それからしばらくして鳳翔さんらも帰ってきた。
「今日はお疲れ様。皆よく頑張ったね」
「疲れたクマー」
「多摩もだにゃ」
と話した直後にドアが開かれた。顔を覗かせたのはこの鎮守府の提督。
「君、ちょっと良いかい」
「はい! じゃあ鳳翔さん達は帰り支度をして下さい」
「了解致しました」
そう言って部屋を出る。
通されたのは執務室―この鎮守府では提督室と言うらしい―だった。
「座ってくれ」
「失礼します」
彼の隣には秘書艦―演習にも出ていた戦艦―長門だった―が一人。対して僕は単独で対面している。
「今日はお手合わせ下さいまして大変感謝しています」
笑顔を張り付けながら謝礼を言う。
「いや、礼は良いよ。ところで……いい加減その作り笑顔を止めたらどうだい」
「じゃあ遠慮なく」
結構口角を上げ続けるのはきつい。先方の言葉に甘え、何時もの表情に戻る。
「さて、本題に入ろう。君は此処に何しに来たんだ」
流石に耳に入るか。僕は出来るだけあやふやに言う。
「私の所の艦娘がここの艦娘に会いたいと言いまして、それでやって来たんですよ」
「ふむ、それが演習中この鎮守府をうろつき回った理由かな?」
僕は無表情に、相手は笑みを浮かべ(目は笑っていないが)応対する。
「ええそうです。結果面白い事が分かりました」
「それは何だい」
一拍置いて言い放つ。
「ここの鎮守府の黒い蜜は美味しく腹に入る、という事です」
そう言うと一瞬間が空いて彼は肩を震わせた。対して彼女は渋面になる。僕は無表情。
「……くくく、君は実に面白いな。時間を取ってすまない、話は以上だ」
「では失礼します。もう会う事は無いでしょう」
それはこちらの台詞だ、という言葉を浴びながら僕は退室し、急いでバスへと向かった。
青葉さんに頼んで予めエンジンをかけておいたバスに乗り込み、出来得る限り迅速に出発した。
「キミ、何処に向かってるんや」
僕等の鎮守府に帰る道では無い事に気付いた龍驤さんが聞いてくる。
「適当に」
バスは海岸線からどんどん離れていき、山に入ろうとしている。龍驤さんが既に皆に事情を説明していたらしく、バスの中に嫌な緊張が流れている。沈黙が暫く続き十五分程が経過した。突如として発砲音が響く。
「敵襲確認!」
一番後ろ側に居たらしい不知火さんが声を上げた。ハンドルを握りながら質問する。
「敵は艦娘? それとも人間?」
答え如何では取るべき方策も変わって来る。僕等を何が何でも消そうとしているなら―それこそ自身の全てをかなぐり捨てるほどなら、正直なところ詰みだ。
「恐らく人間かと」
なら好都合。僕はアクセル全開にし、スピードを上げる。走っている山道は当然曲がりくねっておりカーブの度に冷や汗をかく。先程の発砲は下から僕達に向けて撃たれたものだと報告が有ったので、まだ距離は開いている。頭を回転させる。サイドミラーには未だ敵は映らない。
「何か作戦がある人」
知恵を募る。
「道を木ぃで塞ぐのはどうや?」
「どうやって?」
「艦載機か砲弾で」
「下手したら山火事になるから」
「じゃあ道を破壊するのはどうでしょう」
「同じく火力、威力が強すぎて駄目」
「いっそ敵を吹き飛ばしたいクマー」
「本当に止めて下さい」
その間にも車間の距離が詰まってくる。サイドミラーにも黒塗りの車体が映り始めた。
「……時間稼ぎでも良い?」
首肯する。
「装備その他もろもろを道路にばらまく」
「……やっぱりそうなるかぁ」
キリさんの提案を実行する。駆逐、軽巡、重巡の艤装を窓から道路に投げさせる。流石にその時何人かは躊躇ってはいた様だが。兎も角、計六人分の装備は比較的細い道に万遍無く散らばった。艤装は丈夫でこの程度なら破損もせず、ちょっとした岩くらいの大きさの物が道路に転がる。他にもバスに積んであった工具類機器類もばら撒いた。これで最低五分は稼げる、と思った時、銃声が聞こえ直後車に衝撃が。運悪くバスの弾丸が後輪に命中し、同時に偶々運転をミスして前輪が側溝に脱輪した。横転しなかったのが不幸中の幸いだった。
「全員バスを降り、峠に向かって走れ!」
後ろを見ると黒色の自動車から人が降りている途中だ。全員バスから降り、最後尾を僕は走る。後ろからバラララと言った機関銃の音が聞こえる。峠への最後のカーブを過ぎ、後は直線を残すのみ。パン、パァン、という高らかな二発の射撃音を最後に、この僕等の生死を賭けた追い駆けっこは終わった。
「私たちは第25支部第三艦隊の者です! 銃を置き地面に手をついて下さい!」
薄暗くなり始めた山道が明るく照らされる。目の前には車が数台道路を塞ぐ様に停まっていた。僕達はその車の後ろに回り込んだ。
「お前が端水鎮守府の提督か?」
一人の艦娘がそう確認してきたので、はい、と肯定する。
「非常に助かりました。……誰か怪我している人は居ない?」
僕は周りの皆に聞く。
「私タチハ無事ダ」
「うちも弾が当たったけど大した事ないで」
「なら良かった」
僕はぼやける視界の中で、辛うじてキリさんに自分の荷物を手渡した。脂汗が背中を伝う。
「提督、大丈夫ですか!?」
「司令官!」
鳳翔さん達の声が聞こえる。僕は出来るだけ平静を装い返答した。
「全然、全く」
思考が鈍る。体が焼ける様に熱い。地面が揺れている。いや揺れているのは僕か。こんなに外は暗かったかな。もうそろそろ夕飯の時間だ。意識が千々に散る。こんなに熱かったのはあの時以来か。真っ赤に染まる自分。隣の少女の表情は覚えていない。記憶が混濁する。誰かが呼ぶ声が聞こえる。
「ひでえ怪我じゃねえか! これに早く乗れ!」
歩く度に足が痛む。腕も痛いし、脇腹も痛い。手を引かれて近くの車に乗り込み、そのまま座席に倒れ伏す。僕は不思議と目を閉じる気にはならなかった。