かちこめ! 花子さん   作:ラミトン

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そのにじゅうご  異変!七色の霧と弾幕地獄!(2)

 

 

~~~~

 

 

 二枚目だよ。

 

 

 今ね、レミィとパチュリーさんが、霊夢と魔理沙と戦っているんだよ。

 

 遠くから見ているだけだけれど、レミィもパチュリーさんも、霊夢と魔理沙も、すっごい弾幕が上手なの。

 

 とても綺麗で、強そうで、私なんかは足元にも及ばないんだろうな。どうやったら勝てるかなぁって、色々考えました。

 

 文さんと戦った時のように、本気になれる理由がなきゃがんばれないかなぁと思っていたのだけれど、その文さんに怒られちゃたんだ。

 

 直感を信じろって言われたの。楽しめば、どんなに弾幕が難しくてもそれなりに戦える、だって。

 

 そういえば、小学校のお昼休み、男の子達はよくドッジボールをやっていたよね。太郎くんと一緒に見ていた時のことを、思い出しました。

 

 小さい子も怖がらないで、大きな子に立ち向かっていたものね。私だって、きっとできるよね。

 

 

 三枚目に続きます。

 

 

~~~~

 

 

 咲夜と美鈴は、負けてしまったらしい。どうやってそれを知ったのかは花子には分からないが、パチュリーとレミリア、文が言うのだから間違いないのだろう。

 

「さてはて、次はどなたがあの二人と戦うので?」

 

 文花帖を片手に仕事熱心な文が、レミリアに訊ねた。咲夜がいなくなったテーブルは、早々に散らかり始めている。

 指についたクッキーの粉を行儀悪く舐めながら、レミリアが答える。

 

「そりゃまぁ、花子とフランは主犯だし、黒幕は最後って相場が決まってるから、私とパチェかしらねぇ」

「よかったら、うちの小悪魔を使ってみる? 靴紐を結ぶ時間くらいは稼げるわよ」

 

 パチュリーに真顔で示されて、小悪魔はサッと顔色を青くした。

 

「パ、パチュリー様、それだけは、後生ですから……」

「冗談よ。優秀な秘書に怪我されたら大変だからね」

「仲がいいこと。妬けちゃうわ」

 

 レミリアに笑われても、よほど心臓に悪い冗談だったのか、小悪魔の頬は引きつったままだった。

 これから弾幕ごっこだというのに、レミリアはしきりに身だしなみを整えている。一生懸命ドレスや帽子をいじっているが、口の周りについたクッキーの粉には気づいていないらしい。

 

「レミィ、こっち向いて?」

「ん? むぅ――」

 

 ポケットからハンカチを取り出して、花子はレミリアの口を拭ってやった。

 口周りが綺麗になり、レミリアは恥じるでもなくにこりと笑って、

 

「ありがと、花子」

「どういたしまして」

「……異変らしい緊張感がまったくありませんねぇ」

 

 やれやれと、文が溜息をつく。しかし、パチュリーに三馬鹿とまで言わしめた花子とレミリア、フランドールである。思いつきの異変に、真剣味があるはずもない。

 胸元のリボンを締め直し、ふわりとレミリアが飛び上がった時だ。紅魔館正門の上空に、霊夢と魔理沙が見えた。宙に漂い、遠目ではあるが、こちらを見ているのが分かる。

 パチュリーもレミリアに続いて空へ舞い上がり、花子とフランドールに振り返った。

 

「時計台に行ってなさい。ここは巻き込まれるかもしれないし」

「そうね、それがいいわ。黒幕は一番てっぺんにいるもんだものね」

 

 とても上機嫌に、レミリアがウィンクなどしてみせた。花子とフランドールが揃って頷くと、二人は颯爽と門前に向かって飛んでいく。

 レミリアの後ろ姿を見送りたかったが、フランドールに背中を押されたので、花子は仕方なく館の中へと入っていった。文と小悪魔も続いている。

 館の中では、妖精メイドがすわ一大事とばかりに走り回っていた。走り回っているだけで、何かをしているわけではない。

 慌ただしい館の中を、時計台へと向かう。もはや慣れたもので、フランドールと並んで迷わず歩いていると、ペンを指でくるくる回しながら、文が言った。

 

「あんた、本当にここで暮らしてたのねぇ。違和感がないのが不思議でしょうがないわ」

「えへへ」

 

 照れくさくて、頭など掻いてみる。文が半眼で「褒めたわけじゃないわよ」と呟いたのは、聞かなかったことにした。

 最上階の渡り廊下に出て、四人は時計台の屋根に登った。紅魔館で一番高い場所に立ったことになるのだが、普段から館の上空で弾幕ごっこをして遊んでいたため、景色の感動は薄い。

 再び霧でお絵かきを始めたフランドールが、目線だけを隣の花子に向けた。

 

「お姉さまとパチュリーが負けちゃったら、私と花子の番だね。準備できてる?」

「う、うーん。たぶん大丈夫だよ。体の調子はいいもの」

「よしよし。魔理沙と霊夢はとっても強いから、いっぱい楽しめるよ」

「足を引っ張らないようにがんばるよ」

 

 苦笑しつつ、答える。花子もこの数カ月でだいぶ強くなったが、フランドールやレミリアと同等かそれ以上だという霊夢や魔理沙を相手にどこまでやれるか、不安ではあった。

 この位置からならば、レミリア達の戦いを観戦することができる。額に手をかざして眺めていると、四人の背後に突然咲夜が現れた。

 

「妹様、ただいま戻りました」

「おかえり咲夜。お姉さま、もう行っちゃったよ」

「そのようですね。お見送りできなくて申し訳ない限りですわ」

「仕方ないよ。それで、どうだった? 二人の弾幕」

 

 フランドールが聞くと、文が文花帖を開いてペンを握りしめた。メモを取るつもりなのだろう。

 一言一句逃さず記録されることを気にするでもなく、咲夜は微笑を口元に湛えたまま、

 

「霊夢は相変わらずというか、なんというか」

「だろうねぇ。魔理沙は?」

「成長していますわ。前に一戦交えた時より、強く感じました」

「さすが魔理沙! 今から楽しみぃ」

 

 友人が強くなっていることを素直に喜ぶフランドール。自分ももっと強くなれば、彼女に同じように喜んでもらえるのだろうかと、花子は魔理沙に羨みを覚えた。

 雑務が残っているからと、咲夜はすぐに去ってしまった。弾幕ごっこの直後だというのに、休むことを知らないかのような働きっぷりだ。

 心配げに咲夜がいるであろう本館を見つめていると、小悪魔がクスクスと笑い、

 

「大丈夫ですよ、咲夜さんは時間の使い方が上手だから」

「上手というか、反則気味な使い方をしますからねぇ」

 

 文の言葉に、小悪魔は頷きはしなかったものの、否定もしなかった。時間を止めている間に休憩しているらしいという噂は妖精メイドから聞いたことがあったが、どうやら本当のようだ。

 和やかな雰囲気だったが、花子は突然ピリリと空気に走った緊張に、思わず背筋を伸ばした。

 門の上空だ。レミリアの魔力が真紅のオーラとなって、立ち上っている。

 

「始まるわね。さて、どんな戦いになるかしら」

 

 張り詰めた空気に、文が呟く。彼女の瞳には新聞記者のそれではなく、強者の好奇心が宿っていた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 時間は、少し遡る。

 レミリアとパチュリーが紅魔館上空にたどり着くと、待ち構えていた霊夢は、意外そうな顔をした。

 

「あんたらが先にやられるの?」

「やられることを前提に話さないでちょうだい。今回の異変は花子とフランが黒幕だから、私とパチェが先なの」

「だから、やられるんだろ? あいつらが弾幕できないんじゃ、意味がないじゃないか」

「むぅ」

 

 さっそく霊夢と魔理沙に言いくるめられ、隣でパチュリーが悲しげとも取れる表情で嘆息を漏らした。

 しかし、これしきの事でめげるレミリアではない。すぐに顔を上げ、霊夢と魔理沙を順繰りに見回し、

 

「いくら妹と友達のためとはいえ、手を抜くなんてつまらないことはしないわ。私とパチェは本気でいくから、覚悟しなさい」

「あぁ、私も全力を出すのね」

「もちろん」

 

 いまいち乗り気じゃないパチュリーだが、いつものことだ。彼女は弾幕ごっこが始まると、だんだん熱くなってしまう。放っておいても、本気になってくれるだろう。

 ふと見れば、魔理沙が目をぎゅっと閉じて、また開くを繰り返している。この空の色に疲れてきているようだ。

 

「あぁ、目薬が欲しい。パチュリー、持ってないか?」

「持ってても貸さないわ。その方が有利になるし」

「酷いやつだ。まぁいいや、目が痛くてもお前らくらいなら楽勝だぜ」

 

 自信満々に語る魔理沙だが、彼女のこれは過信ではない。魔理沙は、レミリアの妹フランドールとまともに弾幕ごっこで遊べる強者(つわもの)なのだ。

 脅威ではあるが、それ以上に苦戦するであろう相手が、大幣で肩を叩く霊夢である。彼女以上に強い者を、少なくともレミリアは、片手で数えられる程度しか知らない。その中には、しっかり自分もカウントされていたりする。

 幻想郷の英雄と呼べるだろう少女は、何やらそわそわと落ち着かない。いつもは何事にも興味なさそうにしているので、レミリアは気になった。

 

「どうしたのよ霊夢、もじもじして。おトイレ? 家の使う?」

「いらないわよ馬鹿。そんなことより早く始めましょう。一分一秒でも早く異変を解決しなければ大変なことになるわ」

「……そうなの? なんで?」

 

 フランドールが出している霧は目に悪いとはいえ、レミリアの紅霧よりも無毒だ。眉を寄せて首を傾げると、霊夢は神妙な顔で頷き、

 

「そうよ。事態は一刻を争うわ、じゃないと冷めちゃう」

「咲夜が飯をご馳走してくれるって言ったんだ。あいつは逃げたくて口滑らしたんだろうけど、霊夢に火をつけちまったな」

「そんなの私は許可してないわよ。ご飯くらい別にいいけど」

 

 なんとも霊夢らしい理由だ。度々神社へ遊びに行っているレミリアから見ても金に困っているわけではないと思うのだが、彼女はタダ飯とか奢りという言葉にとても弱い。

 しかし、面白い。本気の霊夢や魔理沙と戦うのも久しぶりだし、相棒のパチュリーも、喘息の具合は良さそうだ。

 

「楽しめそうね。さて、それじゃあ霊夢が腹ペコで倒れないうちに始めましょうか」

 

 レミリアの冗談を聞いても、霊夢とパチュリーはクスリともしなかった。魔理沙には多少ウケたようだが、笑いを取ろうと思ったわけでもない。

 カードを召喚する。血色の炎に包まれて現れる、蝙蝠の羽が描かれた真紅のカードは、六枚。パチュリーの正面にもまた、同じ模様だがそれぞれ色の違うカードが浮かんでいる。

 一人頭、三枚といったところだ。点数はチームにつき十八点。この面子では、ショットでの削り合いも相当激しくなるだろう

 

「タッグだし、このくらいはないとね」

「六枚か。楽勝よ」

 

 ふふんと、霊夢が鼻を鳴らす。相変わらず極端なほど自信家だが、そのくらいの負けん気があってこそ、彼女らしいというものだ。

 魔理沙がミニ八卦炉を握りしめ、パチュリーは魔法の媒体となる魔導書を広げた。霊夢も右手で博麗の札を掴み、その周囲に分身の札が無数現れる。

 得物を持たないレミリアだが、不利だとはまるで思わない。吸血鬼は、何も持たずして最強の種族なのだから。

 不気味なほど明るい虹色の霧は、四人の視界から消えていた。もう誰もが、目の前の相手しか見えていない。

 提示したスペルカードが、炎に巻かれて消える。パチュリーのカードも魔力の粒子となって空中に溶けた。

 

 瞬間、合図もなしに、全員が動く。パチュリーと霊夢は後方へ、レミリアと魔理沙は前方へ、迷いなく進み出る。

 誰よりも早く、魔理沙が八卦炉からレーザーを射出した。明るい輝きが脇をかすめる。狙いは正確だが、魔法の光は、その速度も術者の魔力に依存する。魔理沙の魔力では、レミリアの反応速度には及ばない。

 魔理沙とすれ違う。彼女は振り向かないだろう。今レミリアを狙えば、パチュリーに背中を向けることになるからだ。

 上空から降り注ぐ、霊力弾と博麗の札。霊夢のショットだ。相変わらず嫌らしく追跡してくる札をすいすいと躱し、レミリアは左の腕に右手の爪を立て、引っ掻いた。

 白い肌から、鮮血がほとばしる。血液の玉は魔力を持って巨大化し、魔力弾と化す。引っ掻いた痛みはなく、傷も次の瞬間には消えている。

 レミリアの身長ほどの大きさになった血液球を、殴り飛ばした。破裂した血の弾は大粒小粒、無数の弾幕となって、霊夢を襲う。

 しかし、避けにくく威圧感もたっぷりであろう魔力弾の間を、霊夢は目の前に何もないかのように進んできた。

 恐れをまるで知らない霊夢の回避に、レミリアの口元が緩む。

 

「そうこなくてはね」

 

 霊力弾が近づく。レミリアの魔力弾に比べたらいかにも小さいというのに、その神聖な輝きを見るだけで、体が本能的に逃げようとする。

 しかし、冷静さは失わない。レミリアは上空に移動した。直後、足元を魔理沙のレーザーが通過していく。

 上を取った。見れば、動きを読んでくれたのだろうパチュリーが隣にいる。目を合わせて頷き、同時にショットを放つ。

 パチュリーのショットは、照射され続ける二本のレーザーで相手を挟みつつ魔力弾を撃つという、敵をじわじわと追い詰めるいやらしい代物だ。レーザーは完全に挟む前に消えるとはいえ、レミリアは彼女のショットが苦手だった。しかし、味方となれば心強い。

 頭上に浮かんでいるパチュリーの魔力球から、青のレーザーが伸びる。紅魔館の庭に突き刺さらん勢いで放たれたレーザーは、左は魔理沙を、右は霊夢を追いかける。そこに、さらに腕を引っ掻いたレミリアが、散弾の如く血液の魔力弾を撃ちまくった。

 レーザーと真紅の魔力弾に挟まれた魔理沙が、一瞬動揺する。その隙を、パチュリーは逃さない。魔理沙の右腕に、レーザーが命中した。

 

 魔理沙、ショットに被弾。霊夢と魔理沙の持ち点、十七点。

 

 被弾した痛みがあるだろうに、魔理沙は体勢を立て直すのが、とてつもなく早かった。破けて中途半端にぶら下がる袖を引きちぎって、魔理沙は反転、一瞬気を抜いたレミリアとパチュリーに猛進してきた。

 箒を軸に回転しながら、何度も何度もレーザーを発射してくる。無駄にばらまかれているようで狙いの絞られたショットに、やはりただの人間ではないと、レミリアは賞賛した。

 魔理沙のショットは速い。レミリアの目でならばいくらでも躱せるが、問題はパチュリーだ。彼女の魔法は大したものだが、身体能力となれば人間にも劣る。動体視力もまた然りだ。

 

「くっ――!」

 

 歯を食いしばってショットの嵐を避けているパチュリーに手を差し伸ばそうとしたが、割って入った博麗の札に妨害され、離されてしまう。

 勢いのある魔理沙に意識を取られ、霊夢を見失っていた。真下だ。真っ直ぐ上昇しながら、こちらに向かって博麗の札を撃ち出してくる。

 咄嗟に霊夢へ魔力弾を放つ。大小様々な血の弾丸は非常に避けづらいはずなのに、霊夢の回避には一切の躊躇がない。レミリアは撤退を余儀なくされた。

 追跡してくる札から逃げようとすればするほど、パチュリーが遠くなっていく。歯噛みしても、レミリアの位置からでは援護射撃も行えない。弾が大きいレミリアのショットでは、パチュリーを巻き込んでしまいかねないのだ。

 狙ってくる博麗の札が、突然減少した。何事かと見れば、霊夢はショットをパチュリーにも向けている。反撃に転じながら、レミリアは叫んだ。

 

「パチュリー!」

 

 スペルを使えと言おうとしたのだが、それより早く、事態は変わってしまう。

 魔理沙のレーザーに追い詰められて、パチュリーが読み間違った。接近されて勢いが増した光線に注視するあまり、霊夢の札に気づけなかったのだ。

 小さな背中に、博麗の札が直撃する。分身体の札が弾けて消え、パチュリーがよろめく。

 

 パチュリー、ショットに被弾。レミリア達の持ち点は、十七点となる。

 

 ショットに当たる程度のことは、覚悟していた。パチュリーを責めるつもりも、減点への動揺もない。

 素早く立ち直り、パチュリーがショットを再開した。青い魔力球から伸びる照射型のレーザーで、魔理沙と霊夢を狙う。

 レミリアは左腕に再び爪を立てた、血飛沫が舞い、複数の巨大な魔力弾と化す。それらを殴り飛ばし、また蹴り飛ばした。

 分厚い弾幕とはいえ、所詮はショットだ。魔理沙はレーザーでこちらを牽制しつつ余裕を持って躱し、霊夢にいたってはレミリアに背中を向けたまま避けてみせる。

 

「化け物ね」

 

 吸血鬼という身でありながら、思わず呟いてしまった。レミリアに言わせるだけの力を、二人は持っているのだ。

 しかし、舐められたままでは面白くない。何本も撃たれた魔理沙のレーザーを細かく動いて避け、天狗と並ぶと言われるスピードをもって魔理沙と霊夢の間に移動し、真紅のカードを召喚した。

 カード宣言、一枚目。人間二人がショットを中断し、身構える。

 

 スペルカードが炎に消える。両手を大きく広げたレミリアを、紅い魔力のオーラが包んだ。

 魔力は両の掌に集い、一瞬の静寂の後、弾けるように伸び広がった。紅に輝く幾十本もの鎖が、霧の空で暴れだす。

 運命「ミゼラブルフェイト」。真紅の鎖が、うねり、しなり、まるで生きているかの如く、魔理沙と霊夢に迫る。

 長い長い魔力の鎖を両手に握り、レミリアは縦横無尽に虹色の空を駆け巡る。パチュリーにだけ当てないように意識しながら、後は大雑把に狙いを定めて、十も二十もある紅い鞭を振るいまくる。

 

 蠢く真紅の鎖を前にして、霊夢はふわふわと漂うように、魔理沙は対照的に、箒に跨ったままちょこまかと素早く動いて被弾を免れている。

 さすがに上手い。だが、ここからだ。レミリアはにやりと唇を歪め、魔力の鎖を握った両手を、振り上げた。

 勢い良く空気に叩きつけ、その振動を受けて、全ての鎖が大きく波打つ。パチュリーが気づき、慌ててこちらに逃げてくる。

 変化は、すぐに起きた。鎖が、途中で、また先端で、さらにはレミリアのすぐ手元で、枝分かれしだしたのだ。一瞬にして倍以上に増えた鎖に、さしもの霊夢も焦りを浮かべる。

 このスペル自体は何度も使っているが、この変化は最近編み出したばかりだ。実戦で使うのは初めてだが、練習の甲斐あってか、思った通りの魔力変化を起こすことができた。

 さぁ、どうする。もはや百に届かんとしている鎖の鞭を振るいながら、レミリアは敵を観察した。

 スペルの時間はまだまだある。いくら神をも倒す人間離れした二人とはいえ、長期戦に持ち込んでは吸血鬼のスタミナに敵うはずがない。被弾させるチャンスは必ずくる。

 だが、持久戦になれば不利であることは、彼女らも気づいているはずだ。ただ逃げ惑うだけで終わってくれるとは、思えなかった。

 

「レミィ」

 

 パチュリーが背後にいた。振り返らずにスペルを継続していると、彼女は後ろをついてきながら言った。

 

「霊夢よ」

「分かってる」

 

 短く返す。霊夢の握る大幣が、強く光り輝いている。霊力を練り上げて、スペルを撃とうとしているようだ。

 なんとか鎖で集中を妨害したかったが、さすがにそこまで甘くはない。あっという間に霊力を集中させ、スペルカードを掲げてみせる。

 

「来るわ、パチェ」

「えぇ」

 

 離れるパチュリーを確認するが早いか、スペルカードをしまった霊夢が、博麗の札を天高く投げた。

 紅白の札は空中で静止し、分裂、増殖して、やがて七色の霧を覆い尽くすほどの量となり、レミリアとパチュリーの周りを囲う。

 妖怪を縛り上げる秘術、夢符「封魔陣」。上下左右、網の目上にめまぐるしく飛び交う博麗の札は、徐々にその包囲網を狭め、こちらの動きを制限してくる。避けられるように作られているとはいえ、今までのように鎖を振るえないのがもどかしい。

 

「ふん、生意気!」

 

 レミリアは両掌に魔力を込め、札の包囲が完全に動きを束縛してくる前に、真紅の鞭を豪快に振り回した。落ち着きかけていた無数の鎖が再び暴れ、博麗の札を散らし、砕いて、霊夢と魔理沙を強襲する。

 あるいは今の相手が別の者であったなら、反撃のスペルを早々に打ち砕かれ心を乱してくれたかもしれない。だが、霊夢は年に似合わぬ冷静さで、すぐに切り替えしてくる。破壊され霧散した霊力が再び札の形を取り、執拗に動きを封じてくる。

 スペルの中心にいる霊夢は、一種の結界となった博麗の札に守られている。かといって魔理沙を狙おうと思えば、彼女は封魔陣の外だ。あまりに離れすぎているため、大ぶりとなった鞭はあっけなく避けられてしまう。

 せめて接近できれば違うのだが、霊夢の術がそれを許してくれない。何度も鎖を振るっては捕縛術を破壊しているのだが、その度に再生を繰り返し、攻防は一進一退、どちらも譲ろうとしない。

 

 まだあと数十秒ほど時間は残されているが、ここで霊夢を打ち砕かねば、パチュリーが被弾してしまう可能性もある。例えお互いに避け切ったとしても、自分の中で負けだと思ってしまうだろう。それはどうあっても、プライドの高いレミリアが許せることではなかった。

 紅が強く輝き、虹色の霧を一時、鮮烈な血色に染める。魔力をさらに練り上げ、振るった。遠方の魔理沙が退避するほどの破壊力をもって、霊夢の術を一瞬、完全に破壊した。

 瞬間、レミリアが動く。弾幕ごっこなので遊びの範疇が出ないよう加減はしているが、それでも目を見張るほどの高速で霊夢に接近し、魔力の鎖を叩きつける。

 霊夢が明らかな焦りを見せる。素早く後退しつつ術を再構成し、レミリアの周囲が博麗の札で覆われる。包囲陣は一気に狭まり、レミリアを包みこまんとした。

 

 真紅の鎖が霊夢を打つか、博麗の札がレミリアを縛るか。タイミングは非常に際どい。構わず、振りぬいた。

 霊夢の肩に鎖が当たり、小さな巫女の体が吹き飛ぶ。鎖には体に触れる直前に威力が減衰する術式をかけてあるため、大きな怪我にはならないだろう。

 被弾させた、勝ったという優越感は、しかしすぐに消え失せる。時間にして一秒も満たぬうちに、レミリアも博麗の札に包まれ、全身を電流のような衝撃が駆け巡った。

 

 レミリアと霊夢、同時に被弾。両チーム共に残り点数は十四点、カードはあと、五枚。

 

 効力を失った博麗の札が、体から剥がれ落ちていく。まだ体に痺れは残っているが、痛みは霊夢より少ないだろう。見れば彼女は、肩口を抑えてうずくまっている。魔理沙が慌てて駆けつけ、

 

「お、おい霊夢。大丈夫かよ」

「大丈夫よ……。くそ、油断したわ。まさかあの歩く自尊心が、プライド捨ててゴリ押ししてくるなんて」

「だから言ったでしょ、私は本気だって。どうする? 降参して家で手当てしてきてもいいのよ」

「またあなたは、そうやってあからさまに挑発するんだから」

 

 どこで避けていたのやら、ようやくやってきたパチュリーがレミリアの帽子をポンポンと叩いた。もっとも、レミリアの挑発癖は今に始まったことではないので、彼女も本気で咎めているわけではないだろう。

 今も肩を押さえているが痛みは引いたらしい霊夢が、「冗談じゃないわ」と吐き捨てた。

 

「こんなもんで私が参ると思ったの? 言ったでしょ、油断したって。次は気を抜かない、覚悟しなさい」

「ふん、面白いじゃない。せいぜい強がっていればいいわ」

 

 久々の熱い戦いに、すっかり興奮してしまっている。レミリアは霊夢との間に火花が飛び散っているのを感じ、それがまた、たまらなく高揚感を煽った。

 そのすぐそばで、若干蚊帳の外になりかけている二人が、なにやらぼそぼそと言っている。

 

「くっそー、完全に部外者だったな」

「だったら、スペルに飛び込んで避けるくらいしたらよかったじゃない」

「どうせ飛び込むならマスタースパーク撃ちながらがいいな。絶対そっちのが楽しいし」

「いつでも暴れたがりなのね。人間っぽくないわ」

「人間だぜ」

 

 こちらはなぜか和やかなムードだ。パチュリーは魔理沙のことをあまり良く言わないのだが、嫌っているわけではないのだろう。図書館の本を盗まれてもやれやれまったくとぼやくばかりで、機嫌が悪くない限り、本気で怒ったりはしないようだ。

 ともあれ、今はまだ戦いの最中だ。レミリアは二人の間に割って入り、

 

「はいはい、お喋りはそこまでよ。霊夢も立ち直ったことだし、続けましょ」

「そうよ。早くしないと私のご馳走が冷めてしまうわ」

「そんなヘマはしないわよ、うちのメイドは」

「そうか? 咲夜はあぁ見えて、時々ズボラじゃないか」

「料理には手抜きをしないの。変なものを入れることはあるけど」

 

 笑いながら、パチュリーと並んで間合いを取った。ある程度の距離まで離れ、ショットを撃ち合う間合いまで来ると、それだけで体が戦闘の緊張に包まれる。

 虹色の霧が揺れる。レミリアは手の甲を噛み血を飛ばし、魔力弾を作り上げた。

 一斉に動く。パチュリーが下がり、後方から支援してくれている。血の魔力弾を蹴飛ばして、レミリアは高鳴る胸を抑えきれず、凶暴な笑みを浮かべた。

 あまりにも、あまりにも楽しい。フランドールや花子のためであっても、加減などできるものか。 

 吸血鬼の、悪魔の血が騒ぐ。唸る鼓動のままに、レミリアは戦いに没入していった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 紅魔館の庭園上空で繰り広げられる弾幕ごっこに、花子は舌を巻いた。始まってからものの数分でショットとスペルを当てあい、そのスペルもとても高難度で、かつ外から見た美しさときたら、フランドールの霧が薄く見えてしまうほど見事なものだった。

 スペルに霊夢とレミリアが被弾してからしばらく間があったが、もう戦闘は再開し、凄まじいショットの撃ち合いが展開されている。文との決闘の時とは比べ物にならない密度だ。味方の弾幕も合わされば、スペルの中にいるのと大差ないだろう。

 

 今また、パチュリーに気を取られていた魔理沙が、レミリアのショットに被弾した。霊夢と魔理沙の持ち点は、十三点に変わる。

 文と戦った時は、ショットに一度当たっただけで酷く動揺したものだが、箒から落ちかけた魔理沙は何事もなかったかのように跨り直し、すぐに反撃へ出ている。

 肉体的にも精神的にも、なんというタフネス。あれが本当に、人間の少女だというのか。

 

「……すごい」

 

 感動すら覚えて呟くが、花子には大きな不安が芽生え始めていた。あんなにも強い霊夢と魔理沙を相手に、まともな勝負ができるのだろうか。

 感心やら不安やらで半ば呆然と戦いを見つめていると、虹の空を覆い尽くす弾幕を写真に収めた文が、嫌味な口調と共にこちらへ振り向いた。

 

「あら、怖気づいたの?」

「そ、そんなことないですよ」

 

 慌てて取り繕ったが、文はしたり顔で、花子の方をチラチラと見ながら文花帖にペンを走らせ始めた。

 

「ちょっと、何書いてるんですか」

「記事の覚書に決まってるでしょ。弱小トイレ妖怪が吸血鬼と人間の弾幕ごっこに怯えているという」

「変なこと書かないでくださいよ! 怯えてなんて、ないんだから」

 

 とは言ってみたものの、あの弾幕に喜び勇んで飛び込んでいけるかと聞かれたら、頷ける自信はなかった。

 霧を出しつつ瞳を輝かせて観戦していたフランドールが、一転して心配そうに花子の顔を覗き込む。

 

「花子、怖くなっちゃった?」

「う、ううん! そんなことないよ。私は霊夢と魔理沙と弾幕するのが、楽しみでしょうがないよ」

「だよね! 今日はどんな弾幕になるのかなぁ」

 

 強がりをを信じてくれるフランドールに、花子は心中で詫びた。もちろん楽しみだとは思っているのだが、目の前で繰り広げられる戦いを見てしまったせいか、もう観戦するだけでもお腹いっぱいになりつつある。

 そも、紅魔館に滞在している間に遊んだ弾幕ごっこで、一度もレミリアとフランドールに勝ったことがない。別格なのだ。文と同じで、花子の手が届く相手ではない。

 いやしかしと、花子は考えなおす。その別格の文を相手に善戦したのもまた自分自身なのだ。あれからさらに上達したし、もっとうまくやれるのではないか。あの時のように本気になれれば、きっといい戦いができるはずだ。

 とはいえ、今回の異変には、文との決闘ほど熱くなる理由がない。悔しいが、我を忘れるほど全力を尽くせる気がしなかった。

 

「ずいぶんと考え込んでるわね」

 

 いつの間にか俯いてしまっていると、文の声が聞こえてきた。そちらを見ると、カメラのレンズが花子に向けられているではないか。思わず手で顔を覆い、

 

「ちょ、ちょっと! 勝手に撮らないで!」

「はいパシャリー。時すでに遅しです、いい写真が撮れたわ」

「もう、酷いんだから」

 

 文句を言ってみても、文の耳には聞こえていないようだ。相変わらず嫌な人だと吐き捨てたくなったが、おかげでわずかに気が晴れたので、悔しいが感謝の念も覚えていた。

 唯一助け舟を出してくれそうな小悪魔をチラリと横目で見てみるも、彼女はパチュリーの応援に一生懸命なようで、花子と文のやりとりに気づいていない。主を慕っている良い使い魔だが、今だけは自分を見てほしいと、花子はうなだれた。

 

「霊夢も魔理沙も、余計なことを考えながら避けられるような弾幕は使わないわよ。あんたのそれは、全部無駄ってこと」

 

 花子なりに一生懸命がんばろうとしているというのに、文の言い方は明らかに馬鹿にしていた。少し、ムッとする。

 

「分かってるもん。弾幕ごっこの時は、ちゃんと弾幕を避ける方法を考えます」

「だから、それがダメだって言ってるの。私とやった時もそうだったけど、花子は変に頭を使おうとするから、余裕がなくなるのよ。避けるのはそこそこやれるのに、自分を信じられてないんじゃ、せっかくのセンスが無駄になってしまう。宝の持ち腐れね」

「……じゃあ、どうしたらいいんですか?」

 

 好き勝手に分析された気がして、花子は腹が立っていた。分かったような口を聞くなと言ってやりたかったが、文は教えを請われたと取ったらしく――あるいは、最初からそのつもりだったのかもしれないが――、小さく肩をすくめる。

 

「直感よ。第六感ではなく、第一感を磨くこと。目に入って、感じた瞬間のそれが正解だと信じる。今の瞬間を大事にすれば、自然と取るべき道も見えてくるし、余計なことを考えないから弾幕の全てが楽しめるようになるわ」

「直感……ですか」

「そう。『どんなものでも楽しめるようになった時、初めて本当のスペルカードの魅力が見えてくる』。魔理沙の言葉だけど、人間にしてはなかなか的を得た発言ね。どんなに難しい弾幕を前にしても、楽しんでやろうと思うだけで、肩から力が抜けていく。もちろんこれはスペルカードだけに言えることじゃないけど、弾幕ごっこじゃ、余裕の差というのは特に顕著に出てくるもんよ」

 

 思えば、フランドールやレミリアと弾幕ごっこをする時、花子はいつも効率ばかりを考えていた。楽しくなかったわけではないが、それでも勝ちに執着したり、もっと強くなりたいと思うばかりで、吸血鬼姉妹の弾幕の美しさに心躍らせることなど、ほとんどできなかった。

 文の言うとおりに思い切り楽しむことができれば、身も心も弾幕に溶けこませることができれば、それはさぞ素晴らしいことだろう。

 

「できるかな、私に」

「できるよ。花子は強いから」

 

 少しだけこちらを向いたフランドールが、笑ってくれた。花子の言葉をどう取ったかは分からないが、その笑顔は花子にとても大きな勇気を与えてくれる。

 楽しもう、フランドールと一緒に、精一杯遊んでみよう。そう心に決めると、それだけで不安は払拭されていった。霊夢達の凄まじい弾幕を見るだけで、早く体験してみたいと、どんどん心が訴えてくる。

 

 上空で、レミリアが魔理沙のレーザーに被弾する。フランドールと小悪魔が悲鳴に近い声を上げる。レミリアとパチュリー、一点の減点。これで、お互いの持ち点は十三点。

 再び同点となった弾幕ごっこはさらに激しさを増し、花子ではもはや目で追いかけるのがやっとという状況だ。

 見れば見るほど緊張し、体が強張る。鼓動がどんどん早くなり、思わず握りこぶしを胸に押し当てた。

 

「……すごい」

 

 圧倒的な美しさを誇る弾幕を前に、花子はそれ以外の言葉を出すことが、できなくなっていた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 最近の人間――特に女の子は、何か異様な進化でもしているのではないか。下手をすれば、そこらの人食い妖怪より彼女らのほうがよほど化け物じみている。迫りくるレーザーや霊力弾を避けながら、パチュリーは顔をしかめる。

 霊夢については、彼女は明らかに別格なので、もはや何も言うまい。しかし、問題は魔法使いを自称し、実際に魔法を研究し会得している魔理沙の方だ。異変のたびに成長していき、弾幕ごっこやスペルカードルールに則った戦いでは、大妖怪にすら比肩する強さを身に着けている。

 ここ最近の異変では、彼女ら二人に加えて山の上にある神社の巫女や半人半霊の庭師までもが解決に乗り出している始末で、里の退治屋はいよいよお役御免になりつつあるとか。考えてみれば、紅魔館の住人である咲夜も、あれだけの力を持っていながら、やはり人間だ。

 スペルカードルールが提案された数年前は、まさか人間がここまで強くなるとは思ってもみなかった。あの頃から霊夢と魔理沙は人間以上の力を持っていたとは思うが、それにしても――

 

「パチェ!」

 

 レミリアの声で、我に返る。思考に耽る悪い癖が出てしまったらしく、状況がまるで見えていなかった。魔理沙のレーザーが、もう目の前にある。

 避けきれるかどうかを考えている暇もなく、反射的に頭を守った左腕に、激痛が走る。

 パチュリー、ショットに被弾。紅魔館組の持ち点は、これで十二点に減少した。 

 油断していたというより、レミリアと組んでいる安心感に身を預けすぎた。言い訳にしかならないが、久々の弾幕ごっこに感覚が戻ってこないというのもあるかもしれない。

 腕を抑えて痛みが引くのを待っていると、八卦炉を右手で(ほう)っては受けて遊びながら、魔理沙が唇の片端を吊り上げた。

 

「おいおい、当たりすぎだぜ、パチュリー」

「あら、まだ二回よ。あなたも人のことを言えないのではないかしら?」

 

 言い返してから、レミリアの方を見る。目が合っただけで伝わり、首肯してくれた。

 冷静沈着をモットーとしているとはいえ、自称魔法使いにやられっぱなしではいられない。パチュリーにも、生粋の魔女としてのプライドがある。

 カードを召喚する。レミリアと同じ柄のスペルカード、色は燃えるような火色。スペルカード宣言、パチュリーとレミリアの残り枚数は四枚となる。

 

「あなたに魔法の授業をつけてあげるわ。感謝なさい」

「ほう、そいつは楽しみだ」

 

 まったく余裕を崩さずに、魔理沙が離れていく。霊夢もショットを中断し、身構えた。

 魔導書を広げ、詠唱を始める。本が赤く光り輝き、魔術式が展開される。魔方陣が空一面に広がり、パチュリーの周囲に炎弾が出現した。虹色の霧を焼き払わんほどの量だ。

 火符「アグニシャイン」。燃え盛る魔術の炎弾は、渦を巻きながら広がり空を飲み込んでいく。無造作に動くのではなく、避けられるように一定のムラを用意してある、基本魔法の一つだ。

 この程度の魔法なら、恐らく魔理沙でも使えるだろう。だが、基礎は徹底して極めれば極意となる。この魔法がまさにそうで、これほど精密な炎の渦を作れる魔法使いはこの世に自分一人だけだと、パチュリーは自負していた。

 綿密な無造作を描く炎の渦に、魔理沙と霊夢が被弾した気配はない。二人のスペルは残り五回、カード一枚分の余裕がある。反撃が来ると見たほうがいいだろうが、下手に動いて集中を崩されるのも嫌だった。

 同じ事を考えたのだろうレミリアが、炎弾をくぐり抜けてパチュリーのそばまでやってきた。

 

「カウンターが来るかもしれないわ」

「分かってる。私は飛行に魔力を割きたくないから、レミィ、頼める?」

「任せて」

 

 背後から抱きつくようにパチュリーを抱えて、レミリアが飛ぶ。動いたせいでわずかに集中が揺らぐが、自分で飛行するよりはずっといい。

 吹き荒れる火炎の間から、霊夢と魔理沙の様子が伺えた。危なげなくムラを見つけて回避している。悔しいが、やはり一筋縄ではいかない。

 スペルの残り時間は、あと二分といったところか。焦ることなく、徐々に火炎渦の規模と密度を上げていく。あくまで避けられるようにはしてあり、少しでも慌てさせることが目的だ。

 火炎に分断された霊夢と魔理沙は、だんだんとその距離を開いていき、やがてパチュリーを挟んで対角の位置にまで移動を強いられた。これでお互いにフォローし合うことは難しくなったはずだ。

 時間は刻一刻と過ぎていく。避け切られて加点となればしばらくショットで粘らなければならなくなるが、それを気にするよりは今に集中したほうが得策だ。淡々と、まるで図書館の大時計になったかのような心で、時を数えていく。

 

「来たわ。二人ともよ」

 

 レミリアが告げる。見れば、霊夢と魔理沙が挟み撃ちをするかのように、同時に迫ってきていた。炎の間をかいくぐり、かなりの熱波にも動じず、恐れず、一心に突っ込んでくる。

 仕掛けてくるのは、一人だ。一目見ればすぐに分かる。少女に似つかわしくない攻撃的な、それでいて真っ直ぐ純粋な瞳。

 

「魔理沙よ、レミィ」

「うん」

 

 返事が聞こえた直後、霊夢が停止し回避に専念しつつ、再び下がっていった。息を合わせたのではなく、魔理沙が仕掛けると判断しての撤退だろう。

 高速で移動するレミリアとパチュリーを追いかける魔理沙が、チャームポイントである三角帽子が描かれた白黒のカードを取り出した。カード宣言、霊夢と魔理沙の残り枚数は四枚に減る。

 指に挟んだスペルカードを、魔理沙はパチュリー達に向かって投げ飛ばした。それそのものが弾幕になるわけでもなく、パチュリーもまたカードには目もくれず、その向こうに光るミニ八卦炉を注視する。

 

「魔法ってのは、やっぱパワーがないとさぁッ!」

 

 八卦炉が輝いた刹那、放出された巨大なレーザーが、自身のカードと炎の渦を吹き飛ばす。

 恋符「マスタースパーク」。フランドールの霧やその向こうにある雲さえもかき消す怒涛の光線が、幻想郷の空を貫いた。

 抱えてくれているレミリアのおかげで避けられたものの、次弾がある。魔理沙のマスタースパークは、一分ほどの制限時間の間、狙いを定めては連続でぶっ放してくるのだ。

 

「パチェ、スペル!」

 

 友の声で集中力を取り戻し、パチュリーは再び自分の魔法に没頭した。火炎の渦が再生し、霊夢と、何より狙いをつけてくる魔理沙を邪魔するように蠢く。

 しかし、妨害の効果は薄い。あたかも炎などそこにないかのように、光の奔流が突き抜けてくる。七色の空を真っ白に染め上げるレーザーを、レミリアに抱えられたまま避けるたびに、スペルへの集中力が途切れた。

 魔法の再構成が終わる前に、魔理沙の三撃目が放たれる。容赦のないマスタースパークの乱射は、いかにも火力第一主義者の魔理沙らしい。

 それでも、魔法という分野で人間に負けてやるわけにはいかない。持ち前の集中力で魔術式を即再構成し、炎の渦をまとめあげる。残り時間は少ないが、もともとが長いスペルだ。恐らく魔理沙のスペル時間も、同じ程度しか残っていないだろう。

 

「自信を持って。あなたの魔法、とっても綺麗よ」

 

 パチュリーを抱えて避けてくれているレミリアに囁かれ、ハッとする。苛立っているつもりはなかったが、それでもわずかに浮き足立っていたらしい。

 

「ごめんなさい、ありがとう。もう大丈夫よ」

 

 小さな変化に気付いてくれた親友に感謝しつつ、小さく呼気を絞りだす。

 息を吐ききった直後、再び閃光が煌く。すぐにレミリアが上昇し、二人は愚直なまでに真正面から放たれた巨大なレーザーを躱す。魔理沙が舌打ちをし、箒をグンと上に向けて、こちらに急上昇してきた。

 もう急がない。確実に、精密に、炎を繰る。魔理沙が動いている以上霊夢が攻勢に出ることはなく、守りに徹している彼女を落とすことは難しいだろう。

 

 スペルの残り時間が少なくなってきた。ラストスパートをかけるべく、左手に持つ魔導書に魔力を注ぐ。魔導書の輝きがさらに増し、レミリアとパチュリーの白い肌が赤く照らされた。

 渦をなす炎弾が巨大化し、火の蛇のようだったそれは、瞬時に獄炎の龍と化す。パチュリー自身の魔力なので熱さは感じないが、彼女以外の存在には例外なく熱が届いているはずだ。

 

「レミィ、平気?」

「この程度じゃ、私は燃やせないわよ」

「……ふふ、そうね」

 

 安堵は一瞬、二人はその場から水平に離脱した。駆け抜ける光の奔流は、魔理沙がまだ諦めていないことを示している。

 轟々と渦巻く炎の中にありながら、彼女の瞳に恐怖や焦りは一切ない。普段の飄々とした態度からは想像できない、熱情に溢れる眼光だ。たかが遊びと割りきらず、全てに真剣に打ち込む強さを、魔理沙は持っていた。

 しかし、それはパチュリーとて同じ事だ。特に魔法の研究開発において、十年そこらしか生きていない小娘に負けてやるわけにはいかない。

 

 炎に遮られて、魔理沙の姿が見えなくなる。魔導書に魔力を注ぐ手は休めず、パチュリーは背後に短く告げた。

 

「レミィ、お願いがあるの」

「分かった。うまくやるのよ」

 

 何かは訊ねず、レミリアはパチュリーを抱いていた手を離した。そのままそこに留まるレミリアを置いて、炎弾に身を隠しながら移動する。

 魔理沙はこちらに気づいておらず、レミリアに向かってマスタースパークを放った。恐らく、撃ててあと一発といったところだろう。

 

 アグニシャインの残り時間は、もう二十秒もない。できる限りの速度で、パチュリーは魔理沙の背後を取った。レーザーにかき消された炎の先には誰もおらず、周囲を見回した魔理沙がこちらに気づく。ようやく、彼女が焦る姿を見ることができた。

 完全に不意をついた。一気に魔力を増幅させ、炎弾の渦がさらに勢いを増す。霊夢はフォローに入るだろうかと気になったが、もしそうなったとしても、レミリアが何とかしてくれるはずだ。

 

「くそッ!」

 

 吐き捨て、魔理沙が八卦炉をこちらに向ける。想定の範囲だ。予定外の行動は取られていない。レミリアと離れてから今まで、全て、計算通り。

 パチュリーを狙う魔理沙の背後で炎の渦が崩れ、複数の炎弾を形成する。魔理沙の八卦炉が輝くより早く、炎は一斉にその背中へと襲いかかった。

 音は殆どなく、しかし体が跳ねるほどの衝撃を持って、炎弾は魔理沙に激突した。一瞬強く光った八卦炉が、急速に魔力を失っていく。

 

 魔理沙、スペルに被弾。持ち点は十点にまで減少する。スペルを避けきる前の被弾なので、レミリアとパチュリーに得点の変動はなく、十二点のままだ。

 

 炎は魔理沙の服を燃やしたりはせず、衝突した直後に霧散して消えた。魔理沙が歯を食いしばっているのは、痛みに耐えているからか、それとも悔しさを噛み殺しているからか。

 

「あらあら魔理沙、当たりすぎじゃないかしら」

「……むかつくぜ」

 

 笑みを浮かべてはいるが、彼女の眉は言葉通り、ぴくぴくと痙攣している。

 炎が全て完全に消え、レミリアがパチュリーの元へと飛び寄ってきた。余計な言葉はなく、視線だけでうまくいったことを讃え合う。

 一方、魔理沙のすぐ後ろにやってきた霊夢は、とんがり帽子の上に大幣を振り下ろした。鈍い音が鳴り響く。魔法の被弾よりも痛いのではと、パチュリーは眉を寄せた。

 

「なにやってんのよ。よりによってスペルに当たるなんて」

「お、お前だってレミリアのに当たったじゃないか!」

「私は自分のスペルも当てたわ。つまりノーカンよ」

「ノーカンじゃねぇよ! くそ、まだ中盤だ。私の本領はここからだぜ」

 

 被弾のダメージが残っているだろうに、魔理沙は気丈に言い張って帽子をかぶり直した。まさか降参させられるとは思っていないが、やはり気の強い少女だ。

 そして魔理沙以上に気が強く図太い霊夢は、一秒でも早くことを片付けたいのか、仕切り直しの間合いに戻りつつ、もう霊力弾を召喚し始めている。その様子を見ながら腕組みをしつつ、レミリアが呟いた。

 

「霊夢ったら、あんなに急いで。そんなにうちのご飯が食べたいのかしらね」

「それだけではないと思うけれどね。こんなわけの分からない異変だし、さっさと終わらせたいんでしょう。あぁ、分かる気がするわ」

「パチェは分からないでよ」

 

 唇を尖らせて拗ねるレミリアに、パチュリーは微笑を答えとした。

 魔導書を広げる。ショットの魔法を構成しつつ、わずかに上がり始めた息を整えた。魔理沙の言った通り、まだまだ中盤戦なのだ。

 レミリアが血の魔力弾を生成し、霊夢達に向かって飛び出した。同時に全員がショットを打ち出し、弾幕ごっこが再開される。フランドールや花子のために負けてやらなければという気持ちは、もうパチュリーからもすっかり失せてしまっていた。

 魔法への――弾幕への静かな情熱が、パチュリーの魔力をさらに強く、もっと高く、どこまでも洗練させていく。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 相変わらず目が痛むが、文はそれでもカメラを覗いて弾幕ごっこの様子を写真に収め続けた。前座の戦いとはいえ、紅魔館正門の上空で繰り広げられる猛者四人の戦闘は、それだけで大衆受けする記事になり得るほどの美しさを持っていたからだ。

 どうやらスイッチが入ってしまったと見えるレミリアとパチュリーは、退治に来た二人を追い返さんほどの勢いで弾幕を展開している。最初こそ歓声を上げていたフランドールの顔に心配そうな表情が浮かんでいるのは、自分達に出番が回ってこないかもしれないと思っているからだろう。

 紅魔館の数少ない理性役の一人である小悪魔は、やはり応援に一生懸命な様子だ。普段は見られないほどはしゃいでいるが、写真に収めてもあまり面白い絵にはならない。しかし霧を出すフランドールは何枚も撮ってしまったし、真の主犯――本人は否定しているが――の花子は、立ち尽くすように弾幕ごっこを眺めている。

 

「……」

 

 呆然と弾幕を見上げている姿は、後ろから見ても呆けているようにしか見えない。余計な世話をする義理はなかったが、なんとなくイラッと来た文は、小さなおかっぱ頭を文花帖の角で叩いた。

 

「あいたっ。なにするんですか」

 

 頭を抑えて、花子が振り返る。目尻に涙など溜めているが、とりあえず正気には戻ったらしい。

 溜息を一つ、文は首を振りつつ告げる。

 

「さっきから、ぼけっとしてんじゃないの」

「うっ。ぼけっとしてました?」

「してたわよ。しっかりしてよね。あんたがいい戦いしてくれないと、トップニュースにできないでしょうが」

 

 半分は本気で言うと、花子は「私には関係ないです」とそっぽを向いてしまった。友達にはとてもいい笑顔をするくせに、文の前ではずいぶんと可愛くない少女である。その原因が己にあると、分かってはいるのだが。

 文句を吐くだけの元気は出たかに見えたが、花子はまたすぐに弾幕を見上げて、黙ってしまった。落ち込んでいると取った文は、花子もやっとまともな妖怪になってきたかと思っていたので、軽い落胆を覚える。

 

「まったく、紅魔館で怠惰に過ごしたせいで、すっかりたるんでしまっているのね」

「別に、そういうんじゃないです」

「じゃあどういうのよ。もう怖くて逃げ出したいんでしょ?」

 

 すっかり冷めた気持ちでぶっきらぼうに言葉を投げつけると、予想に反して、花子は突っかかるように言い返してきた。

 

「だから、そうじゃないってば。そりゃ、魔理沙のでっかいレーザーは、ちょっと怖いなって思いましたけど。でも、私は萃香さんの弟子で、こいしちゃんにいろんなことを教えてもらったし、フランちゃんやレミィだって、手加減しながらいっぱい弾幕ごっこに付き合ってくれたんです。こんなところで、逃げたりなんかしないんだから」

「……じゃあ、どうして呆けてたのよ。どちらの応援もしないで」

「だってみんなの弾幕、とても綺麗なんだもの。弾幕を楽しめって言ったの、文さんじゃないですか」

 

 思いもよらぬ言葉に、文は驚きを隠せなかった。小言をくれてやったのはつい先程だというのに、もう気持ちを切り替えている。その言葉が虚勢ではないことなど、彼女の態度を見れば嫌でも分かってしまう。

 

「避けられるかなぁ。でも、霊夢の弾幕も、もっと近くで見てみたいなぁ」

 

 子供らしい笑顔で呟く花子の瞳は、無邪気すぎるほどに輝いていた。文の苦言をこうも簡単に実践するとは。先ほど抱いた落胆は、完全に文の思い込みだったようだ。

 文の中にあった御手洗花子へのイメージが、完全に崩壊した。今の彼女ならば、レミリアやフランドールには並べなくとも、あるいは新聞の一面を飾れるほどの戦いを繰り広げてくれるかもしれない。

 

 まだまだ、花子には伸び代がある。いつか挑まれるであろうリベンジを思うと、文は不覚にも、武者震いを覚えるのだった。

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