あたしはちらりと、気取られないように、斜め前に座り運転している男を見る。1か月前にここに異動した時は、そいつは松葉杖をついた怪我人だった。それに年齢も若いし、上司がこんなので大丈夫なのかと思いもしたけれども、しかし前の所に比べたら大抵のやつはマシだと思い、一カ月過ごしてきた。そしてクソ提督の行動に注視してきた―悲しい事に警戒癖がついてしまっていた―その結果、この男は信用ならない、との結論に至った。仕事は出来る方で、優柔不断さも無い(少なくとも表には出さない)、人付き合いは淡白で、指揮は旗艦に丸投げ。(とは言ったもののこの時代ではそれが主流なのだが、どうにも落ち着かない所がある。)そして口数は多いとは言えないが、口が巧い。口先で話すのが上手い。そういう所を時折見た。かと言って性格が悪いわけでもない。良いわけでもないが。飄々というより漂々としいて、まるで空気か伽藍堂。それだけクソ提督が、いやクソ提督も警戒しているという事かな。
溜息を一つ。それはクソ提督の耳には届かなかったようで、以前彼は前を向いたままだ。もしかしたら聞こえていて、その上で無視しているかもしれないが。
「ねえ、クソ提督」
あたしは沈黙を破り、話しかけた。
「ん? 何?」
「……やっぱ何でもない」
あたしは何を聞こうとしたのだろうか。一方クソ提督は、何だコイツみたいな表情をのぞかせる。ちょっとイラッときた。それを紛らわすために、あたしは窓の外へと、そっぽを向いた。
車を降り、支部の建物へと歩いて入る。クソ提督は入口のエントランスにある受付に歩いて行く。あたしはその後を少し離れて、周りの内観を見ながらついていく。
「すいません、ここの総司令官に用がありまして。えっと、名前は……確かハタノだったと思います。繋いでもらえますか?」
「失礼ですが、お名前をお聞きしても宜しいでしょうか」
「紫野ナジミです」
あたしはクソ提督から三歩くらい距離を開けて立っている。ていうか上司の名前は憶えておきなさいよ。受付の人が内線電話をかける。二言三言受話器に向かって話した後、
「確認が取れました。案内が来るまで暫くお待ち下さい」
とあたし達に言った。
「分かりました」
と言った。そいつはカウンターから少し離れた場所でぼさっと立つ。少なくともしゃきっとはしてない。覇気も無い。そして彼が奥のエレベーターを見ながら、僅かに肩を竦めつぶやいた独り言は、近くにいたあたしの耳にも届いた。
「はてさて、今度は何があるのやら」
普段から表情の変化が少なめなクソ提督だけど、より一層無表情になっていた。何を考えているのかは読み取れない。あたしはそのどこか確信めいた言葉が、何故か気になった。