の番人の家系のひとつに自ら婿に入った変わり者の一般人としてもこの業界では知られていた事を覚えていた。ついでに父がファンでもある。
しかし、思わぬ反応が返ってくる。相変わらず愛想のない少年は、「あぁ」と頷いた。
「それじゃお父さんにお礼をいっておいて」
「え」
「ウチの父を応援してくれてるんだろ」
志摩は口を開いた。事実は墨村修史の書く小説よりも奇なりである。
それが「留学生」の墨村利守――謂わば志摩と同じ「跡継ぎに縁のない末息子」と彼の出会いであった。
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