R&AvsS&K 結末を変えてみた 《完結》   作:ツルギ剣

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決着

 

 

 

 真っ暗闇の静寂の中、ヴーンと唸り音で震わされた。白い光の文様が幾重にも現れ、網の目のように繋がり広がって行く。それを認識して初めて、暗闇の中にいたことに気づかされた。

 気づいた次の瞬間、捕われた。光の網の目に絡まり囚われる。その中で不定形な、そもそも形のなかった己に、輪郭が生まれてきた。気体状から液状に固められていき、確かな体が出来上がった。手足胴体頭、指先から内臓器官までディティールが描き出されていく。

 全てが描き出されると、創造の手が離れていった。もはやその手がなかろうとも、動ける。たどたどしい稚拙な動きであろうとも、確かに自分の意思で自分の手足を動かしている。己が今、どこにどうやっているのか、わかってくる。

 霞が日の出とともに晴れ渡ってくるかのように、重力の縛りを/己の自重を感じた。フラフラとしていた体幹も定まっていくと、確かな踏みしめられる地面を足の裏/膝に感じた。

 その瞬間、パチリと視界が開いた。

 

 アルディは、ぼんやりと辺りを見渡した。寝ぼけ眼で/まだ本調子でない演算機構で己が現状を確認していった。幾十もの数列とコードが描き出され記録と思考回路が繋がっていく、朧げで不安定だった感覚野が鮮明になっていく―――

 一度シャットダウンして再び稼働した=再起動した。何が起きたのかわからない……。

 自分の体を見る……、無事だ。確かに切られたはずなのに、真っ二つにされてもおかしくなかったのに、どこにも傷がない。ソレのみならず全ての損傷が塞がっていた。今まではどうあっても妨げられていたのに、自動修復機能が仕事をしていた。全身の損傷が綺麗になくなっていた。……いや、一つだけあった。左胸に手を当てるとそこに、あるはずのものがなかった。アルルカントの校章がなかった。

 あったはずの校章は、足元の地面に落ちていた。真っ二つに割れて、機能を失っている。……切り落とされていた。

 

「―――マスターの仕業か。……お節介であったな」

 

 唯一傷跡が残っている()胸を撫でながら、苦笑した。

 綺凛がつけたであろう刀傷は、本来なら左胸になければならない。それなのに右に刻まれていた。―――そして校章も、右胸に収まっていた。

 

 左にあると思っていた校章はブラフだった。精巧なホログラムで作った幻であって、本物は右に隠されていた。

 アルディはこのことを、知らされていなかった。彼の星辰力(プラーナ)を借用して作っていた幻であったが、なまじ大量にあるぶんわずかな流出には気づけなかった。目の前の戦いに集中し探査機能にプロテクトがかけられてもいたのなら、なおさらだ。気づかないまま幻の校章を守り続けていた。そして、彼がそうであるが故に綺凛もまた、その幻を信じて必殺を繰り出し続けてきた。上手く騙されてしまった―――はずだった。……結果は全く違ったものになっていた。

 アルディはただ苦笑するだけ、マスターを恨む気持ちはない。正々堂々の勝負を好み隠し事が嫌いな彼の性質とは真逆なことだが、そうであるがゆえに必要な処置だと理解していた。

 生存と戦術上、左にあるのは危険すぎた。コアが収まっている左胸のすぐ上に校章を付けてしまったのなら、万が一敗北した場合コアにも傷がつく可能性がある。校章だけ上手く切り落とすなど、そんな曲芸を鳳凰演武祭(フェニクス)に期待できない、戦力が拮抗しているのならなおさらだ。右胸にあるのが妥当だった。選手たちは皆左胸に付けていることからブラフにもなる。一石二鳥の偽装だった。そんなことより何より、この全ては自分の身を案じてくれたマスターの配慮。そう思えば、アルディに恨みなど出てこようもない。そしてソレが、己の勝利ではなく生存へと繋いだ結果を見てしまえば、苦笑するしかない。

 

「敗れた上に生かされるとは……、これほどの敗北はないのである」

 

 ぼやくように賞賛を呟くと、そばにいるであろう綺凛に顔を向けた。直前までの記憶は途切れてしまったが、そこまで長い時間停止していたわけではないはず。己の現状と周囲の状況から、十数秒ほどだとは推測できた。背後に彼女がいるはず……。

 だがそこに、綺凛はいなかった。立っていなかった。―――地面にうつ伏せで、倒れていた。

 今や刀身が失われた柄を握り締めながら、力なくそのまま倒れふしている。

 

「―――どう、したのであるか、綺凛殿? そのような場所に寝そべって……」

 

 今まで決して、一部の隙も見せてこなかった綺凛が、何もせずに倒れている。刀は握っているが壊れたまま、星辰力(プラーナ)すら纏わず全くの無防備。

 あまりにも異質な光景に、目を見張った。アルディにとっての彼女は、そんなことをしないはずだった。恐る恐るも、微動だにしない綺凛にそっと手を伸ばす、何が起きたのか何を企んでいるのか知らなければならない―――。

 何の障害もなく触れられた。そのまま揺すり起こそうと触れるも、全く反応が返ってこない。揺らされたまま、体が揺さぶられているだけ。深く熟睡しているかのような、意識がない……。

 胸の奥底から、不吉な予感が染み出してきた。

 

「……まさか! そんな、馬鹿な―――」

 

 頭部カメラに搭載されているスキャンを作動、綺凛の身体状況を確かめた―――

 その瞬間、頭の中が真っ白になった。

 

 脈拍と呼吸が、なかった。体温も下がる一方、人体のソレから大きく外れている。冷え切っていた。触れた自分の/機械の手と同じ程にまで、冷たくなっている。ただ、流血はほとんどない。幾筋も刻まれたであろう傷口からは、ほとんど血が流れ落ちてこなかった。倒れていた地面は乾いたまま、流れた血はそこに吸い込まれ赤黒い泥のようなものができあがっている。傷口から流れ落ちる前に、蒸発してしまったかのように……。

 死に体だった。すでに彼女からは、生命活動の兆しがなくなっていた。

 

 悲鳴を、上げそうになった。恐慌状態一歩手前、頭の中が混濁し気絶しそうになった。幻痛の恐怖とは違う、ソレよりも重く押しつぶすような/心臓が握りつぶされたかのように戦慄する。彼女が死んだ、死んでしまった。我輩がこの手で殺して―――

 頭が破裂して崩壊する寸前、分析プログラムがソレを否と訴えてきた。

 星辰脈世代(ジェネステラ)の体は、常人のそれとは違う。機械が読み取れる物理次元の身体反応の多寡/有無だけで、生命活動が停止したとは言い切れない。まだ星辰力(プラーナ)がある、呼吸や血流や消化機能が停止したとしても、ソレが生命力となって全身の細胞に染みわたり生かし続ける。アルディにとってのコアと同じだ、強大な力を持つ星辰脈世代(ジェネステラ)にとって脳や心臓の破壊は必ずしも致命傷になるとは言えない。アルディの自動修復機能と同じように、複雑さは機械とは比べ物にならないが、人体を再生させることができる。《星導館学園》の序席一位だった綺凛なら、その超人の部類に入ってもおかしくはない。

 

「―――だが、これでは……」

 

 間に合わない……。先の戦慄はまだ、背中にピッタリと張り付いたまま。

 肉体の損壊が激し過ぎ、失血しすぎ、星辰力(プラーナ)を消費しすぎた。通常の生命活動を維持できない。そのため一歩手前、仮死状態の極低出力モードに強制変換してはいた。だが、それでも再生が間に合っていない。傷口を塞ぎきれていない、抜けた血を補いきれていない、ソレらを万応素(マナ)から変換し生成する星辰力(プラーナ)が圧倒的に足りない。―――何より、沙々宮紗夜の援護が消えていた。

 闘技場の端に目をやると、そこには、綺凛同様に地面に倒れ伏している沙々宮の姿があった。纏っていた煌式武装も解除されうつ伏せのまま動かない、気絶している。……彼女もまた、身に余る力を使った代償を支払わされていた。

 

 焦りがさらに募っていく。状況は更に悲惨なものになっていた。

 彼女の力が消えたということは、綺凛は本来の力量に戻っているということだ。身体機能や再生能力その他諸々が通常の星辰脈世代(ジェネステラ)レベルに落ちている。加えて、潜在能力を引き出された状態でそれ以上の力を振り絞った、ありったけの星辰力(プラーナ)が先の一撃で吐き出されてしまった。……現状で独力で持ちなおすなど、奇跡でも起こらなければ不可能だ。

 

(……ならば、我輩の星辰力(プラーナ)を分け与えれば―――)

 

 助かる、助けられる。そうでもしなければ助けられない……。自然と両手が、綺凛の上にかざされていた。

 星辰力(プラーナ)を注ぎ込もうと力を込めた、その時、リムシィが制止してきた。

 

『―――ソレはやめなさい、アルディ』

 

 怜悧な美少女の姿をした擬形体(パペット)が、確かな足取りで近づいて来た。通り過ぎただけで誰もが目で追ってしまう美貌、だがそ瞳/鼻/口/顔は、眞白な人工血液とオイルで汚れていた。

 少し垂れている目尻から頬に/スラリと伸びた鼻から唇に/キツく引き結ばれた口の端からほっそりとした顎下に、ポタポタと零れて落ちていた。応急処置として組織閉鎖されていた腕の傷も開き、バチバチと小さな電光が爆ぜている。顔の表情筋が使えないのか機能不全を起こしているのか、能面のような無表情に固まって口が動いていない。声は相互通信時に聞こえる音、頭の中に木霊する様な電子音で聞こえてきた。

 アルディにかけられた幻痛を肩代わりにした結果だ。現実と幻の区別が付けられない誤認が引き起こしたこと、傷だらけの体であるはずだと思い込んだ躯体がそのように現状を塗り替えてしまった。受けてもいない傷を自分でつけた、受けれるはずのない傷であるが故に際限なく傷つけ続ける。自動修復機能と防護機構を越えて表に現れてしまっている今は、機能不全一歩手前だ。

 彼女のその姿も、自分が仕出かしたこと、自分の弱さが招いたことだ……。ソレを自覚すると、謝罪が漏れ出そうになるが、喉元でこらえた。今はそれどころではない。

 

「……このままでは綺凛殿は、間違いなく死ぬ。医者の元に連れて行くにも間に合わない。我輩の星辰力(プラーナ)を注げば、応急処置でしかないが、一命は取り留められるはずである」

『いいえ、むしろ止めを刺すことになります』

「なッ!? ……なぜだ?」

 

 驚くアルディにリムシィは、なぜわからないのかと言うかのように、首をかしげた。

 

『私たち擬形体(パペット)と人間では、星辰力(プラーナ)の周波数が違いすぎるからです。たとえ同じ人間同士であっても、フルマッチは千万分の一と言われています。アナタの星辰力(プラーナ)を彼女に注げば、間違いなく反発します。彼女の命をつなぎ止めているわずかばかりの星辰力(プラーナ)は、ソレで掻き消えてしまう。……助けるどころか殺すことになるでしょう』

 

 指摘されて初めて、その事に気づいた。先に気づかなければならないことだった。衝動のまま星辰力(プラーナ)を使っていたらと思うと……、ゾッとする。

 胸の内で、己の分析プログラムを罵倒していた。なぜ先に言ってくれなかったのか、なぜ止めてくれなかった、逆の結果になったというのになんで―――。

 ひとしきり罵倒すると、お返しにか、自分が暴走状態にあるとの警告が帰ってきた。それにまたしてもカッとなるが、寸前でこらえた。正しく今の自分は、警告通りの状態だった。本来なら二の次であった人格プロブラムが最優先になっている、行動選択の優先順位がおかしくなっていた。

 頭を冷やすと、リムシィに尋ねていた。

 

「……それでは、どうすればいいのであるか? 何すれば綺凛殿を救える? どうすれば―――」

 

 彼女を助けられる……?

 最後の懇願は、リムシィの顔を見て飲み込んだ。……飲み込まざるを得なかった。

 

 

 

『何もしなければいいんです。わざわざ手を下す必要はない』

 

 

 

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。彼女が何を言わんとしているのか、理解できなかった。

 

「……馬鹿な! このままではあまりにも危険だ。何かしら手を打たねば―――」

『それの何が、問題なんですか?』

 

 突き放すような冷徹さに/明日の天気でも言うかのような平静さに、またしても言葉を失った。

 

『なぜ、彼女が死んではいけないんですか?』

 

 畳み掛けてきた言葉で、ようやく理解できた。なぜリムシィがそんな事を言うのか、自分がどれだけ壊れてしまっているかを。

 マスターの目的と自分たちの生存にとって、綺凛たちは邪魔だった。生きている/生かさなければならない必要性は、どこにもない。

 

『彼女たちは、私たちの秘密を暴いてしまった。公然と、世界中が注目しているこの鳳凰演武祭(フェニクス)で、私たちですら知らなかった欠陥を証明した。……生かしておくわけにはいかない』

 

 このまま生かせば、こちらが殺される……。リムシィは何の感情を浮かべずに、倒れている彼女を見下ろした。

 

『幸いなことに、こちらが手を下さずとも勝手に死んでくれる。わざわざ鳳凰演武祭(フェニクス)のルールを破るような真似をしなくて済みます。……まぁ、現状のこの有様では、何をしようが記録には残らないでしょうね』

 

 見渡した周りは廃墟、何もない伽藍堂。先の戦いで破壊し尽くされた跡であり、かつて闘技場だった場所と言わざるを得ない。―――観客や監視の目は、どこにもない。

 歯噛みした。己の仕出かしたことが、現状を作り出してしまった、綺凛たちを追い詰めてしまった。まるで、リムシィが言った通りのことを実行する予定であったがように。不愉快極まりないが、何も言い返せない。

 

『ただ、この校章だけは別でしょう。通信システムがダウンしている今でも、コレだけはちゃんと働いている可能性は高い。もしそうでなくても、システムが回復した瞬間、破壊の有無の情報が伝わるはず。この試合の勝者がどちらであるかを。―――そこをどきなさい、アルディ』

 

 苛立ちげに命じるも、アルディはどかず。綺凛を守るようにリムシィの前に立ち塞がっていた。

 

「……嫌だと言ったら、どうするのであるか?」

『現状の疲弊したあなたなら、今の私でも充分排除できます―――』

 

 言いながら残っていた片手を胸の前に上げた。すると、注ぎ込んだ星辰力(プラーナ)に感応して、腕の周りに過励万応素反応の光が瞬いた。小指の爪大の半透明な立方体が幾十も現れ万応素(マナ)を変換していく―――。

 光の靄が掻き消えると腕は、身の丈ほどの特大のライフルへと変わっていた。

 

 出来上がったライフルの銃口を、アルディへと差し向けた。その暗い穴とリムシィの冷徹な瞳にアルディは、背筋に嫌な汗が流れ落ちるのを感じた。感じざるを得なかった。

 ほぼゼロ距離射撃であっても、自分なら耐えられる。大技と修復に大量の星辰力(プラーナ)は失われていたが、まだ充分に残っている、絶対防壁を展開させることはできる。ただ再起動の際、リムシィから譲り受けた追加兵装が壊れて外れてしまったので、出力が大幅に落ちていた。連発されたら防ぎきれない。何より、身動きとれず瀕死の綺凛を守りながら防ぎ切るなど、不可能だ。

 絶体絶命に息を飲まされていると、止めの一撃を放たれた。

 

『それに、忘れているんですか? 私はアナタのコアに直接アクセスすることができるんですよ』

「……あ」

 

 ぎこちなくニヤリと口の端を歪めるリムシィに、間抜けな声を漏らしてしまった。

 彼女にソレを与えたのは、自分だった。そうせざるを得なかった、だからこそ戦えて……負けた。そのための譲渡だったのに今は別の用途で使われる。全ては己の弱さであり欠陥であるが故に、彼女のその行為を咎めることもできない。

 顔から血の気が失せ蒼白になっていると、リムシィは元の無表情の能面に戻した。そして、これから起こることを予言してきた。

 

『アナタが、彼女に対して強い好意を抱いているのは、知っています。ですので、この一連の記憶はキレイに消去しておきます、決して復元することができないように一ビット残さず。……アナタはここではなくラボで再起動したことになります』

 

 優しさすら込めた配慮はしかし、アルディにとって責め苦と同じだった。

 何もできず/何もせず/覚えてすらいない、自分の責任なのにソレを果たす機会が永遠に奪われる、後悔すら持つことが許されない。己であることが全否定された。ソレなのに、何もできない。ただ、今にも泣きそうになりながら/震えながら、懇願するだけ。

 

「……頼むリムシィ、彼女を殺さないでくれ!」

『殺しはしない。勝手に死ぬだけです―――』

 

 やめてくれぇ―――ッ!! 

 必死の叫びは虚しく、冷酷に/無感情に言い捨てられた。アルディのコアへとアクセスし、再び眠りに堕とさんと手を伸ばす―――……

 

 ―――……

 ――……

 ―…

 

 。

 

『…………なぜ?』

 

 シャットダウンは起こらず、世界は鮮明なまま/元のまま。リムシィの目は驚愕に見開かれていた。

 だがソレも一瞬、すぐさま状況を解きほぐしていくと、原因を見つけた。

 

『……そういうことですか。再起動の際に、アクセス権も切られてしまったようですね』

 

 舌打ち混じりにそう、こぼした。

 

 リムシィにとっては単なる解析結果、苛立たしい事実でしかない。しかしその言葉は、アルディの中で強く反響した。キラれた、切られた―――、斬られた!

 突如、現状を打開する方法が閃いた。

 

 顔を上げると、リムシィと今一度向かい合った。

 

「リムシィ。もしこの試合に、鳳凰演武祭(フェニクス)に優勝したとしてもだ、我輩たちが欠陥品であることは変わらないのである。いずれ誰かが気づくだけ、ただの時間稼ぎでしか無いのであるよ」

『いいえ、大きく違います! ここで優勝するのと負けるのとでは―――』

 

 アルディの意見を弱気と断じるかのように否定すると、リムシィは続けた。

 

『確かにアナタの言うとおり、私たちの欠陥は変えられない。ですが、それを補ってあまりある有用性を持っている。どんな星辰脈世代(ジェネステラ)であろうとも打ち倒せる、その力を持つ兵器であること。ソレを示せれば状況は変わっていく、変えることができる。

 私たちの欠陥に根本的な解決ができなかろうとも、対処することはできます。そのセキュリティーホールを攻撃してきたら、そのつどファイヤーウォールをアップグレードし続ければいい。私たちを使う人間たちに、ソレを強制させ続ければいい。従事を越えて隷属に、私たちを動かす歯車の一つにかわるまで、永遠に……。そうさせるための代価として、最強であることが必要なんです!』

 

 熱弁をふるい続けるリムシィに対してアルディは、冷静になっていた。気づかれないよう、先の閃きを確実なものへと構築していく。

 

「ソレはマスターへの、いや人類そのものへの造反ではないのか? であるならば我輩、ソレを認めるわけにはいかんぞ」

『……言い方がまずかったですね、少々語弊がありました。

 造反ではありませんよ。マスターの意向に従い続けた結果、そうなると言っているだけです。決して、己が身の可愛さゆえの裏切りではありません。……マスターは私たちに優勝しろと仰った。それは、人命尊重よりも優先度の高いオーダーですよね』

 

 確認するとも断定ともつかない、その中間に位置する平板な調子で突きつけてきた。

 自分たちが命令を忠実に果たした結果、人類は擬形体(パペット)の道具に成り果てると。擬形体(パペット)が自身で欠陥を克服できない/星辰脈世代(ジェネステラ)を超える兵器である以上、もはや切り捨てることができない。マスターの求めている共存の形は、人類の大半にとって隷属と同じものになる。擬形体(パペット)が生物ではなく機械であるがゆえに、ソレが機械の世界観ゆえに、無理に混ぜれば否応なしにそうならざるを得ない。

 

「……お主の理屈は、我輩にも理解できるものではある。ここで我輩たちが敗北すれば、今後我輩たちが生き続けられる保証はどこにもなくなる。それ以上に、自律型擬形体(パペット)の研究すら廃棄されてしまう可能性が高い。先達として後続達に、そのような負担を背負わせたくはないのである……。

 だがそのために、彼女の命を奪うのは、納得できない!」

 

 はっきりと、リムシィを拒絶した。

 認められなかった。自分たち/擬形体(パペット)の生存域確保と綺凛を殺すことは、何らつながりがない。リムシィが予言した通りの流れになるとも限らない。現状集められる情報からではその選択がベストなのかもしれない。最強を証明し世界中に有用性を知らしめてから欠陥を明らかにしないと、先んじて潰される可能性が高い。だがそのために、誰かを犠牲に/命を奪ってしまったのなら、取り返しがつかない。死者の復活ができない以上、支配するかされるかの戦い以外の道がなくなる。マスターの求めた『友達』として共に暮らすという願いから、大きく外れることになる。そんなことより何よりも、綺凛をこのまま見殺しにするなど、許しがたい。絶対に/何を置いても/どんな犠牲を払っても、容認できない悪業だから。

 腹が据わると、そっと右胸の傷跡に手を当てた。

 

「我輩がここに立って、生きているのは全て、彼女の慈悲故だ。

 先の激突で我輩は、コアを切り裂かれて破壊されていてもおかしくなかった。それだけの敵意と破壊を彼女に……、向けていた。今のこの命は、我輩のものでもマスターのものでもない。彼女のモノだ」

 

 突きつけてきた誘いの手を、叩き返すように断言した。

 アルディの睨みつけるような視線にリムシィは、困惑を露わにたじろいだ。だがすぐに、緩んだ気を引き締め直して言った。

 

『……それは、間違った推論です。

 彼女は、マスターがアナタに仕掛けた偽装処置に気づいていませんでした。アナタも知らず、ソレを探りだす術も暇もなかった。確かに先の激突で、アナタのコアを破壊することができたのかもしれません。ですが、その偽装を突破し勝利を掴むゆえに、さらなる力を使わざるを得なくなった。私たちとマスターの保険ゆえに、破壊できなかっただけです』

「気づいていたかどうかは、判断がつかんよ……。だが勝利するだけなら、わざわざ偽装を突破する必要はなかったのである。そのままコアを切り捨てればいいだけ、それで我輩は戦闘不能になっていた」

『アナタのコアが何処にあるのか、彼女には知る由もなかった。おおよその場所は検討が付いていたのかもしれませんが、ソレがどれだけ強固な装甲と防壁に包まれているのかはわからなかったはず。ソレを突破し傷をつけられたのかもしれませんが、破壊するまでには到底及ばなかったはずです』

「この周囲の万能素(マナ)の様相を見ても、そう言い切れるのか? 我輩の星辰力(プラーナ)であれほど荒立てたというのに、今は何事もなかったかのように静まり返ってるのであるよ。ひと摘みの汚染も残っていない」

 

 廃墟と化していた闘技場には、ポロポロと瓦礫が崩れる音を除けば静かだった。空いた穴から入ってくる日差しが舞い上がった土埃で幾筋も光を柱を立て、吹き込んでくるそよ風が優しく頬を撫でる。まるで、小鳥の鳴き声でも聴こえてくるかのような/長の年月を経て自然の一部に溶け込んだかのような長閑さだ、追先ほどまで嵐のような戦場だったとは思えない。また、過励万応素反応を引き起こしたばかりの万応素(マナ)に満たされている空間は、そのようにはならない。静電気を帯びているかのようにピリピリと/動植物が向ける警戒心に似た圧迫感で息苦しくなる。ソレが全く感じられない。むしろ迎え入れられているかのような、穏やかな午後のひとときだ。

 リムシイは周囲に目を向け、その有様に眉をひそめた。そして一つ、ため息を零すと続けてきた。

 

『……認めましょう。先の一撃は、私の想定を遥かに超えた攻撃力を秘めていた、アナタのコアを破壊することができた。アナタは彼女に敗れ、そして生かされた。

 で? ソレがなぜ、彼女を見殺しにしてはならない理由になるんですか?』

「もう時間稼ぎはよしてほしいのである、リムシィ」

 

 嘆息混じりに追求を断ち切った。するとリムシィは、思わぬ伏兵が潜んでいたかのように目を見開いた。そして動揺ゆえにか、すぐに言葉が出てこなかった。

 ソレが、彼女の意図だった。

 意見をぶつけ合っている間にも、綺凛は死に近づいている。一刻も早く何らかの処置を施さなければならない、ソレから目を逸らさせるための時間稼ぎだった。強制的に動作と記憶を奪うことができないがための苦肉の策。……彼女と彼女の告げた目的にとっては、必要のない配慮だ。

 

「もし、万が一にも有り得んことだが、ここで綺凛殿を見殺しにするとしてだ。ソレは全て我輩の決断であり、我輩が負うべき罪である。我輩の手でこのような姿に変えてしまったのであれば、背負うべきは我輩以外にはあるまい? お主が肩代わりしてやる理屈は、どこにもないのである」

 

 リムシィの顔に、目に見えて動揺が広がっていた。冷徹だった目が揺らいで/泳いでしまっている。まるで、突き放されたかのような/見知らぬ土地に一人投げ出されたかのような表情を浮かべていた。

 ソレが、彼女の真意だった。……その事に始めて、気づいた。

 

『……アナタには、何も出来ません。彼女を救う手立てなどどこにも―――』

「ある!」

 

 はっきりと断言した。

 すでに救出プランは出来上がっていた。あとはただ、実行するのみ―――

 

「我輩の体には、彼女の血痕が刻み込まれているのである。今はほぼ全てが不活性状態になってしまっているが、それゆえに我輩の星辰力(プラーナ)でも反応させられる。ソレを通せば、限りなく彼女の波動に近い星辰力(プラーナ)に調律される。拒絶反応を起こさせず彼女に力を、伝えられる」

 

 理論上は可能。ただし、実際にソレを成功させるためには、どうしても越えなければならない/自分では越えられない障害を超える必要がある。

 

『よしなさい! そんなことをすればまた、幻痛に襲われますよ!? アナタの意思で反応させる以上、純星煌式武装(オーガルクス)の自動防衛機能は働かない―――』

 

 今度こそ、アナタが壊れてしまう……。最後の弱音は、グッと飲み込んだ。

 だが、共に同じマスターたちから生まれた唯一の同胞/生まれてこの方ずっと同じ時を過ごしてきた仲、言わずともソレは伝わっていた。わかるほどに彼女を/他者という存在を、認識できるようになっていた。

 

 

 

「―――お主は、優しい女子であったのだな、リムシィ」

 

 

 

 微笑みとともに告げた言葉にリムシィは、キョトンと呆けた表情を浮かべた。

 

「それに比べ我輩は、じつに身勝手だ。どんなことをしても何があっても我を通したくてならん、嫌になるほどワガママである」

 

 マスターに似たのかな? ……。ふと、そんな考えが浮かんできた。

 こみ上げてくる想いは、不愉快ではなかった。むしろ、背中がムズムズするような、嬉しいことであった。そのような繋がりがあったことに、頬がニタニタと緩むのを抑えられない。

 

「……だから、かもしれん。またお主の優しさに、甘えてしまう」

 

 スマンな……。謝罪を込めて、自嘲気味な苦笑いを向けた。

 そのまま自分の右胸に手を、もう片方の手を綺凛の上にソッとのせた。呼吸を整え己の内へと集中し、全身の回路を繋ぎ行き届かせ力を溜めていく。再生のための星辰力(プラーナ)を練り上げていく―――

 

 ソレを見たリムシィは、思考停止状態から一気に覚醒。驚愕で息を呑まされると、腕から変換していたライフルを今一度差し向けた。

 

『アルディ。お願いだから言うことを聞いて、そこからどきなさいッ!』

「リムシィ。我輩は絶対に、防壁を発動させない。装甲の煌式武装(ルークス)にも星辰力(プラーナ)を流さない」

 

 そんな余裕もないしな、好きに撃ち込んでくるといい……。

 暗い銃口とリムシィの瞳をまっすぐと見据えながら、宣言した。勝手にやるさ我輩のやり方で、想うがままに憚ることなく、ワガママを突き通す―――

 

 一つ大きく息を吐き出すと、力を込めた。傷口に星辰力(プラーナ)を注ぎ込む。

 

「……だ、ダメェえぇぇぇ------ッ!! ―――」

 

 リムシィが、悲鳴を上げた。電子音ではない声帯を震わせた生の声で、アルディの無謀を止めようと手を伸ばす。

 しかし、すでに放たれた後。

 修復されていたアルディの全身が、鮮血色に染まる。真っ赤な切り傷が幾十も、浮かび上がっていく―――

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 消えたはずの傷口が一斉に開く、体中が鮮やかな赤に染まった。そこに己の青の星辰力(プラーナ)が混ざり、紫紺色へと変わっていく―――

 

 途切れかけの微かな意識の中、リムシィの叫びを遠くで聴きながらアルディは、今一度考えていた。なぜ自分は、こんなことをしているのか? こうしなければと、設定されていたあらゆる目的を押しのけコレだけと、思い込んでしまったのか? 本当に、後悔はないのか……?

 答えは、簡単明瞭だった。

 

(勝ち逃げは許さんのであるよ、綺凛殿)

 

 すでに失われかけていた体感覚の中、口の端を歪めた。確かにニヤリと、笑っていた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ソレを最後に、意識は消し飛んでいた。激痛の奔流に吹き飛ばされ、掻き消える。

 薄明の無の世界へ/彼が生まれでた故郷へと、溶けていった。

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

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