カヒーツ・シュウセイ
俺と高町ヴィヴィオという少女の関係は、
……いや、そもそも通っている学校が違うので、後輩と考える事自体が間違っているのかもしれない。
俺自身、アインハルトの友人としてヴィヴィオという少女を紹介された時、まさか今ほど親しくなれるなどとは微塵も期待はしていなかった。
精々「顔を合わせると挨拶はするけど決して親しくはない」くらいの関係で落ち着けば御の字だと思っていた。「あんな可愛い子と顔見知りなんだぜ!」って高校で作る友人とかに自慢出来れば良かった。
……理想が低い?仕方ないだろ。
家が近い訳でもなく、趣味だって合わない。ましてや同じ学校に通っている訳でもない。
そんな、ないないづくしの状況で仲良くなれというのは無茶だ。俺にはそんな無茶を可能にするコミュスキルなんて無い……と思ってたんだけどなぁ。
「シュウさーん!そろそろ逆玉の輿になる覚悟はできましたーー⁉︎」
「そんなのになる気は無いし、そもそもそんな事を大声で言うな!」
どうしてこうなった。
その日、あんまりにも暇だった俺は1人で街中をぶらついていた。いつもなら隣に居る筈のアインハルトは、今日はメンテナンスに出していたティオの受け取りに出ていて夕方までは帰って来ない。
だから家で一人留守番だったのだが、一人で出来る事なんて限られている。ゲームをしようにもcpu相手では物足りないし、テレビを点けても平日の昼間に面白い番組などやっていない。録画も見終わっていた。
だから気分転換がてら本屋で立ち読みして、ついでに気に入った本を買ってからお昼ご飯を適当な店で済ませようとしていた所でヴィヴィオに捕まったのだ。
「学校どうしたよ。サボりか?」
「まさか。今日は午前中授業ですから、この時間に私が此処に居ようと問題無いのです!」
「あーそっか。そろそろ終業式だもんな」
良く考えたら、学校では優等生で通っているらしいヴィヴィオがサボりとかありえなかった。俺の前ではポンコツな所しか見せてないから忘れてたけど。
サラッと腕を絡ませようとするヴィヴィオを躱しながら、俺はいつもヴィヴィオと一緒に行動しているリオとコロナを探したが、何処にも見当たらない。
「あれ?リオとコロナは?」
「リオとコロナですか?二人はですね……えっと、何処でしょうね?」
「……はぐれたのか」
「そうとも言いますね!」
「そうとしか言わねーよ」
無駄にドヤ顔のヴィヴィオに軽いチョップを一発。しかし、片手であっさり止められた。
「ところでシュウさん。あのクールビューティ系ぶりっ子覇王の姿が見当たらないんですが……」
「ぶりっ子はお前だろ。ていうか何だよ、そのクールビューティ系ぶりっ子って」
「普段は物静かなのに時々あざとくなる感じの人……ですかね?」
「なんで疑問符が付く」
「今適当に考えたので」
ヴィヴィオはそう言って、猫じゃらしで遊ぶ猫のように俺の手を掴もうと動き回っている。猫はヴィヴィオで、猫じゃらしは俺の手だ。もちろんヴィヴィオは本気ではない。もしヴィヴィオが本気だったら、ものの数秒で俺の手は捕まっているからだ。
「アインハルトはティオの受け取りに出てるよ。夕方までは帰って来ないんじゃね?」
「ほう……つまり夕方まで邪魔は入らないから、二人でしっぽり出来ると」
「通報すんぞ」
「冗談ですよ?いやだなぁシュウさん。冗談を本気に捉えちゃあ困りますよ」
「目が笑ってなかったんだよなぁ」
俺は自身の主を見て「やれやれだぜ」とでも言いたげなヴィヴィオのデバイスのクリスを肩に乗っけて近くで食事できそうな場所を探す。すると、動きを止めないままヴィヴィオが言った。
「まぁそんな事はどうでも良いです。それよりシュウさん。お昼ご飯って、まだ食べてなかったりします?」
「ああ、これからだけど」
「ッしゃ‼︎じゃあシュウさん、今から私の家に行きましょう!」
「い、いやいや。なのはさんとフェイトさんに悪いし」
「それはどうでしょうか?」
動きを止めて急にガッツポーズを取ったヴィヴィオがその勢いのまま俺にまくし立てる。その勢いに押されながら俺がそう返すと、ヴィヴィオが端末を弄りだした。
その時のメールを打つヴィヴィオの指の速さは、残像が出るレベルの物だった。
1分ほど待つと、端末から着信音が鳴った。メールの内容を確認したらしいヴィヴィオがニヤッと笑って画面を見せてくる。
「なのはママも了承してくれましたよ!ほら!」
「嘘だろ。んなバカ、な……」
確かにメールには『良いよ〜。腕によりをかけて頑張っちゃう!』と書いてあった。この文面だと、送り主は恐らくなのはさんだろう。フェイトさんはネタ一色だし。
「そうと決まればさあ行きましょう!時間は有限ですからね!」
「あー、うん。そうだな、時間は有限だもんな」
これで断るのは流石に失礼だろう。俺はアインハルトに『今外に居るんだけど、もしかしたら帰るのが遅れるかもしれない』と送ってから高町宅を目指す事にした。
————————
高町宅を訪れるのは結構久しぶりだ。ヴィヴィオは事ある毎に俺をここまで連れて来ようとするが、色々理由を付けて避けて来たからだ。
建前としては、一家の団欒の時間を邪魔するのは悪いからという理由があり、本音としては、人に気を使うのが面倒だからという理由がある。人付き合いって奴はどうしてあんなに面倒なのだろう。
……別に、なのはさんから初孫の予定をしつこく聞かれるのにうんざりしている訳じゃないぞ。本当だぞ?
「たっだいまー!」
「お邪魔します……」
「いらっしゃ〜い。ゆっくりしていってね!」
なのはさんは玄関で出迎えてくれた。栗色の髪をサイドポニーにしているなのはさんは、飛び付いたヴィヴィオを受け止めながら俺に笑顔を向けた。
「どうもなのはさん」
「そんな硬くならなくても良いよ〜。自分の家みたいにリラックスして良いんだからね」
「なのはママ、ナイスアシスト!そうですよシュウさん!自分の、自・分・の・実家みたいに安心してくれて良いんですからね!」
「なんで自分のを強調した」
しかも実家て。此処はお前の実家で俺の実家では……あっ、そういう事ね。お前の実家になるんだよ!って事か。アホか。
そんな事を言いながら、なのはさんとヴィヴィオは俺をリビングに招き入れる。
「もうちょっとで出来上がるから、座って待っててね。はい、麦茶どうぞ」
「じゃあシュウさん!その間に縁談を……」
「進めねーよバカ。あ、どうも」
カバンから取り出してきた式場のパンフレットやらなんやらを迷う事なく押し返す。ヴィヴィオはムッとした顔でそれをしまう。
「大体、なんでそんなに縁談縁談ってうるさいんだよ。昔はそんな事言わなかっただろ?」
少なくとも、中学に上がる前までは言ってなかった記憶がある。するとヴィヴィオは困ったように言った。
「ほら、私ってクローンとはいえ聖王じゃないですか?」
「そうだな」
俺もヴィヴィオの特殊な出自は聞いている。最初聞かされた時は、なんつー重たい事実を話してくれてんだと思いもしたが、良く考えたらアインハルトもかなり特殊な存在なので、それを考えるとどうということはないかなといった感じに今は落ち着いている。
「本人の着てた衣服の切れ端でも聖遺物認定されてる辺りを考えれば分かるんですけど、聖王家関連の物ってそれだけで貴重なんですよね。何しろ殆ど残ってないので」
「そんなに遺品って少ないのか」
「ええ、それはもう。それでですね、その血ともなるとレア度が半端なく跳ね上がる訳ですよ。生き血となれば尚更」
「独身で死んでるんだっけ、オリヴィエ聖王陛下って。……あれ?でもさ、そういう王家って血筋を絶たない為に結構子孫を残してる筈じゃあ……」
俺が疑問を口にすると、ヴィヴィオは「そうなんですよねー」といって麦茶を一口。
「確かに居た筈なんですよ。でも、どういう訳か戦乱終結と同時に全員が姿を消してて……」
「血が残ってるのかも分からない、と」
「そうなんです。そんな一部では存在していないとまで噂された聖王を祀っている教会に颯爽と
……するとですね、唯一かつ直系でレア度が半端ないどころか天元突破した聖王家の血を自らの家系に取り込もうと、欲に塗れた大人が大量のお見合いをですね……」
「あっ……」
話していくにつれて段々と目が死んでいくヴィヴィオの肩をクリスと一緒にポンポンと叩く。
今のヴィヴィオの背中は、安っぽい酒場で飲み潰れている仕事帰りのおっさんのようだった。
「何が悲しくて好きでもない相手と結ばれなきゃいけないんですか。そもそも私まだ中学生なんですけど何で相手が決まって私より年上なんですかとかもっと年下か同年代を用意出来なかったのかとかまあ仮に年下と同年代用意されても私の心は既にシュウさん一筋だから無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!とか私の自由時間潰してそんなに楽しいかとか色々言いたい事があって私のSAN値と寿命がストレスでマッハなんですけど一体私はどうすれば良いんですか」
「もう良い……休め、休めヴィヴィオッ……!」
「だから私と結婚して下さい」
「ごめんなさい」
「即答っ⁉︎」
いやだって、そんな事を言ったら俺も年上だし。今の話し的に同年代か年下が好みなのかなーって思ったから。
って言うと絶対ヴィヴィオが荒れるので、無難な言葉で慰める。
「なんでですかー。聖王家ですよ?逆玉の輿確定ですよ?毎日何も考えずにずっこんばっこん出来ますよ?」
「俺、自分の嫁は慎重に見定めたいからさ」
それにさ、そんな事を言ったらアインハルトだって覇王の直系の子孫な訳でな。
「私だってそうですよー!うわーん!」
こっちが地雷だったか。いやでも、さっき考えた事を言った方が余計に荒れた気がする。
そんな事を考えながら抱きついて離れないヴィヴィオを慰める。
「よしよし。苦労したなー」
「うう……優しさが身に染み渡る。もう辛い、聖王辞めたい」
それはきっと、笑顔の仮面に隠れていたヴィヴィオの本音なのだろう。俺はそれを聞かなかった事にして泣く子をあやす母のように背中を優しく撫でる。
「ごめんねシュウ君。ヴィヴィオの愚痴を聞いてもらっちゃって」
「気にしないで下さい。立場上、ヴィヴィオが辛いのは良く分かってますから」
望んだ訳でもないのに聖王教会のトップに据えられて、恐らくだけど権力闘争とかにも巻き込まれているであろう眼下の少女。
普段が自由すぎるから忘れがちだけど、ヴィヴィオもアインハルトも、その身に流れる血に人生を縛られて生きているのだ。
アインハルトもお見合いの話とかが上がってて面倒くさいってボヤいてたからな……。
「ほーら、ヴィヴィオもその辺にして。シュウ君が困ってるでしょ」
「はーい」
なのはさんが俺とヴィヴィオの前に山盛りの野菜炒めと白米が置かれた。ヴィヴィオはあっさりと俺から離れた。
「お腹いっぱい食べてね」
「はーい!」
「頂きます」
渡された箸を持って野菜炒めを一口。……うん。
「流石なのはさんですね。美味いですよ」
「ありがとう。そう言ってくれると、作った甲斐があったよ」
ただ野菜を炒めただけの料理がどうしてここまで美味くなるのだろう?自分で作った時と全く味が違うような……。隠し味とかがあるのか?
「むぐむぐ……シュウさんシュウさん」
「せめて飲み込んでから喋れ」
「んぐっ……。これから私、教会に向かわなくちゃいけないんですけど。一緒にどうです?」
「教会に?でもなぁ……面白いか?」
「面白いか面白くないかで問われると面白くはないですけど、でも暇なんでしょ?」
「それを言われると返す言葉が無い」
確かに、この後の予定はどうするか考えようとしてた所だけど。なのはさんに迷惑だから、いつまでも此処に居座る訳にもいかないし。だからといって外をぶらつくのも疲れるし飽きた。立ち読みって店員さんの目線が辛いよな……。
「分かった分かった。俺も暇してるからな、ご一緒させてもらいますよ」
「そうこなくっちゃ!」
「ふふ。良かったねヴィヴィオ」
そう考えると俺に選択肢なんて無かった。
すっかり元気を取り戻したヴィヴィオと、そんなヴィヴィオを笑って見るなのはさんを見ながら、俺は箸を動かした。
……後でレシピ聞いておくか。
「あっ、ところで初孫は……」
「ないです」