▼この提督の身内が今のところ男ばかりなのは艦これが女の子だらけだからバランスを取ってみたかったんです。提督の趣味が機械いじりなのもやっぱりバランス。提督の友人は書き手のリア友の子を借りました。
売り言葉に買い言葉、という訳ではなかったらしい。
「暇なら整備でもしてきてよ! ただでさえ、この基地は人手が足りないんだから」
「いいよー」
「え」
飛鷹の言葉に、彼はあっさりと頷いた。きょとり、眼を瞬く彼女の前。椅子を大きく引いた彼は、執務室の机。そこの1番下の抽斗を開く。1番大きく作られたそこから、取り出されたのは工具箱だ。真っ赤なそれはスチール製のようで、蓋を開くと3段式ユニットになっている。その中には工具の他に、何やら布の包みが押し込まれている。飛鷹がその箱の側面を見詰める中、工具を改めた司令官は、蓋を閉じるとクローゼットから服を取り出す。作業着とタオルだ。軍帽を机に置くとタオルで頭を縛った彼は、当たり前のように飛鷹を振り返った。
「それでどこだっけ、エレベーターの油圧だっけ、君の艦載機だっけ消火ポンプだっけ」
「……司令、2~3、突っ込みたいところはあるけど、それより先ずね」
巻物を巻きながら、飛鷹はそれを指差す。戦闘時には勅令を出すその指が示すのは、司令が取り出した工具箱。赤く比較的、真新しいそれの側面に、油性ペンで書かれたのだろうか。文字が躍っていた。
「『司令官に昇進という名の左遷祝い』って、これ嫌がらせじゃない」
「友人なりの餞だよ、これでも」
軍服のジャケットをハンガーにかける、司令官の幼顔には苦笑が浮かんでいた。その彼の背後、机に鎮座する赤い工具箱に書かれた文字は男性のものと思われた。
床の上に胡座を掻く。時折、工廠の整備員達が来て手伝おうとしては司令官にあしらわれて帰された。彼ひとりで充分らしい。飛鷹はいわれるがままに工具を手渡しながら、口の動くままに司令官とのお喋りに興じる。目や顔は目の前の機械に一心不乱に向けている、作業着姿の司令官は淡々と語る。この工具セット一式を心温まるメッセージ付でプレゼントしてきた友人の話だ。
「訓練時代の同期でね。専ら剣術のライバル、っていわれてたな。とはいっても彼の方が圧倒的に強かったけどね。俺は点数稼ぎで勝つタイプだったから」
「へぇ、貴男、剣道出来るのね」
「……飛鷹、飛鷹ちゃん、飛鷹さん。俺、軍人だからここにいるんだよ」
彼女の名を3度も呼んで振り返る、司令官の白い顔には既に黒い汚れがついている。それを何となく指先で拭き取ってやりながら、彼女は小馬鹿にしたように笑う。
「そうして凄く楽しそうに整備に勤しんでるところを見ると、幹部というよりは工兵だけどね」
「自分で頼んでおいて! そこのペンチ頂戴」
「これね」
取りかけ、手についた汚れを思い出す。それを司令官の作業着の端で拭ってからペンチを取った。彼は物言いたげに彼女を見遣ったが、悪びれず目を背ける飛鷹に軽く息を吐きながら作業に戻る。そして、受け取ったペンチを軍手で手にしながら、ふと、彼はいった。
「まあ、実のところ工兵希望だったけどね。昔なら」
「昔」
「小さい頃、そうだね。君達の事を知らなかった頃は、もし軍人になるんなら工兵がいいなって、友達と話してた。昔から機械いじり、っていうか物いじりは好きだったから。今でも趣味だから、左遷先でつまらなかったら気晴らしになるように、って友人はこれをくれたんだ。まあ楽しいけどね、今も」
そう語る、彼の横顔は幼い。実際にまだ若い。昔を懐かしむような年でもないのに、語るその想い出は遠い昔の事のよう。飛鷹は、そんな彼に尋ねる。
「いつから、軍人を……幹部を目指すようになったの、貴男は」
「養父が元軍人だって知ってからかな」
「へぇ、何て人」
「――あれ、何か騒がしくない。向こう」
「あら本当」
誤魔化されたとも思えない程、自然な言葉だった。飛鷹は彼の言葉に釣られて、そちらの方を見る。確かに、騒ぐ声が届いてきていた。あの声は同じ船艦の者達のものだ。特に一際騒いでいるのは、妙高型の誰か――「騒ぐ」という点で心当たりといえば、司令官にも飛鷹にもひとりしかいない。思わず顔を見合わせる。丸っこい目が交わったところで、軽やかな足音が近付いてきた。先に騒ぎの聞こえてきた方からの道を曲がってきた人物を、見咎めたのは飛鷹だ。彼女は声をかける。
「不知火、何かあったの」
「あぁ飛鷹。それに、よかった司令もここにいらしたんですか」
「あっちってドッグの方だよね。騒いでんのって、もしかしなくても足柄かな」
「もしかしなくても足柄です」
鸚鵡返しに答える、不知火の言葉に司令官は嬉しそうでもなく溜息を吐いた。不知火は淡々と報告する。
「先程、足柄のいた艦隊が帰投しました。足柄は中破していたのですが、中破程度ならまだ出られるといって第6駆逐隊の遠征についていこうとしていて。今、那智が羽交い締めにして妙高と羽黒が説得に当たっています。どうやら士気高揚しているようで」
「困ったなあ。破損した時点で出ちゃ駄目っていってるのに」
「それで司令に説得して頂きたく」
「んーでも、こっちまだやりかけなんだよね」
「ちょっと貴男、司令官でしょ。こっちはいいから行きなさいよ」
いいながらスパナを床に置く。そして工具箱の中を漁りだした司令官を飛鷹は咎めた。不知火は無表情のまま彼の行動を見守っている。司令官は「あったあった」と袋を取り出した。飛鷹が見た、あの布の包みだ。それから何かを取り出すと、不知火を手招きする。そして彼女の手に何かを渡した。それもまた藁半紙に包まれていた。瞬きをする不知火を見ず、彼は作業に戻る。
「足柄に、あとで執務室に来るようにって言付け頼むね」
「諒解しました」
「ちょっと」
「飛鷹、不知火についてって様子見てきて」
戸惑いながらも頷いた不知火。そんな彼女がさっさとドッグに戻ろうとしたので、飛鷹は司令官に命じられるまま、彼女についていく。黙々と作業を続ける司令官を振り返りながら。
『あんた、無茶しますね』
手渡された大きな箱。それの中身が、この御時世にしては赤い立派な工具箱だと、知るのは船に乗ってから。見送りの港。小さな鞄ひとつ。それだけで海軍の船に乗り込もうとしていた。向こうには、養母。別れは先程、済ませた。弟は来てくれすらしなかった。それが、寂しい。勝手な行動の結果だとわかっていても。彼は笑う。
『好き放題した結果だから、粛々と受け止めるよ』
『よくいいますよ。あんた、態と問題を起こしたでしょう』
嘆息する。彼とは違い年相応の見た目の友人は、切れ長の目だ。きょとりと瞠られる円らな目を睥睨する。友人は声を低めた。
『自分の能力と問題行動を秤に掛けて、上層部が自分の身の振り方をどう判断するか、正確に計測しきった。……あんたには、この上なく因縁のある泊地だ。僻地みたいなものだ。それでも立場でいえば18にして司令官、少佐殿だ。上や周りの溜飲が下がる上に、若い有能な士官の能力をフル活用させるには申し分ない。……あんた、何を企んでるんだ』
友人が見据えてくる。大柄な友人に見下ろされると、彼はいつも自身が小柄なように思えてくる。こういう思いも、暫くはする事がないのだろう。それが、彼には寂しかった。寂しく思う事すら今の自分には烏滸がましいのだとわかっていても。友人の言い当てた通りで、こうして向かう先の鎮守府が、彼の計画を遂行する為の土台だったとしても。
だから、彼は微笑んだ。別れの為の微笑みだ。
『君が同期で、友人で、よかったよ。■■君。屹度、俺が、自分の決めたルールも破って何かをしでかそうとしたら。君は止めてくれるだろう』
『……甘えないでください。それぐらいの限度ぐらい、自分で見極めろ』
『うん。出来るだけそうする。そうしたいよ。……俺は、もし自分がそうなったら、自分に絶望するだろうな。……』
不意に、彼は首を傾ける。それを、訝しげに友人は覗き込んだ。そろそろ船の出港の時間だ。それを知らせる笛の音を耳にしながら、彼はいった。友人の背後では、養母が微笑んでいた。寂しそうに、微笑んでいた。
『俺と弟の生みの母も、そんな風に絶望したのかな。絶望は、死に至る病だそうだから』
『それは生物的な死ですか』
友人はいった。
『それとも、“艦娘”としての死――轟沈ですか』
『そっちだとしたら、もしかしたら、まだ』
『そろそろ橋を上げるぞー!』
船員の声がする。そして、彼は鞄と箱を抱えた。歩いてくる養母。友人と並んで、船に乗り、日本から離れた遠い地へと向かう上の息子を見送る為に。
自身の生まれた土地へと向かう、養子を見送る為に。
『あの人は、あの子が軍人になるのを嫌がっていました』
船を見送る息子の友人に、養母はいった。年老いた横顔。見下ろしながら、友人はいった。
『あの人の養父……貴女のご主人は、あの有名な軍人の』
『名など、欲しかった訳ではなかったでしょうけどね。あの人は。しかもあんな形で』
波が、さざめいた。
「戦場が、勝利が私を呼んでるわ!!」
「今は呼んでないからドッグに入れといってるだろうがー!! 司令が破損したら出るなといっただろう!!」
「そんな生温いルールなんて知らないわ!!」
「……那智、大変そうね」
「さっきから食い止め続けてる彼女はさすが重巡洋艦というべきでしょうか」
「あ、不知火に飛鷹」
ドッグ前。飛鷹と不知火が駆け付けると、そこでは妙高型姉妹がいまだ揉めていた。それを取り囲む形で、数名の「艦」達が彼女達を見守っている。第六駆逐隊の面子もその中におり、進退窮まっている様子だった。それを見て飛鷹が、偶々傍にいた敷波に尋ねる。
「天龍と龍田はどうしたのよ。お使いだとあの子達がいつも引率してるのに」
「2人とも入渠してる。でも彼女達が1番だから入渠上がりを待ってたところだったんだけど……ねぇ、司令はどうしたの。司令なら舌先三寸で足柄を言いくるめる事だって出来るでしょうに」
「よくわからない。だけど、解決策を授けてくれたようです」
敷波の中で司令官はどういう男なのか。飛鷹が密かに疑問に思っている横で、不知火が包みを広げる。藁半紙で包まれたそれは、よく見れば結構、長い。6つの目に見下ろされる中、それは広げられた。
筒だった。
「何これ」
飛鷹も敷波も首を傾げる。それはただの筒に見えた。但し、片端には管楽器の吸い口を大きくしたようなものがついていた。これがどうしてこの事態の収拾に役立つというのか。彼女達が揃って顔を見合わせる中、不知火だけはそれを具に点検していた。それを手早く終えると、藁半紙を丸めてポケットに押し込む。そしてその場に片膝を突いた。
「不知火、何を」
「飛鷹、敷波。危ないから退いて」
そういって、不知火は筒の片側を口に添えた。筒の、吸い口のようなものの方だ。その片端は、足柄に向けられていた。
息の吹く音。それと同時に、足柄の動きが止まった。
「うわぁ足柄?!」
誰かが叫ぶ。那智の腕から、ずるずるとその体が床にずり落ちていった。気を失ったようだ。その重量につられて那智もしゃがみ込んでしまう。そして羽黒や妙高と、足柄を気絶させた正体をその額に見つけて、叫ぶ。足柄の額。そこには小さな注射器が刺さっていた。
「おい誰だ麻酔を撃ったの?! これ獣医が吹き矢で使う奴じゃないか!!」
「不知火ですが」
「不知火!?」
妙高型三女の襲撃犯は、素直に白状した。飛鷹と敷波が顔を引き攣らせる、その間で、立ち上がった彼女は手袋を嵌めた手を上げていた。その右手には、筒――正体は吹き矢であるそれが持たれたままだ。不知火は唖然と見詰めてくる3人や他の者達の前で、淡々と告げる。
「足柄が起きたら、伝えておいてください。司令官が、あとで執務室に来るように、といっていたと」
「……それ、司令官お手製?」
「そのようですね。司令官が私物の工具箱から取り出してましたから」
普段は温和な司令官が怒ったのだろうか。青ざめる残り3人の妙高型姉妹と他の彼女達を余所に、敷波が問う。彼女は一見、落ち着いて見えた。だがその吹き矢の筒を手に取ると、頬を引き攣らせる。
「……これ、ひょっとして、基地の資材から使ったんじゃ」
「素材は聞いていませんが、十中八九そうでしょうね」
「2人とも、司令はどこ!?」
「しょ、消火ポンプ直してる」
問われるままに、飛鷹が答える。秘書艦の彼女はそれを聞くと、吹き矢を不知火の手に返した。そして走り出す。
……数秒後、敷波の怒鳴り声が轟いた。
「司令ー! 今ウチの資材はカツカツだっつってんでしょ変な装備を作るなー!!」
「うわあああ、ちょ、敷波?! 待っ……うわああああああ」
「……これ、妖精さん達じゃなくて、司令のお手製なんだ」
「偶に工廠に出入りしてるなーって思ってましたけど、こんなの作ってたんですね」
「ひょっとして1部の装備は司令が作ってるのかも」
「人手不足だしね」
ひとまずは事態が収まったには収まったので、第六駆逐隊の4人が不知火の元へ集まってくる。そして彼女の手にする吹き矢を見て騒ぎはじめた。向こうでは取り敢えず、動かなくなった足柄を妙高型の3人がドッグに放り込んでいた。入れ替わりに天龍と龍田が上がってきて足柄の額に刺さったままの注射器を見て目を剥く。それらを見ながら、ひとり。飛鷹は言いたかった。さり気なく吹き矢を懐にしまう不知火の事で。
(……誰か、誰か、不知火が躊躇いもなく、しかもあんな暴れてる人の額に吹き矢を命中させた事につっこみなさいよ……!)
その基地では、ツッコミも不足していた。
(その後、勝手に資材を使った罰として基地内中の整備に駆り出される司令官の姿が!)
「あれ、不知火。吹き矢は」
「何の事でしょう」
「……夜戦で使ってたっていう目撃情報が寄せられてるんだけど」
「不知火に何か落ち度でも?」
「…………あげないとはいってないけどさあ。あ、飛鷹、それとって」
「つっこみなさいよ……司令……」
End.