鬱これ:財前提督シリーズ   作:駒由李

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※女の子の日ネタ、若干ホラー 
ウチの世界観だと艦娘はピルを処方されているという設定ですが、ついったーで「完全に止めると体に悪いから適度に女の子の日が来るピルもありますよ」と教えて頂いたのでそういう話です。間違ってたらすいません…… 
足柄さんはそれこそ「婚活に焦ってるOL」なんていわれてますが、その分「女性」って感じがしたのでこの話に出て貰いました。性を強く意識するというか……
ところで妙高型の提督への起こし方は羽黒→声が小さすぎて相手が起きない 那智→軍隊形式 妙高→長女ゆえに遠慮なし っぽい。


沈む

 するするする、解けていく。艤装が、解けていく。金色で、青い穏やかな光の中、ゆっくり、ゆっくり、沈んでいく。深く暗い、水の底へと。海の底へと。

(夏かな)

 気泡が、口から滑っていく。皮膚を撫でる水流の冷たさは、心地よかった。あの光は、恐らく、月。満ち足りた月だ。夜を迎えても水温がさして冷たくないという事は、少なくとも冬ではない。遠退いていく光を眺めながら、重力に身を任せた。何の抵抗もなく、体は落ちていく。肢体に纏った装備が外れていき、軽くなった筈だ。それでも体は躊躇いもなく沈んでいく。それが、心地よかった。口の端を釣り上げる。否、今は釣り下げるといった方が的確だ。頭を下にして沈んでいるのだから。泡が、浮いていった。解けていく艤装と共に。見送りながら、笑った。口の中に流れ込む味が塩辛い。果たしてそれが水なのか、別の何かなのかは、わからなかった。

 全てが奪われた。それでも尚、心は穏やかだ。自身を縛っていた責務をも、奪って貰えたから。

 背中の砲身が砕け、指輪のように小さくなる。それがあの満月と重なった。

 青に、沈む。

 

「ちょっと司令、起きなさい。もう朝食よ」

「えぶほっ」

 顔面を叩かれる。突拍子もない声を上げたのは、その力が強かったからだ。

 

 

 布団を剥がされ、洗面所に追いやられる。数分ののち、出てきた司令官は既に寝間着から軍服へと着替えていた。尤も、ジャケットは片手に引っ提げたまま、軍帽もずれていたが。顔を洗ってもまだ腫れぼったい目元を擦りながら、司令官は布団をたたみ終えたところの足柄に文句を垂れる。

「足柄ー、顔を叩くにしてももうちょい優しくしてよ」

「とっとと起きないからでしょ、声はかけたんだからね。寝癖が直ってないわよ、だらしない」

「マジか。……足柄、なんかご機嫌斜めだね。言い方が飛鷹みたいだよ」

 ジャケットと軍帽を机に放ると、司令官は髪を整え直すべく洗面所へと出戻りする。鏡を覗き込むと、前から見るとわからなかったが、首を横に向けると確かに後頭部で髪が一房、反っくり返っていた。軍帽を被っても誤魔化しにくい位置の為、手近にあった整髪剤と櫛を手に取る。普段は寝癖のつきにくい上に、こだわりなく前髪も横髪も垂らしたままの彼だ。だが稀にこうして寝癖がついた時と、式典などの改まった場の為に、整髪料は常に洗面台に鎮座していた。最近それを使ったのは、士官学校時代の恩師の葬儀の時だ。蓋を開くと、無香料と謳われているものの、鼻につく匂いが僅かに上る。それに寝起きゆえに顰められたままの眉間に更に皺を刻みながら、心なしか足音も荒い足柄に不機嫌の理由を問う。天龍や川内のような戦闘狂のきらいはあるが、陽気さは彼女達と同等かそれ以上だ。しかし、今朝の彼女はいつもと違う。そうして不機嫌だとまるで軽空母の彼女のようだ。少しだけ整髪料を手にとって撫で付ける司令官に、布団をしまい終えたらしい足柄はふと、ばつが悪そうにしている。鏡越しに見る彼女は、それでもはっきりと「生理中なの」といった。面食らう司令官にお構いなしに、足柄は溜息を吐いた。

「今回はなんか重くって。頭が痛いの」

「……ああ、月経が来るタイプのピルだっけ、今のメインは。でも、頭が痛いって事は体質に合ってないんじゃない」

「そうなの、私はあんまり合わないみたい、色々試してみてるんだけど……ちょっと、何でピルの事を知っているの」

 それでも何とか手を動かしはじめた司令官の言葉に、足柄は頭を振る。そしてふと、その仕草を止めて鏡越しの上官を軽く睨んだ。そして問われた言葉に、彼は自身の失言に気付く。

 ピルは、前線基地で異性の軍人と接する事も多い艦娘の身の安全を図る為のものだ。他にも様々な思惑や意図があるのだが、少なくとも艦娘の不用意な妊娠を避けるという点では概ね支持されている上層部の方針だ。ただ、その性質上、一般の軍人にはあまり知られていない。服用しているという事を逆手にとって無体を図る者がいないとも限らないから、艦娘も自然と口を閉ざした。なので、いくら司令官という上の立場とはいえ、士官学校を卒業して間もないような彼が知っているのは、幾分かおかしい事だった。足柄が警戒するのも尤もだ。そして、彼は咄嗟に口を噤んでしまう。

 知っているのは、彼が、そのピルを処方させる制度の切欠のひとつだから。

 それをいえる筈がなく、彼は、まだ打ち明けられる事実を口にする。無表情のままで。

「……ウチは『ブリーダー』の家だから。養父がそうだったんだ」

「へぇ、そうだったの。でもあんまり余所でその事いわないでよ」

 艦娘を「育成」する家の息子だという軍人は、さして珍しいものではない。足柄はやや目を瞠ったが、納得したように頷いたのち、釘を刺す事を忘れなかった。いわれるまでもない、口が滑ってしまったのだ。彼はそう思いつつも大人しく頷く。誤魔化せたのなら御の字だ。櫛を後ろ髪へと通していく。寝癖はそろそろ直りそうだ。有耶無耶にする為の追い打ちをかける。

「鎮痛剤は要るかな。色々たくさん持ってるけど」

「有難いけど、ややこしい副作用が起きそうだから遠慮するわ。というか司令も、鎮痛剤がたくさん必要なぐらい頭痛が起きるってまずくないかしら」

 少しだけ笑う、それは苦笑いの部類だった。それでも彼女の機嫌が幾分かでも回復したのならばそれでよかった。彼の提案をやんわりと退け、そして彼を心配する言葉に、櫛を洗面台に戻した司令官は笑って振り返った。

「コーヒーを飲まないと直ぐ頭が痛くなるんだよね」

「立派なカフェイン中毒ね。体を悪くするわよ」

「ははははは、お陰で仕事中にコーヒーを飲む平日はいいんだけど、非番の時はかえって具合が悪いんだよねー飲まないから」

 洗面所をあとにする。そして机からジャケットと軍帽を手に取ると、それらを着ながら執務室を出る扉へと足柄と共に歩く。窓から差し込む、初冬の日差しは、まだ温かい。穏やかな波の音が届いてくる。それを尻目に扉を先立って開く足柄が、ふと思い出したように問うた。

「そういえば司令、変な夢でも見てたの」

「魘されていたかな」

「魘されていたというか、噎せてたというか、溺れてる風だったわね。司令って泳げないの」

「足柄さん。俺は海軍の軍人です」

 足柄の問いに、1度は緩めかけた眉間を再び顰める。以前にも、飛鷹に「剣道が出来るのか」と驚かれた事がある。自身はそれ程までに「それらしく」ないのだろうか、長めの方が寝癖もつきにくいのだがもっと短く刈り込むべきか。ショートボブの髪を摘んで半ば真剣に考え込みかけたが、名を呼ばれたので答える事にした。先程まで見ていた夢の事なら、まだ覚えている。とても鮮明に。

 ひどく、安らいだ夢だった。まるで、母の腹の中のような。

「ちょっと、自分が海に沈んだ夢を見てね」

「やだ、縁起でもない。司令官の貴男が沈むって事はこの鎮守府がどうなってるかわかったものじゃないじゃないの」

「それもそうだねえ。まあ、溺れてた訳じゃないし、悪いイメージじゃないから吉夢だと思うよ。水に関する夢ってそういうもんらしいから。まあでも」

 立ち止まって、出てくるのを待つ足柄も眉を顰めた。それに司令官は笑う。但し、彼も眉根を寄せたままで。短靴を廊下に踏み出した。

 月が満ち、要らないよと沈んだ誰か。

(あれは、誰だったんだろう)

「確かに、縁起でもない。……げほっ」

「風邪?」

「さあ……先行ってて」

 廊下に踏み出した途端、冷えた空気が肺腑を刺激した。その為か、噎せ込む。足柄が振り返ったが、彼は咳を止めぬまま、彼女を見送った。病弱な上官を気にしつつも、向こうの角を曲がってきた姉妹達に気付いて駆け寄っていく。どうやら機嫌はだいぶん良くなったようだ、そう思いながらしつこい咳を追い払う。まだ手袋を嵌めていない手を当てて、大きく息を吐き出した。

 途端、掌に何かが転がり出る。刹那に口の中に広がるのは、鉄の味だ。咳き込みすぎて喉が炎症を起こしたか。訝りながらも掌を見下ろす。

「……なんだこれ」

 鉄の味がする訳だ。文字通りの鉄が、吐き出されたのだから。掌の上に転がる、黒い鉄の破片。指輪のような形をしているが、それにしては縁がいびつだった。まるで、無惨に砕かれたかのように。

 

 

 

End.

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