彼の双眸に映る景色は   作:sophist

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35 重傷と賢明―不知火の場合

 目の前の敵にどう対応するか。先程の司令は僅か二回の攻撃で打ち倒していた。その手腕に敬服すると共に、やはり短時間で決着を着けるのが望ましいと考える。となると相手を遠ざけるだけになる即席の火炎放射器もどきは使えない。そもそもそれを行うのに時間がかかる。

 じりじりと距離を詰める。

 そしてリーチは相手の方が長い。こちらは子供の体躯で、あちらは大の男。幾ら艦娘と言えど体躯の差はどうしようもない。と、なると。

 ナイフの間合いにぎりぎり入らない距離を保つ。

 じっと敵を観察する。監視する。注視する。先程の闘い方を見るに、恐らくこの人達はずぶの素人。戦い慣れていないことがありありと見て取れた。だからその様な人間は必ずこの均衡を崩す。じっと相手を睨みながら、その場を動かない。何秒、或いは何分経ったのか。

 相手が一歩踏み出した。

「ふっ」

 息を吐きながら大きく一歩前方に移動する。それを見て敵も反応する。ナイフを持った右腕を、不知火に向かって突き出す。体を半身にし、僅かに右に動くことでその攻撃を避ける。続いて無防備にもさらされているその右腕の、付け根の部分を掴み抱え、相手の足を払う。それと同時にナイフを奪取。敵の勢いを殺さずに一本背負いをし、寸後に起き上がろうとした敵の首元にナイフをあてがう。

「勝負あり、ですね」

マウントポジションを取り、そして不知火の制服の首元にある紐を解き、男の、後ろ手に合わせた親指同士をそれできつく縛る。さて、こちらは終わりました。

「司令官」

 そう声を掛けると、息が絶え絶えながらもどこか気の抜けた返事が聞こえる。

「あ、そっちも終わった? 怪我してない?」

司令の雰囲気が普段の物に戻っていたので安堵する。

「ええ、不知火は無傷です。司令は?」

「僕は、結構やられたかな」

此方によろよろと歩いて来る司令官の姿が見える。その白い軍服は大きく汚れていた。その色は、多分、赤。

「! 動かないで下さい!」

司令官に駆け寄り、壁際に座らせる。感情が高ぶりそうになるが、落ち着いて、確認する。出血は腹部と右腕から。腹部は数箇所刺されている様で、ナイフも刺さりっぱなしだ。取り敢えず右腕の止血処置を施す。司令のベルトをお借りして、右腕に巻き付けきつく留める。そして、救急に連絡。鳳翔さん達にも連絡を入れようとしたが、

「いや、あの人達の、所も、襲撃を受けて、いるかもしれ、ないじゃん」

との言葉に躊躇する。けれども

「もしするなら、キリさん、が一番、良いと思う」

との指示を聞き、キリさんにメールを送る。何故キリさんなのかと疑問が浮かんだが、今はそれどころではない。

「司令、大丈夫ですか」

「うん。まだ、比較的大丈夫だよ」

見ている此方が痛くなりそうなほどの状態で、司令官はそう答える。

「にしても、先程はすまなかったね」

「?」

「ほら、僕が一人で敵に向かって行った事」

司令の言っている事を理解する。元々は『あの三人を引き付けられるだけ引き付け、そして暫くしたら逃げおおそう』という方針だった。だから彼が一人、突撃していった時には驚いた。

「あの時はちょっと、テンションがハイになってた。十中八九これのせいだね」

と左手をポケットに入れて、小瓶を取り出す。中には白い粉末が。それは司令が食堂で捕まえた男が所持していた物だった。なるほど得心しました。先程までの司令をどこかおかしいと感じていたのは、そういう訳でしたか。……なんて無茶をするんですか、この人は。思わず顔を顰めてしまう。内心が、感情が、表に出てしまう。しかし司令官にその表情は見られなかった様だ。

「いやー、しかし、鳳翔さん達の所はどうなってるんだろうね」

「司令はまず自分の身を案じて下さい」

 救急車のサイレンの音が聞こえ、それは段々と高く、徐々に大きく変化していく。司令官は虚ろに目を開けていた。

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