提督の実母に関しては特定の艦娘は定めてません。軽巡というだけ。
▼作中で提督がやってる防寒対策は書き手が実際高校生時代がやってた代物です。膝掛け2枚重ねは当たり前でした。場合によってはホッカイロを貼り付けたりとか(勿論膝掛けに)。4階の教室で毎日5時過ぎまで机に座ってたから雪国の冬は冷える冷える。普通科の授業が終わったあとの講習の時間になるとヒーターが止まるんで備え付けのストーブをがんがんつけるんですが、真冬は氷点下が当たり前の地域だもんで寒いもんは寒い……そして乾燥するので静電気は敵でした。膝掛けと机の金属部分との相性の悪さといったら
▼今更ですが、うちの鬱これシリーズは星/野/之/宣先生の作風に影響されてます。氏の作品を読み直してて今更自分で気付いたという……大体あれぐらいの鬱度です。私にとってのSFといったら星/野先生と田/中先生。あとロボットものといえばパ/トレ/イバ/ー、次点で勇/者/王シリーズ。
今月、秋の合同殲滅作戦が行われる。それに先だっての事だった。執務室の扉を叩き、入って来た彼女は敬礼する。長い袖が揺れた。
「扶桑、改装終了しました」
「ん。御苦労様。……こういうのも、何だかおかしいけど。大きくなったねえ」
「えぇ、色々と」
顔を上げる司令官に、彼女は楚々と笑んだ。大きく作られた、観音開きの執務室の扉。そこから入ってきた扶桑が背負う艤装は、以前の倍程にも大きくなっていた。
「扶桑型1番艦扶桑」血統の改二の実装である。同時に、伊勢型の補正も行われた。大本営が航空戦艦の強化に乗り出したのだ。
机に肘を突きながら、渡された報告書に目を通す。工廠から帰ってきたばかりの彼女を見上げる司令官の目は感慨深げだ。交互に見遣るは、その日付である。
「君がウチの鎮守府に来て1年近くになるけど、正直、改二が実装されると思わなかったよ」
「それは私もですわ。山城も途惑っていますし……それにしても、合同作戦の前に資材を大量消費する改造によく許可を下ろしてくれましたね」
「そりゃね。君は夏の作戦の時点で練度が限度まで達していたし、その時にも活躍して貰ったしね。君が更に強くなってくれるなら、悔いのない投資だよ」
頬に手を添える扶桑に、判を捺した書類を渡す。それを受け取る彼女の仕種は、変わらず軽やかだ。背中に背負う艤装の重さなど、微塵も感じさせない。それに改めて、一般人と艦娘の差異を覚える。艦船血統丙種――艦娘と一般人男性との雑種1代目の男性――の自身は、一般人の男性に比べれば膂力は強い。軍人として訓練したから尚更だ。しかし「母」が軽巡洋艦だった為、戦艦娘の力には到底及ばない。扶桑の艤装を背負った瞬間に、自身は引っ繰り返ってしまうだろう。それが容易に想像できたので、つい口元が緩む。怪訝そうにした扶桑に頭を振れば、不思議そうにしながらも、ふと、彼女はいう。まるで、思いついたように。
「そもそも、航空戦艦に改装して下さった時点で、私にとっては驚きでした」
判を仕舞う手を止め、司令官は顔を上げる。実年齢に見合わぬ幼顔は、先程の扶桑よりもより怪訝そうだ。
「……確かに君を航空戦艦化すると、火力が下がった。でも、そんなのは司令官の運用次第だ。そもそも、航空戦艦は扶桑型と伊勢型しかいないんだよ。貴重な人材を成長させない手はないでしょ」
「司令は、そういってくださるんですね」
報告書を両手に持つ、その手は白く、小さく、たおやかだ。その手と、背中に背負う物々しい艤装があまりに不釣り合いだった。そんな彼女は、さらり。長い黒髪と共に、鉢巻きを揺らした。
「『以前』の『提督』は、火力が足りなくなるからと、戦艦のまま運用してましたから」
「……」
楚々とした笑み。それから放たれた言葉の意味。それを、咀嚼した。
「――」
刹那に閃いたのは、彼女との出会い。着任して日の浅かった頃。
南西諸島海域の最奥、沖ノ島海域。攻略の最中、彼女はやって来た。この鎮守府初の戦艦娘、扶桑型1番艦・扶桑。建造ではなく、サルベージだった。
彼女は、海からやって来たのだ。
その意味を、軍人達の間で限りなく真実に近い噂として流れている俗説を、――そして、自身の血脈に流れる「記憶」を加味した。微笑んだままの彼女に、最初に問うたのは、「何年前の話かな」という、一見脈絡のない問いかけだった。それに、扶桑は頭を振る。
「全てを覚えている訳ではありません。ただ、恐らく、20年ぐらい前の話です」
「そんなに……その間、サルベージされなかったの」
「あそこには、多くの『艦』がいますから」
その答えで、司令官は悟る。眉を顰めた。難関海域だ。深海棲艦との戦いがはじまって100年が経つ。そこでサルベージされる事の多いという「扶桑型」が、それだけあそこで轟沈した事を示していた。同じ姿形をしているように見えても、ひとりひとりが異なる艦娘。下手をすれば、それこそ100年前に生を受けた艦娘がサルベージされている事もあるのだろう。司令官は改めて眉間を引き締める。
艦娘のシステムは、近年、ベニクラゲの不老不死に近似しているとまことしやかに唱えられるようになった。ベニクラゲはある程度年を取ると、「若返り」を起こす。赤ん坊にまで戻り、そして再び成長する――「艦」に一般人の死は該当しない。1度轟沈した艦娘が、深海棲艦となり、再び艦娘としてサルベージされる。これは「艦」が人間側に戻る為に必要な過程なのではないか――艦娘と深海棲艦が同一の存在であると主張する者達が唱えている説だ。この説を信じ、轟沈する程のダメージが与えられた艦娘をなるべく回収し、地上でとどめを刺す事で「深海棲艦に勢力を増やさないようにしよう」と声高に主張する者までいる始末だ。
流れる風聞に関して、大本営は一貫として主張している。「艦娘は人間だ」と。
(人間ではない、といわれた方が余程楽だ)
自身の半分に流れる「艦」の血。人生の岐路でそれに振り回される度、司令官は強く思った。そして、今。海軍士官となった司令官の前に立つ艦娘は、優しい瞳で彼を見下ろす。
それは、まるで母のように。
「それに、屹度、貴男のお陰です。私が『こちら』に戻ってこられたのは。貴男がここの司令官になったから、縁が生じたんでしょう」
「縁」
「司令。貴男のお母様も、ここの鎮守府の所属でしたね」
「――」
それは、核心。
ここまで言い当ててきた艦娘は、彼女がはじめてだった。
無言で、肯定を返す。半ば睨め付けるように見上げた。扶桑は、ただただかなしげに笑んでいた。彼女は尋ねてくる。ただ、心配そうに。彼女が知らない筈の事を。
「……弟さんは、お元気ですか。あなた方が生まれた時、私達は無力でした。特に、兄の貴男は、お母さんのお腹の中にいた時に、戦場の深海棲艦の影響をまともに受けてしまったと聞いています。丁度、弟さんを庇う形でお腹の中にいたから。胎児は、母体よりも影響を受けやすいのに……。……貴男の容姿や、虚弱体質はその為でしょう」
憂いを帯びた声で告げられるのは、20年前のこの鎮守府の惨状だ。近年は、世間からの影響もあり「ブラック鎮守府」などという冗談めかした言葉がある。しかし、昔は違った。それが間違っていると、誰も指摘できなかった。
間違っていると、理解できなかった。艦娘への扱いの劣悪さ、それが顕著に出た事件が20年前に起きる前までは。
空白の20年。艦娘への扱いは劇的に変わった。その過程を知らぬ扶桑は、戻ってきた今、その恩恵に与っている。自身の極地にまで達した今の彼女は、嘗ての赤子に向けていう。
「サルベージされてここに来た時、正直にいえば驚きました。貴男が、成長できていた事に」
「多分それは、俺を育ててくれた周りも驚いてるよ。……弟は大丈夫。人よりちょっと頑丈で、俺よりずっと健康だよ。金にも汚いし命根性も汚い。屹度長生きする。俺も、まあ、それなりには生きられるんじゃないかな。丙種だから」
「丙種だから……」
途惑う扶桑。彼女にとって、一般人よりも艦娘の方が頑丈だという考えの方が強いのだろう。それがわかっていたから、司令官は言葉を重ねる。指を組んで。
「轟沈した艦娘のなれの果て、深海棲艦は幽霊のようなもの。今の俺は、胎児だった頃にその幽霊から受けた影響で、半分……とまではいかなくても、1/4ぐらいはお化けみたいなもんだ。ゾンビといった方が近いかな。だから、偶に身体のどこかが生きる事を忘れるんだと思う」
「……そんな」
「でもね。そんな俺の身体を何とか保たせてるのは、『人間』の部分だ」
知らず、指に力がこもる。
「艦娘ではない、『一般人』の父親の部分。それが、俺を生かしてる。俺をこの世に留め置いているのは、『艦娘への集団暴行事件』の犯人のひとりとして軍法会議で処刑された、父親の血なんだ」
「――」
その目に、怒りとも憎しみともつかぬ激情が覗いた。しかし、それも刹那。司令は瞼を降ろす。
「……人間、助け合って生きるもの。俺は他の人より助けて貰わないと生きていられない。とっくにこの世にいない人間にすらね。そうやって開き直ったから楽になったよ。理不尽を許す気はないけどね」
「……司令、貴男は」
「ねえ、扶桑。その様子だと、俺の母親の『最後』を知ってるんだよね」
改めて顔を上げる。司令官は、真摯に見詰めてくる彼女に問うた。
彼が軍人になった、本当の目的の為に。
「知りたいんだ、扶桑。まだ『彼女』がサルベージされてない事はわかっている。俺の生みの母は、一体、どの海域で轟沈『させられた』んだ」
扶桑の赤い目に、苦渋が滲んだ。
その口が開かれたのは、数秒の躊躇いののち。
「……私が覚えているのは、彼女が南方海域に出撃させられたところまでです」
「南方海域」
「そこの最奥に」
「……あそこか」
「えぇ。何の装備も持たされず」
「…………なるほど。そこまで攻略が進んでいたのに、君が沖ノ島海域に沈んだのは、差し詰めS勝利によるサルベージ目当てだろうな。俺の母親の方は、『軍法会議を起こす一因となった邪魔者』としてついでに片付けたかったからかな。記録も改竄されてる、これじゃ行方不明扱いにもなる訳だ。……ああ、御免」
「いえ」
顔を顰めた扶桑に、ふと、司令官は同じような表情をする。それを見て、扶桑は気付かされる。
頭も身体も大人になりつつあるのに、幼さが残る。それは、この人がいまだアイデンティティを得られずにいる為だ。それを得る為に、この人はここにいるのだと。
何者かになる為に。
――ノイズの走る、嘗ての記憶。そこで、彼によく似た少女の姿が映る。声は聞こえない。あちこちに怪我の跡が残っていた。彼女は、空虚に笑っていた。こちらに手を振って。装備は、何も持たずに進水していった。
それが、最後の彼女の記憶。自身もその後の記憶がない。自身がこの事を思い出したのは、この司令官と顔を合わせてからだ。
「司令」
長くなっちゃったね、もう退室していいよ。辞去を促す彼に、扶桑は問う。
「秋の作戦が終わったら、あそこに行きますか」
「うん。行くよ。その時は君にも手伝って貰う」
他の書類の決裁を再開した彼は、顔を上げずに答えた。
「20年ぐらい、待たせちゃってるからね。その時は、ちょっとした不正行為をするけど……出来れば見ないふりをして欲しいな。大丈夫、君達に害のあるものではないから」
堂々とした宣言だ。肩を竦めて告げる彼の顔は、いっそ悪戯っぽくすらある。それに思わず口の端を緩めた。
「貴男が私達に害のある真似をする事は決してないでしょう。わかってますよ」
「……君にそういって貰えるのは、嬉しいな」
その言葉が、彼女が「昔」を覚えているからこそ発せられたものだ。それを扶桑は理解した。そして思い出したように続けられた言葉に、彼女は直ぐに頷く。
「そうだ、あのさ。……嫌な思い出ならいいけど、出来たら、『昔』の話、教えて欲しいな」
「えぇ」
「……有り難う」
司令官は、安堵したように微笑んだ。その笑みも、母親を思い出させた。
「君がそういう顔をしてくれる程度には、うちの母と仲は良かったんだろうから。君から聞けたら、少しは俺の頭の中にある『記憶』が、良いものと思えそうだよ」
そう答える司令官は、西日を浴びていた。その肩と膝にブランケット(所謂膝掛けサイズ。艦娘向けのかわいらしい色柄とデザイン)がなかったら格好良く見えた事だろう。「そろそろ暖炉の準備かストーブを用意しましょう」と忠告すれば、彼は途端に「面倒臭い」と煩わしそうに顔を顰めた。自身より遙かに膂力の強い艦娘に準備させるという発想はないらしい事に、扶桑は嬉しさがこみ上げた。
だが部屋を辞して、気付く。
『俺の頭の中にある“記憶”が、良いものと思えそうだよ』
(私達は「艦」の記憶を血で受け継ぐ、強力な記録媒体のようなもの。戦いに纏わる記憶を受け継いでいく。稀に、「艦」としての情報以外。特に鎮守府に纏わる事――それをどんな姿形になっても覚えている事があるのは、偏にあそこも戦場の1部だから。私が覚えているのも鎮守府での事……)
そこまで考え、扶桑は振り返る。
今し方出てきた扉の向こう。そこにいる、時に艦娘に間違われる、若すぎる司令官。彼は嘗て、艦娘の待遇を一変させた事件の被害者の子どもだという。彼は、一般人との雑種1代目の男性。艦船血統丙種と分類される人間だ。
そして、雑種1代目までは、記憶がまともに継承される。
(司令は、母親の記憶を「どこからどこまで」受け継いだのですか)
本来は昔から禁止されていた「現役中の妊娠」。それは流産などの危険は勿論、戦場による胎児への悪影響が計り知れないからだ。息子の彼にその影響がどこまで及んでいるのか。年不相応な落ち着きと、先程僅かに覗かせた激情。それらが示している可能性に、扶桑はいつもより一層表情を暗くした。扉の向こうの彼の事を考え。
もし、自身の考えている通りならば、彼を「良き司令官」たらしめているものは――
「……『反面教師』、かしら」
ひとりごちる。扶桑は歩きはじめた。暖炉の準備を大淀や間宮に手配してやろうと頭の隅で考えながら。
彼もまた、歩いているのだ。そう思うと、扶桑は再び足を付ける事の叶ったこの鎮守府の床を踏みしめる力が強くなった。
End.