鬱これ:財前提督シリーズ   作:駒由李

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バレンタインネタ。
お題は「わるものマニア」(http://www.w-mania.com/)より。


少女

 第6駆逐隊の少女達が、執務室から飛び出していく。それを尻目に、加賀は入れ違いにそこへ入った。その手には書類が握られている。

「司令、次の演習についての書類が」

「ああ、今これを見たらね」

 部屋の主は、顔も上げずに応えた。それに僅かに眉を顰めた加賀は、彼の手に握られているそれを見て更に渋面になる。後ろ手に扉を閉めながら彼女は溜息を吐いた。

「……司令。お菓子を食べながら書類仕事をしないでください」

「だってこうでもしないと食べきれないし」

 目は書類に落としたまま。司令官の右手には万年筆。左手には囓りかけの菓子が握られていた。それは桜色をしていた。そんな彼の向かう机の傍らには、段ボール箱。そこには艦娘達が差し入れたのだろう、様々な包装のプレゼント達が積まれていた。それを見て、加賀は再び息を吐く。――ここは戦場なのだ。浮かれすぎではないだろうか。

 加賀とてわからない訳ではない。今日はバレンタインデー。本国ではマスコミュニケーションが挙って囃し立てる日だ。他の艦娘と同様、世俗から半ば隔離されて育った彼女も、だからこそ、そういった行事に憧れがなくもなかった。ただ、彼女のアイデンティティは、飽くまで兵器である事にある。だから、飽くまで上官でしかない司令官に、好意の象徴である菓子を贈るなど、彼女の理解の範囲外だ。だから加賀は、冷めた目で机を見下ろす。彼女の目の先。司令官の左側の手元には、ラッピングの解かれた箱が置いてあった。その中には赤、青、橙色、緑、黒などの様々な色をした菓子が入っている。長方体に近い正方体のそれは、彼が囓ると軽い音を立てた。ラスクの食感に似ているようだった。加賀は淡々という。

「貴男がとてもご飯を食べるのは知っているし、甘いものも好む事は知っているけれど、それでも無理に食べる必要はないと思うわ。今はまだ寒いし、お菓子は日持ちするもの」

「そうなんだけどね、でも食べ物は出来るだけ早く食べた方がいいじゃない。特に手作りは保存料が入ってないしさ。傷むのもそうだけど、早いうちに食べた方が美味しいでしょ」

「……それも手作りなの。それに、私にはそれは保存食に見えるけど」

「ん、今食べてるこれの事かな」

「そう、それ」

 司令官が手を見せる。いつもは手袋を嵌めているその手には、橙色の菓子が乗っていた。加賀の記憶では、確かそれは洋菓子ではなく和菓子の部類。それも地域限定の品だった。この「加賀」を育てたブリーダーは東北の出身だった。その為、ブリーダーの実家から送られてくるそれに、物心ついた頃から馴染みがあった。加賀はいう。

「それ、干し餅でしょう。そんな色とりどりで、さくさくしているような軽い食感といったら。干し餅は保存食じゃ」

「チョコだよ」

「えっ」

 思わず目を瞠る。今、彼はなんといったか。改めて加賀は見る。

 ……色とりどり。赤、青、橙色、緑、黒。白地に斑点模様の色がついた、四角い、軽い食感の菓子。加賀の記憶では、それはどう見ても干し餅だ。こんな模様のチョコレートは、彼女は見た事がない。しかも、今この司令官は、「手作りの菓子」がどうたらといっていなかったか。加賀の脳裏に閃くのは、先程、執務室に入る前に見かけた少女達だ。第6駆逐隊の少女達――彼女達は、そういえば昨日、他の艦娘に混じって厨房にいなかったか。

 しかし加賀は慎重だった。慎重に、最後の可能性に賭けた。

「……そういうデザインのチョコレートですか。食紅とか」

「第6駆逐隊の子達は、湯煎で溶かして固めただけっていってたよ。比叡の指示で」

 指示を仰ぐ相手が間違っている。咄嗟に、加賀の頭に浮かんだのはそんな言葉だった。だがそれは表に出さない。代わりに、司令官を強く見詰める。幼顔をいつもより固くした司令官は、書類のチェックをしながら、干し餅のような姿をしたチョコレートを頬張り続ける。まるで一心不乱に祈りを捧げる殉教者だ。加賀は思わず呟いた。

「……何も律儀に食べなくても」

「本命だろうと義理だろうと友チョコだろうと、くれたものは有難く食べるよ。こんなに女の子からチョコを貰う日が来るとは思わなかったしね」

「……女の子、ですか」

 戯けたように笑う彼の言葉で、加賀は目を僅かに伏せる。ただの湯煎でどんな化学反応を示したのか、不気味な程カラフルに変色したそれをチョコレートと断言する司令官の肝にも感心した。だがそちらよりも、彼女に皮肉な気分にさせたのは、「女の子」という司令官の言い回しだ。段ボール箱に積まれたプレゼントが視界に入る。

 俗に艦娘と呼ばれる、艦船血統の女性達。それは男性より女性の方が兵器としての耐久が高いゆえに、後者が兵器となり、水平線で戦う。しかし、それは女性として扱われているからではない。いわば「そういったもの」として扱われており、本来は性別は二の次なのだ。それでも姿形は一般の女性と変わらない。ゆえに時として、事件に巻き込まれる事がある。20年程前、奇しくもこの鎮守府で起きたという軽巡洋艦への集団暴行事件がその最たる例だ。それらの事実を総合すると、加賀の精神には暗澹たる靄がかかる。

 いっそ、同じ人間の姿をしていなければ、期待しないで済むのに。元が同じ人だといわれても、都合良く扱われてきたその事実は、加賀にとって説得力に欠けた。

(この人は、出来るだけ公平たろうとしているようだけど。そうして公平であろうと努めなければ、保障されない立場なのよね。私達は)

 そんな思いを持たれていると知ってか知らずか、彼は苦笑して青いチョコレートを食べた。

「まあ、そんな日が、同時に胃腸を丈夫に生んでくれた親に感謝する日になるとは思わなかったけどね。比叡のカレーの時はさすがに死ぬかと思ったけど、今日はそれ程でもないし」

「あの時は司令、インフルエンザに罹っていたでしょう。胃腸の動きが停滞してたんでしょうね」

「健康は大事だよねー軍人は身体が資本だよ本当。それより加賀、次の演習相手は誰だって」

「●●●●●少佐のところです」

「あーあいつかあ。懐かしいな。そういえばあいつも海軍に入ってたんだっけ」

 書類に記載された士官の名を読み上げると、彼は頷きながら緑色のチョコレートを頬張った。それに加賀は眉間に皺を寄せる。

「司令、貰ったものを全部食べるという貴男の誠意は伝わりました。けれどせめて喋る時ぐらいは食べるのをやめてください」

「うん、そうだね御免。失礼だったね」

「……それに、やっぱり片手に食べながら、というのはどうかと」

 素直に箱にチョコレートを戻す上官に、彼女が悪い訳でもないのに少しだけ胸が痛む。素直すぎる相手というのも面倒なものだ。赤城を相手にしている時のような感慨を抱きつつ進言する。司令官は困ったように笑った。

「書類は汚れないように気をつけてるよ。食べかすを溢しそうなクッキーはあとで食べるつもりだし」

「それ自体がクッキーのようになっていますが……手を汚すでしょう。……」

 不意に。加賀の頭に差したのは、魔。口を閉ざした彼女は、書類を机に置くと、目を瞬く司令官の机の前を回り込んだ。そして、チョコレートだという、食べかけの緑色の菓子を摘んだ。

 司令官は書類仕事だ。手を止めさせるぐらいなら、こうすればいいではないか。加賀は、こちらに顔を向けた司令に、菓子を差し出した。無表情のまま、口を開けて、いう。

「はい、あーん」

「あーん」

 司令官は素直な男だった。促されるがままに、それを口にした。

 ……執務室に咀嚼音。加賀の脳は一時停止していた。再生されたのは、彼が彼女を見上げながら、小首を傾げた時だ。

「加賀。食べさせてくれるのは楽でいいんだけど、君も仕事があるでしょ」

「………………それもそうね」

 加賀の手が引っ込む。赤城なら、彼女を見て直ぐにわかっただろう。加賀の顔が硬直している事に。しかしまだ付き合いの浅い彼にはわからない。覚えた違和感に内心で疑問を持っただけだった。それでも彼は気のせいだと判断する。その手は再び書類整理を再開していた。

「気遣いは嬉しいけど、そんなに心配ならあとで食べる事にするから」

「そうね。そうしてくれると嬉しいわ。……ところで、さっきまで鳳翔さんがいたと思ったんだけど」

「ああ、鳳翔なら今は俺にくれるっていってた生チョコを作ってるよ。みんなの分もあるって。酒入りのとそうじゃないの作るってさ。生チョコっていいよね、美味しい上に作るのも簡単だし」

「……美味しいのには同意するけど、作った事があるの」

「士官学校時代は男だらけだったからねえ」

「……よくわからないけど、わかったわ。それじゃ、あとで演習に行かせる面子をこちらに向かわせるから。指示をお願いね」

「ほいほーい」

 加賀が見ると、彼女が提出した書類には、いつの間にか演習に向かわせる面子の編成・装備・陣形の指示が記してあった。仕事の早さに舌を巻きながら、加賀は見送る司令官の前で執務室を辞す。

 執務室の外、廊下は寒い。入る前はその温度差に気付かなかった。執務室は病弱な司令官の為に、常に快適な温度と湿度設定にされている。ゆえに、その温度差は中々に堪えた。彼女の前に執務室を訪ねた筈の少女達は、それをものともしていなかったようだけれども。息が白い。比較的温暖な気候に属するこの地域でも、寒さが沁みてくる。書類を持っていない手に息を吐きかけた。右手だ。それを眺めながら、加賀は表情のないままに思う。

 それ程年を重ねているつもりもない。だが、恋に恋する年でもない。駆逐艦の少女達程に実年齢も幼い訳ではない。だから前線を退けば、兵器を生み出す機械となってしまう艦娘の現実も知りつつある。異性に対して期待も出来ない。夢を見る事は、もう出来ない。「優しいお兄さん」を偶像とし、甘ったるい恋愛ごっこもできやしない。それをなんなんと受け入れる彼の態度も、加賀には甘ったるくて仕方がない。歯痒かった。

 いまだ青い部分を残す、自分の制御できない部分が、1番甘くて仕方なかった。

「夢見る少女じゃあるまいし」

 吐息混じりの声は白い。向こうから駆けてくる賑やかな足音に顔を上げるまで、彼女の表情はそれでも幼いままだった。

 期待しないよう、心身共に傷付かないように、気付かないように。情緒を育てようとしない、幼い少女のままだった。

 

 

 

「Hey、カガ! ホーショーに基礎を教えて貰って紅茶チョコレートを作ったんデース! 司令に食べさせる前に味見してくれませんカー?!」

「……貴女の料理の腕前だし、これなら大丈夫だと思うけど。喜ぶわよ、司令。ただ、紅茶チョコに紅茶はどうかと」

「有り難う御座いマース!!」

「……聴いてないわね」

 

End.

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