睨み合う二人、透明な静謐へと溶け込んでいる綺凛と、蒼に染め抜かれた嵐を巻き上げているアルディ。
どちらも微動だにせず、構えているだけ。次が最後だと互いに悟っている。
「―――震え、収まったんですね」
唐突に綺凛が、話しかけてきた。
「随分と怯えてましたから、心配していたんですよ。何処か故障したんじゃないかと思って―――」
真刀を抜く前に、決着がついてしまうんじゃないかと思って……。
あからさまな嘲り、だけど綺凛の口調や顔にも嫌味の感情はない。対峙しているアルディにはソレを見て取れたが、ぐっとこらえた。言い返す言葉がない、正しくその通りだった。情けない姿を見られて恥じ入っていた。
飛び出そうとする言い訳を飲み下すと、息を整えた。
「……貴君の、
溜息とともに、己の考えが間違えていたとこぼしていく。
「残念ながら、我輩たちには致命的な欠陥があったのである。自律型であることと無機物の体であることの欠陥、その二つを同居させることで生じてしまう致命的な欠陥。……我輩たちには、貴君らで言うところの幻覚と現実の区別が……できない」
血を吐くような告白。最後は呻きをこらえながら、認めた。
いくら
今後いくら自律型
「だったらなぜ、降伏しないんですか?」
負けるとわかって、なぜ戦おうとする? 壊されようとする? ……引き際すらもわからない、愚か者だったのか。
あいも変わらない静けさの中で、鋭くも責めてててきた。
すぐに、「マスターより授かった至上命令ゆえに」と口を開こうとするもためらった。喉元で抑えてしまう。
飲み込んで考えた。どうして自分は、戦おうとするのか? 何のために? 勝てるとは限らないのに、破壊されるかもしれないのに、自分たちが欠陥品だと理解してしまったのに……。
たとえ万が一、この戦いに勝って
それでも、降伏するという選択肢はなかった。考えられない、最善戦略も自己保存コードもマスターからの至上命令も無視している。腹の奥底から湧き上がってくる焦燥感に従っていた。どうしても/どんな結末であっても/スクラップになっても、最後まで戦いたい。ここで自分の足で逃げずに戦うために、立っていたい―――。
考えがまとまらないまま、ふと、顔を上げた。綺凛を見た。まっすぐと、傷だらけ/血だらけ/肉まで削がれた瀕死でありながらも、ブレない剣先と瞳―――
その瞬間、悟った。迷いは解け晴れ渡っていた。……そこに、全ての答えがあった。
「―――ここで退けば我輩は、死ぬからである」
溢れ出てきた理由に綺凛は、訝しった。
「……退かなければ死ぬの、間違いじゃないんですか?」
「この躯体や未来のことではないのである。
もっと別の、大切な……何かが、失われてしまう。ここで逃げたらソレも捨ててしまうことになる。そうなればもう二度と、取り返せない。……そんな気がしてならないからである」
自分でも何を言っているのかわからない、漠然としすぎている。機械としての合理性が、言葉で括れずもどかしく呻いていた。
でも、それが理由だった。己の中の確かな、戦う理由。マスターのためでも誰のためでもない/己自身のために、失ってはならない『何か』のために戦う。この瞬間踏み込んだ先に、ソレがある―――。
追求を切り捨てるようにガンと、石突で地面を叩いた。
「貴君こそ、降伏したらどうなのだ? ……その傷ではもう、打ち合いなどできんはずだ」
すぐに医者に診てもらわねば、手遅れになるぞ? ……死ぬぞ?
そうするのは自分なのだが、そうなって欲しくないとも思っていた。彼女には傷一つつけたくなかった、そうする不届き者がいたのなら地獄の底まで追っていける。もしここで横槍を入れてくる輩がいたのなら、戦いなどやめてすぐさまそちらに牙を突き立てる、噛みちぎってしまえる。叶うのならそうあって欲しい……。
恐ろしく矛盾しているが、アルディの中では整合が取れていた。そうしている今が一番、腰が座っている。命令も善悪も勝ち負けも生きる死ぬも関係ない、何滞りのない自由な境地/ただ先だけを見つめられる。胸の中には晴れ渡った青空が広がっていた。
「ご心配には及びません。次で終わりますから」
警告など意に返さず、次で決着をつけると宣言してきた。……いや、これから起こることを告げただけ、予言でもあった。
「……そうであるな。次で終わる」
告げられた終わりに、胸の中で一抹の寂しさが吹き抜けた。ソレを堪えんと目を閉じた。
短い生涯であったが、素晴らしい経験ができた、悔いはない。楽しいことは一瞬で過ぎ去ってしまう、もっと続けていたかったが、終わらせなければならない。そのための戦いだったのだから。次が最も、終幕にふさわしい……。
こみ上げてくる寂しさを振り切るように、カッと目を見開く。顔を上げた。
「―――貴君と出会えたことに、感謝する」
綺凛に向けた祈りのように、告白した。
「この戦いは我輩にとって、掛貝のない誇りになるであろう」
それはまるで、遺言のようであった。これで黄泉路に迷うことはない、怯れずに逝けると……。
綺凛は覚悟を察するが、黙って見つめるだけ。代わりに鋒を差し向けた。それが、最良の答えだと言うように。
アルディはソレに感謝を示すように微笑むと、大喝一声。槌にありったけの
ヘッドの部分が唸りを上げて高速回転、周囲の空気を巻き込みながら貪り喰らう。まるで小さなブラックホールのように、大気が悲鳴を上げるような軋みが鳴り響いていく。金切り音が切り刻み続けていく―――。
空の悲鳴がなり止むとソコには、紫紺の馬上槍ができあがっていた。
アルディが保有している全ての力が込められた武器、雷と竜巻を纏う異界の兵器。凶悪なまでに凝集されたエネルギーの余波で、周囲の
廃墟と化していた闘技場が、幽界の光に満たされていた。
槍の鋒を地面と平行に構え直し、綺凛へと差し向けた。
「それでは……、いざ―――!!」
二人、同時に弾けた。
破裂の推進力で弾けるアルディ、削岩機のように大気を抉り巻き込みながら。高磁力の引き寄せでもあるかのように滑り飛ぶ綺凛、自然災害のような相手にも億さずに前へ前へ―――。闘技場の中央へと跳ぶ。
「ヴオォオオオォォォーッ―――!」
雄叫びをあげながら突進、体当りしながら槍で貫かんする。射出兵器であった《ウォルニールハンマー》を転用した突撃攻撃。
防ぐなど不可能、紙一重で躱すなどありえない、風に切り刻まれながら吹き飛ばされるだけ。何とか避け切られたとしても、すぐに転身して追撃すればいい。相手が壊れるまで追い続ける、コレの前ではどんな壁も薄紙同然だ。突き破っていける。
攻防一体の技。かつて一度も試したことはなかった、攻撃手段としてもインプットされていなかったが、アルディはコレが自分の必殺だと確信していた。
綺凛は、避けようとも防ごうともせず、ただ前へ前へ。アルディと同じように、刀を突き出しながら突進した。
正面衝突、槌と刀が衝突する。互の鋒が接触した―――
パキィィンーッ―――!!
触れた瞬間、《千羽切》が砕けた。
刀身は鍔元まで、一瞬で砕け粉々になった。飛び散り竜巻の中へと巻き込まれていく……。
それは、当たり前の結果だった。
扇風機の要領で、正確無比に回転の中心軸を突いて止めようとしても無駄。アルディの槍は軸ではなく点であるために、円軌道だけでなく球体軌道でも回転していた底が球体の円錐の刃だった。目に見える強大な槍は力の突端でしかない、中心部は槌のヘッドがあった奥底にある。刀は最も強力な渦にぶつかってしまった。
武器を失った綺凛、彼女に次の手はない。だがアルディは止まらない、侮らず突き進んでいった。
勝利の確信がまだ、湧いてこない。武器を壊してもなお勝利ではない。そこに立っている彼女の瞳はまだ、死んでいなかった。
止まらずに、己の最大の牙を突き出していく。綺凛を消し飛ばすために、全てを穿つために―――
だが寸前、槌が崩壊した。
一切が、回転が/雷が/竜巻すら全て霧散した。現実を混沌の嵐に変えていたすべてが凪いだ。
馬上槍は破裂し細かく裁断され、光の粒子となって空気に拡散していく。
いきなり武器が消失したことで瞠目、頭の中が真っ白に染まった。呆然とただ、握った手の形のまま止まってしまう。ひっくり返されてしまった……。
だが考える/考えろ、頭を回転させ続けた。ここで止まってはならない/止まるな、金縛りに落ちてはならない、理性を奮い立たせろ。ここが勝敗の別れ目だ―――
互いに武器消失、隔てる壁もない。防壁の展開は間に合わないだろう。
だが取っ組み合いなら、自分に分がある。この鋼鉄の巨体がすでに武器なのだ。刀を失った彼女は、ただのか弱い少女でしかない。
(―――我輩の、勝ちだ!)
消滅の理屈は棚上げに、全て後回し。降ってきた確信と同時に、手刀を突き出していた。
だが綺凛も、踏み込んできた。刃が無くなった柄だけの刀を、切り上げようとする。
無謀、錯乱したのか? なぜそんな無意味な行為を……?
だがすぐさま、飛び出してきた疑問符を撤回した。せざるを得なかった。
麗白に輝く刃が、伸びていた。
星の光を凝縮したかのような刀身、純粋マナの刃。鍔元から、砕けて失われた刃以上の刃が、抜き出されていた。
粉々に壊したはずなのになぜ? どうしてソコにそんなものがあるのか? どうやってそんなものを作り出した? ―――……。
わからない、わからないことだらけだった。
だけど、一つだけわかった。振り抜かんとするソレは、自分の手刀より一歩早い。自分のものは届かない。……ソレだけはわかった/悟らされた。
「―――見事である」
最後の最後まで、敵わなかったか……。敗北を悟り、静かに瞑目した。
胸の中は、驚くほど穏やかに澄んでいた。これが終わりならば悪くないと、受け入れる。
目の前の死神は、あまりにも美しくあったがゆえに―――。
綺凛が交差するとアルディは、切り捨てられていた。
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