▼今回の話でなんとなく提督のお母さんがどの艦娘か定めてみました。イメージ的に近かったので。
▼ケッコンカッコカリしてから関係を築いていくっていうのもありじゃないかなと思い。書いても関係が進みそうになかったのでとりあえず既成事実作らせました。
いつも落ち着き払った彼に、少しぐらい動揺させてみたかったというのもある。秘書艦に任命されたその日、済ました顔で、「軍令部よりお叱りのご連絡ですわ」といったのだ。すると彼は、このところは大人びてきた顔で目を瞬いた。
「えー、今更どれの事だろう」
「……心当たりがどれほどおありなんですの」
受け取る書類を捲る司令官は、ただ笑うだけで肩を竦めた。その肩章は「中佐」を示していた。
この辺境の鎮守府。彼が異例の若さで司令官に着任して2年以上が経つ。熊野がやって来たのは1年程前の事だった。
「提督がやらかした事、ですか」
「大淀なら元々、この鎮守府で事務処理をしていたでしょう。何が御存知ないかしら」
昼食時。書類を片手に蕎麦を啜っていた大淀の向かいに座った熊野は、ごく真剣な顔で箸を持つ。注文した鯖味噌煮定食はとても旨そうだったが、今の熊野は、午前中に司令官が放った言葉で頭がいっぱいだ。茶碗を手にする彼女は、鯖を箸で解きながら、目の前の「先輩」に尋ねる。
僅差ではある。大淀と熊野は同じ年にこの鎮守府に着任した。とはいっても大淀は元々、大本営から出された任務の整理を行う事務を担当していた。ゆえに間宮・明石・初期艦の漣らと同様、ここの司令官とは最も長い付き合いのひとりだ。だから、その中で1番司令官の事を知っていそうな大淀をこうして訪ねたのだ。白い飯の上に鯖を載せながら、熊野は胡乱に目を伏せる。
「……提督、大らかなようで腹が読めない方なんですもの。1年以上経ちますけど、いまだに慣れませんの。先程だって何をやらかしたのかわからないような事を仰有っていたし」
「提督のブラックジョークがきついのは今にはじまった事じゃないですよ。気にしていたらきりがありません。スルーしましょう」
「助言有り難う御座います。それはともかく……実際、どうなんですの。あの方、18才でここの鎮守府に着任したと聞きましたけど」
口に放った飯と魚を咀嚼し飲み込んでから、改めて尋ねる。自身がこの鎮守府に着任した時、見た目の若さに「極端な童顔なんだろうか」と思った。その時点で中佐の肩章がかかっていたからだ。まさか成人すらしていなかったなど、誰が想像しようか――それでも艦娘達の士気や練度は高く、戦略・戦術指揮も非凡さを感じた。ただ、時折見せる横顔が、どこか敵対する深海棲艦を思わせるところがあったのが気がかりだったけれど――女顔でもないのに、どこか艦娘とも間違える。不可思議な空気を漂わせていた。
明らかに尋常ではない何かがあった。しかしそれをうまく言葉に出来ないまま、自身は重巡洋艦から航空巡洋艦に改装され、最上や鈴谷と共に戦績を上げながら今に至る。最近やって来た三隈や、改二になった利根型姉妹に水上爆撃機の使い方の指導を任されたこの頃は、漣や敷波に代わり秘書艦を務める事もある。そうして司令官に接していて、今まで沈めていた疑問が再び持ち上がってきたのだった。そんな自身を一瞥すると、書類を一旦傍らに置いた大淀は、蕎麦を啜る。それをかみ切ると、飲み込みながら「昇進という名の左遷ですよ」という。
「あの提督の性格を見ればわかるでしょう。あの人は非常に優秀です。しかも目的の為なら手段を選ばないところもある――私達の事はとても気に掛けてくれますが、被害が自分にしか及ばないなら何だってする人ですよ」
「自分にしか」
「自分で責任を取れる事なら何でもやっちゃうんですよ。ひいては、その場の咎を全て自分一身に集める事も得意。まぁ、だからこそここに『昇進という名の左遷』で済んだ訳ですが」
「……」
大淀の言葉に、その裏に隠されたものを推察する。味噌汁を啜った。
咎を全て一身に引き受ける。それは出世に関わる事だろう。たとえば上官が失態を演じても、それを押しつけられる前に自らその失敗を自分のものにすれば恩を売れる。
逆にいえば、そんな風に自由に立ち回れるのならば。咎を回りに押しつける事も可能な訳だ。一体、前任地ではどんな咎を受けたのか。あるいは咎を「引き受けた」のか。こんな遠くに昇進という形で島流しをされたのも、ひょっとしてこの能力を買われてほとぼりを冷まさせる為だろうか。士官学校を卒業したと聞いたし、いずれは大本営に戻るのか――考え込む熊野に、大淀は蕎麦を啜る。彼女にいわなかった事がある。
そも、あの若き士官がここに飛ばされてきたのは、偏に「この鎮守府に来たかった」からだ。それを知ったのは、1年と少し前のあの日。密やかな「不正」に彼女も関わった事からはじまる。
「そういえば、今度、提督は大佐に昇進されるそうですよ。この間の合同作戦の成果を受けて」
「私が来た時点で中佐に昇進したばかりでしたのに?!」
「多分、そろそろ大本営も彼を召還したいんじゃないでしょうかね」
話題を逸らす為に、先程から目を通していた書類の内容について口にする。熊野の驚きも当然だろう。成人して間もない彼が、士官学校を卒業して3年と経たないうちに2階級も昇進するのだ。そして大本営のその意図を予想しながら、苦笑する。
その視界の隅では、立ち上がる同僚の長い赤毛が揺れた。彼女の左手の薬指を見て、大淀はいう。
「提督は『色々と』貴重な人材ですから。まぁ、暫くは離れないでしょうけどね。ところで、提督は予定通り、酒保商人の人と面談をしてるんですか」
「えぇ、盛り上がっているようですわ。漣が同席しています」
いつもならば、「司令官専用」の巨大な丼飯を何杯もお代わりしている時間帯だ。しかし姿が見えない。辺りを見回す大淀に、熊野は漬け物を頬張ったのちに驚いたような表情を見せる。
「本当にそっくりですのね。提督のご実家は酒保を営んでいるとは聴いていましたけど、今日いらしたのは提督の双子の弟さんと、『お姉さん』かしら。ショートカットの……久し振りにお会いすると聞いてましたけど、本当にご家族とそっくりですのね。……」
「どうしました」
はた、と。熊野は箸を止める。それに、レンゲで蕎麦の汁を啜っていた大淀は顔を上げた。熊野はしげしげと、目の前の軽巡洋艦娘の顔を見ている。
「……こうしてみると、大淀。貴女って提督に似てますのね。提督はあの『お姉さん』や弟さんに似てて、貴女は彼らと似ていますから、顔立ちだけで見ると……髪や目の色が違うから気付きませんでしたわ。ちょっと眼鏡を外してくださらない」
「ご飯が見えなくなるのでまた今度にしましょう」
蕎麦の椀を掴み、豪快に直接汁を啜る事で熊野の手を妨害する。顔を隠したかった。
似ているのは当たり前だ。そしてそれを認める訳にはいかなかった。「彼女」の安寧の為にも。
最大の「やらかした事」を隠蔽する為にも。
食堂を出る。腹ごしらえは済んだ。午後の工廠の業務に戻らねば。そう思っていた矢先、不意に視界にその姿を見て顔を上げる。
「提督。弟さん達はお帰りになったんですか」
「あぁ、明石。うん、話は終わったよ」
昼食を摂りに来たのだろうか。二種軍装に中佐の肩章をつけた少年が、ゆったりとした足取りで歩いてきていた。否、既に青年といっていいだろう。彼女が、漣と共にこの鎮守府にやって来た彼、司令官とはじめて会った時よりも、彼の幼さは抜けていた。心なしか背も伸びた気がする。男性は25才まで身長が伸びるという。「180cmは目指したいなあ」とは、それを指摘した際の、心から嬉しそうな彼の言葉だ。軍人としては小柄な背丈を気にしていたらしい。この年にしてもうすぐ大佐になるという人物とは思えないかわいらしい悩みだ。そんな事を思いながら、ふと、傍らに随伴していた筈の少女の姿がない事に気付く。
「漣はどうしたんです」
「途中で敷波とどこかに行っちゃった。なんか敷波、最近、近所の日本人街の店で働いてる男の子と好い感じだとかで。ランチについてってあげてるって」
「あらあら」
どこか拗ねたようにいう、司令官の心情を察して思わず微笑む。この艦隊の駆逐艦で最も練度の高い敷波は、その分、司令官とは漣に次いで長い付き合いだ。傍から見ると兄妹のようにも見えた。妹を取られた気分なのだろう。おまけに初期艦の漣さえ妹分の恋を応援しているときた。それゆえに最近は他の艦娘を秘書艦にする事が多い。彼女達の予定に合わせてやっているのだ。それでも面白くなさそうな彼に、明石は微笑む。廊下の窓際。司令官と自分の左手に光る薬指が、少しだけ眩しい。
あれから1年以上経つ。「あの1件」の直後、前触れもなくケッコンカッコカリを申し込まれた。否、他の艦娘、特に大淀や漣・敷波などからすれば、大分前から司令官からの態度はあからさまだったという。断る理由もなく、また、普段は飄々とした司令官が耳まで真っ赤になっているのを見て「絆された」のが最初だった。受け入れれば「断られると思った」と、帽子の鐔をおさえて心から安堵した様子の顔に新鮮さを見出したせいもあったかも知れない。
1年前、海から取り戻したある軽巡洋艦娘を、速やかに引退させた。その時の素早さとはあまりに裏腹だった。
『明石、すまない。君も巻き込む』
そういって、自身に次々と作らせたのは、軽巡洋艦向きの艤装――その実、火力は戦艦でないと到底扱えない代物。見た目は15.5cm三連装砲でありながら、41cm連装砲並の威力を持つ主砲。それを、最奥の難所で「拾ってきた」彼女に次々と試し打ちさせた。結果は、どれもその艦娘が吹っ飛んだ――当たり前である。その様子を大淀が撮影し、そしてその動画を観た艦娘専門の医師に診断書を書かせた。
『この度サルベージした軽巡洋艦娘は艤装に著しい不適正を示す。よって、引退させるべし』
そして「引き取り手」として声を上げたのが、この鎮守府に酒保をしている商人の家だった。彼の家は艦娘を育成する「ブリーダー」のひとつであり、以前にも艦娘を育て、その子供を育ててる。大本営はあっさりとその許可を下ろした。その艦娘の個体番号が20年前に行方不明になっていた艦娘だとは判明したが、以前は戦えた艦娘が再び戻ってきた時に性能を落としている事は「よくある」事だ。そして彼女は、一般人として社会に戻る事になった。3日とかからぬ仕事だった。
どうやら社会に馴染んでいるらしい。あれから髪を切ったらしい彼女は、今日、自身の引き取り手となった酒保商人の青年に伴われてやって来ていた。その明るい笑顔を昼前に見て、自身は安堵した。
あの日、頭を下げる司令官に応えて良かったと。
『大淀、明石、扶桑。これは完全に、俺の私情だ。これから先は、2度と公私を混同しないと誓おう。俺は、この日の為に海軍に入ったんだ』
『……それは、貴男にどんな利益があるんですか』
『身内の彼女だけを脱出させて、君達他の艦娘を戦線離脱させないという点においては、これは俺の完全なエゴだ。ただ、これは』
扶桑は何もいわなかった。ただ、傍らにいる、訳のわかっていない様子の「彼女」に、儚い微笑みで寄り添っていた。まるで旧友のようだ、そんな印象をなぜか抱いた。ただ、ただごとではない事だけは理解できた。尋ねる大淀に、司令官は顔を上げた。
それは、着任して2年。はじめて見る、司令官の「本音」の顔だった。
『“艦”にも種馬にも軍人にも、人間にもなれずにいた俺が何者かになる為の儀式だ。俺の、母を海軍から逃す事は』
刹那の「彼女」の驚愕と、その肩を抱きしめる扶桑の顔。自身も「彼女」と同じ顔をしていただろう。口をへの字にする大淀の隣で、自身ははじめて彼の出自の一端を知った。
その1年。自身は何も知らなかったのだ。その後にケッコンカッコカリを申し込まれた時に受諾したのは、彼をもっと知りたいという気持ちもあったかも知れない。
「それで、提督。『彼女』は、提督と弟さんの事。思い出したんですか」
「いいや、何にも」
声を潜める。三人称で通じたようだ。実母であるという彼女は、しかし見た目は恐ろしく若い。10代でも通じるだろう。そういうものだと、自分達艦娘は知っている。ベニクラゲに似た構造を持っているという。不老不死に近い若返りの機能を有しているのだ。
1度轟沈すれば、自分達艦娘は海底で「本来の姿」になる。そして受けたダメージをリセットし、艦娘として再び拾われた時には以前の記憶も経験も全て失っている。だが、代わりに新たにまた生きられる。一種の若返りだ。扶桑があの場にいたのは、嘗て「彼女」の同僚だった時の記憶が僅かに残っていたからだ。それはごく稀なパターンだからこそ、目立つエピソードだ。
20年前、この鎮守府が所謂「ブラック」といわれていた頃。そも、ブラックという認識がなかった時代。無理で不正な作戦で、あの海で轟沈したという「彼女」。その直前に双子を産み落としていた。20年を経て、その兄は司令官として、この鎮守府に着任した。母の事を知る為に。
腰に手を当てる。司令官は目を伏せた。口元には笑みを刷いて。
「いいんだ。寧ろ、忘れるべき事なんだよ。君達艦娘が有している特権だ。いわば、君達はかなり早いスパンで生まれ変わりをしているようなものだ。あの人が俺と弟を生んだのは前世の出来事。俺と弟は偶々それを知っていて、前世の恩に報いた。ただそれだけだ。ただそれだけだ。あの人は前世で受けるべき賠償を、轟沈してしまった事で失ってしまった。それを今、代わりに受けているだけの話だよ」
「……『恩』と感じてるんですね」
「ん?」
「生んでくれた事を」
「そりゃね。実際に俺達息子をどう思っていたにせよ、劣悪な環境下で俺達を生んでくれた肝っ玉はただ者じゃないよ。……それが原因で轟沈してしまったのかも知れないけど、なら尚更、恩に思うべきだ。悔いれば、それこそ彼女に対する侮辱だ」
そっと目を開く。司令官の目は赤い。白い髪といい皮膚といい、その姿は艦娘の息子というよりも深海棲艦に近い。それは、前線で妊娠した母が受けたダメージから弟を庇い続けた結果、腹の中で生き延びる為に本来の姿から歪んだ為だという。本来の姿は先程訪れてきたあの酒保商人の青年の姿なのだろう。黒い髪に青い目。まるで「彼女」そっくりだ。これも、「不正」を共有し、更にケッコンカッコカリして教えて貰った事だった。
この1年以上。ずっと、この司令官の事を知るのに勤しんできた。なぜ自分を選んだのか、なぜ軍人になったのか、なぜ「彼女」を逃がしたのか。何を考え、何を思ったのか。
結局は案外普通の青年で、あの日、指輪を持ってきた時は「人生で1番緊張した日」で、そして「彼女」を拾った日。あの日が彼が漸くヒトになれた日だった。あの日から、司令官は以前よりも親しみやすくなったといわれている。以前は頑なに「将官じゃないから提督と呼ばれたくない」と司令呼びを徹底させていたが、今は口にしなくなった。「司令官らしさ」を敢えて振る舞う事もなくなった彼は、笑う事が増えた気がする。それを間近で見詰めてきた。
見ている事を許されていた。それが、このところは嬉しい。
そろそろ食堂に、と足を踏み出そうとした。その彼の手を小さく握る。途端にぎしりと固まった。みるみる間に首まで真っ赤になるのだから、本当にただの青年なのだと――否、アイデンティティが成立したばかりの子供なのだと思い知る。笑みを堪えて言葉を継いだ。
「ねぇ提督。私も、彼女に感謝しているんですよ。貴男というヒトを生んでくれて」
「……」
「生まれてきてくれて、ここに来てくれて。有り難う御座います、提督。私に指輪を贈ってくれたヒトが、貴男で良かった」
「……」
「でも、提督。何で私を選んだんですか。振り向かなくていいから、それだけでも聴かせてください」
うっかりすると湯気が出そうだ。耳まで真っ赤になった司令官は、彫像のように固まっている。握った手には全く力をこめていないのに、一寸たりとも動けないようだ。
それでも口は辛うじて動くらしい。少しだけ掠れた声で、提督はいう。
「君が」
「うん」
「君が、自分を、自分がすべき事をわかっているヒトだったから、憧れたんだ。それが、最初。そこから、全部」
すきになった。蚊の鳴くような声は、しかし明石の耳に届く。それに、思わず苦笑した。
自分が艦娘としては弱い事。専門特化である事。それなりに悩んだ。もっと強くなりたい、けれどそれは出来ない。自分に出来るのは「工作艦」としての機能――その苦労を、この人は愛してくれているという。
なんだ。自分と一緒じゃないか。手を強く握った。
「困ったな。私も貴男の頑張ってる姿が好きになったんですよ。お揃いですね」
「………………アリガトウ」
強張った声。童顔に見合わなかった低音のそれは、このところは外見に相応しくなっていた。
色々な経験を経て、提督は、大人になろうとしていた。
「私達は、艦娘として色んな苦労をこれからもするでしょう。それでも、同じように提督として苦労するだろう貴男についていきますから」
「どうでもいいけど、早くあの2人どいてくださらないかしら」
「食堂から出られませんね……」
嘗て、自分は艦娘だったという。実際、艦娘としての「記録」はある。艦娘として改造を受ける前の記憶もある。けれどそれには20年以上のブランクがあると、「実家」に帰ってきてから知った。この1年間はそれを取り戻す為の日々だった。
以前の自分は双子の息子を生んだという。下の息子だという青年は事情を濁されていたから、恐らくあまり良い妊娠をしなかったのだろう。そして、その後失踪した。恐らく轟沈したのだろう。戻ってきた自分は、よくはわからないが、必死な様子の司令官に海軍から出された。彼がもうひとりの息子だと知ったのは、彼の口から聞いた事だ。
空白の20年。育ててあげられなかった事を悔やんだ。それでもいい、とあの司令官だという若い青年は笑った。
『貴女が幸せになってくれる事が、俺達を生んでくれた貴女への最大の恩返しなんです』
そういっていた彼と1年ぶりに会った。彼の左手の薬指には、銀色の指輪が嵌っていた。
「どうしたんだ、●●」
一般人として暮らしていた頃の名を呼ばれる。帰りの車中。空港へ向かうタクシーの中、隣で「次男」が怪訝そうにしていた。自身は左手の薬指を見上げていた。自身は答える。
「ケッコンカッコカリなんて、昔はなかった気がするんだよね」
「最近実装されたものらしい。実際の性能は艦娘の更なる強化だが、大本営の悪趣味と兄さんはいっていたな。……その悪趣味に便乗したようだが」
「でも、今はそんな事が司令官と出来るぐらい良好な関係を築けるんでしょ。私の頃は、多分そんなものなかったと思うんだよね。私の『記録』は古いから」
「……」
彼はどの艦娘としたのだろうか。ついぞ聞きそびれてしまった。ただ、1年前に自身を海軍から逃がした時よりも、彼はずっと穏やかな顔をしていた。
自分の為に、海軍に入ったという。優しい、ごく普通の人だと、この「次男」は兄を語っていた。手段を選ばず、目的の鎮守府に着任し、そしてとうとう「母」の自分を引き当てた――恐るべき執念だ。それ程までに、彼は自身のアイデンティティに悩んでいたのだろう。悩ませていたのが、産み落としたという自分なのだから、当初はそれに悩んだりもした。けれど、それは杞憂だったようだ。
少なくとも、今の「息子」は、生まれてきた事を悔いている様子はなかった。穏やかさを纏った彼に、自身は安堵した。彼は少なくとも答えは得たようだった。自分達を苦しみの底に落とした筈の海軍で。
「人生万事塞翁が馬。何がどう転ぶか、わかったもんじゃないね」
「そうだな」
「私もいつか指輪を嵌める日が来るのかな」
「好きなように生きればいい。僕達が、貴女をサポートする」
見ると、彼の兄のように穏やかに微笑んだ次男はいった。
「20年もいたんだ。もう、暗い海底に沈む事はないんだ」
空港が近付く。飛行機に乗れば、潮騒は遠退くだろう。「次男」の言葉に、目を瞑る。
思い出すのは、誰かの手。眠っていた、心地よい水底。そこから浮上していき、引っ張ってきた人々の手。彼女達に曳航されながらやって来た鎮守府。既視感のあるそこで、二種軍装の少年が駆け寄ってきた。今にも泣きそうな顔で。
20年、記憶はない。それでもその時、確かに「帰ってきた」と、自身は思ったのだ。
(自分が何者か。やっとわかった気がした)
End.