正十字騎士團と裏会が業務提携する事になりました   作:駒由李

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志摩が裏切ったあとの、利守について。成長利守がどんどこ悪党になっていく……あぁ……
▼とりあえずここでの利守にひと言? お願いしてみました。利守は頭が良い上に色々耐えてしまう良い子だから、最初は「僕だって我慢してたのに、志摩だけ狡い」となり、けど「僕と志摩はそれとこれとは関係ない」と気づき、そしてしまいには…… 思ったより利守が志摩の事が大好きだったみたいです。
▼タイトル通り、利守は良守の弟ですが、正守の弟でもあるという事を意識してみました。まぁ、つまり、お察し下さい(ex,正守からの細波への扱い)


彼は、墨村正守の末弟である

 飛行機のトイレ。用を足そうと歩み寄った時、その声は低く耳を打った。

「いっそ、こうなってよかったと思ってるよ。志摩自身の事を想うとね」

 出された名に、足が縫い止められる。声の主と、その会話相手からの死角。雪男は、思わず息を飲んだ。落ち着いたその声音による返答は、今回の「任務」にも同行した利守のものだった。利守の後を追うようにトイレに向かい、中々戻らなかった兄が、思いもしなかっただろうその返答に途惑った様子を見せる。

「何で、そんな事をいうんだよ。お前、志摩とはクラスも一緒だろ。勝呂達以外だと、あいつと1番仲良かったじゃねーか。ニコイチで『しまむら』なんて呼ばれてるぐらい」

「良かったからこそかな。あと、そのあだ名はやめて。僕は不本意だから。奥村も『~むら』なのに」

 利守の声は、冗談めかした事をいいながらも、やはり乾いていた。それに、雪男もまた困惑する。

 彼がこの任務に同行する際、一悶着があった。今回の騒動には、騎士団と別の組織の対立がある。飽くまで事業提携という形で騎士団に与している裏会としては、なるべく関わりたくない、巻き込まれたくないのが本音だ。学園町に派遣されていた裏会の支援要員は、事件の発生時、利守を回収・撤退を図った。

 それを拒否したのは、他の誰でもない。利守自身だ。薄い薄い、ガラス板のように研ぎ澄ました結界。それを自らの首に突きつけ、穏やかに脅迫するのを、雪男は見た。

『大丈夫。正兄……あなた方の上司には、ありのままを伝えればいいんですよ。自分の命を盾に取られたって。貴男の末っ子は、祓魔塾生としての責任を果たすだけだともね。それに、あなた方は飽くまで“裏会からの支援要員”なんですよ。襲撃された学園町を守る事より、身内を保護する事を優先しただなんて、騎士団側に知られたら“こと”でしょう』

『――しかし、利守君』

『これで裏会があなた方に処分を下したら、明らかに公私混同です。自分の弟を守れだなんて、そんなの表だった任務ではないでしょう。僕からも兄に言い含めておきますから。さぁ、もう行って下さい。一刻を争う事態なんですから』

 いいながらスマートフォンを取り出す、利守からの暗然とした飴と鞭。一方的な取引。今後の身の安全は保障してやるから、僕の行動を見逃せ――彼はそういっていた。言葉を失う、金髪の青年。いつもベンチで新聞を広げていた中年の男性は、バケツいっぱいの苦虫を噛み潰した顔で言い捨てた。

『……今のあんた、本当に頭領にそっくりだ』

『ご冗談を』

 利守は肩を竦めた。

『正兄はこんなに悪党ではありませんよ。――そういう訳だから、閃さん。蒼ちゃん。御免ね。時姉ちゃんにも謝っておいて。多分、時姉ちゃんは今頃学園町中を駈けずり回ってるだろうから』

 そういって、利守は金髪の青年と、そしてあらぬ方を見て名を呼ぶ。幼顔には、苦笑が浮かんでいた。

『ちゃんと帰ってくるよ、って』

『……そうしてくれよ。お前の兄貴達に合わす顔がねぇ』

 苦渋を滲ませる、金髪の青年。彼は純粋に心配しているのだ。燐は、表情からそれを悟った。屹度、そこからは見えぬ場所にいる「そうちゃん」とやらも同じ顔をしている。大切にされているのが、よく伝わった。

 ――そうまでして、この任務に随行した。それは屹度、出雲への心配。そして何より、志摩への友情を取っての事だと思っていた。少なくとも、志摩を連れ戻す気はあったのだろう。雪男はそう思っていた。

 その矢先の、乾いた言葉。ここからは見えないが、燐もまた同じ表情を浮かべているだろう。驚愕と困惑が混ざった顔をしていると、利守は薄く苦笑いを浮かべる。腕を組む、ボーダーのシャツにジャケットを羽織った彼は一見、ごく普通の少年だった。口にする言葉は、冷たさのあまり、水分が氷結して乾ききっていたが。

「詳しい事はわからないけどさ。志摩は、そうしたかったから選んだんだろ」

「そうって……俺達を裏切るって事をか」

「そう。他ならない志摩自身が選んだ事だよ。なら、僕は何もいう事はない」

 淡々と、言葉を綴る。まるで、自らに言い聞かせているようだ――雪男の脳裏にちらついた思考に、更に言葉は降る。

「誰にだって選ぶ権利はある。偶々、志摩の前に『裏切る』という選択肢が提示された。志摩はそれを採っただけだよ。僕にそれを責めるつもりは欠片もない。仲が良かったからこそ、志摩の意志を尊重してやりたい。志摩がこっちに戻りたくないんなら、いっそこのまま放って置いてやった方がいいとも思ってるよ」

「墨村」

「選んだ以上は、こちらも選ばせて貰うけどね」

 刹那、背中に氷が滑る。

 声音に、変化はない。それでもその言葉に、底冷えするものがあった。機内の静けさ、兄が息を飲む音が聞こえた気がした。腕を組んだ、利守の目は黒洞々としていた。円らな目だった。常ならばそれなりに表情の変化が見られる顔に、今は何の色も浮かんでいなかった。真っ黒な、墨色。沙汰を告げる閻魔の方が、まだ暖かみがあるのではないかとすら思わせた。利守は続ける。

「既に、神木さんを攫った。その上、志摩自身という多大な戦力を向こうに与えた。志摩が与した陣営の為に、騎士団に甚大な被害が及んでいる。騎士団と組んでいる裏会の人間としては、看過し得ない事態だ。だから、僕はついてきたんだよ」

「……お前」

「正直ね。妬ましいとか羨ましいとか、そういう気持ちもあるんだ。僕と同じ立場の癖に、あいつだけ逃げやがった、とか。でも、それって僕のエゴでしかないから」

 不意に、声音に温度が戻る。それに、志摩への未練を覚えた。雪男は思い出す。いつか、メフィストが雪男へ、利守についていった事を。

『志摩君とは仲良くなると思いますよ。彼らは同じ、“異能の家系の、跡継ぎに縁のない末息子”ですから。それにどちらも、守らなければならないものがある。志摩君は勝呂君と三輪君、墨村君は“裏会からの交換留学生”という立場を』

 ――少なくとも、利守はそれでシンパシーを抱いていたのは確かのようだ。それに、いじましさすら覚える。

『ほな、さいなら』

 志摩らしい、あまりにも志摩らしい別れの言葉。その「らしさ」も、どこまでが真実だったのか。今ではもう、わからない。

 ただ、この半年。志摩と最も長く同じ時間を過ごしていた利守が見てきた真実もあったのだろう。腕を組んだまま、穏やかに微苦笑を見せる。利守は、声音に体温を戻したまま、いった。

「だから、僕は飽くまで『騎士団に与する裏会の人間』として志摩と対峙するよ。志摩があちらにいる事を選んだのなら、僕はこちらであいつを迎え撃つ。手向かってきたんだから、返り討ちにする。それだけだよ」

 穏やかな、そして、非情な答えだった。昨日の友は、今日の敵。必要とあらば、志摩の命を奪う事も辞さない。悲愴というには、何か大切なものが欠けていた。雪男は、そこで思い知らされる。墨村利守は、こういう人間なのだと。

 燐は、既に言葉もなかった。そんな仲間に、利守は頭を振る。黒髪が揺れた。

「……赤ん坊の頃から寝食を共にしていた分、勝呂達の方が余程根が深いだろうけど。いっそね、他の誰かに討たれる可能性があるなら、僕が手に掛けてやりたいとすら思っているよ」

「……『志摩を殺して俺も死ぬ』って、お前もいうのか」

「そこまで深刻ではないけど。勝呂達以外の、そうだね。僕達の知らない誰かに殺されたら、僕はそいつを恨んでしまうよ。志摩とは、『友達』だから」

 それはある意味、もっと深刻ではないか。雪男が利守の抱く感情の複雑さに思いを馳せかけたところで、「まぁ、安心してよ」と利守は笑う。あれから、はじめて見る、まともな笑顔だった。

「もし、『最後』に志摩の行き場がなかったら、あいつの事は裏会で引き取るから」

「へ」

「元々、裏会は『家督を継げなかった異能者の互助団体』だもの。志摩には入隊資格があるよ。まぁ、その場合は兄か、僕が裏会に入ったら僕の部下という事になるだろうけどね。志摩は実戦向きだから実行部隊の夜行に入って貰う事になるだろうな。スパイとしての素養を考えると諜報班行きかも知れないけど。引く手あまただよ。奥村達とも会えるように取りはからうからさ。

 ま、これも志摩が選ぶ事だけどね」

 いっそ朗らかな程の笑み。その笑顔にうそ寒さを覚えた。「それじゃ若先生もトイレに入りたいみたいだし、戻ろうか」と利守がいった事で燐が壁越しの弟に気付いた事で、雪男はその正体に直ぐには気付けなかった。

 

「帰ってこない方がいいだろうな、志摩の坊主は」

 駆けていく、利守の後ろ姿。苦虫を噛み潰しながら見送る、細波が呟いた言葉を影宮と氷浦が聞き咎める。真意を問えば、細波は目を泳がせた。まるで痛い腹を探られているようだ。そんな影宮の気持ちには気付かず、細波は気まずそうに答える。

「志摩の坊主を騎士団に連れ戻せたら重畳。ただ、もし命があって、且つ行き場がなくなれば……利守君は志摩を裏会で引き取ろうとするだろうな」

「……確かに、志摩廉造は諸刃の剣でしょうが、裏会に引き入れられたら百人力でしょう。何でそんな事を」

「志摩自身の精神衛生の為にいってるんだ」

 細波は身震いした。裏会の騒動から6年。すっかり老け込んだ彼は、恐ろしいものに触れるように答える。

「利守君は、頭領の弟だぞ」

「……それがどうしたんです」

 何も知らぬ影宮と氷浦は、首を傾げる。それに、細波は何も答えなかった。

 

 

(選ばせられた。敵か、味方か。実質、命を天秤に掛けられた問いかけだった)

 

 

End.

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