スコルピト・C・ラスコータ先生の浮遊感   作:ランタンポップス

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僕の元へ来たのは。

 パンを食み、グラスに注いだミルクセーキを飲む。痛ましい傷からして、凄惨な虐待によるかなりのストレスを抱え込んでいるハズ。もしや、摂食障害が起きていやしないかと疑っていたが、杞憂に終わったようだ。

 シルヴィはパンを一つ一つ、まるで味を確認するかのようにゆっくりと噛み(ラスコータの指摘を命令と受け取ってしまったようだ)、唾液を吸ったパンの奪う口内水分をミルクセーキで補給する。困窮状態の彼女の身体に、久方ぶりの栄養が入り込んだ瞬間だが、時折ラスコータの表情をおずおずと伺う辺り、数多の感情の中で不安が優っているのだろう。

 

 

 ラスコータもパンを食べながら、こっちを見るシルヴィの表情に怯える始末。人と目を合わすのが苦痛である彼にとって、初対面の者と向き合って食事をする事は限り無く拷問に近かったのだ。動揺と羞恥を飲み込むように、パンを口に入れて行く。胃を満たしているのか心を満たそうとしているのか、彼の頭はしっちゃかめっちゃかな思考で半混乱状態である。

 

「…………」

「…………」

 

 パン、ミルクセーキ、そして相手の顔をチラリ。そんな流れを互いに行い、そして勝手に双方が意識して気まずくなる。結果、ストーブで温まった部屋の中なのに極寒の緊張が巻き起こっていた。

 ラスコータは社交的ではないと自覚しているし、対してシルヴィは非社交的と言う枠組みの問題ではない。心を閉ざし、どんよりとした瞳で、不安そうに表情を歪めて飲食する彼女の前で、ラスコータは自分の身体が微振動している事に気が付いた。

 

 

 

 

 大学の授業でやった研究発表会以来だ、こんな緊張は。ラスコータは鼻で深呼吸し、交感神経を鎮めるよう努めながら、意を決してシルヴィに話しかけた。

 

「……えぇと……そ、そう言えば……僕の、名前…………言ってないよね」

 

 突然話しかけたラスコータに驚いたようで、シルヴィはビクリと身体を動かし、一つのパンを両手で握りながら彼へ注視する。

 

「あ……はい。ラスコータ……先生と、しか、伺っていません……」

「そ、そうだね……えぇと」

 

 彼は緊張を紛らわす為に一回咳払いし、息を吐いた後にフルネームで名乗る。

 

「ぼ、僕はラスコータ、『スコルピト・ラスコータ』。先生、と言うように……医者だよ。この診療所の所長ね……」

「スコルピト……ラスコータ、様」

「す、スコルピトって、変だよね……蠍座、なんだよ僕……だ、だから、『スコーピオン』を語源にして、父親がスコルピトって……」

 

 シルヴィは何とも言えない顔をして、「そんな事は無いです」と小言で呟く。

 ラスコータはラスコータで、自己紹介でネガティヴキャンペーンをしてどうすると、頭を抱える。シルヴィの返答に困る事を言って、余計に空気を沈下させてしまったではないか。ラスコータはジョニィと会話をしている自分を思い出し、同じ要領で話そうと始めた。

 

「え、え、えーっと……その…………あ、あれだよ。ぼ、僕は医者だから……身体の不調があったら言ってね。風邪とかなら、薬もあるし……重い病気なら、凄腕の医者の友人がいるし……」

「……? 病気を治して貰えるのですか?」

「えぇと……えと、た、大抵のもの……なら……あ、あの、癌とか肺炎とかペストは……ペストなんか時代遅れだけど……出来ないけど、ね?」

「……お心遣い、感謝します、ご主人…………ご主人は、慈悲深い方ですね」

 

 相変わらず感情を見せない彼女に、彼は口を曲げて目を伏せてしまった。彼女は自分なんかに興味を持っていないのだろうかと、不安になったのだ。不安なのはシルヴィも同じであろうとは分かっているが、ラスコータには自分に他人のリードは無理だと諦念が生まれている。

 

 

 そうこうしている内に、シルヴィはミルクセーキをコクコクと飲み干した後、手を止めた。胃が満たされ、食事を終えたのだろう。不安を押し殺すように暴食気味のラスコータの前で、彼女はお辞儀をする。

 

「……ご馳走様、でした」

「……もう、いいのかい?」

「はい」

 

 シルヴィはパンを三つ食べた。少ないなと思ったが、元々食の細いタイプなのかもしれない。ラスコータも合わせるように手を止めた。

 

 

「……あの、有り難う御座います」

「え?」

 

 そして突然の、シルヴィからの感謝。驚いたラスコータは、少し間抜けな表情で彼女を見つめる。

 

「こんなに、お腹いっぱい食べられたのは初めて、でして……」

「そ、そうですか……それは良かった。こ、こ、今度はパン以外も買うからね……」

「いえ……パンだけでも、とても……三つも食べられましたし、ミルクセーキまでだなんて、贅沢です」

「………………」

 

 ラスコータの目線からすれば、質素以外の何者でもない程の晩餐。手作りした者はミルクセーキぐらいだろうに。

 しかし彼女は、それに満足していた。つまり彼女はこの食事よりも遥かに奈落の底の劣悪なる生活を送って来ていたと言う事だ。そんな事は肌のケロイドと曇った瞳で、分かりきっていた事だろうし、今更だが。ラスコータは何度も何度も彼女の生い立ちを想像する程、シルヴィに情を移していたのだ。

 

 

「えぇと……シルヴィ……さん、で、いいかな?」

 

 ラスコータは初めて、彼女の名前で呼んでみた。何か言いたいと思い立った。

 対してシルヴィは、ご主人様であるラスコータから敬称で呼ばれている事に困惑を覚えているようだ。眉を顰めて顎を引き、疑心を含む不安げな上目遣いでオドオドとラスコータと目を合わせる。

 

 

「なんでしょうか?」

「………………」

「……?」

 

 

 しかしラスコータは口を開かない。何を言おうか、考えていなかった。

 彼はシルヴィに「何か言いたい」とは思ったものの、それは衝動的なものであった訳だ。ラスコータは自身も、何故に彼女へ声を掛けたのかが理解出来ない。彼は頭で言葉を立ててから話しかける性格だからだ(だからこそ友人以外との世間話や雑談が苦手)。

 

「……あ、いや……大丈夫…………やっぱり」

 

 自分への驚きからだろうか、彼は話を切った。

 シルヴィは不思議そうにラスコータを見つめてくる、ラスコータは目をふっと背けた。彼女の冷たい、冬の底の瞳に耐え切れなかったのだ。

 

 

「…………い、今、何時、だった、か、かか、かな?」

 

 気を紛らわせる為に、シルヴィに時間を聞く。ポケットの懐中時計は片付けた事を思い出しただけだ。

 しかし時計なら、自分の後ろの壁に飾ってあるだろうがと、自分のした質問に後悔する。シルヴィはそんな彼の気持ちを知らず、健気に顔を上げて時計の秒針の先を読んでくれた。

 

「……十時、十六分です」

「……もう十時か……えぇと、その……」

 

 神経質に髪をかきながら、シルヴィと負けず劣らずな不安の目で、彼は尋ねる。

 

「ぼ、僕は……そろそろ寝るけど……君は、どうする? 起きておくかい?」

 

 すると彼女は困惑気味に「私も眠ります」と呟いた。ラスコータは先程の醜態を晒さぬように、言葉を組み立ててから話しかける。

 

「なら、寝る場所とか……家を案内しなきゃね」

 

 そう言って、手の中にあるパンの残りを口の中に入れて、「ご馳走様」と言って立ち上がった。

 

 

 

 

 食器を片付け、余ったパンとミルクセーキは朝食用に保管した後に、ラスコータはシルヴィに家を案内する。

 

「お手洗いは……そこです。下水道が敷かれていてね……で、奥の部屋は僕の書斎だからさ……何かあったらそこに来てね」

「分かりました……」

「あと、その廊下の部屋は薬品倉庫だから入っちゃ駄目だよ……いや、入ってもいいけど、面白い物はないし、危ないからさ」

「言い付けは守ります……入りません」

「安心ですね……あとは、君の寝室ですけど……」

 

 ラスコータはある部屋の前で立ち止まり、扉を開けた。

 部屋の中は小さなタンスにベッドとテーブル、その上にランプがあるだけの質素な部屋だ。しかしキチンと清掃はされており、寂しいと言うよりもサッパリした、と言い換えられる程度の部屋ではある。

 

「この部屋を使ってよ。本当は来客用だけど……宿泊する人なんて今後一切来ないだろうし。それにここは診療所だから、入院って事はしないし……」

「……本当に、この部屋を使ってもいいのでしょうか?」

 

 シルヴィは再確認するように聞く。どうやら、自分には分不相応と思い込んで心配になったのだろうか。彼女なら、床でも大丈夫と言いそうである、その前にラスコータは重ねて発言する。

 

「大丈夫ですよ、自由にして貰えたら……じ、自由に出来る程に物は無いけどね、何か必要な物とかあったら……そ、揃えるし……」

「そ、そこまでして貰えなくても平気です……ベッドを貰えるだけでも、感無量です……」

 

 そう言ってシルヴィは、ベッドの上の毛布とクッションを撫でていた。表情には驚きが混じっている、ここに来る前は冷たい鉄の床で寝ていたのだろうかと想像し、心臓を掴まれる気分になる。

 

「さ、さ、寒いなら、毛布を増やしてあげるよ。暑い時は……もう今の時期は無いけど、窓を開ければいいし……」

「……いえ、十分です、ご主人様……有り難く使わせていただきます」

 

 ラスコータに丁寧なお辞儀をし、感謝を述べる。

 

「…………うん」

 

 その様子を前に彼は、気まずそうな返事をする。

 シルヴィの感謝は真摯なものだ、だが曇った眼差しと寂しげな雰囲気がポジティブな感謝をネガティヴな感じにしている。全く真逆な態度と言葉に、ラスコータは何を言おうか戸惑っていたのだった。

 

 

「そ、それじゃあ……えと……僕はもう眠るからね。な、何かあったら、書斎に来てくださいね。あの、この部屋の向かいですし……」

 

 気の弱い彼はこの、重くて暗く、冷たい雰囲気に耐え切れず、シルヴィの部屋を早々に出ようとした。彼女はベッドの横に立ち、踵を返したラスコータの背中を見ていた。

 人に視線を向けられる事が何よりの苦痛だと、彼は背中で受け止める視線を避けるかのように、身をよじる。そして扉のノブに手を掛け、開く。

 

 

 

 

「あの……ご主人様」

 

 すると不意に、シルヴィに呼び止められたのだ。

 ラスコータは暫し、振り向けなかった。もしや、自分の恐怖が悟られたのかと、不安に陥っていたのだ。生唾を飲み、意を決して再び彼女の方へと視線を向ける。恐怖の混じった視線同士がそこで、交差したのだ。

 

 

 シルヴィはラスコータの視線が向けられたと判断すると、躊躇を含んだ声色で言葉をかける。

 

「私は……これから、どうなるのですか?」

「……どう言う、意味、ですか?」

「……いえ、その……」

「………………」

 

 彼の善意の裏を警戒しているようだ。いや、その警戒ら当たり前なのかもしれない。彼女は希望を放棄しており、他者を信用出来ないでいるのだ。それ以上に、ラスコータの挙動不審な様子を怪訝に思っているのかもしれない。

 彼女の意図を察知したラスコータは右頰の内側を噛み、溢れそうになった感情を抑圧しつつ、ひくつく瞼を見せながら返事をした。

 

 

 

 

「……不安は、いらないよ」

「……え?」

「僕はね、とても『弱い』んだよ」」

 

 息を吸いながら、またシルヴィに背を向ける。

 

 

「……おやすみなさい」

 

 それだけ言い残し、呆然と眺めるシルヴィの視線を受けて部屋を出て、扉を閉めて視線も塞いだ。溜め息が漏れる。

 

 

「…………あぁ、父さん……僕なんかには、荷が重いんだよ……」

 

 扉の前でラスコータは、神へ祈るかのように跪き、両手を繋げた。瞳孔がブレて、今にも気が触れそうな泣き面で、誰にも聞こえない小言を呪文のように呟くのだ。

 

「僕はね、僕はね……あの時にね、父さんをね……そしたら家族は、泣かずに済んだのにね……」

 

 繋がれた手を握る強さを増して震え出した。目をギュッと閉じて、暗闇の中で錯乱寸前の光を見る。幾分か子供返りしたかのような口調で、誰もいない前の相手に語っている。

 

「父さん、父さん……僕を許してよ……僕はね、偽善者なんだよ、認めるよ……僕なんかにね、こんな事を……こんな、こんな……!!」

 

 

 瞼を閉じた暗闇の奥で、誰かの人影が出て来た。

 肩幅が広く、短くも揃えられた髪型の人物、ラスコータはその人物の背中を知っている。人影は振り向いた、表情は見えない。しかし口の部分が大きく開かれている事は分かった、声は聞こえないが何かを叫んでいる。

 激励、感謝、狂喜……そんな風には見えない。懺悔、悲哀、慟哭……そうにも見えない。

 

 

 叱責、怒号、憤怒……そうだ、その人影は怒っている。ラスコータに激しい罵倒を飛ばしているのだ。

 

 

 ラスコータの身体は震え出す。薄紅色の唇を噛み、懺悔の姿勢を膠着させて行く。表情は苦悶に歪み、握る手の強さは自分の拳を砕かんとする程までに、キリキリと痛み出す。圧迫された血管と神経が叫ぶ様を、何故か主観的に分析しては、自分の身体なのに自分の身体では無いような、不思議な感覚の中に彷徨う。彼は今、『浮遊』しているのだ。

 

 

 浮遊感、時折彼はこの超感覚に陥る時がある。自分の今までの行いが叛逆してフラッシュバックし、恥と罪悪の感情に浸かるのだ。その感情の海から逃れようとするのか、彼の精神は分裂するかのように身体を離れる。この状態、自分は誰よりも自分に対して客観的に見られる。神がエンピレオより人間世界を覗くかのような客観性で、自分を理解しようとしているのだ。痛みも感情も表情も癖も、全てが全て客観視出来た、「自分は今、こうなっている」と何処までも冷静で何処までも無関心な分析。

 

 

 浮遊感の中で、一つの疑問が唐突に浮かぶ。

 心の存在は照明出来るのだろうか。心は『比喩』であり、臓器ではないのだ。なら、『心』は何なのか。それは脳内の思考体であるのか、身体の一つ一つにある細胞であるのか、それともまた別の世界なのか。心とは、超次元的な領域に佇むもう一つの自分であると、頭が勝手に思い込んでいるだけなのだろうか。

 ラスコータは心を探すかのように、自分を理解しようとする。自分の意味が心にでもあるとでも言うように、存在しない心を探すのだ。深化して行く精神世界で、彼は浮かび上がって自分の心を手中に収めようと画策するのだった。

 

 

 

 

 闇の世界にいた人影が、消えた。浮遊感が無くなった。

 ラスコータはハッと目を開ける。何でもない、いつも通りの自分の家の廊下だ。繋がれた両手を離すと、ビリビリと痺れている、相当強く、そして長い間握っていたのだろう。また、目も強く瞑っていたので、目元が熱い。

 すると今度は胸が苦しい、急いで口を開き、息を補給する。いつの間にやら呼吸が止まっていた……成る程、それで苦しくなって自分は戻って来れたのかと理解した。

 

「………………」

 

 自分の背にする扉は、シルヴィの部屋の前だ。ラスコータはフラリと立ち上がると、扉をまた開けた。

 シルヴィはいない、代わりにベッドの上の毛布が膨らんでおり、それは微かに上下している。耳を澄ませば、小さく穏やかな寝息が聞こえて来る、彼女は今は夢の世界だろうか。

 部屋の窓から外を見てみれば、枯れ木が風で揺れている様に遭遇した。昔は枯れ木の存在が嫌だった、葉の無い枝が痩せ細った腕のようで、自分を手招きするかのように揺れるからである。子供の頃は枯れ木の揺れる様を見て、母に寄り添ったものだ。

 

 

「……母さん……」

 

 自分の抱き締めるように、肩を手で掴む。それで気付いた、自分はまだ震えていたのだ。

 先程の浮遊感の中を思い出す、暗闇の人影……あれは間違いない、父だ。父が不甲斐ない自分を責めに来たに違いない。ラスコータはそれに恐怖し、震えているようである。

 

 

「…………あはは」

 

 自嘲気味の小さな笑い声が浮かんで消えた。再びラスコータはシルヴィの部屋の扉を閉めて、向かい側の自室に入り込む。

 ラスコータの書斎は、机が一つに本棚が四つ。三つの本棚には医学の専門書がビッシリ詰まっており、残り一つの本棚には趣味で集めた小説や医学書以外の専門書などが並べられる。知的な感じの、少し狭い程度は普通の書斎である。

 

 

 机の前に置かれている安楽椅子にふらふら座った。だが足は投げ出さず、椅子の上で膝を抱えて腰を曲げ、丸まった。椅子の上で彼は暗い中で、また寒がるように震えている。先程の浮遊感の続きをしようとでもしているのだろうか。

 

「父さんは……何もしてくれなかった……母さんは、遠くに行った…………誰か僕を…………」

 

 ブツブツと呟き、腕の中に顔を埋めて、彼は泣くような声で絞り出した。シルヴィとの初対面にて浮き彫りになった自身の無力さと弱さ、そして寂しく虚しい自身の『忌まわしい過去』のフラッシュバックが、今の彼の浮遊感を作り出している事は言わずもがなであろう。

 

 

 

 

 暫くは嘆きと共に震えていた彼であったが、夜の深まりと比例して眠気に落ちて行き、彼自身も自覚がない内に眠りに落ちていた。書斎には儚い寝息が聞こえている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が差し込み、ラスコータの顔へと漂着した。敏感な彼は光の享受に反応して、瞼をゆっくり開く。

 外は朝霧に包まれていた、窓の淵が朝露で湿っている。ラスコータは曲げていた腰を伸ばし、抱えていた膝を椅子から落とす。清々しいとは全く思えない、まさに霧に包まれたような不明瞭な感情の朝だ。

 

 

 今は何時であろうかと、ラスコータはポケットに手を向かわせるが、懐中時計はリビングに置きっ放しではないかと思い出す。とは言え書斎には医大卒業時に贈呈された置き時計があるので、それを見たら良い。

 時刻は六時四十分、診療所を開ける時間はまだまだ先だが、起床には妥当な時間だろう。ラスコータは椅子から立ち上がった。

 

「おとっ……」

 

 立ち眩みを催し、固まった身体が言う事を聞かないので倒れかけたものの、机に手を置き身体を支えた。無理もない、体勢を変えずに眠ったのだ、感覚は鈍るだろう。それに彼は低血圧であるのか、朝が苦手だ。

 

「………………」

 

 窓から外をポーッと眺め、昨日の事を思い出す。

 そうだ、自分はシルヴィを引き取ったのだ。そしてつい六時間前は、弱い自分をとことん糾弾した。思い出しただけで胸にドロドロとした感覚が宿る、思い出さないようにした。

 

「……うん」

 

 ポツッと一人で返事をすると、まだ起きぬ脳で必要最低限の指令を身体に飛ばし、足腰動かして書斎から出た。

 

 

 書斎から出ると、手前の部屋の扉が目に入る。シルヴィの部屋だ、まだ寝ているのだろうかと、ラスコータは確認しようとした。扉を開けて中を覗く、ベッドの上の毛布には膨らみが無かった。

 

 

 

 

「おはようございます、ご主人様」

「いぃぃい!?!?」

 

 突然の背後からの声。

 声は大きくなく、か細いまでの声量であったものの、無音の朝の中での不意打ちと言う訳で、神経質なラスコータはこれでもかと言う程大袈裟に驚き、飛び上がった。

 急いで振り返ると、そんな彼の様子に驚いているシルヴィの姿を確認。

 

「す、すいません! や、藪から棒に話しかけてしまいまして……」

「…………い、いや、へ、平気ですよ……お、起きていたんだね……」

「は、はい……その、寝付け無かったもので……」

 

 寝付け無いと言う所でラスコータは妙な違和感を覚える。劣悪な状況下から劇的に良くなったベッドの上で、寝付け無いのかと思った。だがそれは、ここでの生活に慣れていないであろう不安からだと、ラスコータは解釈した。ラスコータも大学寮に入り立ての頃は不眠症に陥りかけたものだ(ジョニィとの出会いにより改善)。

 シルヴィの心情と昔の話を思い出したラスコータの脳は、さっきの驚きも相まって目覚めている。

 

 

「……おはよう、ございます。その……」

 

 朝の挨拶をしつつ、会話のネタを探そうとしていた彼は、自分が空腹であると気付いた事で話しかける事が出来るのだ。

 

 

 

 

「ちょ、朝食に致しましょうか?」

 

 シルヴィは「はい」と返事をし、コクンと首を縦に曲げるのだった。

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