鬱これ:財前提督シリーズ   作:駒由李

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提督が、ケッコンカッコカリをするように大本営から圧力をかけられているようです。提督LOVE? っぽい
▼このオネエ提督は「五月雨とケッコンカッコカリのちに養子縁組カッコマジをし、更にのちにいい男を捕まえてパパ2人で彼女と幸せに3人で暮らしたオネエ提督」な感じ。
お題は「晩霞」(http://www11.plala.or.jp/harutake/banka/banka_top.html)より。


目的のための手段、手段のための目的

 湯飲みが4つ、茶菓子が4つ。盆を片手に扉を叩く直前、そのバリトンボイスは響いてきた。

「そりゃアタシだって嫌だったわよ。カッコカリとはいっても、結婚だもの。アタシは格好いい男の人と一緒にタキシードを着てヴァージンロードを歩くのが夢だったし」

「失礼します、お茶をお持ちしました」

「ああ、有り難う。明石」

 ノックののち、応接室に入る。テーブルを挟んだソファには、4人の男女が向かい合っていた。片や、隆々とした体を窮屈そうに軍服――肩には大将を示す星――におさめた、坊主頭の男。それに五月雨。片や、この鎮守府の司令官と敷波だ。明石自身を除くと、ここの男女比は2:2だ。精神的には1:3のようだが。明石がそんな事を思いながらも湯飲みを並べていくと、五月雨が擽り笑う。ここの五月雨ではない彼女は、隣の彼を示していう。

「そうなんですよ。ウチの提督、本当に嫌がって。私があの頃1番レベルが高かったから、ケッコンカッコカリの相手に選ばれたんですよ。私はそんなに嫌われてるのかと思って泣いちゃったくらいです」

「あの時は悪かったって! でも今はちゃんとかわいいわよ。いつか貴女が退役したら養子縁組しましょーねー」

「ねー。提督も、いつか格好いいお父さんを連れてきてくれるんですよねー」

「いい男捕まえてくるからねー。期待しててねー」

「……芽生えたのは、恋愛感情じゃなくて親子愛でしたか」

「ちょっとこの2人は特殊だと思うよ、司令官」

 顔を並べて頷き合う、厳つい高官と駆逐艦の少女。そんな2人と向き合う形のこちらの司令官は、敷波と共に頭を振った。明石は芋羊羹を並べながら、密かに状況を察する。その司令官の手に握られた封筒に首を傾げつつ。

 大本営から高官がやって来る。辺境にあるこの鎮守府に訪れたその突然の報せに、動揺が走った。汚職や収賄などを防ぐ為に、末端の施設へ定期的に視察が入るのはよくある事だ。しかし、今回の訪問は予定されていなかったものだ。この鎮守府に、見られて疚しいものはない。しかし、質の悪い軍人であればどんな難癖をつけてくるかわかったものではない。へたをすれば賄賂を要求される可能性もある。そもそも、ここの司令官は問題を起こして昇進という名の左遷をされたのだ。どんな事をされるやら――その心配は、訪れてくる士官が、ここの司令官の知人であった事から杞憂となったものの、司令官自身はうんざりとした顔をし続けていた。工廠で装備を作りながら溜息を吐く司令官に、明石は問うたものだった。

『変な事をいわれる心配はないんでしょう。何でそんなに憂鬱そうなんです』

『どんな顔に見える、明石』

『たとえていえば、三十路前後のバリバリ仕事をこなすキャリアウーマンが、親戚のおばさんから見合い話をしつこく持ちかけられている時の顔ですかね』

『正解』

『えっ』

『正解なんだ』

 スパナを動かしながら深々と嘆息する司令官の言葉の意味を、その時の明石は理解できなかった。だが今、こうして漣の代わりに茶を持ってきて理由を察した。文字通りだったのだ。つい最近に実装されたケッコンカッコカリを、当時はまだ後方支援担当だった明石も、話には訊いていた。

 どちらかといえば、艦娘のメンタルケアの側面が強いというその機能。カッコカリの名の通り、実際に籍を入れる訳ではない。具体的なメカニズムは前線の士官や艦娘自身ですら知らないが、この機能を実施された艦娘は、コストパフォーマンスや戦闘能力の向上の箍が外れるという。ただ、その性質上、艦娘ひとりとしかそれは出来ない。中には大本営に贈賄を行ってまでジュウコンを行う司令官もいるらしいので、仕組みの上では艦娘全員と行う事も可能らしい。だが繰り返すが、これは常に前線に身を晒す艦娘の為の機能である。ジュウコンを行う事で修羅場を演じた鎮守府があったという報告もあるので、建前としては飽くまで相手はひとりというのが推奨されている。そしてそもそも、ケッコンカッコカリを行えるのは、カンストした艦娘とのみだ。そこまで練度の高い艦娘を従えている士官に下手な真似をして欲しくないというのが大本営の本音だ――とは、こちらの司令官の推測だ。そもそもなぜケッコンカッコカリなどという名を冠したのか、彼の質問状への返答はいまだない。

 それはともかく、と前置いた大将はいう。顔を引き締めると、威厳のある偉丈夫だった。茶菓子を並べ終えた明石も、思わず立ち去らずに盆を両手に立ちつくす。

「貴男のところの扶桑ちゃん、もうカンストしたんでしょう。貴男のところの初の戦艦だった子。確か沖ノ島で回収したんだったかしら。彼女は戦艦だし、そこそこ燃費も悪いから相手には丁度良いんじゃなくて」

「燃費云々に関しては、何とかやりくりをしているので問題ありません。それに、まだこの鎮守府で練度の低い艦娘は多いんです。ケッコンカッコカリを決めるのは早計ですよ」

「またそんな事をいって。ちょっと、そっちの敷波ちゃん。貴女のところの提督、ちょっと頑固すぎない。この子にいい人はいないの」

 淡々と言葉を返す、部下に大将は呆れて尋ねる。五月雨と向かい合って芋羊羹を頬張っていた敷波は、慌てて茶で飲み干した。そして答える。渋面を作る、口元には食べ滓が残っていた。

「この人、そういう話をしたがらないんですよ。一応、レベル90以上に達している艦娘は他にもいるんですよ。金剛や赤城、山城や比叡なんかがそうですね。改二という点では、霧島と比叡も行われてますよ」

「あらー、金剛ちゃんもなの。改二にまで改造しておいて、金剛ちゃんっていえば懐こい子じゃない。あの子とケッコンカッコカリをする士官も多いっていうし、貴男のところの子も例に漏れないでしょ。したら」

「ウチの金剛、どっちかっていうと司令のお姉ちゃんみたいですよ。余所の金剛さんとは違うみたいです」

「あらそーなの、敷波ちゃん。確かに金剛ちゃんは長女だけど……この子ったら甲斐性ないわね~。提督LOVEとかいわせてなんぼでしょうが」

「……いわれたい放題ですね、司令」

「いいんだよ、明石。言論の自由は保障されて然るべきだって、ウチの教授もいってたし」

 彼を肴にして盛り上がる彼……女達の声は無慈悲だ。耳打ちする明石に、微笑む司令の目は暗い。

 不意に、大将はそんな彼らを見ていう。

「そういえば、そっちの明石ちゃん。貴女はレベルは今、いくつなの」

「えっと、47です」

 素直に答える、明石の背中で鉢巻きが揺れる。それは明石が既に1回目の改造を終えている証だった。大将も五月雨も、意外そうに目を瞠った。

「あら、それなりに高いのね。春に着任したばかりだし、レベル1のままっていうところも珍しくないのに。実戦に出されてるのかしら」

「演習に優先的に組ませてるんですよ」

 割って入ったのは、こちらの司令官だ。彼は僅かに眉を顰めながら、大将に向き直っている。目を瞬く明石の前で、彼はいう。

「彼女の本業は泊地修理です。下手に出撃させる訳にはいきません。かといって全くレベリングしないのも、有事の際に困りますからね」

「ふぅん、大事にしてるのね」

 意味深長に微笑む大将を、五月雨も明石も不思議そうに見遣る。敷波は複雑そうだ。その中で、彼はいう。

「艦娘は艦種によって相応しい接し方というものがあるでしょう。駆逐艦や巡洋艦は夜戦、戦艦は火力と耐久、空母は空爆。工作艦の彼女に対して扱いが違うのは、ただそれだけの話ですよ」

「まぁ、そういう事にしておいていいけどね」

 明石は、大将の視線につられてそれを見る。司令官が、封筒を握る手の力を強くしたのは気のせいか。大将は、隣で芋羊羹を食べ終えた五月雨を見ると、「そろそろお暇するわ」と立ち上がる。それに倣う司令官に、大将は逞しい顎に人差し指を添えた。割れた顎を黒く彩る髭が豊かだ。

「今日のところは、これで引き上げてあげるわ。上にはアタシから言い訳しておくわね。これからもこの件についてはアタシが中継しておくわ。これは貸しにしておくわね」

「わかりました。返済期限は100年後の今日にしましょう」

「書面にしてやろうかクソガキ。……ま、その図々しさで、精々頑張りなさい」

 敬礼しながらも答える彼に大将は悪態を吐きながらも、その片手を、連れ立つ五月雨の頭に乗せた。その顔には、苦みが濃い。その表情の意味を、明石も敷波も察し得なかった。

「貴男に捜しものがあるのは、わかってるからね。それが終わったら、取り立てに来るわ。それじゃ、敷波ちゃんも明石ちゃんも。この子をよろしくね」

 そういって、大将は五月雨と共に去っていった。

 

「提督は、なんでここの司令官さんとお知り合いなんですか」

 そう問うてくる、五月雨の疑問は尤もだった。見送られ、帰りの船に乗り込もうとする上官に、五月雨は艤装を点検しながらも首を傾げる。清楚でかわいらしい容姿の彼女が、駆逐艦といえど、一般軍人のそれと比にならない戦力を持つ事を、大将はよく知っていた。

 そんな彼女を見下ろしながら、大将は思い出す。幼少の砌、まだ、自身の精神的性別を理解していなかった頃。家族で乗っていた客船が、深海棲艦に襲われた。その時に通っていたのが、この鎮守府の近辺だった。

 その時に救助に当たったのが、当時の艦娘達だった。拉げた船体に巻き込まれそうになっていた自身を引っ張り出した艦娘の顔を、今でも覚えている。

 それが、今のこの鎮守府。現在の司令官と同じ顔をしていた。

 ……彼女の辿った運命を知ったのは、家の方針で軍に入隊してからだった。

「……五月雨。ここの司令官を見て、どう思った」

「どう、といいますと」

 質問を質問で返され、戸惑いながらも、五月雨は更に問い返す。大将はいった。

「あの子を見て、誰に似ていると思った」

「……うーん、よくわかりませんが……何となく、艦娘っぽいな、とは思いましたね。女顔、という訳ではないですが。軍人さんにしては線が細いからですかね」

「そう。そういう事よ」

「へ」

「わからなければいいわ。五月雨。……貴女には、アタシがついてるからね」

 この少女は、まだ、艦娘の引退後に待ち受ける、「兵器の生産」を知らない。科学技術の発達、そして権利団体の力が強まった現在、「それ」への負担は激減した。それでも、艦船血統の子供を産むのは、艦船血統の女性の方が流産や死産率がずっと低い。だから、徐々に実年齢に見合った年頃へと体が成長しつつある彼女も、いずれはそれに携わる。可能な限り、生ませ続けられるだろう。1番の回避方法は結婚だ。それでも最低ひとり、事実上2人は、甲種の男性との子供を産まなければならない。深海棲艦との戦いが続く限りは。それをわかっているから、大将は五月雨の頭を撫でる。いい人を見つけてやらねば、もしくは、彼女自身にそういう出会いがあれば。それを願っている。そして、同時に、大将は、今自身が出てきた建物を見上げた。先程話してきた司令官がいる鎮守府だ。

 相手としては、艦船血統であり、軍人でもあるここの司令官のような男が、艦娘の結婚相手として、軍としては最も望ましい相手だ。実のところ、他のところの司令官には、ここまでケッコンカッコカリをせっつかない。勝手にするからだ。ここの司令官には、是非とも、艦娘と結婚して欲しい。大本営はそう考えているから、少しでも縁を持たせようとしている。それを内心でひどく疎ましく思いながらも、大将は考えるのだ。

(どうやら、あの子に気があるんでしょうに。はっきりいわないと、傍にいる子がかわいそうよ)

 敷波の表情の意味を、大将はわかっていた。思考に没頭しそうになる大将を気遣ってか、五月雨は話題を逸らすように尋ねた。

「有り難う御座います……? それは置いておいて、そういえば、あのお手紙は何だったんですか。ここの司令官さんに渡してましたけど」

「あぁ、ついでに頼まれてね。なんて事はない、ただのお手紙よ。出欠確認のね。ま、内容なんて、封筒とあの子の反応を見れば直ぐにわかったけどね」

 大将は思い出す。最初に手紙を渡した時。それの差出人の名を見て、彼は、敷波と同じ表情を浮かべた。

 

「それ、結婚式の招待状じゃないの」

 見送りののち、執務室へと戻る。現在、泊地修理の必要な艦娘はいないので、手持ち無沙汰の明石は、司令官と敷波のあとをついてきていた。玄関から鎮守府へと入る時、司令官の軍服のポケットからはみ出たそれを、隣についていた敷波が見咎めた。明石も思わず、それを見る。

 はみ出て、そして落ちそうになったそれ。そこには、「Wedding Invitation」の文字が読み取れる。シンプルなデザインだが、しかし、普通の封筒よりも装飾性の強い封筒だ。落ちきる前に敷波が掴んだので、それを受け取った彼は、帽子の下で苦笑いする。苦しそうな、笑みだった。

「あー、うん。ついでに持ってきてくれたって。幼馴染みが結婚するってさ」

「……早くない。だって司令だって18歳だし、幼馴染みだったら大して年の差ないんじゃ」

「6歳上のお姉さんだったから、早すぎるって事はないんじゃないかな。返事を出さないとなー」

 封筒を手にする彼の背中は、ごくいつも通りに見えた。司令官と明石は、前線で戦う仲間としては付き合いが浅い。だが、明石は元々後方支援担当として当初から鎮守府にいたのだ。最初につく秘書艦以外でいえば、大本営から課せられる任務を管理する艦娘と同じぐらい付き合いが長い。時に風邪をひき、時に悪ふざけをし、時に笑っている彼の姿は、日常の1部を切り取って集めたように覚えていた。それは、漣と共に、ほとんど初期から秘書艦として寄り添っている敷波ともまた違う接し方だった。そんな彼女は、何の気なしに問いかける。敷波がその横顔を見上げたまま、黙っていたので。

「式はいつ頃なんです、行くなら予定の調整とか必要でしょう」

「え」

「え」

 敷波が振り向く。明石も声を上げた。司令官は一瞬、立ち止まっていた。

 しかし、直ぐに短靴を前に出す。振り向かなかったが。

「あーうん、そうだね。うん、出席に、するか。●月だってさ」

「随分と日が遠いわね」

「俺に気を遣ってくれたってさ。添えられた手紙に『感謝しろ!』って恩着せがましく書いてるよ。あの人はそういう人だからね。こうして海外勤務してるからってさ。俺が出席するに決まってるって、端から疑ってないんだろうな、屹度」

 その声音があまりにいつもと同じで、寧ろ楽しそうですらあったので、明石は敷波が返答しない事に違和感を覚えなかった。時にひどいブラックジョークを放って呆れて言葉を失わせる姿は、よく見ていたからだ。だから、明石は笑って歩を進める。少し、距離が縮んだ。

「じゃあ、その時はお祝いを考えなくちゃですね。司令、新年会の時なんかも体を張って芸をなさってたりしてたじゃないですか。屹度、そういうのを見せたら、とても喜んで貰えますよ」

「そうだね。祝って、喜んで貰えるのが何よりだ」

 そう答えて振り返った司令官は、確かに笑っていた。それを見上げて、敷波はいう。

「男の恋は名前をつけて保存、か。司令、そろそろ演習の時間でしょ。明石もだよ」

「あ、そうだったそうだった。明石、艤装つけてきて」

「了解です!」

 最初の言葉は彼女の口の中で消えた。あとの言葉に、司令官も明石も、二手に分かれて慌てて早足で歩き出す。敷波は司令官の方へとついていく。その背中に、声をかけた。

「司令官」

「何、敷波」

「泣いたっていいんだよ」

 一瞬、一瞬だけ間が空いた。しかし、答えは直ぐに返ってきた。

「俺は、目的を優先させる事にしたから。何もしなかった奴に、悔しがる資格なんてないよ」

「あっそ。ま、明石に関しては、逃がさないように気を付けなよ」

「そうする。ケッコンカッコカリなんて、体の良い言い訳もあるし。じわじわ距離を詰めていく事にするよ」

 淀みなく返ってきた答えは明快だった。それに敷波は、笑みさえ浮かべてしまった。

 

 

 

End.

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