かちこめ! 花子さん   作:ラミトン

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そのじゅうに  決戦!勝利は我が友のために!(1)

 

 

~~~~

 

 

 果たし状

 

 射命丸文殿

 

 あなたに、弾幕ごっこで決闘を申し込みます。

 

 今日から七日後、場所は守矢神社。スペルカードは五枚でどうでしょうか。

 

 もう弱い私じゃありません。逃げも隠れもしません。

 

 必ず、約束を果たしてもらいます。

 

 御手洗花子

 

 

~~~~

 

 

 

 さしもの天狗といえど、三日間徹夜をして机に向かい続けるのはきつい。文は乾いた瞳を瞬かせながら、届けられたその書状をぼんやりと読んだ。

 果たし状など、ずいぶん古いやり方をするものだ。あくびをしつつ、手紙を折り畳んで机に放る。

 

「ふわぁぁっ……。やはり無理はするものじゃないですねぇ。ろくに回らない頭じゃ、いい記事は書けません」

「睡眠はとても大切よ、一日十二時間は取らなければね。ところで、手紙の返事を頂いていないのだけれど」

 

 話しかけたわけではないのに答える声に、横目で視線を送る。部屋にぽっかりと浮かんだ妙なスキマ――両端を可愛いリボンで結んであるが、気味が悪いことに変わりはない――から、上半身だけを出した八雲紫が笑っていた。絶対に玄関から入ってこないのは、いつものことだ。

 

「返事の前に、聞かせてくれませんかね?」

「何かしら」

「あなたほどの人が、なぜ手紙運びなど? しかも、あの花子さんの」

 

 こってしまった肩を自分で揉みつつ訊ねると、紫は唇に人差し指を当てて、

 

「ひ・み・つ」

「……それ、可愛いと思ってるんですか?」

「あら、酷いのね」

 

 やれやれと、文は溜息を漏らした。何度か彼女と話した経験から、これ以上詮索しても無駄だろうことは分かっている。神出鬼没で何を考えているか分からない、そのくせあり得ないほど頭が切れる。鬼ほど恐れる理由はないが、それでも鬼と同じくらい嫌な相手だ。

 使い古した椅子の背もたれにぎぃと背を預け、文は体を伸ばした。少しはこりが抜けたように感じ、一息つきつつ果たし状の返事を告げる。

 

「だいぶ前のことですけど、吹っかけたのは私ですしね。ま、受けて立ちましょう」

「逃げたりなんかしたら、萃香がカンカンになるものね」

「その話は、できればやめてもらいたいものです」

 

 苦笑を浮かべながら、机についている大き目の引き出しを開ける。プルタブのついた缶がいくつか入っており、うち二つを手に取って、一つは紫へと放った。

 外の世界にある『缶ジュース』なる飲み物を、河童が真似て作ったものらしい。密閉されているため、中に入っている飲み物はかなり日持ちする。ちなみに、中身はただのお茶だ。

 

「どうもありがとう。ご馳走になるわね」

 

 缶を受け取った紫の礼に肩をすくめて答えてから、文は机に放り投げてしまった果たし状に目を移す。

 約束を果たしてもらうと書いてあったが、恐らくレミリアに対する謝罪のことを言っているのだろう。なぜそこまであの吸血鬼にこだわるのか、文にはいまいち分かりかねた。レミリアが花子と気が合いそうな妖怪だとは思わないし、他にもっと仲良くなれる者もいるのではないか。

 文の心中を悟ったらしい紫が、缶の口から唇を離した。

 

「レミリアは初めてのお友達、らしいわよ。だからこそ、彼女を貶めたあなたを許せない――。幼くて可愛らしい意地だと思わない?」

「確かに。ですが、それにしたって意固地になりすぎでしょう。もう三ヶ月以上経っているんですよ?」

「花子をあの子に任せたのは、あなたじゃない」

 

 一転、文はばつの悪そうな顔をした。萃香が花子を育てるよう仕組んだのは紛れもなく文自身であり、こうなることも想像に容易い。

 からかわれていると知りつつも、文はかぶりを振る。

 

「そうじゃなくて、花子さんの心中を言ってるんです。果たし状の文面――鉛筆で書いたようですが、筆圧が強すぎる。かなり力を入れて書いたみたいですよ」

「さすがは新聞記者様ね」

「どうも。まぁつまり、彼女の私に対する敵意が強すぎると言いたいんです。何か、知ってるんでしょう?」

 

 花子が定期的に外へ手紙を書いているという話は、最近魔理沙から聞いていた。結界を越えて外に物を運べる妖怪など、紫以外にあり得ないはずだ。

 相変わらずはぐらかすような微笑を口元にたたえ、紫は缶のお茶を上品に飲んでから、

 

「幻想郷は全てを受け入れる。それはとても――」

「残酷、ですか? いい加減聞き飽きましたが」

「何度でも言いますわ。その度に意味合いが変わってくるから。それこそが、この言葉の真意」

 

 分かりそうで分からない言葉を連ねるのも、いつも通りだ。さっさと本題を切り出させたくて、文は一つ、小さく咳払いをする。

 

「それで、どうなんです?」

「せっかちね。言ったでしょう? 幻想郷は、御手洗花子の全てを受け入れた。その幼さも、弱さも、何もかも。ほら、残酷でしょう?」

「……最初からそう言えばいいのに」

 

 言葉があまりに足らない気がするが、キーワードは出揃っている。相変わらず遠まわしなことをすると、文は呆れつつ茶を口に含んだ。紫は話をやめて、また微笑んでいる。

 外の世界で忘れ去られる危機に瀕した花子は、やっとの思いで幻想郷に辿り着いた。彼女にとっては最後の希望と言って良かっただろう。

 しかし、そこで待ち受けていたものは、光満ち溢れる未来ではなかった。厠で子供を驚かすことを生業としていた花子だが、巫女に退治された挙句に学び舎を追われ、喧嘩っ早い妖怪や妖精が蔓延る里の外へと放り出されたのだ。

 湖の濃霧に包まれ、イタズラ好きな妖精に妖弾をぶつけられ、何がなんだか分からない恐怖に怯えたことだろう。そんな中で、彼女は紅魔館に辿りついたのだ。

 館で何が起きたのか、文は知らない。どういう経緯でレミリアやフランドールと友人になったのかも分からないが、それでも花子の胸中は容易に想像がつく。

 たった独り、手探りで歩き続けてきた彼女にとって、友となってくれた吸血鬼の姉妹はどんなに暖かな存在だったことだろう。彼女達がどれほどワガママであったとしても、隣で一緒に笑ってくれるだけで、幼い花子はとても癒されたはずだ。

 

 幼さ故の強い気持ち。初めての友達という言葉だけでは表現できないほど大切な、しかし親友と呼ぶにはまだ付き合いの浅い友。花子にとっては、この幻想郷でかけがえのない存在だったに違いない。

 そんなレミリアを、文はあれほどまでに貶してしまったのだ。彼女が今日まで怒りを引き摺るのも、無理からぬことだろう。

 

「さしずめ、心の友といったところですかねぇ」

「育てたのは萃香と古明地の妹だけれど、花子を一番強くしたのは、レミリアなのでしょうね」

「あの傲慢お子ちゃま吸血鬼も、誰かの役に立つことがあるわけだ」

 

 頬杖をついて呟くと、紫が「まぁまぁ」と口元を押さえた。彼女の見た目は絶世の美女だというのに、時折こういった年寄り臭い仕草を見せる。本人に言うと何をされるか分からないが。

 疲弊しきった体に、これ以上の長話は堪える。文は椅子から立ち上がり、スカートの埃を払った。

 

「さて、私は少し休みます。花子さんには、決闘承知の旨をお伝えください」

「承りましたわ。それでは、お休みなさい」

「ごきげんよう」

 

 ぬぅとスキマに引っ込んで、紫は姿を消した。

 寝る前に汗を流そうと、風呂場に向かう。河童の発明は便利なもので、天狗の家には捻ればお湯の出る蛇口が完備されていた。

 栓をした湯船に湯を張りつつ、服をあらかた脱ぎ捨てる。下着だけになったところで、文はふと部屋に戻った。どうせ急いだところで、湯が溜まるまで時間がかかる。

 机に放られた果たし状を手に取って、はらりと広げる。可愛らしい丸文字で書かれたその書状を眺め、

 

「七日後、か。楽しみだわ、とても」

 

 笑みとともに零れた言葉に、嘘はなかった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 守矢神社の鳥居の前で、花子は空を見上げた。雲一つない晴天だ。

 いつもの川原を発つ時、決闘日和だと萃香は言っていた。決闘などしたことがないのでよく分からなかったが、彼女が言うのだから、きっとそうなのだろう。

 もう、あの川原に戻ることはない。またいつでも行けるけれど、この日のために修行をした日々は、もう過去となってしまった。そのことが少しだけ寂しかったが、花子はもう前を向いている。

 とても長かった。しかし、いよいよなのだ。一人前の妖怪となって最初に成すべきことが、目の前にある。

 

 高鳴る胸と共に、境内へ踏み込む。同時に、目を丸くした。

 まだ昼前だというのに、守矢神社はまるで祭りでもやっているかのような賑やかさだった。実際、祭りと呼んでも間違いではないかもしれない。

 喧騒の正体は、あちこちで始まっている酒盛りだった。山に住む天狗や河童を始めとした妖怪、山の外に住む一人一種族の妖怪。さらには物好きな天人から仙人、神様までいる始末だ。

 

「うぇ、あれ?」

「おゥい、花子! やっと来たね。どうだい、中々のもんだろう」

 

 手を振りながら駆け寄ってきたのは、萃香だった。その口ぶりから、正月の神社もかくやといったこの賑わいが彼女の仕業だと分かる。

 三度の飯より酒が好き、その次に楽しいことが好きといった萃香のことだから、こうなることはなんとなく予想していた。しかし、限度というものがあるのではないか。花子は諦めも含めた溜息をゆっくりと吐き出した。

 

「……中々なんてもんじゃないですよ、もう」

「なんだい、つれないねぇ。賑やかなほうがいいじゃないか」

 

 萃香がケラケラと笑った。そちらにじっとりとした視線を向けるも、やはり笑い飛ばされてしまった。

 神社の住人であるはずの早苗はどこかと探してみれば、すでに出来上がっているらしい神様と思しき女性と童女の面倒を見ていた。花子は、ここの神だけは崇拝すまいと心に決めた。

 

「まったくもう。決闘なんだから、もっとこう――」

「厳かに、かい? 古い古い。今の時代、決闘も楽しくいかなきゃ嘘さ」

「そ、そうなんですか? うぅん、萃香さんがそう言うならいいけれど。それにしても、よくこんなに集めましたね」

「私の能力にかかれば、こんくらい朝飯前だよ」

 

 十や二十では収まらない数の妖怪がどんちゃん騒ぎをしている様は、もはやただの宴会だ。実際、花子と文の決闘も余興の一つでしかないのかもしれない。

 決着をつけるべきは花子と文であり、それを酒の肴にされても構わないとは思うのだが。やはり複雑な心地だった。

 渋面を浮かべる花子の肩を、萃香が小さな手でなだめるように叩いた。

 

「まぁまぁ。あんたが喜ぶ奴も連れてきたからさ。えぇと、『すぺしゃるげすと』ってェんだろ?」

 

 萃香の視線を追って、花子は目を見開いた。

 守矢神社にはどう考えても似合わない真っ赤なパラソルの下で、やはりこの境内では酷く浮いている豪華な椅子に腰掛け、ワイングラスを傾ける少女。青みがかった銀髪を秋風に揺らす彼女は、花子と目が合ったと分かると、にっこり微笑み手を振ってくれた。

 

「レミリアさん……」

「あいつだけは、力を使わないで呼んできたんだ。決闘の理由を話したら、すぐに行くって言ってくれてね、一家総出でお出ましってわけさ」

「一家総出って、え、じゃあ――」

 

 思わず、レミリアの周囲を見渡した。片時も主から離れまいと隣に佇む咲夜に、パラソルの位置が気になるらしくいじくっている美鈴。レミリアが腰掛けている椅子の後ろに見える帽子は、パチュリーだろうか。 

 そして、見つけた。パラソルを固定しようとしている美鈴の腕にぶら下がって遊ぶ、姉とおそろいの帽子を被ったブロンドの少女。サイドテールが元気に揺れる、フランドールだ。

 

「フランちゃん、外に出してもらえたんだ……」

「ちょっとばっかし渋ったけどね。花子が会いたがってたって言ったら、妹の方が聞かなくなってさ。レミリアの奴、妹にはあんな顔を見せるんだねぇ」

 

 フランドールに駄々をこねられて困るレミリアの様子が、花子には簡単に想像できた。よかったと心から思い、目を細める。

 紅魔館の面々がいる場所に駆け出そうとしたが、萃香が回り込んできて、花子の両肩を掴んだ。

 

「待ちな」

「な、なんでですか? まだ決闘まで時間があるし」

「そうだ。あんたは今日、決闘に来てるんだよ。いつもは遊びでやってることでも、今日の花子にとっちゃ真剣勝負だ。あいつらは楽しみに来てるけど、あんたは違う。だろ?」

「うぅ、でも――」

「お楽しみは、勝ってからぁー」

 

 間の抜けた声と共に、後ろから抱きつかれる。首に腕を回して頬ずりなどしてきたのは、こいしだった。

 

「こ、こいしちゃん? どこ行ってたの?」

「霊夢んとこ」

 

 答えて、こいしが一点を指差す。そちらを見れば、霊夢と魔理沙が、妖怪と談笑しつつ酒を飲み交わしていた。妖怪の山に出入りする数少ない人間だと聞いているが、あんなにも堂々とされては人間かどうかも怪しまれそうなものだ。

 あっけに取られていると、相変わらず花子を放さないこいしが言った。

 

「ね。吸血鬼さんと遊ぶのは、花子の勝負が終わってからだよぉ。天狗さんにちゃーんと勝ってから、自慢しに行こう」

「うん……そうだね。そうするよ」

 

 こくりと小さく頷くと、こいしが頭を撫でてくれた。

 瓢箪をいつものように豪快に呷って、萃香がこちらに向き直る。あまり見ない真剣な眼差しに、花子は自然と背筋を伸ばした。

 

「花子。今だからはっきり言うが、あんたはとても弱かった。教えられることは全て教えるつもりではあったけど、私は正直、あんたが弾幕を撃てるようになるとは思っていなかったよ」

「……」

「でも、あんたはやってくれた。花子は私が思ってた以上に、できる子だった」

 

 にこりと、萃香が口元に微笑を浮かべた。

 

「師としてじゃなく、友として――あんたに出会えたことを、心から誇りに思う」

「私も、同じ気持ち」

 

 こいしの短い同意も受けて、花子は心がすぅと軽くなるのを感じた。今なら、どこまででも飛んでいけそうだ。

 しっかりと目を合わせてから、萃香は自分の握りこぶしを花子の胸に押し当て、

 

「あんたは強くなった。ここから先は、花子の道だ。……しっかりやるんだよ」

「はい。絶対、文さんに勝ってみせます!」

「おやおや、大した自信ですねぇ」

 

 聞き覚えのある声に、花子の背筋が強張った。いつかの記憶が蘇りかけたが、すぐにそれを振り払う。

 対面の萃香が上方を見上げ、「おいでなすった」と笑みを浮かべた。高く昇った太陽のせいで逆光だったが、降り立たずとも、その少女が誰か花子には分かる。

 

「しかしまぁ、本当に宴会になるなんて。これはあなたの仕業ですか? 萃香さん」

「仕業ってェ言い方はないだろう。可愛い愛弟子の真剣勝負、盛り上げてやりたいと思う親心さ」

「そうそう、親心!」

 

 こいしまでもが胸を張り、それを見た少女――射命丸文は、皮肉げに肩をすくめる。

 

「さようで。あんな馬鹿みたいに大げさな果たし状を送られたものですから、私はもっと厳かな決闘かと思っていましたが」

「それは私も同じですけど。でも、あなたを叩きのめすのに、雰囲気なんて関係ないです」

 

 眉をきつく吊り上げ、気丈に言い放つ花子。先ほどまでまだ時間ではないと言っていたというのに、文を目の前にした途端、彼女はすっかり臨戦態勢になっていた。

 しかし文は、まるで花子を無視するかのようについと視線を逸らし、大げさに境内を眺め回した。

 

「あやや。こりゃすごい。神様天人、妖怪に人間。なんでもござれですな。さすがは『密と疎を操る程度の能力』、人心掌握も思いのままですか」

「守矢の連中が宣伝したってのもでかいけどね」

「いやいや、それだけじゃこんなには集まりますまい。決闘場所のみならず、観客までも集めるとは、師の愛とは素晴らしいですねぇ」

 

 ふいに花子へ目を向けて、文はにやりと口の端を吊り上げ、

 

「おんぶに抱っこ」

「……!」

「何でもかんでも師匠に任せ、自分じゃ何もできやしない。果たしてあの頃から、何が変わったというのかしら」

 

 ぐっと唇を噛む花子。萃香は何も答えず、ただ弟子を見つめている。

 反論しようと、花子は口を開きかけた。しかし、それより早くこいしが叫ぶ。

 

「花子はがんばったよ! すっごいいっぱい悩んで、痛い思いをして、がんばったの。何も知らないくせに、勝手なこと言わないでよ!」

 

 怒気を露わにするこいしは、とても珍しかった。しかし文は少しも動じず、冷ややかな視線をそちらに向ける。

 

「おや、古明地のこいしちゃんじゃありませんか。友情はいつでも美しいですねぇ。無意識の中に逃げていた出来損ないの覚に友達を思う心があったとは、驚きました」

 

 こいしが自身の胸元を掴む。花子も見たことがないような、苦しそうな、悲しそうな表情を浮かべていた。文はいつでも的確に、相手が嫌がることを見抜いて口にする。空飛ぶ皮肉屋の二つ名は伊達ではない。

 花子の方を向き、文が眼光を鋭くさせた。その視線が語っている。大切な友人がまた貶められているぞ、黙って見ているつもりか、と。

 すぅと空気を吸い込んだ花子は、そのままゆっくり息を吐き出した。同時に下を向き、何も言い返さないと思ったらしい文が、見て分かるほどに落胆の表情を浮かべる。

 しかし、花子はすぐに顔を上げた。彼女の顔に浮かべられていたのは、文にも負けぬほど嫌味な笑顔だった。

 

「文さんって、口ばっかですよね」

「……なんですって?」

「ちょっと強いからって威張り散らして、それで新聞のネタを集めてるんでしょ? 見ましたよ、あなたの新聞。どうしようもないことを自慢げに書いちゃって、見てるこっちが恥ずかしいったら。あれなら、私が前にいた小学校の学級新聞の方がいい出来だったんじゃないかなぁ」

 

 文の眉がぴくりと動いた。その表情には、驚きとわずかな怒りが浮かんでいる。

 それでも、花子にとってはまだ序の口だ。文を真似て、相手を馬鹿にするように肩をすくめて、

 

「いばりんぼのくせして、鬼にはいっつもヘコヘコしてるんだもの。これなら萃香さんと普通に話せる私の方が、よっぽど度胸があるよ」

「……言わせておけば、このチビ――」

「私、知ってるんですよ。文さんがいろんな人の弾幕を写真に撮ってた時、萃香さんには頭を下げてお願いした挙句に、お酒までご馳走したんでしょ? 私ならそんなことしないもん。普通にお願いできちゃうもん。

 ある人が言ってましたよ。天狗の文はカァカァわめくばかりの、能無し鴉だって」

 

 散々見下してきた花子にここまで言われては、文がこめかみに青筋を浮かべるのも無理はない。彼女は震える拳を握り締め、何とか笑みを象っている唇から言葉を紡いだ。

 

「ど、どこのどいつがそんなこと。絶対許せないわ、そいつは誰なの? 教えなさい」

「この人です」

 

 いつの間にか隣に移動していた萃香を、花子が親指で示す。ふん、と萃香が鼻を鳴らすと、文は一瞬頬を引きつらせ、慌てて口をつぐんだ。

 わずかな沈黙の後、文がゆっくりと顔を上げた。

 

「言うようになったじゃない、便所妖怪風情が」

「誰かさんのが移ったんですよ、バ鴉天狗さん」

 

 お互いに目つきを鋭くさせ、睨み合う。周囲から煽りが飛んできたのは、その直後だった。

 早く始めろだの、酒がまずくなる勝負はするなだの、ずいぶんと好き勝手言ってくれている。しかしどんな言葉でも、二人の心に火をつけるには十分だった。

 

「萃香さん、こいしちゃん」

「始めるんだね」

「……はい」

 

 少しだけ空中に飛び上がり、二人の師へと振り返る。萃香は信頼を乗せた視線を、こいしはわずかに心配そうな瞳を、こちらに向けていた。

 行ってきます。声には出さず唇だけを動かし告げると、萃香とこいしが揃って頷いてくれた。

 花子の中で、何かが吹っ切れた。後はやるだけだ。勝つだけだ。

 文の方へ向き直る。すると文は腕組みをしながら、高圧的な口ぶりで言った。

 

「カードは五枚だったわね。そんなに使えるのかしら?」

「あら、文さんには多かったですか? なんなら三枚にしてあげてもいいですよ」

 

 負けじと言い返す。文が楽しげに口元を歪めた。花子も眉を吊り上げたまま、笑みを浮かべる。

 

 双方、カードを取り出す。お互いに五枚。ルールに変更は、ない。

 喧騒と野次が、一気に大きくなった。空を目指した文を追いかけ、花子は妖力を練り上げる。

 

 空中高くに舞い上がった花子へと、文が叫んだ。

 

「さぁ、新入りの弱小妖怪! 手加減してあげるから、本気でかかってきなさい!」

 

 絶対に勝つ。自分を育ててくれた皆のためにも。

 燃え盛る情熱と決意を胸に、花子も大きな声を張り上げる。

 

「手加減なんてさせません! 私はもう、あなたの知る花子じゃない!」

 

 両手を広げる。文が右手をこちらに向けた。

 臆するな、突き進め。花子は力を解き放つ。

 

「私はもう――弱くないッ!」

 

 双方の周囲に色とりどりの妖弾が浮かび、放たれた。

 

 決闘が、始まった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 花子がこなしてきたいくつかの実戦では、ショットそのものに脅威を感じることなどなかった。ショットはあくまでスペルカードに向けた布石、相手にスペルを使わせたくなるようなものにすぎないというのが常識だ。

 しかし、文のそれは違った。瞳を焼くほど鮮烈な赤と青の妖弾が、輪をなし弧を描き空を舞う。一瞬スペルなのではと思わせるほどの美しさと密度だが、花子のもとへ届く頃にはかなり拡散しており、避けることは容易だ。

 スペルカードは精神の勝負とは、弾幕ごっこのプロフェッショナルを自称するこいしの言葉だ。今までどういう意味か分からなかったが、ようやく言葉の真意を汲み取った。

 まだ戦い始めたばかりの、それも初撃だというのに、花子は文のショットに呑まれかけていた。

 

「う――」

 

 このままでは、戦わずして負けてしまう。何とかして自分を奮い立たせようとする花子の目に、文の冷ややかな笑みが映る。

 すぐに妖弾の輪で見えなくなってしまったが、彼女の言いたいことは嫌というほど伝わってくる。心中を見透かされているのだ。

 

「馬鹿にして……っ!」

 

 ゆっくりと広がり消えていく赤と青の波に、自ら進み出る。一度撃っただけで消えてしまった桃色の妖弾を再度作り出し、文めがけて撃ちだす。

 花子の頭上と左下、右下の三点から二つずつ、計六つの妖弾が放たれた。それぞれが対となる妖弾と何度も交錯し、やがて三本の二重螺旋となる。

 三箇所から射出される大きめの二重螺旋は、直線的な弾幕とはいえ、狙いさえ絞っていればかなりの範囲をカバーできる。腕組みなどして余裕の表情だった文も、わずかに驚いて回避行動をとった。

 赤い妖弾のリングが目前に迫る。その下を潜るようにして避けながら、花子は文の姿を探した。

 ほんの一瞬目を離しただけだというのに、花子の妖弾が狙っている位置とは正反対の場所に移動している。驚愕に目を見開く花子に、文は肩をすくめて見せた。

 

「どうしました? ショットがあさってのほうを向いてますよ」

 

 歯噛みしながらも、再度文へとショットを向ける。しかし、あろうことか彼女は花子の頭上から放たれている二重螺旋に飛び込んできた。螺旋の中心は安心と見たのだろうが、花子もそれは知っていたし、文がこのことに気付くだろうことも読んでいた。

 足元の二ヶ所から発射している妖弾で、文を狙う。交錯した場所は三つの渦が重なり、その流れは混沌を極めている。巻き込まれれば被弾は免れないだろう。

 しかし、肝心の文がいない。確かに捉えたはずなのにと思った直後、すぐ頭上から声が聞こえた。

 

「どこを見ているので?」

「っ!?」

 

 見上げれば、文はすでに花子の目前まで迫っているではないか。当然文もショットを展開しており、彼女の近辺は密度が恐ろしく濃い。密集した文の妖弾が放たれる前に、花子はショットを中断し、撤退に全力を注がなければならなくなった。

 

「このっ、すばしっこいんだから!」

「伊達や酔狂で、幻想郷最速を名乗っているわけじゃないのよ」

「そんな二つ名、聞いたことないもの。でたらめ新聞記者なら、よく耳にするけれど」

「私は真実以外、決して記事にしない。よく覚えておくことね!」

 

 言葉が途切れ、花子はショットを再開した。今度は決して逃がすまいと、文に視線を釘付ける。体を細かく動かして、雪のように降り注ぐ青と赤の妖弾を避けることも忘れない。

 ふと、気付く。文が遅い。先ほど見せた目にも留まらぬ速度とは大違いだ。

 パフォーマンスだったのだ。本気になればあれほど速く動ける、だが花子にはこれで十分。そういうことだろう。

 花子は憤慨した。なんとしても文の本気を引き出してやりたい。対等に戦える妖怪だと思い知らせてやりたかった。

 ポケットに手を突っ込む。そこにある厚紙には、花子にしか分からない妖力の凹凸があった。触れるだけで、どのスペルか判別がつく。

 取り出したカードを、文に向かって高々とかざす。それを見た文がショットを止め、にやりと笑みを浮かべる。

 体中に滾るものは、妖力だけではないだろう。気合のままに、花子は叫んだ。

 

「いきますッ!」

 

 妖力の乗った声は、他のどれよりも高い山の頂にあっても、山彦が叫び返したが如く響き渡った。

 花子の頭上に光球が二つ、浮かびあがる。大きな――召喚した花子の背丈と同じほどの、純白に輝く光の玉だ。まばゆいほどの白さを持つ光球だが、その中央には黒い妖力の塊が不気味に蠢いている。文にも、そして下方の観客達にも、それはまるで大きな目玉のように見えた。

 刹那、目玉から弾けるように無数の妖弾が飛び出した。色も何もない、ギラリと光る日差しのような白い光弾だ。

 怪談「目力ベートーベン」。妖弾は規則性がほとんどなく、また密度もそれほど高いものではない。文にとって、避けることは容易いだろう。

 大雑把に文へと狙いを定めて降り注ぐそれには、熟練者が放つ弾幕のような美しさはなかった。しかし、秋晴れの青空に夏の太陽を取り戻させたかのような真っ白な光弾は、見るものを釘付けにし、その心に戦いの情熱を呼び起こさせた。

 

 格下とはいえ初見の相手なので、文は警戒しつつ花子の背後に回ろうとした。その直後、彼女の顔色が変わる。花子がこちらを目線で追うと同時に、彼女の頭上にある巨大な目玉もまた、ぎょろりと文をにらみつけたのだ。

 弾幕そのものは文に苦戦を強いているとは言えないが、彼女はそれでもわずかな焦燥感を抱いたように見えた。宙に浮かぶ眼球は、花子の目と動きを同じくしているのだ。逃げれば逃げるほど光弾は散らばり、動きが狭められていく。彼女自慢の高速も使いにくい状況だ。

 

 花子が有利になるかと思われたが、文はすぐに冷静さを取り戻し、迫り来る妖弾を細かく避けることに集中し始める。

 散らばらせなければ、この弾幕はさして脅威にはなり得ない。弾幕を展開している花子自身も、当然の判断だと思った。

 しかし、花子はこの時を待っていた。正確に言えば萃香の案なのだが、ともかく、口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべ、

 

「もらいました!」

 

 突如、それまで大人しかった黒目の部分が、その動きを活発にした。黒いレーザーを放ち始めたのだ。

 ばら撒かれる白い妖弾よりもはるかに速く、鋭い狙いを文へ定めて、細長い妖弾は一直線に進んだ。一瞬、花子はこれで先制点を挙げたと思い込んだが、文の反応は凄まじく早い。光弾の密度がもっとも薄い場所を的確に選び、すぐさまそちらに移動して黒い直線妖弾の回避に専念し始めたのだ。

 花子が文を目で追えば、光弾はばらまかれるしレーザーも文を狙う。そうすると、文はまたも弾の密度が薄くなった場所へ移って黒く輝く矢をあしらう。

 一進一退の攻防に見えなくもないが、文の回避は正確で、被弾するかもしれないという危うさは微塵も感じられない。

 

「当たってよっ……! このままじゃ――」

 

 避けきられたと判断する時間制限が、刻一刻と近づいている。文はそれを知らないだろうが、かといって嘘をついてまで攻撃を続けることは反則だ。ズルをしてまで勝利を得たいとは、花子にはとても思えない。

 それでも、最初こそ意表をつくスペルに驚いた文が余裕を取り戻していく様を見ていると、心に芽生えたざわつきを抑えられなかった。

 まだ一枚目なので、花子としても簡単だと思えるスペルを選んだつもりだった。しかし、こうも簡単に破られそうになるとは思っていなかったので、文に狙いを定めつつ、苛立ちを露わに唇を噛む。

 黒いレーザーをまたぐように避け、散弾のような光球の中をすいすい飛んでいく文に、境内の外野から感嘆の声が上がる。同じ天狗共からだろうが、それも花子の胸をかき乱すに十分な役割を果たしていた。

 

 やがて、ばら撒かれていた妖弾もレーザーも、そして目玉を模した光球も消える。

 時間切れだ。スペルを攻略した文に二点が加点され、彼女の持ち点は十七点となる。

 一枚目の軍配は、文に上がった。

 肩で息をする花子とは対照的に、文は額にほんのり浮かんだ汗を拭う程度で、こちらを見下すように言った。

 

「アイディアはいいと思ったんだけどね、使い手が悪すぎるわ」

「……」

 

 皮肉の一つでも言ってやりたい気持ちだったが、花子の頭はそれを思いつくほど回らなかったし、何より息が切れて声が出ない。せめてと憎憎しげに睨み付けるが、文はそれを鼻で笑い飛ばした。

 

「これで私は十七点。あなたの残りカードは四枚。得点でも枚数でも不利になっちゃってるわね」

「……しら、ない――。そんなこと――」

 

 ようやく搾り出した声は、なんとも重く苦しそうで、その上ドスも効いている。しかし文はちっとも動じず、飄々とした態度で言った。

 

「ショットの被弾なしで先制スペルを撃てば、今のような結果になるかもしれないと、あの萃香さんが教えていないなんてことはないでしょう」

 

 文が、腰のポーチからカードを取り出した。緑色の、葉とも風ともつかぬ模様が入った綺麗なカードだった。

 目前にカードを提示されたころには、花子の息はすっかり元に戻っていた。だが、スペルを破られた悔しさだけはどうしようもなく心に燻っている。それを知っていながら、文は挑発するかのように花子を見下ろした。

 

「一矢報いるために不利を覚悟でスペルを撃つ。そんな度胸があなたにあるなんて思わなかったわ、花子。私も敬意を示すべきだと思うから、チャンスを上げる。ここで私はスペルを使う。もし避けきることができれば、勝負は振り出しに戻るわ。もちろん当たれば、点数で私に勝つことは絶望的になるけどね」

 

 ひらひらとカードを振るう文。花子はもうスペルカードには目もくれず、見下してくる文の瞳を、真っ直ぐ見つめた。

 

「どうする? あなたが怖いというなら、またショットから始めるけれど。観衆も待たせているしね」

 

 眼下の宴会を眺めながら、文は答えを待った。実に余裕のある仕草だったが、次に花子が発した言葉で、彼女は跳ねるように顔を上げることになる。

 

「スペルを使いたいなら、好きにしたら? どんな技がきても、私は避けきってみせるだけだもの」

 

 じっとこちらを見据える花子の表情は、文の中にあった弱気な少女の印象を完全に吹き飛ばすほどの、とても強気なものだった。

 その瞳に何を見たのか、文は一瞬顔色を変える。しかしすぐに元の挑発的な顔に戻ってしまったので、実は彼女が武者震いを覚えていたことを、花子が知ることはなかった。

 

 すぅと瞳を冷たく細め、文が口を開く。

 

「……よくぞ言ったわ。覚悟はいい?」

「いつでもどうぞ。とっくに準備はできてるんだから!」

「その強がり、すぐにかき消してやるわッ!」

 

 花子がいる場所よりもさらに高く、文が飛び上がった。ほぼ同時に突風が吹き荒れ、とっさに目を覆う。

 ようやく風に慣れたころ、文がいるであろう上空を見上げた花子は、言葉を失った。文の周りで風が渦巻き、秋の落ち葉だけでなく、まだ青い葉までもが風の中で舞い躍っている。まるで文を崇め守っているかのように見え、廻り踊る風と葉が織り成す文様は大変素晴らしく、花子の語彙では美しい以外の言葉で表すことができなかった。

 

 風の演舞に見とれていた花子は、しかし次の瞬間、我に返って青ざめる。踊っていた葉が、突然鎖のように連なって四方八方に伸び始めたのだ。

 風神「天狗颪」。紅葉も入り混じった葉の鎖は、花子へ近づくに連れて離れて砕け、やがては無数の葉となった。木の葉一枚一枚全てに妖力が付与されており、それが文の妖弾となっているとすぐに気付く。

 鎖の一部から解き放たれた木の葉は、不規則な動きで花子の動きを封じてくる。風に乗って自由がままに落ちているようにも思えたが、葉と葉の間には絶妙なバランスで避けられる空間が存在しており、例外なく文が操っているのだと知れた。

 動きの読めない妖弾の回避は、すでに何度も練習してきた。集中すれば避けれないことはないと言い聞かせ、小さく俊敏に動いて舞い落ちる葉をかわす。

 見上げれば、文の周りでまたも木の葉が風に巻かれて渦を作っている。文の周囲を彩る紅葉と緑葉は、観衆こそ楽しませたが、花子にはもうちっとも美しく思えなかった。

 

「くぅっ……」

 

 汗が頬を駆け下りていく。背中も額もびっしょりだが、拭う暇などあるはずがない。

 気まぐれに軌道を変えて落ちる木の葉の回避は、花子の集中力を一気に奪っていく。第二波がくると思うと、花子はついポケットのカードに手を伸ばしかけた。

 あわやカードを掴むかと思われた右手は、ポケットの入り口で握り拳に変わり、腕が下ろされてから解かれる。ここでスペルを使おうものなら、花子の負けはぐっと近くなってしまう。辛抱するのだと、自分に言い聞かせる。

 ようやく落ち着いたかと思った瞬間、第二波の木の葉に襲われた。伸びた葉の鎖が散らばり、青空は再び木の葉色に染まる。

 息を整える間もなく、体を動かす。安全な避けやすい場所を探したが、そんな場所はどこにも見当たらない。

 木の葉の騎士に守られる風の女王となった文は、とてつもなく遠い存在に見えた。あの場所に辿り着けるのだろうか。花子のような下級妖怪風情が彼女と対等に戦おうなどとは、おこがましいことだったのだろうか。

 否。花子は胸中で激しく否定した。あの夜、あの川原で、花子は萃香と誓ったのだ。

 

「一番綺麗に、輝かなきゃ――」

 

 夜空に輝く、一等星のように。思い出した途端、疲れ始めていた全身に力が戻ってきた。

 そこからの花子の動きは、まるで別人のようだった。今までの固さを感じさせる回避とは違い、流れるように木の葉を避けていく。

 しかし、やはり消耗は激しかった。信念は間違いなく花子の力となったが、伝う汗の量や動くたびに漏れる呼気は、葉の一枚を避けるたびに酷くなっていく。

 

 目がかすみ、頭が重くなる。いよいよここまでかと思った、その時だった。あたり一面に、凄まじい突風が吹き荒れた。

 もはや文を見ている余裕などなく、葉の一枚一枚に全神経を集中させていた花子は、殴りつけてくるような風に目を閉じて身を縮こまらせた。しかし、これほど風が吹いているというのに、妖弾となった葉が体に当たった感覚はない。

 やがて風が消え、花子はそっと目を開け、そのままぽかんと開いた口を閉じることができなくなった。

 見渡せば、妖力を纏った落ち葉はどこにも見当たらない。ただ文が、上空から小馬鹿にしたような顔でこちらを眺めている。

 

「やぁ、よくがんばったわね。手加減していたとはいえ、一本取られましたよ」

 

 文の周囲に、再び赤と青の妖弾が召喚された。文と共に、花子の息が整うのをじっと待っている。

 

「よ、避けきったの?」

 

 いまいち理解が追いつかずに訊ねると、文は大げさに呆れてみせた。

 

「おや、まさか気付かなかったの? 見ての通り、今回はあなたに加点よ、花子。これで勝負は仕切り直しね、癪だけど」

「……!」

 

 途端、花子は瞳を輝かせた。切れ切れだった息もあっという間に整えてしまう。

 

 文のスペルを凌いだ花子に、二点加点。持ち点は十七点、カード枚数はお互いに四枚となる。

 

 桃色の妖弾を、今度は正面に三つ展開し、いつでもショットを撃てる体勢を取ってから、花子は言った。

 

「さぁ、続きをしましょう。けちょんけちょんにしてやるんだから、覚悟してくださいね」

「やれやれ、さっきまで死に掛けの子犬みたいだった子の言うことかしらね。最初の一手であの様じゃ、この勝負はとてもつまらないものになりそうだわ」

「文さんの舌は、どれだけ動いても疲れないの? それとも、私が強いもんだから言葉で脅かそうとしてるんですか?」

 

 花子も文も、それは楽しそうに――眉はお互い吊り上っているし、眉間にはしわも寄っていたが――笑みを作った。

 双方の妖気が高まり、観衆にもそれが見えたのか、煽りの声はいっそう大きくなっていく。

 一陣の秋風が吹きぬけた直後、二人は動きだした。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 守矢の連中が用意した酒は、悔しいことにとても美味だった。霊夢の舌はとても喜んでいるというのに、その顔には渋面を浮かべつつ、肴として用意された猪鍋に箸を伸ばす。

 

「しかしまぁ、花子が文のスペルを破るとはねぇ」

 

 小皿に猪肉を取りながらなんともなしに呟くと、隣で空中の戦いを見上げていた魔理沙が、そうだなと相槌を打った。

 

「でも、ちょっと飛ばしすぎじゃないか? 気合が入るのは分かるが、あれじゃすぐにへばっちゃうぜ」

「そう? あんなもんじゃない?」

 

 肉をもぐもぐとやりつつ行儀悪く答えると、魔理沙が酒を呑もうと動かした腕を止め、半眼で霊夢を睨んできた。

 

「……弱い奴が必死になる気持ちなんて、お前にゃ分からんだろうな」

「そうねー。分からないし、分かろうとも思わないわ。弱い奴が悪いのよ」

 

 勘と才能で生きている霊夢は、さも当然とばかりに鼻を鳴らした。これには努力家の魔理沙も怒るより呆れ、やれやれと溜息をつく。

 

「霊夢は努力の大切さを知るべきだぜ」

「必要ないものを大切に感じるわけないじゃない。それよりも、そっちの肉食べないならちょうだいよ」

「これは私のだ」

 

 伸ばした霊夢の箸を自分の箸でがっちりと掴み、魔理沙が再び上空の戦いに目を移した。

 激しいショットの撃ちあいは、一枚目の前よりも長く続いていた。相変わらず三つの二重螺旋で文を狙う花子に対し、文は観衆に見せびらかすように、大雑把に妖弾をばら撒いている。遊んでいるのだろう。

 魔理沙がすっかり弾幕ごっこに夢中になっている様子を、霊夢は少なからず冷めた気持ちで見つめていた。あの花子が弾幕ごっこで遊べるほどにまで成長したことには、霊夢も確かに驚いた。だが、目を見張るほど強いわけではない。あの場にいるのが花子ではなかったとしても、酒宴は変わりなく盛り上がることだろう。

 

「ま、どうでもいいけど」

 

 心底本気で呟いて、酒を一口含みつつ弾幕ごっこの様子を眺める。ちょうど花子が文のショット――赤い妖弾で作られた輪に当たったところだった。

 花子は一点減点となり、持ち点は十六点。まだ余裕はあるが、彼女にとっては大きな一点だったはずだ。

 精神的な痛手もあるのだろう、揺らいだ小さな体がふらりと宙を漂う。その様子を見て、魔理沙が叫んだ。

 

「ほら、言わんこっちゃない!」

「あらま」

 

 霊夢もまた、わずかに声を上げる。まさか本当に体力を消耗しているとは思わなかったのだ。しかし、それ以上の興味はないのか、彼女は再び猪鍋へと視線を落とした。

 一方の魔理沙は、もはやいてもたってもいられないようで、今すぐにでも加勢に行きたいと顔に書いてあった。箸を持つ手はいつしか握り拳になっており、歯噛みしながら見守っている。霊夢の箸が彼女の肉を略奪していくのにも気付かない有様だ。

 聞けば、花子は妖精や妖怪と弾幕ごっこを何度かこなし、勝利を得たことも数回あるという。とはいえ、今日の相手はあの文だ。今回ばかりは分が悪すぎると霊夢は思っていた。

 まだ増長まではしていないだろうが、こんな大衆の前で文に負けてしまえば、花子に芽生えた自信の若葉は摘み取られてしまうだろう。今でこそ霊夢と肩を並べるほどの実力者になっているが、かつて弱者であった魔理沙は、そのことを一番不安に思っているのかもしれない。本当のところは、霊夢には分からなかったが。

 文と花子が、再びショットを撃ちあいはじめる。霊夢と魔理沙は、花子のショットからわずかに力が抜けているのを読み取った。

 

「……このままじゃ、負けるわね」

「分からないぜ、まだ始まったばかりだ」

「あんたが妖怪の肩持つなんて、珍しいわね、魔理沙」

「どっちも妖怪じゃないか。それに、花子はいい奴なんだ」

 

 霊夢はそれ以上深く詮索しなかった。上空の戦いと同様に、大して興味がないのだ。

 肉だけでなく魔理沙が持参した一升瓶にすら霊夢の手が伸びていたが、魔理沙の瞳は一心に上空を見つめ、

 

「がんばれ花子、がんばれよ」

 

 もう何年も茶飲み友達をしているが、こんなにも真剣に誰かを応援する魔理沙を、霊夢は初めて見た。

 こんな顔もできるのかと思うと、ほんの少しだけ花子へ羨みと嫉妬を覚えたが、

 

「……ん、この酒おいしい」

 

 酒を舌に転がして頬を緩める霊夢は、やはりいつも通りだった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 当たる。そう理解した瞬間、花子の体は衝撃と痛みに襲われた。

 二度目の被弾。得点がさらに一点減り、花子はこれで十五点。対する文は、最初のスペルを攻略してから変動しておらず、十七点のままだ。

 

 お気に入りのセーラー服は袖が破れ、もんぺもアップリケがはがれかけている。一方の文は涼しい顔で、衣服にもほとんど乱れがなかった。

 二人ともカードは四枚なので、全て使い切っても点数を減らしきれない。お互いにショットで点を削らなければならない展開となっている。頭では分かっているのだが、花子の心は酷く乱れていた。

 ここで下手にカードを使えば、確実に不利になる。避けられようものなら、もはや文の勝利が確定すると言ってもいいだろう。しかし、二点の減点と激減した花子の体力が、カードで少しでも文の点を奪えと訴えてきている。スペル中は反撃されない限り派手に動かないので、体力の回復も図れるはずだ。

 

 先に点を奪われた悔しさと、まったく落ち着く気配のない動悸と息切れが、花子の冷静さを奪い去っていく。ただ気丈な信念だけが、彼女を突き動かしていた。

 

「はぁっ――うぅ――」

「満身創痍じゃない。まだスペルを一枚しか使ってないというのにね」

 

 先ほどまでの威勢が消えかけている花子に、文が何度目かの呆れ笑いを見せる。もう、それに怒る気にもならなかった。

 実力の差は明白だったのだ。それを知っている上で挑んだし、萃香達もまた、文には届くまいと知りながら花子を育てていたのかもしれない。そう思うととても胸が痛んだが、事実、文は強かった。花子が数ヶ月間どんなにあがこうと手の届かない場所に、射命丸文は立っているのだ。

 

「まだ続ける? リタイアするなら、私は構わないわよ」

「……」

 

 これ以上戦ってどうする。花子は自問する。弾幕ごっこは、たかが遊びなのだ。大げさな果たし状など叩きつけたが、文も本気で受け取っていないのではないか。

 息は切れている。もう動きたくないと、体中が悲鳴を上げていた。これ以上続けても痛い思いをするだけならば、いっそこのままその声に従い、文に降参してしまおうか。

 後ろ向きな気持ちが脳裏をよぎると、花子の戦意は一気に失せていった。

 

「私は――」

「まぁ、もっとも」

 

 漏れかけた降参宣言を、文の声が遮る。まだ何かあるのかと虚ろな瞳で文を見上げると、彼女は眼下の観衆を見つめていた。

 

「下の連中がどう思うかは、知らないけど」

 

 花子は習って視線を下げた。大勢の妖怪達がこちらを見上げ、やんややんやと騒いでいる。

 ふと、花子の目は妙に目立つ一点を見つけた。視力に自信がある花子は、そこに誰がいるかをすぐに知ることができた。

 

 これでもかと目立つ真紅のパラソルの下、日光が届かないギリギリの場所から、レミリアが固唾を呑んで花子を見守っていた。その横では、今にも飛び出してきそうなほど腕を振り回して声を上げているフランドールも見える。

 ドクンと、花子の心臓が大きく脈打った。痛いほどに胸を掴んで、そのすぐ近くに視線を移す。

 見慣れた――見慣れすぎた小さな人影が、三つ。胡坐をかいて腕組みをし、真顔でじっとこちらを見上げる萃香と、対照的に不安を露わに両の手を祈りの形に組んでいるこいし。そして、普段着で駆けつけてくれたミスティアの姿だった。

 中央にある大きな焚き火を挟んだ反対側には、なにやら大騒ぎをしている女性と童女の世話を焼きつつ観戦している早苗と、口に手を当て声を上げて応援してくれている秋姉妹も見えた。

 明らかにそれと分かる紅白の霊夢と黒白の魔理沙も、しっかり見ていてくれている。ちょうどそこに、店を閉めてまでやってきてくれたらしい霖之助と弾幕ごっこの教本を作ってくれたという慧音がやってきた。二人は魔理沙に指差されこちらを見上げると、手を振ってくれた。

 

「あなたが降参したら、あの人達、どう思うのかしらね」

 

 文の言葉が、胸に突き刺さる。

 花子は今、ちっぽけな自分を応援してくれている人々を裏切ろうとしたのだ。その事実に気付くと、背筋が凍るような思いになった。

 

「確かにまぁ、正直に言うけどね。花子は弱いわよ。でも、弱くなれたじゃない。あんなにどうしょうもない、強弱を語るのも憚られるレベルだったというのに」

「……」

 

 取り返しがつくのだろうか。まだ、皆の気持ちに応えられるだろうか。

 

「そこまで育ててくれた人達なんだから、当然花子のことをよく思っているでしょうね。だからあなたが降参しても、きっと誰も、あなたを責めないわ。責めないけど――落胆は、するでしょうね」

 

 応えねば。応えるのだ。例えこれがただの遊びだとしても、その結果が惨めに這いつくばう敗北だとしても――

 

「誰もがあなたと友人であり続けるだろうし、嫌うこともないんじゃないかしら? ま、皆の中であなたの評価が変わるだろうことも、また間違いないでしょうけどね」

 

 逃げるわけには、いかないのだ。

 

「それでも降参するというのなら、もう止めないわ。私もさっさと終わらせて酒を呑みたいし、今日は美味しそうな鍋もあったし――」

「まだ喋るつもり? 本当に、よく回る舌なんだから」

 

 文の視線がこちらを向いた。花子の右手を見て、嘲るような口元の笑みが、別のものに変わる。

 花子の小さな人差し指と中指には、しっかりとスペルカードが挟まれていた。まだ二枚目、しかし、花子にとってはもう二枚目。

 

 痛みは消えない。息もまだ荒い。しかしその瞳には、決闘が始まった直後の強い輝きが再び宿っていた。

 勝負の行方を大きく左右するだろう一手を、花子は臆することなく天に向かって掲げ、堂々と宣言する。

 

「果たし状に書いたはずだよ。私はもう、逃げも隠れもしないって!」

「……そうだったわね」

 

 呟きと共に、文が間合いを取る。たったそれだけの動作も、今の二人にとっては、再開の合図として十分なものだった。

 スペルカードを空へ投げ、妖力に操られたそれがひらりと花子のポケットに飛び込むと同時に、掲げられた人差し指の上に桃色の妖弾が浮かび上がる。

 

「そぉぉぉ――」

 

 花子は大きく振りかぶった。身長よりも大きな妖弾を、

 

「――れぇッ!」

 

 文に向かって投げ飛ばす。二人の間にはかなりの距離があったが、妖弾は目にも留まらぬ速度で文の目前に迫った。身を翻して避けた文が、次弾を警戒しながら花子の側面へと回りこむ。

 しかし、花子は次弾を射出しない。何かに気付いたらしい文が振り返ると、避けたはずの妖弾が、彼女のすぐ背後に迫っていた。

 怪談「スプリントニノミヤ」。大きな妖弾は花子の思うがままに操られ、逃げる文の背中を猛スピードで追いかける。

 本体である妖弾から生み出された小さな妖弾が彗星の尾のように伸びていき、逃げれば逃げるほどに退路は狭められていく。しかし、文はすぐに解決策を思いついたようだった。

 なんら難しいことはない、ただ真っ直ぐ逃げればいい。文でなくとも、その答えにはたどり着くだろう。

 

「さぁ、これからが本番ですよ!」

 

 花子は掲げていた指を、パチンと小気味よく鳴らした。同時に、妖弾が弾け、四つに分裂する。

 四つの彗星は、それぞれが独自の意思を持っているかのように、文の進行方向を遮り回り込み、考える暇を与えずに追いかけまわした。さらに余裕を奪うため、花子本人も妖弾を展開する。

 文は頭が切れる。普段の弾幕ごっこであれば、この程度の弾幕なら簡単に攻略してみせるだろう。だが今の彼女は、花子が疲弊しきっていると油断していた。花子はその侮りを逆手に取ったのだ。

 全身に感じる疲労感が、花子に歯を食いしばらせた。このスペルは、ただでさえ消耗が激しい。かなり体力を使ってしまっている今の状態では、そう長くは続かないだろう。

 

「もう少しだけ、がんばって、私っ……!」

 

 あとわずかでも文が慌ててくれさえすれば、花子が描いた理想通りの展開になる。

 そして、ついに時はきた。

 四つの妖弾に追いかけられて、その上流れる細かな尾と花子の弾幕に進路を妨害され、とうとう文がしびれを切らしたのだ。

 

「私の背を襲おうなんて、千年早いッ!」

 

 鋭い叫びと共に、文がスペルカードを取り出した。カード宣言、撃ちあわれる。

 一瞬妖弾を警戒した花子だが、文の周囲に渦巻く風を見て、その必要はないと直感した。同時に、決して文から目を離してはならないとも悟る。

 怒涛の如き風を従え、文の体が動いた。突風「猿田彦の先導」。花子に向かって、真っ直ぐ突進してくる。

 文が纏う風の鎧は、桃色に煌く彗星の尾や花子が撃つ弾幕を、ことごとく吹き飛ばした。

 相手の弾幕にスペルで干渉することは、ルールでは禁止されていない。ただ、どうしても力技が多くなるためか、好んで使うものが少ないのだ。しかし、こういった対弾幕用のスペルを奥の手として持つこともまた、常識となっている。

 尋常ではない風の唸りと文の気迫に呑まれかけながらも、花子の瞳は満足げに輝いた。文に奥の手を使わせることこそが、彼女の狙いだったのだ。

 あとは被弾を避けて、彼女のスペルを破ることができれば完璧だ。花子のスペルを文に当てることができれば、さらに理想的と言える。

 轟々たる爆音を引っさげて、文が迫ってきた。駆け抜ける突風に吹き飛ばされないよう体に妖気を滾らせながら、花子は巨大な弾丸となった文をかわす。

 その凄まじい勢いと風に紛れる文の巨大な妖力に、思わず息を呑む。あんなものの直撃を受けたら、きっと気を失ってしまうだろう。

 

「でも、すごい」

 

 文はすごい。そして、彼女と戦えている自分もまた、すごい。口元が緩むのを、止められなかった。

 一度は消し飛ばされかけたが、花子の大きな妖弾はまだ生きている。文のスピードと風に押し負けながらも、花子は四つの妖弾を操り、その背中を狙う。

 再度突進を仕掛けようと切り替えした文は、完全に吹き飛ばしたと思っていた妖弾が眼前に現れたのを目視すると、一瞬停止して上空へと退避した。

 さらに追いかけようと妖弾を操りかけた花子だが、見上げた文と目が合い、獲物を狙う猛禽類のようなその眼光に凄まじい恐怖を覚え、震え上がった。

 

「く、くるっ!」

 

 咄嗟に、妖弾を自分の正面に引き戻す。それよりも早く、そして何よりも速く、文が襲い掛かってくる。

 疾風の羽を背負って急降下してくる文は、今までの彼女よりも数倍威圧感があった。恐ろしさのあまり泣き出しそうになる自分を内心で激しく罵りながら、花子は妖弾が間に合わないと判断し、文に視線を向けたまま後方に下がる。

 急いで退避したにも関わらず、文はすぐ目の前を通り抜けていった。後を追うように上方から吹き付ける風に押し潰されそうになりながら、下方を見渡し文の姿を探す。

 すぐに見つかった。真下から、こちらを見上げている。

 

「うっ――」

 

 花子の目で追える速度なのだから、まだ手加減の範疇なのだろう。だがその目は、もはや花子を生かして帰すまいとしているのではとすら思えた。

 

「い、いやッ!」

 

 生まれて初めて、花子は生命の危機を感じた。文を追い払おうと、必死に妖弾の彗星を操る。

 恐怖と混乱の渦中にあったせいで、妖弾をどう動かしたのか、さらには何が起きているのかすらも、花子にはよく分からなかった。

 本能的に目をつむってしまった花子の耳に、鞭を打つような音が聞こえた。しかし、体に痛みや衝撃はない。

 身を縮こまらせながら、恐る恐る目を開ける。状況を理解するまでにかなりの時間が必要だった。

 

 嵐のような風はすっかり止み、花子の足元まで上がってきていた文が、左腕を押さえて舌打ちをしている。押さえた部分の衣服がわずかに破れているのも確認できた。

 観衆からは、激しい動揺のざわめきも聞こえてくる。

 まさか。花子は慌てて妖弾の数を確認した。力なくぷかぷか浮いている桃色の弾は、全部で三つ。

 

「えっ、本当に……?」

「……」

 

 文は答えなかった。それでも、苛立ちを隠しもしないその態度で、ようやく状況を信じることができた。

 がむしゃらに操った花子のスペルが、文に被弾したのだ。

 

 射命丸文、三点の減点。持ち点は十四点まで減少した。

 

「やっ――たぁッ!」

 

 花子は力強くガッツポーズをし、喜びの声を上げた。すぐに気を取り直し、ふわりと飛び上がってきた文の視線を真っ向から受け止める。

 つまらなそうな顔をしてはいるが、文は被弾を潔く認めた。

 

「やってくれるじゃないの、まぐれみたなもんでしょうけど。これで、カードは互いに三枚。得点は――花子が十五点、私が十四点ね」

「逆転しちゃいましたよ。どうします? 降参しますか?」

 

 腰に両手を当てて挑発すると、いつもの調子を取り戻した文は、フンと鼻を鳴らした。

 

「このくらいで勝った気になってるの? おめでたい頭ね、まるでお花畑だわ」

「花子、ですから。そのくらいがちょうどいいんですよ」

 

 にっこりと言うと、文はあっけに取られて何度かまばたきしてから、なるほど確かにと、おかしそうに笑い出した。

 数秒二人で笑いあったが、花子と文は再び距離を取った。先ほどの笑顔は消え失せ、睨みあったまま、それぞれの妖弾を自身の手に呼び出す。

 合図となる言葉もきっかけもなかったが、二人はまったく同じタイミングで、妖弾を撃ちだした。

 

 真っ青な秋空の下で繰り広げられる妖怪少女の決闘は、まだ、終わらない。

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