ハリー・ポッターと幻想殺し(イマジンブレイカー)   作:冬野暖房器具

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 お久しぶりです。短いですがよければどうぞ。







 
 
 


11 導き手

 

 

 

 

 

 

 

「おや、上条先生。私の教室に貴方が来るとは意外ですね」

 

 あの魔法薬の授業から数日。どうしてもハーマイオニー・グレンジャーの一件が頭から離れない上条は、変身術の教室を訪ねていた。目当てはもちろん、教壇で次々とふくろうをコウモリに変身させている変身術の教諭、ミネルバ・マクゴナガルである。

 

「ど、どーも……あれ? なんでマクゴナガル先生が俺の事を"先生"って呼ぶんです?」

 

「スネイプ教授の助手を請け負っている事は存じております。それに、貴方が魔法を教えた生徒は、私の寮の1年生ですよ? 例の一件に関しても、ダンブルドアからその日のうちに連絡がありました」

 

 "例の件"という部分を、マクゴナガルは強調した。そして冷ややかな視線を上条に浴びせかけようとした瞬間に、彼女の目線は一気に下へと向けられた。

 

「すいません、もっと早くに謝りに来るべきでした」

 

 上条当麻、人生でも一、二を争うほどの高速土下座である。何を隠そう、自分がスネイプの怪しげな薬で昏倒させた生徒(ネビル)はグリフィンドールの寮生であり、目の前にいるのはその寮監で且つ副校長なのだ。

 

 たとえ校長のダンブルドアが許してくれたとしても、この人の前で腰を折らない理由にはならない。

 

「……いえ。貴方が善意でやった事だと伺っています。それにアレ以降、ロングボトムは元気でやっているようですし、今さら話を蒸し返そうなどとは思いません。そのお言葉だけで十分です」

 

 なのでその妙なポーズをやめなさい、とマクゴナガルが告げたので、上条は恐る恐る顔を上げた。マクゴナガルは本当に気にしていない様子で、新たなふくろうを鷲掴みにし杖をゆらりゆらりと振っている。

 

 数秒の後、マクゴナガルの手に収まっていた猛禽類は、同じ夜行性でもおおよそ人類の嫌われ者たる吸血哺乳類へと変貌を遂げていた。

 

「……えー、授業は終わったって聞いてたんですけど。すいません、まだ仕事中だったんですね。ひとまず俺は出直しま……」

 

「気にする必要はありません。コレは半ば趣味みたいなものですから」

 

 趣味、と聞いて思わず上条は眉を吊り上げた。ふわふわの可愛らしい空飛ぶ毛玉をカゴから出し、骨と皮の切れっぱしみたいな吸血生物に変身させるのが趣味だとしたら、それはあのスネイプやダンブルドアを凌ぐ変人なのではないか? 

 

 そんな考えを浮かべる上条を見透かすように、マクゴナガルはコホンと咳払いし言葉を続けた。

 

「もうじきハロウィンですからね。これは雰囲気作りの一環ですよ。何も普段からこんな事をしているわけではありません」

 

 ハロウィン、と聞いて上条はなるほどと相槌を打った。日本人たる自分にはあまり馴染みのない行事ではあるが、少なくともその雰囲気と日付くらいは把握しているつもりである。

 

(魔法があれば本物のこうもりも用意できるのか……いや本物ではないよな、ふくろうだし)

 

 翼を畳み、怪しげな眼光をぎらつかせ、そして「ホー」と鳴くこうもりはよくよく見れば可愛いような気もしなくもない。

 

「……それで上条先生。ここに来た用件は? 先ほどの様子を察するに、ロングボトムの一件ではないのでしょう?」

 

「そ、そう言われると非常に申し訳ないんですが……その、実はですね。グリフィンドールの生徒で一人、気になる子がいるんですけど」

 

 その言葉を聞いて、マクゴナガルはピタリとその動きを止めてしまった。

 

「……気になる子? 誰ですかそれは?」

 

「1年生のハーマイオニー・グレンジャーです」

 

 瞬間、マクゴナガルは顔を引きつらせた。上条がこの教室に来てからというもの、徹頭徹尾厳しそうな表情をしていた彼女ではあったのだが、それを上回る顔つきである。心なしか身をよじり、上条と距離を空けたがっているような気もする。

 

 マクゴナガルの開きかけていた心の扉が硬く閉ざされる音を、上条はたしかに聞いた気がした。

 

(………………え? なんだコレ? 俺は一体どういう地雷を踏んだんだ? あのハーマイオニーって子は、名前を言っただけでこんな顔をされるような生徒だってのか?)

 

 どうやら想定以上の問題を掘り起こしてしまったようだ。だが、不幸だなんて嘆く気は上条当麻にはない。寮監の顔をここまで強張らせるような悩みを、ハーマイオニーが抱えてしまっているとしたら。それを解決に導くのは、曲がりなりにも"先生"という肩書きを得てしまった自分の仕事だ。何も教えられない自分が、唯一出来るかもしれない役割なのだ。

 

 握り拳を作り、真正面からマクゴナガルの目を射抜くように見つめる。思わず目を逸らした彼女に食ってかかるように、上条は一歩踏み込んだ。

 

「教えて下さいマクゴナガル先生。俺はあの子のことをもっと知りたいんです!」

 

「わ、私から教えられる事は何もありません」

 

「何でですか!? やはり、俺みたいな奴は信用出来ませんか!?」

 

「信用の問題ではありません!」

 

「くっ……じゃあ、何が問題だってんだ!?」

 

 思わず怒鳴り散らした上条に対抗するように。怒りと嫌悪感、そして僅かながらに頬を朱色に染め上げている感情を胸いっぱいに吸い込んで。ありったけの感情を、マクゴナガルは砲弾の如く目の前の男に叩き付けた。

 

「教師と生徒の恋愛など言語道断です!! そんな事も言わなければわからないような愚か者を、ダンブルドアは雇ったと言うのですか!!!」

 

「……………………ほぇ?」

 

 静寂の中、真っ白な上条と烈火のマクゴナガルを鼻で笑うかのように。コウモリがホーホーと鳴いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……不覚でした」

 

「……なんかすいません」

 

 全てのふくろうを変身させる作業を終え、マクゴナガルは頭痛に悩む猫のような表情をしていた。

 

「いいえ。"先生"などと呼びながらも、どうにも貴方を色眼鏡で見てしまっていた私の落ち度です」

 

 がっくりと落ち込むマクゴナガルだが、上条としては彼女に落ち度は無いように思える。そもそも教師を名乗るのに自分は若過ぎるし、資格という意味では公的にも実力的にも圧倒的に不足しているのだ。

 

(……というか、今の行き違いってもしかして……この帽子のせいか?)

 

 彼女ほど厳格そうな人が、あれほど単純にピンク色の方向へと勘違いをしてしまうのはどうにも腑に落ちない。おそらく『翻訳ハット』の誤訳ではないかと上条が勘繰り始めたところで、ようやく持ち直したマクゴナガルが溜息を吐き、上条へと向き直った。

 

「さて、話してくれますか上条先生。貴方がグレンジャーを気にしているという理由を」

 

「あ、ああはい……と言っても、上手く伝えられるかはわかんないんですけど」

 

 色々と悩んだが、事の起こりから魔法薬の授業まで、そしてスネイプの意見もそれとなくオブラートに包みながら、上条はマクゴナガルに全てを打ち明ける事にした。変に経過をすっ飛ばすと、また妙な誤解を招きかねないと考えたからだ。

 

 マクゴナガルの方も、上条の話を聞き終えるまで話を挟まず、きちんと最後まで聞いてくれていた。おそらく彼女ももうすれ違いは御免だと考えているのだろう。上条が話し終えた後もしばらく沈黙し、聞いた内容をある程度咀嚼すると、神妙な面持ちでゆっくりと話し始めた。

 

「……なるほど。言いたい事はわかりました。つまり上条先生は、彼女のために何か出来ることはないのかと、そう言いたいのですね?」

 

 漠然とした意見なのは承知の上で、どうやらマクゴナガルは上条の主張を正しく理解してくれたようだった。

 

「はい。ネビルや他の生徒にも聞いてみたんですけど、どうにもアイツは孤立しがちというか……一生懸命なんですけど、友達を作るのはどうにも苦手みたいなんです。せっかくみんな一緒に生活してるっていうのに、それで一人ぼっちなんて、寂しいじゃないですか」

 

 上条の言葉に、うんうんとマクゴナガルは頷いてくれている。だが───

 

「ええ、よくわかりますとも。ですが上条先生、残念ながら……その件に関して、我々教師が出来ることは何もありません」

 

「…………え?」

 

 予想外の言葉に、上条は言葉を失った。

 

「ホグワーツでは生徒の自主性を何よりも重んじます。当然、授業について来れない生徒には課題を出したり、補習を組む事もあるでしょう。ですが……そうですね、上条先生がロングボトムに行った呪文の講習はともかく。友人の作り方や人付き合いに関して、教師があれこれ口を出すのはあり得ません」

 

 まるで頭を鈍器でぶん殴られたような気分だった。スネイプならともかく、普段生徒とはそこそこ良好な関係を築いているように見えたマクゴナガルにここまで言われるとは夢にも思わなかったのだ。

 

「意外でしたか? おそらく私以外の教員も同意見のはずです。当然、ダンブルドアも」

 

 上条の表情を読んで、マクゴナガルはそう付け加える。それでもまだ未だ納得いかない上条の様子を見て、マクゴナガルは首を振った。

 

「これがホグワーツのやり方なのです。私個人としては、貴方の意見は素晴らしいものだと思いますよ。ですが友人を作るという行為もまた、生徒たちにとっては学ばなければならない事なのです……あるいは、友人を進んで作らないという選択肢も、無くはありません。それが生来の気質であれば強制する事もないでしょうし、たとえ友人が少なくとも、大成した魔法使いを私は知っています」

 

 ぴしゃりと、ここまでマクゴナガルに言われてしまえば黙る他ない。魔法使いを育てる学校。その方針に関して、副校長にここまで断言されてしまったのだ。一教師どころか教師もどきのような上条当麻が、そこに異論を唱えることなど出来るはずもなかった。

 

「いずれ貴方にもわかる時が来るでしょう。繰り返しになりますが、その意見自体は大変素晴らしいものだと思いますよ。この件で貴方の評価が下がることはありませんし、むしろ私としてはダンブルドアが貴方を選んだ理由がようやく理解できてきたところです」

 

 褒められているようなそうではないような。そんな言葉を最後に、上条は変身術の教室を後にした。

 

 その言葉が正しいのか否か。その答えを、上条は未だ導き出せないままであった。

 

 

 

 

 

 

 






翻訳ハット「幾度となくかけられる冤罪。真に遺憾である」





 とある魔術の禁書目録3期 おめでとうございます。






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