彼の双眸に映る景色は   作:sophist

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27 重厚な指令―あるいは異例

「紫野さんをお連れ致しました」

 執務室の扉を重々しく開けた案内の人が、そう言って室内に入っていく。僕と曙さんはその後に続き部屋に這入る。

「失礼します」

その部屋は広々としていた。木目調の壁に合わせたインテリアは落ち着いた色で纏められてあり、シックな雰囲気を作り出している。中央に鎮座する、一目で高そうだと思うソファーとテーブルは大きくも無く小さくも無く、部屋の空間的にバランスが取れている。内装に言及するのはこの位にしておいて、

「どうも、こんにちは」

「よく来てくれたな。先ずはそこに座ってくれ」

一応この人とは初対面では無い。会うのは二回目だ。ソファーには既に一人座っていたので、僕はその対面に腰を下ろす。曙さんも隣に―二人分位距離を開けてだが―座るが、落ち着かない様子できょろきょろと部屋中を見回している。このソファー凄い柔らかいな、なんて事を考えていると目の前にお茶が置かれた。

「ありがとうございます」

中身が麦茶である事は一瞥で分かる。日に日に暑くなっていくこの頃、特に冷たい物が美味しく感じる季節である。冷えた飲み物は喉の渇きを癒やし、暑い空気の中でひと時の冷涼をもたらす。

 何かの書類を書き終えたらしい秦野さんが、ソファーへと移る。この部屋まで案内した女性もその隣に座した。

「どうやら怪我も順調に治った様で良かった」

僕を見て彼はそう切り出した。彼に始めて会った時は五月の入院中で、僕はその時包帯でぐるぐるだった。

「まあ、そうですね」

僕がそうとしか答えなかったので、微妙な沈黙が生まれる。仕方が無い。僕から聞きますかね。

「で」

「結局」

「詰まる所、」

「僕に何の様ですか」

 

 

 

 は? とあたしの中に疑問符が生まれる。用件は『五月の事件で聞きたい事がある』ではないのか? いや、待った。それならわざわざ出向く必要はない。質問に答えるだけならば電話で話せばいいし、メールでも用事は済ませられるわね。だとしたら、一体。

「分かっていたのか。なら、早速本題に入ろう」

前に座る秦野は表情一つ変えず、応対する。

「先日私の手に一通の手紙が渡された。これだ。この手紙は元々、私の友人がその息子から貰った手紙なのだ。ちょっと目を通して欲しい」

そう言われてクソ提督はその手紙を読み始めた。あたしにも文面が見える角度で。暫くその手紙を黙読する。内容は、父や家族への近況報告だったり、家族との思い出話だったり。言っちゃ悪いが至って普通の手紙だ。

「特に不自然な所は無いと思いますけど」

「知らない人が見ればそう映るだろうな。しかし知人に拠ると、その内容の殆どが嘘だったり出鱈目であるらしい」

……もしそれが本当なら、その息子は何かに巻き込まれているかもしれないと思い至る。

「もしかするとこれはSOSなのではないか。十中八九、そうだろう。そこで君にこの子の所に向かって欲しいのだ。そして何が起きているのかを報告して貰いたい」

……。横を見ると、面倒だという表情をしたクソ提督。いや少しは隠そうとしなさいよ。ほら、前に座る赤城さんが凄い見てくるわよ。

「お断りします、と言いたいんですがねぇ。二点程質問して良いですか」

「何だ?」

「一つ目、何故僕なのか。二つ目、これは命令ですか? そもそも他人に頼む位なら自分で何とかした方がまだマシな結果になるでしょう」

クソ提督は明らかに余計な一言を付け加える。加賀さんと赤城さんの纏う空気が少し変わる。

「一つ目の質問に対する答えは、出来るだけ中立でどこの派閥にも属さない者が適任だと思ったからだ。それに加え君の先月の事件における働きを鑑みた結果だ。二つ目に対してはイエス、と言っておこう。君にはその方が都合が良いだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()程に慎重な君には」

その言葉を聞いて隣のクソ提督の胸ポケットを見る。確かに何かが入っているようだが、外から見ただけでは何が入っているのかまでは分からない。彼は口角をかすかに上げにやにやとした笑みを浮かべる。

「まあ、そうですね。しかし別に『命令』でなく『頼み』としてでも良いんですよ?」

録音機の存在をあっさりと認め、言葉を続ける。そして暫くの間沈黙が流れる。

「……君は底意地が悪いな。それは『君にとって良い』んだろう」

「正解です」

この二人は何を話しているのだろうか。さっぱり分からないため直接聞く事にした。

「ちょっとクソ提督、今のどういう意味よ」

するとそいつはこんな事を言った。

「もしこれが頼み、依頼なら僕は拒否できるでしょ? そして実際に断るよ。だって面倒じゃん。となると依頼を命令とするか、或いは諦めるかの二択。もし命令とするなら、その発言をこのレコーダーで録っておけばいざという時安心だ。そういう筋書だったけど、まあ結果オーライ」

その後を秦野さんが継ぐ。

「そして再度、あたかも親切心からである様に装い、確認を取ったのが先程の台詞だ」

「言い換えると、もう取り消しは出来ませんよっていう事。取り返しがつかなくなってもそれは自己責任ですよ、と今ならまだ間に合う事を暗に言っていたわけだ。まあ、折角のそのチャンスもそこの人は棒に振っただけで終わらせたんだけどね」

なんというか、思っていたよりクソ提督が狡猾だった。そしてクソ提督がその説明を、先程からしているにやけ顔のままで喋っているのが少しムカつく。当然正面のお三方も、程度の差はあれども怒気をはらんでいる。そんな状況でも彼はへらへらと人を小馬鹿にしたような表情を崩さない。しかも

「はわわわ、皆さん鬼おこなのです!(裏声)」

と、もうこれ煽ってるよねとしか思えない様な事を言った。

「馬鹿! 何を言ってるのよ、このクソ提督!」

と慌てて口を塞ぐも時すでに遅し。覆水はもう盆には返らない。クソ提督の正面にいた加賀さんが立ち上がり、歩いて来た。無表情だが確実に怒っていることは分かる。あたしはその迫力に気圧されて、クソ提督の口を塞いだまま動く事が出来ない。

「……先程から何なんですか」

彼はあたしの手をどけて答える。

「悪態くらいつかせてくれたって良いじゃないですか」

「だって」

「無関係な僕にこんな厄介事を押し付けてくるんだから」

彼は何故か―というより確実に火に油を注ぐ為だけに―由緒正しき雷巡のポーズをしながら話す。ていうかウチに雷巡はまだいないのに、なんでそのポーズが出てきたの。結果その効果は確かにあり、加賀さんが何時の間にか持っていた弓矢で番えていた。

「頭にきました」

「やめんか、莫迦者」

と秦野さんが声を掛ける。

「しかし……」

「そいつに乗せられている事に気付け。君もそういう真似は感心せんぞ」

「最後まで足掻くのが僕のモットーですから。あと加賀さん、だっけ」

いつの間にか普段の無表情に戻っているクソ提督が、にわかに矢を素手で掴み左胸の前に引き寄せた。

「しっかり此処を狙わないと」

あたしの位置からは加賀さんが表情を僅かに歪めたのが見えた。対する提督の表情は見えなかった。いきなり矢から手をぱっと離し、秦野さんへと向く。

「なーんてね。じゃあ、僕はこれで失礼します」

「ああ、追って詳細は伝える」

「失礼しました」

とくるりと後ろを向いてすたすたと部屋を出て行く。

「ちょっ、あ、失礼しました。ちょっと待ちなさいよクソ提督!」

 やっぱりクソ提督は訳が分からない。あたしはそう思った。

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