~~~~
太郎くんへ
こんにちは。今日は、レミィとフランちゃんが私のためにお別れパーティーをしてくれてます。
といっても、いつものように食べながらお話したりっていうのじゃないんだ。
私、異変を起こしちゃいました。実際はフランちゃんがやっているのだけれど、名目は私が犯人ってことになっちゃってるみたいで……。
これで有名になっちゃうのかな、良くも悪くも。今までのように旅ができなくなるのは、ちょっと困るかも。
とにかく今は、レミィとフランちゃんが私のために起こしてくれた異変を、楽しもうと思います。
フランちゃんが出す霧は、すっごくカラフルで可愛いんだ! あんまり見ていると、目がチカチカしちゃうけどね。
目が回るような虹色の空、太郎くんが見たら、なんていうかな。見せてあげたいな。
二枚目に続きます。
~~~~
紅魔館のテラスから空を見上げて、花子は自分の目がぐるぐると回っていくのを知覚した。最近は着ていなかったワインレッドのドレスを身に纏っているせいもあってか、下手をすれば転んでしまいそうだ。
今日はずっとこのテラスで、朝から飲んで食べてのどんちゃん騒ぎをしている。
時刻はまだ夕方だが、太陽は霧の上にあり、日の光はここまで届いていない。レミリアとフランドール、そして日光は本と髪が痛むと嫌うパチュリーがテラスにいるのは、そういうわけである。
空に向かって手を広げ、虹色の霧を撒いているフランドールは、とても楽しそうな顔をしている。その傍らでは、レミリアがなんとなく悔しげに唇を結んでいた。
「レミィ? どうしたの?」
顔色を伺いつつ訊ねると、レミリアは我に返ったように、胸の前で両手を振った。
「ううん、なんでもないわ」
「そ、そう? ならいいのだけれど」
気にしないでと言いつつも、レミリアの視線はフランドールの掌から溢れる虹の霧を見上げている。色とりどりの霧が出せる妹が羨ましいらしい。
この大きな空を好きな色で彩れるのだから、フランドールはさぞ楽しいだろう。その力を妬むレミリアの気持ちも分からなくはないなと、花子は思った。
目に優しくない空は花子でさえ頭が痛くなるというのに、ただの人間――と聞いている。信じられないが――の咲夜は、何事もないかのように主達のために紅茶を用意している。美鈴は門前でやってくるであろう敵を待っているらしい。
「それにしても、妹様は器用ね。あれだけ霧を出してしまうと、私でも色を混ざらないようにするのは骨が折れるわ」
小悪魔と共に空を見上げていたパチュリーが呟く。フランドールに魔力の制御や魔法のいろはを教えたのは彼女らしいが、今は彼女がフランドールの魔法を解析しているようだ。
最近ようやく空を飛んだり妖弾を作れるようになった花子には、魔法がどういったものなのかも分からない。レミリアも結構な魔法を使えるそうなので、少しだけ寂しい気もした。
虹色の空を眺めていた花子は、ふと眉を寄せて目を細めた。純色の霧が歪んだような気がしたのだ。目が馬鹿になったかとも思ったが、レミリアや咲夜、パチュリーも似たように首をひねっている。
そして何より、フランドール本人が困惑の声を上げた。
「あれ? おかしいな、私何もしてないのに」
魔力での制御を試みるが、歪みは徐々に大きくなる。何かがこちらに近づいてきているのだと気づいた瞬間、花子は盛大に吹っ飛んだ。咄嗟にレミリアが受け止めてくれる。
暴風だ。魔力の霧を歪め吹き飛ばすほどの風が、紅魔館のテラスで数秒暴れ、消える。
レミリアに礼を言いつつ立ち上がる。花子はこの風を知っていた。忘れるはずもない、天狗の風だ。
「ひっどーい! 私の霧がむちゃくちゃになったじゃない!」
悲鳴を上げるフランドールは、ナイトキャップを被りなおしながら涙目になっている。見上げてみれば、彼女の言うとおり虹色だった空は汚く混ざり合ってしまっていた。
「あやや、これは失礼。スクープの予感に、つい焦ってしまいまして」
どこからともなく現れた少女に、花子は一瞬凄まじい緊張を覚えた。条件反射と言ってもいいかもしれない。
いつかの宿敵、花子が誰よりも勝ちたいと思い続けている、射命丸文だ。紅魔館の一同を見回し、最後にこちらを向いた。
目が合う。花子は自然と目つきを鋭くしていた。山での激しい戦いが脳裏に蘇る。
「……ずいぶん怖い顔をしますねぇ」
文が言った。どことなく挑発的に聞こえたのは、花子がそう意識してしまっているからだろうか。
何かを言い返そうとする前に、文は咳払いをした。カバンから綺麗な木箱を取り出し、咲夜に押し付ける。
「さてさて、まずはご迷惑をおかけしたことにお詫びを。これ、つまらないものですが」
「つまらないものなら受け取るな、とお嬢様に言われておりますわ」
「あややや、手厳しいですね。妖怪山名物の天狗饅頭ですよ。人間向けに作られてますから、咲夜さんでも食べていただけるかと。紅茶にも合いますよ」
「なら、つまるものね」
さっそく木箱を開けて、咲夜は人数分用意された茶菓子が載っている皿に配り始めた。
ごちゃ混ぜになってしまった霧を一生懸命直すフランドールは、饅頭どころではないようだ。レミリアも突然の珍客をじっとりと見つめ、
「それで、何のよう? ことと次第によっては叩き潰すわよ」
「そんなこと言わないでくださいよ。久々の異変ですし、今回は早々に犯人が割り出せましたので、独占取材をと思いまして」
「……おっきな記事になる?」
「それはもう。『紅魔館の悪魔、再び異変を起こす!』、ビッグニュースですからね。一面トップは確実ですよ」
ニコニコと文が言うと、レミリアは途端に態度を変えた。
「そ、そう。仕方ないわね、このレミリア・スカーレットが、特別に取材を許可してあげる」
「ありがとうございます。さすがは紅い悪魔、懐の広さが違いますねぇ」
「それほどでもあるわ」
上機嫌に紅茶を一口、饅頭を食べて頬を緩ませるレミリアである。
文が花子に向き直る。いつぞやの、唇の端を持ち上げる嫌味な笑みを浮かべ、
「ドレスなんか着ちゃって、いい格好ね。吸血鬼のお人形にでもなったの?」
「お人形さんになれる若さなんです。自分に似合わないからって妬むの、止めてもらえませんか?」
まったく同じ口調で返すが、鼻で笑い飛ばされる。しかしなぜか、文は満足そうにも見えた。
一瞬で営業スマイルに戻り、文はペンと手帳を手にパチュリーへ迫った。同じテーブルにレミリアがいるのに、迷いは全くない。
「さっそくですが、今回の異変はどういう経緯で始まったので?」
「なんで私に聞くのよ。レミィに聞けばいいでしょう」
「そうよ、私に聞きなさいよ。異変は花子のお別れパーティよ。だからあの子にもドレスを着てもらったの」
「霧を出すのは妹様のアイディアね。あの子はレミィより魔法がうまいから、霧そのものに細かく着色できる。光の屈折で赤く見えた紅霧異変とは、そこが根本的に違うわね」
「ふむ、なるほど。しかし……」
突然、文は話し相手がいなくて立ち呆けていた花子を指差した。
「あんなおかっぱのために、どうして異変まで起こすのです?」
その問いに、レミリアはわずかに冷笑を浮かべる。挑発と取ったのか、それともくだらない質問だと思ったのか。
手でおいでと言われ、花子はレミリアに近づいた。頭を抱えられ、なすがままに抱き寄せられる。
「友達だからよ。おかしい?」
「おかしいですねぇ。あなたらしくもない」
「お前のイメージを押し付けられても困るわ。まぁ確かに、らしくないかなとは思うけど、仲良しなんだから仕方ないじゃない。ねぇパチェ」
「そうね。私とレミィじゃそんなにベタベタしないし、いいんじゃない?」
パチュリーは興味が薄そうだったが、それでも同意を得られたことで、レミリアはご機嫌だ。おかっぱ頭をわしゃわしゃと撫でられ、花子は髪よりもせっかく借りたドレスがしわになる方が気になった。
ごちゃ混ぜになった空の色が、再び純色の塗り絵に変わる。修復作業を終えたらしいフランドールが、額の汗をぬぐった。
「ふぅ。まったく、手間を増やさないでよね」
再び霧を召喚し始めたフランドールに、文が頭を下げる。
「すみません。しかし、なんでこんな目が痛い配色にするんです?」
「綺麗でしょ?」
「はっきり言って奇抜すぎです。紅霧のほうがまだマシだった」
「あなたはこの芸術性が分からないのねぇ。あぁかわいそう」
「そんなんだから狂っているとか言われるんですよ。まぁ、その方が記事としてはウケるんですけどね」
発言はしっかりとメモに取りつつ、文はため息をついて首を振った。フランドールの取材をしたことがある彼女だが、その時もまともな会話にはならなかったのだ。呆れているのだろう。
レミリアに解放されて、花子は友人の隣に腰掛けた。すかさず、咲夜が紅茶を淹れてくれる。
「ありがとうございます、咲夜さん」
「いいえ」
このやり取りもいつものことだが、咲夜曰く、細かいことでもお礼を言われるのは嬉しいらしい。レミリアとフランドールはやってもらって当たり前という考えが体の芯まで染み込んでいるので、彼女に礼を言うことは少ないようだ。
紅茶をいただきつつ天狗饅頭を食べようとして、花子は手を止めた。強烈な視線を感じる。
「……」
文がこちらにカメラを向けていた。口元には不吉な笑みを浮かべていて、何かを企んでいることは明白だ。
皿の饅頭を見る。薄茶色に焼かれた皮はとても香ばしそうだが、他の皆に配られた饅頭よりも赤みが強い。まさかとは思うが、文の顔を見る限り、何かがあるのは間違いない。
配ったのは咲夜のはずだ。しかし、文は風を思いのままに操れる。饅頭を一つすり替えることくらい、造作もないだろう。彼女の策略にはまればおかしなことを記事に書かれるのは、火を見るより明らかだ。
仕方なく手を引っ込めると、文がはっきりと舌打ちした。今度は花子がにやりとする。
「あー、今日はなんだか食欲が湧かないなぁ。文さん、代わりに食べてくださいよ」
「い、いやいや、私は取材で来てますから、遠慮します」
断る文の笑みは、引きつっていた。
「遠慮しないでください。ほら、早く食べて」
「い、いいえ、私も実はその、饅頭恐怖症でして」
「そんな人がおまんじゅうをお土産にするわけないです。それとも、このお饅頭を食べられない理由があるんですか?」
あくまで無邪気な笑みを浮かべ、花子は文にずいと赤い饅頭を突き出す。テラスにいる皆が注目している。
フランドールまでもが手を止めて、文を見つめていた。吸血鬼の姉妹は事態が飲み込めずきょとんとしているが、もし花子に何かを仕掛けたのだと分かれば、文はただでは済まないだろう。
苦心の末、文は花子の手から饅頭をひったくった。勝った。花子は胸中でガッツポーズを決める。
一気に饅頭を頬張り、ろくに咀嚼もしないで飲み込む姿はあまりに必死で、笑ってやろうと思っていたのに、花子はむしろ申し訳なくなった。
「うっ――おうぁッ!」
唐辛子でも入れていたのだろう、顔を真っ赤にして妙なむせ方をする文に、咲夜が苦笑しつつ水を手渡す。もしかしたら、こうなっていたのは自分だったかもしれない。そう考えると、罪悪感は消し飛んだ。
一滴の水も残すまいとコップを逆さにする文に、フランドールが笑い転げる。花子も腹を抱えて、笑いが止まらなくなった。
この出来事がきっかけで、文はしばらく本当に饅頭恐怖症になってしまったというが、それは余談であろう。
コップを咲夜に返しながら、文はケラケラ笑う花子を、息を荒げながら睨んだ。
「お、覚えてなさいよ……!」
「忘れられませんよ、こんな楽しいこと。あ、記念写真撮ります?」
文のカメラを指差すと、とうとう彼女は花子から視線を逸らしてしまった。
山でのリベンジというわけではないが、実にいい気分だ。勝利の余韻に浸りながら食す天狗饅頭は、実に美味い。
文が来てからのくだらない騒動で、花子は今が異変の真っ只中であることをすっかり忘れていた。身も心もすっかり油断していた、その時だ。
紅茶を飲みながら花子と文のくだらない戦いを見守っていたレミリアが、カップを置いて呟いた。
「……来たわ」
なにがと訪ねようとした直後、空を揺るがさんほどの轟音が響き渡った。花子は身をすくませて、音の方向を探す。
湖の方からだ。そちらを見れば、林の向こうから極太のレーザーが空に通り抜けていくではないか。あまりに眩しいその輝きは、レーザーが消えるまでの間、虹色の空を純白に染め上げる。
「な、なにあれ」
呆然と呟いたのは、花子だけだった。皆はあの光が何なのか、分かっているようだ。
レミリアが椅子から飛び降り、
「やっとお出ましね。咲夜、お客様よ。美鈴と一緒に『ご挨拶』してきなさい」
「かしこまりました」
恭しく礼をして、咲夜は珍しく時間を止めずに、テラスから飛び降りた。その後姿を、文がシャッターに収める。
門前で合流した咲夜と美鈴が、紅魔館の前に生い茂る林の向こうへと飛んでいく。二人に手を振っていたフランドールが、振り返った。
「お姉さま、今のマスタースパーク、魔理沙だよ!」
「そうね。きっと霊夢もいるわ。だから咲夜と美鈴、二人で行かせたのよ」
「二対二で遊ぶのね、楽しそう! 私は花子と一緒がいいわ!」
「そうね、いいわよ。譲ってあげる。パチェ、私と組んでね」
レミリアに視線を投げかけられても、パチュリーは何も言わなかった。無言の肯定だ。
あのレーザーは、魔理沙が撃ったものなのか。魔法使いとはいえ人間の魔理沙が、あんなに強そうな弾幕を使うことに、花子は驚きを隠せなかった。
魔理沙は強いとフランドールから何度も聞いていたが、あれほどの魔法を使えるとは。では、妖怪や神すら叩きのめすという霊夢は、どれほど強いのだろう。不安な半面、楽しみでもあった。
「フラン、霧は出し続けてね。太陽が出たら痛いわよ」
「うん」
姉に言われたとおり両手を天に向け、フランドールが再びカラフルな霧を空に満たす。
空に魔力の霧を撒くフランドールにカメラを向ける文は、咲夜と美鈴には興味がないのだろうか。花子は気になって、聞いてみることにした。
「文さん、あっちには行かないの?」
「いいのよ。弾幕ごっこなんて、珍しいものでもないし。主犯と一緒にいたほうが、話も聞けるでしょ。ねぇフランドールさん」
「今日の異変は、花子が犯人だよ」
「ふ、フランちゃん!」
「あはは、本当のことだもーん」
こちらを見もせずにさらりと言ってのけたフランドールは、霧を出したまま元気に笑う。まったく意地悪だが、どうしても怒る気になれない。
よほど意外だったのだろう、文は口を半開きにして花子を見つめた。
「あんたが、異変の主犯ですって?」
「あぅ、これはつまり、違うんです」
「違わないよ。この異変は花子のお別れパーティだもん。花子が異変起こしたいって言い出したんだもん」
「い、言ってないよ!」
文に誤解されては大変なことになると言い訳を考えたが、時すでに遅し。腕組みをして、文は花子を値踏みするかのように上から下まで見下ろした。
「ふぅん。あんたが異変をねぇ」
「だから言ったでしょ。この子は私の友達なのよ。私が友と呼ぶにふさわしいだけの度胸を持っている妖怪なの」
フォローなのか、レミリアは花子の肩に手をかけながら言った。嬉しいのだが、何かが違う。
しばらく顎に手を当てていた文は、思いのほかすぐに引き下がった。
「……ふむ。まぁこの場はそういうことにしておきます」
この時、彼女の中で花子の評価がまた少し変化したのだが、そのことを花子が知ることはないだろう。
霊夢の聖なる光と魔理沙の力強い煌きが、爆発音を引っさげて近づいてくる。
多彩な霧に彩られた空の下、レミリアが不敵に笑った。
「さぁ、楽しい夜の始まりよ」
異変の本番を告げるその呟きに、花子は息を呑んだ。
◇◆◇◆◇
世間一般的に、箒に跨る魔女のイメージは、もっとふんわりと飛ぶものなのだろう。そんなことを考えつつ、とんがり帽子を飛ばされないように抑えながら、魔理沙はさらに速度を上げた。
途中で理由もなく襲い掛かってくる妖精たちを蹴散らし、趣味の悪い霧を出しているおてんば吸血鬼を懲らしめるために、湖上の真っ赤な館を目指す。
スピードには自信があった。天狗や吸血鬼といった化け物と比べられたら困るが、人間の中では最速だと信じていた。
しかし、努力で勝ち得たその速度に、霊夢は何食わぬ顔で追いついている。巫女服とリボンをはためかせ、ぴったりと魔理沙の横を飛んでいるのだ。
彼女がこの速度で飛ぶために努力をしたとは思えない。むしろ、絶対にしていないだろうと言い切れる。認めたくないが、もう何年も前から嫌でも分かっていることだ。
博麗霊夢は、霊力を使うことにおいて、紛れもなく天才だ。飛行や秘術、祈祷、さらにはスペルカードルールの決闘においても、信じられないほどの才能を持っている。
「……腹立つぜ」
呟きは駆け抜けていく風に消え、霊夢に届くことはなかった。もっとも届いたところで、お互いの笑い話になる程度だろうが。
その霊夢を追いかけているからこそ、自分がここまで伸びれたのも事実だ。そういう意味では、いい友人を得たと思っている。妖怪に対してあまりにも容赦がないのが、たまに
今回の異変も、魔理沙としてはもっと楽しみたいと思うところがあった。いつもなら三下の妖怪がちょっかいを出してくるのだが、今回は対応が早すぎたせいか、それもない。
「もう少ししてから、霊夢のとこに行くんだったかな」
「なんでよ。早いうちから解決したほうが、後処理が楽でしょ」
今度は聞こえたらしい。真面目に聞こえるが、霊夢の行動は現金な思考回路で決まる。すなわち、報酬額と面倒さだ。
「確かに楽だけどさ、もっと弾幕ごっこをしたいじゃないか。異変の時は弱い妖怪もそこそこやるようになるし」
「そう? みんな似たようなもんよ」
「そんなことないぜ。今日はいないけど、チルノなんて妖精のくせにやたら強いじゃないか」
チルノは、霧の湖に住む氷の妖精だ。人間以下とまで言われている妖精の中では、間違いなく別格と言える力を持っている。魔理沙も何度か追い込まれたことがあった。
引き合いに出すという意味では一番ベストな名前だと思ったのだが、霊夢はふんと鼻を鳴らし、
「どうせ最後は負けるじゃない。だったら似たようなものでしょ」
「可愛くないやつだな。そんなんじゃ、誰も嫁にもらってくれないぞ」
「じめじめした森で怪しいキノコを漁ってる女の台詞じゃないわね」
「私が採るキノコはいいもんだぜ? 栄養価も高いし、幻覚だって見れるんだから」
「それは毒キノコって言うんじゃないの?」
「幻覚程度で毒なんて言ってたら、魔法使いにゃなれないな」
「ならないから安心していいわよ」
「冷たいぜ」
くだらない会話をしながら、二人は湖を囲む林の中腹上空を越えた。
揃って同時に、空中に止まる。紅魔館はもう目前だが、やはり簡単には辿りつけないようだ。魔理沙と霊夢の前に立ちはだかる、二つの人影。
「ごきげんよう」
完璧で瀟洒なメイド、十六夜咲夜。そして、
「今回はずいぶん早いですねぇ」
紅魔館の守護者、紅美鈴。七色の霧の中、悠然と空中に佇んでいる。
咲夜の両手には左右合わせて六本のナイフが指に挟まれ、美鈴が手に巻かれたバンテージの端を口に咥えて、締めなおす。
魔理沙は八卦炉を握りなおした。まさか二人がかりで来るとは思わなかったが、楽しくなりそうだと口の端を吊り上げる。
「よう。今日はずいぶんいい天気だな」
「そうね。妹様もご機嫌だわ」
「そいつは何より。機嫌がいいうちに寝かしつけといてくれると、なおいいんだけどな」
言葉は軽く、しかし八卦炉を握る力は強い。
バンテージを固定し終えた美鈴が、拳を打ち鳴らす。火花が散りそうな迫力だ。
「妹様はお嬢様以上のおてんばですから、なかなか寝付きませんよ。お二人だって知らないわけじゃないでしょう」
魔理沙には嫌になるほど分かってしまうのだが、霊夢は腰に右手を当てて、眉を寄せた。
「私はほとんど知らないわよ。うちに来るのは決まってレミリアだし、妹の方にはほとんど会ってないもん」
「そうですか。でもまぁお嬢様とよく遊んでいらっしゃるなら、あのお二方を止めるためにはどうすればいいのか、分かっていますよね? タッグで挑みます」
美鈴が右手を突き出す。指は三本。持ち点は九点、二人で三枚というスペルカード数は、少ないようだが使いどころが難しく、出し惜しみしがちな数字でもある。
頷くようなことはしない。必要がないのだ。ここに来て逃げるという選択肢はないし、弾幕勝負を回避しようなど思うはずもない。
握りこぶしを腰に溜め、美鈴が構えを取る。以前美鈴は弾幕ごっこが苦手だと言っていたが、武術の達人である彼女は、最近は自分の体を弾幕の一つとする技を使うという。
そして、ジャグラーのように六本のナイフを指で遊ぶ咲夜。彼女もまた、日々腕を上げている。激務の中にどうやって練習時間を作っているのかは知らないが、同じ人間だからと油断はできない相手だ。
しかし、そんなことは相手も同じだ。魔理沙も霊夢も、異変解決においてはプロフェッショナルと呼んで差し支えない実力者である。
静まり返る双方の間に、張り詰めた空気が流れる。この試合前の緊張感が、魔理沙はたまらなく好きだった。
瞬間、空気が動いた。初めに仕掛けたのは、美鈴。格闘に持ち込むかと思われたが、初撃は煌く気弾。色とりどりの弾幕は、フランドールのキャンパスとなった空の下では、集中しなければ見えづらい。ましてこの至近距離では、目を凝らしている余裕もない。
弾幕ごっこでは圧勝できると思っていた美鈴が、ここに来て嫌な相手となった。魔理沙は舌打ちしつつ、箒に跨ったまま反転、加速し、一気に間合いを取る。霊夢は上空に退避したようだが、そちらに飛んでいく咲夜のナイフも見えた。
分散させられたかと思った刹那、魔理沙は悲鳴じみた声を上げて箒から飛び降りていた。霊夢を追いかけてるはずの咲夜のナイフが、眼前に迫っていたのだ。
落下する途中も、美鈴の気弾が体をかすめていく。本人まで一緒に近づいており、この場でスペルカードを発動させられては被弾は免れない。箒を魔法で操り引き寄せ、両足を乗せる。身を軽く捻り方向転換しつつ、まるで波乗りでもするかのように妖弾を回避しながら、八卦炉に魔力を注いだ。
「逃げてばかりは、性に合わないんでね!」
白金色のレーザーが、美鈴へと発射される。魔理沙を象徴するかのような、真っ直ぐで迷いがなく、素早い光線だ。
高速で接近していた美鈴が減速、身を翻してレーザーを回避する。その間にも気弾は休まず発射されている。目がようやく慣れてきた魔理沙は、弾幕を避ける合間に咲夜と霊夢の姿を探した。
背後の上方、すぐそばに咲夜がいる。霊夢はそのさらに向こう側だ。魔理沙は今、挟み撃ちされかねない位置に滞空している。しかしそれは咲夜も同じで、霊夢も美鈴も、下手をすれば味方を巻き込みかねないせいで、スペルカード技を使えないようだ。
味方のスペルやショットに当たっても、減点にはならない。しかし被弾は例外なく痛みを伴うので、肉体や精神へのダメージは免れないのだ。お互いを信頼できなくなろうものなら、目も当てられない内輪もめが始まってしまう。
判断は一瞬、熟考している暇はない。咲夜が振り返るより早く、美鈴が仕掛けるより早く、魔理沙は八卦炉を背後に向けた。左手で取り出したスペルカードを、高く掲げる。
カード宣言。チーム戦の場合、相手も味方もショットを中止しなければならない。スペルカードの使用は誰でもできるが、魔理沙以外の宣言者はいない。
「霊夢、避けろよ!」
空の純色をかき消すほどの、圧倒的な輝き。極太のレーザー、恋符「マスタースパーク」。弾幕はパワーという魔理沙の信念を具現化したような魔法は、咲夜を光の奔流に飲み込んだ。空を裂く轟音が鳴り止み、両腕を眼前で交差させて痛みに耐えた咲夜が、よろめく。
魔理沙の代名詞とも呼べるこの魔法は、弾幕ごっこを嗜む者で知らない者はいないほど、有名なスペルだ。遊び用なので派手なばかりで威力は抑えてあるが、それでも普通の人間がまともに食らって意識を保っていられる火力ではない。
箒に座り直して、魔理沙は鼻の下を掻いた。
「ちぇっ。平気な顔しやがって」
「悪いけど、忍耐力には自信があるの。メイドの仕事はやせ我慢だから」
手ぐしで髪を直してから、咲夜が美鈴と合流する。美鈴に心配されているようだが、魔理沙の目から見ても、彼女はまだまだ戦えるだろう。
しかし、先手は取れた。これで魔理沙と霊夢はスペルカード二枚の持ち点九点、一方の咲夜と美鈴は、スペルカードは三枚で持ち点は六点。
この後、咲夜達が一気に仕掛けてくるか、それともショットで粘ってくるか。いずれにしても流れは掴んだと、魔理沙は八卦炉をお手玉にしてにやりと笑う。
「ラッキーヒットね」
いい気分になっていた魔理沙の心を、隣についた霊夢が踏みにじる。まったく真顔で、冗談で言いましたというわけでもなさそうだ。
なんと嫌な奴だと、魔理沙は渋面を浮かべる。
「咲夜が霊夢に集中してたから、私はその隙をついたんだ。ラッキーなんかじゃないぜ」
「咲夜の注意を私が引いてたんだから、やっぱりラッキーじゃない」
ふんと鼻を鳴らす霊夢に、魔理沙は噛み付きたくなる衝動に駆られた。弾幕ごっことなると、彼女は本当に性格が悪くなる。天才故だろうが、それがまた余計に腹立たしい。
八卦炉の出力を通常に戻してから、魔理沙は霊夢に吐き捨てた。
「もうお前には、茶屋のぜんざい奢ってやんないからな!」
「ちょ、ちょっと魔理沙! それとこれとは関係ないでしょ!」
悲痛な叫びを上げる霊夢にべぇと舌を出し、箒を操り宙返り。美鈴の妖弾が眼下を駆け抜けていき、それを見ただけで、魔理沙は弾幕ごっこへと精神を集中させていく。
逆さまになった世界で、美鈴を捉えた。先制されたというのに、気持ちが乱れている様子はなかった。彼女と咲夜には、心理的揺さぶりは通用しない。
箒を左手で掴み、ぶらさがる。レーザーを細かく発射しけん制するも、美鈴は軽く体を動かすだけでそれらをかわしていく。武術を極めているだけあって、回避の動きに無駄がない。
気配を感じ、魔理沙は箒から手を離した。銀のナイフが、魔理沙の腕があった場所を通過していく。すぐに箒を引き寄せ掴み取り、跨りながら振り向いた。霊夢の霊力弾に追われながら、咲夜もこちらに狙いを絞っているのだ。
霊夢より当てやすいと思われている、そのことが気に食わなかった。とうとう挟み撃ちにされ、ショットの嵐が魔理沙を襲う。
「上等だぜ」
通り抜けていく咲夜のナイフはどれも刃が削られ先端も丸められているが、鉄の塊に違いはない。当たり所によっては刺さりもするだろうが、魔理沙はそれをちっとも恐れなかった。
むしろ怖いのは、慣れてきたとはいえ空の色に隠れるかのようなショットを放つ美鈴だ。先に落とそうと近づけば、彼女の体術が待っているだろう。至近距離で達人の武術を避けられる自信は、魔理沙にはない。距離をとって戦わねばならない。
咲夜のナイフに視線をやれば美鈴の妖弾が間近に迫り、それを躱せば死角からナイフが飛んでくる。二人の連携は抜群にうまかった。霊夢と魔理沙にはない強さだ。
しかし、タッグバトルは所詮派生ルールであり、個人技に磨きをかけた者こそが強者であると、魔理沙は固く信じていた。数多の妖怪と弾幕を交わしてきた自分が、妖怪のくせに割りと平和に暮らしているこの連中に負けるはずがないと。
上空から、霊夢の霊力弾が降り注ぐ。援護のつもりだろう。突然の奇襲に驚いたのか、美鈴と咲夜の弾幕が薄くなったが、霊力弾は魔理沙にまで降りかかる。
「馬鹿、私に当たるだろうが!」
「当たる奴が悪いのよ」
暴論でありながら正論な言葉に、魔理沙は口をつぐんだ。霊力弾の援護が収まり、八つ当たり気味に攻勢へ出る。八卦炉を構え、咲夜に突撃した。
高速のレーザーを相手に、咲夜は涼しい顔で避けていく。彼女は時を止められるが、その力はスペルでしか使わない。今魔理沙の弾幕を避けているのは、彼女の実力だ。
二人の距離が縮まる。美鈴の姿が見えないが、構わずさらに加速。優雅に弾幕を回避する咲夜に、つい苛立ってしまった。
「魔理沙、突っ込みすぎ!」
霊夢から珍しく忠告が入る。だが、ここまで来て止まれるものかと、魔理沙はいっそう速度を上げる。
ひらりひらりとレーザーを躱す咲夜は、魔理沙の接近に一切焦りを見せない。油断しているのか、それともただのポーカーフェイスか。舐められたものだと、舌打ちをする。
しかし、油断していたのは自分の方だったと、すぐに気付かされた。咲夜はもう目前で、もはやレーザーを避けられる間合いではないと思った瞬間、上空からカードが一枚、魔理沙の眼前に滑り落ちてきたのだ。
紅魔館の住民が使う、蝙蝠の羽が記されたカード。緑とオレンジのツートンでカラーリングされたそれは、美鈴のスペルカードだ。
魔理沙はショットを中断していた。カード宣言されたということに気づくより早く、体が避ける姿勢に入る。
勘の働くままに体を左に傾けると、視界の端――魔理沙の斜め上から、美鈴の蹴りが飛び込んでくるのが見えた。長く美しい足は虹色に煌く気を纏い、魔理沙の眼前を通過する。
気符「地龍天龍脚」。様々な弾幕を見てきた魔理沙が冷や汗を感じるほど、一切無駄のない蹴撃だ。
空中に足場でもあるかのように、反転した美鈴が膝を曲げ、上空に飛び上がる。気に包まれた足を高く振り上げ、彼女から溢れる戦意がスペルはまだ終わっていないことを伝えてきた。
「魔理沙!」
「手ぇ出すな!」
援護のスペルを撃とうとしたらしい霊夢に釘を刺す。ここでスペルカードを消費するのは得策ではないし、何より魔理沙は、美鈴のスペルが気に入らなかった。
弾幕ごっこはあくまで弾幕ごっこであり、己の肉体を弾幕だと言いはって肉弾戦に持ち込むのはナンセンスであるという持論が、魔理沙を意地にさせているのだ。
超至近距離で放たれる蹴りは、天狗のそれをも凌駕する速度だ。美鈴が動く前に、勘だけで避けるしかない。美鈴も急所は避けて仕掛けているので、支点からずれた攻撃は避けやすくなっている。気休め程度だが、その気休めが大事だった。
高く舞い上がった美鈴が、急降下しながら蹴りを繰り出してくる。凄まじい気迫だが、完成された武術はあまりにも美しい。
「……認めたくないぜ」
こんなものは弾幕ではない。だが、本来のスペルカードルールならば、この美は確実に通用する。魔理沙のどの魔法よりも、技として洗練されていた。
二撃目が迫る。咄嗟に箒ごと仰け反り、直後に目の前を美鈴の蹴りが通過していく。纏う気が嵐となって、体勢を崩した魔理沙を巻き込む。
もみくちゃになりながらも、魔理沙は目だけは閉じなかった。美鈴を捉える。もうこちらを狙って、三撃目の姿勢に入っていた。
「くっ、そが!」
思わず声に漏れたが、美鈴が止まってくれるわけもない。しなやかな足を突き出し、七色の気が膨れ上がる。
箒に跨り損ねたが、構わず移動し回避を試みる。中途半端にぶらさがった状態で、上方に移動し蹴りの軌道から逃れる。
美鈴は来ない。避けれた安堵がよぎったが、魔理沙は嫌な予感を覚えた。あの軌道では、轟々たる気の塊となった美鈴が真下を通過していたはずなのだ。
「魔理沙、どこ見てんの!」
霊夢の声が聞こえる。気遣ってくれているというより、苛立っているような声音だった。
しかし、それを気にする余裕は、魔理沙にはない。予感が胸の中で大きくなり、顔色が青くなるのが自分でも分かった。
まさか――。魔理沙は自分の背後、その下方に振り返る。
美鈴と、目が合った。目の前だ。上体を捻り長い足を体とほぼ垂直にしならせ、気の輝きが膨れ上がる。もはや、蹴りは放たれる寸前にあった。
外れたと思った三撃目は、フェイクだったのだ。魔理沙は焦りを誘発させられてしまった。
「しゃあぁぁぁッ!」
いつもは温厚な美鈴が、吠える。もはや魔理沙に避けるという選択肢は残されていなかった。
とうとう目を閉じ身を縮こまらせた瞬間、右半身を衝撃が襲い、鈍痛が体中を突き抜ける。魔理沙は空中高くまで吹っ飛ばされた。
魔理沙、スペルに被弾。三点減点で持ち点は六点となり、美鈴と咲夜のカード枚数は二枚に減った。これで同点、同枚数。
痛みを堪えて箒を呼び戻し、跨り直す。見たくはなかったが霊夢の方へ視線をやると、やはりやれやれとため息をついていた。
完全に自分のミスだ。落ち込みかけたが、すぐに立ち直る。やってしまったものは仕方がない。次は冷静に動いて、この失敗を取り戻せばいいだけだ。
敵に振り返ると、咲夜は腕組みをして、美鈴は頬を掻きつつ、二人揃って苦笑していた。
「手加減はしましたけど……。相変わらず、人間のくせに嘘みたいに打たれ強いなぁ」
「妹様の遊び相手が務まるんだから、簡単には死なないわね」
「殺されてたまるか。パチュリーに借りた本、まだ読みきってないんだ。死んだら返さなきゃならないからな」
気丈に言いながら、魔理沙は再び八卦炉を握り直す。直後に、上を霊夢が飛び抜けていった。咲夜と美鈴が散開する。
霊力弾のショットに、博麗の札が混じっている。本体の分身らしい無限の札は、相手を追跡するような動きを始めた。とうとうやる気を出したらしい。
咲夜のナイフと美鈴の気弾が、霊力弾と交差する。熟練者の弾幕が入り乱れる光景は、魔理沙の体からスペル直撃の痛みを消し飛ばした。
「……負けるかよ」
誰になのかは、自分でも分からない。あるいは、自分自身になのかもしれない。
相棒の八卦炉を握りしめ、魔理沙は空を駆け抜ける。
◇◆◇◆◇
霊力弾に混じる博麗の札は、美鈴の動きに合わせて軌道を変えてくる。追跡してくるショットばかりに集中していては、霊力弾や魔理沙のレーザーに当たりかねない。
まるでスペルのような難解さだが、それでもショットとしての難度をぎりぎり守っている。反則だと言えないラインを保つ霊夢は、やはり弾幕ごっこにおいては天才だ。
彼女だけではない。咲夜も魔理沙も、この場にいる人間全てが、おおよそ人間とは思えない力の持ち主だ。こと弾幕ごっこにおいては、妖怪でも彼女らに勝てる者はそうそういない。
身体能力だけで言えば、美鈴は人間の彼女達より遥かに優れている。それこそ、咲夜の時を止める能力を持ってしても、本気でかかれば負ける気はしない。
しかし、それは強者の証ではない。この幻想郷では、特にだ。
今、美鈴はこの場で誰よりも弱い。それは認めざるをえない事実だった。体術を弾幕に組み込んでみても、この遊びだけは得意になれそうにない。
背後からの気配。小さいながらも激動する力強い気は、魔理沙のものだ。
体をわずかに左へ傾げて霊夢の霊力弾を避け、すぐに背後へ振り向く。八卦炉から発射されたレーザーが何本も、眼前にまで近づいていた。
持ち前の反射神経を生かし、体をわずかに動かすだけで全て避け、虹色の気弾をばらまく。フランドールの霧が保護色になっているせいで、視認しにくいのだろう。美鈴がショットを展開すると、魔理沙と霊夢は美鈴から大きく距離を取った。
「弾幕が上手な人って、こんな気分なのかな」
誰ともなしに呟き、ショットの外側から狙ってくる霊力弾と札、レーザーの射線から退避する。さすがに目は離してくれないらしく、特に魔理沙の弾幕は執拗なほど美鈴を狙ってきていた。
どちらにもうまく狙いをつける霊夢と違い、魔理沙は一点集中に重きを置いている。拳士の素質があるなと、美鈴は頭の片隅で彼女を評価した。
ショットを撃ちあいながら、咲夜の気を探る。霊夢に真正面から仕掛けているようだ。
そちらを一瞬だけ見れば、ナイフのなかに魔力弾が混じっているのが見えた。拙い術式だが、弾幕ごっこならば十分使える代物だろう。ナイフを投げては時間を止めて回収するという、かなり面倒な弾幕を平然とこなす咲夜だが、あの巫女が相手ではやはり余裕が削られるということか。
援護するべきかと考えたが、魔理沙に狙われている以上、下手に駆けつけることができない。気をそらせるほど、魔理沙は優しい相手ではない。
実を言えば、美鈴にも咲夜にも勝つ気はなかった。あくまでレミリアやフランドールが楽しむことが前提なので、紅霧異変の時ほど真剣に戦っていなかったというのが本音だ。
が、やはり根っからの戦士である美鈴は、いつの間にか熱くなっていた。戦いに妥協はしたくない。例え苦手な分野でも、やる以上は本気で戦いたかった。
魔理沙を注視する。美鈴が撃つ気弾の間をすいすい通り抜けながら、幼い顔に似合わぬ狩人のような鋭い目付きで八卦炉からレーザーを撃ってくる。
白金色の光線はあくまで真っ直ぐだが、魔理沙が箒に跨ったまま激しく動きまわるので、避けるのは難しい。美鈴も高速で移動しながら弾幕を散弾のようにばらまき、レーザーと思い出したかのように降ってくる霊力弾や札を回避していく。
こちらにも援護が欲しいと思ったが、美鈴とて咲夜に援護射撃はしてやれていない。先程魔理沙を二人で集中的に狙ったせいで、連携は警戒されてしまっている。分断されたのだ。
咲夜もジリジリとこちらに移動してきてはいるが、下手に近寄れば美鈴が避けた魔理沙のレーザーに当たる可能性も出てくる。ただでさえ、ホーミングする霊夢の弾幕と正面から戦っているのだ。彼女にこれ以上期待を抱くのは酷だろう。
ならば、自分が行くしかない。美鈴は賭けに出た。
急上昇してレーザーを回避、魔理沙に背を向ける。留まっている時間はない。霊夢に向かって一気に加速する。
気付いた霊夢が振り返る。それより早く、虹色の弾幕を展開した。かなりの至近距離でばらまかれたショットを、霊夢は顔色一つ変えずに回避していく。
まるで、焦りというものを知らないかのような素振りだ。思わず苦笑が漏れた。無論、ショットを撃つ手は緩めない。
霊夢の狙いが美鈴へと移る。博麗の札と霊力弾が、美鈴の飛ぶ軌跡をなぞるように飛んでくる。背後からは魔理沙のショットも狙っている。
弾幕の嵐に閉じ込められた美鈴は、自分の中で何かがすぅと引いていくのを感じた。戦意に燃えていた心が、静寂に包まれていく。
極限まで高められた集中力、明鏡止水の境地。わずかな逃げ場しかない弾幕地獄で、美鈴は一時も目を閉じず、流れるようにショットを回避していく。
向い合って撃っているというのに、霊夢も魔理沙もお互いの弾に被弾する気配はない。個人プレイが目立つ二人だが、息は合っているのだ。
一点、突破できる隙間を見つける。美鈴は迷わず飛び込んだ。弾幕の嵐が薄まり、すぐさま下降する。
「こんにゃろ、逃げんな!」
魔理沙の叫びが背中を打つ。振り返り、口元をにやりと歪めた。
「戦略的撤退ですよ」
妖怪を恐れず立ち向かう猛者とはいえ、二人はやはり子供だ。いつもは簡単に倒せている美鈴が粘るので、二人ともムキになっていたのだ。
冷静さを取り戻した魔理沙が、顔色を変える。ショットを撃つ手を止め、後悔や焦燥感やらが表情に滲み出る。その視線の先は、三人の上空。
蝙蝠の翼が描かれたスペルカードが、空中に漂っていた。シルバーに輝くそのカードは、咲夜のものだ。
「私をお忘れになってないかしら?」
上空で、咲夜が微笑む。いつの間にか、霊夢と魔理沙を囲うように、おびただしい数のナイフが空中に配置されていたのだ。
ナイフが、一斉に動いた。空虚「インフレーションスクウェア」。上下にぽっかり穴が開いたナイフの球体は、霊夢と魔理沙を閉じ込めたまま、急速に縮小していく。
下の空間から魔理沙が脱出した。しかし、霊夢は出てこない。刃引きしてあるとはいえ、あれだけの数だ。直撃すればただでは済まない。
狭まるナイフの包囲陣に向かって、魔理沙が何事かを叫んだ。霊夢の名前だったろうか。虹色の霧の中で鈍く輝く咲夜の弾幕を見上げ、美鈴もまた息を呑んだ。
鈍色の球体はもはや大人二人分程度の大きさしかない。見る間に小さくなっていき、霊夢の脱出はもはや不可能と思われた。
無数のナイフが噛みあい、金属音が響く。魔理沙が悲鳴を上げるが、咲夜は眉をわずかに寄せる程度だった。
被弾させるつもりならば、咲夜は当たる直後にナイフの動きを極端に和らげる。あんなに激しくナイフがぶつかり合うということは、スペルが外れたと考えるべきか。
衝突しあったナイフが崩れ、落下を始める。
やはり、いない。霊夢が脱出したところを見たものは誰もいないのに、彼女の姿はどこにもないのだ。
「……いや」
美鈴の頬を、汗が伝う。霊夢の気は感じられる。それも、先程よりもずっと強くなっている。
見上げる。落下するナイフを回収することもできない咲夜の背後に、霊夢はいた。右手の人差指と中指で、白に赤枠の入ったスペルカードを挟んでいる。
一瞬、時が停止したように思えた。その直後、霊夢が左手に握る大幣が、強く輝き始める。
「咲夜さん!」
「くっ」
咲夜のスペルは継続中だ。時を止め、霊夢の周囲に再びナイフを設置し、同時に美鈴の隣に移動してくる。咲夜以外の三人には、ナイフが突然霊夢を囲んだように見えた。
しかし、霊夢は動じない。ゆっくりと左へ、まるで漂うかのように移動を始める。美鈴はそちらを目で追った。
追った、はずだった。だというのに、霊夢は突然、あさっての方向から咲夜と美鈴の前に現れた。博麗の札が、霊夢の周囲に出現する。
神霊「夢想封印 瞬」。慌てて後退した美鈴と咲夜を遠目にみながら、こちらに直進しつつ、霊夢が札をばらまく。虹色の空に白く輝く霊力の札は、どうしてか威圧感を与えてくる。
迫りくる博麗の札を見据え、避ける。速度は遅いので、回避は簡単だ。咲夜の弾幕から逃げるためのスペルだと踏んだ美鈴だが、
「美鈴、後ろよ!」
「ッ――!」
咲夜の声に振り返り、戦慄した。すぐ背後に霊夢がいるのだ。先ほどまで確かに正面で弾幕をばらまいていたはずなのに、いったいなぜ。
考えている余裕などない。霊夢は鋭い眼差しで、ゆっくりと移動しながら美鈴に向かって札を発射した。
不規則な動きをする札を躱し、美鈴の正面から反時計回りに動いていた霊夢を見据える。
まばたきの一つもしていない。だというのに、次の瞬間、霊夢は美鈴の右隣に現れた。
「なっ……!」
消える瞬間がなかった。気配を残していたのとも違う、ただ移動先が美鈴の右隣だったかのような、なんとも言い難い不気味な感覚を覚える。瞬間移動の類とはまったく別物の力だ。
一旦後退し、距離を取る。咲夜は霊夢が美鈴を狙ったと見て、魔理沙に標的を絞っているようだ。すばしっこい魔理沙は、どれほどナイフで囲んでも簡単に被弾してくれそうにない。
視線を戻す。ゆらゆらと空中を漂いながら、札をばらまき、唐突にありえない方向から出現し、霊夢が徐々に距離を詰めてくる。
美鈴は気づいた。視認はできないが、霊夢は恐らく結界を作り出しているのだ。その両端が繋がっているのか、合わせ鏡のようになっているのかは知らないが、結界の壁から壁へと移動している。その壁も複雑な形をしているからこそ、まるで彼女が意図したところに現れているように見えている。
霊力を纏う札を避けながら、美鈴は自嘲気味な笑みとともに吐き捨てた。
「分かったところで、どうしようもない」
「弱気ね」
また背後に回っていた霊夢が、札を展開しながら鼻を鳴らす。
「それでよく門番が勤まるものだわ」
「私はどっちかというと、挨拶係なんで」
「あー、なるほど。そんじゃあんたはやっぱ、レミリアには必要ね」
言いながらも、博麗の札はしっかりと美鈴に射出されている。身を捻ってかわしつつ、咲夜の様子を伺った。
スペルの時間が残りわずかなのだろう。咲夜には焦りが見えた。魔理沙の魔法を食らった時のダメージが残っているらしく、顔色が悪い。
その背後に、まるで壁の向こうから現れるかの如く、霊夢がぬぅと現れた。すぐに忠告しなければと思ったが、先ほど射出された博麗の札が、美鈴にも近づいてきている。
美鈴は高く上昇した。霊夢のスペルには追尾性能がないようで、弾幕が追いかけてくることはなかった。安堵は一瞬、咲夜に叫ぶ。
「咲夜さん!」
声に反応して、咲夜が美鈴に振り返る。違う、こちらではない。叫ぼうとしたが、その言葉は、間に合わない。
霊夢が札をばらまく。咲夜が気付くが、遅すぎた。白く輝く札が、一斉に直撃する。美鈴はそれを、ただ見ていることしかできなかった。
バチリと雷光が走るような音が鳴り響き、咲夜の体が大きくのけぞり、吹っ飛んだ。
咲夜、スペルに被弾。美鈴達の持ち点は三点となり、カード枚数は残り一枚。
一方、魔理沙と霊夢は、持ち点は変わらず、六点。スペルカードは、同じく残り一枚となった。
落下する咲夜を抱きとめると、腕の中で呻きながら、わずかに目を開けた。
「ごめんなさい……。酷く足手まといになってしまったわね」
「いえ、そんな。私がもうちょっと霊夢の気を引けていればよかったんです」
「そう。……ありがとう、美鈴」
頭を軽く振ってから、咲夜は美鈴の腕から降り、自分で宙に浮かんだ。まだ痛むのだろう、札の直撃を受けた腹部を押さえている。
霊夢と魔理沙が、二人の前に並んだ。まだ戦意に満ちた顔をしているが、美鈴と咲夜は顔を見合わせ、揃ってかぶりを振る。
「降参よ。もう結構だわ」
咲夜が笑みを交えて告げると、霊夢も魔理沙もぽかんと口を開けた。しかしすぐに、同時に噛み付いてくる。
「ふざけないでよ。中途半端で終わらせるつもり?」
「そうだぜ。三枚って言い出したのはお前らだろ、最後まで付き合えよ」
「いやぁ、それが……」
頭を掻きつつ、美鈴はなるたけ怒りを買わないように言葉を選びながら、答えた。
「この異変、実は花子さんの、お別れパーティー異変でして」
「……はぁ?」
「まぁそういう反応になりますよね。お嬢様の話だと、花子さんが異変というものをやってみたいと言い出したとかなんとかで」
「ようするに、異変を起こして解決されるまでの流れを、花子に経験させてあげたいのよ。だから、ここで私達が粘って時間を稼ぐより、あなた達に早くお嬢様たちと遊んで差し上げてほしいの」
フォローを入れてくれた咲夜に目配せで感謝を伝えつつ、美鈴は霊夢と魔理沙の顔色を伺った。二人とも、怒りを通り越して呆れている。
「ようするに、私と魔理沙は利用されたってわけ?」
「あはは、悪い言い方すると、そうなりますねぇ」
「良い言い方なんてないけどな。まったく、遊び半分で異変起こすなよ。いや、いつもこんなもんか」
箒に横乗りになって、魔理沙は八卦炉をポケットにしまった。降参が受け入れられたと見ていいだろう。
だが、霊夢は納得していないようだった。大幣を肩に担いでヤクザよろしく、
「そんなんで言い訳になると思ってるわけ? 悪魔の一派が目の前にいて、退治しないわけないでしょ。弾幕しないなら実力行使よ。ちょうどタイミングよくポケットに陰陽玉があるから、霊夢さんの豪速球を存分に食らいなさい」
「いやいやいや、落ち着いてくださいよ。この後にはお嬢様や妹様もいるんですから、体力は温存しておいたほうがいいでしょ?」
「あんたらを退治するくらいで、スタミナが切れるわけないでしょ。言い訳かましてないでじっとしてなさい。避けたら当てるまで投げるわ」
聞く耳を持たない霊夢に、美鈴は頬が引きつるのを感じた。しかし、ずれた帽子のリボンを直している魔理沙が美鈴に助け舟を出してくれるわけもない。
腕組みをして聞いていた咲夜が、突然にっこりと笑った。
「霊夢。今日は花子のお別れパーティーなのよ」
「聞いたわよ」
「それでね、どうせなら外からもお客様を呼びたいと思っていたところなのよ。そんな時にちょうど、あなた達がいたりするの」
「……」
「良かったら、お呼ばれしてくれないかしら。ご馳走はこれから作るけど、あなたとお嬢様方が遊び終わる頃までには間に合わせるわ。美鈴と二人でやれば早いから」
霊夢の顔は厳しいまま変わらない。しかし、その頬は徐々に上気してきていた。その隣で、魔理沙が直し終えた帽子をかぶりながらニヤニヤしているが、彼女は気づいていない。
「まぁ、どうしてもって言うなら、食べてやらなくもないわ。人間が食べられるものを出してくれるならね」
「花子の好みは人間の味だから、それに合わせて作っているわ」
「あっそう。さて、こんなところで時間かけてられないわね。魔理沙、本丸を叩きに行くわよ」
「ちょろいぜ」
「うっさい」
魔理沙の頭をはたいてから、霊夢は紅魔館へ向かって飛んでいってしまった。こちらに手を上げ、「じゃ、後でな」と言うや、魔理沙も霊夢の後を追いかけていく。
二人の背中が小さくなるまで見送ってから、美鈴は咲夜に向き直った。
「いいんですか? お嬢様の許可も取らないで、あんなこと」
「どうせこの後は宴会になるんだし、だったらうちでやってもいいじゃない。お嬢様もそうしたがるわ」
「異論はありませんけど。でも、今から料理して間に合います? 霊夢も魔理沙も、ああ見えて結構食べる子達ですよ」
「だから、あなたにも手伝ってもらうんじゃない」
この場を収めるための発言だと思っていただけに、美鈴は狼狽した。まさか本当に料理を手伝わせようと思っていたとは。
できないわけではない。しかし、紅魔館で出されるような料理は、作ったことがなかった。
「で、でも私、中華しか作れませんよ?」
「あら、中華作れるんだ? いいじゃない、材料あったかしら」
備蓄してある食材の在庫を指折り数える咲夜は、本気で美鈴に料理をさせるつもりらしい。花子達の異変に付き合うだけでよかったはずなのに、なんだかおかしな方向に話が進んでしまった。
揃って着地して、二人は徒歩で紅魔館への帰路についた。飛んでいけば、下手をしたら弾幕ごっこに巻き込まれかねないからだ。
この後美鈴は、久々に握った包丁に、弾幕ごっこよりもずっと神経をすり減らすことになるのだった。