眠りに落ちてから、体感では僅かな時間でカルナージに到着だ。
無人世界と言うだけあって、周囲を見渡してもコレといった建造物は無い。目に付くのは、他ではあまり見られない人の手が加わっていない大自然だ。
ただ惜しむらくは、移動の為に整備された文明の象徴たるコンクリートの道路が有る事か。それさえ無ければ…………徒歩での移動となっていただろう。
やっぱ文明は偉大だな。
「いつ来ても良い場所ですね、此処は」
「だなー」
ここからルーテシア達の家……というか、経営している『ホテルアルピーノ』へは、レンタカーを使って更に移動する事になる。
という訳で、俺達は何人かに分かれて車に乗り込んで移動していた。
「で、だ。ところでアインハルト?」
「なんでしょうか?」
「そろそろ離してくれると嬉しいんだが……」
現在移動中の車内、俺はアインハルトに頭を拘束されている。さっきのヴィヴィオより強く、完全に技をキメられている。痛くはないし息苦しくもないが動けない。
「おや、ヴィヴィオさんには散々甘えておいて、私には出来ないと申しますか?」
「そうじゃなくてだな……」
「なら良いじゃないですか」
耳元でするアインハルトの鼓動は平常運転で、この状況について特に動揺もしていないらしい。こういう所にヴィヴィオとは違う、或る意味無駄な慣れを感じた。
「ティアナさーん。あとどれ位で到着しますかねー?」
「10分くらいじゃないかしらね」
つまりはあと10分こうしている必要がある訳だ。
「アインハルトはずっと俺の頭を抱えてて辛くないのか?向こう着いたら陸戦試合やるんだし、無理はしなくても……」
「この程度で疲れる程ヤワな鍛え方はしていないのはシュウさんもご存知でしょう?それに、将来首を抱えて世界を旅する可能性がある以上、その練習を怠る訳にもいかなくてですね……」
「助けてティアナさん。俺nice boat.されちゃう」
「そうならないようにアインハルトの手綱はキッチリ握っときなさい」
なんとも適当な返答を頂いた。まあ未だに異性との交際経験の無いティアナさんに、この手のアドバイスを求めるのは──
「死にたいなら、最初からそう言ってくれれば良かったのに」
「ティア、運転中に片手で鉈を持つのは止めよう。隣の私まで巻き添え喰らいかねないから」
「黙りなさい彼氏持ち。アンタに、アンタ達に私の苦労が分かるの?」
「フェイトさんの教え子な所為で、周りから「コイツも変人なんだな」みたいな目で見られてるんでしょ?泥酔したティアに飽きるほど聞かされたよ……」
…………目の据わったティアナさんは、片手で少しもブレる事なく俺の額に鉈を向けている。そして、その口からは終わる事の無いフェイトさん関連の愚痴が次々と……
「あーあ、どうするんですかシュウさん。これはもう責任取ってカミカゼするしかないですよ」
「死亡前提なのか……」
といっても、俺が(心の中とはいえ)不用意な言葉を発したのは事実。やはり責任はとらなければならない。ちゃんと骨は拾います。というアインハルトの発言に背中を押されて、俺はティアナさんに言った。
「あー……ほら、ティアナさんにも春は必ず来ますって。だから元気出して……」
「嘘だッ!!」
「うわぁお!?」
…………その後の詳細はティアナさんの名誉の為に省略させてもらうが、この時に俺は、女性の前で不用意な事を考えない。という事を学習したのだった。
◇◇
「来たわね!我が往年のライバ、ル…………って、どうしたの?なんか酷くやつれてるけど」
「お気になさらず。シュウさんの自爆ですから」
「任務、完了……ガクッ」
さて、ホテルアルピーノに到着した俺は、なんとか自分の命が繋がった事に喜びを感じていた。いや、こうなったのは俺が悪いんだけどさ。
アインハルトの肩を借りて満身創痍で現れた俺の様子は、自由人のルーテシアに心配されるほど酷いものらしかった。
「なにやってるのさシュウ……」
「その声はエリオ……よう、元気か?」
「ああ、うん。僕は元気だけど……シュウの方こそ元気なの?」
顔を上げると、そこに居たのは俺の友達のエリオとその彼女のキャロ。2人とも薪を持っていた。どうやらお手伝いの真っ最中であるらしい。……本当にどうでもいい情報だが、キャロの身長は出会った当初から殆ど伸びていない。
「うん、元気元気……世界は喜びに満ちてるんだなって、改めて実感したよ」
「生の歓びを知りやがって……」
なんかアホな事を言ってるアインハルトから離れ、漸くダメージが抜け始めた体を伸ばす。背伸びして、息を深く吸ってから吐いて、なんとなく清浄さが違う気がする空気を取り込むと、「ああ、カルナージに来たんだな」と実感できた。
「で、ルーテシア。お前ご自慢のアスレチックは何処だ?」
「まあそう焦らないでよ。アスレチック開園は午後から、午前は川で水遊びがいつものパターンでしょ?」
「そうだけどさ。ほら、人にドヤ顔されると無性にそのドヤ顔を崩したくならないか?」
「……一理あるわね」
「ええ……?」
困惑したような声を出したキャロを他所に、割と本気で考え込みはじめたルーテシア。そんなルーテシアの後ろからシュタタっとルーテシアの使い魔のガリューが来てルーテシアの背中をチョンチョンと触る。
「なにー?……ってそうじゃん、まだ部屋に案内すらしてない」
「去年までと同じだろ?」
「そうだけど、ほら。私にもホテルアルピーノの看板娘として業務をこなすという責務があってね」
「看板……ああ、だから観光用パネルなんて装備してたんですね」
「そうそう……よいしょ。これ暑いし動きづらいし散々ね」
ルーテシアの奇行がいつも通りなので全員スルーしていたが、今のルーテシアは観光地によくある顔の部分だけ空いたパネル(看板?)を顔に着けている状態だった。家族用らしく、横に空いていた残り3つの穴が大変シュール。それを外して、本来の位置に戻してから歩き出す。
「そりゃ、そういう用途じゃないしな」
「看板娘(そのままの意味で)計画はお蔵入りかなー」
そうやって案内されたのは、かなーり広い和室であった。布団敷けば全員が余裕を持って川の字で寝れるくらいだ。先に来ていたヴィヴィオ達は既に荷物を広げて自分のスペースを陣取っている。
「あ、シュウさんはこっちですよ」
ヴィヴィオがぺちぺちと床を叩いた場所は、やはりと言うべきかヴィヴィオの隣。欲望を隠す気が微塵も感じられない。
「では失礼して」
アインハルトはなんの躊躇いも遠慮もなくそこに荷物を置いた。遠巻きに見ていたリオやミウラの顔が引きつったのが分かった。そしてコロナは高速で筆を動かしていた。インスピレーションが刺激されたのだろうか。
「おいィ?ちょっとアインハルトさん、そこはシュウさんの場所であって貴女の場所ではないんですけど?」
「これは失礼。親切に場所を空けてくれていたものですから。さ、どうぞシュウさん」
にこやかに床をポンポンと叩いたアインハルト。そこはヴィヴィオとアインハルトの体を一つ挟んだ場所で、それを見たヴィヴィオの表情が「何してくれてんだこの野郎」と言いたげな物に変わる。
フッと鼻で笑って明らかにヴィヴィオを煽るアインハルト。何故か笑顔を貼りつけるヴィヴィオ。一気に空気が澱んだのを全員が感じていた。
「…………なあフーカちゃん。そっち空いてるか?」
「「えっ!?」」
「えっ……とはい、一応……」
あんな所に居られるか!俺はフーカちゃんの所に逃げるぞ!フーカちゃんが明らかに「なんでこっち来るんだ」的な目をしてるけど、そんな目で止まる俺じゃねぇ!
「えっ、ちょ、シュウさん!?」
「さあ、さっさと川行こうぜ!っていうか先に行ってるからな!」
「あっ、ちょっと待って下さいよーー!」
なぁにぃ?聞こえんなぁ!あっはっはっはっはっ!……はあ。
「で、問題を先送りにして逃げて来たと」
「英断だと思ってるから……(震え声)」
「でも、それって根本的な解決にはなりませんよね?」
「敬語やめろ」
川辺にて、先に来ていたルーテシアとヴィヴィオ達が来るまで談笑中。
「で、実際問題どうするの?さっきは勢いで誤魔化せただろうけど、夜になったら絶対蒸し返すよ?」
「だよなー……というかさ、そもそもの話として、俺が女子の中に放り込まれてるのが間違いなんじゃないか」
「いやいやいや、ベストな配置だと思うよ?仮にシュウを隔離したら、そっちにヴィヴィオとアインハルトが乗り込むだけじゃん。それで、それを止めるために、みんなが集まる。どっちにしろ結果が変わらないんなら最初から纏めといた方が良いでしょ」
「うっ」
ルーテシアの反論に言葉を詰まらせる。実際にそうなるだろうなという確信があるから、そう言われると何も返せねぇ。
「もういっその事、両脇に2人を抱えて交互に相手するとかどう?」
「やっぱそれしかないか……」
でもそれ、いつもの土日と何も変わらないような……。
「とおおおおおお!一番乗りぃぃぁぁあぁぁああ!?」
「リオが勢い余って川に落ちた!」
「この出オチ!」
誰かが通り過ぎたと思ったら、悲鳴と共にどぼーんと勢い良く水柱が上がり、後ろからヴィヴィオの声が聞こえてきた。
「ほら、出迎えてあげなよ色男」
「誰が色男だ……まったく」
立ち上がると同時に背中に走る衝撃。
「へっへっへ……いいカラダしてるじゃないですかシュウさん」
「そうか?あんまり運動してないから、結構だらしない感じだと思うんだが」
ヴィヴィオである。うん、知ってたって感じだ。ヴィヴィオの手はエロ親父のような動きで忙しなくさわさわしている。
「いや、その割にはしっかりがっしりしてますよ。歪みないです」
「ありがと。ところで、あっちでターミネーターしてるリオは助けなくていいのか?」
溶鉱炉に沈むターミネーターの如く、水面に手だけが出ているリオを指さす。今にもあのテーマ曲が聞こえてきそうだ。
「あれギャグでやってると思いますし、まあ放っておいても……」
「あ、沈んだ」
「「……………………」」
ルーテシアの言葉に俺とヴィヴィオは無言でリオがターミネーターしていた方を見て、完全に沈みきったリオが居たであろう場所を見た。
「ちょっと待てそれはシャレにならんーーーッ!?」
「リオーーーー!?」
◇◇
「逝ったかと思ったよ……」
川辺でシュウ達はリオを囲んで座っていた。中心のリオは息を切らしながら大の字で地面に寝転んでいる。
「むしろよく生きてたな」
「根性と生存本能全開で、なんとか」
ちなみに原因は勢い余って川に落ちた際に足をつったからだとか。
「こうならない為にも、準備運動はしっかりしないとね」
「ですねー」
立ち上がり、準備運動を始めたユミナとフーカに釣られるように皆が動き始める。リオはまだ立ち上がる気力が無いのか微動だにしない。
「シュウさんモーゼして下さい」
「また川を割れと申すか。魚が可哀想だろ」
「いいじゃないですか。お昼に1品増えますよ」
「どうせ、みんな、エリオとスバルさんの腹の中」
やがて聞こえ始めたズドーン、ズドーンという水斬りの音を環境音に、リオは目を開けずに話しかける。
「……行かないの?」
「ネタ帳は濡らせないかなって」
如何にもらしい返答に苦笑いをリオは浮かべ、上半身だけを起こして川の方を見た。
そこに在るのは、ナカジマジムのいつものメンバーが水遊びに興じている光景。
何処から取り出したのか、ルーテシアはバレーボールをヘディングでアインハルトに向けて叩きつけていた。それを受け止め、ヴィヴィオへ投げつけるアインハルト。それを顔面セーブし、顔を真っ赤にしながらアインハルトに飛びかかるヴィヴィオ。巻き添えを喰らう面々。
嗚呼、なんて美しい光景だろう。青春を彩る美しい1ページが、そこに広がっていた。
「真っ赤……飛びかかる……飛び散る鮮血……ネタは貰った」
となりのコロナが居なければ、もっと美しかっただろう。そこが惜しまれる所……いや、それすら青春の1部だ。この美しさを曇らせているようなコロナもまた青春の一部分なのだ。きっとそう、そうに違いない。うん、多分。
段々と自信が無くなってきたリオの目の前で一際大きな爆音が響く。見ると、どうやらシュウがいよいよ根負けして水斬りをしたらしい。
「ああ、これで1品追加確定か」
天を貫かんほどに高く、そして長く伸びた水柱を見ながらリオは言った。良く見ると打ち上げられた水柱から飛び跳ねた魚が見える。
やはりナカジマジム主催水斬り大会に初出場でモーゼのように長距離に渡って川を割り、満場一致で速攻殿堂入りとなった選手は格が違った。
もう水斬りというより水割りだよ。とは当時引率だったノーヴェ会長の言葉である。
「やっぱりあの人の身体能力ってヤバいなー」
「あれでリンカーコア無いんだもんね」
水斬りの余波で発生した局所的な大雨に打たれながら、バインドを網のようにして魚を獲るメンバーを見てリオはふと思う。
ところでコレ、ダイナマイト漁とかガチンコ漁に相当しないかな。法律に触れない?大丈夫?
ちなみにその後、リオ達が持って帰った魚を見て「やったぜ」と言った2人が居たとか居ないとか。
おまけ、居残り組の会話
「ねえノーヴェ、最近リンネが救命用の魔法を覚えたいって言い出したんだけど」
「なんでまた突然」
「さあ?理由を聞いても『必要になるかもしれないから』の一点張りで……まあ十中八九シュウ君の為だとは思うんだけど」
「それで、白羽の矢が立ったのが私って訳か?」
「…………忙しいのは承知してるわ。でも知り合いで顔が広いのがノーヴェくらいしか……」
「あー分かった分かった。とりあえず知り合いを当たってみるよ」
「ありがとう」
「気にすんな。今度飲み物……出来ればエナジードリンク系統を奢ってくれればそれでいい」
「……本当に、ごめんなさい」