アイツ"ら"の愛は重い?   作:因幡の白ウサギ

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難産&難産でした。まさかアインハルトがいないだけでここまで話が作りづらくなるとは……



母娘の休息

「シャアに嵌められたガルマの気持ちが分かった気がする……」

 

「君は良い友人だったが、君の母上がいけないのだよ。はっはっはっはっはっはっ!」

 

「なのはママ!?謀ったねなのはママ!!…………いや本当に、なぜ味方ごと巻き込んだのか」

 

「昂っちゃったんじゃないか?」

 

「いやいやいや。そんな子供みたいな理由でSLBぶっぱなんて……しちゃうのがなのはママだったなぁそういえば。そんな事やってるから、未だにはやてさんにお子様ランチ頼む?なんて言われるのに」

 

 その日の夕方。既に雨は上がり、ちょっと早めのお風呂を済ませて、今は夕食までの僅かな時間。俺は浴衣姿のヴィヴィオに連れられてベランダに出ていた。

 

「それで、廊下で待ち伏せしてまで俺を此処に連れ出した理由はなんだ?」

 

「そんなに疑わなくてもいいじゃないですか。ただ単にお話したかっただけですよ」

 

「日頃の行いって大事だよな」

 

「まるで私が疑われるような事をしているみたいに言うのはやめて下さいよ。事実ですけど」

 

 そういってヴィヴィオは俺に背を向けてベランダの柵に手を置いて沈み行く夕日を見た。風がそよぎ、降ろされた長い金髪を靡かせる。後ろ姿だけを見ると小さくなったフェイトさんみたいだ。

 

「思えば、こうして2人きりでお話する機会なんて、あんまり無かったですよね」

 

「大体は俺の隣にアインハルトが居るからな……あれ、そういえばアイツは?」

 

「もうシュウさん。女の人の前で別の女の人の話題を出すなんてダメですよ?機嫌を悪くされちゃいますからね。

 ちなみにアインハルトさんは多分まだお風呂だと思います。私が見た時は湯船で放心してましたから。ユミナさんが必死に直してましたけど、どれくらいかかるか……」

 

「去年からなのはさんの、というか集束砲撃そのものがトラウマになってるっぽいしなぁ……」

 

 前回はティアナさんとなのはさんのSLBの正面対決があり、その爆心地にアインハルトが運悪く居て大変な目にあった事があった。ちなみに爆心地でSLBを2発喰らう感覚は、アインハルト曰く「津波級の大波に前後から挟まれて飲み込まれる感じ」らしい。

 どんな感じかを想像していると、不意にヴィヴィオが頬を膨らませながら顔をズイっと近寄らせてきた。

 

「ちょっとシュウさん、さっきの私の話聞いてましたー?わたし怒っちゃいますよー。ぷんぷん」

 

「悪い悪い。でもその割にはヴィヴィオの機嫌は悪くないな、俺の気の所為か?」

 

()妻の余裕って奴ですね。この程度なら許容範囲内です」

 

()妻じゃなくてか」

 

「だって私"聖王様"ですし。それに、こっちの字の方が縁起が良さそうじゃないですか」

 

 上手いこと言ってやったぜ、みたいなドヤ顔のヴィヴィオの肩の上でクリスが両手でガッツポーズ(コ ロ ン ビ ア)をしていた。デバイスは持ち主に似るという、何処かで聞いた俗説に俺の中で信憑性が生まれた瞬間だった。

 

「かもな。ところで本題は?話逸らした俺が言えたことじゃないけど、お前も言いたい事があるんだろ?」

 

「あっはい。じゃあこれを……」

 

 と言ってヴィヴィオが浴衣の内側から取り出したパンフレットを手に取る。その際、露骨に浴衣をはだけさせて肌を見せつけるように取り出したのを華麗にスルー。

 ヴィヴィオの体温でホカホカしているパンフレットは結婚式の宣伝パンフレットらしく、表紙には新郎新婦の格好をした2人が写っていた。

 …………つまりはそういう事だよな。

 

「俺、まだ所帯を持つ気は無いから……」

 

「違います。あっいや違いませんけど。シュウさんが頷いたらすぐにでもエンゲージ出来ますけど、今回はそうではなくてですね。

 実はそれ、聖王教会が作ってるパンフレットなんです。それで、これから訪れる結婚シーズン前に表紙を変えようって話になって、今回は新婦役に私が選ばれたんですよ」

 

「聖王教会ってブライダル事業にまで手を出してるのか……それで、まさか新郎役を俺にやれと?」

 

 なんだ早とちりかと安心したのも束の間。話の流れ的に俺が指名されるんじゃないかと思ったのだが、意外にもヴィヴィオは首を横に振って否定した。

 ……その表情は本気で悔しそうだった。

 

「残念ながら……ひっじょーに残念ながら、その相手役はアインハルトさんに決まってまして。女同士とか本気(マジ)かと思わなくもないですけど、そういう需要があるのも理解はしてますし……納得はしてないんですけどね」

 

「アインハルトに直接言えばいいんじゃないのか?なんで俺に言う?」

 

「私が直接言ったとして、返ってくるのは絶対に煽りと拒否の言葉ですから。なのでシュウさんには、アインハルトさんを甘い言葉で誘ってホイホイと連れてきてほしいんですよ」

 

「無いとは言えない……というか絶対にやるな。アインハルトならやる」

 

「私、女の人と式場に立つのはちょっと……ヴィヴィオさんと違って、そういう趣味は無いので」みたいな感じで言われそうだ。

 しかし、そうなると疑問が一つ。それを何故、俺に言ったのかという事。

 確かにアインハルトなら言いかねないが、それでも決まっている事に対してグチグチと言うほど器量が狭いわけでもない。どちらかといえば、不満を一切押し殺して黙々と取り組むタイプで……

 

「…………待て。アインハルトに話は通してあるんだよな?よく考えたら甘い言葉で誘って云々って、明らかに騙す為の……」

 

 ヴィヴィオは無言で目を逸らし、そして消えそうな声で言う。

 

「…………言ってないんです」

 

「はい?」

 

「だから、その…………一切、伝えてないんです」

 

「企画担当者はバカなのか?」

 

 おかしいとは思ったけど、まさか何も伝えてないとはこの海のリハクの目を(ry。いやいやいや、マジで何を考えているんだ。

 

「おっしゃる通りで……。でも、なにかおかしい事に気付いた時にはもう止まらなくなってて……」

 

「だから辻褄合わせの為に、どうにかしてアインハルトを連れてきたくて、それで俺に白羽の矢が立ったと」

 

「そんな感じで……ダメですかね?」

 

「俺は構わないけど、でもアインハルトがなぁ……拗ねるか、不貞腐れるか、キレるか。どれかな?」

 

 どれにしろ、アインハルトの機嫌が悪くなる事は確定的で、それのフォローに回る俺の気苦労も確定だという事は言えるだろう。

 

「お願いします!埋め合わせでなんでもしますから!!」

 

「そこまでしなくてもいいけど、アインハルトのフォローはやってくれよ?」

 

 最後の一言のせいで胡散臭いように思えるのは、俺の心が薄汚れているからだと思いたい。

 

 

 

 母娘の休息

 

 

 

 最後のゆりかごの聖王、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト

 

 戦乱期をたった1人で終わらせたという、現代に伝わるその偉業は、王という存在が消えて久しいこの時代に教会という形で遺され、崇められ、そしてあらゆる劇や創作物の題材になるくらいには知れ渡っている。全次元世界に敬虔な教徒が居て、信仰者の数が2位とダブルスコアだと言えば、その凄まじさが理解できるだろう。ミッドチルダの人口の約6割は聖王教を信仰しているというデータも出ていた。

 

 聖王女オリヴィエがどのように描かれるかは歴史書などによって様々らしいが、肖像画にも残っているとおりオッドアイで、両腕を失っていて、そして武芸の達人であったという事はどれも共通して記述されているらしい。

 

 それだけ見ればまさにパーフェクトな聖人君子なのだが、しかし悲しい哉、やはりそんな人間は存在しないらしい。

 その正体は、クラウスの記憶を持つアインハルト曰く、修行の過程で流れた血に対して興奮するド変態。清楚なイメージの肖像画からは全く想像もつかないが、アインハルトの言うことだし間違いは無いだろう。なにやら特殊な嗜好をお持ちだったようだ。今はまだその片鱗は見えないが、いずれヴィヴィオもそうなるのだろうか。

 

 そのままではただの変態だが、普段は伝承に遺されているように聖王女としての側面の方が強かったらしい。特殊性癖を知っているのも本当に親しい人のみで、表向きは聖王女として通っていたようだ。その辺りの顔の使い分けは、しっかりとヴィヴィオに受け継がれているようである。

 

 ちなみに、聖王女オリヴィエの性癖に最初は度肝を抜かされたクラウスだったが、いつの間にか慣れるどころか染まっていたらしい。つまり、オリヴィエの嗜好がクラウスに伝染(うつ)ったのだという。

 先祖の痴態に対し、「古代ベルカなんで。ベルカはこれくらいデフォなんで」と言うアインハルトの背中が、その時は少し煤けて見えた。

 

「…………それで、ルーテシアじゃなくて俺を連れてきた理由は?」

 

「蔵書室、男女一組、夜、何も起きない筈がなく……的なラッキースケベを期待してます!さあカモン!」

 

「アホ」

 

 何故いきなりこんな事を言い始めたかというと、夕食後、ヴィヴィオがまた俺を連れて今度は蔵書室にやって来たからだ。

 目の前に広げられているのは聖王女オリヴィエに関して書かれた様々な歴史書。目を通すだけで頭が痛くなりそうな分厚いそれらを、真面目な顔して読みながらメモを取るヴィヴィオを見て、普段がアレなだけでやはり才女である事は確かなのだと思い知った。

 

「でもどうしたんだ?いきなり「(ちょっと調べたい事があるから)付き合ってください」なんて言ってここに来るなんて」

 

「この休み中の宿題でして。プチ自由研究みたいな感じの奴で、テーマはなんでもいいんですけど、せっかくなので複製母体(オリジナル)のオリヴィエについて調べてみようと。

 アインハルトさんと違って私にはオリヴィエの記憶なんて無いので、複製母体(オリジナル)の事を知るには良い機会かなと思ってたんですよねー」

 

「大変だな……んっ?アインハルトがそんなのやってた覚えは無いぞ?」

 

「導入されたのがアインハルトさんが卒業してから、つまり今年からなんですよ。ちくしょう羨ましい」

 

 ちくしょうちくしょうと言いながらもその手は止まらない。真面目にしていれば恰好いいのに、なんで普段はああも残念なのだろう。

 

「で、俺が居る意味は?」

 

「精神安定と目の保養ですね」

 

「精神安定はさておき、フツーの男に目の保養を求めんな。エリオにでも頼め」

 

「いやいや、フツーだからいいんじゃないですか。此処だから言いますけど、ぶっちゃけイケメンは見飽きてましてね。シュウさんのほどよい感じがこう、なんというか、ね?」

 

「ね?じゃないが」

 

 馬鹿にされてるのか褒められてるのかは分からないが、そういう事らしい。そして精神安定ってなんだよ。

 と、ここまで考えてから、はたと気づく。ヴィヴィオがやっているのなら、リオやコロナも同様の宿題が出ている筈だ。コロナはやる事はしっかり終わらせるタイプなので大丈夫なのだろうが、リオがダメな未来しか見えないのは日頃の行いのせいだろう。

 

「そういえばリオとコロナはもう終わってるのか?」

 

「みたいです。ぐぬぬ、コロナはまだしも、まさかリオに先を越されるとは……」

 

「リオが終わってるなんて意外だな。てっきり最後に残して泣きを見てるかと」

 

 本当に度肝を抜かされた。まさかリオが……いや、これは俺の偏見だし、別にリオが早く宿題を終わらせているのはいい事だ。だけどなんだろうか、このなんとも言えない違和感は。

 

「自由研究形式はリオの独壇場なんですよ。何故かは知らないけど得意らしくて」

 

「見かけによらないんだな」

 

「リオには悪いけど、やっぱそう思いますよね……っと。これはもういいや」

 

 ヴィヴィオは手を止めて本を閉じると、それを持ち立ち上がって元あった場所に戻しに行った。その間に俺は机の上の一冊を手に取り、適当なページを開けてみる。

 

「…………、……………………」

 

 そして10秒と持たずに本を閉じた。この手の本は頭が痛くなるような錯覚を覚えていけない。つくづく、今まで俺がこんな歴史書を読む必要があるような課題が出なくて良かったと思った。こなせる自信が無い。

 

「あーめんどくさー……おっ?ひょっとしてシュウさん、私の歴史に興味津々ですか?

 もうっ、そんなに気になるんなら言ってくれれば全部教えますのに」

 

「いや、別にそういう訳じゃ……というか、この歴史書って聖王女オリヴィエのだし」

 

「オリヴィエは私の複製母体(オリジナル)、私はオリヴィエの遺伝子で出来た複製体(クローン)、つまり私はオリヴィエ。なのでその歴史書は私についての歴史書という方程式が通用しますね!」

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

 おかしくないですー、至って論理的ですー。なんてヴィヴィオは言いながら本を開き、再び手を動か……そうとして、一瞬顔を歪めて手を止めた。

 

「ヴィヴィオ?」

 

「……持ってくる本、これじゃなかった……」

 

 どうやらタイトルを間違えたらしい。ヴィヴィオは本を閉じると、そのまま早足で本棚の間へと消えていった。が、5分と経たない内に戻ってくる。

 そして目当ての本を見つけたらしいヴィヴィオの手がサラサラと流れるように動き、メモに文字が書かれる様子を俺は眺めていた。

 

 …………あれ?ヴィヴィオの持ってる本、さっき戻しに行った本と同じタイトルの気がするんだが……何を間違えたんだろうか。

 しかし、何もせずにただ眺めているだけというのも暇だ。俺はふらりと本棚に近寄ると、比較的読みやすそうな気がする歴史書を一冊手に取った。

 

 此処、ルーテシアが個人で所有している蔵書室は、ルーテシア個人がチョイスした学問系の本が取り揃えられている。俺はあまり詳しくないが、絶版になった本やレアな本も有るらしい。無駄なドヤ顔でルーテシア本人に語られたからよく覚えている。

 

「ラノベとかだと、こういう場所で主人公が実は昔の武人の子孫だった。みたいな展開があるんだろうなー」

 

 俺がページをペラペラとめくりながらの発言にヴィヴィオが答える。

 

「シュウさんにはそういうの無いんですか?そのふざけた身体スペック的に、実はベルカの王族の末裔とか言われても驚かないんですけど」

 

「ふざけたって……いや、仕方ないか。ウチの家系図はしっかり残ってるが、残念ながら俺の家は農民の家系だ。父さん曰く、古代ベルカ時代では農作物を荒らす原生動物を相手に農具で渡り合ったらしいぞ」

 

「ありゃ残念。……原生動物となるとイノシシとかですかね?」

 

「いや、ドラゴンなんだと」

 

「はぁ?」

 

 素っ頓狂な声を出したヴィヴィオが手を止めてこっちを見た。俺は端末を操作して、父さんが魔法を使っている画像を引っ張り出す。ちなみに父さんの得物(デバイス)は二本一対のバスターソードだ。

 

「俺の父さんの事は知ってるよな」

 

「ええ。トウヤさんでしたよね?実際に会った事はありませんけど、なのはママとフェイトママから散々聞かされましたから……砲撃のド真ん中をノーガードで突っ切られたとか、本気のザンバーを片手で止められたとか、かなり距離を置いたと思ったらいきなり背中から斬られていた。な、なにを(ryとか。なんか眉唾な話ばっかりですけど」

 

「俺の先祖……つまりその農民は、どうやったのか己の身体能力と農具で激闘の末にドラゴン殺しを成し遂げたらしい。

 これだけ聞くと嘘っぱちな話に聞こえるし、俺も信じてなかったんだが、父さんのデバイスがな……」

 

「この画像のですよね?見た感じはなんの変哲もないですけど」

 

 画像の、見た目はちょっと赤黒い以外は普通のバスターソードをヴィヴィオは指さす。

 

「それ、ドラゴン殺しを成し遂げた時にそのドラゴンの腹から出てきた武具の残骸を打ち直した代物らしい。ドラゴン殺しを果たせなかった人の遺品を使ったんだとよ。

 それを代々14歳になった子供に受け継いで、今日までデバイスとして使ってるんだとさ」

 

「……うわー、なにそれ。完全に呪われた装備品じゃないですか」

 

「うむ。だいぶ昔に俺も持たせてもらった事があるけど、持った途端に其処に居なかったはずの人が見えたり幻聴がしてビビった記憶があるぞ」

 

「マジでいわくつきじゃないですかー!?」

 

 父さんは「事実は小説より奇なり、とは言ったものだな!はっはっはっ!」なんて言って笑っていたが、持っていた俺は全く笑えなかった。そんな危ない装備品が、もし俺にリンカーコアがあれば今頃は譲渡されていたというのだから恐ろしい。

 その時が初めて魔力が無いのも悪い事ばかりではないのだと思った瞬間だった。

 

「俺の身体能力は父さん由来だが、その父さんの身体能力は爺ちゃん由来。そうやって昔に辿っていくと、最終的にはドラゴン殺しの農民に行き着く……とは父さんの弁だが」

 

「NOUMINの間違いじゃないですかね?というか、シュウさんの家はどうなってるんですか……?実は有名な武人の家系とか言われても余裕で納得できる実績なんですが」

 

「そうは言うが、古代ベルカって竜殺し程度じゃそんなに大した偉業でもなかったらしいぞ。これはアインハルトの受け売りだけど、"リアルモンハンですよ。リアルモンハンの世界が古代ベルカです"って事らしいからな。歴史書の内容よりずっと世紀末だったらしいし」

 

「私の複製母体(オリジナル)って逞しかったんだなぁ……」

 

 いつの間にかまた手を動かしていたヴィヴィオはメモに一通り目を通して、そして納得がいったのかそれをファイルに挟んだ。

 

「もう終わりか?」

 

「はい。欲しい情報は手に入れましたから。後はまとめるだけ……なんですけどそれが面倒~~」

 

「なんにも手伝えなさそうだし、俺からは頑張れとしか言えない」

 

「手伝える事ならありますよ。ほら、ここに私の頭があるじゃないですか」

 

 そう言うとヴィヴィオは、俺に向けてずいっと頭を突き出してきた。ヴィヴィオが何を言いたいのかは何となく分かるが、一応確認のために聞いてみる。

 

「撫でればいいのか?」

 

「さすがシュウさん、息ぴったりです。これはもう私と結婚するしかないのでは?」

 

「アホ」

 

 どうやら合っていたらしい。ヴィヴィオのアホな発言を普段通り聞き流しながら、俺は片手でヴィヴィオを撫でつつ、もう片手に持っていた歴史書を本棚に戻した。

 

「ところでシュウさん、あの本の内容しっかり読んでました?」

 

「いやまったく。ぶっちゃけページめくってただけで内容見てないけど、それがなにか?」

 

「いえ、なんでもないです。忘れてください」

 

「?」

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「ふう……」

 

 パソコンのキーボードを叩く手を一旦休めて背もたれに全体重をかける。自然と天井を見上げる形になり、電球の明かりが眩しい。

 

「……あっ、もうこんな時間」

 

 ふと時計を見ると、時間は既に午前0時を回っていた。あの後、復活したアインハルトに引き摺られるようにシュウが居なくなってから2時間ちょっとが経過している。思ったより作業に没頭してしまっていたようであった。

 ヴィヴィオはガチガチに固まった体をほぐすために立ち上がって背伸びをして、二つの月が輝く夜空を映す窓の近くまで歩く。

 

 二つの月を見ながら思うのは、宿題のテーマにした複製母体(オリジナル)について。

 

 最後のゆりかごの聖王、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト

 

 色々と世紀末な古代ベルカの中でも一際目立つ人物であり、戦乱期を終結させた大英雄。眉目秀麗で品行方正、見た目だけでなく中身まで完成された、まさしく絵に書いたようなパーフェクト聖人。

 更に彼女は武芸において天性の才を持ち、誰も──あの覇王でさえも──彼女に傷一つ付けられなかったとされる。

 

 そして、その自己犠牲を厭わない献身は、今もなお人々に美談として語り継がれ、彼女の人生は人気の演目となっている。2ヶ月に1回のペースで聖王教会で行われる演劇では、1年に1回は必ずそれが入るくらいに。

 もちろん、そこにプロパガンダ的な意味合いが無い訳ではないが、単純に信者達からリクエストされているという理由の方が大多数であった。

 

 

 そんな、だれが、どこから、どうみても、非の打ち所が無いくらいに完成された存在。

 そんな存在を複製母体(オリジナル)とするヴィヴィオは少しばかり肩身が狭い。

 

 親の代が成した偉業のせいで子供に過剰なまでの期待がかかる、というのはよくある話だ。ヴィヴィオの場合は親ではないが、似たような状態である事に変わりはない。

 ヴィヴィオがオリヴィエのクローンである以上、その姿が似るのは当然である。もちろん、それは一般人にはおろか、聖王教会でも極一部の人間しか知らない情報だが、肖像画と見比べればヴィヴィオをオリヴィエの血縁者だと思うのは当然の事だろう。

 だからヴィヴィオの背中には多大な期待を寄せられている。今もなお人々の記憶から色褪せない、ジェイル・スカリエッティが引き起こした事件を皮切りに何かと物騒な世の中を、かつてのオリヴィエのように、ヴィヴィオがどうにかしてくれるのではないかと思われているのである。

 

 それはヴィヴィオからすればいい迷惑だが、不安定に満ち溢れた今の世の中を生きるからこそ、何かにすがりつきたいという人々の気持ちは理解できていた。

 

 なにせ、自分がそうだから。

 

 

 ヴィヴィオは自分の手を空にかざした。なんの変哲もない、至って普通の人の手だ。誰に聞いてもそう答えるだろう。何人かはそんな質問をしたヴィヴィオを懐疑の目で見るかもしれない。

 だが、自分の目を通して見る自分の手は、違う誰かの手に置き換わってしまったように見えていた。

 

 ヴィヴィオは端末を操作し、ネットの海からオリヴィエの肖像画の画像を映し出し、そして、それと窓に写る自分を交互に見る。ヴィヴィオの風貌は、歳を重ねるごとに段々と肖像画の中で微笑むオリヴィエに似通ってきていた。

 

 このままいけば、オリヴィエと瓜二つな見た目になる日は遠くないだろう。そしてオリヴィエの再来(聖王)と祭り上げられるであろうことも容易に想像がつく。

 

 しかし、もしそうなった時、ヴィヴィオは何処にいる?

 

「ッ……!」

 

 噛みしめた唇から冷めた血潮が垂れる。両手がだらんと垂れ、取り落とした端末が地面に落ちた。

 

「──ちがう」

 

 目を閉じていると、ある筈のない記憶が蘇りそうな気がしてくる。自分が曖昧になり、闇に溶けて消えてしまいそうな錯覚を覚えた。

 身体が震えているような感覚は、きっと気のせいでは無い。

 

「私はオリヴィエじゃない」

 

 この身体はオリヴィエから造られた複製品。そういう意味では、複製元であるオリヴィエと似てしまうのは致し方ない。

 

 でもヴィヴィオ(オリヴィエ)オリヴィエ(ヴィヴィオ)ではない。どれほど見た目が似ていても、どれほど他人から都合の良い偶像(オリヴィエ)を押し付けられようとも、ヴィヴィオはオリヴィエになる気はなかった。

 

「私はヴィヴィオ()。誰が何と言おうと、高町ヴィヴィオ」

 

 ちらつく複製母体(オリジナル)の影を振り払うように、自分の2人の母を、友人たちを、越えるべき障害の覇王を、思い浮かべた。

 

 どれもこれもオリヴィエではなくヴィヴィオが手に入れたもの。大事な大事な今の自分をカタチ作るのに必要なピースたち。それを欠けた自分に嵌め込んでいくと、先ほどまでは水に溶けて消えてしまいそうだった"ヴィヴィオ"が、途端にガッシリとした巨木の如き安定感を得た。

 

「…………シュウさん」

 

 そして最後の1ピース、その名前が思わず口から飛び出たヴィヴィオの身体が、かあっと熱を帯びる。ただ姿を想像しながら名前を口にしただけなのに、それだけで"ヴィヴィオ"として頑張る元気を与えてくれた。

 

「…………フェイトママ。私、ヴィヴィオだよね」

 

「──もちろん。貴女はヴィヴィオ。なのはと私の娘で、シュウ君の事が大好きな普通の女の子」

 

 震える声の返答はヴィヴィオの正面から。一体いつから居たのかは分からないが、ヴィヴィオの前で同じくパソコンの作業をしていたフェイトは、一旦手を止めて愛娘の方を見た。

 

「そう……」

 

「そんなヴィヴィオは久しぶりだね。どうしたの?」

 

 その質問も久しぶり。なんてフェイトは呟く。今のヴィヴィオのように、クローンが複製元に侵食されて自己を喪失しかける現象は、さほど珍しいものではなかった。フェイトにも経験がある。

 ヴィヴィオは二つの月を見つめながら言った。

 

「ちょっと自爆しちゃっただけ。疲れてるのかも」

 

「そっか。じゃあそろそろ寝ないとね。明日もあるし、もしかしたら起きられなくなっちゃうかもしれないから。今はしっかり休んで、朝ごはんをしっかり食べる。そうしたらまた元気になってるよ」

 

「……うん、そうする。おやすみフェイトママ。ママも早く寝なよ?」

 

「分かってるよ、私ももう寝るから」

 

 イスから立ち上がり、電気ポットの前に立ってインスタントコーヒーを準備するという、寝る気が欠片も感じられない行動をしながらの返答に思わずヴィヴィオは苦笑い。

 落とした端末を拾い、宿題のデータを保存し、血を拭ってから部屋を後にした。

 

 出血は既に止まっていた。

 

 

 ……扉が閉まる音がして、やがてフェイトは1人静寂の中に残される。

 

「恋が最後の一押しかぁ……ちょっと妬けちゃうな」

 

 そう言うフェイトの顔は晴れやかだった。数年前までのように、なのはとフェイトが親として最後の1ピースとなれなかった事に一抹の寂しさを感じながらも、生まれた時から過酷な宿命を背負わされた自分の愛娘が、普通の人のように恋愛に夢中になっている現状を喜んでいたのだ。

 

 フェイトはヴィヴィオが去った後の扉を暫く見ていたが、やがてマグカップを2つ取り出すとそれにコーヒーをなみなみと注いだ。一つは自分のすぐ近くに、もう一つはヴィヴィオが座っていた方に置く。

 

 その行為は、そこに居ないはずの誰かに向けられていた。

 

 コーヒーに映る自分が自分を見つめている。コーヒーの中の自分から目を逸らさずに、フェイトは両手でマグカップを持った。

 

「変わらないフェイト()に」

 

 まだ湯気立つそれを一気に飲み干し、マグカップをテーブルに置く。

 それと同時にドアノブが遠慮気味に動いた。フェイトはやってきた来室者にヴィヴィオが座っていた方の椅子を指さしながら言う。

 

「やあ、ようこそコーヒーハウスへ」




「このコーヒーはサービスだから、まずは飲んで落ち着いてほしい。うん、"また"なんだ。すまない。謝って許してもらおうなんて……この後なんだっけ?」

「せめて覚えてからやってくださいよ」

みたいなやりとりがあったとか。



【次回予告】

vivid19巻までには、多分……
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