▼何となくですけど、宝君も将棋が出来そう あと柔造のモノローグの辺りにある寒さ云々の話はまたしても新聞からです。守美子さんにしっくりくる感じがする ところでタイトル、最初は「目隠しアンサンブル・プレイ」にしようかと思いましたが、何となく誤解を招きそうだったのでやめときました(アンサンブルプレイは群像劇と同意ですが……) 更に今更ですが、八百造さんの事、好き放題しててすいません_(:3ゝ∠)_
夏休みの明けた学校。教室の片隅。とある朝。そこに座した志摩の携帯電話を、バイブが震わす。ほとんど条件反射だ。その時、彼が級友の誰とも話していなかった事もあり、志摩は、直ぐにポケットからそれを取り出した。そして、今、この時間に見るには意外な名に、垂れた目を瞠る。だから、彼は顔をそちらにやった。同様に、頬杖を突きながら携帯電話をいじっている、黒髪の少年の後ろ姿。同級生の墨村利守からのメールだ。
(いつもなら用があったら直接、話しかけてくるのに)
志摩は首を傾げつつも、メールアドレス変更の一斉送信かも知れない。その可能性を考慮して、ひとまずメールを開く事にする。そこで、予想は覆された。メールは、志摩ひとりへと送られたものだった。更に、内容は、たったひと言だ。志摩が席を立ち上がったのは、本人にこの内容を尋ねる為だ。擦れ違った級友(主に女子生徒)に愛想良く笑いながら、志摩は、電話を片手に利守へと声を掛ける。
「ちょぉ、墨村君」
「何」
振り返った、利守の顔はいつものように涼やかだった。どちらかというと幼顔の部類に入るそれは、中身が夏休み前の定期テストの際、「奥村達に勉強を教えて僕に何のメリットがあるの」と言い放った男と同一人物のものとは到底、思えない。いっそ清々しい程のドライなこの同級生は、メールも同様に淡泊な事が多い。しかし、これは淡泊が過ぎて訳がわからない。志摩は、応えた彼の前に立つと、電話の画面を見せる。桜色に近い茶髪の頭を傾げて、志摩は苦笑した。
「これ、訳わからんのやけど」
「……御免、間違えたみたいだ」
画面を凝視して、少し。利守は手許の携帯電話を改める。そこの送信履歴から何かを探ったらしい利守は、日頃のドライな言動などまるで感じさせない笑みを見せた。
「アドレス帳から新規作成したから、ひとつ間違えたみたいだ。御免、それ、削除して」
「俺と間違えるって、……柔兄とか?」
いいながら、志摩は自身の予想がまるで信憑性がないように思えた。確かに、夏休み。京都での事件で、彼の次兄と利守は多少の接触は持っていた。しかし、それは他の塾生と大して変わらない程度だ。メールアドレスを交換していた様子も覚えていない。精々、有り得るとすればバンドのチケットの関係で、金造だろうか。だが、クール且つドライ利守と、ひたすらホットの金造が交流を持っている様など想像もつかない。そして、利守の口から出たのは、更に予想斜め上の人物の名だ。
「ううん。八百造さん」
「あぁお父。……お父!?」
「うん、君のお父さん」
日本の夏の暑さなどまるで感じさせない涼やかな顔で、利守は頷いた。相対する志摩の携帯電話の画面。画面には、「4六歩」とある。
熱帯夜だった。清雅な印象の強い京都でも、暑いものは暑い。その時の祓魔は、まだ成長途上にあった柔造にとって、暑苦しい装束を纏ったままの事だったので尚、辛かった。当時は騎士團に所属する直前。財政も人材も貧窮しきっており、色々と物資も不足していた事にも起因していた。その為に、余所から応援を頼む事もあった。その中で、最も印象的な人物のひとりが、彼女だった。同じ墨染めの黒い装束。真っ黒く、ざらりとした真っ直ぐな長い髪。にも関わらず、全く暑苦しさを感じさせなかった。それどころか、いっそ冷たささえ覚える程に、涼やかだった。涼やかに、暴れだす寸前だった上級の悪魔をひとりで仕留めた時は、驚きを通り越して唖然とした。まだ、当時は未熟。転んでしまった柔造を、悪魔を仕留めた彼女は、涼やかに気遣った。
『大丈夫? 怪我はない?』
涼しさは一瞬の感覚。それが長く続くと、寒さに繋がる。幼い頃、新聞を読む兄の膝に乗った時に目に入った記事。それを思い起こさせる、不可解な程の力を持つ女性だった。
この夏、不浄王の事件で応援に来た塾生に、彼女の息子がいた。3番目の息子で、現在、裏会からの交換留学生として祓魔塾に通うという彼は、外見は髪しか似ていなかったが、どうやら性格は母親似らしかった。何事が起きてもごくごく落ち着いて振る舞う姿が、あの日、彼女に対して抱いた印象と重なった。
さて、なぜそんな事を今、柔造が思い出したかと問われれば、自らの実父。墨村守美子の夫で墨村利守の父が書く小説のファンもしている八百造が、ひとり縁側で将棋盤に向かっている姿を目撃したからだ。風呂上がり、手拭いを首に引っ提げる柔造。廊下を歩いていると、風通しを良くする為に開け放たれていた襖。そこから窺えた八百造が、棋譜を並べているようだった。しかし、棋譜とはいっても、その手には将棋の本などない。更に、常とは異なる点がある。傍らに、携帯電話が置かれたままだった。近くのコンセントで充電こそなされているが、まだスマートフォンに切り替えていない八百造の携帯電話は開閉式だ。それが開かれたままなのは、珍しい事だった。仕事以外でメールをほとんどしない八百造は、電話を終えれば直ぐに閉じる。ましてや、今は趣味の将棋の時間だ。所長という立場上、連絡手段が欠かせないにせよ、趣味の時くらい、心理的に閉じておきたくなるのが普通ではないだろうか。柔造がそんな事をつらつらと考えていると、不意に携帯電話が震える。それに直ぐには八百造は気付かない様子だった。何かを熟考しているのだろうか、柔造は水を向けさせる事にする。
「お父、電話」
「おん、おおきに」
そのひと言で、八百造は電話を手に取る。そして震えを止まらせると、何かを操作した。そして直ぐに、苦笑めいた顔を見せる。もう片方の手で、駒を取った。それが、将棋盤の上に乗せられる――ひとつの駒を避けて。「……7六歩。強いな、利守君は」
「お父、何しとるん。利守君て」
思わず、その部屋に足を踏み込む。どうやら取られたらしい駒を片側の箱に放る父は、やって来た次男を見上げる。その手にはまだ携帯電話が握られていた。しゃがみ、それを覗き込む。そこには、タイトルがなく、本分に「7六歩」とだけ書かれたシンプル極まりないメールがあった。それを見て、柔造は父が何をしていたのかを知る。
「メールで将棋やってたんか」
「おん」
「……いやでも待て、利守君って。お父、いつの間に墨村君とメアド交換しとったん」
「この間、利守君に彼のお父さんの本を貰てな。そん時にまぁ色々と」
「……」
柔造は返事が思いつかない。間が保たなかったから、八百造の手から携帯電話を取り上げても、特に文句がなかったのでメールを改める。確かに「墨村利守」という名で登録されていた。過去のメールを探っていくと、延々とただ将棋の一手が本文に記されたものばかりだという事がわかる。そして、柔造はふと、とある事実に気付く。顎に手を添え、次の手を考えているらしい父に、柔造は半ば呆れ顔でいった。
「お父。この短期間で家族や仕事関係の人より一等、墨村君とメールしてへんか」
「ほぉかもな」
気のない返事は、中々に手強い相手へどんな一手を打ってやるか考えている為か。柔造は、末弟の同級生が、ある意味、母親譲りの不可解さを持っている事を理解せざるを得なかった。
(父親のような年の人とメールで将棋をするって……)
「――?」
不意に、携帯電話が再び震える。それは、利守の名を冠したメールによるものだ。まだ熟考してる八百造が気付かぬ様子だったので、勝手に柔造はそれを開く事にする。そして、父親に付き合わされて多少は将棋を覚えている柔造は、それが、今の棋譜とはまるで見当違いの悪手である事に気付き、父親にそれを見せる事にした。
刹那、今度は電話の着信があった。
同日、同時刻。裏会本部。その片隅で、正十字騎士團京都出張所所長の自宅1部と同様の光景が、そこで見られた。携帯電話を片手に、将棋盤の前。縁側にひとり、そこの頭領が胡座を掻く。幼い頃から変わらぬ坊主頭に、成人前後から変わらぬ母親譲りの顔立ち。20歳前後の頃は老け顔といわれた彼も、このところは年相応になってきたといわれる。三十路が見えてきて、彼なりに何とかそろそろ人生を落ち着いて歩みはじめられたこの頃。少し前には、政治的判断によって彼の末弟に進路を半ば強制的に決定させた苦渋が滲んでいたものの、比較的、頻繁に送られてくるメールによってどうやら進学先に馴染めているらしい様子に安堵を見せていた。しかし、この時の彼――墨村正守は、携帯電話の画面を見詰めて奇妙そうに首を傾げる。それを見咎めたのは、茶を持ってきた刃鳥だ。若さが抜けはじめ、熟成してきた鼻梁には相変わらず表情が乏しい。しかし、不思議そうではあった。
「どうなさったんですか、頭領」
「刃鳥か。ちょっと、利守からのメールが遅いから」
「……――あぁ、将棋をしてるんでしたね」
刃鳥がそれを知ったのは、最近の事ではない。彼の末弟が携帯電話を買い与えられたのは中学に上がった頃。その時期から、仕事で滅多に帰らない実家にいる末弟と、メールによる将棋という形で交流をするようになったと聞いている。上の弟とは、既に結界師として事実上の引退をしたとはいっても、相当な腕前の異能者だ。時折、仕事を依頼する事で交流がある。しかし、利守は、基本的な技術は身につけていても、一般人として暮らしていた。だからだと、正守はいっていた。
『利守には……家族として、ちゃんと接してやりたいから』
それは、今はこの覇久魔の地。ここに封印された「烏森」、それに身を捧げた彼らの母親の事を暗に負い目に思っている事を示していると、刃鳥は感じた。利守は、最も母親との交流が薄かった。そして、彼の手も目も届かぬところで、彼女は「この世界」からいなくなった。幼く、か弱かった彼は、直接に関わる事さえ許されなかった――正守は、それに対して、申し訳なさを覚えているようだと彼女は考えた。刃鳥としては、利守はその事に対してそれ程、何かしら含むところがある様子は存外ないと思っている。どちらかというと、彼は、そうやって気遣われる事自体に重みを覚えているようだと、何度か会っただけでも彼女はそう思った。家族だからこそ、それが客観視出来ないのかも知れない――他人が口出しするような事ではないと思いつつも、刃鳥はそう分析していた。それでも、交流を持つ事自体は悪い事ではないだろう。時折、こうして見掛ける情景に、刃鳥は微笑ましさも覚えていたものだった。その利守は、将棋の腕をどんどん上げているようだ。このところは、兄弟のメール越しの将棋を目撃すると、大概は正守は忙しそうに将棋を指しては返信し、それに直ぐにメールが返って来るという遣り取りを繰り返していた。だから、正守がこの時、首を傾げていた理由も彼女は直ぐに察した。利守は、彼女がはじめて彼を認識した小学生の時点で、既に大人びている部分があったように思われる。その冷静さは長兄譲りの聡明さとうまく融合したらしく、将棋では正守曰く「重箱の隅を突くような嫌な将棋」をしてくるらしい。そんな事を茶を出した彼女が思い出していると、不意に、電話が鳴った。どうやらメールが着たらしい。正守は直ぐにそれを操作し、メールを開く。刹那、黒い目が瞠られた。そして、戸惑いながらも、相手方の将棋の駒を取る。刃鳥は首を傾げた。
「どうしたんです、頭領」
「うーん……どう考えても利守らしくない悪手でさ。まぁいいや」
いって、正守は、将棋盤に駒を置く。刹那、電話が着信を知らせた。存外に響いたけたたましい着信音に、正守は一瞬だけ眉を顰めながらも、直ぐに通話ボタンを押す。それは末弟からの電話だった。
「はい、もしもし」
『正兄?! 今の取り消し!!』
***
報酬は、正十字学園町商店街で評判の、甘味処の割引券。それを餌に、志摩は必死で利守に、今度のテストに向けての教えを請うている。勝呂や子猫丸は、志摩の為を想って敢えて口出しをしてこない。しかし、利守は損得で動く男だ。案の定、報酬をちらつかせたら食い付いた。寮の一室、他のルームメイトが出払っている中、その彼に出されたプリントをこなしていた時だ。それまで志摩に勉強を教えながら、片手間にメールを打っていた利守が、突如、円らな目を瞠って電話をかけはじめたのは。
「もしもし?! 八百造さん?! すいません、今の手はなしで! 正兄にっ……兄に送るつもりで! すいません本当、じゃ、また次の手を待ってますんで!!」
最初に電話をかけた相手は、志摩の実父だ。思わずペンを止めた彼の前で、利守は通話を切る。そしてすぐさま、また電話を耳に当てる。呆ける志摩の前で、今度はややトーンを落とした声で利守は電話を掛ける。
「正兄?! 今の取り消し!! ――え、無理? もう置いちゃった?! ちょっ、間違えたんだってば他の人と!! え? 京都出張所の所長さんと! そっちにも伝わってると思うけど夏の事件で!! そっちには許して貰えたけど――ちょっと正兄? 声が笑ってるよ?! 滲んでる! いいから取り消っ……次の手は2五歩って、ちょ、正兄! ……正兄め……」
「……あーと、墨村君」
電話を切り、悔しそうにそれを睨む利守。志摩はそっと声を掛ける。「何」と、常よりきつい声で返事をした。志摩は構わず、へらりとした笑みを浮かべたまま問う。
「墨村君がやっとる目隠し将棋、ウチのお父だけが相手やなかったの」
「それじゃつまんないだろ」
悔しさを滲ませたまま、しかしさらりと答える。志摩は暫し呆然とした。存外に悔しがりな彼は完璧主義らしい、とも認識しながら。
更に後、志摩は、里帰りをした際、目隠しをしているのは利守だけなのだと気付き、更に呆然とする事になる。
(もしくは利守が頭が良いというだけの話)
「本当はお祖父ちゃんともやりたいんだけど、お祖父ちゃん古い人だからケータイ持ってくれないんだよね」
「やめて墨村君ホンマやめて自分が頭が悪く思うてくる」
「事実じゃないの」
「辛辣この子!!」
End.