彼の双眸に映る景色は   作:sophist

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7 こうして彼の提督としての業務が始まる。

 総司令部から送られた書類に目を通し、内容把握に努める。昨日の宣言通りに僕は業務を勤めている。今朝も雷さんが僕達を起こしに来てくれたので、彼女が秘書艦かと思ったが予想は当たらなかった。彼女はどうやら世話焼きな性分らしい。

「今日からよろしくクマー」

「宜しく」

 球磨。球磨型軽巡洋艦一番艦、即ちネームシップ。大きなアホ毛と特徴的な語尾。今日の秘書艦は彼女である。以前にも務めた事が有るらしく、本人曰く「意外と優秀なクマちゃん」とのことだ。

 僕は書類を選り分けながらちらりと横目で見る。同じく書類を分別している球磨さんの姿が目に入る。中々手際が良い。視線を横から前に向ける。応接用に置かれただろうソファにはキリが座って読書をしていた。

 没、没、没没保留没没受諾没……。元からそれ程多くなかった書類は、幾枚の文書と十数枚の紙屑と成り果てた。

「こっちも終わったクマ」

彼女によって分けられたそれに全て目を通し、その判断が如何ほどのものかを計る。彼女はほぼ適切に仕分けられていた。僕は三枚「没」側に移す。

「それはどうして却下するクマ?」

その書類は『演習を3回せよ』及び『遠征を3回成功させよ』という任務の発注書。理由は簡単簡潔簡明だ。

「そんなに余裕が無いからね、人数的に。八人で出撃、演習、遠征を全部行うのは無理でしょ」

「一個に集中すれば、そのどれかは遂行できるクマ」

「だとしても現在の状況を鑑みるに遠征にあまり意味は無い。資材の供給量が需要量と釣り合っているからね。演習に関しては、そんなに出来ないと思うよ。ここは兎も角、他の所は海に繰り出すのに大忙しだろう。一日三回はちょっと厳しい」

さらに移動時間を加味するとほぼ無理とも言える。

「……提督は何で出撃に積極的じゃないクマ?」

 昨日の座談会中にこの鎮守府の基本方針を決めた。一日に大体二、三出撃くらい。それが僕の提案したものだった。

「理由は昨日話したけど」

先程も述べた様に人数が少ないことが主な理由。後は戦力的なものだ、と昨日述べていた。

「前の提督も積極的じゃ無かったけど、でも多い時は一日に五回位出撃とかしてたクマ。だから理由はそれだけじゃないクマ?」

……他の皆は一応納得していたと思うんだけどな。

「どうしてそう思うんです?」

「うーん、なんというか、勘だクマ」

優秀と言われる一端を僕は垣間見たのかもしれない。実際その直感は正しい。

「確かにその通り、でもそれは主に僕の主義主張が元だから。……さて工廠に行こうか」

僕は話を切り上げ、受注した任務を遂行しに工廠へ向かった。

 

 本日の業務の八割方を午前中に終わらせ―というより終わってしまって―手持ち無沙汰になった。何をして過ごそうかと考えた時に、そう言えばと思い出した。

「キリさん、朝から何を読んでいるの?」

僕はソファの上の少女に尋ねた。

「図書室にあった小説。『ABC殺人事件』だって」

アガサ・クリスティー、だっけ。読んだ事は無いけれども。

「球磨はあんまり読書をしないクマ。キリはえらいクマ」

話すところによると、彼女は文字列を目で追う内に眠気が襲って来るらしい。僕も時々そういう経験はある。

 そんな毒にも薬にもならない会話をしている間にも、太陽は空に昇っていく。

 

「――そういう訳で、小破二隻で他は損傷無しや」

「報告有難うございます、龍驤さん」

 僕は本日二回目の出撃の報告を受け、艦隊帰還前に連絡が有った情報と統合して報告書を書き上げる。

「よし出来た。本日のお仕事終了っと」

「お疲れやね」

龍驤さんが労いの言葉をかける。

「こっちも終わったクマ~」

資材増減表を記入し終えた本日の秘書艦が、疲れた声でそう言った。

「お疲れ様。じゃあ行きましょうか」

僕達は夕食を食べる為に食堂を目指す。僕は声を掛ける。

「ほら、キリさんも行くよ」

「分かった」

机の上には読み止しの推理小説が一冊置かれた。

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