▼前作の後日談。一応前作で提督の目的は果たした、って事で記念に名前で纏めました。こういう名前でしたこの提督。
▼個人的には深海棲艦の中でもPT小鬼群に深海棲艦の1番の狂気を感じました。赤子の声がする度に悲鳴を上げたくなりました……
腹から、血が流れた。穴が空いている。しかし貫通せずに体内に留まっている。それで、よかった。自身は両手を広げ、目の前の艦娘達や司令官を見る。特に、指示を下され、震える手で赤子に向かって12cm単装砲を握った駆逐艦娘を。
笑ってみせた。背後からはなき声がする。2人分の声だ。片方は人の赤子。ごく健やかな泣き声だ。片方は――まるでガラスを引っ掻いたような、奇声。奇妙な程に白い体に、頭は怪物の口に覆われていた。
どう見ても、それは深海棲艦。しかし、自身は屈するつもりはなかった。明らかに動揺している司令官に、自身はいう。
「どちらも、子供だ。人間の子供だ。歪めたのは、この戦場で母親の艦娘が負わされたダメージだ。そして私達艦娘は、人間だ。人間の赤子は弱者だ。弱者を守る為に存在する私達が、弱者を殺すのか!」
腹が熱い。貫通しなかった銃弾が痛い。歪みそうになる顔。それでも、膝を屈するつもりはなかった。この背後の子供達を守る為には。
紺色のフロックコート。大佐の階級を示す腕章。雪の降りしきる中、子供を連れた自身の前に、その青年は帽子を脱いで微笑んだ。どうやらずっと待っていたらしい。肩には、雪が積もっていた。
「お久しぶりです」
はじめて見る顔の筈だ。しかし、奇妙に白い顔と白い髪に、ぽつりと落ちた血の赤い眼。そしてその潮の匂いは、懐かしさを感じさせた。
それは、あの戦場の水平線。彼は自身が打ち倒し続けた深海棲艦の色をしていた。
おとぎ話だ。あれから20年。あの時に庇った化けものの赤ん坊が、人間の青年となり、「長門」だった自分に会いに来た。
外科手術で深海棲艦から人間へとなった希有な例。
そんな彼が軍のモルモットにならずに済んだのは、偏に当時軍の高官だった人物が兄弟共々引き取ったからだ。それ以降、彼らの母親が行方不明になったあとも、その兄弟の音沙汰は聴いていなかった。自身が艦娘を引退した今は、知る由もないと思っていた。出会った街角、座るベンチで横の青年を見遣り笑う。
「よもや、あの時の赤ん坊と再会するとはな。財前……大佐でいいのか」
「俺も、貴女にお会いできて本当に嬉しいです。貴女には、養父から話を聞いていましたから」
公園のベンチ。珍しい大雪で、我が子は雪だるまを作ってはしゃいでいる。時折こちらを見遣る息子が手を振ると、隣の青年が優しく微笑んで手を振り返す。その横顔が、嘗ての戦友によく似ていた。あの、行方不明になった戦友に。どうやら、この青年は軍籍に身を置いている上に随分と早い出世をしているらしい事といい、自分の出生を知っているようだ。それに、複雑な気持ちで腹を押さえる。あの時の傷は、決して後悔したものではない。
不気味な笑い声。隣の健やかな赤子と比べると、頭を覆う顎と相俟ってあまりに人間には見えない。それでも元気に動く手足が、「守るべき者」に見えたのだ。
あの姿に比べれば随分と人間に近くなったものだ。自身が産み落とした子供達に比べてもあの時のこの青年は、ヒトの姿をしていなかった。
「養父に、教えて貰ったんです。生まれたばかりの俺を庇ってくれたのは、当時あの鎮守府にいた『長門』さんだと」
「それで、わざわざこちらに」
「大本営に用があったのもありますけどね。久し振りに日本に戻ってきたので、帰省するついでに寄らせて貰ったんです。案外近所だったので驚きました」
「夫の勤務先がこの近くでな。家族寮で暮らしているんだ。……海外の泊地で働いているのか、貴男は」
言葉の中に混じった情報に、眉を顰める。今なお、前線は激しいと聴く。20年前のこの青年に絡んだ事件で「ガサ入れ」を食らった自身の鎮守府から波及し、艦娘の待遇は格段に良くなった。それでも引退後の「出産」の義務は今なお続いているし、死者は跡を絶たない。そして皮肉な事に、艦娘へ減らされた負担は、若い軍人に向くようになった。100年に上る深海棲艦との戦争は、人間の最大の死因を「戦死」にした。特に補給線の途絶えがちな海外はその傾向が顕著だ。それに、青年は微笑んだ。
「今は昔より後方支援の環境が整っていますから。今日大本営に来たのも、更に補給を増やすように要求に来たんです」
「要求」
「若輩ながら、司令官を勤めさせて貰っているので。……貴女も御存知の、あの鎮守府で」
「――提督なのか。しかもあそこで」
目を瞠る。蘇るのは、あの劣悪な環境の仕官先。今思い出しても、戦場に出ていた方が楽だったという場所だ。
地獄の入り口。暴力は当たり前。杜撰な資材や運用、全ての責は弱者に課せられる。辛うじてあの鎮守府が鎮守府たりえたのは、掲げる大義の為だ。「人類を守る為に存続した日本海軍」。
よく流れなかったと、堕胎も出来ない年月を妊娠した戦友の子を思った。流れてくれた方がよかったとすら、戦友の為には思った。けれど彼女は望まない妊娠でありながら、戦線に駆り出されても、腹を守り続けた。
そして生まれた子は、自分達を二極化した姿をしていた。
嘗て「敵」の姿をしていた赤ん坊は、目の前でヒトの姿をして軍服に身を包んでいる。青年は苦笑していた。
「佐官で提督、と呼ばれるのも変な感じですけどね。一応皆にはそう呼ばれています。……環境は改善されました。そしてこれからも改善していくつもりです。俺が海軍に入ったのは、その為もあります。だから」
彼はこちらを向いた。紙のように白い顔、鼻の頭が赤くなっている。冬場の海上での戦いの為に寒さにも耐性のある艦船血統甲種の自身に対し、丙種の彼はやはり一般人寄りなのだ。それを視覚で改めて確認する自分に、彼は頭を下げた。
「改めて、有り難う御座います。俺達を、俺を守ってくれて。……撃たれた傷のせいで早々に引退を余儀なくされたと聞きました。それでも、貴女には謝罪よりも感謝をしたいと思い、今日、来ました」
「……そうだな。私の誇りとしては、感謝された方がいい。身を挺した甲斐があった」
いいながら、無意識に腹の傷を抑える。通常の弾丸よりも、艦娘が使う艤装の弾丸は同じ「艦」にダメージを負わせる。ましてや貫通せずに体内に留まったそれを摘出するまでに時間を要した。――この青年の母親が行方不明になった。そう聴いたのは病院での事だ。悔いがあるとすれば、彼女を守りきれなかった事だ。彼らの、母親を。青年は顔を伏せる。複雑そうに瞼を伏せ気味に。
「選択肢を与えてくれた人達に、心から感謝しているんです。実母は、どんな気持ちがあったにせよ、俺達を生んでくれた。生きるという選択肢を与えてくれた。俺達を引き取ってくれた養父母は、生き方を選ばせてくれた。俺は自分の意志で軍人になりました。そして、『長門』さん。貴女は生かしてくれた。ひょっとしたら化けもののまま生きる事になるかも知れなかった俺に、『ヒト』の部分を見出してくれたと聞いています」
そういう、彼は再び軍帽を外す。彼の髪は直毛のショートボブだ。耳も隠れている。その髪の束を寄せた。そして、長門は見た。
耳の前、頬骨の間。両側に走る、引き攣った僅かな手術痕。
『この子の見た目が恐ろしいというのなら、どこまで人間なのかを調べたらどうだ。殺すのはそれからでいいだろう』
……髪を下ろし、再び軍帽を被る。男性にしては少々長めの髪はこの為だったようだ。固い帽子からはみ出す髪の毛。それを眺めて、自分達の戦っている相手の正体に思いを馳せる。
彼らの面の下も、屹度ヒトの顔をしているのだろう。この子がそうだったのだから。
「変な事をいいますけど、俺には3人の母がいるんです」
「うん」
「実母、養母、それに、貴女だ。……話の経緯を聴いた時は、どちらかというと父かな、という気もしましたけど」
「褒められたととっておこう。私達の存在意義を考えれば当然の行動だったんだ、あれは。……そうだな。母と呼んでくれるなら、貴男は誇らしい息子だ」
微苦笑する青年に、自身も笑い返す。
自身に出来た事など、ただ赤子だった彼らを、彼を守る事だけだ。その結果が、今日の「提督」と呼ばれるまでの身分に至った彼ならば、これ程に誇らしい事はない。
自分自身を否定せず、守られた事を誇りに思うような青年になる切欠を与えられたのならば。「母」としてはこれ以上なく誇らしかった。
不意に、向こうで我が子が手を振る。いつの間にか大きな雪玉を2つ作っていた。隣の青年に「頭を持ち上げて欲しい」と強請っているようだ。それを了承した青年は、立ち上がりざま、ふと自身を振り返る。コートのポケットに手を突っ込んだ。
「そうだ、これ。ここが俺の実家の住所です」
「え」
「ね、すぐそこでしょう。俺は普段は海外にいるからお会いできませんけど、貴女なら弟達が歓迎します」
それは四角い紙切れに見えた。ボールペンで書き付けられた住所は確かにこの近所だ。しかし、なぜこのタイミングで――手に触れた時、その裏面が妙につるりとしている事に気付いた。引っ繰り返す。
それは写真だった。日本家屋だろうか。和室で、2人の人物が卓袱台を囲んで座っていた。年頃は彼と同じに見える。まるで双子、否、彼を加えれば三つ子だ。但し、写真の中の2人は男女だ。そして、女性の方には、とても見覚えがあった。黒い直毛に青い目の女性だ。髪を伸ばし、眼鏡をかけて、カチューシャをつければ、記憶の中の「戦友」に結びついた。
「『実母』は、何も覚えていませんでした」
写真を握り、手を震わせる。そんな自身に背を向けながら、彼はいう。
「艦娘としてのプリセットの記録と、艦娘になる前に『ブリーダー』の元で育った記憶。彼女の記録は20年のタイムラグがありました。そして、今はまた『実家』で、過ごしています。『俺達の身内』として」
「……会いに、行ってもいいのか」
「何も覚えていませんから、貴女と思い出話は出来ません。でも、これはお願いです」
顔だけ振り返った彼は、少しだけかなしそうに見えた。それは、嘗ての「戦友」が妊娠を知った時の顔に、とても似ていた。
「友達、作ってあげてください」
「ねー、おにいちゃーん! 雪だるま完成させてよー!」
「うん、わかったよ。今行く」
焦れた我が子に声をかけられ、今度こそ彼は駆けていった。そして雪に足を取られて前のめりの転ぶ。普段は恐らくは温暖な地域で働いている為だろう。落ちた軍帽を拾った我が子に礼をいう、その姿に視界が歪む。手元の写真を握り潰さないように苦心した。俯く。
かえってきた。彼女は、あの日の戦友は、「還って」来たのだ。「彼の為に腹を痛めた」青年に、声なき感謝の声をあげる。
その日、「母」はないた。
頬に走る引き攣った傷。双子なのに、弟とはあまりに違う色合い。赤子の時に自身の頭を覆っていたという怪物の上顎。なぜ生んだ。なぜこんな化けものを生かした。それを悩んだ事もある。
けれど「母」の話を聞いた時に、自身は知ったのだ。何をするにも、自分は「母」に恩を返さなければならない。全ては、それからだった。自分を知るには。
End.