▼鎮守府の床って冷たそうですよね……_(:3」∠)_ あと割とこの提督の味覚はスイーツ()。
書類を決裁する、司令官はいう。
「夏だねえ」
「そうだなー」
団扇を扇ぐのは、窓辺に腰を掛ける天龍だ。襟元を緩めた彼女は、風鈴の鳴るそこで外の景色を眺めている。工廠の音と、波の音。今のところは何の異状もない。その隻眼が遠く、水平線。漸く日が傾きつつある空に注がれているのを見もせず、司令官は隣の電にサインを終えた書類を渡す。電は袖を捲っていた。額には薄らと汗の玉が浮いている。いつも大人しい表情だが、今日は一段と力ない。それでも努めて笑おうとしているようだった。
「夏といえば、司令官さんは何を思い出します」
「夏ねえ、甲子園かな」
「さすが野球馬鹿」
笑う天龍の顔は、暑気を吹き飛ばそうと躍起になっているように見えた。それに、手を止め、側に置いていた手拭いで額を拭いながら司令は唇を尖らせる。
「いいじゃん。それとスイカでしょ、アイスでしょ、素麺でしょ、それに野菜カレー」
「食べ物ばっかりですね……電は花火です、線香花火とか」
「おーいいな。今度やろうぜ、司令。線香花火もそうだけど、ロケット花火とか蛇玉とか」
「おっけー。じゃあこの書類のついでに今から上に花火代の予算をもぎとり、もとい申請してくるよ。そろそろ敷波も戻ってくるだろうし、ファミリーサイズじゃ間に合わないしね」
電の言葉に、天龍は団扇を叩く。司令官も笑いながら、横に積み上げた書類に新たに目を通した。
はた、と。その手が止まったのはその時だ。再び動き出した時、司令官の口も開く。
「夏……花火といえば、花火大会……お祭りかなあ」
「あぁ、宵宮とかいいですよね。綿飴とか、らくがきせんべいとか」
「ここでもやるんだろ」
「やるよー」
2人の言葉に頷いた。その拍子に、首筋から垂れた汗が、タンクトップの下の胸へと垂れていった。それを煩わしげに拭き取りながら司令官は笑う。暑さに茹だった様子で、喉が少し嗄れていた。
「日本人街の人達に出店して貰ったり、艦娘や一般軍人が出したりね。その時も最後に花火で締め括るのが定番らしいよ。俺は去年の今頃はまだいなかったから、古株の人達に聞いたんだけどね。基本的に実年齢が成人してる艦娘にお知らせがあるけど、大人と一緒に出店すれば未成年でも大丈夫だよ。来年からはやるかい」
「やってみたいのです! 林檎飴とか売りたいのです」
「おー、いいな。ならオレは来年、焼きそばでも売ろうかな」
「ははは。……そういえば、海軍以外の祭りって中学以来行ってないなあ」
意気込む2人に笑う司令官は、ふと、思い出したようにいう。半ばひとり言だったが、どこか寂しそうな様子に、天龍も電もそちらを向く。先に尋ねたのは電だ。
「司令官さん、お祭り好きだったんですか」
「好きだよー。射的も輪投げも花火も籤引きも。チームの皆で練習帰りに寄ったりとか。特に、養母の里帰りで行った先の地元の祭りは盛り上がってて面白かったな。大きい武者絵が描かれた山車を引き回して、心臓に響くぐらいの大きい太鼓の音が響いてさ。まあ、地元の人曰く『混むし交通規制かかるから面倒臭い』らしいけど」
「祭りって地元民にとってはそんなもんだおなー。オレも、あれは5月にやるのだけど、地元ででっかい祭りがあるんだけどさ。でっかくなりすぎて大変だって聞いたぜ。まぁすげー盛り上がりはするんだけどよ」
「お祭りって大変なのですね……」
「まあ、何にせよ、皆で楽しく盛り上がれるのがベターだね。お、そろそろ敷波来たかな」
万年筆の柄を手拭いで拭く。汗で滑るのだ。サインを終えた書類を重ねていく、電の耳にも、近付いてくる小気味良い足音は届いていた。
電は、辺りを見渡した。
「……この光景見たら、敷波ちゃん、怒りそうなのです」
「怒るだろうな」
天龍が相槌を打った時、扉が叩かれた。司令官が返事をすると、少しばかり勢いよく扉が開いた。盆にグラスを乗せた敷波がそこに立っていた。
「司令官。冷たいの持ってきたよー。ご所望の人参と林檎とカルピスのジュース、……」
途端、敷波は黙り込む。代わりに声を上げたのは天龍だ。
「お、うまそーじゃん。何か女子力高いもん頼んだんだな、司令」
「いいじゃん、暑いから甘いのが欲しいんだよ。あとあげないから。給湯室に材料はある筈だから自分で作ってきなさい。敷波は御苦労様」
「ちぇー。おい敷波、どうしたんだよ。暑くてばててんのか」
ぼやいてから、扉で突っ立つ敷波の顔を覗き込む。盆を取り上げた天龍は、執務室を見渡した敷波の目線を追った。
床一面を見渡していた。先程の電のように。
……床に広がるのは、言葉もなく突っ伏している、艦娘達だ。艦種問わぬ彼女達は、それぞれだらしのない格好で、冷たい床の上に転がっていた。
筆頭が、机の前でタンクトップ姿で転がっている司令官である。傍らに書類、傍らに軍帽。きょとりとした顔で頬杖を突いていた。
はたと視線を上げる。所定の位置に、エアコンはない。明日にならなければ、それは帰ってこなかった。鎮守府のほとんどのエアコンがそうなっている事を、彼女は知っていた。
けれども。敷波は声を張り上げた。
「あんたら、いくらエアコンが壊れて暑いからって、床で寝そべるな!! しかもここ執務室!!」
「怒ると余計に暑くなるよ、敷波。床で冷をとるのも夏の風物詩だよ」
「汚いだけだよ!! 天龍も電も止めなさいよ!!」
「えーだって、事実暑いだろ。ここ、広いからたくさん艦娘が横たわれるしよ」
「司令官さん、下手すると熱中症で倒れられそうだったので……私達ならまだ頑丈ですけど、司令官さんはそうもいきませんし」
「甘い! あんたら司令官にも仲間にも甘い!! そこになおれーっ!!」
打ち上げ花火のように大きな声が、鎮守府の執務室から響いた。夏のある日の事である。
End.