彼の双眸に映る景色は   作:sophist

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23 緩話 終日休日

「司令官、七時だわ! そろそろ起きないと」

 体を揺すられて目を薄く開ける。そこには茶色い髪をした少女が居る。僕はあーとかうーとか、返事にならない返事をして上体を起こす。そのままの体勢で数秒、そして左足に力を入れ立ち上がろうとするも、失敗。布団に突っ込む結果となった。

「大丈夫? ほら、右足から立ち上がって。松葉杖はこれね」

今度はしっかり立ち、杖を手渡される。僕はありがとうと言って洗面所に向かう。まだ目が覚め切っていない為にドアの所で肩をぶつけた。痛い。兎に角洗面台に向かい、冷水で顔を洗う。蛇口を閉め顔を拭こうとするもタオルが無い。しまった、どうしたもんかと思ったが直ぐに横からタオルが差し出される。

「どうぞ、なのです」

ありがと、と言って手に取ったそれで顔を拭く。少しは眠気が減った。横には何時の間にか茶髪の少女が居た。

「おはよう」

「おはようございます、司令官さん」

意識が段々と覚醒していく。僕と電は部屋に戻った。他の二人を起こしている雷にも挨拶をして、僕は執務室へと続くドアの鍵を開けた。そして同様に執務室入口の扉も開錠する。どこでもそうなのかは知らないが、執務室は内側からしか鍵の開閉が出来ない。そんな内開きの扉と部屋の窓を開け、風通しを良くする。今日はここ最近では珍しい、快晴という予報が出ている。出掛けるには丁度良いかもしれない日和だった。

 今日は白一色の軍服ではなく、Tシャツにジーパンを着用する。今日は休日だからだ。まあ軍服も平日ならいつでも着ているというわけでも無いが。布団を畳みながら今日の予定を組み立てる。折角の晴れだし、外へ繰り出そうか。つらつらとそんな事を考えていると、ヲ級とキリの身支度が済んだと言われたので、五人で朝食を食べに向かった。

 

 先日、木曾・長門を含む計四名の艦娘がこの鎮守府に加わり、総勢十二名つまりは二艦隊分の人員が集まった事になる。中途半端な人数よりかは幾分行動しやすいだろう。

 季節はもうすぐ夏真っ盛り。こうして歩いているだけでもじんわりと汗をかく。町へと続く道を行きながら、僕は横を歩く姉妹を見遣る。今日はこの二人と出掛ける事になったのだ。どうやら聞く所によると、この二人は鎮守府の最古参らしい。それこそ鎮守府発足時から居る位には。(とは言った物のまだそれから二年位しか経っていないが。)二人はその当時の話とかをしてくれた。つまり僕の前任者の話だ。彼は善人と形容しても良い程穏和な性格をしており、何時も皆の事を考え、気を配っていたらしい。そんな彼も三月で定年退職。今では店を開いて、元気に暮らしている。

「司令官、今日で包帯は取れるんでしょ?」

「そうだよ。それとこの杖ともおさらばだね」

 僕は今となってはポーズだけの松葉杖を少し上げる。傷は塞がり、ある程度筋力も回復しつつある。右腕を吊るしている包帯も今日取るらしい。

「もう完治したのですか?」

「まあね。それに何時までもこんな格好だと、格好つかないからね」

松葉杖で包帯姿の提督なんて威厳が無い。だからと言って普段から威厳が有るわけでもないし、そんな言葉とは無縁だが。

「ふふっ、そうですね」

なんて談笑をしながら歩いていく。そろそろ目標の建物が見えてくる頃だろう。

 僕達は病院―というより医院と言うべきか―に入り、予定通りに僕は診てもらった。腹も脚も順調に回復しており、松葉杖はもう要らないとの診察がなされた。腕ももう吊る必要が無く、以降は通院する必要も無いとのお達しだ。そんな訳で目出度く病院通いから解放された。

「何飲む?」

 病院前の自販機で僕は二人に聞いた。今日はかなり暑い。日差しもきつい為、熱中症に気を付けるようテレビのキャスターも言っていた。雷さんはアップルジュース、電さんはオレンジジュースとの要望で、僕の分と合わせて買う。

「はい」

「ありがとね」

「ありがとうなのです」

近くの公園で一休みする事にした。丁度日陰になっていたベンチに座り、緑茶のペットボトルを開けようとする。開かない。逆の手に持ち替えても、水滴で滑って同様に開かない。僕が四苦八苦していると、ひょいと隣の雷さんに取られる。そしてそのまま蓋が開けられる。

「はいどーぞ」

「ありがと」

助かった。僕はお茶を一口飲む。涼しい風が公園を吹き抜けていく。公園にはちらほらと、数える程にしか人は居ない。何とはなしに遊具で遊ぶ親子を見ながら、また一口お茶を飲む。

「司令官さんは」

今度は逆側の電さんが口を開く。

「どんな子供だったのです?」

多分あの親子を見ての質問だろう。ふむ、僕の子供時代。まだ二十そこらの僕にとっては子供時代なんて言う程昔の事ではないが、思い出してみた。

「……まあ、今と大して変わらないんじゃない」

そんなに人間は変わらない。

「今もそうだけど、よく怪我をしてた事は憶えているよ。後の事はあんまり覚えてないかな」

「じゃあ司令官の家族はどんな人なの?」

「うーん、両親はまあ優しい人だとは思うよ。父親は生真面目な性格と言えるかもね。一人っ子だったから兄弟姉妹は居ない。今は、キリさんが養子っていう事は知ってるでしょ? キリさんは……、そうだね。……よく頑張ってると思うよ」

僕は端的に人物評を話す。そして僕はペットボトルを片手に立ち上がる。

「さて、そろそろ行こうか」

 

 休憩を終えた後、僕達は図書館に向かった。そこで一時間程過ごし、興味を引いた本を数冊見繕い借りた。二人も何冊か借りた様で―どうやら以前にも来ているらしかった―纏めて僕が背負ってきた鞄に入れた。図書館から外に出ると空に昇った太陽の日差しが肌を刺す。冷房の効いている屋内との温度差は倦怠感を湧かせるが、それを抑えながら歩を進める。時計を見るとまだ昼食とするには早い時間だったので、もう一件書店に寄る事にした。

 この町に一件しかない本屋。そもそも田舎と言って差し支えないこの町では、娯楽の類は少ない。鉄道駅が有り駅前は比較的店も多いが、それでも都会のそれとは比べ物にならない位には華々しくない。二年前はまだ人が居たらしいけれども。そんな訳で、そんな駅前の商店街に小ぢんまりと構える本屋に僕等は入店する。

「おう、いらっしゃい」

入口横のレジカウンターに居る店員に挨拶をされた。

「どうも」

と僕は返す。

「久しぶりね、石神井さん」

「お久しぶりなのです」

と連れている二人もその人に挨拶をした。その初老の男性は笑顔を浮かべながら、

「いらっしゃい、お嬢ちゃん。しかし久し振りと言ってもまだ二、三カ月だろう?」

詰まる所、彼は元提督、僕の前任者だ。

 

 彼に初めて会ったのは三月の終わり。鎮守府の引継ぎを行った時だ。その後、彼が元々所有していた書籍と退職金を元手に店を構えた。彼はどうやらこの町の生まれらしく、よって故郷である此処に留まった。当然彼を知る者も多く、そしてこの町において艦娘が自由に外出出来ているのもひとえに彼の尽力の結果だ。とまあ彼の概要はこんな感じだ。僕は気になる本を探しながら、談笑している彼らを横目で見る。あ、この本面白そう。因みに他の艦娘も時たま此処に来るらしい、という事位は僕も知っている。この前偶然不知火さんにかち合ったし。

 そんな風に店内の本を見繕っていると雷さんが隣に来た。

「司令官、しゃくじいさんが呼んでるわ」

「ん、分かった」

僕は手に取っている本をそのままに、彼の所に行く。電さんと雷さんが一緒に本棚を眺め始めたのを尻目に、石神井さんの向かいに置いてある椅子に腰掛ける。

「どうだ、最近の様子は」

「そうですね、新しく四人が加わりました」

「建造か?」

「いえ、異動です。建造は全然奮いませんよ」

「ああ例の『岩水鎮守府事件』か」

岩水鎮守府事件。五月の騒動の名称だ。彼は苦虫を潰した様な顔でそう言い捨てた後、湯呑みに入った緑茶を呷った。何故知っているかと思ったが、何かしらのルートが有るのだろうと一人納得する。

「他には……、その歓迎会で例の如く球磨さん達が呑んだくれていましたね」

「そうか、あいつらは相変わらずだな」

と彼はわっはっはっと笑う。

「そうか、その分だと皆も元気だろう」

彼は喜色を顔に浮かべながら言った。

「……そうだ。一つ、お願いしたい事が」

彼は首肯を以て続きを促す。

「僕に何か有ったら、僕が何かに遭ったら、その時は皆さんを宜しくお願いします」

僕は珍しく真剣に頼んだ。彼は、言われるまでも無い、と答えた。或いは応えた。

 僕は立ち上がりレジに回り、本を数冊カウンターに置く。

「これ、幾らになります?」

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