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太郎くんへ
こんにちは。手紙を書きすぎて、最初に書く言葉に一番悩むようになっちゃいました。とりあえず、花子は元気です。
私ね、とうとう弾幕を作れるようになったの! 自分で作るとどんな風になってるのか分かり辛いんだけど、とっても楽しいよ。
こいしちゃんのお手本も見せてもらったの。やっぱり上手で、花火みたいに綺麗だったんだ。私もいつか、あんな弾幕を使ってみたいな。
太郎くんや学校のみんなには、きっとスペルカードとか弾幕ごっこって言っても伝わりにくいだろうけれど、見てもらえばきっと気に入ってくれると思うの。
今日ね、山の頂上にある神社に行ったの。そこの巫女さんといろいろなお話をしたんだけど、萃香さんに聞いたら、あの人も神様なんだって!
現人神って言うらしいんだけど、太郎くんは知ってる? 人間なのに神様だなんて、なんだかすごいんだね。とっても優しくていい人だったよ。
明日も朝から弾幕の練習をするの。本当に楽しくて、すっかり夢中になっちゃった!
もっとしっかり練習して、文さんとの勝負に負けないくらい強くなるからね。応援してくれると嬉しいな。
それではまた、お元気で。
花子より
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いつもの川辺で、体に流れる妖力を掌に集中、緊張させる。夕焼けを照り返す川の流れを意識し、掌握していく。数日前に始めた、新たな修行だ。
飛行練習を繰り返し、花子はついに空を自在に飛べるようになった。それだけでも喜びはひとしおだったのだが、妖力のコントロール練習も真面目に繰り返していたおかげか、基本的な妖弾の形成もできるようになっていた。
妖弾はまるで手の延長であるかのように、花子の思うとおり自由自在に操れた。これは彼女が特別なのではなく、妖力に通じる者ならばできて当然のことらしい。本人も知らないうちに、弾幕ごっこにぐっと近づいていたのだ。
今はさらなる力の向上のため、花子の妖力と『縁』なるものが近い水を操る特訓をしている。萃香とこいしが見守ってくれているが、花子とはずいぶん離れた場所にいた。
その理由を誰よりも自身が一番知っているだけに、花子は何も言えなかった。むしろ正しい選択だとすら思える。なぜなら――
「……とぉぉりゃぁぁぁぁっ!」
勢いよく両手を振り上げる。同時に川の音が重々しく変化し、花子の視界が突然現れたものに覆われる。
水だ。それも、かなり大量の。
「ぁぁぁぁぁああああっ!?」
手を振り上げた姿はそのままに、花子は悲鳴を上げた。
立ち上がったとしか表現できない量の川の水が、ただ叫ぶことしかできない花子に迫っている。逃げようにも間に合わない。操るにしても、混乱した頭では妖力を制御することは叶わなかった。
「あああぁぁぁぁぁぶ――」
重力のままに落ちてきた大量の水を頭から被り、流水音が耳から離れてから、ようやくその場に座り込んだ。今日は川に流されなかっただけ、幸運と言えるだろう。
髪から服からずぶ濡れになってしまったところで、萃香とこいしが近づいてきた。
何度となく繰り返した失敗だ。一番面白くないのは本人である。へたり込んだまま唇を尖らせていると、こちらの気持ちを知ってか知らずか――きっと知った上でなのだろうが――無遠慮に笑いながら、こいしがタオルで花子のおかっぱ頭を拭いてくれた。
「あはははは、今日も派手にやったねぇ。びしょびしょだねぇー」
「むぅ、あんまり笑わないでよ」
「だっておかしいんだもん」
下手に同情されるよりは笑い飛ばしてくれた方が気は楽だが、花子としてはどうにも恥ずかしい。
髪を拭くこいしに身を委ねつつ俯いていると、全て予想していたらしい萃香が着替えのワンピースと体を拭く手ぬぐいを手渡してきた。受け取りつつ、頭を下げる。
「ごめんなさい、またダメでした」
「まぁまぁ、水のそばであんだけできりゃ、水がないところでも呼ぶことはできるってことじゃないか」
花子はもう、水を操れている。萃香の言うとおり離れた場所でも手に水を呼ぶこともできた。
しかし、操作の精度がいただけなかった。かなり上達してきたとはいえ、妖力に関して不器用であることは変わっていないのだ。
近くの水にしろ呼んだ水にしろ、もっと細かく操れなければ、とても弾幕として使える代物にはならない。もう少しで弾幕ごっこの練習にたどり着けるというのに、なんとももどかしい気持ちだった。
川の流水を自分の体のように操れるようになれば、水との縁を完全に掌握できたということだと萃香は説明してくれた。
妖弾が撃てるのだから、もう弾幕ごっこはできる。しかし、風を自由に操る文を見てしまった花子は、少しでも文に近づくために、何が何でも水の力を手に入れたかった。
毎日ずぶ濡れになるこの特訓を諦めずに続けている理由は、そういうわけである。
こいしが髪を拭き終わったところで、セーラー服ともんぺを脱いで体を拭く。赤いワンピースに着替えてから、三人で焚き火の周りに集まった。季節が夏から秋に変わり始めた今、濡れてしまった花子は火に当たらなければ寒くて敵わない。
赤々と燃える焚き火に手をかざしながら、花子は溜息をついた。
「うぅん、どうしてうまくいかないんだろう」
「力みすぎてるだけさ。もうちょっと肩の力を抜いてごらんよ」
「花子は焦ってるだけだから、きっとうまくできるよぉ」
二人の先輩に慰められて、しぶしぶ小さく頷く。それでも花子の心には、次こそは必ずという熱い決意が生まれているのだった。
こいしがいつものようにお茶を淹れてくれたところで、萃香がノートを取り出した。花子の私物だが、幻想郷に来てからほとんど使っていなかったものだ。つい最近まで白紙だったというのに、今は結構なページを消耗している。ここ数日、三人で花子のスペルカードとなる技を考えているのだ。
ノートをぱらぱらとめくりながら、萃香は唸り声を上げた。
「水の技が多いけど、河童と被りはしないかねぇ。花子、気持ちは分かるんだけどさァ、あんたは何も水にこだわることはないんだよ? 厠の妖怪なんだから、水にばっか頼ってると技の意味が薄れちまうんじゃないかね」
「そんなことないです。私は外の水洗トイレの妖怪だったんだもの。水との縁が深いって教えてくれたのも萃香さんじゃないですか」
「まぁ、そうなんだけどさ」
頭を掻いてから瓢箪を呷る萃香。反論したとはいえ、確かに彼女の言うとおり、水にまつわるスペルカードばかりでは芸がない。
スペルカードルールは一種のパフォーマンスであり、弾幕ごっこは遊びなのだ。技は楽しく、美しくなければならない。トイレの花子さんとはいえ、全部が全部トイレにまつわるスペルカードにしてしまうのも、なんとなく味気ない気がした。
もっと捻りの効いた技を考えたいとは常々思っていたのだ。萃香が置いたノートを開いて、皆で考えた技のアイディアを流し読みしていく。だが、新しい技が閃くことはなかった。
「うーん、いいアイディアないかなぁ」
「結構考えたけどねぇ。七つだっけ、作ったスペル」
花子の背後からノートを覗き込んだこいしが訊ねた。視線はアイディア帳に落としたまま、頷く。
「うん。まだ水を操れないから、実際に使えるものは二つくらいだけれど。こいしちゃんは、どうやって新しい技を考えているの?」
「私? んー、そうだなぁ。お散歩したりお姉ちゃんと話したりしてるときに、ビビビってくるよ」
「……さすがというか、独特だよね」
「えへへ、そうでしょー」
褒めたわけではないが喜んでくれているようなので、花子は突っ込みをそっと胸の奥にしまっておくことにした。
もっと色々考えたかったが、疲れた体と頭ではいい答えを導き出せそうにない。こういう時は一度のんびり休んでリセットをかけるほうがいいと、花子は幻想郷に来て学んだ。ノートを閉じて、リュックに戻す。
ふと、ボロボロのリュックに輝く二つの飾りが目に入る。以前秋姉妹にもらった、ブローチと髪飾りだ。汚れたり落としたりしないよう、リュックの飾りとして使わせてもらっている。
妖怪とは違った着眼点を持つ彼女達なら、あるいは新鮮な意見をもらえるのではないか。そう思い立つと、花子はさっそく萃香へと振り返った。
「萃香さん、明日、ちょっと出かけてきていいですか?」
「あん? 珍しいね、どこに行くんだい」
「静葉さんと穣子さん――秋の神様のところです」
意気揚々と答えると、萃香はわずかに難しい顔をして、
「あー……秋姉妹か。たぶん今は会えないだろうねェ」
「なんでですか?」
「なんでって、もうすぐ秋だよ。秋の神なんだから、忙しい時期じゃないか」
言われてようやく気がついた。まだまだ日中は暑いとはいえ、徐々に散る葉も多くなり、山の頂上は紅葉が始まっている。仕事盛りの季節にお邪魔をするのは、野暮というものだろう。
せっかく浮かんだ名案が潰れてしまい、花子はあっというまに消沈した。今日一日の疲れがどっと出た気がして、その場に座り込んでしまう。
「だめかぁ……。神様なら、きっといいアイディアをくれると思ったんだけどなぁ」
「な、なにもそんなに落ち込まなくてもいいだろう。神頼みがしたいってんなら、秋の二人じゃなくてもいいじゃないか」
「そりゃそうですけど。でも、博麗神社は嫌ですよ。文さんがよくいるって聞いたもの」
「あの神社にゃそもそも神様らしいのが見当たらないよ。私が言ってるのは、この山の頂上にある社のことさ」
初めて文に会った時に聞いた、守矢神社だろう。人里で花子を退治した人間の一人である、東風谷早苗の住居でもあるそうだ。
突然幻想郷にやってきて山頂を我が物にしてしまった神社、という話をこいしから聞いていたので、花子はなんとも胡散臭いと思っていた。それが顔に出てしまっていたらしく、萃香が苦笑を浮かべる。
「大丈夫さ。連中はおかしな奴らだけど、れっきとした神様だよ。静葉と穣子より力もあるし、あそこの神は山の妖怪から信仰を集めてるんだ。頼ってみる価値はあるんじゃないかい?」
「そうなんですか? ううん、じゃあ明日、行ってみようかなぁ」
呟くように言うと、カップのお茶を冷まそうと必死だったこいしが顔を上げた。
「じゃあ私も行くー。天狗さんに会わないように、私が無意識で花子を隠してあげるよぉ」
「そいつァいいね。私も一緒したいけど、あいにく地底に用事があるんだ。二人だけで行っとくれ」
「地底に用事? 友達にでも会いに行くのぉ?」
こいしに訊かれた萃香は、なにやら不穏な笑みを口元に浮かべ、
「まぁね」
とだけ答えた。何かを企んでいることは間違いないだろうが、花子には自分に被害が及ばないことを祈ることしかできない。
翌日の予定が決まったところで、三人は夕食の準備を始めた。
飯ごうで米を研ぎながら、山の神は自分を受け入れてくれるだろうかと、花子は小さな不安と格闘するのだった。
◇◆◇◆◇
結論から言えば、花子が抱いた不安は完全に無駄なものであった。
とても立派な鳥居をくぐったところで、境内を掃除していた白と緑の巫女装束を纏った少女と目が合った。
「あぁっ! あなたはトイレの花子さんじゃないですか!」
そう叫ぶや否や、かなり立派で高そうな箒を無造作に投げ出し駆け寄ってきた少女は、守矢神社の現人神にして
あっという間に距離が縮まり、あっけに取られる花子の手を取って、早苗はとても嬉しそうだ。
「こないだはあんまり話せませんでしたから、また会いたいなぁって思ってたんですよ。うわぁ、本物だぁ! といっても、私花子さんに会ったことはないんですけど。あぁでも、学校ではやっぱり噂になりましたよ。手前から三番目のトイレは、女子の間ではタブーになってましたから。それにしても、トイレの花子さんまで幻想郷に来ちゃうなんて。まぁそのおかげで会えたんだから、私としては喜ばしいことなんですけどね」
「は、はぁ……」
一気に喋り終えてなおも笑顔を絶やさない早苗に、花子はどう返事をしたものかと迷った。とりあえず、疑問に思ったことを口に出しておく。
「あなたは、私を知っているんですか?」
「そりゃもう! あ、申し送れました。私、ここの風祝で東風谷早苗といいます。最近外から来た身ですので、花子さんのこともよく存じ上げていますよ」
「そうだったんですか。あは、なんだか親近感沸くなぁ」
「私は疎外感ー」
隣でこいしが唇を尖らせた。そちらへと目線を移し、早苗は軽く頭を下げる。
「あら、ごめんなさい。つい花子さんに気を取られちゃって。久しぶりね、古明地こいしさん」
「お久しぶりぃ。いつも通り、元気そうだねぇ」
どうやら二人は知り合いらしい。どういう関係なのか少し気になったが、深く聞くほどのものでもなさそうなので、花子は友人なのだろうということで納得することにした。
早苗がこちらを向いた。彼女はこいしよりも少し背が高いので、花子が早苗の顔を見るにはわずかに顔を上げなければならない。
「それで、今日はどんなご用で? 参拝ですか?」
「んっと、実はここの神様に、相談したいことが……」
「相談ですか。んー、それは難しいですねぇ」
困った様子の早苗を見て、花子は自分がまたもとんでもないことを口走ったことに気がついた。
いくら幻想郷とはいえ、ここは神社なのだ。祭られている神は、花子の友人でもある秋姉妹とは格が違うかもしれない。そんな神様を相手に「弾幕のアイディアをくれ」などと軽々しく言うなど、罰当たりにも程があるではないか。
どう謝ろうかと慌てて思考を廻らせていると、早苗が深い溜息をついた。
「神奈子様は、天人が酒宴を開くとかで、早朝からノリノリで天界に行かれました。諏訪子様は、人里の縁日で人の子のふりしてリンゴ飴を大人買いすると、嬉しそうにお賽銭を持ってお出かけになってるんです。私は一人、お留守番ってわけですね」
「え? あ、そうなんですか……」
思わぬ理由に、花子の肩から安堵する以上の力が抜けた。神様にしてはスケールの小さいことに張り切るものだと思ったが、花子の持つ神へのイメージこそが間違っているのかもしれない。
こんなにも人間味が溢れた神だからこそ、人も妖怪も気軽に信仰できるのだろう。気楽な信仰心にどれほどの力があるのか、花子には分かりかねたが。
ともかく、目的の神がいないとなっては仕方がない。どうしたものかと考えていると、早苗が首をかしげた。
「相談ごととは、なんでしょう。私で力になれればいいんですけれど」
「うぅん、実は――」
隠すようなことでもないので、花子はここに訪れた理由を正直に話した。
しばらく無言で聞いていた早苗だが、話を終えると途端に目を輝かせ、
「そういうことでしたら、私に任せてください! こう見えても、弾幕ごっこはかなりの数をこなしてるんですから!」
「でも、お掃除の邪魔しちゃったなら……」
「あんなの後でもいいんですよ。さぁ、こいしさんも中にどうぞ」
半ば強引に引っ張られる形で、花子とこいしは境内の一角にあるどこか近代的な社務所に案内された。
書類の類はほとんどなかったが、白いタイル張りの床にデスクとオフィスチェアがいくつか並んでいるそのさまは、花子に外の世界を感じさせる。こちらの気持ちに気付いたのか、早苗が言った。
「ここは、外から来たときのまんまなんですよ。動かすのも面倒だし、何かに使えるかなと思って。結局使わずじまいですけどね」
「なるほど」
社務所の一番奥にある来客用のソファまでやってきて、花子とこいしは早苗に促されるままに腰を下ろした。
すぐそばの大きな窓からは、境内を見渡すこともできるようだ。眺めがいいだけでなく、来客を見落とさないようにする意図もあるのだろう。
お茶と饅頭を持ってきてくれた早苗が、お盆を置いてから対面に座った。
「さてと。スペルカードのアイディアでしたよね。今は、どんなものを考えているんですか?」
「えっとねぇー」
まるで自分の物であるかのように花子のリュックからノートを取り出し、こいしがテーブルに広げる。視線で見てもいいかと早苗が訊ねてきたので、花子は頷いた。
ノートを手に取って、早苗がページをめくっていく。とても真剣に読んでくれていて、とても真面目な印象を受けた。掃除は投げ出していたが。
しばらくしてから、早苗はノートをテーブルに戻した。お茶を一口飲んで、湯飲みをそっと置く。
「一通り見ましたけど……。花子さんは、水にこだわりすぎじゃないですか? まぁトイレの花子さんなんだから、そうしたいという気持ちは分かりますけど」
「うぅん、やっぱりそう思いますか? 萃香さんにも言われちゃったもんなぁ。でも、他にアイディアが出なくって」
「いっぱい考えたけどねぇー」
こいしと顔を合わせ、二人して困ったように嘆息を漏らす。しかし、早苗はなぜかそれに困惑している様子だった。
「アイディア、出ないんですか? トイレの花子さんなのに?」
「う、は、はい……。早苗さん、何かありますか?」
思わず訊くと、彼女は何のためらいもなく即答してみせた。
「学校の怪談があるじゃないですか。トイレの花子さんだけじゃなくって、例えば――そうですね、音楽室にあるベートーベンの肖像画が夜中に目を光らせるとか、理科室の人体模型が動き出すとか、紫鏡に十三階段。学校は怪談の宝庫ですよ」
「あ……」
まったく思い当たらなかったが、『トイレの花子さん』という妖怪ないしお化けへの認識は、トイレの怪異というよりも学校の怪異という色合いが強い。あまりにもトイレに固執しすぎていたが、花子は学校の怪談におけるエースだったのだ。もし他の怪談を弾幕にできれば、バリエーションはぐっと増すだろう。
そう考えると、花子の頭にあっという間にアイディアが沸いて出てきた。まだほとんど撃ったことのない弾幕だが、そのイメージもはっきりと思い浮かべられる。
忘れないうちに書き留めなければ。花子はとっさにこいしへと手を伸ばしていた。
「こいしちゃん、ペン取って!」
「あいあいさー!」
リュックから取り出し、こいしがなぜか嬉しそうにペンを渡してくれた。ありがとうと一言告げると、さっそくノートにペンを走らせる。
絵心があるわけではなかったが、それらしく絵を描いて説明をつけるという作業をひたすらに行う。あくまでイメージであり、実現できなければ調整していけばいいのだ。
ある程度書き留めたところで、こいしと早苗が意見を挟んでくれた。おかげで、考え付いた弾幕は急速に出来上がっていく。
美しく、意味があり、避けにくく、しかし必ず攻略できるもの。これらの条件を満たさなければならないので、弾幕は簡単に作れるものではない。こんなにも順調に完成間近まで作れるのは、こいしと早苗という先輩の助力ももちろんだが、それ以上に花子のモチベーションが最高潮だからだろう。
学校で共に子供を怖がらせた仲間達の力を借りているようで、思いつく弾幕はとても懐かしく、花子は楽しくて仕方なかった。
時折早苗に学校の妖怪達について訊かれ、それに答えるたびに新たなインスピレーションが沸いてくる。昼食を取ることも忘れて、三人は昼下がりまでスペルカードの案を出し続けた。
わずかに日が傾き、あと一時間もすれば夕刻になろうという時になって、花子はようやくペンを止めた。
「ふぅ……。いっぱい書いたなぁ」
額の汗を拭って、満足げな笑みを浮かべる。
ノートはアイディアですっかり埋まっていて、後はどれを実践できるか試していくだけだ。対面でお茶を啜る早苗に、花子は頭を下げた。
「早苗さん、ありがとうございました。助かりました」
「いえいえ。私も小さい頃に戻れたような気がして、楽しかったですよ」
「また遊びに……じゃおかしいか。参拝に来ますね」
「遊びにでもいいですよ。花子さんとこいしさんなら、歓迎しますから」
立ち上がった早苗に習って席を立ち、二人は社務所の外に出た。夏の終わりに吹く風は、どこか涼しく感じられる。
考えた弾幕を早く試してみたくて、花子は踊る心を抑えきれず、空中に飛び上がった。
「それじゃあ、また」
「えぇ、また。あまり張り切りすぎないでくださいね」
「花子、そわそわしてるもんねぇ」
落ち着きのなさは、どうやら早苗とこいしにも伝わってしまったらしい。恥ずかしげに頭を掻いてから早苗に手を振り、花子とこいしは帰路についた。
思えば、こうして空を飛んでどこかへ行くことも初めてのことだ。練習の段階で散々飛んでいたからか行きはあまり意識しなかったが、改めて空から妖怪の山を見下ろすと、生い茂る緑のなんと美しいことか。
見とれて速度が落ちてしまったが、先行するこいしが振り返り、
「花子ぉ、早くー。もうお腹ぺこぺこだよぉ」
「あ、ごめんね、すぐ行く!」
ご飯を食べたらすぐに練習を始めよう。そんなことを考えながら、花子はこいしの背中を追った。
◇◆◇◆◇
「いくよー! ……よいしょぉぉぉっ!」
「おぉー、綺麗綺麗」
「ほんと? うまくできてる?」
「ばっちりだよぉ、ノートと一緒の形だよー」
夕暮れも深まり夜闇が落ちようかという時間になっても、花子とこいしの弾幕練習は続いていた。眼下にいつもの川が流れている、その上空だ。ここならば弾幕を飛ばしても、周囲に被害が出る前に妖弾は消える。
あれほど水にこだわっていたというのに、今では妖弾での弾幕に夢中だ。あいかわらず短絡的な少女だと、萃香は酒を呑みながら頬を緩めた。
「しかしまぁ、結果よければ、か」
一人呟き、花子が飛ばす弾幕を眺める。まだまだ改良すべき点はあるが、なかなか立派なものだ。学校の怪談をモチーフにしたと言っていたが、そもそも学校なるものがどういうものなのか萃香には分かりかねた。
しかし、技の意味は誰よりも花子が知っていればいいのだ。綺麗であることが大前提だし、とりあえず弾幕を作って意味は後付け、という方法でスペルカードを作る者もいるくらいなのだから。
それに、何より――
「強くなれるかもね、花子は」
地力は小さい。センスがあるとも言えない。お世辞にも強い妖怪ではない御手洗花子だが、萃香はそれでも彼女が強くなることを願い、そして信じざるを得なかった。
幻想郷の妖怪における強さとは、ただ力の強弱だけではない。萃香はここ数年でそれを教えられたのだ。人間の魔法使いや氷の妖精といった、本来ならば歯牙にもかけぬような者であっても、この郷においては強者となり得る。
強いと言われる彼女らは、弾幕ごっこは楽しいからやっていると、一様にして語るのだ。もしもそれこそが強さの秘訣ならば、あれほど楽しそうな顔をしている花子もまた、強くなれるのではないか。
「強く、なってほしいね」
そしていつか、自分とも遊んでほしいものだ。妖弾を配置する花子を眺めながら、萃香はいつもの瓢箪を呷る。
「こいしちゃん、次のやついくよ!」
「いいよぉ、じゃあ試しに、私が避けてあげるー」
「うふふ、避けられるかなー?」
「かかってこぉーい!」
散らばる妖弾の輝きと少女達の笑い声は、太陽が沈みきっても消えることはなかった。