夏も終わりの八月末。相も変わらず蝉は鳴き、僕は太陽の日差しに泣く。日陰に居てもじりじりと、確実に体力ゲージを削っていく様な暑さ。空には入道雲が湧き、海では歓声が湧いている。どうやら此処の幾人かが海で遊んでいるらしい。元気だねぇ、と思いながら僕は本のページを捲る。どちらかと言うと出不精の類に入る僕は、自然鎮守府内に篭りがちになる。
「うぅ、暑い」
執務室のソファに寝っ転がり呻くキリさん。この子も大概インドアな人間だ。扇風機の駆動音が鳴り続ける。
暫くの静寂はドアがノックされた音で断たれる事となった。
「おーい提督ー。お客さんだぜー」
今日はそんな予定なんて一個たりとも入っていないんですが。果たしてこの気温の中態々此処まで来る酔狂な人は誰でしょうかね。
「はいどーぞー」
僕は読み止しの本を机に伏せ、キリさんはそそくさと隣室に出て行き、摩耶さんとお客さんが入室する。
「久し振りだな、ナジミ!」
「うふふ、元気にしてたかしら~」
「……ああ、久しぶりです。天龍さんと龍田さん」
約五カ月振りとなる、見知った顔がそこには有った。
「それで、一体何の用でこんな所にまで?」
「私たち今夏休み中で、それでちょっと旅行してるの~」
「そんで近くまで来たもんだから、ついでにと寄ってみたというわけさ」
「そうですか」
一通り室内を見回した天龍さんが尋ねて来る。
「そういや、キリは元気か?」
「元気ですよ。彼女ならさっき部屋から出て行きましたけど」
後で会ってやんないとな、と言う天龍さん。僕はちらりと視線を窓の外に向ける。そろそろかな。僕がポケットからトランシーバーを取り出したと同時に、それが音を立てる。
「こちら端水鎮守府第一艦隊旗艦の龍驤や、どーぞ」
「はいこちら端水鎮守府、紫野ナジミ。どうぞ」
「うちらは後十分で母港に帰港するで。被害は全員が小破未満や」
「了解。最後まで気を抜かない様にね」
「了解や。じゃ、後でな」
プツンと黙したその機械を仕舞う。
「ちゃんと提督してるのねぇ」
「まあ、仕事ですから。それじゃあ僕は出迎えに行ってきますので、暫く待ってますか?」
と僕が聞くと、
「いや、俺は散策する事にするぜ」
「私も~」
僕達は執務室を出た。
私は廊下を歩いていた。お兄さん―紫野ナジミである―が気付いているかは知らないが、重大とも言える案件が浮上してしまったために、少し早足めに歩いていた。目標が恐らくいると思われる海辺に向かう。
「電さん、サキさんを見なかった?」
途中出くわした電に、確認の為に聞いてみる。
「サキさんならまだ海で遊んでいますよ」
「ありがと」
私は再び歩く。
夏の日差しを反射しきらめく海面。その中を悠然と泳いでいたサキは、私の姿を視界に入れると、此方にやって来た。
「ヨッ、キリ」
「よっ。まだ泳ぐ予定?」
「イヤ、モウ終ワリニスルヨ。……何カアッタノカ?」
「まだ無いけど、これから有るかもしれない。私達の知人が今ここに来てる。だからサキの近くにいた方が良いと思って」
そう伝えると、サキさんは事情を察したようだ。
天龍・龍田の両人は私とお兄さんに面識が有り、という事は『お兄さんがサキと言う人物を当時連れていなかった事を知っている』人物である。もしサキ、即ち空母ヲ級が、幾ら変装しているからといっても、一人で鎮守府内を徘徊している所に遭遇されたらと思うと油断はできない。ましてやあの二人である。基本的に侮れない者(艦娘含め)が揃っていたあの学校で、特に注意しなくてはいけない人物だと専らの噂だった。
「着替エルカラチョット待ッテテ」
「分かった」
遠くの青に浮かぶ艦隊の帰還を、私は目を細めて眺めていた。