R&AvsS&K 結末を変えてみた 《完結》   作:ツルギ剣

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 色々とオリジナル要素とヘンテコ解釈がありますので、ご注意を。


血闘

 

 

 

 

 

 

 紗夜の口元から、天上の音楽が奏でられた。

 

 Laーーと降り注いでくるソレは、人の可聴域を超えた高音。言葉にできない奮えが腹の奥底からこみ上げてくる。騒がしかった観客のざわめきが、一瞬にして静まっていた。光を音色に変換したかのような響きが、闘技場を満たしていく。

 空気中の全ての万応素(マナ)が震えていた。音楽に反応した万応素(マナ)は、この空間そのものを徐々に別の形質へと変貌させていく。高温でも冷気でも毒気でもなく空間そのもの、紗夜を中心に異空間が顕在しようとしていた。フィールドが、塗りつぶされていく―――

 

 奏でられている音楽の中、アルディと綺凛だけは向き合い続けていた。音楽に即されることなく、自らが作り出した静謐の中にいた。次の激突に備え上回るために、相手の手を読み合っている。

 

(ただ血を塗っただけでは……、無いな。何かある。先にはなかった何かが。決め手となりうる、何かが―――)

 

 綺凛が見せた刀をみてアルディは、ただのパフォーマンスか何かだとは考えてはいなかった。言い知れぬ予感があった。彼女の透徹とした眼差しに値する何かが、その刀に込められているような気がしてならない。試合前までの彼だったら、その不確かすぎる『感覚』を一笑に付していたことだろう。エラーかバグだと断じて即座に消去してしまったはず。でも今は、そのあやふやな感覚こそ正しいと判断していた。

 刹那のさなか、演算機能をフル回転させ幾百ものシュミレーションをした。人では不可能なAIである強み。何が最善手か、何をすれば彼女を倒せるか、何が最も勝利に繋がる道かどうか―――。瞬く間に計算しきった。

 

(フンッ! 何をしようが、今の我輩の鉄壁は破れん。恐るるに足らず!)

 

 叩き出した答えは、先と同じ。迷いは振り切れた。

 飛行ユニットを起動させるとアルディは、弾けるように跳び、距離を詰めた。

 

「―――フンッ!」

 

 一息に綺凛の眼前まで迫ると、振りかぶっていた大槌を叩き込んだ。先によりも鋭く、疾い一撃。

 地面が粉々に、粉塵が舞い上がった。小さな隕石が衝突したかのような有様。突風が吹き荒れ亀裂を伸ばし、風圧が地面をかきむしっていく。―――だがソコに、綺凛姿はなかった。

 一瞬視界から消えた彼女をアルディは、自身の懐で捉え直した。先の一撃を紙一重で躱していた、攻撃の影響が最もでない懐に潜り込んでいた。槌を叩き込むことに集中してできた一瞬の隙を縫うことで、瞬間移動したかのようにいきなりそこに現れた。

 全身武器の鋼鉄の巨人と刀一本持っただけの少女。戦力差がありすぎる相手でありながらも、綺凛の目は鋭く透徹としたまま、顔色まで透き通って静か。入り込んだと同時に構え直した下段から、切り上げてきた。

 居着いたアルディは対応できず、見送るしかない。綺凛の刃がアルディの懐へと走る。

 

(いきなり決めにきたか! だが、遅い―――)

 

 装甲まで達せず。寸前で不可視の防壁に阻まれるだけ。よけれずともすでに認識していた、防壁はすぐさま展開できる、刃は届かない。

 アルディは慌てず、自分の絶対防壁の強度を信じていた。綺凛の一刀では防壁は突破できないのは既に計測済み、素早さとフェイントでこちらの演算を狂わせて通しただけ、正面からの力技では不可能。その早さと技にしても改善されている。

 カウンターのつもりが遮られ、逆にこちらがカウンターをぶつける。決着は、この一幕でついてしまうことだろう……。

 だが、アルディの思惑は外れた。綺凛の刃は防壁を―――、切り裂いた。

 

「―――ぐぉぉッ!?」

 

 赤く煌く刀が、アルディの装甲を切り上げた。展開した防壁など紙のごとく、刀を弾くことなく逆に切り裂かれていた。

 食い込んできた刀に、最優先の生命保全コードが強制発動した。真っ二つにされる寸前、機体を反らせ刃がコアにたどり着くのを防いだ。

 

 不意を突かれて、たたらを踏む。避けるのに夢中で、槌からも手を離してしまっていた。まさかただの一刀で防壁が突破されるとは想定外、頭の中は混乱状態に陥ってしまっていた。機体もフリーズしてしまっている。

 そんなアルディの戸惑いは無視して、綺凛は追撃を放とうと、切り上げた刃を返した。上段に構え直すと、さらに一歩踏み込んできた。―――トドメを刺しに来た。

 ソレが視界に映った瞬間、全ての逡巡を捨てた。邪魔な思考は放棄、目の前の脅威に集中、排除することに専念。機械の割り切りの良さで、混乱を切り捨てた。

 

「ヤアァァァーーーッ!!」

 

 綺凛は真っ二つにせんと、雄叫びを上げながら刃を振り下ろしてきた。これで決めると、全霊を込めた袈裟斬り。

 即座にアルディは、背部の飛行ユニットを瞬時に折りたたみ槍に変形させると、突き出した。無防備になっている彼女の胸元に向けて、弩のように発射する―――。

 綺凛の顔に初めて、驚愕の色が浮かんだ。

 

(躱せない、やられる―――)

 

 あと数センチで校章に届く、負ける、―――死ぬ。

 心臓まで貫いてしまうような一撃。それは、いくら頑健な星辰脈世代(ジェネステラ)とはいえども、命に達するかもしれない危険すぎる攻撃だった。アルディの中にあった人命に対する倫理コードは、目の前の強敵と危機的な現状を前にして、勝利と自己保存に席から蹴飛ばされていた。自分がそうであったように、彼もまた、コレは試合ではなく死合だと認識を改めていた。

 躱せない/よけなければならない、殺される/死にたくない、もう諦めろ/ここで終わりなんて嫌だ―――。

 目にソレが映った瞬間、驚きで硬直するよりも先に、体は横跳びをしていた。

 

「―――くぅッ!」

 

 直撃は回避したが、全ては避けられず。苦悶の表情がにじみ出てきた。

 制服は突き破られ、脇腹には浅くはない傷が走っていた。そこから血しぶきが飛び、きつく巻いていたサラシが朱に染まっていく。それでも、傷口を手で押さえることはできない。構えを解くことはできない。視線は敵に向けたまま、警戒は一切とかずに次に備える。

 反撃を決めたアルディは、追撃には移らず。手放してしまった大槌を掴み、構え直した。

 

 仕切り直し。二人共浅くはない傷を負わされあった。が、その闘志は一向に揺らいではいない。むしろさらに研ぎ澄まされ、高熱の電火を帯び凌ぎを削っていた。

 

「やるではないか刀藤綺凛! 我輩の防壁を正面から切り裂いてこようとは、な」

「貴方も。背中のソレは、ただの飾りじゃなかったんですね」

「通常はそんなものであるがな。貴君のように、防壁を突破してきてしまう相手を払いのけるために使う……、こともできる」

 

 臭わせるような含みに、綺凛は眉をぴくりと動かした。

 

「……まだ他に、隠してる武器があるんですか?」

「コレとて、隠していたつもりはなかったのである。……貴君の目が節穴だっただけだ」

 

 挑発的な言い回しに綺凛は、一瞬ほうけてしまうも、すぐさま眉を顰めた。アルディを睨みつける。

 そんな彼女の視線など柳に風と、眇見てきた。それでフムフムと、観察し直してくる。

 

「……ただ血を塗っただけ、ではないようであるな。星辰力(プラーナ)の凝集量が前とは比べ物にならん。そこにあるだけで万応素(マナ)に影響を与え、周囲の空間を刃の周波数と同質化させているのである。それゆえに、我輩の防壁を突破できたのであろう……。

 だが、こんな現象は攻性特化の煌式武装(ルークス)ですらありえん。これほど凝集させた星辰力(プラーナ)を変換処理できるマナダイトはない。そんなことができるのは、ただ一つ―――」

 

 推察して出てきた答えにアルディは、言葉を濁してしまった。

 自分で探り出してみたものだが、信じがたいことだった。目の前と何よりも自分の身にその証拠があるのだが、信じきれない。しかし、そうとしか考えられない……。

 

「もしや、貴君が煌式武装(ルークス)を使わずただのカタナを使っていたのは、その技のためであったのか?」

「……ご想像におまかせします」

 

 喋る気のないセリフ、曖昧に濁すだけ。だがそれこそ、答えだった。

 至った超常の答えにアルディは、笑いがこみ上げてきた。止めど無くくつくつと、にやけてしまうのが止められない。ありえないはずのものが、ここに顕現してしまっている。それが愉快でたまらない。

 

「ふっふっふ、己が身を刃に変えるか……。刀藤流とは、かくも恐ろしき流派であるな」

 

 嗤い続けるアルディ。彼が至った答えは《ウルム=マナダイト》、それをコアとして作り上げた純星煌式武装(オーガルクス)。綺凛が今握っている刀は、それに匹敵する武器に変貌したということ。同じく純星煌式武装(オーガルクス)を内蔵している自分の防壁を正面からねじ伏せられるのは、同じ武器だけだ。

 アレはただの刀だった。名刀ではあろうがそれ自身に破壊力はない、使い手の振い方で決まる、それにしても限度がある。万応素(マナ)を最大まで励起させて作り出した防壁は、空間断絶にも等しい絶対の盾だ。言葉通り次元が違う、三次元に属している刀では届かない、どうあがいても切り裂くことなどできない。だから、切り裂けてしまった以上あの刀は、《純星煌式武装》になったと言わざるを得ない。だが、どうやって?

 あの血が答えた。彼女の血/星辰脈世代(ジェネステラ)の血/星辰力(プラーナ)を最大活性させたその血には、万応素(マナ)が大量に含まれている。体内の全ての細胞によって作られた、現行の最新技術と知識を総動員しても造れない化学プラントで精製されてきた万応素(マナ)は、結晶化し《マナダイト》になる。それが魔術師(ダンテ)魔女(ストレガ)の特殊能力にもつながると言われている。ならば、さらなる精製によって高純度の《ウルム=マナダイト》を創り出すことも不可能ではない。それを血にのせ、刀に染みこませ、一時的に純星煌式武装(オーガルクス)へと鍛造することは可能だ。……理論上は。

 揮発させずに融合させるのは、至難の業。純星煌式武装(オーガルクス)の数がひとにぎりしかないのは、《ウルム=マナダイト》が稀少であることだけでなく、その膨大な力を余すところなく引き出せる器を造ることが難しいからでもある。あの一瞬で作り上げるなど、奇跡でも起こらなければ不可能なはずだった。刀と血が、自ら結び合い一つになろうとしなければ、不可能なことだった。

 

「人の身で人を超えるための業ですから。……私などまだ、その階につま先すら乗せれてるのかどうかも、わかりません」

「それは謙遜が過ぎるというものだぞ、刀藤綺凛。今そうやって見事に、奥義とやらを使いこなしているではないか」

「……私一人では、コレを顕すことすらできませんので」

 

 強気を通してきた綺凛が、珍しくも弱気なセリフをこぼした。そのことにアルディは訝しり、何があるのかと無言で探る。

 

(……一人では、か―――)

 

 思い返したその言葉に、ふと、彼女の背後に目を向けた。人とは思えない声で、人のものではない歌を奏で続けている少女を、沙々宮紗夜を。

 

「―――大丈夫ですよ。今の紗夜さんがあなたを攻撃してくることは、ありません。こちらに集中してもらって結構です」

 

 綺凛の突然の暴露にアルディは、目を丸くしそして、眉をひそめた。

 

「……どういうつもりであるか? わざわざそのような助言、貴君らが不利になるだけであろう?」

「信じる信じないは、あなたの勝手です。わたしはただ、事実を言ったまでです。紗夜さんが攻撃してくることは、ありませんよ」

 

 繰り返された言葉に、嘘は見えない。僅かにも笑みを見せずただ、底の見えない透明な無表情で見つめているだけ。

 アルディの演算機能は、その不確かさに答えをつけんと急速に回転した。

 

(我輩を惑わすつもりか? 不確かな情報で死地に誘導しているのか? 演算領域に負荷をかけ鈍らせる策略か? 一体なぜ―――)

「―――ふんッ、小賢しい!」

 

 浮かんでは消える無数の自問を、一刀のもとに切り捨てた。空回りし続けている演算を、強制的にストップさせた。

 するとグワリッと、迷いから覚めた顔を上げると、己に喝を入れるよう宣言した。

 

「信じるとも! そのような小細工、今の貴君には相応しくない!」

 

 高らかにそう言い放つと、真っ直ぐに綺凛の目を見つめ直した。

 綺麗な凛とした眼、彼女の名前通りの宝玉のような瞳。見つめるだけでサァーッと吸い込まれていき、洗われていく。荒れて波立っていた心が穏やかな凪に変わると、水面の奥の彼女が見えてきた。

 静穏な心持ちになると、溢れでたかのように自然と、言葉が出てきた。

 

 

 

「今の貴君は、そう、ひと振りの刃。磨きぬかれ研ぎ澄まされた汚れ一つ無い―――、美しいカタナだ」

 

 

 

 アルディの口からこぼれたセリフに綺凛は、一瞬呆然とするも、すぐに目をパチクリとさせられてしまった。聞き間違いかと我が耳を疑う。

 これから斬り合う敵にむけての言葉では、なかった。まるで、好いた女性に思いの丈を告白する男のセリフ。まっすぐな混じり気のない情感が込められたその言葉には、それゆえに研ぎ澄まされた綺凛をして戸惑わせされた。

 

「できれば、このまま愛でていたいのであるが、今は死合の最中。……手折るのは非常に心苦しいが、致し方ない。マスターより授かった至上命令だ」

 

 優しげだった目元が、急に鋭いものに戻った。綺凛も慌てて、集中しなおす。

 

「我輩はこの死合、勝たねばならん―――」

 

 全身の力を抜くように、呼気を吐き出すように排気すると、フンッと一気に力を込めた。青の煌きがさらに増していく―――

 大量の星辰力(プラーナ)が、全身から吹き出された。

 綺凛は瞠目して、目の前の敵を見た。アルディがまとっていた暴力がさらに増加したことに驚く。先のが本気ではなかったのかと、たじろいでしまった。

 僅かながらに空いた怯み。そこを突くかんと、爆発したかのように飛びこんできた。

 

「オオオオォォォーッ―――!」

 

 三度同じ一撃、だけど威力はさらに増していた。雄叫びとともに迫り来ると、大槌を振り下ろしてくる。

 爆砕音とともに、地面が抉れひび割れた。粉塵と礫が舞い散る、土煙で視界が曇った。

 綺凛は、危なげなく先と同じように躱すと、スっといつの間にか懐に入り込んでいた。同時に、今度は上段へ刀を送り、袈裟斬りを繰り出す。先につけた切り傷になぞるように、果たせなかった両断を今度こそと力を振るった。

 刃が装甲にたどり着く、防壁を突破し斬る、《朱羽》に切裂けぬものはない。綺凛は勝利を確信していた―――。

 だが刀は、硬い何かにあたって、はじかれてしまった。

 

「ッ!?」

 

 渾身の一刀が通らなかった。何故、何が、どうなってる!? 

 理不尽な現象に目を見張る、驚愕が理性を圧した。残心ままならず、はじかれ流されたまま体幹までもが崩れてしまった。

 

「隙アリ! もらった―――」

 

 地面を打ち抜いた槌をそのまま、強引に振り回した。深く打ち込んだ地面を巻き込み抉りながら、まるで何もないかのように凄まじいまでの剛力で、叩きつけにきた。

 大槌と砂礫の散弾、迫り来る死を具象化した一撃に綺凛は、戸惑わせる全てを捨てた。彼女もまた、戦い以外の全てを切り捨てた。

 すぐさま、流れてしまった体と刀に気を通し直した。無理な伸び上がった姿勢ながらも、かすかにつながっているソレを使って、迎え撃った。先に感じ取った槌の軌跡に重ねながら、僅かに先んじて横薙ぎを放つ。

 槌と刀の激突。金属同士の澄んだ音色が、先の鉄槌の残響音を洗い流していく。

 正面衝突したにも関わらず刀は、砕けていない。逆に、質量が勝るはずの槌が剣線を外れていた/外された。綺凛を粉々にするはずの一撃は剣線を奪われると、いなされてしまった。紙一重に表面をかするだけ、頭上を通り抜けた。

 

「うおっとぉ!?」

 

 今度はアルディが、自らの武器で体勢を崩された。躱させるはずのない一撃がいなされ、うまく残心をとりきれない。

 

「隙だらけッ、です―――」

 

 お返しとばかりに刀を振った。礫の雨に打ち据えられることなどに構っていられない。その隙を突かんと、すぐさま刃を返し踏み込み、空いた脇腹に切り込んだ。

 避けようのない、防ぎようもない、斬られるしかない横薙ぎの一閃。胴体を輪切りにする―――。

 だが、寸前ではじかれた。装甲に届く寸前、防壁に阻まれそれ以上刃を届かせられない。

 胸の内で舌打ちするも、今度は二度目。身体と刀は、先の二の舞になることを避けんと、反射的に対応した。僅かに腕を弛ませて反動を逃がす。逸らしながら滑らせ、防壁の上を通り抜けていく。

 切り裂けぬまま振り抜くとそのまま、《連鶴》の型へと繋げていった。

 

「―――フハッハッハ、相変わらず凄まじい剣撃であるな! 今の我輩をもってしても、まだ対応しきれんとは」

「一生かけても、追いつけないですよ」

「ふっふ。それは、どうであるかな―――」

 

 防御不能の《朱羽》/不可避の《連鶴》を叩き込み続けていた。それなのに、アルディの鉄壁は貫けない。余裕の笑みすら崩せず、綺凛の余裕の方が無くなっていった。アルディからの反撃はないが、こちらの攻撃の手を緩めたら終わる。絶え間ない斬撃こそが、今の綺凛にとって唯一の防壁だった。

 超高速の学習機能と大量の星辰力(プラーナ)で精製された絶対防壁。見えないながらも確かに存在する二重の大盾に、阻まれていた。僅かに表面へ小さな切り傷をつけるのみ。それも徐々になくなっていった。無駄が省かれ洗練していく、その度に難しくなっていく。攻勢であるのに追い詰められていた、見かけの上でしか攻勢ではなかった。

 

(このまま続けていれば、いずれ……、負ける―――)

 

 出口の見えない凌ぎ合いに綺凛は、体が重くなっていくのを感じた。今まで無視していた疲労と痛みが、ここぞとばかりに押し寄せてくるかのようだった。攻めているのに削られている一方で、どうすればいいのかわからなくなる。

 

「―――ふむ、防ぐだけではチト面白みがないか。

 こちらも、攻撃させてもらおう!」

 

 アルディはフンッと、一つ気合を吐き出すと、体の内奥から大量の星辰力(プラーナ)噴出させた。

 青の光が輝きを増し、宙を染色した。ソレは瞬時に周囲の万応素(マナ)を励起させ、爆風へと変えていく―――

 

「―――ッ!?」

 

 第三の壁、吹き荒れる突風。それを間近で叩きつけられた綺凛は、たまらず《連鶴》を止めた/止めざるを得なかった。耐え切れず体勢がくずれてしまう。

 

「まだまだぁ―――ッ!!」

 

 アルディの追撃の槌が、綺凛に打ち込まれた。

 横殴りの一撃。通常時ならば、剣線を先んじていなすことができた。だけど体勢が崩れてしまった今では、それができない。避けるにも間に合わない。

 片腕を脇で固め手刀を作り、構えた。刀でできるのなら手刀でもできる、剣線を先んじればいいだけ。慌てずしっかりと観る、槌の行くすえを捉えその軌跡に乗せていく、怯えるな。やれる、いなせる、コレは反撃の一手になる―――

 ゴキリッ……。骨が砕ける重い音が、全身を揺さぶった。

 

「―――ッグぅぅ!」

 

 耐え切れず嗚咽が、口から漏れた。激痛が頭の中すべてを埋め尽くす、視界が真っ赤に染まっていった。

 予測していた軌道は、いきなり角度を変えた。腕ごと横腹を打ち抜くだろうとしていた横薙ぎは、激突の瞬間にカクンと下方に向けられ、足にぶつけてきた。完全な想定外の進路。全く備えていなかった足は、モロにその一撃を食らってしまった。

 足払いで横転してしまう前に、無事な片足で後退。衝撃をそのまま、体を捻りながら何とか散らしていく、背を向けるようなことになってしまうが構っていられない。

 

「もうひとぉーつッ!!」

 

 地面にまで打ち抜いたはずの槌が急上昇、鋒を返してベクトルを変更した。体を流すことなく踏み込んで、即座の追撃を放ってきた。

 それはまるで、《連鶴》のように……

 

(よけられ、ない―――)

 

 頭の中は真っ白になり、停止していた。時間が圧縮され、走馬灯のような映像が高速で流れているのが見えてくる。

 だけど足は、生きるための一歩を踏み出していた。

 折れた足で踏み込むと、振り向きざま、刀を振るった。

 狙いなどまるでない、反射で繰り出した一閃/破れかぶれの反撃。だけど偶然にも、その一閃は槌の剣線を制する軌道を走った。打点を逸らされた槌は、再び宙を虚しく穿ちながら流れていく。

 お返しとばかりに、綺凛は追撃の横薙ぎを放った。吹き荒れる粉塵の中、体を駒のようにひねりながら、渾身の横薙ぎを叩き込む―――

 決めたと思い遅れたのか、防壁の展開は間に合わなかった、収束させた防壁を展開しきれない……。綺凛の刀は防壁を切り裂き、深々と横一文字に斬られた。

 

 予想外の反撃にアルディは、顔から余裕の色が消えていた。つけられた損傷も気にしていられない。

 居着いた敵に綺凛は、さらに傷ついた足で踏み込んだ。追撃の逆袈裟をふり下ろそうとした。

 驚きで色を失いながらも、機体はすぐさま反応した。後ろに飛んで回避すると、間合いを開ける。

 

 互いに大きく離れると、息と動悸を整えた。静かな凌ぎ合いへと移っていく。

 

「…………また、もらってしまったのである」

 

 新しくつけられた腹の傷を手でなぞり見下ろしながら、ぼそりとつぶやいた。悔しげなセリフだが、そんな気配は微塵もない。むしろ微かに歓んでいるかのように、愛おしげにもみえる。

 一通り眺め終わると、顔を上げた。その顔は先まで対峙していた敵のものと同じ、鋭く重厚な巨人のものになっていた。

 

「よくその足で、踏み込めたものであるな。天晴れだ! 我輩にはわからんが……、かなりの苦痛であったろうに」

「ご心配どうも。貴方に負ける屈辱に比べれば、耐えられるものですよ」

 

 流血と激痛で顔面が蒼白になりかけていた。だが綺凛は、小さく微笑みまで浮かべて言い切った。

 脂汗一筋も見せていない。向けられたソレを見ると、本当に彼女が消耗していないかのようにみえてくる。

 

「ふっふっふっふ、勇ましい限りである。……いや、可憐だと言ったほうがいいかな」

 

 そうこぼすと、目元が優しげなものに和らいでいた。

 だがそれも、ほんのひと時。すぐさま締め直すと、言葉の刃を突き出してきた。

 

「―――変性意識を促す音楽、であるかな、今沙々宮紗夜が行っていることは。

 特殊な音色の音楽で貴君の無意識に働きかけ、無理矢理顕在させている。星辰力(プラーナ)の凝集力が視覚に映るほど高密度なモノになっているのも、そのカタナに我輩の防壁を突破するほどの威力を付加させたのも、痛覚をはんば無視した身体操法を使えるのも……、貴君の全てが戦いのために作り替えられたがゆえ。彼女の力ゆえに、であるな」

 

 問いかけながらも断定してきた。今までの衝突から得られた答えであり、確信を持っていた。

 今の彼女は、あまりにも研ぎ澄まされすぎている。精神的な弱さがほとんど見当たらない、不意の事故や肉体の激痛すら瞬時に圧倒できる意識など十代の少女が手に入れられる胆力ではない。最初の対峙とは別人、それも全く新しい人格に変わったのではなくて、彼女が成長したのならこうなるであろう人格となっていた。

 それに加えて、身体面もまた昇華されていた。先の痛覚無視もさることながら、防壁を破るだけの力をただのカタナに宿すなど、魔女(ストレガ)でもない彼女には不可能だ。たとえ魔女(ストレガ)であっても、純星煌式武装(オーガルクス)を超えるだけの強化ができる力の持ち主などいない。彼女自身を強制成長させる以外には、その血の一滴にまで彼女の意志をあまさず伝える何かがなければ……。ソレは今、沙々宮紗夜の『歌』以外にはありえない。

 

「我輩は機械でありながら人たらんとし、貴君は人でありながら刃になろうとしている。そうすることで種の枠を越えた力を得る、か……。なんとも、おかしな話であるな」

「その解釈は間違いですよ―――」

 

 共感を求めきたアルディを綺凛は、一刀のもとに切り捨ててきた。

 

「今であっても私は、貴方の言う『人』でしかありえません。それ以上でもそれ以下でもない、ソレが既に至上です。貴方だけが半端者なんです、一緒にしないでいただきたい」

「半端者とは、な……。言ってくれるではないか、刀藤綺凛」

「機械から学ぶことなど、何一つありませんから」

「……そのセリフ、再起不能の体にされたあとでも、言えるかな?」

 

 穏やかに飛び出た脅迫に綺凛は、眉をひそめた。

 

 

 

「すでに貴君の《連鶴》は見切った。反撃の糸口も掴んでいる。次の立合いで我輩の槌は、貴君を肉塊にすることだろう」

 

 

 

 はんば会話を楽しんでいたようなアルディも、そこで、ひしと居住まいを正した。声の調子にも機械の硬質な冷たい鋭さを、表に出してきた。コレは明確な事実だと、これから起こりうる未来だと、予言してくる。

 

「降伏するなら今のうちである。今の貴君相手には寸止めも手加減もできん、校章の破壊だけなど悠長なことも言ってられん。潰す以外の決着は無い。……貴君のそのような姿は、見たくないのである」

 

 懇願と命令の双方が入り混じった警告だった。ここが最後の堰だと、ここより先を一歩でも超えればどちらかが悲惨な目に遭う、今ならまだ止められると……。

 ここが限界だった。ここまでが機械と人間、己の抱えてしまった矛盾を一致させられる幸福な時間だった。ここは分水嶺で、先にはどちらにしろ今の幸福は有り得ない。果たさなければならない使命がある以上、自分に選択肢はない。……アルディはそのことを、予感していた。

 しかし綺凛は、彼の最終勧告を無視した。

 

 

 

「―――どうやら、貴方の中枢回路には、致命的なバグが存在してるみたいですね」

 

 

 

 強気な発言にキョトンと目を丸くするも、すぐに失望の眼差しを向け直した。

 

「刀藤流の《連鶴》は、果てのない連撃。見切るなど不可能です。先に繰り出したモノなど、挨拶程度でしかありませんよ」

「人の身とそのカタナ一本で繰り出せる手数は、限られているのである。どれだけ早かろうが刃を強化しようが無理を重ねようが、無限には到底及ばん。……ハッタリなど、無意味な行為であるよ」

「嘘かどうかは、その身で確かめてください。刀藤流の奥義は、この血刀を顕現させるだけでは、ありません」

 

 訝しるアルディを他所に綺凛は、ゆったりとした楽な姿勢の青眼から、腰を落とし膝をたわめた下段の構えに変えた。次の衝突に備えて、力を溜める。

 

 

 

 

 

「―――幻刀《舞鶴》」

 

 

 

 

 

 アルディに応えるようにその名を、口にした。

 

「刀藤が持つ三振りの秘剣が一つ。……その身でとくと、味わってください」

 

 ニコリと微笑を浮かべながら、告げた。悲壮感も血腥さの一切もコベリついてない透明な瞳で、未来はまだ何が起こるかわからないと、信じさせるかのように/証明するかのように。

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

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