専用ブースで、モニターを食い入るように見ていたカミラは、映し出された光景に慄然としてしまった。
(―――コレは……、非常にまずいな)
本来の機能を取り戻してからのアルディは、刀藤綺凛に対しほぼ全て致死性の攻撃を繰り出していた。人命尊重の倫理コードが無視されている、勝利することを優先するため躊躇いが消えた。いくら常人よりもはるかに強健な≪ジェネステラ≫相手だといっても、直撃を喰らえば死に至る急所狙い。現在のアルディの力なら防いだとしても、重度の後遺症が残ってしまう。掠るだけ血が噴き出ては肉が裂け、骨は軋まされる。力のリミットが外れてしまったことで、倫理コードまで無視した行動を取るようになってしまった。殺戮兵器ではないことを証明するための、最後の防波堤が……。
(もうコレは試合じゃない。……殺し合いだ!)
止めなければ、一刻も早く。それができるのは自分達しかいない。こんな戦いは自分の望みじゃない、やり過ぎだった。
(やはり、私の危惧は正しかったか)
アレはまだ使うべきではなかった、搭載するべきでもなかった、封印すべき兵器だった。こんな大衆監視のさなか、加えて全国放送の生中継の最中に死者を出す/殺しは、何としても避けなければならない。そんなことを仕出かしたら、誰もが自律型パペットの危険性を問うてくる。殺人まで行えるパペットはただの凶器である/殺人鬼を大量生産し世に放つようなものではないか/運用は見送るべきではないかと、ここぞといわんがばかりに叩かれる。この≪フェニクス≫に優勝したとしても、研究など続けられない。続けさせてはもらえないかもしれない……。
拳を作り握りしめると、隣の相棒に向かい合った。
「エル、この試合はもう危険だ。悪いが止めるぞ!」
「失敗した失敗した失敗した失敗したッ! なんてことなの、とんだ失態だわ! どうして気付けなかったのよ―――」
頭を抱えながら喚き散らすエルネスタ。その顔はいつになく真剣で、奥歯をかみ砕くかのように軋ませ、頭から髪を頭皮ごとかきむしるかのように鷲掴み、恐慌状態一歩手前で戦慄いていて……、誰の声も耳には届いていないかのようだった。
「そうよ! なにも単体で制御する必要なんてどこにもなかった。抑え込むような無理な設計なんてする必要はなかったんだ! 音をバイパスにして外から働きかければ、リムシィにソレをやってもらえばよかったんだ。もっと融通の効いた設計にできた、ウルム=マナダイトを完全に制御できた、最強の純星煌式武装になったはず。私ならそんなもの幾らでも作れた、作ってあげれた! 作れたのにぃぃ―――」
「おいエル、聞いてるのかッ!」
「ええ効いてるわよ! 嫌ってほど、充分にねッ!」
まるで敵でもみるかのように睨み返してくると、荒げていた息を整えた。表面上だけ冷静に、天才研究者としての怜悧な顔でモニターに向き直った。
「あれは武器というよりも、楽器と言ったほうがいいわね。《戦律の魔女》の力を再現してみた煌式武装……いえ、ちょっと違うか。大気中のマナよりも、体内とか機械の中にあるマナに影響を与えてる。問答無用の洗脳兵器、てところかしらね。精度と出力次第じゃ、精神だけじゃなく肉体までも改造できてしまう。刀藤のあの力はアレで引き出されたものなのね。……大鑑巨砲主義の威力にしか目がない野郎のクセに、なんでこんな繊細な煌式武装作れたのよ」
ありえないわ―――。唾でも吐き散らすかのように、ここにはいない誰かを罵倒していた。
「……聞いてなかったな」
そうぼやくとカミラは、大きくため息をついた。
相棒のこの、ルールや人の思惑など無視する天才肌には、もう慣れたものだった。いつも調整役を買わされているため迷惑ではあるが、その強引さと集中力から生まれる発見と発想が彼女を天才たらしめている、その力で自分も牽引されていると思えば割に合う代価ではあった。最近はなりを潜めていたが、少しでも歯ごたえがあるモノに出会えばすぐさま暴走状態になってしまう、今回のように。
普段なら、彼女の赴くまま信じて共に進む、理屈やもろもろの制約は全て度外視することに決めていた。ソレが最終的にはベストな道となってきたから、今の二人の成功はそこを迷わず怖れずに突き進んできたからだ。だが、今回に限っては、従うわけにはいかない。
「私が聞きたいのはこの試合のことだ! これ以上は危険だから、降参するぞ」
「……はぁ!? なんでよ? これからじゃない、まだ始まったばかりじゃん、負けてないじゃんッ!」
「アレはもう殺し合いだ。どちらかが死ぬまで止めない」
口を尖らせながら捲し立ててくるエルネスタをカミラは、一蹴した。その一言で、飛び出そうとした言葉をグッと飲み込まされてしまった。さすがの彼女も、止めざるを得なかった。
苦虫でも噛み潰したかのように顔を歪ませ睨むも、すぐさま瞑目して抑えつけた。荒くなっていた息を飲み下しどうにか平常ラインにまで落とし込む。そしてぼそりと、苦し紛れにこぼした。
「……ソレは、審判がきめることでしょ? わざわざ私たちが降参して止める必要は、ないわ」
「止められるわけないだろう、審判になにほどの権限があるっていうんだ―――」
ばっさりとそう切り捨てると、続けた。
「コレはエンターテイメントなんだから、人死よりも観客の熱狂を優先する。血を求めれば流させるし、相手を辱めても罪には問わない、命が欲しいと言ったら奪わせる。利益に繋がることだったらなんでもやる、正義とか倫理とかは二の次だ。規約はただの建前でしかない、力さえあれば書き加えられるし抜け道はいくらでもある。抵触したとしても『解釈』でどうにでもなる、させることができる。……そんなこと、言われなくたってわかってるだろ?」
自分たちがそうしたように、自律型パペットを強引に参戦させたように。
≪アルルカント≫の力で圧力をかければ、委員会はたやすく折れる、規約を捻じ曲げ無理を通してくれる。これが観客の総意、六大企業全てが求めて来たら、このフェニクスの試合からさらなる視聴率を得られると分かったのなら、人命尊重の精神など宇宙のかなたへ吹っ飛ばされる。≪界龍≫の黎の双子の戦いが認められたように、止めるなどありえないことだろう。
「……わかってる、そんなことわかってるよ! でも―――」
「それにもし、勝てたとしてもだ。殺しをしたパペットは兵器以外にはなれない。お前の求めていた『人とパペットとの共存』も、不可能になるだろうな。……誰も彼らを、友達とは呼ばない」
決め手となる言葉にエルネスタは、今度こそ口を閉ざした。閉ざさずにはいられなかった。
人とパペットとの共存、互いに足りない部分を補てんしあえる友達として暮らせる未来を創る、ソレがフェニクスに出た目的だった。アルディたちを優勝させることで、自律型パペットの有用性を証明しジェネステラに変わる存在として社会に交わらせる。人とは違いいつも正しい判断をし諍いなど起こさない彼ら、いずれは人と人との摩擦防止の潤滑油として活躍してもらいたいと考えていた。その限界実験としても、フェニクスという舞台はうってつけだった。周囲の熱狂に充てられて戦いに狂奔するジェネステラたちとの違いを、明確に示すためにも。
だけど、目の前で繰り広げられているのは、求めていたモノとは真逆の結果。勝利のために殺人兵器へと変貌してしまった自律型パペットの有様、それを自分までもが良しとしまっている。
まっすぐに咎めるようなカミラの視線から逃れるように、エルネスタは顔をそらした。
「我々はすでに負けた、今のアレは禁じ手なんだ。いつ暴発するかもしらない核爆弾だよ。……一研究者として、そんな危険な欠陥品を世に送り出すことは、やってはいけないことだろ?」
エルネスタは答えられずに、俯いたままだった。
カミラの言い分は正しく、理解もできる。そうしなければ、試合には勝てても研究者として致命傷をうけてしまう。自分の中にあるのは単なるワガママだけだ、ただ負けるのが/ここでイモを引くのが嫌なのだと突きつけられた。それに全く反論できない。できないが、すぐには消化しきれない。優柔不断なモヤモヤがたまらず、眉間にしわが寄っていく。
「ここで負けても、研究は続けられる。これまでの試合だけでも充分な成果だよ。ここは退いて、得たものを消化してさらに万全を期してから、次の試合に望めばいい。……ここで勝つことにこだわるな、先の全てを捨てることはないだろう?」
「……私たちの保身のために、あの子たちを犠牲にするの?」
「そうだ。ソレが彼らのためにもなる」
カミラはきっぱりと言い切った。そのはっきりとした答えにエルネスタは、もはや二の句が継げなかった。
そんなエルネスタを見て、話はもう終わったとばかりにモニターへと向き直った。
「―――それじゃ、降参するぞ」
目だけをむけて確認をとると、通信機のボタンを押して委員会へ降伏を告げた。これで、この試合は終わる……。
だが、どうにも様子がおかしかった
何度もボタンを押しては降伏を繰り返すも、機器がうまく反応していない。委員会からの確認と了承が帰ってこず、そもそもちゃんとこちらの声が伝わっているのかすらわからない。他の機能は正常に稼働しているのに、通信機だけが働いていない。イラつきながらも原因を探り続けた。
「……どうしたのカミラ?」
「おかしい、通信機が反応しないんだ。どうして―――」
つぶやきながらエルネスタの顔が目に映ると、疑いの視線を向けた。お前が何かしたのか/アレだけ言ってまだわらかないのか/悪あがきはやめろと含ませながら、無言で問い詰める。
そんなカミラの疑いに、心外だと言わんばかりに大きくため息をつくと言った。
「私は何もしてないよ、見てたしわかるでしょ?」
「…………そうだな、お前じゃない。何かやる暇なんてなかった。
だがそれなら、誰が……?」
「リムシィへの直通回線を使ったら? アレなら、この施設の支障か何かには影響されずに連絡が取れる。彼女に直接言ってもらえばいいと思うよ」
投げやり気味にアドバイスすると、カミラはそのことに初めて気づいたとばかりに目を丸くした。
すぐにそうしようと、専用回線のインカムを耳に当てた。
「リムシィ聞こえるか? カミラだ。
今すぐ戦闘行為を停止、試合を降参し―――っつぅ!?」
急に甲高いノイズが走り、たまらずインカムを耳から離した。音はその小さなスピーカーから漏れ出て、ブース中に響き渡っていく。
「どうしたのカミラ!?」
「わから、ない……。いきなりノイズが走って通信が、切れてしまって―――」
『―――邪魔しないで、カミラ・パレート』
インカムから、部屋に取り付けられているスピーカーから、あらゆる音声発生機器から、少女の声が聞こえてきた。それが、二人しかいないはずのブースの中で反響し満たしていく。
二人唖然としながらその声を聞いていると、カミラがハッと目を覚ますと答えた。
「その声は……沙々宮か!? どうやってこの回線に割り込んだ、一体何を―――」
『現在、この施設の全ての電子機器ならびに煌式機器は、私の支配下にある。貴方たちにはない、委員会にすら』
爆弾発言にカミラは、信じられないと声を飲まされてしまった。先に出した疑問は、その驚愕の前に吹き飛んでしまっていた。
言葉を失っているカミラにかまわず紗夜は、警告を続けてきた。
『この試合を止めさせるような不都合なことがあれば、即座に排除することができる。いくらコードを変えようが無駄、周波数を変えようが無駄、何をしても無駄無駄。……ただそこで、黙って見ていろ』
機械めいた無感動な脅しに、どう反応すればいいのかわからず黙らざるを得なかった。
現状で、誰にも触ることすらできない直通回線が乗っ取られていることをみれば、信じるしかない。だけど、その強大過ぎる力に相応しからぬ声音。そのギャップに戸惑わされてしまい、口をパクパクとさせるしかなかった。
「すごい……、すごい、すごいッ! スゴォォい!! ありえないにゃ、一体どうやってこんな横暴やってのけてるの?」
深刻に顔を青ざめさせていたカミラとは違い、エルネスタは子供のようにはしゃいでいた。先までの消沈ぶりと不満顔など嘘のように、目をキラキラさせている。
『……秘密。自分で考えて』
「いいじゃない、ケチ! 減るもんでもないしさ。勿体ぶらずに教えてよォ!」
『ヤダ。絶対に、教えない』
短く明確な拒絶にエルネスタは、ムゥーッとほほを膨らませるだけ。それ以上は何も聞き出せなかった。
通信機越し、ここにはいない沙々宮紗夜とにらみ合っていると、肩の力を落とした。相手の意見は曲がらないことを悟り、ようやく諦めた。
「……ふん! いいわ、教えてくれないんだったら自分で見つけるから。貴女のソレなんかより、数段もグレートなもの作ってやるんだからッ!」
『頑張って。無駄な努力だけど』
まるで気のない嘲りだが、エルネスタはムキィーと悔しそうに奥歯をギリギリとさせていた。
二人の異次元なテンションにカミラは、ようやくいつもの冷静さを取り戻すも、弛緩した空気を引き締めなおさんと咎めるように言った。
「……沙々宮、邪魔しているのはお前だよ。このまま続ければ刀藤かお前のどちらかが死ぬ。私たちはそれを止めてやろうとしたんだぞ、こちらが降参してでもな」
『いらんお節介』
一刀両断、間違えようがないほどはっきりとした。
あまりの態度にカミラは、怒るよりもさきに唖然としてしまった。続けようとした言葉が出てこれなくなっていた。
『……心配してくれるのは有難い。けど、私たちが殺されるなんてありえない。そっちの方が、スクラップになる確率が高い』
「強がりはよせ! ここでお前たちに死なれると、困るんだよ。我々のパペットに殺人を犯させるわけにはいかない。意地を張るのはそっちの勝手だが、迷惑なだけだ! 死にたいなら他所でやれ!」
『そんなことにはならないと言った。……まぁどっちにしろ、今の貴女に選択権はない』
冷たく言い放つも、痛いところを直接突き返されてしまった。何も言い返せない。
今までの全てのやり取りはただ、事実確認だった。支配されている現状を説明しているだけだった。何をしても変わらないことを、ただ黙ってみているしかないことを、最悪はこちらの研究者生命がなくなることを/無理やり賭けさせられていることを、わざわざ教えただけだった。紗夜には教える必要すらなかった。
『抵抗してくれて構わない、何をしても無駄だから。この試合の決着までに、私から支配権をもぎ取るのは不可能。そこから直接委員会まで走ったところで間に合わない、貴女たちの足では。
貴女にできるのは、祈ること。それだけ。貴女たちの大切なお人形が私たちに壊されないように、ね』
そう言い捨てると、一方的に通信を切ってきた。嵐が去った後のような静寂を/おろすしかない拳を戻す憤懣を、残して。
無理やり置き去りにされると、おもむろに、エルネスタが声をかけてきた。
「……最後まで見届けるしか、ないみたいだね」
ふつふつと煮えたぎる焦りを抑えつけてるカミラと正反対に、どこか楽しげに聞こえてしまった。面白い劇でも始まる前のようにウキウキとしている、後先のことなど考えずただ目の前の楽しさに心奪われている。一応は空気を読んでくれてるのか調子を沈ませていたが、今はそんな気遣いにすら腹が立つ。
相方をキッと睨みつけた。何を楽しんでいるだお前は/お前の望み通りになってよかったな/これで我々の未来はなくなったと、怒鳴り散らそうとするもやめた。代わりにガックリと、肩の力を落とした。深く深く、ため息をこぼす。……今は、何をやってもむなしいだけだ。
「…………祈るしか、ないみたいだな」
言われたとおりだった、それしかできない。
ソレが今の自分達だった。闘技場に立たないからと言って、傷つかなくてもいい保証はどこにもなかった。自分たちは観客の一人ではなく出場選手の一人だった。そのことを、改めて思い出された。……そう考えると幾分か、暗い気持ちは和らいでいく。
不安を抱えながら、モニターを仰ぎ見た。そして、その先にいるパペットたちに、望みを託していった。
長々とご視聴、ありがとうございました。
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