正十字騎士團と裏会が業務提携する事になりました   作:駒由李

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※公式? 程度の良時描写、似非京都弁というか関西弁
▼冒頭の記事の話は某A日新聞の記事で私が昔見掛けたものです ところで正夜未も公式でいいんですかね お題は「わるものマニア」(http://www.w-mania.com/)より。



血縁

 家族を持つ事程、悲しいものはない。小学生の時、通っていた市立図書館所蔵の新聞に、そんな文章があった。それは兄妹を扱った洋画の評論記事の一文だったのだが、その言葉が、妙に印象に残っている。丁度、その頃。利守の母は、永遠に「この世界」からいなくなった事を、次兄の口から知ったせいだろう。あの日、彼は、玄関に泣き崩れた。その慟哭が、まだ、利守の耳に届く。もう、6年になるというのに。

 

 しえみの大きな目が、更に見開かれる。彼女の白い手が、それらを示した。片や、饅頭の山。片や、小さなウェディングケーキと見紛うケーキ(カット済)。そして、その傍らで、額を抑えているのは、これらを持ち込んできた墨村利守だ。彼から発せられる澱んだ空気を全く意に介さず、彼女はきらきらと輝く目で利守に尋ねる。

「ね、ねぇ、墨村君。これ、本当にみんなで食べていいの」

「是非、みんなで食べ切っちゃって欲しい、というのが僕の本音かな……そういう訳で、若先生が来る前にみんな、食べちゃって」

「わーい!」

 歓声が上がる。特に食い付きがよかったのは、しえみと燐。特に後者は、食料的な意味で確保に来たのだろう。どこから出したのか、タッパーが片手にある。続いた出雲も、照れながら、しかし確実に饅頭とケーキを確保していく。気が付けば既に宝は饅頭を頬張っていた。その情景を、勝呂と子猫丸はやや呆然としながら眺めていた。いい汗を掻いた、といわんばかりに額を拭う真似をしてみせるのは、この和菓子と洋菓子の運搬の手伝いをしていた志摩だ。彼らに、勝呂が問う。

「おい、志摩。墨村。あれ、なんや」

「御覧の通り、饅頭とケーキだよ。因みに饅頭は漉し餡でケーキは実は中にフルーツふんだんに入ってるけど、甘いもの嫌いだっけ勝呂君」

「仲間の為やと思うて、坊も気張ってくださいよ。俺も食べますし」

「墨村君、志摩さん、坊が仰有りたいのはそういう事やないと思いますえ」

 ややピントのずれた返答に、子猫丸が生真面目に頭を振る。利守が黒い頭を振ると、センター分けの髪がやや崩れた。饅頭を片手に、彼は溜息を吐く。派手さこそないが、整った鼻梁。その面には憂いが滲んでいた。

「わかってるよ、三輪君。……僕が裏会からの交換留学生っていうのは、みんな、知ってるだろ」

「おん」

 いわれ、勝呂達は頷く。その横で、志摩が既にケーキを食べはじめていた。

 志摩の同級生となった、この一見、ごく普通の少年。しかし、彼は嘗て、悪魔に無差別に力を与える、霊地で知られた烏森の番人の家系・墨村家の息子だ。それだけでもこの業界では大した肩書きなのだが、日本に根付いていた祓魔組織「裏会」で、内部人員を一掃する程の事件が発生した。それに乗じ、海外勢力である正十字騎士團が付け入った。その攻防の末、「騎士團と裏会の業務提携の一環」として、裏会幹部のひとりである、墨村正守の末弟が、祓魔塾で祓魔師としての知識を会得する事になったのだ。実家が似た状況で騎士團に所属する事になったので、勝呂達としては親近感を覚えるし、それでも吸収合併をされなかった裏会には、その交渉技術の教えを請いたいところだ。しかし、そんな不純な動機で、誰かに近付きたくない――勝呂がそんな葛藤をいまだ覚え、利守と交流を持つのを躊躇っていた矢先にこれである。生来のものか、はたまた大人の事情に揉まれた為か、あるいはその両方か。常は年に見合わぬ落ち着きぶりの利守は、今はうんざりとした様子で饅頭を見下ろす。

「それで、経緯が経緯だったから、その幹部やってる兄が僕を心配してるみたいでさ」

「そらそうやろな」

「……で、饅頭ですか」

「塾のみんなで分けなさいって。……兄の勤め先だと、子供が多いからこれぐらいじゃないと間に合わないけど、数を間違えてるよね……」

「気ィ使う方向も間違えとるがな。こういう時は寧ろ、塾の講師連中とかやろ。あとは学校とか、理事長とか」

 墨色の目を遠くにやる利守にツッコミながらも、勝呂は子猫丸に続いて饅頭を手に取る。幼い、貧乏な頃は夢に見た山積みの菓子。しかし、今は胸焼けのするような光景だ。2人の女子生徒は嬉しそうだし、燐は黙々とタッパーに詰めていっている様が少々鬼気迫っていて怖い。そんな様子を眺めていると、利守は首を振った。全てを諦めた表情だった。

「勝呂君。どっちにも同じだけの量が配達されてるっていったら、どうする。饅頭」

「お兄さん、大丈夫か。色んな意味で」

「多分、上司に仕事をまた押っつけられて大変な事になってるのかも。頭が。竜姫さん、仕事は部下に丸投げ派だからなぁ」

 最後の言葉は半ばひとり言だ。「タツキ」という硬い語感から、利守の上の兄の上司が男性だと勝呂は順調に誤解しつつ、志摩に渡されたケーキの紙皿を受け取る。そして勝呂は、当然の疑問を再び彼に投げ掛けた。

「ほんで、墨村。このケーキも、自分の上の兄ちゃんからか。えっらいでかいケーキやけど、どっから買うてきたん」

「ううん。こっちは下の兄」

 利守は、先程よりもずっと疲れたような笑みを見せた。

「ついでにいうと、これは手作りで、彼女にプレゼントする予定だったんだって。『大きすぎ!』って怒られたから、仕方なく僕にって」

「酷いのか凄いのかよぉわからん兄やな」

 良兄、これは誰だって拒否るよ……小さくぼやいて肩を落とす傍らではしゃぐしえみ達がとても対照的だった。後に、勝呂達はそう述懐する。その横で、志摩はいつも通りに笑いながら、ケーキを食べていた。

 

 

 

 口元についた生クリームを、舌で舐め取る。そして、志摩は隣の同級生を見下ろした。

「しかしえらく旨いね。お兄さん、良守さんやったっけ。パティシエでも目指してはんの」

「昔はそれも考えてたらしいけどね」

 答える利守も、似たように顔にクリームをつけていた。それは今の教室内、誰も彼もが似たようなものだ。まだ塾がはじまるには早い時間、利守から塾生に一斉に送られたメールで招集された面子。甘ったるい香りが広がるそこの片隅で、並ぶ2人は密やかに会話をする。利守は、プラスチックのフォークでもそもそとケーキを頬張る。昔も今もその味の美味しさに変わりはないどころか向上していると、彼は甘味に関してはすっかり鍛えられた味覚でそれを感じる。利守はいう。

「中学卒業際から建築士を目指しはじめたよ。今は大学の建築学部に通ってる」

「……冗談でいうたんやけど、さっきの。それ、本気なん」

「何が」

 利守が見上げると、志摩は酷く怪訝そうに彼を見下ろしていた。垂れた目には、心底からの疑問と困惑が混ざった色を湛えていた。

「やって、良守さんって、確か正統継承者……おうちの跡継ぎやて。つーか、天才やって聞いたで。それなのに、堅気になるん。いくら土地を封印したかて」

 「烏森が封印された」――それは、志摩達が小学生の頃、大人達が話していたのを小耳に挟んだ事実。虚無界との境目が曖昧になる程、悪魔に力を与え続ける霊地。そこを封印したのは、彼の地の番人で、正統継承者だと聞いていた。

『今度の墨村の継承者は、相当な天才だろう。400年に渡った番人の役目を終えさせたのだから』

 出張所の人間の話から、皆がそう認識している事を、志摩は知ったものだ。

 しかし、そんな天才が、一般人になるという。青い夜で祓魔師が激減した事件を知っている以上、志摩には俄には信じがたかった。そして、騎士團や明陀宗と、裏会との事情の違いを強く感じる。

(何で、自分みたいなのが祓魔師にならなければならないのに。400年も人を悩ませてきた霊地を封印出来るような「天才」が、一般人になれるんだ)

 その志摩の心情を察してか、利守は苦笑する。その笑い方は、一見優しげだった。しかし、志摩は、それが実のところ、とても乾き、冷めている事に気付いてしまう。それはニヒルと呼ぶには、あまりにも――

「天才だから、かな。もう、良兄に、この業界に関わらせるのは、気の毒だ。良兄は、烏森を封印してくれた。これ以上、誰もあの地で傷付かない。それで僕にとっては充分だよ」

 利守は呟いた。暗い、墨色の目で。

「少なくとも、僕は結界師である事を、良兄に強要出来ないよ。家族だから」

 その言葉に、底意を感じる。志摩は少なくとも、「家族だから」という彼の言葉に、好感は覚えなかった。そこにあるのは、自身も持っているものと同じ感情のように思えたからだ。

 疎ましく思えど、自身を縛る「血」を拒みきれぬ自身と共に。

 

 

(持っていてもかなしい、失ってもかなしい。いっそ、最初からそんなものを持たなければ。しかし、それは酷く寂しい事なのだと、わかってしまう)

 

「ねぇ、時姉。何でかな。みんなが僕を気遣って、可愛がってくれるのは、まるでお母さんの分を補おうとしててるみたいに感じるんだよ」

 

End.

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