二人はどちらかともなく、弾けた。残影を置き去りに、闘技場の中央で衝突する。
その直前、綺凛の刀の間合いにぶつかる寸前、アルディが槌を大きく振りかぶった。
「フンッ―――!!」
纏っていた竜巻が槌に集約、爆風が扇状に発射された。
まるで津波、マナの電光と礫を帯びた濁流は恐竜の顎でもあった。怒涛の如く噛み砕かんと迫り、選手たちと観客を隔てる壁にぶち当たっていく。
綺凛はソレをよけず、横にそれることもせず。ヘッドスライディングするかのように身を投げ出した。地面すれすれで滑り身を伏せると、空いた片手を獣の爪の如く地面に穿ち楔にした。その場でやり過ごす。言葉通り首の皮一枚先で通り抜ける削岩機が、背中をガリガリと削り肉と血を削いでいくが、堪えて耐える。
激震、爆音……。そこには、隕石が衝突したかのような有様が、出来上がっていた。
半透明の防壁は粉々に破壊され、その先の物理的な壁まで穿たれていた。その影響ゆえか、選手たちを覆っていた強固なエネルギー防壁は全面、消え去っていく。そこに投影されていた観客たちの映像は消え去り、あとには伽藍堂の荒れ果てた廃墟だけが露わになった。
そこにいたのは、始めから4人だけ。頑丈ながらも広々としている空間が広がっていただけだった。観客の安全を守っていた/ジェネステラ達の戦いを見世物に仕立てていた《位相防壁》は、アルディの一撃に耐え切れず破壊されてしまった。
観客たちの混乱が、雑音混じりに聞こえてくる。何が起きた? どうなった? なんでいきなり見えなくなったんだとのか―――と、どよめきが広がっていた。しかし、通信は回復しない。復元しようにも闘技場側の映像送信装置は壊れていた。観客たちには、何が起きているのか見えなくなっていた。
地面を薙ぎ払う竜巻をやり過ごした綺凛は、その伏した状態から一気に体を跳ね上げ、アルディの懐まで跳んだ。地面に並行させた刀はそのまま切り裂き続ける、金属のすれる甲高いを立てながら赤の線を引く。そして、剣身全てを地中に沈ませ、突進の勢いを殺した。急ブレーキでギリギリ力が拡散してしまう寸前/体の前面に溜まっていたベクトル全てが刃先に流れ込むと、ほぼ直角に急上昇。切り上げようと刀を地面から噴出させた。
巻き上げ撹拌させた土埃の雲の下から現れ、牙を突き立ててくる綺凛。急に足元から現れた。死角と虚を突かれたアルディは目を剥くも、すぐさま対応。槌の石突きを叩きつけようと振り下ろした。綺凛の眉間を穿とうとする。
ほんの一息だけアルディが早い、綺凛はよけられない。だが、まっすぐに敵だけを見据えるその瞳に、揺らぎは微塵もない。切り上げる刀もブレていない。……彼女には、目の前のソレが脅威だとは映っていなかった。
石突きが叩きつけられる寸前、『力』は発動していた。アルディの腕に、不可視の斬撃が具現化した。
いきなり現れた衝撃に息を呑む、不意の一撃に腕は簡単に曲がっていった。
既にその『力』は知っていた、任意の場所にマナの刃を具現させる力は知っていた。だからこそ、それを防御するため大量のプラーナをまとった。だが、ソレを突き破って叩きつけられた。突こうとした石突きのベクトルがずらされた、綺凛のこめかみを軽く切り裂くだけに終わった。
代わりに綺凛は、アルディの横を走り抜けた。同時に、その太ももを切り裂いていく。
「ぐぉぉッ……!」
足に力を入れられない、重心が崩れた。体が傾ぐ、振り向けない。だけど、後ろに綺凛がいることは分かっている。
背中の羽を槍にして、突き込んだ。反撃にうちこむ。
迫り来る羽槍を綺凛は、振り向かず見切り紙一重で躱した。羽槍は空を穿つ。外した一撃だがアルディは、射出の勢いでバランスを持ち直す。
勢いのまま体を捻り、殺さず加速させると、槌を大きく振り回した。その槌の頭は今までとは違い、高速回転し巨大な球体のようになっていた。周囲の空気を巻き込み圧縮し、唸りを上げている。
強大なエネルギーが込められた槌、棒付き爆弾。ソレを大きな半円を描きながら、綺凛をたたきつぶそうと打ち下ろされた―――
自爆まがいの攻撃、己の損傷など省みていないのだろう。地面を叩けばその余波が、砕けた瓦礫や砂塵が弾けてアルディもタダでは済まない。爆撃を込めた大振りの一撃は、自分と綺凛との耐久力/持久力の差を鑑みての攻撃法だ。自壊を厭わずに力を使えば、どれだけ素早く技が上の相手であろうと一糸報える。……ただしその『一糸』は、天突く巨人のソレだ。
槌の一撃が叩き落とされる―――寸前、再び力を発動した。先ほど斬ったばかりのアルディの太ももに、斬撃を発生させた。
太ももに食い込んでいくマナの刃、アルディは踏ん張りを失う。たまらず再び体勢が崩された。唐竹割に叩き落とされる槌の軌道が、わずかばかり横に逸れる。
だけど、振りそのものはなくなっていない。直撃せずとも余波で大ダメージは必至。ソレを悟っていた綺凛は、すかさず非殺傷領域へと飛び込んでいた。地面に衝突し炸裂する寸前、爆心地の頭上/打ち込んだ槌の頭上に自分の身を飛び込ませていく―――
轟音が、あらゆる音を吹き飛ばした。
体の芯まで揺さぶり意識を吹き飛ばすような爆音、耳の奥がキーンとつんぐさんでいる。鼓膜が破れてしまったのか、まるで深い水中にいるかのように何も聞こえない、自分の鼓動と呼吸の音しか聞こえてこない。
そして炸裂する礫弾、火山の噴火のごとく爆裂した。またたく間に、周囲一帯に巨大な散弾の雨を叩きつける削っていく。掘り上げ巻き込み新たな散弾へと変えて広がっていった。
叩きつけた槌を中心に、巨大なクレーターが出来上がっていた。闘技場の地面全てを凹ませ、観客席であった急斜面の壁をズタズタにしていた。
その爆心地の中心には、彫像のように佇立しているアルディが一人。体中傷だらけ穴だらけで、内部構造からの漏電をパチパチと燦めかせていた。そして、クレーターの斜面/闘技場だった場所の中腹付近に、全身ほぼ血だらけのボロ雑巾の有様の綺凛が、片膝をついてい刀を構えていた。
アルディは、自身の起こした噴火に巻き込まれて、装甲が削られたり穴を開けていた。内部構造にまでダメージが広がりスパークを鳴らしている。しかしその損傷を埋めるかのようすぐに、青色に染まったマナが集まってきた。壊れた箇所を補填し修繕するかのように、マナが別のものへ/自身の機体の部品へと変換していった。重大な損傷はまたたくまに直されていく。
綺凛は、非殺傷地帯に逃れたものの、余波と吹き荒れる爆風までは躱せず吹き飛ばされた。もみくちゃにされ受身も取れず、錐もみしながら抉られた斜面に投げ落とされた。その落下の衝撃に、体のどこかでゴキリと嫌な音が鳴った。ソレが肺か内蔵の何処かを圧迫しているのか、その場で声にもならない呻きを上げる。視界が白霧に包まれパチパチと星が煌めいていく、意識を失いそうになっていた。だが、ここで気絶したら次はない。もう起き上がれない、体は限界を超えた酷使に悲鳴すら上げられず窒息していた。無明へと引きずり下ろそうとする全てを払い除け身を起こすと、次の激突に備えて刀を差し向けた。顔は見る者を凍りつかせるほど蒼白、視線すらまだ茫洋と定まっていない、漲っていた戦意は風前の灯。だが剣先だけはまっすぐ、立ち向かうべき敵を指し示している。
すぐさま回復していくアルディと、ほんの少し押すだけで壊れるような綺凛。優勢であるアルディであったが、その顔は油断なく相手を見据えていた。極度の緊迫感で張り詰めている。
おもむろに、自身に付けられた傷=修繕が全く進まない箇所をそっとなぞると、息を呑まされた。おもわずそこに目がいってしまった。ソレをつけた目の前の強敵と交互に見比べる。すると唐突に、理解が降ってきた。
「……どれだけ大量のプラーナを纏ったとしても、無駄というわけであるか」
見据えながらボソリと、怖れと賞賛をこぼした。己の対策が打ち破られてしまったことへ/見当はずれだったことへの後悔など、どこにもない。
綺凛の刀で斬られると、その表面に塗られている鮮血も付着する。体内で生成した微小な《マナダイト》を多分に含んだ鮮血、アルディの《絶対防壁》を突破するほどの力を持つソレは《ウルム=マナダイト》と言ってもいいものだ。純粋無色なウルム=マナダイトとは違い綺凛の血が混じっているソレは、微小な《純星煌式武装》と言ったほうがいいかも知れない。彼女の手から離れたとしても強大なエネルギーを吐き出し続ける、凶悪な放射性物質だ。彼女以外の誰にも操作することができない、いくら大量のプラーナを注ぎ込んでも従うことはない、純星煌式武装の使い手はたった一人だけ。傷跡に残留し続けるソレは、修復作用を拒絶し機体を蝕み続ける、彼女の力の起点として働き続けてしまう。一種の呪いだ。
(だが、傷跡ごと抉りとれば―――)
被害は最小限に収められる。何の問題もない。
人あるいは生物であった場合、ソレはすぐさま体内に取り込まれ全身に循環してしまう、一度傷つけられたら取り返しのつかないことになっただろう。だが、機械である自分には関係ない。何度も発動させれば力も失せて効果がなくなっていくだろうが、その間に新しい傷を作られては待つ意味がない。修復の手間はかかるが補修用のプラーナにはまだまだ余裕が有る、コア以外なら8割方破壊されても修復しきれる、ソレを十二回繰り返してもまだ足りる。それだけ圧倒的なプラーナの差がある。返して対峙している相手は、ボロボロですぐには攻勢に移れないはず、来たとしても再補修まで凌ぎきれる。ここで禍根は断つべきだった。
アルディはふとももの傷跡に触れると、そのまま、えぐり取らんと鷲掴んだ。
「―――ぬぐぅォっ!!」
直後、強烈な電流が走った。
身をこわばらせる、息が詰まる、全神経がその衝撃に痺れた。堪らず手を離してしまった。
(なんだ、何が起きた!? 一体、何が……)
恐慌で震えた。己の機体が、わけのわからない反応をかえしてきた。
もう一度、そこに触れてみた。今度は恐る恐るそっと……。
指先がほんの少し触れると、それだけでたちまち、先ほどの電流が全身に流れた。
再び呻くも、今度はなんとか耐えた。先よりかは弱い電流だった。だがそれでも、不快極まるものだった。何よりも危険なものだと、腹の底で理解させられた。まともに向き合ってはならない/潰そうなどと考えてはならないと、怖れとともに直感させられるもの―――。
アルディは自身の記憶装置から、ソレを表す言葉が引き出していた。
痛み、痛覚……。自分には備わっていないはずの機能。それがいつの間にか取り込まれ、稼働していた。
「……どういうことだ? 何故、我輩にこんなものが? ―――貴君が何かしたのか?」
怯えを隠しきれずに問うたが、綺凛は朦朧と刀を構えているだけ。聞こえているのかすらわからない。
「答えろ刀藤綺凛、我輩の体に何をした!」
鋭く詰問するも、綺凛は答えず。フラフラとしながら、鋒をむけるだけ。
そんな彼女を見返すとアルディは、舌打ちしていた。己の行為を恥じ入っていた、頭が沸騰しそうになる。
こんな軟弱なこと、彼女に漏らすべきではなかった。己の身一つで解決すべき問題だった。ソレが出来るだけの機能が自分には備わっている、できることを彼女には証明し続けなくてはならなかった。そのような無様な姿を見せるべきでは、なかったのに……。行き場のない憤怒に拳を固くする、思考は真っ赤に染まっていった。
だがそれは、意識表層部分、人格プログラムが稼働している領域だ。奥底の無意識層、機械として合理性のみを追求する冷徹なコアプログラムは、己の身に受けている損傷を解析し続けていた。全身と記録を隈なく走査し、痛覚が発生してしまった原因をえぐり出していく。すでに表れていた痕跡を辿り、答えを探り出していく―――
導き出された推測にアルディは、眉をひそめた。己で/コアが叩き出した答えが信じられない。ソレをもたらしたであろう元凶/綺凛の後ろで電子の歌を奏でている沙々宮紗夜に目をやるも、すぐには信じきれなかった。
「―――沙々宮紗夜の歌が、我輩の体に刻まれた貴君の血痕にまで影響している……のか? 刃にするための歌で変貌したソレが、痛覚の存在しない我輩に痛みの情報を流し込んできた。貴君の痛覚をコピーし我輩の体に……転写している?」
そんな馬鹿な……。自分で言いながらも、まだ信じきれなかった。ウイルスを流し込まれ、ソースコードが書きかえられた。ハッキングを受けてしまったなど……。
血痕は送受信機となっていた。直接有線回路で繋がっているようなものだろう。ソレがバイパスとなって、幾重にも張り巡らしていたファイヤーウォールの大部分は無効化されている。ほとんど丸裸も同然だった。
重要なコード、アルディをアルディたらしめているアイデンティティやコアプログラムまでは侵食されていないだろう。ソレを収めている演算装置と記憶装置は、純星煌式武装と直結しているため外部からの影響は全てはじかれる。ソレが防壁となってはじいてくれる。……ソレが、自分を使い手として認めている限りは。
怖気が背筋を走り抜けた/そのように感じさせられた。竦みで下腹あたりが強ばっていった/強ばらされた。自分にないはずの肉体感覚が、自分のものとして実感させられている。
「……コピーしたのは、痛覚だけではないみたいであるな。体感覚そのものが、転写されているのか」
脇から嫌な汗が染み出してきた。非常に厄介なことになった、形勢が逆転させられていた。
今までは無痛状態であった、痛覚そのものが存在していなかった。だからこそ、彼女の《連鶴》を捌くことができた。それを捌ききり反撃に至るまでの突破口が、機体の損壊を厭わぬことだった。切り刻まれる激痛に苛まれながら勝利をもぎ取るなど、そんな無駄を許容できるだけの計算領域はない。少なくともこの、コンマ数秒以下で激変し続ける戦場では不可能だ。このままでは、彼女の攻撃に対応できない。
冷や汗がまた、背中に流れ落ちた。絶体絶命の現状に、口の中が乾いていく。あるはずのない感覚に苛まれる。
(どうする、どうする、どうする!? 次に攻撃されば、彼女の刃は我輩を殺す。校章を守りきれん。戦いに負ける、負けてしまう、終わる―――)
焦燥感が、勝利のイメージを蝕んでいく。確立していた勝利への絵図がガラガラと崩れ去っていた。敗北の二文字が、その奥底から顔をのぞかせてくる。息は荒く、鼓動は乱れていた。
勝てない、負ける、負ける、終わる。こんなところで―――。敗北のイメージが意識を蝕んできた。
だがその奥底でアルディを焦らせていたのは、別の感情だった。恐怖ではなかった。
(もっと戦っていたい、ここで終わりなんて嫌だ! 何か、今の我輩にできる方法がある。……あるはずである―――)
マスターから与えられた使命を果たす、この戦いを継続させる、勝ってみせる……。その一念で、意識を染め抜かんとするイメージに拮抗していた。
だが、それもやはり怯えには違いなかった。
アルディとは逆に、人間性を限りなく削ぎ落とされていた綺凛は、フラフラとしながらも全身をアンテナにしていた。どんな微細なことも逃さない、余すところなく貪り食らう人外の感覚野。そしてソレが、捉えた。彼の怯みを嗅ぎ取った。
すかさず同時に、飛び出した。切り込んできた―――。
容赦のない突撃、驚愕に目を剥いた。見抜かれてしまった衝撃も受けアルディは、腰が引けてしまっていた。
プラーナを噴出させ、突風を撒き散らし応戦した。綺凛を吹き飛ばそうとする、接近させまいと弾き飛ばす。
時間稼ぎ、どうにかして突破口を見つけるまで接近戦は避ける、避けなければならない。あまりにも消極的な方法に、歯噛みした。今までの自分では考えられない弱腰、忸怩たる思いだ。
(だが、今は仕方がない。こうするより他、ないのだ―――)
「オオオォォオオオオォォーッ―――!!」
手をかざしおめき声を上げながら、突風に力を込めた。
怨嗟のような底深い唸り声を上げる暴風。質量もった風を前に綺凛は、いや誰であっても耐えきれない。それ以上近づけない、吹き飛ばされる……、はずだった。
吹き寄せてくる突風を前にしてひと振り、抜刀した。踏みとどまり刀を振るう。
扇状の剣線が煌き、空に焼き付いた。そのまま残心をとると、ピタリと下段に止める。同時にシュンッと小さな、風を切る音がなる―――
風が、斬れた。
綺凛を吹き飛ばすはずの突風は、彼女の前で左右二つに引き裂かれた。まるで切り立った崖がそびえ立っているかのように、彼女には触れられず避けて走り抜けた。向かう突風は髪をなびかせるだけ、そよ風に変わってしまった。
その異様にアルディは、目を剥いた。
「なんと! 風を斬るか―――ッ!?」
左右にまだ突風が吹き荒れる中、中央の凪いでいる細い道を駆け抜けてきた。
そんな彼女に向かって、腰部に備えられていた銃を差し向け、発射した。
凝縮したプラーナの弾丸。綺凛ならギリギリでよけられるであろう距離、牽制にもならない。だが左右は嵐、飛び込めば吹き飛ばされてしまう、ソレを計算に入れての銃弾だ。彼女は防がざるを得ない―――。
だが綺凛は、臆することなく銃弾と向かい合った。全て叩き切っては撃ち落としていく、《連鶴》の高速連撃で防ぎ続ける。刀と銃弾が奏でる小気味よい金属音が鳴り響いく。
切り裂かれ弾かれた銃弾が、彼女の前で霧散していった。弾の形を維持できず、無色のマナへと還元していく。それでもアルディは打ち出し続けた、機関銃のように撒き散らした。綺凛がその場から進めていない、足止めにはなっている。霧散する際の、色が抜けきれていない煙状のマナがどんどんと塗り重なり、彼女の視界をふせいでいく。薄紅色の靄ができ、視界は完全に塞がれていた。
その間アルディは、槌を彼女に差し向けていた。その突端を高速回転させる。空気を軋ませ唸り声が上がる、同時に纏っていたプラーナも注ぎ込みさらに臨界を破る、青い電光が幾筋も放電している。力を極限まで圧縮した、ハンマーヘッドに凶悪なエネルギーが収束していった。
できあがった、巨大な青の球体。地鳴りのような唸りを上げるソレを両手で支え、腰だめに構え反動に備えた。そして―――、引き金を引いた。
「《ウォルニール・ハンマー》、発射であ―――ぐぉォッ!?」
球体が発射される直前、腰部の銃が暴発した。不意の爆発にガクリと、体がよろめかされる。
暴発で体がくの字に曲げられ体勢が崩されてしまった。狙いがズレた。だがそのまま、発射されてしまった。綺凛を消し飛ばすハズが、あらぬ方向へと飛び去っていく。人工の竜巻が巨人の咆哮を上げながら、綺凛の目と鼻の先を爆進していった。
芯まで揺さぶる爆音、衝撃波。壊れかけていた防壁を穿ち、貫き、巨大な風穴を開けていった。
ギリギリで逸したとはいえモロに余波を浴びた綺凛は、堪らずに吹き飛ばされた。巨大な鉄球をぶつけられたかのように叩き飛ばされ、地面に体が削られるかのように転がされる。回転させられながら何とか勢いを殺すと膝立ちに起き上がり、刀を構え直した。鋒と視線を敵へと差し向け直した。土埃と流血でボロボロになっていたが、刃と瞳だけは炯々と煌きを失っていない。
アルディも突然の暴発で、後ろへと吹き飛ばされていた。大砲の反動でその場に踏みとどまれなかった。ただ、ギリギリ転倒させず、片足で踏ん張り続けた。地面には足で踏み止めた跡が一筋伸びていく。逆走が止まると、ただの分厚い棒になってしまった槌をしがみつくように、胸の前で構えていた。
自動的に突端へとプラーナが流れ込むと、同じハンマーヘッドを具現化していった。立方体の半透明な青い光体が先端を覆い、それが徐々に細かく分裂していく。ポリゴン状の肌理の荒い槌が現れ、段々と細かな質感と重量感を再現する。もとのヘッドができあがると、青の光は中に吸い込まれるように消え失せてた。高質量の物質まで具現化してみせた。
即座に次撃の準備を整えたアルディだが……、踏み出せないでいた。
暴発して壊れた銃を目の端で捉え、歯噛みする。舌打ちがこぼれた。まだ片方の銃は残っているが、危険すぎてもう使えない。同じように暴発する危険があった。あえて残されているのだと考えれば……、次の激突で自分は負ける。
己の怯懦が招いた結末だった。
接近戦は不利と見越して、遠距離からの銃撃・砲撃にシフトさせた。遠距離攻撃を持っていない彼女には、有効極まる戦法だった。一発でもこちらの攻撃が当たればいい、そうなればすぐさま倒れて戦闘不能になる、そんな瀕死の有様だった。プラーナの大量消費の物量戦で圧倒すると決めたのならば、遠距離戦はベストな選択だった。コアプログラムが下したその判断に従った、そうするしかないと思った、仕方がないと……。だが、それは思い違いだった。
自身が持つ最大の攻撃力を誇る《ウォルニール・ハンマー》。ソレを発射させるためには、纏っていた大量のプラーナを槌のヘッドに収束させる必要があった。溜めに時間はかかるが、そのための腰部の銃であり突風であり絶対防壁、その全てを押しのけて接近することは、誰であっても不可能。……そのはずだった。綺凛はソレを超えてきた。撒き散らしていたプラーナが薄れた隙を狙い、銃口部にマナの刃を展開してきた。同じ暴発でも根元にある銃弾形成部分が爆ぜていないのが、腰部から火傷の痛みが走らなかったのが証拠。銃口内か突端に刃が展開され、発射された弾丸に衝突させ爆裂した。
間合いから離れていて、傷跡全てには注意を払っていたから安心していたが、失念していた。彼女の力は任意の場所にマナの刃を具現化させるもので、傷跡に限定したものではなかった。イメージを瞬時に固め伝えられる寄り代であればいいだけで、目に見える傷跡である必要はどこにもない/斬れるイメージを刻める対象物ならどこでもいい。何度も銃弾を切り落としたのならば、次の弾丸はまた斬れる/弾倉内にあるうちに斬れる。ソレが同じ規格の同じ銃から発射される弾丸ならば、たとえエネルギー凝集体の半物質であろうともそうであるの尚更、傷跡が付いているのと同じだ。形成した瞬間に破壊される、銃は分厚い栓で閉じられていたのも同然だった。
おそらくは、次に同じことをすれば食い破ってくる。防壁と突風は攻略され、銃ははんば機能を失っている今では、射出する前に接近されてしまう。強固な防壁を張れない、最悪のタイミングで接敵される。そして、あの真っ赤な刃が、自分を切り裂いてくる……。
ぞわりと全身に、鳥肌が立った。
(……また、アレがやって来る。今度はもっと、強烈なものが……。
そんなものがきたら我輩は―――、耐えられるのか?)
予測される未来に息が詰まった、先の激痛を思い出し体の芯が凍りついていった。横隔膜が痛いほど握りつぶされているかのよう、心臓が引きちぎられるほどに絞られる。サァーと一気に、顔面から血の気が失せていた。知らず思わずに、腰が引けていく。後ろに一歩退いてしまっていた。
ジャリリと地面を食む音/自身の足裏の感触で、初めて気づいた。不思議そうにソレを見つめる。己のしでかした行為に、目を丸くしていた。
(……なんだこれは? この感覚は感情は? 我輩が、この我輩が怯えている……、のか? そんな馬鹿な、馬鹿なことが―――)
「―――ありえん!」
奮起して腹に力を込め直した。が、思うようにこもらず、浮き足立ったまま。重心が定まらない、腰がしっかりと座ってくれない。硬いしこりのようなものが腹に居座っていて、邪魔をしていた。
いつもと違う感触にと惑わされる。気合を入れ続けるも、入っていかない。ブルブルと震えていくだけ、呼吸と鼓動は乱れ続ける。不気味な幻痛が全身を犯していた。ソレがいや増してハッキリとしていくだけだった。……怯えているのを、悟らされた。
気づかされると、止められなくなった。ガクガクと、骨格自体が震えているかのようで……、止められない。喘息を起こしたかのように、上手く呼吸できない。
たまらず胸元へ、槌を引き寄せた。
「……どう、なっている、ので……あるか? なぜこんな、こんなにも……、寒いので、あるか? なんで―――」
自問自答、震えながらつぶやき漏らした。
答えは……、帰ってこない。コアは答えない/答えを持っていない。代わりに、身体機能が低下していることを、最善行動から外れていると警告するだけ。ソレをこと細かな数値やグラフにして表示してくる、なぜそんな無駄な行動をしているのか責め立ててくる。
震えは止まらず、さらにひどくなっていった。
カチカチと歯を鳴らし震えていた。今まで晴れ渡った大空を気持ちよく飛び回っていたのに、いきなり吹雪が横殴っている極寒の地に叩き落とされたかのようだった。自分が限りなく矮小にさせられたかのよう。システムアラートのがなり立ては、吹雪の風鳴と冷たさにしかならない、ソレを助長し激しいものにしていく。理解不能な恐怖が降り積もっていくと、体は縛られ思考も凍らされた。溜まり続けていくエラーとノイズに、フリーズ寸前になっていた。
―――き…………ま……すか、……ィ?
雑音にまみれて、誰かの声が聞こえてきた。
それが誰のものなのか、思い出そうとしていると、トスン……。相対していた綺凛が、一歩近づいてきた。
ほんの小さな軽い、足音だった。威圧も何もない。ただそれだけでアルディは、ビクリと巨体をはね上げていた。ヒッと悲鳴をあげそうになり、身をすくませる。
綺凛がさらに踏み出し、駆け出していく。地面を滑るように、飛ぶように迫りきた。手に握っている赤い爪を煌めかせ、叩きつけてくる―――
いつもなら果敢に迎え撃ったところ、突風を放った。彼女との間に分厚い壁をつくる。それで彼女を振り払うために……。
だがその烈風は、綺凛の一太刀で儚くも切り裂かれた。彼女を吹き飛ばせず左右に流れ、飛び去っていく。
さらに接近する綺凛に今度は、防壁を展開した。いつもと違って自分の身から少し離れた場所に、それで彼女がそれ以上近づいてこさせないために……。
だが壁は、早く展開しすぎた。巨大になりすぎ、収束も甘い、充分な硬度が生成できていなかった。追突する寸前、綺凛が再び刀を振るうと、たちまち、防壁は霧散してしまった。
「―――う、うあぁあぁぁ------ッ!!」
悲鳴じみた雄叫びを上げながら、槌を横薙ぎに叩きつけた。悪夢を振り払うかの様な攻撃、必死であるが定まっていない。
苦し紛れの大振りを綺凛は、余裕で躱した。
残心を考えていなかった大振りに、体勢が崩れた。振り回されるままに巨体が傾いでいく。それと同時に、綺凛の力が発現した。腹から胸にかけての斜め一文字の傷跡に、刃が展開。切り裂かれる―――
嘔吐くように、激痛を吐き出した。言葉にならない嗚咽を漏らすと、槌に流されるままに捻られ、転倒した。
綺凛はそんなアルディとは逆方向に走り抜ける/交差する。抜けると同時にその脇腹を、切りつけた。
胸部の激痛に加えての追撃、アルディの意識の許容量を超えた情報量に一瞬、フリーズしてしまった。
だが、自衛機能はまだ働いていた。背部に取り付けられた羽が槍となり、綺凛を突き殺そうと襲いかかる。
槍は綺凛着地するであろう場所に突き出された。だが、捉えたのは残影だけ。綺凛は振り向くこともせず素早く横にスライドして、躱した。そして、紙一重で通りすぎる槍に沿うように、体を捻る。その遠心力を刃にのせ研ぎ澄ませ、伸ばされた無防備な槍の柄を断ち切った。
急に切り離された槍の穂先はそのまま、地面を穿ち埋もれた。
残っている羽も迎撃に移った。突き殺すのではなく縦に真っ二つにするがごとく、振り下ろされていく。羽の刃。半月を描きながら急襲していく。
片方の羽を切り落とした綺凛は、すぐさま行動。迫り来る羽刃を前に一歩踏み出し、柄の部分に向けて切り上げた。綺凛の頭上に振り下ろされる手前で、高らかに切り上げた鋒が柄に到達―――、断ち切った。
羽刃は綺凛を切り裂くことなく、振り回された遠心力のまま彼女の背後へと飛んでいった。
―――おう…………さい、この………坊ッ!
脳髄の奥底からまた、声が聞こえてきた。頭のノイズが少し晴れる、そこを起点に機能が回復していく……。
二つの羽が切り落とされた後、目が覚めた。地面の上をゴロゴロと転がされていることに気づき、ようやくフリーズ状態から脱した。
何が起きたのか、何をしていたのか、どうして自分はここにいるのか……。頭は混乱しながらぼんやりと目を向けると、そこには、今にも刀を振り下ろさんとしている綺凛の姿が映った。
「あ……! うあ゛ああぁぁああぁぁーっ―――!」
悲鳴を上げながら、振り下ろされる刀を防ぐため、槌を前に掲げた。
ガキンッと、耳をつんぐさむ金属音。刃が槌の柄にくい込む。綺凛はそのまま押し切ろうと力を込め、キリキリと火花が瞬く。
だが槌は、断ち切れない。くい込んだ先へは進んでいかなった。
追撃を止めれたことに一息ついた。が―――安堵も束の間、脇腹に強烈な刺し込み。
「―――ガハッ!」
うめき声、肺の中にあった空気を無理やり絞り出されたかのように、苦悶で顔を歪めた。支えきれず、刀と直角になっていた槌の柄が斜めに傾いでいく。
その斜面を添うように綺凛は、刀のベクトルを並行させる、滑らせた。そのまま振り抜き、槌を握り締めていたアルディの指を削ぎ落とした―――
パラパラと舞い上がる己の指、傷口からは青い血が噴き出す、マナを染めた時に生じる色とよく似ている。血しぶきが吹き上がる。
削がれた自分の手を見て、なぜそんなものが自分の体内にあるのか問う。これは幻覚だと言い聞かせる。こんなものあるわけ無いと、自分にはこのような機能はないはずと、見せられた幻でしかない―――。
だが、思考の防壁が構築されるまもなく、雷撃は走り抜けた。瞬く間に全身を駆け巡る。
声にならない絶叫を、上げていた。自分の悲鳴で耳が聞こえなくなる。
あまりの激痛で視界にパチパチと星が明滅している。事実それは画像の乱れだった、痛覚がもたらした過負荷がスパークをおこし視覚を焼いていた。
堪りかね槌を手放した/落としていた。
泣き叫ぶアルディにかまわず、綺凛は追撃と踏み込んできた。ガラ空きになっていた胸部へ/校章へ、鋒を突き立てる―――。
アルディは痛みに囚われて、判断能力が失せてしまっている。この一撃で決着する。綺凛は勝利の確信を込めて、突き込んでいった。
だがその寸前、またしても防壁が阻んだ。中空に現れた青いガラス質が刃を食い止めた。即座に圧縮して展開された防壁で、鋒が届かない。ギリギリ阻まれた。
そのまま押しこもうと全身の力を込める、甲高い音を鳴らしながら金属溶接のような火花が吹き出してきた。ここまできたら力押し、ここで決める、決めなければ―――
「オああぁぁあァァァーーー------!!」
おめき声を上げながら力を込めた。柄頭に掌底を当て押し込んでいく、鋒が食い込んでいった。
ギチギチとにじり寄る、徐々に校章へと近づいていく。あとほんの数センチで届くまで迫いっていた。このまま突き破れる―――。
その確信は、耳朶に突き刺さってきた破断音とともに、崩れ去った。
ピキリッと、亀裂が走った。
刀の異常に気づかされた綺凛は、瞠目するも急いで力点を外した。防壁が展開していた箇所からも外しそのまま、アルディの肩を浅く薙いで走り抜ける。
振り返りざまに構え直して、反撃を警戒。そして同時に、刀の具合を確かめた。
こぼれたのは、舌打ちではなかった。ここ一番で役に立たなかったとの焦りではない、諦めとは違う納得がお腹の奥底からシミ広がっていった。
穏やかな眼差しを刀に送った。そして、刀身をそっと撫ぜながら褒める、今までよく耐えてきたと……。
鋒から中腹にかけて、いく筋ものヒビが走っていた。後ほんの少しでも無理に振り回せば折れる、砕けてしまう。何とか形を保っているだけの死に体、もうまともに使えない。打ち直す必要があった。
無理に無理を重ねた結果だった。体同様に刀のほうも限界だった、悲鳴を上げていた。……それがやっと今、聞こえた。
(……よく頑張ったね《千羽切》。あと少し、あと一撃だけで終わるから―――)
「―――それで、休ませてあげる」
顔を上げた。
横倒れにさせられたアルディは、何が起きたのか分からずただ痛みに呻き続けていた。ただ、危機は脱したことは肌で感じ取ったのだろう、落としたはずの槌を手繰り寄せている。盲目になったかのように、手探りで手繰り寄せようとしていた。……そんな有様を前にしても、攻めに転じられない。
次で決着させなければ、先がない。刀は砕けてしまうことだろう。怯え切った相手の隙を突くなどすれば、《千羽切》は無駄死にする。全てを込めなければ/一片の迷いも心から払わなければ、《真刀》は抜けない。
高ぶっていた鼓動を鎮め、正眼に構えた。静謐さを取り戻していく。そして、意識を空に/無我の境地に、周囲全てへと己を溶け込ませていった―――……
アルディは槌を掴むと構え直すが、そこには今までの覇気がなかった。ブルブルと震えてしまって一向に定まらない、逃げ腰に武器を構えていた。
軽口をだそうにも、舌が乾いて張り付いてしまったかのようで出てこない。ガチガチと歯が打ち鳴らされるばかり。そんなもの自分にあるわけがないのに、幻覚を払えない/自分の体だと直感させられていた。
呪われた現状から抜け出せない。自分の意識を演算しているコアが、同時にその幻覚を投影しているからだとは把握していた。通常の機体感覚と情報の優先度が同じだった、いやそれ以上に優先されるものだった。生身の人間のダメージを正確に分析する思考回路があるがために、自身に痛みを感じられなくとも他者/人間の痛みは知らなくてはならない。その情報を収集する指向が極まって限界を超え、今の自分の状態が出来上がっている。……幻肢痛に悩まされ続けるしかない。
ソレを修正する体感覚のフィードバックを自分は、持ち合わせていない。幻と現実の区別を付けられない。限られた計算資源を圧迫し続ける、人格は不要であると削られ続けていた/幻覚に占領されていく。
(今攻めてこられたら、今度こそ……終わる。我輩は負ける、殺される。……死ぬ―――)
その単語にゾクリと、背筋が凍りついた。
今まではそこになんの恐怖も抱いていなかった、元の物質に戻るだけだと考えていた。『死』がどんなものか理解していなかった。それなのに今は、震えるほどに怖い。今にもここから逃げたくてたまらない。動悸が激しくうまく呼吸できない、そんなものする必要などないのに/どうやってもできないのにし続ける。現実に何の反映もしない幻覚に苦しめられ続けた。
ソレを堪えて踏みとどまっているだけで、集中力の大半は使われていた、金縛りに遭っているかのようにそこから動けないでいた。
(……嫌だ、嫌だ、嫌だッ! もうあんな思いはしたくない、苦しいのは嫌だ、痛いのはゴメンだ! ここで終わるなんて、死ぬなんて……)
不意に、綺凛の言葉が思い出された。機械は人には勝てない、と。……まさにその通りだった。
機械であることの欠陥が露にされていた。
痛覚を/生体を持っていないことは、強みでもなんでもなかった。痛みは克服できる、人ならソレができる。ソレは、初めから無いことと同じ境地ではなかった。相手の行動パターンを即座に読み取り次の動きに反映させられる高度な学習機能に、意味はない。ソレが示していた先が現状だった、大量の情報に圧迫され/占領されて自身の特性である『自律稼働』機能が消されていく。消滅を恐れる/自己を保存をしようと人格が、ソレと対立する、機動を大きく損なってまで……。
設計通りに内側から、蝕まれ続けていた。全てが意味消失するフラット状態になるまで、蝕まれ続ける。一つ一つ、削られ続けていく―――
(そ、そんなことになるくらいなら、ここから……逃げる? 逃げる……。
そうだ、逃げてしまえばいい! そうすれば我輩は、助かるは―――)
『―――いい……に返……し……さいッ!』
ハッと顔を上げた。
雑音だらけ、途切れ途切れの通信だが、確かに聞こえた。リムシィの声……。
聞こえている旨を信号として送った。送受信されることで、雑音が晴れていく。
『…………何の、ようであるか、リムシィ?』
『よかった、やっと聞こえましたか』
安堵の吐息をこぼしてきた。その声にアルディも、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻していく。
『……随分と余裕がなかったみたいですね。先にあれだけの大口を叩いたのに、そのザマですか?』
開口一番、ため息混じりに非難された。冷たく糾弾してくる。
……何も、言い返せない。
つい先ほど、逃げ腰が極まって逃げ出そうとした自分だった。今も怖くて怖くて、膝がガクガクと震えていた。もはや戦うどころではなかった、マスターの命令を遂行するなど不可能だった、ソレを反故にしようとまで考えていた/後一歩遅かったらそうしていた。……今の自分は無様だった。
情けなさに涙までこぼれそうになると、代わりに別のものが零れてきた。
『―――さ、寒いので、ある。まるで……、極地に立っている、ようで。震えが……、止まらない。上手く、動けないので……、ある』
弱音をはきだしていた。
これでは戦えない、怖い。今すぐ逃げたくてたまらない、身動きがとれない、声まで裏返っていた。今も侵食が進んでいる/立っているだけなのに犯し続けている。これ以上続ければ、あと一撃でも斬られたら確実に―――。
ブルリと、身震いした。その言葉を思い浮かべるだけで、体の芯が冷えてしまう。
一度堰を切ってしまったからか、耐えてきた思いが溢れてきた。
『我輩はもう……ダメだ。ここから逃げたい。逃げたいのである……』
『でも、一体どこに?』
『……こ、コアを切り離せばいいのである。この機体から。そうすれば―――』
『情報汚染がコアに到達していないとは、限らないですよ? そうなっていたらアナタ、完全に無防備です。そもそも、切り離されたコアを守る術がないでしょうに。コアを直接彼女に斬られたどうするんですか? それこそ……、悪夢ですよ』
逃れられない。どこにも逃げ場が、ない。この責め苦は終わりまで続く……。
絶望で、全身の血の気が失せた。顔は蒼白を越えて土気色にまで抜け落ちていた。ソレは纏っていたプラーナにも現れた。噴出の勢いが失せ、電光は鎮まり、染色した青も抜け落ちていった。
『だったら! ……だったらどうすれば、いいのであるか?』
罵倒を抑えきり、縋るような涙目で訴えた。
すると、救いの手が差し伸べられた。
『私が対処します』
一瞬、何を言われたのか分からず、放けてしまった。
『―――何とか、できるので……、あるか?』
『はい。そのためには、至極残念極まることですが、アナタの許可が必要です。―――私がアナタのコアにアクセスすることを、許可してください』
その一言でアルディは、彼女が何を言わんとしているか悟った。
先までの怯えは棚上げに、叫んでいた。
『だ、ダメである! そんなことをすればお主が……、壊れる』
コアにアクセスする。外部から手を加えれば、修正することは可能だろう。だが同時にそれは、蝕んでいる『呪い』までリムシィに流れ込んでいくということだ。彼女もこの苦しみを味あわされる、彼女まで呪いに汚染されてしまう。被害が彼女に広がるだけで終わる可能性もあった、そちらの公算の方が高い。
『我輩ならば耐えられる、《純星煌式武装》が侵食を遅らせている。だがお主には、そのような防壁はない。今我輩が身に受けている以上のモノが貪ってくるはず。……全て破壊されるぞ』
『わかっています、無事に済むとは考えていません
だけど、時間は稼げます。私の計算領域を繋げれば、浸食作用は薄まります。フィルターとして使えば、一時的にもとの万全状態にも戻れます。……今の腑抜けた状態では、次の激突で真っ二つにされますよ』
反論できない、全くの正論だった、どうしてそれに気づけなかったと思うほどに。そうするより他仕方がない現状だった。言う通りすべきだ。
なのに、理論上/コアの演算上は正しい判断なのに、納得しきれなかった。飲み込めきれない何かが、胸の奥底につかえていた。
『……お主を守るのが、我輩の役目だ。マスターより与えられた使命である。それなのにこれでは……、逆ではないか?』
『私の前を守るのがあなたの役目、私が的確に思い切りぶっぱなせるように。アナタの背中を守るのが私の役目、頭の悪いアナタが突進だけすればいいように。……何も、矛盾したことなどありません』
さらりと言ってのけてきた。アルディの躊躇いを察しているかのように、何ほどのことでもないと。頼りげにいつものような冷静さで、言い切った。
それ以上続けられず、黙るしかなかった。
『耐えられる限界は、58秒。それ以上は保証できません。……次で決めて』
尻を叩かれた。必ず仕留めろ、負けたら承知しないと……。
それゆえだろうか。体の震えが止まっていた。先までの怯えはどこかに、消え去っていた。
『すまないのである、リムシィ。……いや違うか―――』
「―――ありがとう」
最後の言葉は自然と、口にも出していた。
リムシィはソレを聞き、一瞬目を丸くした。だがすぐに、一方的に通信を切ってきた。プツリと、途切れた電子音が広がり、消えていく。
大きく息を吸って吐き出した、深呼吸した。凍りついている全身に、血脈を送り出していく。幻覚でしかないものだが、ソレはもはや自分の体だった。受け入れるしかない……。
わずかばかりだが、強張りがほどけた。痺れきっていた頭が再び、回転し始める。何をすればいいのか/しなければならないのか、体と心がリンクしていく。
すがりつくように胸元に抱き寄せていた武器を離し、敵へと向けた。次の/最後の激突に備えて力を溜める、体内全ての《マナダイト》を励起させた。埋め火になっていたプラーナを再び、噴出させていく。
闘技場全てを幽冥の蒼に染めていった。
長々とご視聴、ありがとうございました。
最初の方にある闘技場の設定/選手たちと観客たちは別々の場所にいるは、拙著の独自のものです。
二者を隔て観客に安全を提供している防壁が、どれだけ強固なものかわかりません。が、絶対ではありえない。強大な力を持つジェネステラの攻撃や強力なメテオアーツに、破られないとは限らない。臨場感さえ味わえれば、実際に生身で観る必要はない。ほぼリアルタイムで正確な実況中継が可能な技術さえあれば、それでいい。エンターテインメントである限り、安全性は何に変えても絶対にしなければならない。身の危険があっては楽しめない。……そのように考え、このような設定にしました。
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