僕が鳳翔さんと執務室に戻ると、先に龍驤さんがソファに座っていた。梅雨入りで空は灰色に覆われて一段と薄暗く、部屋の明かりを点けなくてはいけない程だった。執務室に誰かが来る事は日常茶飯事だったので―それこそ仕事中であっても遊びに来る―特に気に留める事もない。鳳翔さんがその向かいに座った。僕はデスクの椅子に座って、書類を読み始める。龍驤さんは持っている雑誌を読みながら
「なあキミ。座学をしようとする目的は、あれだけや無いんやない?」
とにわかに尋ねてきた。僕は書類から一瞬目を離したが、また視線を手元の紙に戻す。
「まあ確かにそれだけではないね」
僕は具体的に答えず、抽象さで以て言葉を返す。そして口を閉じる。少しの間沈黙が流れる。
「……そういう所、ですよ。提督」
鳳翔さんが口を開いた。
「私たちが心配になるのはそういう所です」
僕は病院からの帰り道、彼女に言われた事を思い出した。曖昧にぼかして、有耶無耶へと化して。対外へは大概に本心を見せない。僕が意図的にやり、そしてやらなくてはいけなかった事だ。彼女の言葉を換言すると、そういう面への指摘という諫言になる。まあ、言わない理由も無いので大人しく喋っておく。
「……例えば、この深海棲艦との戦いが終わって」
と前置きをする。
「君達は果たしてどうなるのか、龍驤さんはどう思う?」
龍驤さんは腕を組み暫く考えた後、
「そうやなー。主にはそのまま海軍に残るか、一般人になるかの二択かな」
「その時に半分が軍に残留したら、もう半分は世間に出る事になるよね。その時の為に少なくとも今出来る勉強はしておこう、という大雑把に言ったらこういう事だよ。そうでなくともいつ何時この生活から放り出されるか分からないんだ。やっておくに越した事は無い」
無意識に声音が下がってしまった。僕は書類にペンを走らせながらちらりと前方を見る。若干明るめの声を出しながら、
「なーんて、本当はキリさんに教えるついでにっていうのが大半なんだけどね」
とおどけながら言う。
「……まあ、及第点にしとこか」
「そうですね」
龍驤さんと鳳翔さんの両人がそう言ったのを聞き、僕は一息入れる。
「まあ、そこまで考えてくれるっちゅうのは、ちょっち嬉しいなぁ」
無垢な笑顔でそう言う龍驤さん。鳳翔さんもそれに同調し、和気藹々と二人は話し始めた。僕は時々相槌を打ちながら、内心は梅雨空の様に灰一色だった。それは多分、僕にも残っているかもしれない良心という物の琴線に触れた結果なんだろう。恐らくは。結局、僕はその心情を心の片隅に追い遣った。
窓の外では雨が降り始めた。