我関せずと観客の一人となっていたリムシィは、青い竜巻を吹き上げた相棒を見て、初めて眉をひそめた。内心に焦りを生じさせていた。
パーツの換装が終わったその時から、自分の役目は終わり。ほぼ非武装な自分には何もできない/することもない。戦いには手を出さなければ口も出さない、ただ記録をとる傍観者でい続ける。……そうするつもりだった。
それは、マスターたちが設計し作り上げた自分たちの体への、絶対の信頼ゆえだ。本来の機能を取り戻したアルディに勝てる人類はいない。混沌とした戦場には絶対など存在しないが、この限られた闘技場の試合の中ではあり得る確率だ。どれだけ相手が強かろうとも関係ない、自分たちパペットの限界は人のそれよりもはるかに上回っている。自分のやるべきことは、アルディを目の前の戦いに集中させることだけ、獲得した戦闘経験を正しく記録媒体に保存すること。敵と肉薄している彼では、どうしても主観で貴重なデータを汚してしまう。その負担を軽減させるために、自分が受け持つ。全身の観測機器をフル稼働させて、この戦いを余すところなく記録し続けていた。人間らしさなど必要ないので表情筋は停止、顔は能面になったかのように固まっていた。
だが今、想定を超えた状況が現出してしまった。リムシィの演算処理装置は、相棒の大量かつ高濃度のプラーナの噴出でみせる威容とは逆に、彼の敗北可能性をたたき出していた。
それは、彼女の中ではあり得ないことであった。演算のやり直しを命じたが、結果は同じ。信じざるを得ない、傍観者のままではいられない。自らの役割を逸脱せざるを得なくなった。
『―――おいデカブツ、デグノ坊、ポンコツ、すっとこどっこい! ……アルディ、聞こえてますか?』
明け透けな罵倒を叩き込むも、敵と対峙しているアルディの背中に動きなし。いつもならわかりやすリアクションを返すのだが、微動だにしていない。プラーナの噴出によるマナの乱雑な変換が電磁場を乱しているのか、互いの煌式武装を介した直通の秘匿通信ですらノイズで汚されていた。
こちらの声は伝わっていないかもしれない、そうなったら自分にはもう止める手立てがなくなる……。そう苛立ちを感じ始めた寸前、視界モニターに小さなアイコンが点灯した。確かに送受信されていることを示すアイコンだ。
繋がっていることはわかった。返答がないのは、それだけ敵に集中しているからだろう。聞こえていることを前提に続けた。
『暗号通信です。そのまま黙って聞きなさい。
今からアナタをシャットダウンさせます。巻き込まれないように、コアプログラムと戦闘データは圧縮して保存しておきなさい』
問答無用にそう宣言すると、すぐさま行動に移した。指令コードを送信しようとした。
『ま、待つのである! 戦いはこれからではないか、なぜそんなことするのであるか!?』
慌てて止めにかかった。思わずリムシィへ振り向きそうになったが、何とか抑え込んだ。
動揺するアルディをよそに、リムシィは冷徹に続けた。
『アナタがマスターからの最優先コードを無視してるからです』
『そんなことはない、断じて! 我輩は勝利のためにすべきことをしているのである』
『そんな状態のまま戦えば、アナタは自壊しますよ?』
『……あるいは、かもしれんな』
脅しにも怯まず、逆に冷静になっていった。そんなアルディの様子に眉をひそめた。あえて言葉にして説明するのも愚かなことだったのに、訂正しようとしない。
苛立ちがつのりながらも続けると、驚くべき答えが帰ってきた。
『だったら―――』
『ソレの何が、問題なのであるか?』
一瞬、わが耳を疑った。想定外の返答/冗談のような軽い調子もない。通信機器と解析機器・言語変換プログラムが異常をきたしてしまったのかと、即座に精査した。
結果は……、正常。自分にもアルディにも、何の異常もなかった。
混乱を押し隠しながらも、正当な理由を続けた。
『マスターから試合の勝利条件として、機体の84,6%未満のダメージで納めなければならない、と課せられれています。現状のアナタは既にその限界値を越えている、次に刀藤綺凛と激突すれば間違いなくそうなります。ソレを防ぐためには、私がアナタの強制シャットダウンを敢行するしかない』
暴走を責め立てるための言葉。だが、自分に言い聞かせているかのようにも聞こえてしまった。そんなことはありえないと、頭を振る。どうして迷いが生じているのか、その震源地の所在がわからず不安定になっていた。
『……リムシィ、どのような計算式を使ったのであるか? それは本当に合っているのであるか? 我輩の演算上では余裕があると出ているぞ』
無神経なアルディの問いに触発されたのか、不安定が苛立ちを形にした。
キッと睨みつけていた、胸の内だけでなく顔そのもので。そして、苛立ちを極限まで抑え込み冷静さを何と保ちながら、皮肉を吐き出した。
『……確かに、私の演算は間違っていたようですね。アナタのお頭の損傷具合を甘く見積もっていました』
『失礼な! 機体に傷はあっても頭は正常である。我輩のコアが左胸部に収まっていると知っているであろう、そこにはまだ傷一つつけられておらんのであるよ』
『ならばどうして、そんな素っ頓狂なことを言ってくれたんですか?』
この会話自体が無意味だと、己を構成する演算機能の大半は告げていた。こぼれる言葉と吐き出す己・存在を規定しているコードが、全くかみ合っていない。苛立ちでさらに顔が歪まされていく。
早々にシャットダウンを実行しろ、それでこの不始末を収めろ、もう議論の余地など残っていない……。しかしまだ、わずかばかりの猶予があった。分水嶺は遠に過ぎたが、消失点たる激突の瞬間はまだ先。全会一致でもなく、ほんの僅かばかりは意味を見出している。がなり立てる全ての『正論』を無視して、ソレを優先させていた。そうしろと軋みを上げ続けている矛盾が告げていた、ソレがいつの間にか最優先事項に変更されている。
『お主が無事であるからだ。沙々宮紗夜につけられた損傷以外には、何も傷がついておらん』
再び想定外の答え、再び言葉に詰まらされた。
だが驚くよりも、すぐさま意図を探った。言葉の意味の奥に潜むものを掬いだしていく。
『……私たち二体の合計の割合じゃない、単体でのダメージを指しているはずですよ?』
『確かにそうであるな。試合開始から三分ほどまでは、ソレが正しかったのである―――』
ならば何故……。訝しがりながらも言葉にせずそう問うと、答えが帰ってきた。
『だが今の我輩たちは、互いの機体を結合させているのである。我輩とお主を分ける境界はなくなっている。ゆえに、我輩のこの機体が全損したところで、最大でも50%の損壊でしかないのである』
一瞬、何を言われたのかわからなかった。唖然としてしまった。
だが、思考は止まらずに回転を続けていく。バカバカしいと一笑にふせず/何を根拠にそんなことをと時間も無駄にできず、言葉の真偽を客観視した。
導き出されたのは……、アルディは正しい。自分の前提が間違えていた、単純で明快な事実だった。そもそもソレは、すでに答えとして出していた/改めて演算する必要すらなかった。自分はソレを無視し続けていた。
異常を来していたのは、自分の方だった!? でもなぜ、どうして……。視界が揺れた、体が傾げていく。倒れそうになる寸前で堪えた。
無視し続けていた胸の内の戸惑いが、形を成して暴れ始めていた。まるでウイルスに犯されてしまったかのようだった。直接触れなければハッキングなど不可能なのに、純星煌式武装の攻撃にも耐えられる高硬度の装甲に包まれているのに、強力無比かつ触れた不届き者には手痛い報復をする攻性防壁に守られているというのに―――、あまりにも不愉快だ。
怒りがこみ上げてくると、その勢いに乗って混乱から無理やり起き上がった。そして、震えを可能な限り抑え込みながら、答えのわかっている問いかけをした。
『……ソレはもともと、アナタのパーツでしょ?』
『だが我輩には使う権限がなかった。今もその裁量はお主に委ねられたままである、強制シャットダウンができるぐらいにはな。そんなもの、我輩の独自のパーツだとは言い切れまい。それに、もしそうだと言ったとしてもだ、損壊限界を超えることは無いのである』
アルディに渡したのは/戻したのは、煌式武装と装甲の一部だけ。いつでもパージできプラーナに余裕があれば再構成可能なソレらは、勝利条件の対象には含まれてはいない。破壊された左腕の分のみで計算すると、アルディが全壊したとしても、条件は余裕で達成している。自分たちに刻まれている最優先命令に叶っている。
わかり切った答えに舌打ちがこぼれそうになるも、いつもの調子が戻っていた。溢れようとする何かを抑えきる、無機質な冷静さを幾分か取り戻せていた。
リムシィが何も言わずに黙っていると、アルディが畳みかけてきた。
『我輩にもお主と同じ制限がかかっているのである。それでもなお、このような無茶ができた。フリーズなど起こらん。……これこそが、答えなのではないか?』
『マスターがソレを望んでいると?』
『そこまでは言っておらん。ただできるということだけである。
おそらくマスターたちは、このことを考慮に入れてなかったのであろう。もともと我輩が現状の姿になるのすら、意見が対立していたからな』
アルディの指摘に眉を顰めるも、否定はしなかった。不敬なことではあるが、おそらくそのような不備があったことには同意できる。対立を整合させることに労力を使ってしまって、後のことまで手が回らなかったのだろう。自分の機体には不満はなく感謝すらしていたが、ため息がこぼれてしまった。
言い返せずに悩んでいると、ふいに、アルディの忍び笑いが聞こえてきた。くつくつとかすかな、笑い声。
『……何がおかしいんですか?』
『いいや。別に、どうということでも無いのである。ただ面白いと、思っただけでな』
要領の得ない言葉だ、顔をしかめた。悪意は含まれてはいないようだが、意思疎通ができていない/自分にはない情報がある。……ソレがどうにも、気になって仕方がない。
『その理由を問うているのです。アナタごときに笑いものにされるなど、癪に障りますから』
『誤解するでない、馬鹿にしているわけではないのである。むしろその……、むず痒いというのか? 背中の辺りがこう、ムズムズするような―――』
『あなた機械でしょ? そんな触覚か痛覚なんてあるわけないでしょうに』
『例えの話である。人ならこう言うだろうという言葉だ。我輩の言語プログラムは身体感覚を基盤に組まれているゆえ、そのような言葉が優先して選ばれてしまうのだ。……うまく表現できんだけである』
最後にぼそりと、言い訳を漏らした。その調子と姿を思い浮かべると、いつの間にやらたまっていた溜飲が下がっていく。口元が緩んでいくのを感じた。
二体で戦う時、主に前衛と防御を担当しているアルディは必然、近接でジェネステラたちと対峙することが多くなる。強靭な体を持つ超人との近接戦闘は、コンマ数秒の間で致命の激突が繰り返される。できる限り神経回路を高速化/効率化させる必要がある。それは、自然と浮かんできてしまう思考にも及ぶ、ソレを形にし表現する言葉も『早い』ものでなかればならない。感覚と感情をダイレクトにつなげられる言葉を、身体感覚をそのまま表す/そのような思考へと矯正されていた。ただ、自前の感覚を持たない機械である彼には、身体感覚というものがどういうものか理解できない。理解できないものを理解しているかのように振る舞わなければならない。そこに、大いなる矛盾が存在している。
己が感じとったものを言葉にしようと悩む、決まらずに呻いていた。そして、簡略化することができないと悟った。ぼそりと独り言のように、そのままを伝えてきた。
『いつも冷たく無関心だったお主が、我輩の心配してくれる。それが無性に……、不思議なことだと思ってな』
『不思議? 要領がつかめないですね、一体何なのですか?』
『お主にはそのような、人格プログラムが搭載されていると思っていたのだ。マスターからそうアレと命じたままにそうしているだけ、先に入力された行動パターンをなぞっているだけだ、我輩と同じようにな。だが……、違ったのであるな。お主はルーティンから抜け出しておる、お主の人格では選ばんような言葉を出してきた、行動をとってきた。それらは実にらしくないのだが、無理もなく自然でもある―――』
何を根拠にそんなことを……。そう喉元までせりだしてきたが、口から出ることは無かった。
ソレは現状、自分自身が感じていることだった。理解不能な問題でありながら、どういうわけだが正しいとわかっている。途中の計算がすっぱ抜けていながら、答えだけが降りてきたようなものだ。人でいうところの直感に近いものだろうが、AIである自分にそんな機能は搭載されていなかった。そもそもそんな不安定で不確実で誤謬の多いツールなど、搭載できるものだとも考えられない。……ただ、あるはずがないのに、そうとしか言いようがない、あらゆる可能性を排除した先にソレが残った。
『我輩の中には、この意味不明を表す言葉は『不思議』であった。ソレを『むず痒い』と感じさせられた。そして、それら全てが微笑ましいものだと……、思っておる』
『私がアナタの、心配を……している?』
そんなことあるはずがないのに、一体彼は何を言っているのか……。呆然と、言葉がこぼれ出ていった。
『このような会話をするのも、初めてだった気がするのである。記録上ではそんなこと、ないはずであるのになぁ』
独り言のようにつぶやいてきた。そこにリムシィのような焦燥感はなく、ただ事実をそのまま垂れ流しているだけ。わからないことでアルディは揺らいだりしない。
もはや収拾がつけられない混乱に、解をつけるのは諦めた、棚上げにすると、呆けていた顔を引き締め直した。ソレを閉めるための蓋を口に出した。
『私の進退にも関わらることだからです。アナタがただの資源の無駄遣いだとバレてしまったら、私までそのような扱いを受けてしまうかもしれない。だからソレを……、避けたいだけです』
無理やりに切り捨てた、リムシィの中で導き出していた大多数の意見=マスターの書いたコードに従った。平静で冷徹で、己の進む道に一片の疑いもないいつも通りに振る舞っても見せた。……怖れや不満などみじんも、見せてはいなかったはず。
なのに、ソレを聞いたアルディは、堪えきれんとばかりに笑いだしてきた。
『―――ぷッ、ぷはっはっはっは!
また珍しいものが聞けたのである! そんなとってつけた様な言い訳まで、してくれるとはな』
『なッ、何を根拠にそんなことを! 言い訳ではないです。私は本当に、ソレを避けたいからと―――ッく!』
吐き出しきる寸前で、何とか堪えた。だけどもう、幾分も遅かった。
あまりにも早く反応してしまった、嘘で隠したことを公言してしまったようなものだった。恥ずかしさと腹立たしさで、アルディの背中を睨み付けた。今向かい合っていないことは、運が良かったことだと心の奥底から思う。
『まぁ、そこで見ているのである。マスターにもお主にも、幻滅させないような戦いをするのである』
『……それは望み薄ですね。期待しないで待ってます』
『激励、感謝するのである!』
皮肉を無視して朗らかにそう言い切ると、通信をきってきた。もう必要ないと、リムシィはシャットダウンなどしないと確信しているかのように。
それは事実、本当のことであった。勝ち逃げのような一方的な切断に憤懣やるかたないが、だからといって仕返しで何かしてやることもできない。―――もう、タイムリミットは過ぎていた。
『どちらにしろこの流れでは、我々が勝つ。でしょうから……』
負け惜しみとばかりに、独りつぶやいていた。ただその顔は、嘆息ですらグッと飲み込まざるを得ないほど、暗く沈んでいる……。
結果的に自分も、『最優先命令』を無視してしまった/させられてしまった。そこには当然のこと悔しさがあるものの、いっそスッキリしたような晴れやかな気分にもなっていた。二つの矛盾した感情がブレンドされている。……ただそれは、彼女の内側だけ、プライドの問題でしかない。
どこからともなく生じた感情に左右されることなく、目の前の試合の結末を演算してもいた。その確かな推察が、これから起こる未来を見せてきた、自分たちの勝利を告げていた。―――アルディの滅びを予言した。彼の犠牲の上に自分は、勝利をつかむ。
ソレを思うと、なぜか/理由もわからず、顔が曇っていった。
向かい合う綺凛とアルディは、静と動/凪と嵐。対極でありながらその力は同格、互いに一歩も譲らない/染め抜くこともできないでいる。
無言のまま、視線をはわせているだけだ。だけどソレは、言葉以上/刃以上に激しいつばぜり合いであった。二人の間の空間には、目に見えない剣気と戦意が入り交じり火花を散らしている。
ピリピリと帯電する空気、息するのもままならない戦場、二人以外の誰かがそこに立つことを許さない何かが顕現していた。異なる極に揺り動かされ続けている大気中のマナが、無色のエネルギーを膨らませていたのだ。ドンドンどんどんと溜まっていき、闘技場すべてを圧迫していく。
ソレがはち切れる寸前、どちらともなく口火を切った。互いに踏み込んだ。天井へと巻き上がり続けていた竜巻が、綺凛がいた方向へと吹き荒れる―――
闘技場の中央で、爆裂が起きた。
長々とご視聴、ありがとうございました。
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