R&AvsS&K 結末を変えてみた 《完結》   作:ツルギ剣

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幻界戦

 

 

 

 

 

 

 

 ゆったりと下段の構えで対峙している綺凛。静かに落ち着き払っている彼女を見てアルディは、警戒しながら思案していた。

 

(幻刀《舞鶴》か……。虚勢か誠か、いかほどのものであるか)

 

 向き合っている綺凛に、嘘は見えない。ハッタリだとは思えなかったが、予測できない。何が起きるかわからず先手を打てない。……心地よい緊迫感に、笑みがこぼれていた。

 何が飛び出すのかワクワクと待ちかまえていると、突然、綺凛の姿が視界から消えた。見失っていると、アラーム音ががなり立てた。見たいものに焦点を合わせる人間のような視界ではなく、全体を均一に俯瞰するカメラが捉える映像=死角のない警戒網。それが発した警告に従いアルディは、自身の懐に/武器の非殺傷範囲に目を向けた。

 そこには綺凛が、いつの間にか飛び込んできていた。今にも刀を切り上げようとしていた。

 

(早い! 早いが……、その程度では―――)

 

 槌の柄を切り上げの軌道に割り込ませた。すでに何度も食らってきた攻撃、どれだけ意表を突こうと早かろうとも対応できる。

 カキンッと甲高い金属音が鳴り響いた。衝突の衝撃がビリビリと互いの腕を微震させる。アルディは速攻の鋭い斬撃を難なく防いでみせた。

 かまわず綺凛は刃を繰り出していった。防がれた刃を素早く振りぬき、わずかに空いている脇へと横なぎの繋げる。《連鶴》へとつなげていった。

 

 幾十も繰り出される《連鶴》、その鋭さは先よりもさらに増していた。アルディも防戦を強いられざるを得ない。だが、それは外見上のことでしかなかった。アルディは内心で、はんば失望したかのようにいぶかしんでいだ。

 前と変わらない連撃、早く鋭利でもあるがそれだけ。多彩な継ぎ手は変幻自在で対応しきれぬものであったが、今は読み切っている。彼女の癖/呼吸/芯の部分=傾向は捉えていた。次にどこを切るか先読みができる、斬り合い防ぐたびにその精度は増していく。―――《連鶴》の果ては暴いていた。

 

「どうしたのであるか、刀藤綺凛? この程度なのか、貴君の言っていた秘剣とは? ……先と変わらぬぞ」

 

 問いかけてくるアルディを無視して、綺凛は連撃を続けた。その顔は、是とも非とも告げない無謬、激しい斬り合いの最中でも微動だにしない無表情だった。

 答えない敵にアルディは、胸の内でため息をこぼした。沈黙は雄弁に語っていた、その答えには落胆せざるを得ない。そうしながらも、彼女の攻撃は防げてしまう。すでに、全神経を集中する必要すらなくなっていた。

 失望から顔を上げると、敵意に満ちた瞳を差し向けた。

 

「期待した我輩が愚かであった。貴君ならもしやと思うたが……、ソレが誘導であったのだな? ただそのためだけであったのだな?」

 

 機械以上の無表情で、届かない刃を振り続ける綺凛。訴えるような問いかけにも答えず、代わりに刃をぶつけてくる。

 その剣撃は常人の目には到底映らないものだろう。だけどアルディは、見事までにすべて捌いていた/捌ききっていた。問うだけの余裕があり、その分を反撃に費やすことを控えていた。だが―――

 

「……そうか。

 ならばもはや、これまでだ―――」

 

 大きく気合を込めると、突風を吹き荒らした。大量のプラーナを噴出させ、周囲のマナを強制的に風へと変換。一般的なジェネステラではそよ風程度だが、大量のプラーナを保有しているアルディがやれば暴風になる。

 たまらず綺凛は、体勢をくずした。叩き込もうとした刀ごと体が後ろに押される。

 その隙を逃さずアルディは、槌を振りかぶった。こじ開けた隙に叩き込もうと、振り下ろしていく。

 

「この戦いを愚弄した罰だ、報いを受けろ!」

「貴方がね」

 

 憤怒を浴びせるアルディに綺凛は、初めて口を開いた、そこには、これから肉塊にならんとする者の怖れはみじんもない。無表情だった顔も和らぎ、微笑まで浮かべている。

 

 

 

 それは、罠にかかった獲物を見下ろす、狩人の笑みだった。

 

 

 

 ―――ガキイィッ!

 不快な音色が、頭蓋に鳴り響いた。

 

 彼女の微笑が目に移った次の瞬間、視界が揺さぶられた。ノイズが走り抜け聴覚まで犯す。

 不意に体が傾いでいく、ぐらつき力が入らない、踏ん張りがきかなくなっている。攻撃のモーションは崩れて、よろめきそうになっていた。

 

(!!? なんだ、何が起きた―――)

 

 即座に精査するも、混乱状態で状況がはっきりとはつかめない。ただ、重度の損傷を受けたと、大量のダメージレポートが表示されている。

 

(馬鹿な、斬られたのか!? だがそんな、どうやって? どこから―――)

 

 どの箇所なのか、表示されたレポートを調べていると、カメラの端で綺凛が切りつけてこようとするのが見えた。乱れに乱れてしまった映像ではあったが、ソレははっきりと見えた/見せられた。

 全ての疑問は棚上げにしてアルディは、回避行動をとった。なりふり構わず一歩前へ飛び込む=超重量の体当たり。

 

 切り裂かんとした綺凛は、舌打ちしながら攻撃を切り替えた。ひらりと避ける。横に回転し飛びながら、寸前で体当たりを躱した。

 後先考えずの体当たりだったので、そのまま転倒。地面に倒れこむとゴロゴロと回転、視界がぐるぐると撹拌されるがベクトルを散らさなければならない。何とかプレーキの臨界値以下まで散らすと、受け身をとり起き上がった。綺凛を警戒するために、いるであろう場所に大槌を差し向けた。

 そこで初めて、アルディは気づいた。驚愕させられた。視界が半分ほど砂嵐で乱れている、頭部の片方のカメラが壊れかけていた。

 思わず、そこに手を当てて確かめてしまった。その手のひらは視界には映っていない、白黒の砂嵐が吹き荒れているだけ。だけど、何が起きたのかはおぼろげながらわかってきた。

 一撃、《連鶴》からの致命傷を防ぐため自ら受けた目の傷、そこがさらに抉られていた。パチパチと、斬られた回路から火花が爆ぜている。

 すぐさま応急処置プログラムが、視界を修正し砂嵐を鎮めていく。壊れたカメラの映像は捨てて、ほかの観測機器から得られた情報を編集し視界を再構成。ほぼ元通りの視界に直された、前にかざした手のひらも見える、回路も閉鎖され漏電もなくなっていた。またいつでも戦闘は可能、戦いへの支障は軽微、死角はどこにもない。……だが、動悸はおさまらない。損傷以上の衝撃がまだ、色濃く刻まれたままだった。

 

「―――さすがに、硬いですね。あれで貫けないとは……」

 

 綺凛がぼそりと、悔し気な声を漏らした。

 それでアルディは直感した。彼の人格プログラムとは別の、常に冷静で合理的な演算領域が、この不可思議な現象の解法をたたき出してきた。

 

(《ストレガ》化したのか!? 任意の場所にマナの刃を具現化する力。だが―――)

 

 ありえない、不可能だ! 沙々宮の力により潜在力が引き出されたといっても、ストレガになりマナを自由に変換させることができるようになったとしても、身に受けた攻撃力の説明がつかない。

 そもそも、いくらストレガであったとしても無理なはず。こんなコンマ数秒の斬り合いの最中/接近戦では、刃など具現化できない。どれだけ工程を省いたところで無くなることはない、工程を省略すればそれだけ溜がなくなり威力も小さくなる、ストレガの力は剣戟の間合いでは使えない/実用にたるほど力は発揮できない。使えたところで、できることはたかが知れている。ジェネステラの強靭かつ俊敏な肉体や、硬い装甲と煌式武装におおわれている自分には傷一つつけられない、足止めにすらならない。猫だましが関の山だ。あらかじめ罠のように敷設しておいたモノ/《符》や煌式弾などの使い捨て煌式武装ならその限りではないが、プラーナの波動やマナの相転移振動は常に警戒している。気づけないわけがない/見逃すはずがない。

 だが、先の一撃は、確かに自分の頭部に残っている。何もないところからいきなり突かれてきたように、それも正確に傷跡をなぞって、反射的に展開されるはずの《絶対防壁》が全く反応できなかった。……まるで、もう一人見えない綺凛がいたかのような鋭さがこもっていた。

 

「……一体、何をしたのであるか?」

「あの程度で驚かれては、困ります」

 

 答えずに先んじて言った。まだ先がある、もっともっと厳しいものが、貴方を敗北を認めるまでずっと……。

 ゾクリと、背筋に冷たいものが走った。顔が引きつりそうになる。

 だが、同時にゾクゾクと、熱い何かが腹の底からそそり出してもきていた。全身のマナダイトが自分のコントロールからわずかに外れて励起し、高熱を発している。すると頭は冷えてクリーンになり、体は熱せられドントン力が充填されていった。これからやってくるであろう何かに備えてか、今までにないほど力が漲ってきた。

 そんなアルディをみてか綺凛は、何かを思い出したかのように目を丸くした。そして、閃いたソレをそのまま、口に出してきた。

 

「これ以上続ければ、貴方は、バラバラのスクラップになりますよ」

 

 やめるなら今のうちですよ……。

 暗にそう示すと、ニヤリと酷薄な笑み浮かべて見せた。

 

 アルディはソレを聞くと、パチパチと目を瞬かせた。かつて自分が言ったことを、そっくりと返された……

 

「―――ふっふ、ふっふっふ……、ふはぁっはっはっはっはッ!!」

 

 こみ上げたものを爆発させるかのように嗤った。全身を筒にしながら高笑いを吐き出し続ける。

 嗤い続けながら、さらなる気合を込めた。全身のマナダイトを活性化させ、プラーナを噴出させてていく―――

 

 

 

 光の嵐が、アルディを中心に吹き荒れた。

 

 

 

 青い光がさらに煌きを増した。あふれ出たソレは、体の輪郭すら曖昧にするほどの光度を発する。ソレが綺凛の目に映ると同時に、突風が吹き荒れぶつけられていく。抉り出された瓦礫と砂塵もともに、吹き飛ばされていった。

 綺凛はたまらず、刀を盾にしながら耐えた。互いの間合いから離れているというのに、それでも体が後ろへ押しのけられていく/上手く立っていられない。すさまじいまでのプラーナだった、彼女の常識からも大きく外れた暴力だった。笑みを浮かべていた顔は、すぐさま硬く引き締まっていく。

 

「やめるなどとんでもない! これからではないか、面白くなるのは―――なッ!」

 

 爆発するような踏み込みととともにアルディは、突撃してきた。一気に綺凛の懐にまで詰め寄った。

 振り被っていた大槌を、振り下ろした。

 風音が鳴る前に地面が爆ぜた。闘技場すべてを揺さぶるような地鳴りとともに、深い亀裂が観客席手前の防壁まで伸びていく。砕け抉りあげられた瓦礫が散弾のように飛び散っていく。

 

 今までに無い脅威に見せられながらも綺凛は、非殺傷領域に滑り込んでいた。踏み込みを強く体を投げ出すかのようにして、暴風域の隙間を抜きながら強引に突き破り入り込んでいった。たどり着くと、さらに鋭く早く、切り上げを叩き込んでいく。不可視の防壁ごと切り裂く勢いで、渾身の力を込めて―――

 

(これで決める。これなら―――ッ!?)

 

 力の乗りに両断を確信していると、アルディの肩に搭載されていた羽が、槍となって突き刺しに来た。

 

 視界の端にソレを捉えると、すぐさま回避行動に切り替えた。その場でかがみこんで、紙一重躱す。

 ソレを見込んでかアルディも、彼女に蹴りを叩き込んきた。

 躱せない。即座に決断すると綺凛は、刀を胸の前に出して豪脚の盾にした。機先を制して衝撃力を散らす、刀をクッションにして受け止めた。そして、体ごと後ろに引いた/押しのけられるままに飛ばされる。

 そのまま間合いから離れる直前、空中で独楽のように身を捻った。蹴り上げた足の上を転がるように、後ろへのベクトルを回転エネルギーに変換。その力を刀に集約していくと、アルディへカウンターの逆袈裟切りを叩き込んだ。

 《絶対防壁》の内側、展開は間に合わないと瞬時に判断したアルディは、片腕を盾にした。刃の軌道に腕を割り込ませる/犠牲にする。手甲に組み込まれているマナダイトを最大活性化させ防御力を高めた。《絶対防壁》ほどではないが、生半可な刃では傷一つつかない硬度。綺凛の刀であっても、両断されることはないはず―――

 小気味よい金属音とともに、刀は止められた。

 叩きつけられた刃は、骨格部分に達する前に食い止められた。奥まで切り込んでしまったために、すぐには抜き出せない。ぬかせないようアルディは、傷跡を支点に腕をひねっていた。綺凛が次の動作に移れないように、刀を通し腕を窮めて体幹を崩した=肉を切らせて骨を断つ。

 体勢が崩されてしまった綺凛は、追撃に移れずもがく。避けようにも空中、重心は乱されていた。

 隙だらけ/好機。それを確認する前にアルディは、残った片手を手刀にして構えていた。狙うは、がら空きになった胸元=校章だ。もはや避けることなどできない。よけるためには刀を手放さないといけないが、そうなったら次で仕留めればいいだけ。

 

(これで詰みだ、刀藤綺凛―――ッ!?)

 

 だがまたしても、予想は裏切られた。

 腹部に強烈な衝撃が走った。深々と刃が食い込んでいる、内部の骨格/動作機構を食い荒らしていく。

 不意の一撃に、たまらず体がくの字に曲がった。

 

「―――ッがはぁ!」

 

 アルディが苦悶を漏らしていると、綺凛はすかさずその顔を蹴って危地を脱した。

 衝撃さめやらないアルディは、後ろへとよろけたたらを踏んでいた。

 

 無事地面に着地した綺凛は、すかさず刀を突きだした。狙うはアルディの校章、よろめき機能不全を起こしているアルディは、追撃する自分に気づいていない。避けることも防ぐこともできない―――

 だが、切っ先が校章を貫く寸前、防壁が展開された。

 青白い電光を帯びた防壁。色がなかった不可視の防壁に目に見える色がついている、刀の朱に抵抗するかのようにより煌く、切先に食い込まれているがそれ以上の侵攻は許さない。ギリギリで、綺凛の突きを防ぎきった。

 綺凛は押し込み続けるも、どうしてもあと一歩届かない。ビクともせず、ただバチバチと電光が弾けるだけ。奥歯をギリリッと食いしばりつづける。

 防壁とのつばぜり合いをしていると、アルディの肩の羽が槍となり、打ち出されてきた。

 綺凛は防壁から刀を外すと、横にスライドしてよけた。槍は地面を突き刺し食い込んだ。だが打ち込まれた槍は、そのまま地面を裂きながら綺凛を追ってきた/横なぎで振り払ってくる。綺凛を斜めに輪切りにしようとする―――

 新たな攻撃手段に驚くも、体と腕は正しく反応していた。

 切り上げる羽刃を刀の腹に滑らせながら軌道をずらした。刃の表面に沿って鍔元まで滑りあがってくると、そのまま頭上へと跳ね上げた。重厚感ある羽刃が宙を舞う

 計算外にベクトルがずらされてしまったためか、アルディの体は釣られてよろめいた。腰が浮ついてしまっている。その機を逃さず綺凛は一歩踏み込むと、袈裟切りを叩き込もうとした。

 だが、羽刃を跳ね上げたと同時に、銃口が向けられていた。腰部に襟足のように取り付けられていた細長いライフル=リムシィから明け渡されたパーツの一つ、マナを凝縮し銃弾にして打ち出す煌式武装。牽制用の副武装ではあったが、当たり所が悪ければ致命傷は必至、生身の人間には耐えられない。ソレが今、刀を上段に構え無防備になっている綺凛に、差し向けられている。

 息をのむ間もなく、銃弾は発射された―――

 

 瞠目すると同時に緊急回避、だが……間に合わない。

 不意の体勢が崩れた今/防御できない、ほぼ0距離/狙いは確実、音速を超える銃弾/早すぎる……。さすがの綺凛も反応しきれなかった。

 ゴキゴキと不快な破砕音を鳴らしながら、銃弾は腹部にめり込んでいった。

 銃弾は皮膚を裂き筋肉を圧迫する、肋骨がメキメキと砕けていく音が響いた。そのまま内臓を食い破り背中へと突き抜け、鮮血をまき散らしていく……。その致命の寸前、綺凛は半身になっていた。

 自分の体を緩衝材にして銃弾の機先を制した。力を分散させながら軌道をずらしていくと、急所からわずかに外した。その場で体を捻り上げてやり過ごす。銃弾は綺凛の体を貫けず肉を抉るだけ/骨を砕くだけで、明後日の方向へ飛んでいった。

 

 無理に捻った勢いのまま、受け身も取れずに倒れた。ズズゥーと地面を削りながら転がり続ける。勢いを殺し、弱まったところを見計らって受け身をとり起き上がると、アルディへと向かいなおった。片膝をつきながら、刀を差し向ける。

 窮地を脱すると、今まで麻痺させていた激痛がどっと襲い掛かってきた。綺凛は顔をゆがめた、傷が燃えているかのように痛い。思わず傷口に手を当てるが、触れたことで痛みがさらに自覚された。反射的に離してしまい、それがさらに傷口に触る。

 真っ赤に焼けた鉄棒でも押し当てられているようだった。狂熱が吹き荒れ全身を犯してくる、もがいて振りほどこうとするも取れずソレがさらに奥に食い込ませる結果になる。全身が燃やされているのに悪寒に震える、顔は一気に蒼白へと漂白されていた。ぶるぶると止められない震えをさせながら、荒く辛そうに呼吸を漏らした。息するたびに折れた肋骨が肺を圧迫し、苦しさが収まらず増していく。叫び散らすこともできない、声が出せない。酸欠状態にもなったかのようにふらつくと、構えていた刀もカチカチとなっていた。定まっていた剣先がぶれてしまっている。

 

(この傷はまずい。まず過ぎる。このまま続けると、本当に―――)

「―――ッくぶぅ!!」

 

 考えがまとめられず綺凛は、苦悶に呻いた。同時に大量の血反吐が吐き出された。歯を食いしばり手で押さえても、とぽトボととめどなく零れ落ちていく。

 激痛の熱が冷静だった思考をも犯していた。

 無理に無理を重ねた状態に、この重傷。あまりにも危険な状態であった、もしブーストされていなかったのなら間違いなく気絶していた、痛みで地面の上をのたうち回っていたはず。

 

(……今襲い掛かられたら、ひとたまりもない)

 

 だが、アルディは攻めてこなかった。

 目を向けると彼もまた、軽くない重傷に呻いていた。腹の切り傷からパチパチとスパークが漏れでている。それを手で押さえながら、こちらに視線を向けていた/向けようとしていた。その目は焦点が定まっておらず、頭はグラグラと落ち着きがない。

 

 

 

「―――4つほど、分かったことが……あるので、ある」

 

 

 

 無理やり出した声は、ノイズまみれの聞きづらい音。発声器官に支障ができたのか、調子が定まっていなかった。

 だが、自分の出した声で目が覚めたかのように、だんだんと正気を取り戻していった。グラグラとしていた頭がしゃんとしていく。

 

「……4つ、ですか?」

「まず一つ、貴君の繰り出した技は、過去我輩に叩き込んだ斬撃を再現したものだな」

 

 解説を続けようとするアルディに綺凛は、これ幸いと聞き役に徹することにした。

 まだ体が動かない。もう少し、もう少しだけ、時間がいる……

 

「具現の工程を無視しながら我輩の装甲を斬り裂けたのは、傷跡を依代にしたゆえに。《絶対防壁》が展開できず反応すらできなかったのは、すでにこの身に刻まれたものゆえ。だから、傷跡以外では具現化できん。もしできるのなら、すでにこの校章は破壊されているはずであるからな」

 

 アルディの指摘に綺凛は、肯定とも否定ともいわずに俯くだけ。答えられなかった。

 激痛でそれどころではなかった、それを何とか隠すことで精いっぱいだった。

 

「つぎに、作りだした刃は、それほど攻撃力がない。傷跡を起点に再現できるのならば、先の立ち合いでここを狙う必要は無かった―――」

 

 そういうと、自分の腹を指した。

 すでにそこには、先ほどまであったスパークは鎮火されていたが、傷跡は色濃く刻まれたままだった。よく見ると、内部構造がかすかに見えてしまっている。

 

「もっと別の場所を斬るべきであった。この腕を斬り落としたり頭部をもう一度狙い完全に破壊する、あるいはこの槌を切断してしまう。そちらの方が致命的だった。ソレをやらなかったのは、できなかったとしか考えられんのである。……貴君の手にあるカタナほどの力は、ない」

 

 アルディの断言に綺凛は、答えず代わりに眉をひそめた。痛みとは別のうめき声が漏れてしまう。

 

 血刀と幻刀は、同時に発生させられない。幻刀は必ず血刀よりも弱い斬撃になってしまう。

 本来の奥義ならば、この欠陥は限りなく0であり見分けることは困難、分ける意味が無いほどの威力がある。二つの斬撃も、限りなく同位置に近づけて放つことができたはずだった。腕で血刀が止められた際に頭部へもう一度幻刀を発生させたり、《連鶴》の際に血刀と重ねて幻刀を放つこともできたはずだった、アルディの言った通り武器を破壊してしまうことができたはず。だが、できなかった。近づけすぎてしまうと、幻刀を発生させられない/大気のマナが血刀に影響され過ぎて具現化できない/同時並行では使えなかった。力を引き出してもらった今であっても、形だけ真似るのが限界だった……。

 己の未熟さに歯噛みした。刀藤流の看板を掲げながらこの様とは情けなさすぎる。ソレすら見抜かれたことで怒りが湧き上がっていた、ほんの少し痛みを忘れてしまえるほどまでに。

 

「さらに、作り出せる刃の数には、限りがある。

 一本だけではなく何十本も作り出すことはできるのであろう。だが、我輩が纏っているプラーナを押しのけて形にするには、ダメージを負わせられるほどの力を込めるためには、時間も集中もプラーナも足りない。二本、良くて三本が限界であろうな。それもこれらの深い傷跡でなければ、不可能であろう」

 

 さらなる指摘に綺凛は、瞑目してしまった。そうしなければ、腹の底で煮えたぎっているものが抑え込めない。

 

 彼の指摘はまたしても、半分正解で半分外れていた。本来ならばそのような制約はない、現在の自分ではその程度しか使えない。

 どれだけ大量のプラーナをまき散らしマナを占有状態にしたとしても、真の幻刀ならば問答無用で支配権をもぎ取ってしまえる。現在のマナは足がかりでしかない、ほんの一摘みもあれば事足りる。必要なのは過去のマナだ。その支配権は現在から遡行できる自分に/時空間を超越できる高次元の存在にこそある。どれだけプラーナをまき散らし続けても意味が無い、それでマナに影響を与える前に染め抜いてしまえるからだ。

 今の自分には/今ですら、そのようなことはできない。剣術は学んできたが、《ストレガ》としてマナの操作するのはコレが初めてだった。手探りの荒っぽいやり方でしかできていない、初めてであっても不細工なものでしかないことはわかってしまう、練習を重ねなければ上手くはいかない/できただけでもすでに奇跡だった。だけど、ブーストを解いてしまったらこの力は失われる、まだ持ち合わせていなかった。訓練することなどできない、いずれ技を極めこの境地にたどり着けるその日までは。……つぎはぎの矛盾が、このような形でも響いていた。

 湧き上がってくる未熟さへの怒りを大きく、ため息とともに吐き出した。すると、いかっていた肩の力も抜け落ちていった。

 

「……最後は、なんですか?」

「その技をもってしてもだ。我輩の勝利が覆ることは、ない―――」

 

 そう宣言すると、纏っていたプラーナをさらに爆発した。周囲のマナがそれに当てられ励起しだす―――

 

 

 

 アルディを中心に、空色の炎が燃え上がった

 

 

 

 その有様は、幽界の炎が顕現したかのようだった。

 吹き荒れていた嵐が青白く染められていた。マナが風だけでなく色まで生み出している。境界線は白い燐光が舞い上がり、空気に溶けて帯電させていった。その厳かなまでの異界の嵐は、闘技場の空気をさらに重く圧迫していく。

 

「―――我輩に潜在しているプラーナの総量は、百万を超えている。貴君のソレは、万にようやく手が届くほどだ」

 

 静かに傲然とそう言うと、大槌の柄頭をガンと地面に突き立てた。

 

「出力はほぼ互角だろう、戦闘経験や剣技においては一歩劣る。ゆえに今までは後塵を拝してしまっていた。だが、そんなものはこの力で押しつぶせばいいだけである。幻刀とやらも、これだけのプラーナを常時纏っておれば致命傷にはなりえん。時がたてばたつだけ我輩が有利になる。倒しきれなかったのなら、それだけ貴君は敗北に近づいていくのである。大きくな」

 

 これで二度目だ、降参しろ。次はないぞ……。

 暗に最終警告を告げられた。有無を言わさず冗談で逸らすことも許さない、強制的な二者択一。

 綺凛はごくりと、息をのまされた。その瞬間だけ、荒れ狂っていた激痛すら鎮まっていた/冷えてしまった。目の前のアルディの威容は、それほどに異常なものだった、彼女の考えを大きく越えていた。

 

 

 

「―――私も、3つほどわかったことがあります」

 

 

 

 自然と意識なしに、言葉が口からこぼれてきた。アルディは訝しるように眇めてくる。

 出てきたそれに綺凛自身驚くも、流されるままに口を動かした。

 

「一つ、私の《朱羽》を防ぐことができたのは、防壁を集中させたため。

 ほぼ自動的に展開される防壁では、今の私の刀を防ぎきれない。それゆえコードを書き換えて、力を集中させることにした。ただ、それで防ぎきることはできたものの、演算中枢へ負荷がかかってしまった。コンマ数秒の斬り合いの最中私の斬撃を正確に識別し、本来は均一化させていた防壁を濃いものにして展開させなければならない、おまけにソレを即興で書き換えなければならなかった。……効率的なプラーナと機体の運用ができていない、演算領域には遊びがなくなっているはずです」

 

 立て板に水と、アルディの欠陥を吐き出していった。そんなことわざわざ言ってやる必要はなかったが、出てしまった以上仕方がない。己の行為に混乱しながらも綺凛は、続けた。

 突然の立て続けの解説にアルディも目を丸くするも、すぐに顔をひき締めなおした。

 

「……根拠の乏しい仮説であるな。何故そのような結果を導けたのであるか?」

「今あなたがやっていることですよ。

 もし、演算機能にまだ余裕があったのならば、大量にあるとはいえそれだけのプラーナを放出しつづける必要は無い。幻刀が発生するであろう場所にだけ、的確に使えばいい。傷跡が起点であると限定できた今ならば、それほど難しいことでもないはず。問題はタイミングだけで、ソレは私が数人いると仮定して演算すれば事足りる。……貴方の行為は、大きな無駄を含んでいる」

 

 幻刀の振るい手と召喚者は同じ、しかも幻刀は特定の場所にしか発生させられない。同じ人間が複数襲い掛かってくるという想定は、少々過ぎたものではあろう。どうしても劣化コピーになってしまう。ただ、発生させる傷跡は《連鶴》によってつけたもの。同じ型を使って攻めるのならば、相手には幻刀とそうでない斬撃の違いはわからない/刹那の斬り合いでは識別できない。同一人物が複数になって高度な連携で攻めてくるという想定は、間違いではない。

 綺凛の指摘にアルディは、観念したかのように肩をすくめた。

 

「いかにも。確かに今の我輩は、貴君の言ったとおりギリギリである。これ以上何か、驚かしてくれるのならば、フリーズしてしまうことであろうな」

 

 現状を見るに、望み薄ではあるがな……。アルディの余裕の表情は変わらない。

 その顔に綺凛は、ムッと顔をしかめた。流されて出したものだったが、そういう態度ならば曝け出してやるよと、続けた。

 

「……二つ、貴方の現在の姿は、私同様に無理を重ねたもの。

 十全に力を発揮できない、それだけの器ができていない。力を引き出せば引き出すだけ、機体は軋みを上げる。……もう、体を維持するのが難しくなっているはずです」

 

 視界に映っているアルディの姿は、さきの激突の前よりも力が漲っている……ように見える。

 だが、戦略級の煌式兵器でしかありえないような濃密かつ大量のプラーナは、精密機器の塊であろう自律型パペットには重すぎる。これだけのプラーナを一所にとどめて置ける物質は、純金ですら難しい。ジェネステラとてこれだけのプラーナを顕現させることに成功した人は数えるほどしかいない。後先のことを考えず崩壊することを考慮していなければ不可能、時限爆弾の導火線に火をつけたようなものだった。時間が経てば経つだけ、体は壊れていく。

 

「大量にあるプラーナも、全てを戦いに回すことができないでいる。崩壊してしまう体を維持するために使わざるを得ない。使わなければ爆散する、自分のプラーナで自壊してしまう……いえ、もうしてるはずね。

 プラーナを使ってプラーナを抑えつけているのが、今の貴方です」

 

 瀕死なのは、貴方だ。私じゃない……。強がりも込めて指摘した。

 アルディは瞑目し空を仰ぐように見上げた。そして顔を戻すと、はにかむような苦笑いを浮かべながらつぶやいた。

 

「……気づかせないようには、したのであるがな」

「軽くない傷を、つけましたので。それと何より、そんなことができるのなら、さっさとやらなかったのはおかしいことですから」

「貴君との斬り合いは、実に心躍らせてくれるものだったからなぁ。ついつい長引かせてしまったのである」

 

 アルディの言葉に綺凛は、目を丸くしてしまった。そのことは全く考えていなかったと驚いていた、そして自問してしまう。

 もしそうだったら、手を抜かれていた? でもなぜそんな余裕を見せなければならない、始めの不動の一分間で懲りたのではないのか? 戦力の逐次投下なんていうのは一番やってはいけない愚策だ、AIである彼がそんな誤ちを犯すはずがない。戦いが始まってからは人の手は入っていない以上、彼の判断で全ての行動が決められているはず/勝利のための最善方法をとったはず。ただ、もしその大前提が間違っていたとしたら、これまでの戦いに彼は何を求めていたのか……。

 

 必死に考え続けていると、ふと、アルディの顔が視界に映った。ソレは面白がっているような、微笑ましいものでも眺めているかのような、敵に向けるものとは真逆のものであった。

 ソレを見て綺凛は察した、そして顔をしかめた。……冗談だったと、気づかされた。

 無言でムッと睨みつけてくる。そんな綺凛を面白がっているとアルディは、肩をすくめながら言った。

 

「貴君の言った通りだとしても、何の痛手にもならん。壊れたらその分だけプラーナで補てんすればいいだけ、マナを変換して新しい部品を再構成すればいいだけである。戦いにおいては非効率かつ無駄な消耗ではあるが、コレは団体戦でも戦争でもない。我輩と貴君との一騎打ちだ。大量消費を続けても問題はない、それでもなお持久戦では我輩に分があるぞ。……勝利は揺るがんのであるよ」

 

 百万越えと一万未満。その歴然たる保有プラーナの差が、全てを物語っていた。それは、どんな武器も技もハッタリでも覆せない、理不尽なまでにハッキリとしたゆるぎない壁だった。……今まで出されてきたカードの中で最強の、切り札だった。

 何も言い返さないでいると、アルディが代わりに続けてきた。

 

「貴君のことだ、3つ目は、我輩の想定は甘すぎる、とでも言うつもりだったかな?」

「……いいえ。

 すでに私の勝利は決定していました。この《朱羽》を抜いた、その時から。ただ……、そこまでの賭けにでられるとは想定外でした。貴方を壊す以外で勝つ方法が、わからなくなりました」

 

 言い切ると、憐れむような瞳でアルディを見つめた。その命を惜しむかのように、奪ってしまうことを悔やむかのように、止むに止まれぬ流れに思い悩む。炎の嵐を巻き上げている巨人を見つめていた。

 そんな綺凛をみてアルディも、顔を伏せて瞑目した。最終勧告を受け入れてもらえなかったことを、何とか飲み下そうとしていた。

 

「……どこまでも膝は折らぬか、刀藤綺凛」

「はい。最後の秘剣は、貴方を完全に破壊してしまうので―――」

 

 傷口を抑えていた手を、柄に戻した。両手で掴み直し立ち上がると、正眼に構えていった。ゆったりと自然に、何の力も込めず導かれるようにして―――

 

 

 

 ピタリと、周囲の風景に嵌った。

 

 

 

 その位置以外にはありえない、名匠が心血注いで描き上げた完璧な絵画。無くてはならないピースが嵌められたかのように、毛筋一つブレても成しえないほど溶け込んでいる。周囲と綺凛との境界は消え去り、一つになっていた。アルディによって荒々しく鳴動させられている混沌の中、そこだけは静謐さを保っている。

 

 

 

 

 

「―――真刀《神威吹》」

 

 

 

 

 

 微睡んでいるような半眼とともに、つぶやいてきた。その姿にアルディは思わず、息をのんで見とれてしまっていた。

 

「伝承では、『真刀に斬れぬもの無し』と言われています。文字通りあらゆるものが、形のないエネルギー体も高次元存在ですら、斬れる」

 

 どこに焦点を合わせるでもなく、預言を告げる巫女のようにそう言い切ると、顔を上げた。対峙していたアルディに、視線を合わせた。

 

「もしそうならば、貴方の死の未来もきっと、切り裂いてみせる……かもしれませんね」

 

 ニコリと、朗らかな微笑みを向けながら言った。

 巫女でも剣士でもなく年相応の少女として、この戦場にはあまりにも相応しくない笑顔で。先までの暗い憐れみが嘘であるかのように/迷いから覚めたかのように、陽だまりの匂いを醸しながらそう宣告してきた。

 

 

 

 




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